受験&教育byベリタス

ベリタスは、東京都町田市南町田(小1~高3)と東京都町田市原町田(小1~中3)にて学習塾を展開しています。学院長と教室長が、生徒・父兄と接して感じたことや教育関係の問題について思うことを綴っています。

2012年09月

試験では、実力の120%を発揮しよう!

試験本番というものは、なかなか実力どおりの点が取れないものだ。なぜだろう。いわく、緊張してしまった。ケアレスミスが出た。最後まで解き終わらなかった。などなど。

実力どおりの点が取れたとしても、100%にすぎない。実力の120%ということは、実力を超えた点を取るということだ。そんなことが可能だろうか。

不可能ではない。まず、分かる問題を取りこぼさないことだ。分かる問題が全て得点できて、はじめて実力の100%を発揮したと言えるわけだ。ここを取りこぼしていて、いったいどこで点を取るのだ。出来る問題を間違えた。出来ない問題はもちろん不正解では、1点も取れないではないか。

分かる問題こそ、じっくりと問題文を読まなければいけない。途中まで読んで、あぁ、わかった。知ってる知ってると思って、その先をよく読まなかったために間違える例は枚挙にいとまがない。よく読んで、正解を求め、解答を書き込む前に、もう一度問題文をチェックする。そうして、きちんと聞かれたことに聞かれた通りに答えているか確認しなくてはならない。

ケアレスミスについては以前にも書いた。最大の対策は、己の傾向を知り、それをきちんと意識しておくことだ。こういう場合に、自分はよくミスをするということを分かったうえで、そういう場面に出くわしたら、いっそう注意深く振る舞うことだ。と同時に、ミスを起こしにくい手順を確立しておくべきだ。正しいやり方をすれば正しい答えを得ることができ、間違ったやり方をすれば間違った答えに行き着くものだ。塾ベリタスでは、いろいろな問題、さまざまな場面で、どういう手順がミスを起こしにくいか、授業中にしつこく指摘している。生徒諸君はその手順を守ってほしい。

分かる問題を漏らさず得点するためには、試験問題を最後までやり終えなければならない。最後までたどり着かず、試験後に最後の問題を見たら、昨日勉強した問題だったなんてことになったら、笑えない。最後までいくには、分からない問題に引っかからないことだ。分からない問題をいつまでも考えていても、分からないんだから、時間の無駄だ。さっさと飛ばして次へいった方がよい。もうちょっとで思い出せそうという時も、うんうん唸って考え込むより、むしろ他の問題を解いている時なんかに、ふと思い出せたりするものだ。

それと、時間配分をしておくことも必要だ。最初に試験問題全体に目を通し、どんな問題がどのくらいの分量出題されているかを見ておく。そして、各問に何分ずつ割り振るかを決めておく。あとは、時計を見ながら解き進め、遅れ気味ならスピードを上げるようにすればいい。時間配分をするうえでのこつは、5分程度余るようにしておくことである。

とにかく、実力の120%の点を取ろうというのだから、100%の手前で取りこぼしは許されない。確実に、出来る問題を得点にすることだ。

つぎに、+20%をどう稼ぐかである。大切なことは、空欄を残さないことである。分からない問題でも、必ず答えを記入する。解答欄が空白なら、絶対に、間違いなくバツである。採点ミスすら起こりえない。でも、何か書いておけば、当たるかもしれない。採点ミスでうっかりマルがつくこともないとは言えない。選択肢問題や書き抜き問題なら、当てずっぽでも正解できることがある。数学なら解答は数字だ。適当な数を書き込んで当たる確率は、たぶん、宝くじよりは高い。教科書の試験範囲を全て解き、指定問題集の試験範囲も全て解いておけば、正解の数字は意外と記憶に残っているものだ。心を空にして思い浮かぶ数字をエイヤっと書き込んで、ずばりと当てた経験は筆者にもある。それで20点稼いだ。20点というのは、満点の20%だから、実力の20%をはるかに超えてる。

先に述べた時間配分で、余らせた5分は、予備時間や見直しにも使えるが、分からずに抜かした問題に、適当な答えをひねり出す時間として重要である。何でもいいから、なんとか解答欄の全てを埋めて欲しい。

答案用紙が、空欄なく全て埋まっているというのは、試験終了時に眺めても、なかなか気分のいいものだ。教師から見ても同じで、全部記入された答案用紙は、たとえ、不正解が多くても、頑張ったな。なんとか得点しようと努力したなと思ってもらえるものだ。すかすかの空欄だらけの答案用紙だと、なんだ、こいつ。やる気があるのか。と悪い印象を与えてしまう。生徒の中には、とんちんかんな答えを書いて、こいつ馬鹿じゃねぇのと思われやしまいかと心配している子もいるが、まともな教師は、そんな風には考えない。その昔、筆者は「熱帯性気候」と答えるべきところ、どうしてもその言葉が思い出せず、やむなく「常夏」と書いて、笑われたことがあるが、そのときの教師の残念そうなペーソス漂う表情は今も覚えている。どうにしかしてやりたいが、どうにもならないという無念が感じられた。教師はなんとか点を取らせたいと思っている。生徒もなんとか点を取りたいと思う。そこに啐啄の機が生まれるのである。だから、分からなくても諦めてはいけない。なんとか正解を得ようとした努力の跡を見せて欲しい。それがたとえ不正解だったとしても、教師の印象は空欄の生徒に対するものとは違ってくるのだから。

全部埋められた答案用紙は、正解が多ければ、勢いで誤答までマルがつくこともある。採点経験者なら誰でも知っていることだ。知っているから注意してはいるが、やはり、たまにはやらかすものだ。また、きちんとした字で書くことも大事だ。ぐちゃぐちゃの読みにくい字は、なんとか読もうとよく見るから、間違いにも気づきやすい。逆に、しっかりと書かれた字は、読みやすく、自信にあふれて見えるから、採点者は、けっこう読み飛ばすこともある。

全く分からない問題の解答を適当に書き込んで当たる確率は、もちろん、極めて低い。けれども、それは0ではない。0でない以上試す価値はある。もう一つ重要なことは、五分五分の問題を、四分六分なり三分七分なりに高めていくことだ。五分五分の問題が2問あって片方が当たり、もう片方が外れたなら、それは実力どおりと言っていいだろう。けれども、五分五分の問題が3問あって(2問でもいいが、それではあまり虫がよすぎるので)2問が当たれば、これは、実力以上ということになる。五分五分の問題を試験の現場で、いかに確率高く当てにいくかは、個別具体的な話となるので、ここに一般論としては書きにくい。が、塾ベリタスの授業では、そのあたりの見極め方を、問題を解く際に解説している。これは、全く分からない問題の解答に見当をつける際にも応用がきき、当てずっぽ確率を高めることにもなっている。

ところで、試験というと緊張してしまって、力が発揮出来ないという人はどうしたらいいのだろう。実は筆者は試験で緊張したことがないので、よく分からない。筆者にとって、試験は、ゲームみたいなものだった。どれだけポイントを挙げてクリアするかを楽しんでいたので緊張したことがない。良い点を取らなければいけないとか、間違えたら大変だとかは、あまり考えたことがない。こう書いたら正解かなぁ、それともこう書いた方がいいかなぁなどと思いながら、試験でいろいろ試していた。当たると、これは良いやり方、外れたら、これは駄目な方法とノウハウを蓄積してきたことが今日に繋がっている。筆者は、ケアレスミスは多い方だったと思う。それでも、ケアレスミスで失った分以上の点を取り返せると思っていた。分からない問題を当てるのは、かなり面白い。手も足もでないのを正解するのは、そうしょっちゅう出来ることではないけれど、よく分からない、五分五分の問題はかなり正解に持ち込めた。自分は本番に強いという自信も持っていた。

もうすぐ中間考査である。まず、分かる問題を取りこぼさないこと。そのためにケアレスミスを排除する手順と時間配分を確立することが大切である。つぎに、分からない問題を正解に持ち込む努力をすること。空欄を残さず、問題中のわずかなヒントを見極めて、確率を高めて行くことが肝要である。そして、試験を楽しんで欲しい。所詮テストである。得点が低くたって命まで持っていかれるわけではない。しっかりと隅々まで試験範囲を勉強して、自信を持って臨むとともに、分からない問題をどこまで点に出来るか、ゲームにチャレンジする気持ちで楽しむことが緊張から解き放ってくれる方法ではないかと思う。

<原町田教室>

三涼四暑

表題は、三寒四温のもじりである。対句風に言うなら、三暑四涼とすべきだろうが、近頃は、地球温暖化のせいだろうか、なかなか涼しくならない。よって、三涼四暑である。今日も暑かった。今週は、昨日も一昨日も雷雨があって、かなり蒸し暑いが、暑さ寒さも彼岸までというから、来週には涼しくなることを期待している。

今年の秋分の日は、今週末の22日だ。この日は、昼と夜の長さが同じになる日だと言われている。しかし、カレンダーの日の出、日の入の時刻を見ると秋分から4日後の26日の昼の時間がちょうど12時間(日の出 05:32 日の入 17:32)になっている。これは、日の出と日の入の定義が、それぞれ太陽の上端が地平線と一致した時刻ということになっていることや、大気による屈折で太陽の位置がずれて見えることなどが原因らしい。日の出と日の入の定義は、入試でも理科で問題になるところなので、ついでに確認しておこう。

秋分の日と同様に春分の日も昼夜の長さが同じになる日とされているが、同じ理由で実際には4日ほど前が、最も昼夜の差が小さくなるという。この秋分と春分の前後各3日を合わせて、彼岸という。秋のお彼岸には、お墓参りに行き、おはぎを供える。その同じ和菓子が、春のお彼岸には、ぼたもちと呼ばれる。おはぎは、萩の花に、ぼたもちは、牡丹の蕊に、粒あんを見立てたのだろう。季節によって咲く花が違うから、呼び名も変わるとは風流なことだ。棚からぼたもちという言葉は、ぬれ手に粟と同じく、苦労せずに得をすることのたとえである。ぼたもちも粟も、今時の小学生にはあまり馴染みのないものになってしまった。

秋分と春分の間に、冬至と夏至がある。それぞれ、最も夜が長い日、最も昼が長い日として知られる。これは、地球の公転面と地軸とが垂直になっていないために起こるので、公転面に対する垂線と地軸の角度は、南北の回帰線の緯度とほぼ等しく、約23.4度である。234の続き番号だから覚えやすい。冬至の日、太陽は、南回帰線上にあり、夏至の日は、北回帰線上にある。よって、赤道を挟んだこの両回帰線の間の地域は、1年に2度太陽が真上に来る日があるということになる。垂直に日が当たるということは、光の密度が高いわけで、当然、気候区分は熱帯となる。気候区分は、社会(地理)で問題となるから、確認しておこう。特に、赤道がどの辺を通っているかは必須だ。その赤道から南北にほぼ対称に気候帯が層を成している。南半球には冷帯がないって?それはその辺りが海だからだ。

秋分、春分と冬至、夏至に、暦の上での各季節の初日、立春、立夏、立秋、立冬を合わせて八節と言う。冬至には、柚湯に入りカボチャを食べる。立春の前日が豆まきをする節分だ。立秋から暑中見舞は、残暑見舞いと名を変える。どれも大人にとっては、常識に属することである。常識というのは、みなが知っているということだから、文学作品の中では、いちいち説明せずに使われる。これらの季節感を前提にして書かれている場面も多数ある。ところが、小中学生には、その前提となる常識が欠落しているために読み取れないことが多々ある。昔であれば、子供であっても、日常の中で、自然に身につけていたはずのことであるが、日本家屋が、木造軸組の在来工法から、ハウスメーカー製のプレハブ、ツーバイフォーへと変貌を遂げるとともに、遠い過去の話になりつつある。室町時代以来、昭和の時代まで綿々と受け継がれてきた日本の様式が崩れ去った感がある。今や、住宅の建築現場で大工がかんなをかけている姿などほとんど見かけない。

しかしながら、国語の問題では、まだまだ、八節を前提とした出題は多い。三寒四温や暑さ寒さも彼岸までのような四字熟語や俚諺に関する出題も絶えず出ている。各家庭が、もう少し、これらの季節の行事を大切にして、子供と一緒に楽しんでくれるとよいのだがと一塾屋は思うのである。

<原町田教室>

今はまだわからなくてもいいことがある

何年も前に聞いた話の、なんだかよく分からなかったことが、ある日ある時ふとした拍子に「ああ、あれは、そういうことだったのか」と謎が解けることがありませんか。ずっと前にテレビか何かで見聞きした話の疑問が、学校の授業で氷解して、得心がいくようなこと、ありますよね。

だから、筆者は、授業の中で、今、分からなければいけない話と今は分からなくてもいい話の両方をする。今、分からなければいけない話は、学校でも習うし、試験にも出る。分からなければ成績は上がらない。だが、今は分からなくてもいい話というのは、学校でも教わらないかもしれないし、試験にも出ない。けれども、それを知っていれば、知識に厚みが出るし、理解に余裕が出る。たとえ、分からなくても、それが心の片隅に引っかかって、時を経て、もう一度きちんと習ったときに、むくむくと甦ってきて、そのときの理解を助けてくれ、それをすとんと心の底におさめてくれる。筆者はそう考えている。

もし、それを以前に聞いていなかったら、きっと、こう素早くは納得できなかっただろうと思うことがある。前に聞いた時は理解できなかったことでもだ。熟成と言ったらいいのかもしれない。よくわからないまま聞いていたことが、熟成を経て、知らぬ間に心のうちで疑問点が整理され、理解のための準備が進んでいくものだと言えるのかもしれない。

筆者は、今日明日の成績を上げてやるのが生業の塾屋であるが、子供たちの成長を思い、長い目で指導というものを考えている。今は分からなくてもいいから、手間を惜しまずに語っておくことが、必ずその子たちの将来によい効果をもたらすと信じている。それは筆者の経験から出た信念である。

ところが、私の妻は、よく分からない話など全く覚えていないから何の効果もないと断じる。彼女は、彼女の経験からそう語るのだから、強敵である。そこで、判定は、学生時代の成績勝負に持ち込まれる。まぁ、当然のことながら、筆者の圧勝である。そして、結論である。成績のいい人は、分からない話も覚えていて、それが将来の理解を助けるが、成績の芳しくない人は、分からないことも覚えていないから、理解の助けを得られず、ますます苦戦する。

今は分からなくてもいい話は、少々難しいこともあるが、筆者の話は、決して難しくはない。ただ、ちょっと長いのである。今、分からなければならない話のついでに、今は分からなくてもいい話を、おまけに付けるから長くなる。そのうえ、少々難しい話を丁寧に分かりやすく説明するから、さらにもう少し長くなる。「先生の話は、きちんとストーリーが考えられているから、よく聞いているとすごくわかりやすい。けれど、長いので途中で集中が切れる時がある」と話を聞いている生徒たちも言う。こちらでも、集中が切れてきたのは、見ていてすぐ分かるので、そういう時は、冗談なんか入れて、リラックスして先へ進んでいくのだが。

今はまだ分からなくてもいい話、それは、余談の類いである。本線の授業とは一線を画しておく必要がある。けれども、それは授業に深みを与え、将来、生徒がそれを本格的に学ぶときに余裕を与える。よく分からないからこそ、生徒たちの心のどこかに引っかかったままの状態になる。分からないからと無視したり忘れてしまったりせず、そのまま温めていてくれることを願って、今日もそんな話を挟みながら授業をしている。

<原町田教室>

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高校入試は既に本番を迎えている。

さて、二学期である。既に一週間が経とうとしているが、いかがであろうか。まさか、夏休みの宿題をまだ出していないような人はいないと思うが、もし、そのまさかだったら、今からでも、とにかく、必ず提出しなくてはいけない。

中学3年生にとって、二学期は正念場である。もはや、もたもたしている暇はない。最初の定期考査は、十月である。あとひと月。ここで、都立高校入試に必要な内申点の半分が決まる。次の定期考査が11月末。この段階で、内申点が完全に決まる。だから、二学期は本気で学校の勉強をしなくてはならない時期なのだ。12月の頭から、中学では三者面談が始まって、この内申点の素点合計によって、私立の推薦、単願、併願を決定する。これに基づいて、中学の先生たちは、12月中旬から始まる私立高校の相談会に出向き、「内定」を取り付けてきてくれる。私立が第一志望で、推薦、単願狙いならもちろん、そうでなくても、第二志望や滑り止めを確保するうえでも内申点がものをいうのである。二学期は高校入試の始まりと言って良い。

最終的な都立の受験校の決定は、1月になってからでも間に合うが、都立入試における内申点も、二学期のものが使われるのだから、1月に勉強を始めたのでは間に合わない。都立の入試にも、推薦と一般の二種類がある。推薦入試は、今年度までは、ほぼ素点内申で決まる傾向にあったが、来年度入試から、制度改革が行われ、内申点の比率は50%以下に抑えられる。作文や面接、集団討論の比重が高められるのだ。とはいえ、推薦合格の半分は、素点内申にかかっていて、そのまた半分は10月の中間考査で決まるとすると、今から一ヵ月の間の勉強が、都立推薦入試の合否の四分の一を決めると言っても過言ではあるまい。

都立の一般入試は2月23日である。この日の試験の得点は、高校ごとに定めた比率で合否の決定に使われる。合否を決める方法は、内申点(調査書点)と入試得点の合計を1000点満点に換算して、高得点者から順に合格とするのだが、1000点中の、上位校は3割、中堅校は4割、下位校は5割は内申点換算分である。上位校を例にとると、入学試験の5教科500点満点を5分の7倍して700点に換算した数値と、英数国理社の評定の単純合計に、音美体技の評定合計を1.3倍したものを加算して、51点満点とした換算内申を、さらに51分の300倍して300点満点にした数値との合計で、1000点満点とする。言葉にするとややこしいが、一般入試の3割は内申点が占め、その半分は、次の中間考査で決まるということだ。中堅校なら一般入試の2割、下位校では2割5分を中間考査の得点によって左右されることになる。

もちろん、評定には、授業態度や提出物、小テストの結果なども勘案されるだろう。学校によっては、二学期の成績は、一学期の成績も加味して決定すると公言しているところもある。だから、純粋に、二学期の中間試験が、二学期の評定の、つまりは入試の内申点の半分を決めるとは言えない。けれども、定期考査が成績決定にとって最も重視される資料であることは疑いない。それは、通知表の観点の項目の多くが、定期考査で量ることが出来るもので占められているのを見てもわかる。つまり、半分ではないかもしれないけれど半分近くは、やはり中間考査で決まると思っておいた方がいい。

繰り返すが、中間試験までは、あと一ヵ月ほどである。そこで、私立推薦、併願、単願の行方が半分決まる。都立推薦の四分の一、都立一般入試の25%~15%ほどの行方が決まるのである。うかうかしていては機を失する。いまこそ、全力を尽くす時である。

都立入試の総得点の30%~50%が二学期の評定によって決まるということは、二学期の毎日の学校での過ごし方、勉強への取り組みが、入試の総得点を一点ずつ積み上げていくことに繋がっているということでもある。高校入試はもう始まっているのである。

<原町田教室>

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