受験&教育byベリタス

ベリタスは、東京都町田市南町田(小1~高3)と東京都町田市原町田(小1~中3)にて学習塾を展開しています。学院長と教室長が、生徒・父兄と接して感じたことや教育関係の問題について思うことを綴っています。

2011年06月

「水戸黄門」は、歴史の勉強に役立つか?

言うまでもない。役に立つわけがない。と思われる読者が大多数であろう。たしかに、「水戸黄門」は、フィクションであり、荒唐無稽な時代劇である(注1)。だが、身近な小学生に尋ねてみて欲しい。「水戸黄門」を見たこともない子は多い。「暴れん坊将軍」という時代劇(注2)もあるが、やはり見たこともない子が多い。彼らは、そもそも時代劇をほとんど見ていない。


そんな子供たちが、江戸時代の歴史を習って、初めて聞く徳川光圀や徳川吉宗の名を覚えるのは、楽なことではない。ほかにも覚えなければならない名前はいくらでもある。全部が初見では、苦労は察してあまりある。もし、「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」で光圀や吉宗の名を聞いたことがあれば、それだけでも負担の軽減になるはずだ。時代劇が足がかりとなって、あれは、嘘の話だけど、実際にそういう名の人がいて、歴史的にはこんなことをしたと覚えるなら、少しは楽しくやれる。筆者なんて、享保の改革を講じているときは、頭の中で「暴れん坊将軍」のテーマ曲が鳴り響くほどだ(笑)。ドラマを見ていれば、ある程度の興味もわくはずだ。興味のないことを覚えるのは苦痛である。どんな小さな興味でも、ないよりはましなのである。


こんなことを書くのは、子供たちの知識があまりにも少ないからである。大人にとっては、「常識」と言っていい事柄も、子供にとっては、初めて聞く事だらけである。だから、子供にとっては、生活のあらゆる場面で触れる事柄、経験の一つ一つが勉強であり、学習に直結している。


もうすぐ夏休みだが、家族旅行に行かれる方も多いだろう。夏休み明けに、どこか旅行に行ったかと尋ねると、生徒たちは、嬉しそうに「行った!」と答える。だが、どこに行ったか尋ねると「わかんない」とくる。自分が行った場所の都道府県名さえ答えられないことがしばしばである。そんな子供たちに47都道府県とその県庁所在地を覚えさせるというのが、どれだけ難儀か、読者諸賢も御察しくださるだろう。もし旅行の楽しい思い出と地名がつながっていれば、彼らも、もう少し楽に勉強できるのに、もったいないことである。旅先で渡った川、登った山、見たもの、食べたもの、そんな一つ一つが知識となり、裏側で学習と結びつく。旅先で、「大きな川だね。大井川だよ」とか「おいしいね。静岡は茶所だからね」などと話しかけるだけでも、子供たちの印象に残るのではなかろうか。


学習は、机の上ばかりでするのではない。日常の経験の一つ一つが、机上の知識と結びついて、はじめて学力となる。もうすぐ夏休みである。夏期講習も大切だが(笑)、子供たちにたくさんの経験を積ませてやって欲しいと願っている。



(注1)水戸黄門は、江戸時代の御三家の一つ、水戸藩の徳川光圀のことである。「大日本史」の編纂を命じ、幕末の尊王思想に大きな影響を与えることになったというのは、近世史の重要事項の一つだが、諸国漫遊の事実はない。


(注2)暴れん坊将軍は、松平健演じる8代将軍徳川吉宗のこと。お忍びで江戸市中に現れて悪い奴らを懲らしめるという、これまた荒唐無稽な時代劇である。もちろん史実とはほど遠い。実際の徳川吉宗と言えば、御三家の一つ、紀伊徳川家から将軍となり、享保の改革を進め、江戸幕府の立て直しを図った人物として歴史に名を残す。



<原町田教室>


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クーポンサイト・授業料無料・体験無料

つい最近、Groupon(世界最大?)やポンバレ(日本発祥で最大?)と言ったグループ共同購入サイトが脚光を浴びた。グループ購入サイトとは、利用者が発行されるクーポンの中から利用したいものを見つけ、同じ商品を買いたい人が一定人数集まると、大きな割引率で対象の商品を購入できるクーポンを手に入れられるというものだ。唯、最近、サイトの乱立・撤退やクーポン提供店舗の不祥事(「おせち料理」など)も問題になった。サイトの乱立・撤退は、弱肉強食を旨とする経済原則による淘汰に過ぎないが、不祥事が起こるのは、システム上の問題だと思わざるを得ない。

クーポン提供店が、共同購入サイトにクーポンを提供するとき、定価(通常販売価格)の半額や80%引きでの値付けを強いられているようだ。例えば、定価1000円の物やサービスは500円のクーポン価格が提示される。利用者から入金のあった500円は、クーポン提供店とサイト側が折半するのが標準的な分配方法とのことである。サイト側は、原価が掛かっていない(勿論、サイト運営費や人件費は掛かっている)ので250円の丸儲けとなるので、売れれば売れるほど利益が上がる構図だ。そして、提供店には、劇的な宣伝となるから、リピート率・数共に飛躍的に上昇し一時的に損をするけれども、継続すれば利益に繋がると営業を掛ける。

だが、このケースの場合、「損して得取れ」は本当に成り立つのか?グループ共同購入サイトには、多くの飲食店のクーポンが掲載されているが、飲食店の原価率は概ね30-35%、利益率20-25%と言われている。とすると、全利用者に2回リピートして貰って、収支ゼロとなるわけだ。さて、利用者の立場で考えると、どんどん新しいクーポンが発行される中、同じ店を2回もリピートするだろうか?私なら、相当気に入り、利便性が高くない限り「否」である。すると、飲食店の場合、この宣伝方法は成り立たず、そもそも、原価25%以下の業種はほとんど存在しないことを考えると、ビジネスモデルの欠陥と言わざるを得ない。

さて、塾業界を振り返ってみよう。夏期講習間近の今、「夏期講習授業料無料」・「◯月分と夏期講習授業料無料」と言うような、無茶な割引を行って生徒を集めている中堅大手学習塾・予備校がある。そのような学習塾・予備校は、売上維持のために、常に拡大政策(教室数の拡大)を行っている。しかし、利益率・原価率は落とさざるを得ない。学習塾の原価率は、講師の人件費にあたるので、講師の質を保つのは至難の業であり、講師の質の低下は必至である。

利用者の方からすると、「賢い消費者」の経済原則に則り、無料授業を渡り歩く者もいる。これはこれで、一つの考え方だが、こと、継続が必要な学習というようなことに関しては、お勧めできない方法である。学び舎が変わればシステムが変更されるし、講師が変われば教え方も変わってくる。質の低い講師のもとで、幾ら勉強しても成績の向上には限界があり、まして、度々講師が変わっては尚更である。賢明な教育方法とは言えないだろう。

ベリタスにも、受験生が9月頃に入塾することがよくある。何故、総復習を行う夏期講習前に門を叩かなかったのかと聞くと、上記の無料夏期講習を受講していたという。その上で、授業が悪かったからとか、講師の説明が分かりにくいとか、通常授業の月謝が思ったより高かった等の理由で、ベリタスの門を叩いたと言う。そして、「時間の無駄だった」とさえ言う生徒までいるのである。

夏期講習の募集が始まっています。呉れ呉れも金額だけで選ぶのではなく、質も精査してください。お金は、再び稼げますが、貴重な時間(特に受験生)は戻ってきませんから。

<金井教室>

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行儀が悪い生徒たち、どうしてくれようか。

行儀なんて言葉は、既に死語かもしれないが、どうにも気になるので、一言書いておきたい。話を聞く時の態度のことである。


当たり前のことだと思うが、話を聞く時は、相手の目を見て聞くものである。奥ゆかしい日本人は、直裁に相手の目を覗き込むまねは無礼と心得て、目を合わせないようにすることもあるが、それでも、相手の顔を見て、話を聞く。これを「話は目で聞く」という。それは、話している相手に「私は、あなたの話を聞いていますよ」と知らせるためでもある。話す側にしてみれば、相手が聞いてくれると思えば、安心して話せるが、聞いているのか、いないのか分からないようでは、ちと話しづらい。だが、それ以上に、相手の表情を見ながら聞くことが、話の内容を深く理解することにつながる。相手の目を見ることで、相手の感情の動きまで読み取れ、言葉に表される以上の内容を掴むことができる。さらに、話し手も、聞き手の顔を見ることで、自分の話がどの程度相手に理解されているかを量ることができ、必要の応じて、言葉を足すことができるから、聞き手はさらに理解しやすくなる。いわば、互いに見合うことによって、双方向のコミュニケーションが成り立つのだ。


ところが、生徒の中には、教師の話を聞きながら、手いたずらをしていたり、こちらを見ながら顔をぼりぼりとかいていたり、はなはだ失礼な手合いがいる。「聞いてる?」と訪ねると、「はい」と答えるし、話の内容を問えば、一応は答えることができるので、たしかに聞いてはいるようなのだ。しかし、話している筆者にしてみれば、あまり気分がいい話ではない。むしろ、不快である。筆者も若い頃は、そういう生徒を見ても、「まあ、聞いてるならいいや」とあまり注意をしなかったのだが、最近は、むしろ積極的に説教を垂れる。


相手の顔も見ずに、自分の手を見つめていじっていたり、ペンをくるくる回していたり。本人が、耳だけは話を聞いているつもりでいても、話し手には、うわの空と写る。実際も、話から注意がそれる瞬間があるはずだ。大事なことを聞き逃す危険は大きい。学校でもそんな授業態度だったら、確実に先生の気分を害しているし、「関心・意欲・態度」の観点にも響いているはずだ。ところが、「学校でもそんな風に聞いているのか?」と尋ねると、「してません」と答える。ということは、お金を払って、わざわざ習いにきている塾の教師は、小馬鹿にしていて、学校の先生には、敬意を払っているということか。それもずいぶんな話だ。が、ともあれ、塾でやってしまうことを学校でやらずにすむわけがない。


そんな態度で、話を聞いていたら、この先、学校でも職場でも、あるいは、友人からだって、愛想を尽かされる。筆者の不快は、筆者が我慢すればいい話だが、その生徒が将来出会うだろうすべての人たちの不快を、筆者がカバーしてやれるわけもない。だれだって、そんな態度で話を聞かれたら、気分が良かろうはずもない。必ず損をするのは、生徒本人である。筆者も教育者の端くれ、見過ごすべきではないと思うようになったのだ。


「お里が知れる」という言葉がある。育ちが悪いことを揶揄する言葉だ。育ちが悪い、すなわち、親の躾がなっていないということは、馬鹿にされるのが自分自身ではないということを意味する。自分ではなく、自分の親が馬鹿にされることになるのだ。両親が健在の、まだ子供の、生徒たちには、ぴんと来ないかもしれないが、既に親をなくした筆者にしてみると、親の顔に泥を塗るようなまねだけはさせたくないとも思う。


相手の目を見て、あるいは、顔を見て、話を聞くということは、相手に敬意を表するということである。「あなたの話を有意義なものと感じて、注意深くお話を伺っております」という敬意の表明である。こういう態度に接した話者は、当然、聞き手に敬意を払う。聞き手の器量に恥じないだけの話をしようとする。敬意は、巡って、自分に返ってくるものなのである。それは、教師と生徒であっても同じだ。教師はけっして生徒を馬鹿にしていない。「後輩恐るべし」と知っている。


ひとかどの人物と認められ、尊敬され、得をするのは、きちんと行儀をわきまえた者なのである。「大人は分かってくれない」なんて、駄々をこねても、話一つ満足に聞けないようでは、まだまだ「お子ちゃま」である。きちんと認められたければ、まず、相手をきちんと認める、すなわち、見つめるところから始めるべきであろう。


<原町田教室>


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ほとんどの日本人にとって、大学入試に合格した時点が頂点の英語力

表題は違うが、2011年02月06日の記事の続きです。

日本の学校の英語教育は、「役に立たない」「実際には使えない」と批判されがちだ。
しかし、文科省の定めている高校レベルの英語を完璧に習得すれば、日常生活(観光で使うという意味ではなく、海外で日常の生活をするという意味)で困ることはない。また、「まとも」な大学に合格するために必要と言われている6000語程の単語を習得すれば、海外の大学の英語授業もそこそこ理解することができるし、ある程度仕事に使えるはずである。

最低6年間(今後は、小学生の英語必修化の為に7年~8年)も、このような教育を受けて、それが役に立たないのは、何故か?端的に言えば、6年間のカリキュラムに問題があるからだ。そして、それを継承したのが、今回の小学生の英語必修化である。カリキュラムの最大の問題点は、文科省が実施した「ゆとり教育」の為に、中学校で習得するはずの内容がスカスカになり、その皺寄せが全て高校英語に行ってしまい、「まとも」な大学を受験する高校生以外、高校英語を完全習得できなくなってしまったことにある。挙句、大学入試のレベルまでも低下してしまった為に、「まとも」な大学に合格した学生でさえ英語に対する自信を持てなくなってしまっている。

現状のカリキュラムのまま、小学生に数十語の英語単語を教えて挨拶程度の英会話を習得させるために、東日本大地震によって、おそらくは壊滅的になるであろう国家財政を割くべきとは思われない。まずすべきは、現在、高校1年までに習得することになっている文法事項(例えば、過去完了・仮定法・分詞構文・話法、また、基礎の基礎しか教えていない各項目に厚みを持たせる<完了型の不定詞・分詞・動名詞など>。)を全て、中学に戻すことだ。

授業時間が足りない?
ならば、無駄な学校行事の「仕分け」、実技科目の時間数削減、週休二日の廃止で対応すれば良いではありませんか。
教師の労働強化になる?
ならば、実効性に疑いのある少人数教育を、かつての50人学級とは言わないが45人に戻せばいい。私自身、45人学級で教育を受けた世代だが、現在の高校生よりも遥かに各教科の学力は高かったと自負している。「少人数にすることによって目を届かせる」と言う美言は、裏返せば、対人関係を自分で処理する能力を奪っているとも言える。十分な検証が必要だが、検討の価値はあると思う。

主要科目については、一度、根本からカリキュラムを見直す時期に来ていると思う。児童生徒に様々な体験や教養を付けさせようと周辺科目・行事の充実をはかってきたことが、実質的な総授業時間の減少と相まって、基礎教科の学力低下を招いたのである。(因みに、私見ですが、数学のカリキュラムは、戦後、米国の学者の教育法を真似たカリキュラムは系統だっていて、素晴らしいものでしたが、ⅠAⅡBⅢCと6分野に分けた現在は、系統が分断されボロボロです。)

せめて、現在の全ての受験生が、かつて受験生のバイブルであった原仙作「英文標準問題精講」<基礎じゃないですよ!>(現在は、原仙作/中原道喜「英文標準問題精講[5訂版]」に改訂)を辞書を数回引いて読める程度の学力に戻って欲しいと思っている。

<金井教室>

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君は、チャンスの前髪をつかめるか?

「チャンスは前髪をつかめ」と言う。

チャンスは、前髪をつかまなくてはいけないのだそうだ。なぜかというと、チャンスの神様は、後頭部が禿げているからと言われている。まぁ、そうかもしれない(^^;


思うに、前髪を掴むということは、チャンスが、こちらに向かって歩いてくるのが前提となる。こちらを向いていないと、前髪はちょっと掴みにくいからだ。ということは、チャンスは、誰にでも公平に向かってくると、この言葉は語っているのだろう。


チャンスがこちらに向かってきたら、そのチャンスとすれ違う前に、あるいは、チャンスに方向転換されてしまう前に、いち早く気付かなければならない。すれ違った後に、気が付いて、慌てて振り返っても、チャンスの後頭部は禿げているので掴めやしないというわけだ。チャンスにするりと逃げられては、後の祭り。先手必勝である。


さらに言えば、前髪を掴めという言葉は、チャンスを自分の力で引き寄せろということを含意しているのだと思う。前髪を掴むには、自ら腕をのばさなければならないし、前髪を掴んだら、引き寄せなければならない。天は自ら助くる者を助くと言うように、チャンスを見つけたら己の力で引き寄せなければならない。


誰にでも平等にやってくるチャンスの前髪を掴んで引き寄せるためには、何よりもまず。そのチャンスに気がつくことが重要になる。チャンスがきたら、誰でも気がつくかといえば、案外そうでもない。チャンスがきているのに全然気づかずお先真っ暗な顔をしている人は多い。


数年前、夏の甲子園で佐賀北高校が優勝して、話題になったのが、同校野球部の部室に張られているという「ピンチの裏側」という詩である。ピンチの裏側には、必ずピンチと同じだけのチャンスが用意されていると詠う。だが、我々凡人は、ピンチの時にはピンチしか見えず、追いつめられてしまう。一見ピンチにみえることさえ、チャンスであると捉えられるか否か、そして、自ら手を伸ばしてチャンスを引き寄せられるか否かで、事の成否はおおいに変わってくる。


中学生諸君は、もうすぐ期末試験である。試験勉強は、ピンチの連続である。だが、ピンチは、すなわちチャンスでもある。どうか前髪を引っ掴んで、自らの力で引き寄せて欲しい。


「愚痴をこぼしたり

 やけを起こすと

 チャンスを見つける目が曇り

 ピンチを切り抜けるエネルギーさえ

 失せてしまう


 ピンチはチャンス

 どっしりかまえて

 ピンチの裏側に用意されている

 チャンスを見つけよう」


(山本良樹 作「ピンチの裏側」第3連・第4連)


<原町田教室>


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大学入試センターの怠慢!! 制度上の不備が分かっていて、それを利用したら「不正」とは、笑止千万!!

以下の記事を、まずはお読みいただきたい。

--------------- <以下、引用> ---------------<一部記事を省略>

2科目受験し解答時間を倍に…センター試験で“裏技”発覚  (産経新聞 6月10日(金)0時35分配信)

来年1月14、15日に実施される大学入試センター試験で、受験生に科目選択の幅を拡大するよう変更したところ、解答時間を不正に2倍に増やせる“抜け道”が発覚、関係者の頭を悩ませている。複数科目の問題が1冊の冊子となって出題されるため、2科目受験で申請すれば2科目分の試験時間を「本命」の1科目に割り当てることができてしまうからだ。文部科学省も試験の公平性を問題視し、受験業界からは「試験方式の見直しが必要」との声が上がっている。

来年は、世界史Aと同Bなど同一分野の受験は不可とした上で地歴・公民の計10科目(新たに「倫理、政治・経済」が追加)から2科目を選択できるよう変更された。理科もグループ分けをやめ、計6科目から2科目を選べるようになる。受験生に選択の幅を広げたのが特徴だ。

1科目だけ受ける場合の試験時間は60分、2科目なら130分だが、1科目目の答案用紙を回収後、2科目目の答案用紙を配布する。だが、試験が始まってから科目を選択できるように問題を1冊の冊子にしたため、1科目目を受験した段階で2科目目の問題を見て2時間解答に充てられる。

例えば、日本史Aのみ受験に必要な生徒の場合、1科目目に世界史A、2科目目に日本史Aを選択し、1科目目の時間から日本史Aの問題を解き始めることも可能。はじめの世界史Aが白紙答案でも、受験大学の採点対象になってなければ、合否には影響しない。

大学入試センターでは「そうしたやり方を本当に受験生がやったら不正だ」としながらも、「不正が可能な制度であることは間違いないが、試験の実施方法の変更は考えていない」。合否判定に1科目の成績しか利用しない大学にも2科目の成績と受験した科目の順番を提供する対策を取る方針だ。

ただ、大手予備校の担当者は「大学側がその結果だけから不正の有無を判断するのは難しい」と指摘。「不正行為が多発すると、本命でない科目で低得点が続出し、平均点のぶれが大きくなる。得点調整が行われれば、すべての受験生に影響が出ることになる。不正がおきない仕組み変更が必要だ」と訴える。

--------------- <以上、引用> ---------------

これ、明らかに試験制度の設計瑕疵です。それも、実施前にそのことを指摘されているのに
>「不正が可能な制度であることは間違いないが、試験の実施方法の変更は考えていない」
と言っているのは、明らかな怠慢ではないでしょうか?全くもって、お役所的としか言えません。

>「試験が始まってから科目を選択できるように問題を1冊の冊子にしたため」
とも言っています。極端な話、能力のある受験生であれば、本命の科目は10分も見れば大問を2問位は解き終わります。で、本命でない問題をチョコチョコやって提出するとかも、彼らの言う「不正」なのでしょうか?また、最初の科目の科目選択のマークを意図して忘れた受験生と本当に忘れた生徒を区別できるのでしょうか?絶対、不可能です。

>「そうしたやり方を本当に受験生がやったら不正だ」
とも言っています。得点開示をしてもらい、合格点なのに不合格になったとき、訴訟とか行われたときに、大学入試センターは、制度設計の瑕疵を放置していて、勝てると思っているのでしょうか。(ま、日本人は、裁判は好きではないようですので、実際には起こりそうにありませんが・・・。)

私から言わせれば、「『不正』をやってください」と言っているような制度としか思えません。昨年の京都大学での携帯電話によるカンニング事件。これは、本当に不正ですが、受験生曰く「京都大学が一番やりやすかった」と言っています。ということは、試験運用の上でミスがあったと考えるべきです。国が関係する機関は、学問の府と云えども、事務方は腐りきっているのでしょうか。

因みに、私は、得点調整の仕方にも不公平があると思っています。本試験において、同一グループの科目間で20点以上の平均点差が生じ、これが問題の難易差に基づくものと認められる場合には、「得点調整」が行われる事になっています。しかし、問題の難易差を認めるなら、常に得点調整をするべきですし、難易差が無いと主張するなら、その根拠を明確にすべきです。これも、面倒臭いからやらないだけに違いありません。更に、英語以外の外国語との「得点調整」をしないのは何故なのでしょう?また、国語において、志望する大学の学部・学科が指定する特定の分野のみ解答する場合でも、試験時間は変わらないのも、不公平といえば、不公平です。

思うに、私立大学は入試問題を作る手間を省きたい、複線入試を実施して学生を集めて経営を安定させたい。国公立大学は、一次試験を作る手間を省きたい。大学入試センターは、なるべく多くの受験生を集めて、文科省の天下り団体(?)を維持したい。結局、受験生を犠牲にして皆が皆、組織維持に躍起になった結果が、今のセンター試験の姿なのでしょう。

正に、日本の政治の縮図です。

<金井教室>

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今年は、不平等条約の改正から百周年の節目である。

江戸幕府が、欧米列強との間に締結した通商条約は、我が国に関税自主権を認めず、相手国には領事裁判権を認める(治外法権)という内容だったので、不平等条約と言われている。明治新政府が発足すると、その改正が悲願となり、幾度かの挫折を経て、1894年に、まずイギリスとの間で治外法権の撤廃に成功し、ついで、1911年にアメリカとの間で関税自主権の回復に成功した。今年、2011年は、この第2次条約改正からちょうど百周年にあたる。


条約改正に成功した背景は、イジメにたとえると分かりやすい。鎖国をやめて国際社会にデビューした日本は、いわば転校生である。新しく通うことになった国際社会という学校には、いじめっ子グループがあった。欧米列強である。最強を誇ったイギリスをはじめ、フランス、オランダ、アメリカ、ロシアなどの帝国主義国家群である。彼らは、アジア、アフリカの国々を次々に植民地にして苛めていたわけだが、転校してきたばかりの日本も、さっそく彼らにいじめられて、不平等条約なんか締結させられてしまう。そこで、日本は、自分も喧嘩が強いことを示そうと、必死に富国強兵の道を取る。そして、台湾出兵や江華島事件などを重ねて、いじめっ子グループの一員と認められるようになっていく。それが、1894年の治外法権の撤廃に結実するのだ。もちろん、最初に改正に応じたイギリスにも、台頭するロシアを牽制する子分をもって、番長の地位を守りたいとか、ノルマントン号事件の片を付けなければならないとかいう事情があったのだが。


1894年が条約改正の第一歩を踏み出した年というのは象徴的である。この年は、日清戦争が始まった年でもあるからだ。遣唐使廃止から、ちょうど千年後に始まったこの戦争で、日本は、本格的に帝国主義諸国の仲間入りを果たすことになる。思えば、聖徳太子の時代、小野妹子の第1回遣隋使(607年)から、菅原道真の意見で遣唐使が中止される(894年)まで三百年近くにわたって(倭の五王や卑弥呼あるいは倭奴国王まで入れるともっと長い期間になるが)、文化を吸収してきた中国を、千年かけて追い抜いた瞬間であった。1895年に下関で講和条約が結ばれ、日本は巨額の賠償金を手に入れる。その一部が、官営八幡製鉄所建設の資金となり、兵器を国産化するための鉄を大量に作れるようになり、また重工業を発展させる基礎となった。


こうして立派ないじめっ子になった日本だったが、古株のいじめっ子、フランス、ロシア、ドイツに、校舎の裏に呼び出され、清国から奪った権益を巻き上げられてしまう。世に言う三国干渉である。ついに、日本は、いじめっ子グループの中でも存在感を示さなければならなくなった。こうして、日清戦争から十年後の1904年、日露戦争の火蓋が切って落とされる。ロシアと取っ組み合いの喧嘩を始めた日本ではあったが、日本には、番長イギリスと新鋭のアメリカがついていた。おかげで(ロシア国内で革命運動が激化するなどの事情もあったが)、何とか勝利を収めることになるのだが、完全勝利でないのは、講和会議が「戦勝国」日本で開かれず、アメリカのポーツマスで開かれたことからもよくわかる。実際日本は賠償金がとれず、日比谷焼き打ち事件を引き起こすことになる。このときの全権大使が小村寿太郎であった。小村はハーバード大学のロースクールを卒業した人物である。そして、関係ないけど、塾ベリタスの名前は、このハーバード大学の校章に由来している。

小村は、日露戦争前に日英同盟締結を推進し、戦後は、1910年の韓国併合にも関わり、翌1911年、ついに関税自主権の回復の交渉に当たり、それを成功させて間もなく、病没している。韓国併合後に条約改正がなるというところも、やはり象徴的である。日本が名実共にいじめっ子グループのメンバーだと認められたからこそ、条約改正が成ったと言えるのではなかろうか。


この頃の日本は十年おきに戦争をしているのだが、日露戦争開戦から十年後の1914年には第1次世界大戦が始まり、三国協商側に付き、戦勝国の一員として、ドイツの権益を手に入れる。そして、戦後は、英仏伊とともに、新たに設立された国際連盟の常任理事国となる。これは、いわば、いじめっ子グループが学級委員になったようなものかもしれない。国際連盟が第2次世界大戦の勃発を食い止めることができずに瓦解してしまうのもむべなるかなである。


さて、条約改正と日本の帝国主義の歩みを長々と書いてきたのは、言うまでもない。ネタに困ったからである(笑)が、それだけではない。歴史的な事件から何周年という年には、それに関連する問題が入試に出やすいのである。ま、あたるも八卦あたらぬも八卦ではあるが。


<原町田教室>



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幼児期の家庭内の会話が、将来の意思疎通力に大きく関わります。

特性上、明確性を欠く日本語を更に不明確な表現をすることによって、菅直人が退陣するのしないのと揉めている日本の政治を見ていると、彼ら「政治屋」の日本語表現法(意思疎通の記号としての言語を否定するかの様な態度)が巷にも蔓延しているのを痛感します。

この十年くらいで、会話のキャッチボールを出来ない生徒が増加し続けています。教師と話をするときは、少しは気にしているのか、ある程度のキャッチボールは出来ますが、生徒同士・親子の会話を聞いていると、打ちっ放しのゴルフ。しかし、仲間内・家族だから全体としては何とか成り立つ会話なのでしょう。

普通の会話では何とか教師とはキャッチボールをしている生徒ですが、言語の細部を気にしなかったり、肝心なことを傾聴できないために、授業では苦労します。教科の新規項目を説明するときに、「○○テキストの63ページ。その三段目にあるカッコの3、丸の1、矢印のところのローマ数字の2を見てください。」等と言ったら、全員混乱します<笑>。テキストを高く掲げ、まず、全員が63ページをあけるのを確認した後、また、テキストを高く掲げて、指で「ここを見て!」と言わないと、現在の中学生には通じないのです(高校生はもう少しましですが・・・)。

私は、幼少児の家庭での会話で親が余りにも子供の気持ちや意向を推し量って、先回りして行動しているために、小中学生になって、意思疎通の問題が出てくるのではないかと思っています。親が先回りすることは、事(例えば、子供の将来を考えて進学先を考えたり)によったら悪くありませんが、こと言語・生活の中での危険を知ることについては、さしづめ体験が大きくものを言うので先回りは、親の手を離れた後の弊害が大きいのではないかと考えています。

<金井教室>

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正解を答えなくてはならないという強迫観念につぶされるな。

いったい、どうして、こんなにも、子供たちは、正答することにこだわるのだろうか。

間違っていたっていいじゃないか。そこから勉強が始まるのだから。


間違うことは、「恥」だろうか。恥ずかしいかもしれないが、けっして「恥」ではない。その答えが自分の頭で考えたものなら、胸を張っていい。


解答を読み上げて正解するより、自分の頭で考えて、間違えた方が、ずっとよい。頭を使った分だけ賢くなるのだから。もちろん、自分の頭で考えて、正解したなら、それもいい。だけど、どっちが、よりよいかといえば、間違える方がいいのだ。だって、間違えた場合は、なんで、間違いなんだ?どこが、間違いなんだ?どうして、間違えたんだ?どうすれば、よかったんだ?といろいろ考えることがある。それだけ賢くなれる訳だ。ところが、正解だった場合は、それでおしまいだ。それ以上は考えることがないから、それ以上に賢くなれはしない。


じゃぁ、全部間違えなきゃいけないかって? いやいや、それでは、進みが遅くなりすぎるから、正解できたら、正解して、先に進みましょうよ。わざわざ、できる問題を間違えろと言ってる訳ではないですよ。念のため(^^)


つまり、間違えた数だけ、頭が良くなるんだから、間違えるのを恐れずに、自分の考えを発表しようじゃないかということだ。


自分の頭で考えたなら、発表しなくても同じじゃないかと思う人もあるかもしれないが、そうではない。間違えるということは、やはり、一種のショックである。ショック、すなわち、心に衝撃が走ることで、記憶はより鮮烈になる。悔しい思いをするから、理解しようという意欲がわく。そういう効果があるから、やはり答えは発表するべきだ。それに、教師の側からすると、答えを発表してくれなければ、その生徒が、何をどう間違えて、どこが分からないでいるか、理解できない。それでは、情報不足で、教えようがなくなってしまう。教師は、生徒がどう間違えたかで、どこでつまずいているか、ほぼ的確に判断できるものだ。だから、あっている自信がないからと、答えないより、間違えても答えた方が、ずっとよいのだ。


できなくて、怒られた経験があるのか、生徒たちは、いつも正解を答えなくてはならないと思い込んで、自らを追いつめているような印象を受ける。だが、そんなことはないのだ。むしろ、「間違えてよかったね」なのだ。間違えることが勉強の始まり。失敗は成功の素なのだから。


<原町田教室>



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初めて当ブログにいらっしゃった方へ。(毎月初めにこの記事は掲載いたします)

ご訪問ありがとう御座います。

東京都町田市で学習塾を展開しているベリタスが、受験情報・学習関係ネタ・塾内のできごとから思うこと等を発信しているブログです。

内容は、硬軟織り交ぜ、多岐に渡るよう努力しているつもりです。また、長く続けるために、毎日更新ではなく、週に2回程度の更新となります。尚、学院のホームページではないので、口語表現や俗語表現もあらわれると思いますが、ご了承下さい。

記事の最後に、署名を付します。署名に、
<学院長>とある場合は、ベリタス本部の公式見解ですが、
<金井教室><原町田教室>とある場合は、各教室の教室長の個人的な考えや見解です。

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