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12:00
松坂世代の生き残り・松坂大輔さん、4241日ぶりの勝利!

早速の謝罪ですが、私いきなり数字を盛っておりました。「私の記者会見に来場したメディアは400人近く(主催者発表は332人)」って言っちゃうくらいカジュアルに自分に都合よく数字を盛っておりました。感動を盛り上げようとするあまりウソを言っておりました。ウソツキ野郎・話モリモリ野郎・詐欺トーク野郎と罵っていただいて結構です。申し訳ございません。

この数字は4月30日に久々の勝利を記録した中日・松坂大輔さんの話なのですが、4241日ぶりというのは「日本プロ野球界では」という話でありました。イチローが日本に復帰した場合に「7000日ぶりのヒット」とか言い出すくらいインチキな論法でした。しかし、思い切って言ってしまいました。気持ちとしてはそれぐらい久々で、それぐらい待望していた勝利なのですから。

ニューヨークメッツ時代の2014年に3勝を記録して以来、ソフトバンクでは1軍登板1試合に留まっていた近年の松坂さん。「金をもらいながら治療をする」というソフトバンクだけが許してくれる好待遇を思い切って利用しつつ、松坂さんは復活の時を探っていました。肩の異変と肩の手術、肩の異変と肩のリハビリ。一進一退の状況のなかで先の見えない努力をつづけるのは大変でしたでしょうし、それを支えつづけるのはソフトバンク以外では不可能だったでしょう。まずはソフトバンク球団に、率直な御礼を伝えたい。本当に、お金、ありがとうございました。

しかし、育成リハビリ契約を拒否し、中日にテスト入団した今季の松坂さんは明らかに違っていました。「3年も治療すれば少しは違うだろ…」「治ったら出ていった…」「2軍と3軍にも少し還元してから出ていけ…」という当然の意見もあるでしょうが、ここまで違ってくるとは想像以上でした。本人曰く運動力学の先生が「肩をハメてくれた」という感覚的なものだそうですが、オープン戦の時点からリハビリ中とはガラリと違う、プロ野球の球が飛んでいました。




もちろん記憶のなかの松坂さんには遠く及びません。球速は140キロ台がせいぜいですし、フォームはいまだアメリカンな立ち投げでボールは高めに真っ直ぐ飛んで行くものが多い。西武時代の全盛期(1年目)に見た深く沈み込むようなフォームとまるで投げ上げるように高めを突いていくストレート、キレのあるスライダー。強打者になるほどに真っ直ぐを多用し、それゆえに痛打も多かった豪傑の姿は今のところ甦ってはいません。

ただ、もうナイかもしれないと思っていた勝利を取り戻すところまではきた。しかも中日で。今の中日で勝てるのならば、12球団どこにいっても先発の柱として活躍できるでしょう。その点では僕は静かな苛立ちさえ覚えるほどです。何故、西武は松坂さんを獲りにいかなかったのかと。松坂さんが行き場を探しているときに、パッと手を挙げられなかったのかと。渡辺シニアディレクターの「戦力としては厳しい」という発言には、強い寂しさを感じました。

結果的に中日が旧知の森繁和監督の縁もあって獲得してくれましたが、あのまま松坂さんが放浪の旅に出ることになっていたらと思うと、それは西武ファンとしても辛い。去る者追わず、来る者拒まず。過疎地の気持ち(※誰でもいいから来て…)で球団運営をしなければいけない西武にとって、松坂さんは出て行った息子のようなものでしょう。たとえ結果がどうなろうが最後は西武で。その気持ちを持つべきは西武であり、西武だけのはず。

目を閉じれば浮かぶ思い出の数々。新人王&最多勝の偉業。10代開幕投手。スピード違反一発免停。免停中に彼女の家にクルマで乗りつけ。駐禁で切符切られたので球団社長が身代わり出頭。シドニーオリンピックでのメダル逸。15勝したのに貯金ゼロ。アテネオリンピックでの熱投銅メダル。アチャー、結婚。WBC優勝、トロフィー破壊。そしてポスティングでのメジャー移籍、移籍金で買った新電光掲示板。すべてがいい思い出ではない…というかロクなこと覚えてませんでしたが、どれもが大切な思い出ばかりです。

それをひとつずつ振り返りながら、松坂大輔の最後のシーズンを過ごす。それは西武がこの英雄に対して絶対にやらなければいけない餞のはずです。その志を西武が持っていなかったということも残念でしたが、今この復活を中日で迎えたということもまた口惜しい。もしも今年の西武にいたなら、もっとたくさんの勝利(※投手は10失点したけど味方が12点取る的な展開)であったり、もっと大きな栄光(※2位でCSに進出して本拠地で登板/コレ以上は無理)を松坂さんに捧げることもできたであろうに、と。

↓クーーーー、何故ドアラにこんなことをやらせてしまったのだ!


よくてもダメでもどっちみち西武に痛みなどなかったのに!

ゴミ箱に捨てられるのを待つのではなく、捨てられそうになったらもらいにいく気持ちが欲しかった!



30日の横浜DeNA戦。松坂さんは今季三度目の先発マウンドに上がりました。ここまでの2試合は試合を作りながらも味方の援護が少なく、結果に結びつかないという中日の典型的な負け試合でした。「いつかは勝てそうだが、中日だからダメかもなぁ…」という展開に、中日のことはどうでもいいが松坂には頑張ってほしいというマジョリティもヤキモキしたものです。

しかし、松坂さんはそうした状況もまるで枯れ木のような落ち着きで受け入れています。かつては味方守備陣に「球際に弱すぎる」などと苦言を呈した自分中心の荒ぶる姿勢はなく、ただ淡々と投げる。それは長い苦境がたくさんのものを諦めさせてきた諦念なのかなと思います。

かつての豪傑・松坂大輔を諦め、家族一緒に暮らすことを諦め(※メジャー再復帰の意/向こうは帰ってこない前提)、チカラでチカラをねじ伏せる野球の醍醐味を諦め、当落線上のイチ投手として目の前の勝利に挑む。点をやる前に誰かからアウトを3つ取ればいいという、欲目のない野球。

味方が初回に3点を援護してくれたということもあり、その3点を使うことも含めて、なるべく傷を小さく留めようという姿勢は、四球の内容にも表れていました。松坂大輔の四球と言えば、豪快なボールを投げ込んだ結果としての四球であったものが、この日与えた7つの四球には無理をしない結果としての四球が多く見られました。

その最たるものが5回にDeNA・宮敏郎に与えた四球。ヒットと四球で一死一・二塁というピンチを迎えていた松坂さんは、この苦境をなるべく小さな傷で留めることに懸命でした。一発痛打があり得る4番・筒香に対しては、外・外・外を突いて無理をしない四球。ひとつアウトを挟んでからの6番・宮に対してはストライクゾーンの外への投球で、押し出しの四球。この日、2本の安打を打たれていた相手に対して「調子に乗るなよ」と反撃しに行くのではなく、痛打を浴びないことに集中した。

「松坂が大人になっている…」

西武の勝ち負けだけでなく、松坂大輔としての勝ち負けにもこだわりがあったかつての豪傑が、そこを諦めているのだという押し出しの四球。それは怪物・松坂大輔のハツラツとした笑顔のピッチングとは違うものでしたが、人間・松坂大輔として魅力を増すような、スターを見守るのではなく、応援したくなるような選手の姿でした。率直に言って、こういう松坂を手にした中日がうらやましく、口惜しい。

結局、6回を投げ切って松坂さんは被安打3・四死球8・失点1・6奪三振という形で勝利を手にしました。6回最後のアウトをモヤがつかんだとき、天を仰いでようやく笑顔を見せた松坂さん。この1勝だけでも今年のカムバック賞は松坂さんで決まりだろうという、感動的な勝利でした。この姿が中日に好影響を与え、もしかしたら今季は5位もあるかも?と思わせるような、心を動かす勝利でした。



試合後のヒーローインタビュー、「ちっちゃい子は僕が誰なのかわからない子も多いと思う。また顔を憶えてもらえるように頑張りたい」と語った松坂さん。それはデビュー戦を迎えたルーキーのような言葉でした。もう一度、松坂大輔を始める。ちょっとアヤういけれど笑顔がかわいい気のいい兄ちゃん。そして、野球が大好きな野球小僧。そんな選手がもう一度子どもたちに知れ渡り、憧れの存在になってくれたらとても嬉しく思います。

いいぞ松坂!目指せ、5位!

1試合でも多く投げつづけてほしい!

松坂世代の最後のひとりになるまで!


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