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07:00
やっぱり僕はガトリンを祝福はできない!

世界陸上を見ながらしばし感傷にひたっていました。今大会をもって現役引退を表明しているウサイン・ボルトの最後のレースの結果に、モヤモヤとした気持ちを抱えながら。ボルトが負けるのは勝負なので仕方がない。けれど、どこかがスッキリしない。それは正直な気持ちです。

そのモヤモヤの中心部にいるのは、このレースに勝ったジャスティン・ガトリンであることは言うまでもありません。ボルトが去るレースで、ボルトより年齢が上のガトリンが、ドーピングによって2度の資格停止処分を受けたガトリンが、勝った。世代交代とは真逆の、時計が逆回転していくような気持ち。これこそ「モヤモヤ」です。


(※右からボルト、筒香、照ノ富士)

レースの前から場内には大ブーイングが響いていました。イギリスはもともとドーピングに対する嫌悪感の強い国。自国のスターでもあったドウェイン・チェンバースに対して、ドーピングによる資格停止歴を理由に五輪出場を不可とした実績もあります。ゆえに、ガトリンに対してもことさらに風当りは強く、走る前以上に勝ったあとのブーイングは大きくなりました。試合後の記者会見では罵詈雑言にも近い質問がいくつもとんだと言います。

僕も心情としてはブーイングです。

だが、そのブーイングがどこから生まれるのかは、自分でも腹落ちしていないところでした。ガトリンは確かに二度の資格停止処分を受けたものの、処分が明けたのは2010年のこと。それから7年に渡って「クリーン」であるのならば、別にもうよかろうという意見があるのはわかります。犯罪者にも更生のチャンスがあるように、ドーピング違反者にも更生のチャンスはあるべきならば、ガトリンなどはまさに更生の代表格と言えるところ。むしろ、今こそ「よく頑張った」と褒めるタイミングなのかもしれない。そう考えている人もたくさんいるようでした。

そもそもガトリン自身の主張としては、このドーピング歴はADHDの治療薬が反応したもので、悪意のない不注意なのであるということです。もしかしたら、そうなのかもしれない。2度の不注意はありえないと思うけれど、ADHDだからもしかしたらあるのかもしれない。ボルトの走るレーンにツバを吐いて挑発するような行為も、嫌がらせではなく衝動的なものだったのかもしれない。

ガトリンが頑張っているのは間違いない。

しかし、ガトリンを祝福する気にはなれない。


↓かつてガトリンと戦った朝原宣治さんもモヤモヤしていたらしく、モヤモヤブツブツしてみたところ返信責めにあっていました!

<2017世界陸上でのガトリンの勝利にモヤモヤする朝原さん>


<参考:ガトリンとの遭遇に興奮する塚原直貴さんに、薄味の嫌味で応じる2014年の朝原さん>


<参考:ガトリンVSゲイのドーピング対決にメンタルの強さに感心する風味の嫌味を吐き出す朝原さん>


<参考:朝原さんがリツイートしている、2015年世界リレー選手権でのアメリカチームの優勝メンバーがドーパー揃いであることを刺すツイート>


<参考:ガトリンがゲイの復帰を後押しという記事に対して、「ガトリンはうっかりミスだもんな!2回うっかりしただけ!」という9秒台の高速嫌味をつけたす朝原さん>


朝原さん!つぶやきは事前に奥さんに見てもらったほうがいいかもしれません!

わりと嫌味が怖いです!

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スポーツにおいて非難される行為はいくつもあります。相手に殴り掛かるような蛮行も、ファウルのような反則行為も、八百長だってあります。そうした行為に比して、ドーピングはどう特別なのかを考えていました。一般社会においてはむしろ「殴り掛かる=傷害」のほうが「ドーピング=合法な薬物を適量摂取」よりも悪いこととみなされているのに、ドーパーには何故これほどモヤモヤするのだろうかと。

「不当に勝利を奪う」というだけなら、ファウルで勝ったり、判定ミスにつけこんだり、八百長することも同じように悪質なはずです。ただ、それについては言うほど気にならないわけです。むしろ判定ミスで利を得るような場面は、悲劇的であるがゆえに「面白い」とさえ思います。ならばドーパーだって同じじゃないのか。ドーパーならあり得ないタイムで興奮させてくれるじゃないか。バレない範囲でズルをするのも強さだろう。それじゃダメなのか、と。

そして、思い至ったのが「ナチュラルがドーパーに対抗する術がない」ということでした。殴り掛かってきたら逃げればいい、司法に訴えればいい。判定ミスはお互いに起こり得る平等なもの。八百長は「世界一の選手」には通用しません。拒否してやっつければいいのです。しかし、ドーピングだけは相手がそれを用いたときに、防ぐことも対抗することもできないのです。世界一のナチュラルは、自分を上回るドーパーをどうすることもできないのです。その意味でドーピングは、競い合いにおいて決定的かつ圧倒的な「悪」なのです。「競えない」のですから。

しかも、ドーパーはそれを秘密裏に行なう。観衆の目の前で不当に勝利を奪うのではなく、舞台裏で秘密裏にインチキをし、ナチュラルが得るべきだった勝利も栄光も名誉も持っていく。競技の中で卑怯な戦いをする者は、「卑怯者」として相応の評価をされるでしょう。ヒール役となり、記録に値する稼ぎを得られないこともあるはず。しかし、ドーパーは謗りを受けることすらなく、すべてを手にすることができる。

「悪」を隠して「英雄」となる。そんなことは絶対に認められない。

悪なら悪らしく、せめて卑怯者として勝てと僕は言いたい。

ドーパーが「秘密裏に悪を行なう」という性質のものである以上、どれだけ反省しようが、何度の検査を潜り抜けようが、二度と信頼することはできません。その選手を貶めるために悪意の第三者によって食事に薬物を盛られたというケース以外は、一度の違反で永久追放でいいとさえ思います。「不注意」も含めてです。もっとも犯してはいけない「悪」を不注意で犯してしまうなら、それは競い合いに参加する資格がないのです。

ガトリンはまさに今「卑怯者として勝ち」、それにふさわしいブーイングを浴びているのです。メダルや記録をはく奪せよとまでは言いません。処分も解け、出場していいことになっている大会です。勝つのは構わない。しかし、英雄になることは永久にない、許されない。この先どれだけ勝利を重ねても、それは「卑怯者の勝利」止まり。そうあるべきなのです。

↓浴びるべきブーイングを浴びることに何の問題があるのか?



このブーイングはドーパーでありながら競技をつづける以上、受け入れるしかないもの!

頑張るのも、クスリをやらないのも、当たり前のこと!

そんなものは褒める対象ではない!


↓あからさまにインチキをやっていれば面白く見られるけれど、隠れてやるのはただのインチキ!



こういうとこは嫌いじゃないけど、それはベン・ジョンソンに対しても同じこと!

「走るのが速いオッサン」で人気になるのは別にいいけど、やっぱり英雄にはできない!

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このガトリンの勝利を感動的に、好意的に受け止めるようではいけないと僕は思います。2度の資格停止処分を受けたガトリンが英雄になるようなら、それはさらなるドーパーを生み出す温床となるでしょう。「見つからなければいい」「見つかっても処分を受ければいい」「たとえ何度かつかまっても、検査で陽性が出ないタイミングで勝てば俺は英雄になれる」と、どんどんドーピングへの心理的な障壁が低くなるでしょう。

そして、今回はたまたま「今のところずっとクリーンであるボルト」との対決だったことでガトリンのドーピング歴が目立ちましたが、ドーパーでありながら競技に復帰している選手はガトリン以外にもいるのです。このレースで4着のヨハン・ブレークも資格停止処分歴がありますし、男子の走幅跳で金メダルのマニョンガも資格停止歴がある選手。

ガトリンにだけブーイングするのは確かに不公平です。だから、悪目立ちする選手以外に対しても平等にブーイングできるように、ドーパーには印をつけるべきでしょう。名前の後ろに★印をつけるとか、ゼッケンの色を変えるとか、誰が、いつ、どこで見ても「ドーパーなんだな」と認識できるように。厳しく聞こえるかもしれませんが、真っ当に頑張っているナチュラルを守るためにはそれぐらいすべきなのです。規定に基づいて処分は解くけれど、決して風化させないぞ、という強い姿勢が。

普通に戻っただけのドーパーを、英雄に持ち上げてしまうことがないように。


「不注意:★」「故意:★★」「組織ぐるみ:★★★」とかつけていきましょう!