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2019年10月13日、新たな歴史が生まれた!

歴史はつながっています。一本の道のように過去から未来へと。今、この瞬間、何かが報われているのなら、それは過去からつながるすべてへの祝福であり、すべての人に等しく訪れる労いなのかもしれないと思います。そう思いたい。そうであったらいいのに。

けれど、決してそうではありません。歴史が一本の道のようになっているのは、瞬間、瞬間であり得たかもしれない無限の分岐のすべてを断ち切って、一本だけを選び取るからです。その切り落とされた分岐の先には別の形の祝福や栄光があったかもしれませんが、切り落とされた瞬間、それはなかったことになります。

ラグビーワールドカップ、プールAの最終戦となる日本VSスコットランド戦。僕はスタジアムにいました。幸いにも切り落とされなかった歴史の一部として。去る12日、関東・東海地方には台風19号が上陸していました。この日も東北地方で大きな被害を生みました。亡くなった方、負傷された方、家が浸水した方、今も苦境のなかにいる方がたくさんいます。僕の隣の並んだ2席は空席でした。チケットが余っているはずはありません。安い席でもありません。このチケットを無為にする事情は何だろう――。考えてしまいます。考えても仕方のないことですが。

この試合に臨むにあたり、キャプテンのリーチマイケルは「(スコットランドを)ボコりたい」と言いました。リーチはメディアへの対応をよく心得たキャプテンであり紳士です。口を滑らせて悪い言葉を使う手合いではありません。そのリーチがあえて、あえてこの表現を使った。それは悔しさであり無念であり雪辱なのでしょう。前回大会、この相手に敗れたことで作れなかった歴史、切り落とされた分岐の先でベスト8の栄光を手にしていたかもしれない自分と仲間たちの。

この大会、おなじみの選手もいれば、前回大会で日本をわかせながら今大会はいない選手もいます。もう少し、あの日もう少し頑張っていたら。大野均やカーン・ヘスケス、立川理道や畠山健介、山田章仁は飛ばして五郎丸歩…そんな選手たちが「ベスト8」という栄光を手にしていたかもしれない。切り落とされた分岐と、選び取ってその先につづく今日と、その両方に立ち会っている者は、切り落とされた分岐のぶんまで背負ってここに立つのです。

あぁ、リーチの言葉はメッセージなのだ。そう思います。俺のぶんだけじゃなく、お前のぶんまでぶつけてくるよという。ただ勝つだけでなく、想いを背負い、想いを込めて、倍の強さでボコってくるよという。前回大会で苦杯を舐めた原因でもあったボーナスポイントの取りこぼしも懸命になくし、万事を整えて、ようやく「ボコる」チャンスにもう一度帰ってきたのだと。リーチらしからぬ荒い言葉に、この試合に懸ける想いを感じずにはいられませんでした。

だから、スコットランドが試合実施の有無をめぐって法的措置などをチラつかせたとき、「わかってねぇな」と思いました。この組み合わせを見たとき、スコットランドの名前を見たとき、戦うことが確定したとき、舌なめずりをした狼たちが日本にはいたことをまるでわかっていない。「やっとボコれる」と思った狼たちがいたことをまるでわかっていない。誰が中止になどしてやるものか。引き分けでの勝ち抜け、まっぴら御免。4年前の想いを背負うこの身体で、自らボコるチャンスを失ってたまるものか。たとえほかのチームの展開がどうなろうとも、この相手は必ず倒して上にいく。そんな特別な想いを。特別に「敵視」されている自分たちの立場を。「キミたちは、まるで、わかっちゃいないね」。

4年をかけ、やっとたどりついたこの日。

こちらから止めるワケがないでしょうよ。

会場となる横浜国際総合競技場が建つ新横浜公園は、多目的遊水地機能を備えているそうです。付近を流れる鶴見川に氾濫の恐れがあるとき、この公園一帯に水を逃がし、下流域を守るのだそうです。このスタジアムをそういう場所に建てた人がいて、この地域を守るための知恵を遺した人がいて、このスタジアムに立つことができる人がいる。台風19号による大きな被害が出た日に、その上に立つことができる。切り落とされた分岐を思いながら、選び取る一本に全力を尽くしてきた人間の止まない営みを感じずにはいられない日です。

選び取る一本の歴史を少しでもよくしようとしてきた、たくさんの人々の想いと営みがあって、今日がある。

切り落とされた分岐のすべてを背負って今日を生きる人がいて、未来がある。

2019年10月13日、この日選ばれた一本の歴史は素晴らしいものだったでしょうか。

そうであったらいいのになぁと心から思います。

こうなれなかったすべての分岐にいる人が、少しでも報われる歴史でありますように――。

「見ててくれましたか」

「あなたたちが愛し、尽くした日本ラグビーは」

「ベスト8に、行きましたよ」



◆ボールを蹴り出したとき、史上最高の大歓声が全身を揺らした!


横浜総合国際競技場は和やかでした。今日が決戦の日という感じは微塵もなく、日本も、スコットランドもこの場を楽しんでいました。バグパイプの音がここそこで鳴り響き、サムライの格好をした日本人が踊る。笑い声とハイタッチ、そしてハグ。「これからボコりますよ」「いえいえコチラこそ」そんな交流。柔らかくて熱い炎が燃えています。

会場には6万7666人の大観衆。数々のビッグゲームが行なわれてきた会場ですが、この日はことさらに熱い。練習を終えたスコットランド代表が退場するときに響いた万雷の拍手はウソではありませんでした。確かに全力でそれを見送った。しかし、そのあとに日本代表がロッカールームへ帰るときの大歓声は「億雷」でした。まだ上があったのかと、我ながら驚くほどの。

台風19号で被害を被った方々に捧げる黙祷。

かつてない声量でスタジアムを満たす君が代。

事前に配られたシートで歌詞を見ながら、初めて歌うスコットランド国歌。

大型ビジョンに映し出されるファンが泣いています。前回大会、五郎丸歩は南アフリカ戦の試合開始前に泣いていました。この日、僕も少しだけ試合前に泣きました。大会期間中によく見るCMがふいに思い出されます。ワールドカップに第一歩を記した宿澤広朗さん、この日またしても台風により傷ついた釜石の英雄たち…森重隆さん・松尾雄治さん、そして2011年大会招致から尽力しながらこの日を見届けずに早逝した平尾誠二さん、たくさんのラガーマンがボールをつなぐCM。たくさんの人を思い浮かべながら僕も「歴史」を見守ります。

↓君が代の終わり、胸に拳をあてた少年の肩をリーチマイケルが叩く!

その子だけじゃなく、僕たちの想いも連れていってくれ!

絶対勝ってベスト8に行くぞ!



立ち上がり、日本はボールをキープして攻めます。しかし、スコットランドに「ジャッカル」され攻守が入れ替わります。日本も相手のキックパスを跳ね返して一気に相手インゴールに迫ります。目まぐるしく互いの陣地を行き来する展開。審判の笛はやや厳格か。どこで何が起きるかわからないスリリングな試合の予感です。

ただ勝つだけではなく大差をつけて勝たねばならないスコットランドは積極的にトライを狙ってきます。前回大会で日本を苦しめたレイドロー、司令塔ラッセル、そして脅威のキャリーを見せるホッグ。展開してよし、キックしてよし、キャリーしてよしと多彩な攻撃を備えるチームは、早速の前半7分、ラッセルの見事なキックパスを足掛かりに、最後は自ら持ち込んだラッセルが先制トライを挙げます。「厄介」という前回大会の印象が甦ります。絞り切れない、賢い、手強い。日本は追い上げを狙う田村優のペナルティゴールも決まらず、嫌な空気です。

しかし日本も負けてはいません。前半18分、大外に福岡・松島のスピードスターをふたり配し、電光石火の走りで一気にトライまで持ち込みます。相手を噛みつかせてからひとり飛ばして外に送ったラファエレ・ティモシーの技巧、全力で行かなければ止められない韋駄天・福岡、そして福岡が相手守備の最後のひとりを転倒しながら引きつけたことでノーマークとなった松島。日本の高速展開ラグビーが、日本のお家芸が、ワールドカップで伝統国を切り裂きました!

↓福岡の粘りがスチュアート・ホッグを引きつけ、松島をトライに走らせた!


これが日本ラグビーだ!

倒れながらも味方に送るオフロードパス!

狙い通りのトライ!!


オフロードパスはタックルを受け、倒れながら味方に送るパスです。ただ、決して窮余の一手ではありません。相手にタックルされてもなお「倒される」のではなく踏みとどまり、自分の身体をコントロールしていなければ正確に味方につなぐことはできません。「つかまった」のではなく「食いつかせた」。「倒された」のではなく「踏みとどまりながら」。強い身体と高い技術があってこそのパス。

前半26分、またも日本は磨いてきたオフロードパスをつなぎます。相手タックルを受けながら反転ターンでかわした堀江からオフロードパスでジェームス・ムーアへ。ムーアはそれをオフロードパスでウィリアム・トゥポウへ。トゥポウはさらにそれをオフロードパスで稲垣啓太へ。プロップの稲垣が、普段なら接点で潰れる役であるはずの稲垣が、7年越しの代表初トライをこの大事な試合で決めた。そこには通常ならつながらないかもしれない3連続のオフロードパスがありました。困難な道を切り開いてきた男たちの絆が!

↓だから、すっごいハチャメチャに喜んでもいいよね…?

中島イシレリです!

面白ジャンピングおじさんは中島イシレリです!

後半からは相手のフォワードとぶつかり合う仕事でも大活躍!

ただの面白ジャンピングおじさんではない!


なおも止まらない日本。38分に田村がPGを外し、悪い空気が流れそうになった刹那、スコットランドがキープを狙って高く蹴ったパントを日本がおさえた場面でのこと。手薄になった遠いサイドへと日本は素早く展開していきます。数的優位で相手がうかつに飛び込めないなかで、日本の攻撃をデザインするラファエレは地を這うグラバーキックを相手守備の裏に流し込みます。走り込むのは十分に加速を終えた福岡堅樹!走り込みに合わせ「途中で高くバウンドするように蹴った」ボールはすっぽりと福岡の手におさまります。福岡はそのまま駆け抜けて一気にインゴールへ!

↓決めたぞ福岡!キックオフリターン「トライ」だ!


ラファエレが持つとき何かが起きる!

スクラムハーフとスタンドオフがチームの司令塔なら、ラファエレは「ファンタジスタ」だ!




ハーフタイム、会場では「Take Me Home, Country Roads」が流れていました。みんなで一緒に歌いましょう、と。世界に知られた有名な曲。いつどこで流しても不思議はない曲。でもわかる。この曲は、ほんの少しだけ日本に心を寄せているのだと。チームが心をひとつにするために歌っているという「ビクトリーロード」なる曲は、この「カントリー・ロード」の日本語詞を元にした替え歌です。運営も、日本よ勝てと言っている。心は「ONE TEAM」だと。

その想いを受け止めるように後半開始早々、日本には大きな大きなトライが生まれます。素早い出足で相手の攻撃を止める日本は、外への展開で薄くなったエリアで得意のダブルタックルを仕掛けます。ひとりの選手にふたりで絡みつき、相手を止める。ただ止めるだけでなくボールを奪おうとする。ここで絡みつき、叩き落としたボールを福岡が空中でキャッチしたとき、目の前には大きなスペースがありました。落ちざまのボールを拾うために屈めた身体が、そのままスタートダッシュのポーズとなり、福岡は疾走します。

相手ふたりの間をステップを切って抜けていく福岡。トップフォームに上がってきた福岡のスピード、後ろから追いかけて追いつけるものではありません。そのまま独走トライを決め、これで日本は4トライ目。「4トライ」によるボーナスポイントを獲得することが確定し、さらにリードをしている。スコットランドがベスト8に進むには、勝つのは当然として、「4トライ以上を奪い(ボーナスポイント+1)」「日本を8点以上引き離す(日本のボーナスポイントを4トライの1点のみに留める)」ことが必要になりました。この時点でのスコアは28-7。スコットランドはこれを最低でも「28-36」以上にしないといけない。最低必要な点、29点。4トライ4ゴール追加でもまだ足りない大差です!

↓積み上げた勝点がこの圧倒的優位を築いた!

どうだ「ボコった」ぞ!

あとはこのまま勝って終わるだけ!




スコットランドにも伝統国の意地があります。トライを取らねばならぬと、決死の攻撃を仕掛けてきます。49分にはインゴール手前の攻防から強引に押し込まれて28-14。さらに55分にもトライを許し28-21。日本は少し余裕を感じてしまったか、スコットランドの必死さに押し込まれています。必死さゆえに苛立つ場面もありますが、スコットランドの多彩な攻撃は本物です。中央に引きつけておいてから、両翼に広く味方を配置し、大外への早い展開で日本を苦しめます。一発で抜かれることを避けたい日本がひとり余らせることで、大外からのキャリーは日本陣内を深くえぐってきます。長く守りの時間がつづきます。後半はほとんど守りの時間と言ってもいいほどです。

スローフォワードの反則があって認められなかったものの、スコットランドがインゴールまで駆け抜けてきた「あわや同点に迫るトライ」の場面では場内から大きな悲鳴が上がります。審判の笛も聞こえないほど、「行け!」「止めろ!」「サポート!」「押せ!」といった声を6万大観衆がそれぞれにあげていました。

苦しみながらも、日本もまた総力戦でさらなるトライを許しません。56分に投入された面白ジャンピングおじさん…じゃなくて中島イシレリは重厚な肉体で拠点となり、日本のボールをキープします。肩を痛めたリーチマイケル、試合中に首にしたたかに当たられた堀江翔太、身体を張りつづけた中村亮土が退き、次々に選手を投入していきます。「頑張れ」「頑張れ」「頑張れ」ひとりずつに声を送ります。

こんなに声をあげた試合がこれまであっただろうか…?

それなりに長い期間、スポーツを見てきましたが、こんなに声をあげた記憶はそうありません。短時間、瞬間的にならたくさんありますが、80分間叫びつづけるようなことはなかったように思います。そしてこんなに大人数がこんなに心を揃えて燃えたことも。それだけ気持ちがこもっていたし、それだけ気持ちを引き出されるようなチームであり、シチュエーションだったのでしょう。もしかしたら6万大観衆のすべてが同じ気持ちだったのかもしれません。

最後の1分、日本はボールキープでの逃げ切りを図ります。ボールを持ち、相手に当たり、崩れ、再びボールをつなぐ。前進するのではなく、絶対に奪われないための肉弾戦。「ニッポン!ニッポン!」の声が響き、それを後押しします。もうこの6万大観衆は知っています。80分のホーンが鳴り、日本がボールを蹴り出せば勝ちだと。4年前はまだ多くの人が初耳だったであろう、ラグビー独自の試合終了の作法を心得ている。

カウントダウンが始まる。

10、9、8…1、0、そしてホーンが鳴る。

いつの間にかみなが立ち上がっています。

誰もゼロで喝采をあげる者はなく、日本がボールを外に蹴り出したとき、それはあがります。聞いたことのないような声が。もはや音と言うよりは空気の振動となって鼓膜を物理的に揺らし、スタンドを揺るがす地鳴りが。勝った。勝ったんだ。日本がワールドカップのベスト8にいったんだ。

誰もが本気では信じていなかった光景がそこにはありました。真っ赤に染まった巨大スタジアムの中心で、日本代表がベスト8に行くという光景が。この大会を招致したときの全方位からの冷笑。「失敗確実」というしたり顔の論評。普及の名を借りた「商業的な意図」での開催という世界規模の揶揄。隙あらば大会ごと奪い取ろうとしてくる伝統国たち。すべてを跳ね返し、少しずつ「あるかもしれない」と信じさせ、ついに実現させた。夢じゃない光景が!

↓見てますか!日本がやりましたよ!ベスト8です!



たくさんのヒット曲が流れ、それを6万大観衆が合唱するスタジアム。選手たちは互いに激闘を労い、勝った日本は余韻を楽しむように記念撮影や挨拶をしています。「帰りたくない」と思いました。ずっとこの余韻を楽しんでいたい。選手がひとりもいなくなっても僕はまだスタンドをうろついていました。ハグしたスコットランドの人、日本のジャージを着た異国からの人、ハイタッチを交わしたボランティアの人々。本当によかったですね、楽しかったですね。

ようやくスタジアムを出て駅に向かう道のり。いつもなら混雑にイラつく気持ちが、今日はまったくありません。少しでも長くこの時間を楽しみたくて。桜満開の並木道をパレードでもするような気持ちで。並んで歩いたみなさん、風が気持ちよかったですね、誇らしかったですね、楽しかったですね。

さぁ、次は準々決勝。

まだこの歴史はつづきます。

ベスト4への分岐だって、まだ切り落とされずにつながっています。

史上最高の大歓声、次戦で更新しましょう。

それを選び取るチャンスは、あります!

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次戦は因縁の南アフリカ!勝ったことがある相手との準々決勝です!