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ステマの依頼が来ました!

あまり大きな声では言えないんですけど、今日の記事はステマです。シーッ!声が大きい!バレないようにこっそりお願いします。かねがね「5000円くれたらどんなおべんちゃらでも言う」と公言してきた僕ですが、それを真に受ける企業が現れるとは、僕も正直驚いています。2015年の目標「Youtuberになりたい」も心なしか現実味を帯びてきた感触です。

先日、僕のもとに人づてに届いたメール。そこにはこんなことが書かれていました。「ツッコミがいのある本ができたので、ぜひ読んで感想を書いてやってください」と。メールの差出人は、海外サッカー月刊誌『footballista』を刊行している株式会社ソル・メディアさん。そして、そこに記されていた本が、今回採り上げることにした『ルイス・スアレス自伝 理由』です。

当初は僕も難色を示したものです。「5000円くれたらどんなおべんちゃらでも言う」は冗談である、と。真に受けてもらっては困る、と。どっちかと言えば嫌味と難癖がメインのブログなのである、と。ウソはつきたくないが、出版元に迷惑を掛けるのもイヤである、と。しかし、先方は内容に自信があるらしく「読んでもらえばわかる」と一歩も退きません。

そんな押し問答の末につけた折り合いが、「とりあえず本は読む」「感想を書くかどうかは約束できない」「褒めるかどうかも約束できない」「依頼を受けたことは言う」というもの。それでも先方は構わないとおっしゃるわけです。絶対にアナタにピッタリの本だから、読むだけでもいいから読んでみて、と。そんなに自信があるならば…という流れで読み始めた『ルイス・スアレス自伝 理由』。

450ページあまりに及ぶ大作を読み終え、僕はようやく出版元の言っていることが納得できました。このスアレスというオッサン、めちゃくちゃ面白いではないかと。単なる世界最高の選手の自慢話ではなく、よくも悪くも人間味あふれる好漢の生き様が本書には描かれていました。全体としてはツッコミどころ満載で、言い訳のオンパレードであり、笑える話だらけなのですが、ルイス・スアレスという人物を不思議と好きになってしまうような一冊でした。

日本では「ワールドカップで噛み付いた人」として知られるスアレスさんには、多少なりとも野蛮なイメージがあるかもしれません。噛み付き以外のエピソードを調べても、「うわ、1回だけじゃなく何回も噛み付いてる」「うわ、人種差別的な発言で非難されてる」「うわ、バレーボール式ブロックで相手のシュートを防いでいる」とロクな話が出てきませんし。

ただ、それほどの蛮行を積み上げてきたスアレスさんを称して、何故「悪童」という二つ名がついたのか。単なる「悪」ではなく「童」がついてくる理由が、本書を読むと伝わってくるように思います。割合で言えば「悪」が1割、「童」が9割くらいの感じで、スアレスさんは紛うことなき悪童です。

ソツなく上手く生きていくのではなく、真っ直ぐな衝動のままにしか生きられない不器用さ。全世界に噛み付きを披露したワールドカップのあと、まさに全世界的にフルスイングでぶん殴る準備ができているタイミングで、「自伝出しまーす」という巨大なツッコミどころを引っ提げてやってくる。そんな憎めないバカさ加減に触れれば、「笑って許す」とはこういうことなんだなと思っていただけるのではないでしょうか。

ということで、本書のオビにデカデカと書かれた「噛み付きは無害に近い行為なんだ」というキャッチコピーにのっけからひと笑いしつつ、『ルイス・スアレス自伝 理由』をチェックしていきましょう。


◆悪びれないのではなく、本人的には「まったく悪いとは思ってない」!


まずご覧いただきたいのが本書の表紙。オビにはこんなキャッチコピーが書かれています。「噛み付きは無害に近い行為なんだ」と。これは本書中にも登場する言葉で、スアレスさんが自身の噛み付き行為について語ったものです。スアレスさんは都合3度の噛み付きを、取り立てて悪いこととは思っていません。むしろ、もっと悪いことしているヤツはいっぱいいるだろと思っています。何故かと言えば、噛み付きは「相手に怪我を負わせるような有害な行為ではない」からです。

その一語に代表されるような、「俺、そんな悪いですかね?」理論は本書全体に貫かれています。出版元が入れた「三度の噛み付き、ハンド、ダイブ、人種差別発言 数々の騒動について本人が明かす驚きの見解!」という説明は盛った表現ではなく、マジ驚きの連続です。おそらく出版元でも「はぁっ!?」となったのでしょう。「そういう見方もあったのか!」と目からウロコが落ちるような「理由」たちは、一見の価値があるものです。

ルイス・スアレス自伝 理由


本書は自伝ではありますが、避けられない内容があります。「何故、あんなことをしたんだ?」という、数々の蛮行についての説明です。それが描かれずに、スアレスという人物を語ることはできません。もちろんそのことは本人も自覚的です。むしろ蛮行とそれによる後悔を経て、周囲の人の支えで立ち直ったからこそ、内に閉じ込めてきた想いを語ることを決意したと言ってもいいでしょう。それを語ることは、同じ過ちに囚われないためのステップなのだ…そういう意味で。

↓まず冒頭の「はじめに」と題した章では、全世界が聞きたい2014ワールドカップ・イタリア戦での噛み付き行為について、「俺、そんな悪いですかね?」を堂々と語る!
自分は相手選手にケガを負わせたことなど一度もないと思う。多くの人が噛み付き行為に嫌悪感を抱いていることは承知している。だけど、実際には無害に近い行為なんだ。
(本書27ページより)

ボクシングのリング上でイベンダー・ホリフィールドの耳を噛みちぎった、マイク・タイソンの噛み付き行為とは話が違う。
(本書27ページより)

2013年のチリとの試合中、相手選手に股間を鷲掴みにされてとっさに手が出てしまったことがある。でも、処分は受けなかった。1試合も出場停止にはならなかった。敵へのパンチは正当防衛の手段として認められているかのようだった。
(本書31ページより)

確かに「ほとんど無害」ではある!

どっちかと言えば、噛んだ自分の歯のほうが痛そうだったしな!


スアレスさんは2006年大会でのジネディーヌ・ジダンの頭突きなどを例に挙げながら、ジダンの頭突きは3試合の出場停止だったのに、俺の噛み付きは何で9試合も出場停止になるんだよ!と吠えます。相手に怪我をさせたわけでもなく、危険な行為でもないのにという主張です。「そりゃまぁそうですけど…」というポカーン感。しかし、人々をポカーンとさせることも含めて、内なる想いを正直に明かすことこそが本書の目的なのです。

スアレスさんは試合中に我を忘れることがあるといいます。そのせいで、蛮行に及んでしまうと。しかし、スアレスさんは我を忘れることを必ずしも否定的にはとらえていません。自身を噛み付きに走らせる「衝動」は、即興性あふれるゴールを生み出す「閃き」でもあるからです。閃きを失わずに衝動を抑えるため、スアレスさんは内なるプレッシャーやストレスを正直に明かすことを選びました。自身の正当性を取り繕うために言い訳をするのではなく、本当に思っていることを明かしてスッキリしたい。それがスアレスさんの本書に込めた想いなのです。

だからこそ次々に「俺、そんな悪いですかね?」が飛び出してくる。「心から反省してます」と書けば世間も溜飲を下げるところを、「俺、そんな悪いですかね?」と正直に語ってしまう。そうすることでさらなる非難も生まれるかもしれません。ただ、本人はスッキリするのです。スッキリすれば試合中に爆発することを抑えられるのです。ならば、黙って聞くしかないでしょう。口をポカーンと半開きにさせながら…。

↓数々の蛮行について、スアレスさんは「俺、そんな悪いですかね?」理論を独自展開する!
<一連の噛み付き行為について>
●噛み付きはイライラが溜まった末の衝動的な行為に過ぎない
●実際問題、誰にも怪我はさせてないだろ?
●試合中には相手を削るような危険なタックルも繰り出される
●噛み付きよりそちらのほうが悪質ではないか?
●それなのに殴ったり頭突きをするよりも処分が重いのはオカシイ
⇒俺、そんな悪いですかね?

(参考動画:ワールドカップで都合3度目の噛み付きを披露するスアレスさん)



<審判を欺くダイブ行為について>
●確かに俺はダイブをするよ
●でも、数あるファウルの中で何故ダイブだけが槍玉にあがるんだ?
●危険なファウルがもっと非難されないのは何故だ?
●実際問題、誰にも怪我はさせてないだろ?
●ていうか、みんなダイブするだろ?
●俺を非難したチームがダイブしたりするじゃないか
●俺は「ダイバー」というレッテルを貼られて損をしている
●ファウルを見逃されたりすることもある
●ダイブは主審が見抜いて警告を出すべきなんだ
●化かし合いは選手なら誰でもやることなんだ
●DFはいつだってFWのオフサイドを主張するだろ?
●俺は相手のダイブに文句を言ったりはしないよ
⇒俺、そんな悪いですかね?

(参考動画:ダイブを非難した監督の目の前で、当てこすりのダイブパフォーマンスをするスアレスさん)




<2010年ワールドカップ、相手シュートを手でブロックした件について>
●そもそも自分たちにはFKを与えるようなファウルはなかった
●相手シュートもオフサイドだったかも
●実は俺はゴールキーパーをやるのが子どもの頃から好きだったんだ
●ストライカーでなければGKをやっていただろうね
●だから、ついつい手が出てしまったんだよ
●あの瞬間、ほとんどの選手が同じことをするだろ?
●俺はあれで一発退場になったし、相手はPKを得た
●それで一件落着なんだ
●相手はPKというチャンスを得たのに外したんだ
●PKを外したのは相手選手だよ
⇒俺、そんな悪いですかね?

(参考動画:相手シュートを手でブロックするスアレスさん 1分10秒頃から)



<2012-2013シーズンのFAカップ・マンスフィールド戦で挙げたハンドによるゴールについて>

●故意に手を出したわけじゃない
●あくまでも「瞬間的なリアクション」なんだ
●俺自身もノーゴールだろうと思っていた
●しかし、主審がゴールと認めてしまったんだ
●ノーゴールと告げるのは審判の仕事だ
●ちなみに、ゴールパフォーマンスで手首にキスをしたのはハンド・ゴールだからじゃないぞ
●いつもと同じゴールパフォーマンスをしただけなんだ
●俺の手首には子どもたちの名前が彫ってあるんだよ
●だからいつも通り、そこにキスをしたのさ
⇒俺、そんな悪いですかね?

(参考動画:ハンドでゴールしたあと手首にキスするスアレスさん)



<2011年、試合中にマンチェスター・ユナイテッドのエブラ選手に対して人種差別発言をしたとされる件について>
●あのとき、エブラは俺に蹴られたと文句を言ってきた
●言い合いを始めたのは向こうだよ
●でも、それは試合中によくある口論の類さ
●その口論の中で俺はスペイン語で「negro」と言ったのさ
●スペイン語で、1回だけ言ったんだ
●スペイン語の「negro」には「黒」という意味しかないんだ
●そこに人種差別的ニュアンスはないんだよ
●俺自身も親しみを込めて「negro」と呼ばれることがある
●南米には「negro」というあだ名の選手がたくさんいるくらいだ
●彼との口論はスペイン語だったんだ
●彼はスペイン語で文句を言ってきたんだよ
●だから俺もスペイン語で言い返したんだ
●俺は当時、ほとんど英語ができなかった
●だから英語での人種差別用語を口にするはずがないんだ
●騒動後、初のマンチェスター・ユナイテッド戦で、俺には和解する準備があったんだ
●試合前に握手を交わそうと思っていたんだ
●でも、彼は手を下げて握手を拒否した
●だから俺もそのまま通り過ぎようとした
●すると、彼は俺の手をつかんできた
●俺はヤツの仕組んだ罠にはまったようなものさ
⇒俺、そんな悪いですかね?

(参考動画:騒動後の初対戦で握手をし損なうスアレスさん)


「モノは言いよう」とは言うけれど、よく言ったもんだな!

清々しいまでに「俺、そんな悪いですかね?」を言い切った!


↓ハンドでのブロックについては、「コレひょっとしてごまかせるかな?」と思ったフシさえも!

最初は、目の前にいた味方の影になって「誰にも見られなかった」と思った。でも、主審の笛が鳴った。すると今度は別の考えが頭に浮かんだ。真横にいたホルヘ・フシレは、俺に似ているとまでは言えなかったけど、同じ黒髪で、同じくゴールライン上にいて、しかもこの試合中にすでにイエローを1枚もらっていたから、チームが勝っても警告累積で準決勝には出場できないことが決まっていた。そこで、主審の方を向いて、自分ではなく彼のファウルだと合図をしてみた。何かせずにはいられなかったんだ。
(本書159ページより)

試合は、やはり出場停止中だったフシレと一緒に観ていた。問題のハンドを犯したゴールライン上で並んでいた彼と、準決勝のスタンドでも仲良く並んでいたわけさ。「なんでボールはこいつの前に飛んでいかなかった? なんでこいつが先に手を出して止めなかったんだ?」と、いまさらながらに思ったよ。そうなっていれば、フシレはすでに準決勝での出場停止が決まっていても自らを犠牲にした母国の英雄になれて、俺は準決勝でもプレーすることができたのに。
(本書166、167ページより)

んなわけねーだろwww

何だその都合のいい俺的希望展開wwww

理由 [ ルイス・アルベルト・スアレス・ディアス ]

価格:1,944円
(2015/3/16 12:40時点)
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これらの行為を反省し、優等生の態度をすることは簡単です。そして、優等生の態度をしないまでも、何もわざわざ自伝など出さなければ、触れる必要もない話ばかりです。しかし、自分の問題を解決するために、あえてこれらの問題にも踏み込んだ。書かれていることがポカーンとなる内容だけに、スアレスさんの正直な側面もまた浮かび上がる。逆説的ではありますが、妙な言い訳を重ねることで、それが妙であるほどにスアレスさんを許してしまうような感じが、本書にはあります。

スアレスさんはいつも自分に正直です。そして、そのために不正を働くことも辞さない「悪」の部分を備えています。少年期に出会い、現在も妻として寄り添うソフィさんとの思い出を語るくだりでは、ソフィさんに会うために所属していたクラブからバス代をだまし取ろうとした計画のことが書かれています。「引っ越して家が遠くなりました」「練習に通うのが大変です」「バス代をください」という子どもだまし以下のズサンな計画です。(もちろんすぐバレて、バス代はもらえず)

しかし、その「悪」も含めて、スアレスさんは真っ直ぐに自身のゴールへと向かっています。真っ直ぐに自身のゴールへ向かうために、ときに世間のルールや常識のほうを曲げてしまう。それが遠くの人々の目には数々の蛮行として映り、近くの人々にとっては献身的で自己犠牲に満ちた行為として映る。

スアレスさんが「敵対」するのは、遠くの人々です。対戦相手の選手や監督であったり、ライバルチームのサポーターであったり、世界のメディアであったり。一方で近くの人々に対して、スアレスさんは敬意と愛情を持って接します。自分を指導してくれる指揮官、リバプールで出会ったスティーブン・ジェラードという偉大なキャプテン、ウルグアイ代表で出会った雲の上の存在ディエゴ・フォルラン、自身も病を抱えながらブラジル・ワールドカップ出場に漕ぎつけさせてくれたウルグアイ代表のフィジオセラピスト、そして信愛なるサポーターたち……彼らの愛情に対して、スアレスさんは「ゴール」という最大の結果で報います。

大人ならば諦めてしまうような大きな夢も、大人ならば抑制するだろう蛮行も、そのままに発露させてしまう子どものような純粋さ。少しの「悪」の部分と、それを遥かに凌駕する「童」の部分。どちらを感じ取るかによって、これほどに見え方が変わるものなのか。本書の言葉をすべて受け入れはしないまでも、これまで抱いていた「噛み付き男」という印象は、僕の中からも拭われていきました。悪ガキがそのまま大きくなったかのような生き様。どんな困難をも乗り越えようとする情熱。敵対する者には厄介極まりなく、周囲の人々には微笑みで迎えられる「悪童」ぶり。それがスアレスさんが憎まれ、愛される「理由」なのでしょう。

ちなみに本書の英語題は「CROSSING THE LINE」というそうです。直訳すれば「一線を越える」といったところでしょうか。スアレスさんは何かを乗り越えながら現在地までたどり着きました。ときにそれは乗り越えてはいけないものを乗り越えてしまう行為だったかもしれません。ただ、スアレスさんを突き動かす衝動がなければ、そのような非難を浴びるまでの地位にも、やはり来られなかったのだろうと思うのです。

狭い路地裏。刑務所の隣。マリファナの匂いを漂わせる訪問者たちとすれ違いながらサッカーに興じた幼少期の原風景。ともすれば堕落していきそうな生活環境の中で、スアレスさんをサッカーへと突き動かした「衝動」があったといいます。その衝動こそが、初恋の人にして最愛の妻であるソフィさんがバルセロナへと移住すると知り、彼女を追いかけるために欧州でサッカーをするんだという決意……すなわち現在のルイス・スアレスへと彼を駆り立てた原動力でした。

まだ何者でもなかったスアレス少年に大西洋を乗り越えさせたチカラが、ときに彼を蛮行に走らせるのだとしたら、それはそれで仕方ないことなのではないでしょうか。スアレスさんは確かにソフィさんのもとへ、そして自身の目的地へとたどり着いたのです。クロッシング・ザ・ラインして遥かバルセロナにまで。その「衝動」を失えば、この成功もまたなかったのでしょうから…。

↓ちなみに、スアレスさんは自伝の出来にご満悦らしく、移動の機内にも自分の本を持ち込んでいるとのことです!

著者:「ほほぉ」
著者:「いい話じゃないか」
著者:「そんなことがあったのか!?」
著者:「憎めないね、スアレスってヤツぁ」
著者:「俺は許した」

こういうトコが新聞のオモチャにされるんだよwww

世界屈指のオモチャになるだけの「理由」が本人にあるわwww


↓さらに本書について詳しく知りたい方はコチラの特設ページをご覧ください!

立ち読みが充実しているので、立ち読みだけでも雰囲気は十分伝わるはず!

「3回笑って、2回呆れて、1回泣く」ペースの本だと思います!

理由 [ ルイス・アルベルト・スアレス・ディアス ]

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本書を読んで「4回目の噛み付きは絶対ある」と確信しましたが、許します!