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羽生結弦祭を季節の行事にしましょう!

20日、仙台市のコンサートホールで華々しく発表された新たなモニュメント。フィギュアスケート男子シングルで66年ぶりの五輪連覇を成し遂げた羽生結弦氏の偉業を讃え、地元・仙台に建てられるそれはまたひとつ仙台という街の魅力を高めるものでした。実物を見たい、触れたい、記念の写真を撮りたい。そんな気持ちが心を仙台へと誘い、またあの街を巡りながら観光やグルメを楽しみたいと思わせてくれる。

自分に行動の「理由」を与えてくれるものは貴重だなと改めて思います。「理由」がなければ、人生は「面倒」に支配され、何も起きないままに時間だけが過ぎていくことでしょう。それを打ち破る、好きだ、行きたい、これをやりたいという想い。それをまたひとつ見つけることができた…改めてこの偉業を成し遂げた羽生氏と、それを育て支えた仙台という街に感謝したいと思います。

見守るモニュメントデザイン発表式のライブ中継。抽選によって招待された600名の選ばれし者が見守るなか、クラシックの響きによってイベントは始まります。ライブ中継にはその音楽は乗ってきませんが、ショパンかな、とか陰陽師サウンドトラックかな、とか想像しながら見守るのもまた楽しい。

仙台市長、仙台市議会議長、そして羽生結弦氏の入場。みながにこやかです。いつも不思議ですが、羽生氏はいつどこからやってきて、公の場に至るまでどうやって過ごしているのでしょう。泳いで海岸線から上陸してきているわけじゃないでしょうに、その秘密は優しく守られている。だからこそ、こうして「会える」機会がとても素晴らしいものにも感じられるのかなと思いますし、それを行動によって支えている地元の人・周囲の人は素敵だなと思います。

そして、僕らの「讃えたい」という気持ちを受け止めてくれる羽生氏へのわきあがる感謝。

僕らは讃えたいのです。讃えることも含めて僕らの喜びなのです。確かに僕は何もしていない。僕がいても、いなくても、羽生氏のスケートの出来不出来は変わらなかったでしょうし、僕が讃えたことによって羽生氏の達成感や満足は違わないかもしれない。しかし、僕は自分のために讃えたいのです。誰かを祝うことは、自分にとっても喜びです。好きな人の誕生日を祝うことや、それを準備する時間は「自分の喜び」なのです。相手のお気持ちが最優先ですが、自分のお気持ちは「讃えたい」であるし、できるならば笑顔で受け止めてほしいのです。

そこまで汲み取ったうえで、時間を割いて、笑顔いっぱいで、「讃えられて」くれる。ありがたい。大きな人だなと思います。僕らのささやかな喜びのために、羽生氏は今日もまたこうして「讃えられて」くれるのです。想いを受け取り、自分の身体を通じて、それを再び「みんなの喜び」として返してくれる。こういう人が推しであることを本当に嬉しいなと思います。「そっとしておいてくれよ」って言われるのは寂しいじゃないですか。言われなくてもそうするけれど、お祝いくらいさせてほしいじゃないですか。それができる。こんなに盛大にできる。本当にありがたい!

↓そして、羽生氏らの除幕によってフィギュアスケートモニュメントの新たなデザインが発表されました!

やっぱりSEIMEIだよねーーーー!!

羽生氏も同じポーズで除幕を盛り上げてくれました!!



そして羽生氏はモニュメントについて語り始めます。発表式の準備・設営をしてくれた方々への感謝、協賛してくれた企業の方々への感謝、「そして何よりも」楽しみにしてくれていた仙台の方々・応援してくれた方々への感謝。荒川静香さんという偉大な先輩の横に自分の像がふたつ並ぶことはとても恐縮ではあるけれど、羽生氏は「これをきっかけとして、仙台に足を運んでくれる方が増える」かもしれないと思えば、その恐縮もまた謹んで受け止めようとする。言葉のひとつひとつに感謝と誠意と、意志があふれています。最後にちょっと噛むところも、カワイイ。

「自分もモニュメントを建てたいとか、そういう風に思ってくれる仙台でフィギュアスケートをやっている子がひとりでも増えたら嬉しいなぁとも思います」

そう、それこそが形に遺すことの意味だと僕もうなずくばかり。決して、自分が気持ちよくなることが理由ではないのです。多少はニンマリする気持ちもあるかもしれませんが、これを建てることはたくさんの人の喜びであり、未来につながる行為なのです。形として遺せば、知られざる歴史として埋没することもなくなります。「これは何だろう?」と何も知らない子どもの目に留まり、それがきっかけとなって新しい未来が生まれるかもしれない。僕が青葉城で伊達正宗公の像を見て、そういう人がいたんだなぁと子ども心に思ったときのように。

このモニュメントが建ち、またそれを愛でに行く。

羽生氏はその「理由」を僕らにプレゼントして、颯爽と去っていきました。そして、その理由を支え、盛り上げるように仙台の人々はいつも頑張ってくれます。モニュメント設置後の時期に仙台を巡るのに使える地下鉄の乗車券の発売や、どこを巡ろうか考えるときに役立つ「仙台巡り」のガイドブックの制作。これらも単に儲けようなんてことではなく、喜んでもらおうという気持ちに満ちています。

そのすべてがひとつの幸せなサイクルとして巡っています。羽生氏は頑張って結果を残し、ファンはそれを讃え、買い・飲み・遊ぶ。そこで巡るお金は大きいとあらかじめわかっているから、支える人は商売や打算を持ち込む必要もなく、「みんなに喜んでもらおう」ということだけを全力で考えることができます。いいなぁ、と思います。和やかで、ゆとりがあります。

↓デザインの一部でつづりの間違いがあった部分も、ちゃんと訂正して建てるそうです!

たくさんの人が注目するから「デザイン発表」さえ式典になる!

式典になるから、余裕を持ったスケジュールで準備がされる!

余裕を持ったスケジュールだから、間違いの指摘があっても「あ、本番までには直します!」と言える!

羽生氏が生み出す和やかなゆとりが、またひとりの担当者を救った!

建てちゃったあとで「あ!」となったら面倒で仕方がなかったものを、華麗に救助!


↓「仙台巡り」をもらうため、仙台に行かねばならないという熱い気持ちがみなぎってくる!


何この、「巡る理由をくれたのは、巡る場所を紹介する冊子でした」という不思議現象は!

「世界を旅して探した本当の宝物は、実は自分の家にあった」みたいな感覚!




僕は思うのですが、4月の春の頃、仙台に「羽生結弦」という季節イベントを設けてもいいんじゃなかろうかと。七夕に匹敵する感じで、羽生結弦祭を季節の風物詩として、地域を盛り上げていく。それは復興にも役立つものとなるでしょうし、後世につなぐものとなるでしょうし、何より今この時代の僕らが楽しい。

各地でやってるじゃないですか、俳優さんが武将に扮してパレードする「信玄公祭り」とか「義経祭り」とかを。極端な話、羽生氏本人はご不在であっても「羽生氏を模した山車」とかを先頭に立てましてパレードをしたっていいんじゃなかろうか。だって、「信玄公祭り」で「これは信玄じゃない…」とか「ニセモノで行列…」とか「本人不在でパレードとはこれいかに…」とか言わないですよね。想い、想いがあれば夢は現実になるのです。

そこにいろんなイベントを合わせ込み、可能なら羽生氏の出演するアイスショーとかもあわせて巡れるようになっていたら、それはまたひとつ大きなサイクルとなっていくように思います。僕の場合は東京からなんで新幹線が一番早いんですけど、「ANAで行く」みたいなプランが誕生するなら、それはそれで飛行機もいいですしね。2018、2019、2020、何やかんや理由をつけて毎年この時期に何かをやりつづけたら、ウソから出たマコトになるんじゃないかと僕は思ってます!祭りって、そうやって誕生するものですしね!羽生結弦祭、やりましょう!







自分の目で見るモニュメントと、自分の足でゲットする仙台巡りの旅!