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12:00
東京五輪へつながる、美しいバトンパス!

日本スポーツ史の頂点に立つ偉人・内村航平さん。内村さんの積み重ねた全日本連覇の記録が途切れました。29日に行なわれた全日本体操個人総合選手権決勝、内村さんはこれまで10連覇を成し遂げ、前人未到の11連覇に挑みましたが、19歳の谷川翔選手に阻まれ3位となりました。世界選手権の連覇も2017年の大会を負傷により途中棄権したことで途切れています。内村航平伝説にひとつの区切りがついた格好です。

しかし、改めて感じるのは内村さんの偉大さであり、凄さです。

どれだけ偉大な選手でもいつかは年を重ね、衰えるのは必然です。どこかで世代交代は起き、どこかで偉大な選手が去った時代が訪れます。そのとき空白を残すのか、希望を遺すのか、それがバトンパスの有り様の違いだと僕は思います。内村さんは希望を遺した。「たとえ内村航平がいなくなっても、明るい未来はあるだろう」という希望を。

希望を遺すことは簡単ではありません。どうしたって僕らは何かが起きるたびに「あぁ、内村航平がいればな…」と思ってしまいます。それは避けられないことです。これだけの偉大な選手を10年に渡って戴いてきたのです。内村ロスを感じないでいられるわけがないのです。

しかし、どこかで「受け入れる」ことも必要です。そのときに納得であったり理解であったりを生むのは、いまだチカラを十分に残した偉人が、それでも負けるという現実を見ることだけです。それは試技中の怪我だったり、予選での落下だったり、ちょっとしたミスだったりするでしょう。「総合的に勘案すれば」まだまだ実力では最上位に位置づけられるかもしれない。

けれど、これまで積み重ねてきた「何があろうと勝つ」というまでの差はなくなり、「何かあれば勝てる」ような新しい芽が育っていることが「しっかり負ける」姿を見たときにようやく実感できる。そのとき時代は動いているんだなと思い、新しい希望もあるんだなということを知り、思い出のなかの偉人ではなく、今そこにある現実を見つめることができるようになる。

そこまでやりつづけられた、チカラを維持しつづけられた、しっかりやってなお負けられるまでに新しい世代の台頭を待つことができた、それこそ内村航平伝説の美しい区切りだと思うのです。すでに日本には白井健三さんという金看板がいます。それだけでも十分であるにもかかわらず、内村さんの牙城であった個人総合を突き崩したのは19歳の谷川翔さんだった。何と美しく、何と希望に満ちたバトンパスであることか。

「もし明日、内村航平がいなくなったとしても」新しい世代の選手たちでやるんだ、やれるんだ、やるしかないんだという覚悟ができるバトンパスを内村さんがしてくれた。とても美しく、とてもありがたい出来事だったと思います。「内村さんがいなくなった、あとは仕方ないから頼むぞ佑典!」だとすごい不安感もあったかもしれませんが、大きな希望が遺ったことでその不安はもうありません。覚悟、覚悟したうえで本当の別れに臨める。たとえそれがいつ訪れようとも。




29日の決勝を前に行なわれた予選。内村さんはあん馬で落下し、全体5位となる85.098点で決勝を迎えていました。首位に立つのは86.099点の白井健三さん。以下、86.031点の谷川翔さん、85.098点の萱和磨さん、85.732点の谷川航さんとつづきます。白井さんは言うまでもなく、萱さんは2015年世界選手権の団体・個人のメダリストであり、谷川航さんも2017年世界選手権の代表メンバー。そのなかに割って入った新鋭・谷川翔さんは、航さんの弟でもあります。若く、充実した顔ぶれです。

1点弱の差は大きなものではありますが、あん馬での落下分の差であることを考えれば、内村さんの追い上げ・逆転というのも十分に考えられる差です。最初の種目はゆか。内村さんは少し難度を落としてもそのぶん美しく決めていこうという構え。最後の着地は一歩大きく跳び、さらに一歩跳ぶような動き。

谷川翔さんは「得意種目のひとつ」と語るゆかで、最後は3回ひねりを小さく一歩で止め、いい滑り出し。身長は低いながらも大きな旋回なども見せ、サイズ以上に大きく見える演技です。そしてゆかの王者・白井健三さんは自身の名がついたシライ3、シライ/グエンなどを繰り出し、15.433点の高得点。当然のごとく全体1位を維持していきます。

1班2種目めはあん馬。あん馬得意の萱さんですら器具に足を当ててしまい大きなミスとなるような、何かが起きてしまいがちな種目。あん馬も得意種目という谷川翔さんは、キレイな倒立、まるで棒のようにピンと伸びた足の旋回、高難度で決めるブスナリや下り技、キレがあって見た目にも美しい演技です。勝負をかける得意種目で、それに足る演技をやってのけた。Dスコア6.1、Eスコア8.6は非常に高い得点でした。

あん馬はやや耐える種目となる白井さんはギリギリであん馬を避けながらまとめる演技。13.533点と予選とほぼ同じ得点で耐えますが、ここで谷川翔さんに逆転を許します。ゆかが世界一でも6種目だとわからない、6種目を全部やってこそ日本体操の王者。過去の偉大な選手と、内村さんが繋いできた系譜を受け継ぐのは簡単なことではない…そんな競り合いです。

つり輪では谷川翔さん、白井さんともに得点は伸ばせず、ここで内村さんが着地まで美しく決める演技で追い上げます。跳馬では谷川翔さんはドリッグス、内村さんはシューフェルトとDスコア5.2点というやや低めの構成。一方で白井さんはここでも自身の名前がついたDスコア5.6点のシライ・キムヒフンをもってきます。ただ、持てるすべてを出し切るというところではなく、4種目を終えた段階でも谷川翔さんが首位をキープ。あん馬での差がきいています。

終盤戦に入って、残すは平行棒と鉄棒。白井さんはベーシックな演技構成でありつつも、降り技にはF難度の前方抱え込み2回宙返りひねり下りを使用。着地もしっかりと止めてきます。大きなミスなく14.500点の演技。ここから追い上げたい内村さんでしたが、全体にもっさりと重い動きで、下り技に向かうところでは倒立が崩れ、一歩、二歩と動いてしまう状態。14.500点と得点を伸ばせず、白井さんとの差を詰められません。

そんななか、このローテーションで最後の演技者となった谷川翔さんは、ここでも棒のように身体をピンと伸ばし、キレのある演技。下り技もF難度の前方かかえこみ2回宙返りひねり下りとし、小さく一歩で止めて14.866点。白井さんとの差を0.465点に広げ、全体トップで最後の鉄棒に向かいます。2位に白井さん、3位に内村さんとつづきます。

最後の鉄棒は内村さんの追い上げが見込める種目。屈伸コバチ、カッシーナ、コールマンの手放し技3連続は、コールマンでやや鉄棒に近くなるもしっかりと決めてきます。ただ、最後の着地でも小さく一歩動いてしまうなど、点差を引っくり返すまでには至らない実施。記憶のなかの最高の内村航平であれば、ピタリと地面に吸い付いたであろう着地が、この日は見せられません。Eスコアは8.333点とし、トータル14.733点で暫定首位に。

谷川翔さんは、13.068点を出せば再びトップに立つという状況。難度は高くない演技ながら、ここまでの差を守り切る演技で13.900点。内村さんの連覇はこの時点でなくなります。最終演技者となった白井さんは、トップに立つには14.365点が必要です。鉄棒で取れる得点という意味では決して無理ではない差ですが、白井さんの鉄棒での力量を考えるとやや厳しい点差です。手放し技で流れが止まるなど若干の乱れをはらみつつ、それでも最後の着地はピタリと決めますが、構成の低さもあって得点は14.033点でトップには及ばず。「今大会は白井さんが優勝だろう」とみんなが思っていたなかで、個人総合新チャンピオンは19歳の新鋭・谷川翔選手に決まりました!

↓6種目を大きなミスなくやりきって、あん馬の差を活かした!


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とは言え、優勝した谷川翔さんも鉄棒やつり輪では難度・内容ともに物足りない部分があり、今大会で新王者となることが目された白井さんも得意種目とそうでもない種目の差が極端に大きいところがあります。内村さんは予選での落下が大きく響いたものの、決勝の6演技だけの点数で言えば白井さん(86.065点)と谷川翔さん(86.465点)を上回る86.566点を出しています。最終点差を考えても「予選の落下がなければ」という内容でした。

「総合的に勘案すれば」まだまだ一番強い内村航平がいて、ただそれを「何かひとつ」あれば上回る若手がいる。それはとても美しい形での王者交替劇でした。内村さん自身は怪我であったり、モチベーションの部分だったりで、苦しい戦いがつづく昨今です。プロ転向や、海外合宿の敢行など新しい取り組みで自分に刺激を与えながらの現役生活です。

その意味でも若いチカラの台頭は「嬉しい敗戦」でしょう。ライバルがいることで勝負に対する意欲も増すでしょうし、「自分がやらなければ」という荷物も少し下ろすことができます。すべての期待と重圧を背負うスーパーヒーローから、ひとりの勝負師に戻って戦いに臨むことができる。東京五輪で自分の枠を獲り、チームの一員として大勝負に臨めるというのは、内村さんにとってもいい状態ではないでしょうか。

「どんなに醜い姿を見せても代表に入りつづけたい」

誰よりも美しい体操を貫いてきた内村さんが見せた、醜くてもいいという勝負への意地。美しい体操を渡せる若手、次の時代を託せる若手が出てきたことで、自身に課した枷を外すことができたのかもしれません。

東京五輪を前に内村さんにしっかりと「負け」をつけられた。それは日本体操の前進であり、素晴らしい好材料です。東京五輪を31歳で迎える内村さんに、すべてを託すというのはやはり現実的ではありません。ただ、チームの中心であったり、希望の象徴であったりといったいくつかの役目を交替して、「ひとりのメンバー」という視点で見ればこんなに心強い存在はないでしょう。世界を知り、自分を知り、すべての種目で戦える選手が、十分なチカラをもってそこにいるのですから。

内村さんを「ひとりのメンバー」に戻すことができた。

いなかったとしても恐れることはないが、もしもいてくれたら最高のチカラになる、そんな存在に。

それは東京五輪での団体連覇を目指す意味で、とても大きなステップだったと思います。

さすが内村航平、負け方まで美しい!




勝手に辞めるのではなく、しっかり負けるまでやることの美しさ!