2006年01月23日

スネオの夏 6


僕らは、どこでもドアでスネオの家に向かった。

ドアを開けた瞬間、僕らは一瞬どこにいるのか分からなかった。
闇。完璧な、暗闇。
月明かりも何もかも、カーテンに遮断され、何も。
その中に、スネオはいた。
部屋の中でじっと押し黙っていたスネオは、僕らに気づくと、
嘗めつけるような目で睨んできた。

何しに来た、帰れ、帰れ、顔を見せるな。

言葉にせずとも、瞳が呪詛に渦巻いている。
絶望に彩られた瞳に、僕らは思わず気圧されそうになる。

逃げるな。前を向け。自分に言い聞かせる。
僕が、達磨を、投げてやるんだ。
左手に持ったあの日の達磨を握り締め、僕はスネオに声を掛けた。

「高井山に、行こう」

「高井山?なんでそんな所に行かなきゃならないんだよ」

スネオは冷たく笑う。
僕は黙る。

「行きたきゃ勝手に行けよ。なんで僕が……」

ため息をついて、そっぽを向く。
僕は黙る。

「大体、もう来るなって言っただろう。さっさと帰」

僕は黙る。
ジャイアンは、叫んだ。

「うるせえ!!ゴシャゴシャいうとぶっ飛ばすぞ!!!」

叫んで、スネオの胸倉を掴んだ。
スネオは、冷たく笑う。


ジャイアンは拳を上げたまま、動けずにいた。
スネオはまた、ひひっ、とあの笑い方をして、ニヤニヤと笑っていた。

「どうしたの?殴らないの?ジャイアンらしくないんじゃないの?」

笑いながらジャイアンを挑発するスネオ。
二人の関係も、あの頃と比べるべくもなく、絶望的に遠く。

ジャイアンはプルプルと震えながらも、そっとスネオから手を離した。

「高井山、行こうぜ……」

力なくそう言うジャイアンに、もはやガキ大将の影を見つけることはできなかった。

スネオは、ひと思いに殴られてこの状況をさっさと終わりにしたかったのだろう。
分からないけど、そんな気がする。
だから、スネオは黙って頭を下げるジャイアンのことを、ばつの悪そうな顔で見つめた。
ジャイアンは、頭を上げない。
スネオは何も喋らない。

窓を揺らす風の音だけが、僕らの鼓膜に届く。

何分くらいそうしていただろうか。
不意にスネオが

「何か、道具を出してくれるんなら、行くよ」

と、小さな声で呟いた。
瞳の色は……暗くて読み取れなかった。
僕は、彼の手を取り

「道具は、出す。だから、行こう」

そう言って、どこでもドアをくぐった。


僕らは高井山に着いた。
吹き付ける風に、木々がざわめいている。
月が、雲の隙間からまた顔を出した。
柔らかな月光が、スネオの顔を優しく照らす。
彼は、笑っているような、泣いているような、そんな複雑な表情をしていた。
その顔は、いつか見た夢の顔と、不思議と似ていた。

「……早くしてくれよ。さっさと道具、出してくれよ」

スネオはそう言って、貧乏ゆすりをしている。

「……こっちに来てくれ」

僕が導くと、スネオは黙って着いてきてくれた。
ジャイアンとドラエもんも、その後に続いて。


目の前に、茫洋と広がる湖があった。
湖面は、風に波打ちながら月明かりに照らされきらきらと光っている。
僕たちは、この湖を知っている。
この湖を訪れたことがある。




鉄人兵団と戦った、あの日。

「覚えてるだろう……ロボットが大挙して地球に押し寄せてきた、あの日のこと」

「……」

スネオは黙って、水面を見つめている。

「僕らは、たった4人で、鉄人兵団に立ち向かった」

「……」

びゅう、と強い風が吹いて、水面は激しく凪いだ。

「それだけじゃない……原始時代の日本にも行ったし、魔界にも行った。
ブリキの王国でのことも、牛魔王とのことも、全部、みんなで…
みんなで乗り越えてきた。そうだろう?」

僕は一言一言、ゆっくりと語りかけた。

風は、もう止んでいた・


「……だから、どうしたって言うんだよ!」

耳をつんざく刹那の嬌声。
スネオが声を荒げた。

「確かにそんなこともあったよな!
でも昔のことだろ!
もう過ぎたことだろ!
それが、それが今の僕に……なんの関係があるっていうんだよ!」

スネオが僕に掴みかかってきた。
手を振り解こうとは思わない。
殴られるのならば、それでも、いい。
しかしスネオは、殴ることはしなかった。
そのまま力なく、手を放した。

「どうせ君たちに僕の気持ちは分からないよ。
のうのうと幸せな生活を送っている君たちに、僕の気持ちなんか…」

言い終わる前に、スネオは弾け飛ぶように地面に転がっていた。
ジャイアンが、拳を握ってスネオの前に立っていた。


「……お前一人が、不幸なわけじゃねえ」

はあはあと息を荒げながら、ジャイアンは喋り始めた。

「俺の父ちゃんは、ジャイ子が産まれてすぐに死んだ。
かあちゃんは、女で一つで俺たちを育ててくれた。
うちは貧乏だったし、今だって貧乏だ。
でもそれを憎むつもりも恨むつもりもねえ。
それなのにお前は……
黙って聞いてりゃ、うじうじつまんねえこと言いやがって……」

そう言って、再び拳を握ったジャイアンは、スネオににじり寄った。
その時である。

「貧乏が辛いんじゃない!」

スネオは絶叫した。
ジャイアンは、びくっ、と肩を震わせ、そのまま立ち止まった。


「人は、裏切るんだ……」

ぽつり、とスネオは喋り始めた。

「どんなに心を通わせたと思っても、人は、いつか去っていくんだ」

スネオは、問わず語りに喋る。
昼間。スネオが話した言葉を思い出す。

『お金がある骨川さんが好きだったのになあ』

そんな言葉を投げつけられたスネオ。

新しい玩具。
新しい漫画。
別荘、海外旅行。

財を使って友人の心を引き付け続けてきたスネオ。
そして今、財を失ったスネオ。

彼は今、何を思っているのだろうか。

「僕にはもう、何もない。
もう何も失いたくない。
失うくらいなら、最初から何も、いらない」

スネオは語り続ける。


「無償の友情、無償の愛なんて、有り得ないんだよ。
そうだろ?ドラエもん」

ドラエもんに向き直って、スネオは言った。

「君だってさ、表向きは見返りなしにのび太のことを助けてるけどさ、
結局は君の将来だってそれで明るくなるんだろ?
だから一緒にいるんだろ?」

違う、とは言えない。
ドラエもんは、僕の未来を変えるために、やって来た。
僕の孫、セワシの命令で。

「ジャイアンもさあ、僕といたのは、僕の玩具や漫画が目当てだったんだろ?」

ジャイアンは複雑そうな顔をしている。
幾度となくスネオから物を取り上げた光景が、瞳の裏で蘇る。
そんなことはない、と言うのは簡単だ。
しかし、その理由を説明するのは……ひどく難しい。今のスネオには。



vip9 at 21:06│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 土屋直毅   2006年02月03日 16:01
でもそんなあかねがしゅきだよ
2. Posted by あゆ   2008年06月29日 18:10
5 浜崎あゆみの歌詞とかぶる。もう泣きそうです…

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