08:00
僕らはみんな何かをするために、死ぬまでの間を生きている!

去る日曜日、ショッキングな出来事がありました。今年の3歳馬日本一を決める日本ダービーで、2番人気の有力馬スキルヴィング号がレース中に心不全を発症し、レース後亡くなったのです。現地では大観衆の前でスキルヴィングが倒れる様子が目撃されており、多くの人に衝撃が広がりました。残念です。謹んでお悔み申し上げます。




勝者を讃える歓声と拍手、その傍らで倒れたまま動かないもう1頭。あまりに光と影のコントラストが強い日本ダービーでした。レース内容から言えば、スキルヴィングが勝ってもまったくおかしくはないレースだっただけに、一層その影が長く濃く伸びるような気持ちになります。

今回のダービーは発走直後に17番のドゥラエレーデが落馬競争中止となっていました。これ自体は馬がつまずいたことによる不可避の落馬でしたが、この落馬によってレース展開は大きく変わります。出走18頭のなかでハナを切り、逃げるのではないかと目されていたのがドゥラエレーデだったのですが、ハナを切る馬がいなくなったことでレース全体がスローペースとなりました。それでも先行する馬はいましたが、「逃げ切るチカラなし」と有力馬各騎手が判断したことでスローペースのまま牽制がつづき、実質的にレースは最後の直線のヨーイドン勝負になりました。

スキルヴィングはそのヨーイドンの際に、勝ったタスティエーラ、2着したソールオリエンス、3着のハーツコンチェルトとほぼ横並びの位置で大外から上がってきていました。馬なりのままでの余裕の追走、手応えは悪く見えませんでした。視界は開けています。最終的に前走青葉賞で競り勝ったハーツコンチェルトが「クビ+ハナ」差の3着しているのですから、その馬に2分の1馬身先着した実績のある馬であれば、勝ったとしても何ら不思議はありません。心不全が起きなければ勝っていたかもしれないレースでした。無事だったものしか名馬と呼ばれないだけで、名馬になりそうな瞬間はありました。そんな運命の分岐を感じる最後の直線でした。



日本ダービー有力馬がレース後に死亡した。その衝撃の大きさから、競馬というスポーツへの疑問の声も上がっています。確かに競馬というのは、人間が動物を使ってスポーツとギャンブルをやっている行為ですので、そうした声が上がることも理解できます。人間は身勝手だというのはその通りです。馬を産み、育て、走らせ、より速く走らせるために掛け合わせ、大金を動かす。生命を娯楽としている、そういう行為です。ときに強い風当たりとなることも覚悟しなければならないでしょう。

しかし、そこに携わる人たちに馬を愛する気持ちがないとは僕は思いません。馬に鞭打って死ぬまで走らせるようなことをしているわけではないのだと。どの馬も愛情をもって迎えられ、期待をかけて育てられ、惜しまれながら見送られるのだと。そうでなければ、あのように美しく仕上がった馬体や、素晴らしいスピードで競い合うレースが生まれるはずがありません。目的はお金や娯楽のためであっても、打算と欲望だけでは決してあぁはならない。人間がやるスポーツだって同じはずです。勝利のためだけに人間性を無視して育成する環境のなかから真の強者は生まれないでしょう。

生きていく以上、何にせよほかの生き物を利用したり、ほかの生き物の暮らしを妨げたりすることになります。「食べる」はもちろんですし、「住処を追う」ことや、「材料に使う」こと、「チカラを借りる」や「愛玩する」もあるでしょう。ほかの生き物が望むと望まないとに限らずすべて人間の身勝手であるし、人間もまた生き物としてそういう風にしか生きられないものです。霞を食べて生きられるわけではないのです。そういう風に生きる以上、その現実から目を背けず、しっかりとやり切ることしかできないのではないかと僕は思います。

いたずらに、不必要に、何の意味もないのに、ほかの生き物を利用するのではなく、ちゃんと自分たちが生きるためにやるのです。その意味で競馬は人間が生きるためにやることのひとつです。昨年度の中央競馬の売り上げは3兆円を超えます。3400億円以上を国庫に納めています。国と社会から承認された(※国がやっているのだから当たり前だが…)、ひとつの巨大な「産業」です。罪の有無はさておき、生きるためにやっていることなのだと胸を張って言えます。馬たちの背後にはたくさんの人間がいて、たくさんの暮らしがあって、たくさんの生命があります。馬たちの走りに元気や勇気をもらって活力を得る人だっているのです。ちょっとどころの数ではなく。

そこに向かって言うべきことは「やめてしまえ」ではなく「ちゃんとやろう」であるはずです。

ちゃんと必要なことをやろう。ちゃんと愛情をもってやろう。ちゃんと育てよう。ちゃんと稼ごう。ちゃんと楽しもう。やった甲斐があったと言えるように、ちゃんとやろう。それは「ちゃんと生きよう」ということに集約されます。生きるとは何かをすることです。何もしないのなら初めから生まれてこないのと同じです。痛くて苦しくて悲しい想いをしながら「必ず最後は死ぬ」のに、それでも生まれてくるのは何かをするためです。何かをしたいからこそ、親ガチャだの国ガチャだのでどうしようもない無残な生を得ることがあったとしても、生まれてくるのだろうと。人間も馬もそこに大差はないと僕は思うのです。ちゃんと生きて、最後に死ぬだけです。初めから生まれなかったよりはよかったと思えるくらいに、何かをやれたらいいな、世界を変えられたらいいなと願いながら、生きて死ぬだけです。





だから、僕はファンの立場として、ちゃんと楽しもうと思います。馬も人も一生懸命生きて、何かをやろうとしています。それを受け止める役割をちゃんとやろうと思います。今回のダービー、ソールオリエンスが確勝であろうと思って買いました。ただ、どんな馬であっても、どんなに自信があっても、礼儀としてほかの馬も買おうと決めましたので、ほかの馬も買いました。転ぶことや止まることも競馬の一部。それを受け入れるなら「止まりたいときに止まってください」「あなたが止まることも想定の内です」と言える買い方をするのは馬への礼儀なのです。

で、「ワンチャンあるかもしれんな」と思って散らした相手がドゥラエレーデだったもので、「ソールオリエンスがいつでも止まれるように礼儀として買った別の馬のほうがコケる」という謎展開となりましたが、「これが競馬だな」と受け止めました。結果的には、大本命のソールオリエンスが2着に入線し、そこからワイド本線で抑えたタスティエーラがズバッと勝利し、ワイドで厚めに抑えたハーツコンチェルトも3着入線しましたので、掛け金倍増の勝利となりました。スキルヴィングも有力な対抗馬と思って買っていましたが、それも含めてしっかりこのレースに臨むことができたと思います。どんなことでも起きるかもしれないと思いながら臨み、起きたことを記憶におさめられたと思います。忘れっぽい僕ですが、「あの年はさぁ…」と思い出語りできるくらいには、ちゃんとできたかなと思います。

また近いうちにレースを見に行きたいなと思いました。

そんなことを思う日本ダービーでした。

手元にはまだ換金していないソダシの当たり馬券(紙)もありますし。

ソダシ馬券を換金してソダシ馬券を買うのも楽しそうです。

楽しそうだなと思えることがある日々に感謝しないとですね。

次にレースを見る日は、いい天気になればいいなと思います!

↓一生懸命生きている生命が出会う場所には、残酷ショーなどではない何かがあると信じている!

安田記念は当たる気がしないぶん、当たれば確実に勝てるでしょうね!

トリガミの心配がないのは気楽です!



「いつでも止まって」と思って買うようにしたら収支がプラスの絶好調です!