このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
07:00
誰よりも早く「被害者のポジション」をつかめ!

インターネットによって人と人との距離が近くなった現代は、むしろ対面の人付き合いで構成された旧来の社会以上に、人間関係トラブルの危険性が高まっています。向こう三軒両隣どころではない「全世界」がトラブルの相手となりうる。家で引きこもっていても決して安心はできません。

僕なども自分では無味無臭無益な平均的一般人だと思っているのですが、年に何回かは小さなボヤが発生します。もちろんムッとくることもありますが、反撃に対する再反撃も怖いので結局黙っていたりします。ガマン、ガマン、ガマン。忍耐だけが唯一の対処法でした。

しかし、最近立てつづけに起きた事例、その共通項によって僕は大きな気づきを得ました。これはぜひ今後のボヤに活かしていきたい。

気づきを与えてくれたなかでも、とりわけ大きな存在であったのが所属先ナシで議員活動をつづけている衆議院議員の上西小百合さんでした。上西さんはとあるサッカーの試合を見たあと、ツイッターで試合の感想をつぶやいたところ、その感想が気に入らない人たちからの反発を受けます。そこで上西さんは反発に再反発する形で強い言葉でさらなるつぶやきを投下します。すると、これが図星でカチンとくる内容だったものですから、相手方の怒りが本格的に着火。ついには脅迫めいたメッセージまで届く騒動となったのです。

↓発端となったつぶやきは、国会議員だと思えば低俗だけれど、フモフモコラムだと思えば真面目な感想!

フモフモなら「浦和大善戦!」「実力の1000%を発揮!」「クラブ史上最高の試合!」とか言っちゃうところを「酷い負けかた」で止めたのは、むしろ浦和への愛を感じる!

「親善試合は遊びなのかな」にも「公式戦は真剣勝負」という心の底にあるスポーツへの敬意がにじむ!

フモフモなら「球蹴り遊びの上手いドイツ人に負けたからって、浦和がダメだなんてことはないぞ。球蹴りが下手クソなだけだ。球蹴り以外は何も負けてない。比べたわけじゃないからまだ負けが確定してないって意味だけど。だから元気出せ。川崎なんか0-6だぞ。本気で遊ばれてるんだぞ。金払って遊ばれたんだぞ。だから元気出せ」とか、公式戦含めて全部遊び扱いしちゃうところなのに!


↓そして、いろんな反発を喰らったところで強い言葉で再反発をするも、これとて口汚いだけで大したことを言っているワケではない!

言われたほうは確かに面白くないだろうけれど、議員の怒りもごもっとも!

議員は「浦和酷い負けかた」と浦和をくさしたのに、反撃が「応援しているだけの連中」から飛んできたので、議員にとっては完全にお門違いなのです!

だから「お前は浦和レッズじゃないだろ」と門外漢の乱入にムカついているのです!

小百合 [ 上西小百合 ]

価格:1,620円
(2017/7/22 04:47時点)
感想(1件)




AとBが罵り合っていて、AがBをくさしたとき、Bが文句を言うのは通常の罵り合い。しかし、突如としてCが現れて「We are B!We are B!We are B!」「オッオッ俺たちの誇りBー、魂こめて燃えろBー」「ララララララーB、ラララーBー、ラララー」などと言いながら文句をぶつけてきたら、「お前誰やねん!」となるのは自然なことでしょう。もちろんCは自分自身のことを「Bを包み込む上位の概念」だと思っていますが、Aにとっては「Bを応援しているだけのくせに」なのです。これでは本当の意味での反撃になっておらず、Aの芯に響くパンチにはならないでしょう。

逆にCが参戦したことによって、Aはこの罵り合いで大きなゲインを得ました。それが今回の最大の気づきである「被害者のポジション」です。Aは無関係のCから殴られたのです。Bから殴り返されるぶんには当事者間のバトルだったのに、Cが無策に参戦してきたことで、Aは以降のバトルを「被害者Aと門外漢Cのバトル」として進めることが可能になったのです。CはAが先に殴りかかってきたと思っていますが、Aはそうは思っていません。Aが殴ったのはBだからです。なので、「ヘンな人がわいてきて殴られた」という被害者面で、あのつぶやきも投下しているはずです。

そういう構造を確立するためにも、「応援しているだけのくせに」は実によく効いている。これは相手方の痛いところを突くと同時に、「あなたはBじゃないですよね」という定義をしているわけです。言い換えれば「ヨソもんはすっこんでろ」です。ところが、CはBと一心同体のつもりなものですから、ますます怒りをかきたてられ、本当に実在するかどうかはともかくとして脅迫の電話やらという行動に移ってしまう。

襲撃予告的なものになればもちろん普通に犯罪ですし、そうでなくてもAにとってはCからの攻撃は養分でしかありません。Cが殴れば殴るほど、自身の被害者としてのポジションは確立していくからです。本来なら最初の被害者であったはずのBがダンマリをつづけていたのも、Aにとっては都合がよかった。一番最初に「被害者のポジション」におさまることができたはずのBが、その権利を行使せずに捨ててしまったのですから。

↓被害届提出という形で「被害者のポジション」を固めにかかるA!


これで完全に「被害者A」が成立してしまったな!

あとはAは「私は被害者です!」と言いつづけるだけでOK!

世の中には「私は被害者です!」と叫んでいる人を見ると、何も考えずに肩を持つ優しい人が結構いるから!


現代のSNS論争というのは、戦線の拡大が急速です。一度火がつけば一気に全国規模になってしまう。そのときに、いちいち自分自身で応対するのは無理です。味方を増やして、味方の人に敵と拮抗した状況を作り出してもらいたい。そのときに優位な場となるのが「被害者のポジション」。そこに立っているだけで、ある程度勝手に味方が増える極めて有利な位置です。

誰だってそうでしょう。互角の殴り合いをつづけるAとBがいたら「おぉ元気だな。勝手にやれ。そして両方死ね」と思いますが、「私は被害者です!」と叫びながら殴られている人を見たら「一回止めよか」と思うじゃないですか。そして、まず被害者側に立ってしまうじゃないですか。

この観点から言うと、まず今回のバトルはBが「私はひどく傷つきました」という辛さを表明して、真っ先に「被害者のポジション」を確立すべきでした。よしんばそれが叶わなかったとしても、Cが「Bが悲しんでるよ!」と、まずBを被害者ポジションに押し込み、同時に「Cも自分のことのように悲しい!」と自分も被害者ポジションにおさまりたかった。ところがそこで、CはダイレクトにAの発言内容を糾弾するという形で、Aを殴りに行ってしまった。これは攻め手を誤ったと言うべきでしょう。アタックチャンスでカドが空いているのに、ほかのところを取ってしまわれたのですから。

しかも、Aが被害者ポジションを確立したあともなお、殴りつづけてしまった。相手が被害者ポジションに入った場合、真っ先に取るべき対応は「自分も被害者なんです」と大声で叫んで自分も被害者ポジションに入り込むこと。とにかく、その位置を相手に渡してはいけないのです。

↓ジャンピングエルボーをした圧倒的加害者も、「先に相手が挑発してきた」と被害者面をしつづければ、少し処分が軽減される!


揉め事が起きたとき、それを裁くのは当事者以外の人間!

両方が被害者面していれば、「殺すつもりでやりました」と全面的に認めるよりも、裁きは緩やかになるもの!

「被害者面で責任転嫁」は強い戦術です!

警視庁犯罪被害者支援室の女 1 (ビッグ コミックス) [ 六月柿 光 ]

価格:596円
(2017/7/22 04:48時点)
感想(0件)




被害者のポジションを確立したAは、もはやBやCを相手にする必要はありません。利害関係のないDのところに行って、泣いたりわめいたりすればいいのです。大事なのは全然関係ないところに行くことです。Aの身内とか、Bの関係者ではなく、「その案件が持ち込まれたときに面倒事と感じる相手」であるのがよい。視聴者とテレビ番組のバトルを、スポンサーに持ち込むようなことです。

面倒事を持ち込まれ、被害者面が泣いているとき、それを一番速やかにおさめる方法は「相手に謝ってもらうこと」です。一刻も早く面倒事から逃れるために、自然とDは「BとCが謝ってくんないかな」という気持ちになってしまう。アジアサッカー連盟などは、まさに「D」なわけです。

ただ、今回の上西小百合議員の件では、終盤戦に詰めの甘さも見られました。もうB・Cとバトルする必要がない状況なのに、Aである上西議員はBである浦和レッズとの対話を要求してしまったのです。ここでBは逆転の可能性がありました。再びAとBの罵り合いという初期の構造に戻したうえで、もともとのツイートでいかに自分たちが傷ついたかを訴え、改めて自分たちを「被害者」と定義できるチャンスがあった。

ところがBである浦和レッズは、これ以上は関わりたくないと逃げてしまった。「D」の気持ちで動いてしまった。これによってBは被害者になる機会を逸し、ただただCであるところのサポーターが乱暴者であったということだけを事実として、本件はクローズしてしまったのです。あれほど言葉づかいの悪い相手とのバトルでこの決着はもったいなかった。どんな相手にも屈しないマッチョな心意気が、この「負けに近い痛み分け」を生んだように思います。

「被害者ポジション」をどちらが取るか。

その奪い合いという意識がBやCにあれば、この戦いは負ける戦いではありませんでした。一番最初に傷ついたのはBだったはずなのですから。最後は捨て台詞みたいなものまでぶつけられ、さぞや腹立たしいことでしょうが、それが「被害者のポジション」にあるものの強み。簡単にその位置を取らせてしまったことの反省、今後の炎上案件・中国殴り合い案件・ガンバ殴り合い案件などでは活かしていってほしいもの。

↓バトルが上手な人なら、自分が悪くて始まった糾弾会見でも「差別云々」で巧みに被害者ポジションに入っていくというのに!


圧倒的大多数の「無関係なD」は、考えたり理解したり正しさを判断するのも面倒なのよね!

だから、長々とした主張の合間にウソでも適当でもいいからリズミカルに「私は悪くない!私は被害者!」って混ぜておけば、そんなもんかなぁと思っちゃう!

さすが歴戦の闘士、バトルがお上手!

敏感すぎて傷つきやすいあなたへ [ 武田双雲 ]

価格:1,080円
(2017/7/22 04:54時点)
感想(1件)




僕は今まで「正しさ」ばかりに目が向いていました。正しさを取れば、バトルにも勝つだろうと思っていました。しかし、バトルの決着を判定するのが「無関係なD」である現代のSNS論争においては、決して「正しさ」は必勝の一手ではないのです。まず最初に「被害者のポジション」を取ったうえで、「正しさ」でその場を固めていく。よしんば自分が悪い案件であっても、自己正当化を図るよりも先に、「私も被害者」というロジックを無理やりにでも見つけなければならなかったのです。それが僕が今まで「被害者面」と思っていた、強い戦術だったのです。実は。

上西小百合議員と秘書のオジサン、済州ユナイテッドのみなさん、蓮舫さん、そのことに気づかせてくれてどうもありがとうございます。

そして浦和レッズのみなさん、みなさんも一緒に学びましょう。

カッとなって殴ってしまったときは、「相手が挑発してきたから」と被害者のポジションに走る。

ムカっとくることを言われたときは、マッチョに立ち向かうのではなく、できるだけ大きな声で悲しみを訴える。

どうにも困ったらとりあえずダメ元で差別と言ってみる。

そうした現代SNS論争の戦術、活用しない手はないですよね。


今後は「よくも俺に殴らせたな!俺こそ被害者!」と叫びながら殴ろう!