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それでも世界は夢を見始める!

5日の20時、待ちかねたように覗くスマホの画面。この日この時刻に動画を公開すると予告していた羽生結弦氏公式YouTubeチャンネルには、音楽に関する権利周りも無事にクリアされて「『The Final Time Traveler』for『GIFT』」と名付けられた動画がアップされていました。

もともと「GIFT」のキービジュアルには「The Final Time Traveler」の写真が使用されていましたので、公演でもメイン的な位置づけでの演技披露があるだろうとは思っていましたが、このタイミングでの動画投稿を見て「The Final Time Traveler」はGIFTの骨格と言ってもいいプログラムなのだろうと改めて思いました。そして「for『GIFT』」の追加があるということは、元来のそれとは少し異なるテーマ性があるのだろうと。今日はそのことを考えていきたいと思います。

↓まずは見ながらいきましょう!


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この演目の楽曲は2012年に発売されたゲーム『タイムトラベラーズ』のエンディングで流れる楽曲であり、羽生氏は2014-2015シーズンからアイスショーや競技会のエキシビションで演じ始めました。もともとゲームで使用されているのは「日本語+英語」のバージョンでしたが、羽生氏が演じる際に国際大会での披露を念頭に全編英語バージョンの制作を依頼したとのことで、上の動画でも、この曲を歌うサラ・オレインさんによる全編英語バージョンが使用されています。動画の概要欄にある「That one day may be lost」などの二節も全編英語バージョンの歌詞からの引用となっています。

このゲームは『428 〜封鎖された渋谷で〜』などで知られるイシイジロウさんがディレクションしたもの。イシイさんは自身も当事者として体験した阪神淡路大震災を念頭に「忘却されていく阪神淡路大震災」をテーマにこの作品を作ったと言います。ゲームにおいても、主に描かれる時間軸の18年前に東京で大災害が起きたことが物語の発端となっています。18年前に起きた大災害と、それを忘れたかのように再びエネルギーに満ちて煌々とする大都市・東京。そうした情景に「忘却されていく阪神淡路大震災」への思いを重ねているのだろうと思います。

そういった背景を持つゲームは、ゲーム制作中のまさにシナリオを書き上げた翌日に東日本大震災が起き、再び震災というものと遭遇します。作品のテーマや発売することそのものを含めてさまざまな葛藤があったことでしょうが、ゲームは2012年7月に発売されました。やがて震災への思いという共通項が結びつけるように、羽生氏はこのゲームからの楽曲を演じることになり、今再び「GIFT」の中核として演じられることになりました。運命的な縁を感じずにはいられません。



もともとこのプログラムが生まれた背景には震災というものがあったことでしょう。今回動画を投稿するにあたっても、投稿予告を前日の「午後5時46分」に行なったこと、公開を告知する投稿では時計の絵文字「117」を表現したことは、1995年1月17日午前5時46分に起きたとされる阪神淡路大震災を指すものでしょうし、そこへの祈りが込められているのでしょう。

ただ、それだけではない意味合いが2023年の「The Final Time Traveler」にはあるのかなと思います。震災への祈り、それを主とするのであれば3月に予定している「notte stellata」で演じることがより似つかわしく思われますし、自身の半生とこれからを表現したICE STORYであるところの「GIFT」の中核とするのは唐突に思われます。「for『GIFT』」とあえて付け加えたことを含めて、2023年の「The Final Time Traveler」は以前のそれとはまた違う新しい意味合いを備えているのでしょう。ライフテーマであるところの震災への祈りと、自身の半生とこれからと、その両方を強く表現できるプログラムとして「『The Final Time Traveler』for『GIFT』」があるのかなと思うのです。

↓霧の絵文字に包まれた「117」に込められた思い!

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では、その新たな意味合いとはと考えたときに手がかりとなりそうなのは告知ツイートにもある「霧」の絵文字です。震災が起きる前には霧が出ていたのだと振り返るような話も散見はしますが、阪神大震災と霧とを結びつけるようなことは通常あまりないように思われます。添えた以上は何か意味合いがあるのでしょうが、少し考える必要がありそうです。

ただ霧が重要であることは動画のほうを見てもわかります。動画の2分55秒頃から3分7秒頃にかけて、映像を切り替えてつなぐところは単なるフェードではなく、霧状の光によって画面が切り替わっています。これは歌詞の日本語訳で言うと「遠い昔の記憶を追いかけて」「やがて色あせる未来への思いであったとしても」と失われる過去への思いを馳せるくだりと、「それでも世界は夢を見始めるのだ」と再び進み出すくだりとの合間にある、「あぁ」という祈りのような部分に施されています。

霧に包まれた「117」があり、霧を掻き分けて「それでも世界は夢を見始めるのだ」と歌う「for『GIFT』」の演技があり、両者には何か通じるものがあるのでしょう。それを理解するにはもう少しこの歌を読み込まないといけない気がするわけですが、この歌を理解するにはゲーム『タイムトラベラーズ』の理解が必要となりそうです。このゲームの物語があって生まれた歌なわけで、元来の英語詞部分も曲名も、サラ・オレインさんがゲームを理解したうえで「主人公みことの視点を中心にしつつ」制作していると言います。ならば、ゲームを理解することで楽曲の理解が進み、プログラムの理解も進むのは道理です。

で、ゲームの解説になるわけですが、この『タイムトラベラーズ』はいわゆるタイムトラベル物です。主に舞台となるのは2031年。この世界では2013年の東京で起きた実験中の事故により「ロストホール」と呼ばれる巨大な穴が出現しており、その事故によって多くの犠牲者が出たとされています。が、一方で東京は目覚ましい速さで復興を遂げており、宇宙エレベーターによって供給される電力で繁栄しています。まさに「忘却されていく阪神淡路大震災」のような舞台設定です。

その世界で、幾人かの人物の視点でプレイしながら、プレイヤーは物語を紐解いていくのですが、特徴的なのは主要な登場人物たちが2013年に起きた事故の影響によって「時間を巻き戻す能力」を無意識的に備えていることです。これによりゲームシステムとしては、「キャラクターを切り替えながら選択肢を何度も選び直し、群像劇を最善の結末に導く」ことを目指すものとなっています。

そして、その構造自体がこの世界の構造ともリンクしています。実はこの世界はもともと2031年まで時を進めたのちに「2031年の実験中に起きた事故により、巨大なエネルギーが時を遡って2013年の東京に向かっていってしまい、それ以降2013年⇒2031年⇒2013年…というループを繰り返すようになってしまった世界」だったのです。プレイヤーが体験する2031年の人々の物語は、このゲーム中で遭遇することになる「2031年の事故」を起因として生まれた「ループする世界のなかの出来事」という構造です。

実質的な主人公である少女みことは、このループする世界のなかを何周もしながら、根本の原因である「2031年の事故」を解決することになります。ただ、その過程でみことはためらいます。「2031年の事故」が起きないようにすれば、過去である2013年が書き換わり、このループした世界のなかでの出来事は起きなかったことになります。出会った人々、育ててくれた父親、産んでくれた母親、恋心を抱いていた友だち、たくさんの人々の18年間が「なかったこと」になってしまう。そして何より、自分は「2031年の事故が起きたことで2013年に生まれた存在」であるので、過去を書き換えれば自分はこの時代に存在しないことになってしまう。はたして、みことが選ぶ最後の選択は…という話です(※結論だけ言えば「みことは自分の生命を捨てて、世界を修正する」ことを選びます/修正された世界でもう一度生まれ直しますが)。

改めてこの物語を振り返ったとき、何かに似ていることに気づきます。「ループする世界を終わらせて、自分自身で世界を選び取る」という展開は、「プロローグ」で羽生氏が演じた『ファイナルファンタジーX』と同じ構造ではありませんか。そういうタイプの物語が好きなんだろうなぁという素朴な感想も抱きつつ、今羽生氏のなかにある想いが『タイムトラベラーズ』や『ファイナルファンタジーX』と非常に重なる部分があるのだろうとも思います。

だからこそ、プロローグでもGIFTでも「ループする世界を終わらせて、自分自身で世界を選び取る」という同じ構造を内包する演目が中核にくるのでしょう。2014年の「The Final Time Traveler」が震災という側面を強く表現したものであるとすれば、2023年の「『The Final Time Traveler』for『GIFT』」は「自分自身で世界を選び取る」という側面をより強く表現したものなのかなと思うのです。

霧に包まれていることと、霧が晴れていくこと。

震災という観点で言えば、「忘却されていく阪神淡路大震災」のように、復興とともに過去がだんだんとおぼろげになっていくことを示すかのような表現です。GIFTの観点で言えば、モヤモヤとしたものを振り払って、新たな世界を切り開くさまを示すかのような表現です。一方だけではなく両方を示すための表現が「霧」なのかなと思うのです。そして、悲しみや辛さだけに目を向けると「闇」をあててしまいそうになる文脈でありながら、「霧」としたのにはやはり思いがあるのかなと思います。

『タイムトラベラーズ』や『ファイナルファンタジーX』の物語は、選ばなかったほうの世界にも強く思いを残している点で共通している物語です。消したくはない、その世界でずっと生きていたい気持ちもある、けれど最後は自分を捨ててあるべき世界を選ぶ主人公たちの決断。思いを残しながら、それでも前に進んでいく、そんな切ない二者択一の物語。それは一方を「闇」とするには切な過ぎるのです。単純に悪い世界を捨てて良い世界を選んだわけではなく、だからこそ主人公たちの決断は尊いものでもあるのです。自分自身で、自分の物語を選んだ、そういう意味で。そしてそれは、プロとなった羽生氏の物語にも通ずるものだと僕は思うのです。

プロローグからGIFTはやはりつながっている。

GIFTがあってその序章としてのプロローグがある。

改めてそんなことを感じながら、はたしてどんな物語がGIFTでは描かれるのかを見ていきたいなと思います。過去を抱きしめながら「それでも世界は夢を見始めるのだ」と希望を求める再生への歩み。霧を掻き分けながら差し込む光を受け取りたいなと思いました!



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時代を経ることで、何度もプログラムは生まれ直すものだなと思いました!