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世界選手権、そして北京五輪へ!

フィギュアスケートGPファイナル・男子シングルの戦いが終わりました。日本から出場した羽生結弦氏は4回転ルッツを復帰させた新たな演技構成で挑み、2位となりました。4度のファイナル制覇を経験している選手としては2位は手放しで喜ぶというわけにはいかない順位かもしれませんが、世界で2番目のいい順位です。憧れのリンクで誕生日に残した結果、思い出のひとつとして大事にしてもらいたいもの。

この日は珍しく(!)テレビ朝日も男子シングルの生中継を敢行するなど、まるで五輪でも見ているかのような雰囲気でした。明らかに緊張感が違いました。厳しい「勝負」があり、それを見守るたくさんの人がいる。やはり、これはアイスショーでは得られないものだなと思います。ショーは楽しくて素晴らしいけれど、恐れたり震えたりするものではありません。この恐れや震えの向こう側にあるものは、試合でしかつかめないのです。

その場に羽生結弦がいること。こんな日はとりわけそのことへの感謝が募ります。誰もがこうしてくれるわけではありません。勝負は厳しく、人生を競技に捧げることは辛い。すでに世界のレジェンドである羽生氏には、勝負の場を悠然と立ち去る自由があります。殿堂にある自席に腰を下ろし、新たな時代を眺めることだってできる。僕ならそうしたい。十分に得るものを得たら、あとはのんびりしたい。手元に3億円あったらすべてを投げ出して昼寝でもして過ごしたい。それが魂の本音です。

しかし、羽生結弦は戦うと言うのです。

根っからの勝負好きであり、スケートが好きだから。戦えば負けることがあるのは当然であり、負ければ悔しく不愉快なことは当然であるのに、それでもまだやるのだと。これは「推し」として見守るファンは当然ながら、そうでない人にとっても、そしてフィギュアスケート界にとってもありがたいことだろうと思います。伝説の選手に挑む機会を得られるのですから。

それは大横綱が、のちの大横綱を迎え撃つような光景です。出会わなければ比べようもなかった両者が、一方はチカラを保って踏みとどまり、もう一方はチカラをつけて駆け上がることで、夢だったかもしれない戦いが現実になるのです。もちろん戦う以上はどちらかが勝ち、どちらかが負けますが、戦わなければよかったなどとは僕は思いません。戦わなければいずれ夢を見るのですから。「もしも、このふたりが戦ったなら」という叶わぬ夢を。夢が夢になる前に、現実として叶ったことには、感謝しかないのです。

羽生氏は自身の憧れの選手であるエフゲニー・プルシェンコさんと試合で戦うことは叶いませんでした。ソチ五輪の団体戦でわずかに居並び、けれどプルシェンコさんの負傷によって勝負をすることは叶わずすれ違いました。もしもレジェンド羽生結弦が北京五輪まで現役をつづけていたなら、それによって羽生結弦と戦うという夢が叶う選手がいたなら、それはどんな形であれ感謝しかないだろうと思うのです。ジュニアGPファイナルを制した佐藤駿くんあたりに聞いたなら、全力同意なんじゃないかと思うのです。もうすぐ戦いに行きますから待っててください、待っててくれてありがとうございます、と。

だから、今日も、本当に、ありがとうございました。

どんな結果であっても、言葉はそれに尽きます。

悔しがれたりすること自体が喜びです!

↓今日も、本当に、ありがとうございました!


そのオジサンが僕だと思って、そのオジサンの温もりが僕の温もりだと思って、抱かれてほしい!

目の前にいたら僕もきっとこうしていたと思うから!




迎えたフリー。羽生氏はアクセルを踏み込む決意を固めていました。4回転4種5本、基礎点でネイサン・チェンを上回る構成。そのなかには平昌五輪前の怪我の原因となった4回転ルッツも含まれていました。恐怖心はある、けれどチカラをセーブしたまま追いかけられるような状況ではありません。この日25歳を迎え、フィギュア界ではベテランの域に差し掛かった選手が、さらにアクセルを踏もうとしています。歴史のなかにいる羽生結弦より強いぞ、と真っ向勝負にいっている。羽生結弦を歴史のなかに隠して守るつもりはないぞ、と。ありがたい。

直前の公式練習、羽生氏もネイサン・チェンも好調です。世界のトップ6が集っている舞台にあって、このふたりはさらに別次元にいます。4回転を次々に決め、さらに「+4」なのか「+5」なのかでせめぎ合っている。この勝負を見られる人は本当に幸せです。人類史上において、こんな戦いはかつてなかったのですから。ひとりずつならばただ圧倒されるだけのものが、ふたり並び立つことでどうなるかわからない勝負になる。トリノまで見に行った甲斐も倍増したことでしょう。

その火花にあてられたわけではないでしょうが、先に滑る選手たちにはミスも目立つ展開です。ジャンプの抜け、転倒がつづきます。ロシアのサマリンはダブルトゥループを3回跳んでノーカウントになるというパターンでのロスもありました。薄い不安が広まっていくかのような空気です。会場に据えられた「五輪」のマークも、まるで重りのように感じられてきます。

5番滑走で登場した羽生氏。会場にはたくさんの日の丸と、プーと、大歓声が躍ります。いつの間にか「こういうの着てるのひとりだけになってないです?」と希少種になりつつある、美しく輝く衣装は妖精のよう。発光しながら滑り出せば、まずは冒頭の4回転ループを美しく着氷。つづく4回転ルッツも見事に決めて、「恐怖心」ごとこれまでの難度を乗り越えてみせます。

どこまでアクセルを踏みつづけられるのか。トリプルルッツ、やや空中傾きの4回転サルコウ、いけるところまでいくという演技で羽生氏は攻めます。そして演技後半のコンボ三連続へ。4回転トゥループからトリプルフリップにつなげる三連続ジャンプでは転倒しそうなほど傾いた着氷ながら、一歩でこらえます。一部のジャッジがこれに「-5」をつけているのにはのちにカチンときたりもしましたが、きっと転倒したら「-8」とかをつけるスイッチでもついている席だったのでしょう。気にしている暇はありません。踏んで、攻めて、駆け抜けるだけ。

「後頭部の毛が逆立っている…」って、気にしている暇はありません。踏んで、攻めて、駆け抜けるだけ。

攻めた代償は足にきているのか、今季苦しんでいる4回転トゥループからのコンボでは、最初の着氷でこらえるところがありスピードと流れを若干失いますが、2回転をつけて踏みとどまります。しかし、最後のジャンプでは「ずっと友だち」のトリプルアクセルが抜けて1回転となり、コンビネーションにもできず。「3A+3A+SEQ」での基礎点14.08点のコンボが、1回転アクセルのみの1.21点となります。これはショートでの12.95点差を踏まえると、勝ち負けについてはすでに厳しいか。

それでも最後までひとつながりの演技を仕上げていく羽生氏。滑り終えたあとは決めポーズも崩れ、その場でうずくまるほどの状態でしたが、まずはこの構成をやり切った。すべてが成功とはいきませんでしたが、机上の空論ではないことをしっかりと示すことができました。それは収穫と言っていいものです。25歳の羽生結弦は、今まで以上にアクセルを踏めるということを確認できたのですから。アクセル踏んで、アクセルが抜けましたけど!

↓キス&クライではホールケーキが出てくるサプライズもあるものの、丁重にお断りしました!


お祝いはありがたいけれど、裏でやりましょう!

もしキスクラでも受け取るものがあったとすればジスランコーチが盗まれたパスポートくらいだったでしょうな!

まぁ、それも持ってるならもっと早く返せよって話ですが!




その羽生氏を抑えて優勝したのはネイサン・チェン。ショートでの点差に加え、フリーでもノーミスの演技を見せ、世界最高記録を更新しました。率直に言ってすごい演技でした。練習用ジャージだと思っていた服装が本番用衣装だった点も含めて、「やられた」と唸る演技でした。比較する対象ではないものの、旧採点下での羽生氏のエターナル世界記録のスコアより上の数字を叩き出され、羽生氏本人もそれをクチにするような「やられた」感でした。これは簡単ではない相手だなと唸りました。

ただ、それもまた楽しからずや。羽生氏がそうした厳しさを楽しんでいるのがファンとしても楽しいですし、ネイサン・チェンもきっと楽しんでくれているはずです。自分ひとりが飛び抜けてしまうのではなく、これだけの演技を見せてもなお「上回ってやるぞ」と勝負を持ちかけてくる選手がいるのですから。机上の空論ではなく、現実のプランとして実行してくる選手が。「今に見とけ」と。

この勝ち負けを楽しんでいくことがスポーツでしょう。

負けるときもあるから勝ちの喜びは倍増し、強い相手がいるから自分も強くなれる。

羽生氏は怪我による慢性的な不安や、年齢による抗えない身体の変化も抱え、怖いもの知らずではいられないお年頃です。いつも120%でいることは現実的ではありません。ただ、その代わりに得た数々の経験によって、「この日、この時、この瞬間」に200%を引き出すことはできるかもしれません。あえてこの言葉を選びますが、「老獪さ」というキャリアを重ねて初めて得られるチカラをもって。

怖い、けれど見たい。

不安、だけど楽しみ。

今はまだバラバラに存在している「できること」を全部束ねて、ひとつなぎのプログラムにする。復帰したばかりの4回転ルッツも、今回は不発に終わった3A+3A+SEQも、そしてまだ見ぬ4回転アクセルも。やるのは1回か2回で十分です。それがじょじょに視界に入ってきた北京五輪であれば最高です。「足が折れても」という心境で、自分の極限を発揮できるような機会は、もうその1回くらいしかないでしょうから。

その1回があるかもしれない。

その1回に限界を超えて攻めることがあるかもしれない。

その希望に、その可能性に、感謝です!




「今に見とけ!」という最高のプレゼントをいただけたので十二分です!