徒然草第52段の「仁和寺にある法師」は国語の教科書にもよく引用されている段です。
ここでは、その中に出てくる石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)を訪ねてみましょう。

石清水八幡宮は京都府の南西の端、大阪府(枚方市)と隣り合わせの八幡市(やわたし)にあります。
当時の都の南西というのは裏鬼門にあたり、平安時代の初め頃からここに八幡宮を造って都を守護していると考えられていました。

京阪電車の「八幡市駅」までは、大阪市内、京都市内のどちらからも30分足らずで行くことができます。駅を出るとすぐ目の前に男山があり、その頂上に本殿があります。
男山ケーブルに乗れば、3分ほどで男山山上駅に着きますが、さほど高い山ではない(標高143m)ので歩いて上ることができます。
大きく分けて、表参道、裏参道の二通りの道があります。
(あまり地図には出ていないのですが、本殿近くまで車で行く道もあります。)
石の階段でできた参道は樹木が茂っていて、夏でも涼しく感じられます。
(三ノ鳥居付近から南側に抜ける「せせらぎの道」は現在立ち入り禁止になっています。)

表参道から上って、三ノ鳥居からはまっすぐに本殿に向かう道があります。
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その正面に見えてくるのが本殿。
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本殿は国宝に指定されています。
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ふだんはさほど賑わうわけではありませんが、正月の他、鬼やらい神事 (節分前の日曜日)には多くの人々が訪れ、9月15日の石清水祭 は深夜2時に始まるという少し変わった神事で知られています。

◆ではここで、「仁和寺にある法師」の原文を確認しておきましょう。
仁和寺(にんなじ)にある法師、年寄るまで、石淸水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、たゞひとり、徒歩(かち)よりまうでけり。極樂寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
さて、かたへの人にあひて、「年比(としごろ)思ひつること、果たし侍(はべ)りぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」と言ひける。
すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり。

◆この法師は本来の八幡宮に参らずに麓の付属する寺社を拝んだだけで帰ってしまったのですが、なぜそんな頓馬なことになってしまったのか? もちろん、山の麓にある極楽寺と高良神社だけで本望を遂げたと思い込んでいたからですが;

 仁和寺は現在の京都市右京区御室にある真言宗御室派・総本山の寺院で、石清水八幡宮までは現在の最短距離で約18km。歩けば、4時間くらいの道のり。しかし、この法師は少し年配であったことと、現在ある道よりも少し遠回りになったと考えられる。さらに参拝をして小休憩と食事の時間を考えると往復に9~10時間くらいは要したはずです。ということは、季節は分からないのですが、おそらく最も暑い夏ではないでしょうから、すぐに帰っても日が暮れてしまうことになり、あまりゆっくりはしていられない気持ちもあったのでしょう。
時間に余裕があれば、近くに居る人に山の上には何があるのか尋ねたかも知れません。
また、現在では石段が整えられて歩き易くなっていますが、当時は単なる山道ではなかったかと思われます。

ちなみに、この第52段の後、第53段・第54段も格式の高い仁和寺の僧の失敗談が続くというのは、何か意図する処があったのかしらと勘ぐりたくなります。少なくとも仁和寺の僧に対して尊敬の念は感じられません。

◆男山からの眺め
  本殿の裏側に展望台があり、そこから長岡京市や京都市が
  眼下に眺められます。
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「京阪電車・八幡市駅」
 結局、この第52段の話の“落ち”は、「些細なことでも、案内役が欲しいものである」ということでした。初めてここを訪れる際には、八幡市駅前に観光案内所があるので、そこで地図などのパンフレットをもらって、説明も聞いておくのが賢明だと思われます。
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【なぜエジソン?】
 ところで、八幡市駅を出てすぐの所に発明王トーマス・エジソンの像が設置されてある。
 さらに、男山の上にはエジソンの記念碑も作られてある。
 石清水八幡宮とエジソンの取り合わせは不可思議でどういうことか?
 
 エジソンが発熱球を創り出した時に、いろいろと試作を重ねた結果、
 男山付近で採った竹の繊維が非常に優れていることが分かり、実際に
 ここの竹を使用していたことがあったからだそうです。
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