このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
07:00
最高の羽生結弦へ!

14日の深夜、僕は羽生結弦氏を特集した日本テレビ「NNNドキュメント」を見ていました。右足の怪我以降、その容体も漏れ伝わるのみというなかで、最新の映像でも見られやしないだろうか……そんな想いだったかもしれません。足はどうだろうか。練習はどうだろうか。羽生氏はどうしているのだろうか。それを気にするような。

しかし、過去から現在へと連なる羽生結弦を見たときに改めて想うことは、心配する必要などないということ。僕らが心配する程度の段階に羽生氏が留まっているはずもなく、ただひとつの揺るぎない意志によって、彼は目指す場所へと向かっている。その道に間違いはないのだから、必然として必ずそこにたどり着く。歩めるのなら、必ず。だから、案ずることはないのだと。

「絶対に勝ってやる!」と題された番組。まずは昨年7月の映像からゆっくりと羽生氏の軌跡をなぞっていきます。美しい花の道を歩みながら、平昌への残りの日々を充実して過ごせていると語る羽生氏。心が弱っているときなら、その先に待つ出来事を想って、胸が痛みそうなくらい元気な姿です。

別の日、器用にペン回しをしながら早稲田大の通信課程で人間工学を学ぶ羽生氏は、「赤は解。基本的に必要なこと、答え」「問いは青」「緑は自分が思ったこと、先生が言って気づいたこと」と三色ボールペンの使い分けを語ります。開かれたノートには人間工学において「成長」を分析した内容がつづられています。すべてはスケートにつながっていく、羽生氏らしい日常風景です。

羽生氏:「動きに対して、どういう数式で表せるかという観察と…」

羽生氏:「人間工学みたいな感じです、大体」

羽生氏:「自分がたとえばトゥループでトゥをついたときに、どういうチカラがどう加わっていて、どこにチカラが作用してどう衝撃があるのかとか、そういうのを具体的に何となく数値化して見えるし」

羽生氏:「そういうのってすごい勉強になるので」

羽生氏:「結構、頭のなかでいっぱいいっぱいなんですけど」

羽生氏:「すごくひとつひとつ大事にしてスケートにつなげたいなって想いで、ゆっくり頑張ってます」

「目指せオリンピック金メダル」
「5回転とか4回転半とかをやりたい」
「努力してもっと上手くなりたい」
「挑戦する気持ちは忘れたくない」
「自分ができることを常に最大限」
「自分もそれ跳びたいなぁ」
「圧倒的に勝ちたい」
「(追い上げてくる相手を)怖いとは思わない、最終的にはありがとうになる」
「絶対に勝ってやる!」

羽生氏からこぼれてくる言葉。それは少年の頃から今に至るまで、根っこの部分は変わっていません。上手くなりたい、強くなりたい。具体的なゴールというよりも、どこどこまでも遠い道に自分で物差しを伸ばしていくような気持ち。目標が遠くにあるときは具体的な言葉になり、近づくほど抽象的になっていく。望遠レンズで未来を見るように、いつも遠く遠くを羽生氏は見ている。遠くにピントが合っている。ずっと、そこを目指して。

↓目標への歩みが鈍いときに怒ってくる相手は「パパ」から「自分」に変わったかもしれないけれど…!

あぁ…「パパ」も悪くないね…!

今から娘を作って、羽生氏に嫁がせたら、パパか…!フモパパか…!

素性を隠してそうなって、正月に酒とか注いだりして、「結弦クン」とか言って…!

「お父さんにソックリですねぇ」なんて言って孫を抱いて…!

すごい遠いけど、法制度的にもそれはゼロじゃないな…!



それでも、まったく揺れないわけにはいかないのも人間です。本当に目指しているものから少しズレてしまうこともあるでしょう。それが「魔物」というヤツなのかもしれません。オータムクラシック後の9月、羽生氏は「(怪我で滑れなくなることへの)トラウマ的なものがあって」「ちょっと臆病になっていた部分もあった」「限界に近いものをやり始めている」と怪我のリスクについて語ります。

それは右ひざに生じていた違和感と、迫りくる平昌五輪と、自分の演技構成とでどう折り合いをつけていくのかという迷いだったように思います。そのときの選択としては難度を下げたけれど、自分の魂は「難しいことを思い切ってやるのが何より一番大きなモチベーション」と叫んでいる。頭では構成を抑えても「1位2位にいられる」ことを知っている。むしろ「安心して1位2位にいられる」と知っている。だからこそ頭と心が食い違って迷う。

しかし、羽生氏はひとしきり迷ったあと、もといた道を再び歩み始めました。

構成を上げること、4回転ルッツを入れることは、決して誰かに勝つためのものではないのです。それは自分が目指す遠い遠い目標にとっては、ごく当たり前のことであり、近い目標にとっても重要なものであるのですから。「4回転トゥループを跳ぶべきか否か」という議論が今となっては滑稽でしかないように、遠い遠い目指す世界では「4回転ルッツを跳ぶべきか否か」という議論も滑稽になるでしょう。本当に叶えたい目標は何なのか。そこに精一杯向かわなくては人生の甲斐がない。

↓羽生氏は4回転ルッツを入れた構成で「スタートラインに立った」自分をコーラで祝った!
(コーラをプシュッとあけて)

羽生氏:「なんか、でもあれですよね」

羽生氏:「うん…いいですね」

羽生氏:「僕はすごく満足ですよ(頬ほころぶ)」

羽生氏:「こうやって構成見てると」

羽生氏:「フフフ…ちょっと嬉しいですよね」

(4回転5回のフリーの構成表を自分で見る)

羽生氏:「そういうレベルで戦えるのはすごい楽しいし」

羽生氏:「でもホントに、ねぇ…こういう風に」

羽生氏:「なってくるとは思わなかったですけどね」

羽生氏:「ここまではね」

羽生氏:「(5回転は)もうちょいですね」

羽生氏:「あと1回転ですね」

羽生氏:「たった1回転って言いながら、1回転が難しいんだけど」

羽生氏:「去年の構成でも十分、しっっかりまとめることができれば」

羽生氏:「大体アベレージで勝てる」

羽生氏:「もしかしたらルッツを跳ばないことによって、たぶんショートも安定し始めるから」

羽生氏:「ほぼ安定して2位1位にはずっといられる」

羽生氏:「しかも安心して」

羽生氏:「うん…やっぱでも」

羽生氏:「ダメだなぁと思いました」

羽生氏:「何かを出し惜しみしながら」

羽生氏:「考えて考えてやるのは性に合わないなぁと」


羽生氏:「ネイサン選手もやっぱり成長はするんで」

羽生氏:「PCSの点数ってどんどん上がってくるからみんな」

羽生氏:「僕のPCSはほぼ上限マックスなんで」

羽生氏:「上げることはできないので、頑張っても」

羽生氏:「そうなるとやっぱりその差は縮まってくる」

羽生氏:「やっぱりベースバリューでも」

羽生氏:「ある程度太刀打ちできるようにならないと」

羽生氏:「いけないなぁとすごく思いました」

羽生氏:「やっと…」

羽生氏:「ベースバリューでも戦えるになって」

羽生氏:「やっぱりここがスタートラインになると思うし」



近い目標の金メダルにもそれは必要で、遠い遠い目標にそってもそれが必要なら、やるに決まってるじゃない!

出来るかぎりをやらないで、どうするのさ!


↓そう、目指すのは誰かに勝つことだけでも、何かのメダルを獲ることだけでもなく、「最高の自分」なのだから!

<テレビ朝日ビッグスポーツ賞表彰式に寄せたコメント>

平昌五輪に向け強い気持ちを持って日々過ごしています。これからも努力を重ね自身を超え続けたいと思います。



<「NNNドキュメント」での取材メモの言葉>

オリンピックは2度目ですが、初めて挑む気持ちでいます。
2連覇へのプレッシャーもありますし、誰よりも自分自身が一番期待しています。

私が怪我をしている間に、たくさんの方がメッセージをくれました。

そのたくさんの思いと、自分の中でずっと抱えてきた思いを重ねて、一生懸命、全力で、最高の『羽生結弦』になれるように努力していきます。



自分が遠くに進めば進むほど、「最高の自分」はさらに遠くに行ってしまう!

でも、それに追いつきたい、近づきたい、超えたい!

そのために人生を燃やし尽くしたい!



自分はどこまでいけるのか。世界の一番になった人が目指すものは誰もいない場所であるべき。ラクではないかもしれないけれど、「一番」の人がそれをしなければ、誰もやらないことになってしまう。羽生氏が学んでいた人間工学の図式にも「成長は階段状である」と記されていました。その階段を誰かがのぼるから、次の踊り場がくるのです。そして、それをやるべきは「一番」の者なのです。

ちょうど同じ日、別の番組では体操の内村航平さんを追いかけていました。内村さんは怪我もあって世界選手権の連覇が途切れたあとのシーズンです。しかし、内村さんは戻ってくるだけでなく、さらに高みを「相変わらず」目指していました。

自分を「体操クソ馬鹿野郎」と呼び、「引くぐらい体操のことを考えている」とする内村さんは、自分のいない世界選手権を戦ったライバルをしっかりと分析していました。今のルールではDスコア(難度)以上にEスコア(出来栄え)が重要であることを理解したうえで、自分はH難度の新技に挑んでいました。内村さんが目指したものは「難しいことを精度高くやる、そして勝つ」という美学。「美しい体操」です。

世界の頂点に立ち、人類の先頭に立ったふたりは、期せずして同じようなものを目指して、歩みをつづけていました。より高みへ。ただ勝ち負けするのではなく、すべてを押し上げていくような挑戦。みなが踊り場にいるときに階段を作り、できあがった階段を後ろから駆けてくるライバルを次の踊り場で迎え討つ。そうやって競技は、ジャンルは、発展していくのだとでも言うように。

内村さんは「あのケガは今となってはプラスになっている」にこやかに語り、「逆襲とかリベンジではなくお待たせって感じですかね」と今季に意欲を燃やして締めくくりました。きっとこれは「一番」が通る道なのでしょう。他人が期待するもの、自分自身が期待するもの、それにしっかりと応えてこそ「一番」の選手。「お待たせ」と言えるような形で、帰ってきてほしい。

心は一足先へ平昌へ。

先に待っていたほうが「お待たせ」もしっくりくるでしょう。

もう何も心配する必要はないのです。

本人からもそういうメッセージ、ちゃんと出ていますしね!

↓もう一度、よく読んでみよう!一行だけ過去形になっているから!

「私が怪我をしている間に」「メッセージをくれました」!

「している間に、くれました」!

今も同じ状態がつづいているなら、こうは言わない!

「怪我をしている私に、今も送ってくれています」になるはず!

つまり、怪我は治ったよのサインだと、受け止めてもいいよね!



ありがとう羽生氏!最高の羽生結弦に逢える日が楽しみです!