こんにちは。Victoriaです。
父が入院した二日目、
たまたま、
家族が誰もお見舞いに行かなかったら、
病院から私のケータイにご連絡が・・・
お父様が今日は何時になるのかとおっしゃってますが?
その時点で、
すでに夕方5時。
その時間に家を出たら、
とても面会時間終了に間に合わないんだけど、
何時になってもいいですから、
来て下さい!
と看護師さんに厳命され、
あわてて家を飛び出し、
面会受付5分前にギリギリセーフで着いて、
お父さんの機嫌がめっちゃ悪かった・・・
放っておかれたから、
すねてるとか、
そういうんじゃなく、
その日、
父は、
いろいろと考えて、
パソコンに入ってるデータ類を、
整理したいと考えていたらしく、
それを、
私に託そうと、
朝から計画を練っていたんだけど、
一日、
待ちぼうけをくらい、
体力を消耗してしまって、
私が着いた時には、
吐き気とかめまいとか、
あと、
骨に転移したガンの痛みで、
とても、
ベッドに起き上がって、
しゃべる元気が残っていなかった。
ワシにはもう時間がない。
今日、話そうと思っていたけど、
ムリなので、
帰ってくれ。
そう言われて、
着いたばっかりなのに、
とぼとぼ、
病院を後にしたんだけど、
たぶん、
複雑なことを考えて、
パソコンの画面見ながら、
いろいろと指示を出せるのは、
その日がリミットだったのか、
それきり、
パソコン持って来いという話は、
出なくなってしまって、
あれだけが唯一の心残りで、
なんで、
あの日、
行かなかったんだろう?
たぶん、
まだ、
入院したばかりで、
家族の間で、
お見舞いの引継ぎができてなくて、
あの後は、
なるべく、
誰かがいつも行くように、
マメに連絡取り合って、
お父さんが待ちぼうけを食らうことがないように、
していたんだけど、
それでね・・・
人を待たせるというのは、
思った以上に、
罪なことなんじゃないかと思って、
例えば、
今回の父の場合、
病院では、
ケータイは禁止、
公衆電話はあるけど、
病室からはるかかなたにあって、
父は、
自力で歩けなかったので、
ないも同然、
家族から父に直接電話する手立てはなく、
看護師さんに伝言はできたけど、
伝言できるのは「用事」であって、
「気持ち」は伝えようがないから、
ふだんの連絡は、
メールとか、
ネットに頼っていたから、
そういうものすべてが遮断された状況にいる父が、
どんなに、
お見舞いを待ちわびていたか、
思い出すと、
本当に申し訳なく、
病状が進んで、
しゃべるのも困難になってくると、
コミュニケーションは、
ほとんど、
単語レベルに限られてきて、
少ない言葉で、
大事なことを伝えるため、
どれほど父が、
苦労したことか、
最後は、
目も見えなくなり、
握っている手を握り返す力すらなくなって、
それでも、
最後まで、
というか、
最後になればなるほど、
切実に何かを訴えようとしていた父。
お見舞いに行くと、
病室で、
何もすることないのね、
だから、
一日病室に座っていろって言われても、
なかなかできることじゃなく、
まだ、
元気な時には、
トイレ連れて行けとか、
クスリ飲ませろとか、
それなりに、
重労働な仕事があって、
でも、
家族のお見舞いって、
それが主眼じゃなく、
もっと、
大事なものがあるってわかった。
患者の言いたいことを聞いてあげること。
相手は、
この世を旅立つ最後の準備をしているわけで、
そういう切迫した状況で、
かすれた声で訴えかける言葉は、
たぶん、
まったくの赤の他人が聞いたら、
全然、
意味をなさないものになってしまうかもしれない。
しかも、
病状が進んでくると、
たまたまお見舞いが来たからといって、
その時間帯に、
目覚めているわけではない。
意識が混濁してきて、
それでも、
たまにふっと目が覚める瞬間があり、
その時、
誰もそばにいなかったら、
またそのまま深い眠りにおちてしまう。
だったら、
元気なうちに、
遺書書いとけよって、
そんな、
簡単な話じゃなく、
だって、
元気な時に、
もう、
明日にも死ぬかもしれない自分が、
誰に何を言いたいかなんて、
想像つかないし、
だから、
たまに、
高齢の方が、
ホント、
行きずりみたいな人で、
たまたま、
最後を看取ってくれた人に、
全財産を残すみたいな話があるけど、
あれ、
本当だと思うんだ、
たぶん、
今、
この瞬間に、
言い残したいことを聞いてくれたこの人に、
全部を託そうと思って当たり前、
お見舞いとか介護とかって、
下の世話とか、
洗濯とか、
そればかりが大変だ大変だって言われるけど、
患者は、
そんなこと、
求めてない、
一分一秒でも長く、
そばにいてくれ、
そして、
自分の話を聞いてくれ、
そう思ってると思う、
そう思ってると、
はっきり父に言われました・・・
母が、
父に怒られてた、
病的なくらいにきれい好きな母は、
とにかく、
洗濯物をためるのがイヤで、
お見舞い来ると、
その話ばかり、
いつも、
病室で、
バタバタしてる母に、
父がいさめてた、
洗濯ものなんか全部捨ててしまえ!
洗濯にかける時間と労力あったら、
静かに隣に座って、
話をきいてくれって、
思ってたんだろう。
それで、
今回は、
父に寂しい思いをさせてしまって、
ずーっと悔いが残ってるんだけど、
自分が、
逆の立場になった時のことを思い出して、
待っても待っても来ない恋人を、
一人じーっと部屋で待ってる時。
恋愛関係って、
不思議で、
私待つ人、
ボク待たせる人、
みたいな役割分担が決まっちゃうと、
固定しちゃうのよ、
その恋では、
私はずーっと待つ役で、
それは、
仕方のないことだった、
彼の仕事が終わるのが毎日遅いのは、
どうしようもないことだったし、
週末に会えないことも、
決まったことだったし、
仕事中は、
電話切られてるから、
連絡のしようがないのも、
最初からわかっていたし。
だけど、
そうやって、
待つだけの毎日を、
ずーっとずーっと続けていくと、
だんだん、
自分の魂が死んでいくような気がして、
恋愛って、
二人で会って、
楽しくおしゃべりしたり、
ご飯たべたり、
お散歩したりしていく中で、
はぐくんでいくものだと思うのね、
それが、
その機会が奪われて、
彼は、
がんばって会いに来てくれたし、
一生懸命、
できる範囲で、
穴埋めしようとしてくれていたけど、
ムリして時間作ったから笑えよ!
とか言われても、
顔ひきつっちゃって、
恨み言しか出てこない自分がいて、
じゃあ、
自分も何か、
生きがい見つければいいじゃないって、
そう言われても、
恋って、
待つ人がいないと、
成立しないのよ、
一週間のうちの、
どこかわかんないけど、
ポッと予定が空いたそのチャンスに、
もしも私が、
家で待ってなかったら、
たぶん彼は来ない。
そういう状況におかれたら、
あとの6日はムダになったとしても、
その1日のために、
じっと待つ女になってしまう、
恋って、
そういう残酷なものだと思う。
でもね・・・
そうやって、
ガマンにガマンを重ねると、
最初はピュアな愛だったはずなのに、
いつの間にか、
黒いドロドロした物体に変わってしまって、
私の場合は、
醜い自分を見ても、
フン!って思える、
もともと腹黒いところがあったから、
乗り切れたけれども、
もしも、
ホントに心がキレイで、
繊細だったとしたら、
もう生きていくのがイヤになって、
取り返しのつかないことを、
しでかしていたかもしれない、
お見舞いに誰も来ないと、
火がついたように怒る父の訴えが、
どんなに切実なものであったかと思うと、
今でも、
涙、涙なんだけど、
その涙は、
かつて自分も、
状況は違うけれども、
流したことがあったのを思い出し、
人を待たせるということは、
罪なことなのだと、
思い至りました。
ご飯作って待ってるのに、
どんどん冷めていって、
空しくラップして冷蔵庫にしまう時の心境とか、
メシくらいガタガタ言うなよ!
って言い放つ男もいるけど、
問題はメシじゃなく、
ご飯を食べながらでないと言えない話を、
聞いてほしいのよ・・・
・・・ということで、本日の結論 :
恋愛関係で、
いつも相手を待たせる方は、
強者なのよ、
強者は、
常に、
弱者に対する思いやりを忘れてはいけないと思う、
いつも疲れてて、
いつも怒ってて、
いつも忙しい相手に、
「用事」じゃなく、
「気持ち」を伝えるスキはなくて、
何か言いたいことあるんだったら、
言えよって言われても、
別に・・・とか、
そうやって、
先延ばしにしているうちに、
愛は死んで行く・・・
Victoriaでした。
父が入院した二日目、
たまたま、
家族が誰もお見舞いに行かなかったら、
病院から私のケータイにご連絡が・・・
お父様が今日は何時になるのかとおっしゃってますが?
その時点で、
すでに夕方5時。
その時間に家を出たら、
とても面会時間終了に間に合わないんだけど、
何時になってもいいですから、
来て下さい!
と看護師さんに厳命され、
あわてて家を飛び出し、
面会受付5分前にギリギリセーフで着いて、
お父さんの機嫌がめっちゃ悪かった・・・
放っておかれたから、
すねてるとか、
そういうんじゃなく、
その日、
父は、
いろいろと考えて、
パソコンに入ってるデータ類を、
整理したいと考えていたらしく、
それを、
私に託そうと、
朝から計画を練っていたんだけど、
一日、
待ちぼうけをくらい、
体力を消耗してしまって、
私が着いた時には、
吐き気とかめまいとか、
あと、
骨に転移したガンの痛みで、
とても、
ベッドに起き上がって、
しゃべる元気が残っていなかった。
ワシにはもう時間がない。
今日、話そうと思っていたけど、
ムリなので、
帰ってくれ。
そう言われて、
着いたばっかりなのに、
とぼとぼ、
病院を後にしたんだけど、
たぶん、
複雑なことを考えて、
パソコンの画面見ながら、
いろいろと指示を出せるのは、
その日がリミットだったのか、
それきり、
パソコン持って来いという話は、
出なくなってしまって、
あれだけが唯一の心残りで、
なんで、
あの日、
行かなかったんだろう?
たぶん、
まだ、
入院したばかりで、
家族の間で、
お見舞いの引継ぎができてなくて、
あの後は、
なるべく、
誰かがいつも行くように、
マメに連絡取り合って、
お父さんが待ちぼうけを食らうことがないように、
していたんだけど、
それでね・・・
人を待たせるというのは、
思った以上に、
罪なことなんじゃないかと思って、
例えば、
今回の父の場合、
病院では、
ケータイは禁止、
公衆電話はあるけど、
病室からはるかかなたにあって、
父は、
自力で歩けなかったので、
ないも同然、
家族から父に直接電話する手立てはなく、
看護師さんに伝言はできたけど、
伝言できるのは「用事」であって、
「気持ち」は伝えようがないから、
ふだんの連絡は、
メールとか、
ネットに頼っていたから、
そういうものすべてが遮断された状況にいる父が、
どんなに、
お見舞いを待ちわびていたか、
思い出すと、
本当に申し訳なく、
病状が進んで、
しゃべるのも困難になってくると、
コミュニケーションは、
ほとんど、
単語レベルに限られてきて、
少ない言葉で、
大事なことを伝えるため、
どれほど父が、
苦労したことか、
最後は、
目も見えなくなり、
握っている手を握り返す力すらなくなって、
それでも、
最後まで、
というか、
最後になればなるほど、
切実に何かを訴えようとしていた父。
お見舞いに行くと、
病室で、
何もすることないのね、
だから、
一日病室に座っていろって言われても、
なかなかできることじゃなく、
まだ、
元気な時には、
トイレ連れて行けとか、
クスリ飲ませろとか、
それなりに、
重労働な仕事があって、
でも、
家族のお見舞いって、
それが主眼じゃなく、
もっと、
大事なものがあるってわかった。
患者の言いたいことを聞いてあげること。
相手は、
この世を旅立つ最後の準備をしているわけで、
そういう切迫した状況で、
かすれた声で訴えかける言葉は、
たぶん、
まったくの赤の他人が聞いたら、
全然、
意味をなさないものになってしまうかもしれない。
しかも、
病状が進んでくると、
たまたまお見舞いが来たからといって、
その時間帯に、
目覚めているわけではない。
意識が混濁してきて、
それでも、
たまにふっと目が覚める瞬間があり、
その時、
誰もそばにいなかったら、
またそのまま深い眠りにおちてしまう。
だったら、
元気なうちに、
遺書書いとけよって、
そんな、
簡単な話じゃなく、
だって、
元気な時に、
もう、
明日にも死ぬかもしれない自分が、
誰に何を言いたいかなんて、
想像つかないし、
だから、
たまに、
高齢の方が、
ホント、
行きずりみたいな人で、
たまたま、
最後を看取ってくれた人に、
全財産を残すみたいな話があるけど、
あれ、
本当だと思うんだ、
たぶん、
今、
この瞬間に、
言い残したいことを聞いてくれたこの人に、
全部を託そうと思って当たり前、
お見舞いとか介護とかって、
下の世話とか、
洗濯とか、
そればかりが大変だ大変だって言われるけど、
患者は、
そんなこと、
求めてない、
一分一秒でも長く、
そばにいてくれ、
そして、
自分の話を聞いてくれ、
そう思ってると思う、
そう思ってると、
はっきり父に言われました・・・
母が、
父に怒られてた、
病的なくらいにきれい好きな母は、
とにかく、
洗濯物をためるのがイヤで、
お見舞い来ると、
その話ばかり、
いつも、
病室で、
バタバタしてる母に、
父がいさめてた、
洗濯ものなんか全部捨ててしまえ!
洗濯にかける時間と労力あったら、
静かに隣に座って、
話をきいてくれって、
思ってたんだろう。
それで、
今回は、
父に寂しい思いをさせてしまって、
ずーっと悔いが残ってるんだけど、
自分が、
逆の立場になった時のことを思い出して、
待っても待っても来ない恋人を、
一人じーっと部屋で待ってる時。
恋愛関係って、
不思議で、
私待つ人、
ボク待たせる人、
みたいな役割分担が決まっちゃうと、
固定しちゃうのよ、
その恋では、
私はずーっと待つ役で、
それは、
仕方のないことだった、
彼の仕事が終わるのが毎日遅いのは、
どうしようもないことだったし、
週末に会えないことも、
決まったことだったし、
仕事中は、
電話切られてるから、
連絡のしようがないのも、
最初からわかっていたし。
だけど、
そうやって、
待つだけの毎日を、
ずーっとずーっと続けていくと、
だんだん、
自分の魂が死んでいくような気がして、
恋愛って、
二人で会って、
楽しくおしゃべりしたり、
ご飯たべたり、
お散歩したりしていく中で、
はぐくんでいくものだと思うのね、
それが、
その機会が奪われて、
彼は、
がんばって会いに来てくれたし、
一生懸命、
できる範囲で、
穴埋めしようとしてくれていたけど、
ムリして時間作ったから笑えよ!
とか言われても、
顔ひきつっちゃって、
恨み言しか出てこない自分がいて、
じゃあ、
自分も何か、
生きがい見つければいいじゃないって、
そう言われても、
恋って、
待つ人がいないと、
成立しないのよ、
一週間のうちの、
どこかわかんないけど、
ポッと予定が空いたそのチャンスに、
もしも私が、
家で待ってなかったら、
たぶん彼は来ない。
そういう状況におかれたら、
あとの6日はムダになったとしても、
その1日のために、
じっと待つ女になってしまう、
恋って、
そういう残酷なものだと思う。
でもね・・・
そうやって、
ガマンにガマンを重ねると、
最初はピュアな愛だったはずなのに、
いつの間にか、
黒いドロドロした物体に変わってしまって、
私の場合は、
醜い自分を見ても、
フン!って思える、
もともと腹黒いところがあったから、
乗り切れたけれども、
もしも、
ホントに心がキレイで、
繊細だったとしたら、
もう生きていくのがイヤになって、
取り返しのつかないことを、
しでかしていたかもしれない、
お見舞いに誰も来ないと、
火がついたように怒る父の訴えが、
どんなに切実なものであったかと思うと、
今でも、
涙、涙なんだけど、
その涙は、
かつて自分も、
状況は違うけれども、
流したことがあったのを思い出し、
人を待たせるということは、
罪なことなのだと、
思い至りました。
ご飯作って待ってるのに、
どんどん冷めていって、
空しくラップして冷蔵庫にしまう時の心境とか、
メシくらいガタガタ言うなよ!
って言い放つ男もいるけど、
問題はメシじゃなく、
ご飯を食べながらでないと言えない話を、
聞いてほしいのよ・・・
・・・ということで、本日の結論 :
恋愛関係で、
いつも相手を待たせる方は、
強者なのよ、
強者は、
常に、
弱者に対する思いやりを忘れてはいけないと思う、
いつも疲れてて、
いつも怒ってて、
いつも忙しい相手に、
「用事」じゃなく、
「気持ち」を伝えるスキはなくて、
何か言いたいことあるんだったら、
言えよって言われても、
別に・・・とか、
そうやって、
先延ばしにしているうちに、
愛は死んで行く・・・
Victoriaでした。
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男はいつも待たせるだけで
女はいつも待ちくたびれて
それでもいいとなぐさめていた
それでも 恋は恋
演歌の永遠のテーマですよね・・・