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2021年だからこそ見られる光景があると信じて!

体操の全日本シニア選手権を観戦してきました。目的はいくつかありますが最大のものは「内村航平を生で見る」に尽きます。もちろんこれまで何度も内村さんの試合は見てきましたし、世界選手権でのメダルを見る機会もありました。ただ、避けようもない現実から目を逸らせない時期がやってきたことも確かです。

「あと何回、内村航平を見られるのか」

数は多くないでしょう。東京五輪は大きな節目となる可能性が高いですし、今の状態から考えればその手前で節目が訪れる可能性も十分にあります。その節目は待ち望むものではありませんが、人間に永遠がない以上はどこかで必ず訪れるものです。それが現実に迫っているのなら日々を大切にするしかありません。チャンスがあるならできるだけ。そう思って向かったのは群馬県高崎市にある高崎アリーナ。この建物が東京にあれば、きっと東京五輪の会場となっていただろう立派なアリーナです。

↓「地の果てまでも」はさすがに行かないけれど、群馬くらいまでなら行きます!



今でも、今この瞬間でも、魔法のように内村さんの身体が万全に戻れば、日本一の選手は内村さんであると確信しています。できることがちゃんとやれさえすれば、東京五輪の大エースとして内村さんは大会に臨んだことでしょう。選手団長、旗手、そういった大役も任されたはずです。

しかし、現実には内村さんが東京五輪に出られるかどうかは、かなり厳しい道のりです。長年の酷使による慢性的な肩の痛み、そして全身の痛みは6種目を満足にやり通せる状態ではないといいます。昨年は全日本選手権でまさかの予選落ちとなり、NHK杯にも進めず。その後、全日本シニアで復帰するも個人総合6位となりました。もしも2020年に予定通り東京五輪が行なわれていたら、予定通りに選考会に臨み、想像通りの苦戦をしていただろうと思います。

ただ、東京五輪は2021年になった。それがどんな影響を内村さんに与えたのかはわかりませんが、内村さんは自身の哲学を曲げました。6種目で五輪を目指すのではなく、鉄棒一本に絞ることを宣言したのです。2月頃にその決断をしたものの、公表は夏まで繰り延べられるなど内村さんのなかでも葛藤が残る決断でした。東京五輪が一度消えたからこその決断なのかなとも想像します。予定通りに東京五輪が来ていたら「魔法」はなかった、その答えが見えたからこその捨てた命での「再挑戦」なのかなとも思います。



22日、全日本シニア選手権の鉄棒は熱気のなかにありました。座席数を絞ってはいるものの観客がおり、内村航平の新たな挑戦を見ようと多くのメディアが集まりました。そうした衆目のなか、先の班で登場した宮地秀享選手が素晴らしい演技を見せました。内村さんが挑戦すると表明していたH難度の大技ブレットシュナイダーはおろか、それをも超えるI難度、自身の名がつく「ミヤチ」を含む会心の演技を見せたのです。

ミヤチ(バーを越えながら後方伸身2回宙返り2回ひねり懸垂)、ブレットシュナイダー(バーを越えながら後方かかえ込み2回宙返り2回ひねり懸垂)、カッシーナ(バーを越えながら後方伸身2回宙返り1回ひねり懸垂)、コールマン(バーを越えながら後方かかえ込み2回宙返り1回ひねり懸垂)、コバチ(バーを越えながら後方かかえ込み宙返り懸垂)と身体を伸び縮みさせ回転数を減らしながら次々に繰り出される手放し技の連発からなる演技は15.366点をマークします。昨年の世界選手権の優勝スコアを大きく上回り、もしも東京五輪の種目別・鉄棒の決勝に出場できたなら金メダルが獲れる演技、世界一を狙える鉄棒でした。



この状況で、東京五輪に出るために哲学を曲げて絞り込んだ鉄棒種目で、自分の存在を示さなくてはならない。1種目だけでいいなら世界一という演技が直前に披露されたなかで、その鉄棒で五輪に行こうとするなら、自分に課したブレットシュナイダーは決めなければならない。プレッシャーをかけ合ったわけではないでしょうが、宮地選手とやり取りをする場面なども見られた内村さんは、自分の資格を改めて問うように鉄棒の前に立ちます。

内村さんの名前が表示されたとき、会場からは一際大きな拍手が起こります。その瞬間だけは全員が目を鉄棒に向け、内村さんの演技を見守ります。それはもはや観戦ではなく参拝とでもいうような光景でした。内村さんの演技を見られることの喜び、痛みを抱えてもなお挑戦を止めないでいてくれることへの感謝、積み上げてきた歴史への敬意。歓声を上げることが禁じられた会場ではありましたが、たとえ声を出せる状況であっても拍手をするしかなかったような気がします。もはや「頑張れ」でも「負けるな」でもなく、「内村!」と呼び掛けるような場面でもない気がしました。ただただ頭を垂れて拍手をするしかないような。

演技冒頭に入れたブレットシュナイダーはひねり切ってバーをつかみますが、鉄棒に近づきすぎたことで車輪につなぐことができませんでした。車輪につなげなかったことでEスコアで0.3の減点となる過失で、キャッチ時と車輪中にヒジを曲げてこらえる場面も見られ、技全体としてはかなり大きな減点に。それでも気を取り直してつづけた演技では美しいカッシーナと、キャッチがやや近づくもコールマンをしっかりと決め、最後は伸身の新月面を一歩も動かずビタリと止めて、Dスコアは狙い通りの6.6、Eスコアはやや減点があって7.600、14.200点の演技となりました。

ブレットシュナイダーもそうですが、途中のシュタルダーとび1回半ひねりやアドラー1回ひねり、ホップターンでも倒立にしっかり入れず角度減点をもらっていると思われますので、近年の採点傾向からするとEスコアが伸びないのは仕方ないところ。演技自体は満足できるものではなかったでしょうが、とにかく課題であったブレットシュナイダーを実戦で決めたのは大きな一歩でした。

↓鉄棒だけで戦うための構成をまずはやり通して、2021年を狙う!


世界の壁、国内の壁、道は険しいけれど挑戦はつづく!

2021年を目指して!



演技後の会場は、いつまでも鳴り止まない寄せては返す波のような拍手で満たされました。ただの演技終了ではなく、すべての機会に「内村航平」という存在への想いを乗せるような拍手でした。できることならそれを東京五輪の舞台で改めてやりたいけれど、未来はどうなるかわからないので今も全力でやっておくかのような。

第一歩は刻んだものの、未来はまったくわかりません。

ここからの道のりは険しく複雑です。種目別に絞るということは、団体戦メンバーとしての出場枠は目指さないということ。痛みさえなければ来年の全日本選手権とNHK杯の個人総合で好成績を出して代表入りすることは問題ないでしょうが、6種目を通せないからこその鉄棒専念であり、このルートは考えずに今大会から各国最大2枠まで得られることになった種目別の出場枠を狙うことになります。

資格を得るにはいくつかのルートがありますが、個人として資格を得ることができる2018-2020ワールドカップ種目別シリーズは、すでにシリーズをほぼ消化しており、今からワールドカップ種目別で好成績をあげて個人の資格で代表入りするという道はありません。となると、アジア選手権などの結果によって国として得られる残りの枠(最大2枠/ワールドカップ種目別シリーズで個人枠を獲得した選手が出れば最大1枠)を、その他の選手と争うことになります。

そこには全日本シニアで鉄棒1位となった宮地秀享さん(鉄棒)や、ワールドカップ種目別で上位争いを演じており全日本シニアでも15点台の好演技を見せた亀山耕平さん(あん馬)、2018年の全日本種目別で白井健三さんを破ってワールドカップ代表となった南一輝さん(ゆか)など、種目別のスペシャリストたちが枠を狙って待ち受けています。

それらのライバルを相手に、日本協会が新たに決めるであろう選考基準のもとで勝ち抜かなければ東京五輪はありません。もともとが「何を書いているのかよくわからない」選考基準であったうえに、コロナ禍で状況が混沌としており、先行きはまったく不透明。今から頑張ったら本当に可能性がある基準になるのかどうかさえもわからないような状態です。

それでも、2020年そのまま五輪が行なわれていたよりは可能性が高いはず。

同じ全日本シニアでは女子の寺本明日香さんも左アキレス腱断裂から復帰し、久々の演技を見せました。段違い平行棒以外は棄権するなど、足への負担を考えながらの出場でしたが、とにかく一歩前進しました。2020年に予定通りの大会であれば絶対に間に合わなかっただろう状況から、2021年に大会が延期されたことで確実に可能性は高まりました。

どうなるかわからない。ダメかもしれない。しかし、2021年だからこそ見られるかもしれない光景、その可能性があり、それは2020年よりも高まっているはず。そう思えば東京五輪の延期というのもマイナスだけではなかったと前向きに考えることもできます。回数はわからないけれど、まだ何回かは内村航平を見るチャンスがあり、その回数は少し増えたかもしれないのですから。一日一日を大切に、最後まで可能性を追求していく。そんな貴重な追加時間として、与えられた1年を過ごしていきたいものです!



「内村航平を見る」貴重な機会を有観客で敢行してくれた協会に感謝します!