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11:10
完膚なきまでに最終章!

僕は常々ガンで死にたいと思っています。事故は嫌です。突然に、何の準備もないままに、最終章を迎えるわけにはいかない。やり残したこともある。別れを告げたい人もいる。その点、ガンはいい。自分の未来をある程度予見しながら、最後にいくばくかの時間がある。苦悶はするでしょうが、逆に言えば苦悶できるクリアな頭も残されている。すべてを整え、互いが覚悟をして、ごく身近な人と共に最後の戦いに挑み、そして負けたい。それが幸せな最期なんじゃないかと思うのです。

ちょうどそんな感じ。

すべてを整え、覚悟をし、打ち砕かれて、長谷川穂積が幸せな最終章を迎えました。

WBCバンタム級を10度防衛。WBCフェザー級で2階級制覇。その成績はもちろんですが、長谷川穂積の持つ希望・夢・存在感の大きさ。それは単なる名ボクサーの粋を脱して、ひとつの時代を象徴するものでした。どれだけアヤしい試合が「悪い意味で」衆目を集めようとも、長谷川穂積がすべてのアヤしさを上書きしていく。日本ボクシングを背負った…守った男でした。

やはり長谷川穂積が一番輝いていたのはバンタム級の時代でしょう。ウィラポン・ナコンルアンプロモーションからの王座奪取、リマッチでの神懸かりカウンター一閃の流れは、西岡利晃ら日本勢が何度も退けられた悔しさを晴らすに足るものでした。あれは、本当に、痛快な試合でした。

その後の眩い防衛ロード。スピードで相手を翻弄し、2手・3手先を見切って打ち抜くカウンター。相手は自分が倒れることすら認識できないまま、攻撃のパンチを伸ばしながら倒れていきました。相手が弱いんじゃないかと勘繰りたくなるほどの圧倒的な力量差。加速装置アリVS加速装置ナシのような試合は、KOシーンをスローで何度も見返したもの。

最後の世界戦から3年あまり。抗えない年齢という壁や、バンタム級で王座を失って以降の試合ぶりからは、この挑戦に多くの勝算がないことは薄々わかっていました。それでも、最愛のお母さんの誕生日に、地元・神戸にほど近い大阪城ホールで、世界王座挑戦という形で「最終章」を迎えられるという幸せ。誰もが覚悟を持ちながら、何も諦めない試合を戦える…この舞台設定こそが、長谷川穂積が一時代を担った男である証明ではないでしょうか。

望んだ日に、望んだ場所で、望んだ相手に負けられるのは、ほんの一握りの者だけ。

そういう最終章であったこと、本当に嬉しく思います。

ということで、稀代のサウスポーの最終章について、23日の日テレ中継による「IBF世界Sバンタム級タイトルマッチ 長谷川穂積VSキコ・マルチネス戦」からチェックしていきましょう。


◆「人生は勝ち負けじゃない、勝ちっぷり、負けっぷり」ですよね!

長谷川穂積がバンタム級王座を失ったあと、自ら集めた手書きの名言集にはこんな言葉がありました。「人生は勝ち負けじゃない、勝ちっぷり、負けっぷり」。長谷川穂積のボクシングはまさに「勝ちっぷり」と「負けっぷり」のボクシングでした。勝った試合、そこには1秒くらい時間が止まったのではないかと思うような、時空の隙間を突くパンチがありました。そして負けた試合には自分の伝説ごとキレイに打ち砕くような負けっぷりが。

↓強敵ウィラポンが一瞬で崩れ落ちた伝説のカウンター!


スタープラチナに殴られたらこうなる、って感じ!

スローで見ないと何が起きたかわからない!


↓V10達成の試合では「パンチを放ちながら倒れていく」挑戦者の姿も!


スタープラチナに殴られたらこうなる、って感じ再び!

殴っていると思ったら、いつの間にか倒れていた!

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1万6000人あまりを収容する大会場・大阪城ホール。もちろん、現在の日本ボクシング界を担う男・山中慎介とのダブルタイトルマッチだからこその舞台ではあります。しかし、後楽園ホールや両国国技館を主戦場としてきた山中が、大阪まで出張ってきたのは故郷の滋賀が比較的ご近所だから…ということだけではないでしょう。地元・神戸のすぐそばで、長谷川が最終章に臨みます。

そして始まった試合。対戦相手のキコ・マルチネスは身長が低く、そのぶん背中から腕はガッシリと骨太です。回転はさほど速くないものの、中間距離から飛んでくる一発のフック、接近戦での重量感には怖さがあります。

バンタム級の王座を失って以降の長谷川は、階級を上げたら影響もあってか、無理な打ち合いに臨み致命傷を負うケースが目につきます。バンタムなら止まっていた、バンタムなら倒れていたパンチを、突き破って相手の攻めが来る。「おや?」という苛立ち、「えっ?」という焦り。そこで躍起になり、足を止めて打ち合ってしまう。そして大きいのをもらってしまう。そんな場面の連続。この最終章でも再びそれは起きます。

↓2Rの頭、ロープ際で打ち合いに応じた長谷川は最初のダウンを喫する!


いいの当てても当てても効かないんだよ!

長谷川はいいのもらうと簡単に効くんだよ!

辛いね…。


第2Rではまだ終われない。その執念か、あるいは観客の大声援の後押しか。このラウンドとにかく逃げに徹する長谷川は、マルチネスが「残り10秒の合図をラウンド終了の合図とカンチガイする」というラッキーもあって、何とかゴングに逃れます。

第3R。仕留めにくるマルチネスと、足を使ったり、積極的にクリンチにいったりして、とにかく時間を稼ごうとする長谷川。しかし、ときおり飛んでくるパンチが当たると、長谷川の動きはギシッと止まります。当てても当てても相手は止まらず、一発当たるごとに長谷川は一瞬止まる。戦況、芳しくありません。

「穂積!穂積!穂積!」の大コールが響く第4R。陣営からは「足でボクシングして!」「足で!足で!足で!」という大きな叫びが上がります。長谷川のダメージもやや回復し始め、ここからという攻勢も見えた矢先、両者の頭がぶつかります。大きく切れたのは長谷川の瞼。グローブにポタリと落ちる血の雫に反応した長谷川が、一瞬視線をグローブに落とした隙に飛んでくる相手のストレート。反撃の気配は消え、再び防戦が始まります。場内で飛ぶ「長谷川頑張れ!」の声援は、あの栄光を見てきた者すべてが抱く想いです。

第5R、距離をとってワン・ツーをたびたび当てる長谷川。それでも相手の前進は止まらない。第6R、ブレイク後の再開前に殴るという行為で相手に減点があり、ダウン分を少し打ち消した長谷川。ただ、その1点では足りないほど、この一発が効きます。以降の時間は防戦一方となり、長谷川の血は瞼からの流血と鼻血で真っ赤に染まります。

↓そして第7R開始前、長谷川陣営の指示が「足を使え」から「最後の勝負だ」に変わる!
セコンド:「俺ら何回もこんなとこ経験してきとるやん」

セコンド:「どうなんや。諦めるんか?」

長谷川:「いや諦めません…」

セコンド:「そうやろ?」

セコンド:「相手そろそろガード落ちてきてるから!」

セコンド:「もう足使わんでええ、中入っていけ!」

セコンド:「どっちがオツム強いか(見せたれ)!」


最後のチカラで、最後の一発に懸ける…か。

玉砕覚悟の大博打しかないってことか…。

辛いね…。


実況・解説・視聴者・観衆、みなこのラウンドの意味はわかっている。打て!倒せ!奇跡を起こせ!という願いと、事故だけは起きないでくれよという願い。届いたのは残念ながら後者の願いだけでした。長谷川は1分すぎに、この試合2度目のダウンを喫すると、つづけざまの3度目のダウンで静かにグローブをマットに付けたのです…。

↓長谷川穂積、最終章での3階級制覇ならず!


王者マルチネスも、王者陣営のセコンドも、長谷川を讃える!

陽気なセコンドのオッサンも指さして賞賛!


↓負けたな!完膚なく!いい負けっぷりだった!

世界戦を実現した関係者、お疲れ様!

偉大なボクサーにふさわしい、いい舞台だった!

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感想(9件)




眼窩底骨折、鼻骨骨折という大きな怪我を負ったものの、敗れた直後には笑顔も見せ、ふらつきながらもしっかりと自分の足で会場を去った長谷川。すぐに決断ができるはずもありませんが、やり抜いたと思える一戦だったのではないでしょうか。

同じ日、同じ会場で山中慎介がWBC世界バンタム級6度目の防衛を果たしました。WBC世界バンタム級は、かつて長谷川が手にした王座。ベルトと時代は神懸かりのサウスポーに、もう引き継がれています。そういうことでいいんじゃないでしょうか。奥さんも、子どもたちも、同じような試合をもう1回見るのは辛いでしょうから。ボクシングは怖いスポーツですからね。


長い間、お疲れ様でした!本物のボクシングと感動をありがとう!