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07:00
光輝く、大空高く!

ベッキー事変、SMAPお家騒動、STAP手記、数々の話題が駆け抜ける2016年初頭。もう1年ぶんくらいの話題があったんじゃないかという満腹感を引き裂いて、またひとつ大きな星が流れて墜ちました。清原和博、逮捕。覚せい剤0.1グラムの所持。任意同行を受ける場面がカメラで押さえられるなど、SNS時代にピッタリの逮捕劇。おもちゃのように、ボールのように、清原は「話題」として転がされていた。滑稽でした。

清原和博は僕のスーパースターであり、いまだにスポーツに求めてやまない究極の形です。類稀なる才能。屈強な肉体。隙の多い精神。豪快な生き様。河原でボールを追いかける犬が、そのまま大きくなっていくような、屈託のない楽しさ。ビジネスでも求道でもなく、ただただ棒を振り球を打つことが楽しくて楽しくてたまらない。そんな純粋さを清原は持っていた。

ここに至った道のりにはいくつもの分岐点があったのかもしれない。多くの人は、あのドラフト会議を挙げるでしょう。盟友・桑田真澄に裏切られ(たと思い)、憧れの巨人に裏切られ(たと思い)、清原青年は激怒した。もしもあの日、巨人にスンナリと入っていたら、今頃は巨人の監督だったのかもしれない。そんな運命もあったかもしれない。世間はまたあの日に帰っているのでしょう。

しかし、考えれば考えるほど、それはなかったと思います。

清原和博は根っからの野球少年です。野球少年のまま2016年を生きている、時の止まった男です。子どもの心を覆う鎧はそもそもなく、ハリボテのように歪なプライドが表面を薄く包んでいるだけ。中身は不安ではち切れそうだったはずです。もっと褒めて欲しい、もっと大切にして欲しい、もっと愛して欲しい。清原は孤独や孤高とはもっとも遠い場所で、ひたすら愛されたがっていた。

あのドラフトだって、巨人に入ることが大切だったんじゃない。愛された手応えさえあれば、清原の気持ちは全然違っていたはずなんだ。勝ったから、悔しさを晴らしたから清原は泣いたわけじゃない。愛してくれなかった人を前にして、どうして愛してくれなかったんだ、僕はココにいるんだと呼んでいた。恨みつらみを募らせた末の涙なら、FAでの巨人入りもなかった。自分を捨てた両親に会いに行く子どもには、わだかまりだけでは片付かない理由があるものです。

しかし、巨人はやはり愛してくれなかった。巨人が欲したのは成績であり、看板であり、戦力だった。清原和博と一緒に野球をやることではなかった。「打たんでもええ、負けてもかまへん、空振りも豪快で結構やないか。キヨと一緒にやれれば最高や」という野球仲間ではなかった。清原的なるものを愛するワケにはいかない巨人という環境では、遅かれ早かれこうなったと思います。捕まる案件は野球賭博だったかもしれないな、と思うくらいで。

愛が清原のごほうびで、愛が清原のエネルギー。

燃える男は、チャンスに強い男は、人々の愛を反射して輝く惑星でした。期待されればされるほどチカラを増し、反面、軽んじられ疎まれると途端に気力を失った。反骨精神で見返すのではなく、拗ねて悪態をついてしまう。本人の弱さではあるけれど、それが清原という男でしょう。遠くで見ているファンにわかることが、近くで見守る仲間にわからないわけがない。

肌を焼き、ピアスをつけ、髪を染め、入れ墨を彫ったのもSOSのサインでしょう。ちょうど不良少年がそうするような。だが、世間は清原を強い男だと思い、強さを求めた。頼れる4番を。不屈の男気を。逞しい父性を。そんなものぁないんだよ。違う違う、清原はギューッと抱きしめてやらないとダメなんだ。情けなくて結構。みっともなくて結構。ただ、ずっと抱きしめていてやれば、こんな日は来なかったはずだ。

「頑張りなさい」
「しっかりしなさい」
「立ち直りなさい」

清原に期待を懸ける人は少なくなかったけれど、それは大人が大人を見るように、突き放したものだった。立ち直るのを待っているだけで、無理やりにでも立ち上がらせる助力ではなかった。僕が「もしもあの日」を挙げるなら、2004年のオフ。新生オリックス・バファローズの監督に就任した故・仰木彬氏が清原を自軍へ誘ったときです。あのとき、清原はその誘いを受けず、翌年仰木氏は亡くなりました。

もし、あのとき、そのまま仰木氏の胸に飛び込んでいれば。短い時間ではあっても、何よりも選手の気持ちを察し、思い遣ることができる監督のもとで、清原はもう一度自分が愛されていることを確認できたのではないか。無闇やたらのSOSを発することもなくなり、健やかに野球を楽しむ時間を持てたのではないか。そして、次の目標への分岐を進むことができたのではないか。

清原監督は、もうないのでしょう。江夏豊さんの例もあるので清原解説者はスポーツ紙の片隅では見られるかもしれませんが、清原監督はもう生まれることはない。清原に一度も監督をやらせないなんて、あれだけのことをやってきた選手に一度も監督をやらせないなんて、そこには「愛」がこれっぽっちもないじゃないか。「愛」がないから清原は拗ねたし、拗ねたからますます「愛」がなくなっていった。どっちかが負の連鎖を止めなくてはいけなかったのに、損得ばかりを考えていた。

西武!

僕は、負けてもよかった。清原監督が暗黒時代を作るなら、一緒に飲まれて構わなかった。大敗、惨敗、大いに結構。望んで暗黒に飲まれる気持ちがあった。清原監督と100敗するなら一年中笑いが止まらなかった。ベンチ内での抗争が試合以上に楽しみになった。「もういい、クチでサイン言え」「相手チームの情報を新聞で調べてこい」「向こうの先発に寿司をおごってシュートを封じろ」とか野次りながら見たかった。とっとと西武がやらんからすべてが流れていった。とっとと西武がやらんから。とっとと。

勝利じゃなくて、夢が見たいからスタジアムに行くのに。

日がまた昇り、夢は醒めてしまった。












完本 清原和博 (文春文庫)