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12:00
ありがとう、お疲れ様、ウサイン・ボルト!

2017年世界陸上ロンドン大会、4×100メートルリレー。日本の代表も出場し、メダルを狙うレースではあったものの、それ以上にこのレースはウサイン・ボルトの引退レースでした。北京五輪で世界に与えた衝撃、2009年世界陸上での永久不滅の大記録。数々の伝説を残した史上最高のキャラクターがトラックを去るのに、こんなにふさわしい幕切れもなかったでしょう。

まるで別れを惜しむように予選から出場してきたボルト。今大会は200メートルへの出場もなく、100メートルでも低調な記録に終始したまま「負け」を喫し(それでも速いけれど)、ボルトらしさは見られませんでした。それでも、最後にリレーで金を獲って有終の美としたい、してほしい。そんな終わり方を祈ったもの。

アンカーに入ったボルトはバトンを受けた時点で僅差の3番手。全盛期のボルトであれば、ここから一気に追い上げ、抜き去って、突き放していたはず。しかし、この日のボルトは追い上げるどころかレース途中で足を傷め、もんどりうって転がります。立ち上がり、何とかゴールだけでもと足を進めるものの、バトンも落とし、ついにはゴールも諦めて倒れ込む。

「あぁ、終わりなんだな」

ボルトだから見てしまう夢が、もう見られないのだと目が覚めたような気持ち。「東京五輪までできるでしょ!」「リレーだけならイケるでしょ!」とは思うものの、そこまでボルトが走っていたら、もうボルトにふさわしい幕切れを迎えられないだろうということを、ハッキリと見せてもらいました。リオ五輪が本当のサヨナラレースで、この世界陸上はアンコールのようなもの。よくここまで、壊れるまで走ってくれた。悲しくなどありません。本当の終わりまでやってくれたのですから。最後の最後まで走ってくれたことに、ただ感謝するばかりです。

↓ボルトのラストランは、全人類をスッキリと諦めさせる夢の終わり!


どんなことにも終わりはある!

たとえボルトであっても!

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今ここに至って振り返るのは2009年世界陸上。この大会で残した記録は、100メートル9秒58、200メートル19秒19といずれもが世界記録。北京五輪では胸を叩いて横を向きながら駆け抜けたボルトが、記録を狙って必死にゴールした姿が思い出されます。9秒58の100メートルの記録は、人類が薬を使っても0.1秒圏内にすら踏み込めていない異次元の領域。僕が死ぬまでにこの記録が破られることはないでしょう。いや、もう永久にないかもしれない。

↓ちなみに100メートル走での歴代記録を並べるとこうなります!


ドーピングによる資格停止歴がある選手を消すと、ボルトしか残らなかった…!

この包囲網の中でクリーンに駆け抜けてこられたのは、まさに伝説的!


2メートルに迫る長身と、背骨が湾曲していることで生まれる独特の肩を揺らし腰をひねる走りは、常識で言えば不利に働きそうなもの。しかし、不利を突き抜けたとき、唯一無二、絶対無敵のチカラになっていました。巨体の腰が大きくひねられたときに生まれる圧倒的なストライドは、レース後半になるほどに強みを発揮し、人類をまとめてねじ伏せた。「やっぱりデカイほうが強いんだ」と、短距離走の常識をも破壊した。

けれど、それゆえに身体の限界が訪れるのも早く、全盛期というのは本当に一瞬でした。ずっと全盛期のような気がしていましたが、2009年の世界陸上を最後に、ボルトの記録更新はなくなりました。相変わらず世界最速ではあるものの少しずつ記録は下がっていきました。何度でも、どこまででも更新できそうに思えた記録でしたが、その時期こそが唯一のチャンス、本当のボルトだったのでしょう。

とりわけ200メートルでの19秒19にはやり残した夢が残っているような気持ちになります。2009年の世界選手権で記録を作ったときは向かい風0.3メートルという不利な条件でのものでした。ほかの歴代上位記録がいずれも追い風の条件下で記録されたものだっただけに、もう少しいい風が吹いていればまだ上があったはず。あれは本当のボルトの限界を引き出したものではなかった。

追い風1.0メートルで0.1秒相当とも言われる風の影響。追い風2.0メートルのマックス盛り条件なら、あるいは18秒台という金字塔さえあったかもしれない。ボルトだけが成し得たかもしれない夢がそこにあったのなら、風を待ってもよかった。振り返るとそう思います。実際にはそうすることはないわけですが、あの日が最大のチャンスだったのだと、今ならばわかりますので。ボルト自身が挑戦者として、ボルトに挑むことができたのは、あの時期だけだったのですから。

↓ボルトが「歴史」となり「記録」となった今、挑戦することすら人類には難しい!


2017年のボルトに勝つことはできても、9.58と19.19のボルトに勝つことはできない!

世界最速クラスがクスリを使っても、いまだ、なお!

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日本の代表はボルトの最後のレースで銅メダルを獲りました。アクシデントなくボルトが走っていれば、ジャマイカが獲ったであろう色のメダルでした。とても嬉しく思うと同時に、少し残念にも思い、またこれでよかったのだとも思う、複雑な気持ちです。

この日のバトンパスは予選での詰まりを解消し、まさに流れるような動きでした。アウトコースの利を活かした一走・多田のスタートダッシュ、二走・飯塚への最高のつなぎ、三走・桐生の世界トップのコーナリング、そしてリレー要員としてチームを支えてきたベテラン藤光の奮闘。スタンドで見守るサニブラウン、ケンブリッジも含めてチームのチカラが見事なメダルにつながりました。あと一歩ずつのステップアップがあれば、世界の頂点すら見えるようなチーム力でした。

ただ、メダルを獲ってしまったことによって、日本のカメラはボルトを追わなくなりました。もう少しボルトを見ていたかった。日の丸を掲げる日本選手ももちろん見たいのだけれど、今日ばかりはボルトをもう少し見ていたかった。それでも、ボルトが「負ける」のではなく、怪我で「止まる」ほうが幕切れとしてはよかったのだと思うと、どうせ誰かが獲るメダルなら日本が獲ってくれて幸いでした。嬉しい記憶とともに、このレースを忘れられないものにできるのですから。

2020年東京五輪ではボルトが去ったあとの最初の五輪王者が決まります。ボルトの最後のレースで日本がメダルを受け取ったこと。ボルトのいない200メートルで「ボルトを上回る史上最年少」での決勝進出者が日本のサニブラウンだったこと。世代交代のバトンが、日本に向かって差し出されているような不思議な縁を感じます。

このレースに関わった日本の短距離陣には、目の前でボルトが倒れて獲ったメダルに何かを感じて、これからの競技生活を過ごしていってほしいもの。東京五輪ではボルトの不在をも吹き飛ばすような、盛り上がりの中心になること。それがこの偶然の縁に応えるひとつの道のように思います。ボルトのようにひとりで全世界をわかせるのは難しいでしょうが、自分たちの周辺だけでもその寂しさを吹き飛ばせるように。世界のあちこちで少しずつ埋めていくことでしか、ボルトの穴は埋まらないのですから…!

↓そう言えば、ボルトが獲った初めての世界のメダルは2007年大阪でのものでしたね!縁を感じる!


今頃、世界中でボルトの思い出を振り返っているはず!

「ボルトが来たときはこんなことがあってなぁ…」と!

この思い出は、永久不滅です!

Thank You my peeps. Infinite love for my fans 🙌🏽🙌🏽

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ありがとうウサイン・ボルト!人類もあなたを目指して頑張ります!