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15:30
原監督、一緒に変えていきましょう!

2018年の始まり。僕は家でダラダラとひたすら箱根駅伝を見ていました。往路の接戦と、復路での青山学院大学の圧勝劇。山の神と呼ばれるような絶対的な個は登場しなかったものの、青学7区林選手が設楽悠太さんの区間記録を更新してしまった驚きと、青学8区のイキリオタクこと下田選手が他大学に完全にトドメを刺した力走(3年連続3度目)は、平地での決着ということもあって、将来のマラソン種目への期待感も高まるものでした。

珍走車の乱入や残り数秒での襷リレー失敗、日テレ中継陣の正月ボケによる校名実況間違い事件や「襷」と「欅」の書き間違い事件(欅坂46のせい)、「陸王」から視聴者を奪ってきたメーカー間靴底戦争など、例年以上に見どころも充実していました。改めて日本のスーパーボウルは箱根駅伝だなという思いを強くする正月となりました。

↓実況に「卒業後は小田急電鉄に就職し、箱根を目指す人生です」と上手いこと言われた選手も!
ツイートをさかのぼっていくと「鉄道模型のレイアウトができないから入寮しない」などの逸話も!

むしろ人生全体で鉄道に乗っており、その合間に趣味で線路沿いを走ってるだけ、という印象も!

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しかし、勿体ないのは箱根駅伝の盛り上がりがその後の陸上界に積み上がっていかないこと。これだけ盛り上がったコンテンツのまっとうな受け皿が正しく用意されていないというのは本当に残念なことだと思います。高校野球の先にプロ野球がなく、社会人野球だけ行なわれているような感覚。「山の神」がその後の競技人生で山を走らずに終わるのは、人気漫画の続編に主人公がいないようなものだと僕は思うのです。


箱根駅伝の人気を生む特異性

まず、何度目かの繰り返しになりますが、箱根駅伝がここまでの人気を持つに至った理由を考えていきます。箱根だけが特別であるのは出雲・全日本というほぼ同じメンバーで争う大学駅伝の注目度と比較すれば議論の余地はないでしょう。「チカラ」以外の部分に箱根の人気はあります。

●正月という特別にヒマな日取り
まず正月はみんながヒマです。出かけるという選択肢はもちろんありますが、家にいる場合やることがない。歌や演芸も年が明ければ飽きてきます。そこに録画ではないリアルタイムのコンテンツがあれば、ダラけた空気に一筋の清涼感も差し込むでしょう。アメフトのライスボウルやラグビーの大学選手権など、正月だけつい見てしまうというものもあります。正月は圧倒的なチャンスなのです。

●親族が集合する文化への親和性
最近はすたれつつあるのかもしれませんが、正月には親族が集合し、ダラダラと宴会をするもの。メインは一家団らんであり宴会なのです。その際、集中して見守るコンテンツは消費しづらく、全員が共有できるものも少ない。紅白歌合戦は「細切れ」に「多様な世代の」コンテンツを入れることで対応していますが、箱根駅伝は「大人でも子どもでもない大学生」による「しばらく見てなくても状況に大きな変化はない」「走るだけの」コンテンツとすることでさまざまな層による宴会にマッチさせています。エロ・グロがないことも、そうした場に垂れ流すコンテンツの安心感としては重要です。

●人生を重ねたい時期
「正月だから」という話のつづきではありますが、とりわけ正月には長距離走が似合っていることも重要です。一年の計は元旦にあり、などと言いますがどんなボンクラもこの時期は人生について想いをめぐらすもの。長距離走と人生をクロスさせる日本の文化は、正月の駅伝というものをとりわけ大層なものとして受け止める傾向があるでしょう。頑張ること、やりつづけること、諦めないこと、仲間との絆、そういったコンテンツを見守りながら自分自身も新年への想いをめぐらすのです。クリスマスに恋愛映画を見るのと同じ仕組みで、正月に長距離走を見守りたくなるのは、自然なこと。戦略戦術よりも、頑張りが問われるようなものこそがこの時期には合っているのです。「人生」を感じられるものが。

正月に宴席に集った親戚一同が、ダラダラと酒を飲みながら駅伝を垂れ流し、自分の若き日の思い出や新年への決意を重ねながら、親戚の子どもにお前は最近どうなんだと話しかけたりする……箱根駅伝とは正月の過ごし方とセットの存在になっており、それはまさに風物詩と呼べるものなのだろうと思うのです。




箱根の盛り上がりを十分に引き継げていないニューイヤー駅伝

そのような観点から言うと、箱根の盛り上がりを100%引き継ぐのが難しいことは確かです。「まだ何者でもない」若い学生が頑張っているからこそ、ジジババは安心してウエメセで人生に思いをめぐらすことができますし、子どもたちも身近な世界の出来事として受け止められます。これが社会人とか30代のベテランともなると、子どもたちにとってはだんだん遠い世界の出来事になりますし、ジジババにとっては「ワシより頑張っとる…」「ワシの人生のピーク、めっちゃ低い…」「こんなに頑張れない…」と切なくなってしまうでしょう。ヘタに説教でもしようものなら、「お前、コイツより年食ってるのに一度も世界で戦ってないやんけ」などと突っ込まれかねない。

ただ、もう少し改善の余地はあるはずです。箱根以降の世界観において「五輪」「世界陸上」「マラソン」しか目標が設定できていないのは、受け皿側の問題です。その設定だとまともにコンテンツとして成立するのは「3選手〜5選手」ぶんしかありません。せっかく箱根で大量の種をまいたというのに、次の受け皿がそんなに小さいのでは取りこぼしが多すぎる。「山の神がその後パッとしない」などというのも、受け皿が狭くて小さいからです。山登りが早いということで盛り上がったものを、山登りさせずにパッとしないなどと言うのは、使い方を間違っているからでしょう。山の神を三人集めて山を登らせるという一番単純な受け皿さえ用意できていない。まずは元日のニューイヤー駅伝、箱根に一番設定が近く、視聴率などからうかがえる注目度が高いこの舞台を、箱根の受け皿として整えていくことに期待したいもの。そこそこ同じ選手が走っているのに、コンテンツとしての連続性がないのは、日本陸上界にとってバカバカしいことのはずです。ほぼほぼ「続編」なのですから。

↓箱根からニューイヤーへの連続性、そして社会人ならではのスケールアップ感をもっとアピールしていきたい!
●大胆な距離延長
そもそも学生が二日間で217キロあまりを走るのに、社会人が一日かぎりで100キロ勝負というのはスケールダウン感が否めない。箱根の往路より短い距離で、どうやって人生を感じさせていくというのか。日程延長は容易ではないことを鑑みて、キリのいいところで150キロを求めたい。また、号砲が9時15分というのもいただけない。始業時間に合わせた嫌味かもしれないが、社会の厳しさを思い知らせるためにも箱根より早い7時スタートを求める。2時間延ばせばあと50キロ積めるだろう。「朝起きたらもう走ってた」こそが、日本社会に生きるブラック労働者のあるべき姿。早起きな子どもたちも「うわぁ…」と驚くだろう。

●楽しそうな名前をやめる
ニューイヤーって前後に「ハッピー」しかつかない感じがする。違う、違う。駅伝とか長距離走は「他人が苦しんでいる姿」に萌える競技であり、だからこそたまに楽しそうに走るQちゃんとかがいるとパッと華やぐのだ。箱根駅伝って、何か辛そうじゃないです?山っぽいし、天下の剣だし、距離感がつかめて苦しそうじゃないです?三蔵法師だってめちゃめちゃ遠い天竺まで行くからご立派なのであって、ハッピーニューイヤーなら何の修行にもならない。

名称については現行開催地の群馬という特性をもっと押し出していくべき。「群馬駅伝」だと地方大会のように見えるなら、もっとハッキリ「元旦から何故俺たちは群馬くんだりに行かねばならんのだ駅伝」とか「え!?電車でも行きたくないのに走って行かされるんですか!?それは会社としての命令ですか!?群馬駅伝」とか「あーホノルルとか走りてぇなあと思いながら目覚めたら群馬駅伝」とかいかにもツラそうな感じにしていくと、「こりゃあ箱根よりキツイ」「箱根は温泉とかあって楽しそうだし」「さすが社会人」という感じも出るでしょう。

●より極端で個性際立つコース設定
箱根には山登りだの山下りだの、海風を受けるだの、大手町市街地コースだのと区間ごとに特色があるのに、群馬県内を一周するコース(周回コースだというのも知られていないと思うが)では、映る景色にも代わり映えがしなくて面白味にかける。本来なら箱根路に沿っていたほうが沿道の盛り上がりにも連続性があるというなかで、それでもあえて群馬を走るというなら、箱根以上に環境映像としてのバラエティ豊かさを求めたいもの。

そして、同時に社会人としての頂点である「五輪」「世界陸上」につながるコース設定と、箱根を受け継ぐコース設定も盛り込んでいきたい。具体的には「1万メートルピッタリの平坦な区間(目指せ世界標準タイム)」「42,195キロピッタリの区間(目指せマラソン)」「極端な山登り、山下り(山の神直接対決)」はスケールアップ感として最低限必要だろう。駅伝ばかりやっているからマラソンが弱くなる論者も、42キロ区間があれば納得のはず。視聴者的にもマラソン区間で選手が吐いてギブする姿を見ながら「成果が出せないのは努力が足りないからだ!」などと社畜罵倒をするのは気持ちいい。

●タスキじゃないものをつなぐ
昨今の物流環境のブラック労働化は、社会の厳しさを知らしめる象徴的な事例のひとつでしょう。駅伝=タスキという固定観念もそろそろ変えていきたいもの。そもそも学生がタスキをつないで絆うんたらかんたら言っているのに、社会人が同じような甘ったれた気持ちでいいはずがありません。別に今年タスキが途切れたところで、それが人生に後悔となって刻まれるわけでもないですし、友情のヒビになるわけでもないでしょう。次の年に同じメンバーでやり直せるものに後悔などないのです。

だから、ニューイヤー駅伝では繰り上げスタートがあっても萌えないのです。日テレの実況が「あと5秒!わずかなところでタスキがつなげませんでした…!(喜)」と盛り上がる名場面が、社会人は作り出せていない。社会人がつなぐべきもの、それは企業の看板にほかなりません。ビブス的あるいはゼッケン的なるものをリレーし、その品物にだけでっかく企業ロゴが入っている。それぐらいのリスクを負ってこそ、つなぐことへの熱い想いというもの生まるというもの。

「間もなく繰り上げスタート」
「セキノ興産は間に合わない!」
「無念の繰り上げスタートです!」
「ゴールまで企業ロゴをつなげなかった!」
「これは年明けの社長挨拶で」
「ロゴも出せない陸上部を」
「なぜワシはやっておるのだと」
「社長からの嫌味も出るでしょう!」
「『陸王』のビブスをつけている選手」
「こちらが先ほど繰り上げとなりました」
「セキノ興産の選手です」
「彼が胸に大きく掲示する」
「『陸王』DVDBOXは近日発売」
「近日発売であります!」

視聴者は「つなげなくて心底ガッカリしている姿」が見たいのです。「つなげなかったな」と思っているだけの顔など、面白くも何ともない。「石を運べ」とか言われなかっただけでもありがたいと思う、そんな気持ちで受け止めてほしいもの。本心では「企業ロゴが入った石碑」とかを背負わせて走らせたい、そのぐらいの気持ちです。

TBSの実況も恥や外聞を捨てて、ひたすら箱根の話をするぐらいでもいいでしょう。実績ある選手なら社会人としての活動(世界陸上に出たとか、マラソン日本代表とか)に触れてもいいですが、大半の選手はさしたる実績もないわけですから。それよりも箱根に出た・出ないと、何区を走って何位で、誰に勝った・負けたを伝えるべき。

2018年で言えば、コニカミノルタから神野大地さんが登場した7区などは、大変に盛り上がる争いでした。1万メートル日本歴代2位の鎧坂哲哉さんや、佐藤悠基さん・前田和浩さんら実績ある選手の走り以上に、「箱根で名をはせた神野」を中心に見る順位争いが熱かった。「名」を奪い合うような戦いになってこそ、箱根で得た価値というものが「本人が名を高めていく」か「誰かがそれを奪い取るか」という形で活きていくはずです。


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「箱根から世界へ」では途中の絞り込みがキツすぎやしないでしょうか。冷静に考えれば、世界の中長距離界では日本とアフリカ勢のチカラはどんどん開いています。マラソンで言えば、世界のトップは2時間を切ろうかというところまでタイムを上げているのに、日本では日本記録の更新すら16年止まったまま。

大谷翔平だって一回プロ野球で弾みをつけてからメジャーリーグに行くのです。弾みをつける舞台を整備してこそ、ホップステップジャンプもあるというもの。そこそこのステップを作り、ステップで止まってしまってもスターになれるような仕組みづくり。それが日本陸上界にできることだろうと思います。

スターが勝ったり負けたりするからこそ、世界の舞台へののめり込みもある。知らんヤツが負けただけでは、「ふーん」と思って終わりです。「箱根でご存じの彼が、こんなにスケールアップしたんですよ」を見せる機会は、同じ正月のニューイヤー駅伝でしょう。マラソン代表選考の仕組みより、駅伝をいろいろといじくるほうが建設的な話である、僕はそう思うのです。

世界で日本ただ一国だけが駅伝に夢中でも別にいいじゃないですか。

世界に取り込まれなくても生きていける道があるなら、そのほうがずっと幸せなのです。


「心身ともに限界までツラい」それが長距離走の醍醐味!