このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
09:00
「って」があったからかもしれない!

言葉のチカラというのを考えていました。ワールドカップでの大きな勝利をあげた日本VSコロンビア戦。あの日、9年の時を超えて再びの盛り上がりを見せた「大迫半端ないって」のフレーズ。僕はその言葉について考えていました。すでにサッカーファンの間では広く知られた言葉ですが、コロンビア戦で初めて知ったという方に向けて改めて説明すると、これは大迫さんが高校時代に選手権で対戦した相手選手が、試合後に漏らした言葉です。あれは大迫さんの言葉ではなく、添えられているイラストも大迫さんの顔ではありません。





2009年に行なわれていた第87回全国高校サッカー選手権大会の準々決勝。大迫さんが所属する鹿児島城西高校は、岡崎慎司さんの出身校としても知られる名門・滝川第二と対戦しました。すでに大会前から超高校級のストライカーとして評判だった大迫さんは、この試合でも2ゴールを挙げる活躍を見せました。これで大会史上初の初戦から4試合連続での2ゴール。最終的に大迫さんは10得点をあげ、チームを準優勝に導く原動力となります。

その滝川第二戦後、滝川第二のロッカールームであの言葉は生まれます。DFリーダーであり主将でもあった滝川第二の中西選手が、敗戦の悔しさで涙を流しながら、「大迫半端ないって」で始まる一連の言葉を漏らします。その模様は中継局のカメラによっておさえられ、夜のスポーツニュースでも大きく採り上げられるなど、当日の全国的なトピックスとなります。「めっちゃおもろいやん」と。

当時、それがウケた理由は中西さんの涙でグシャグシャの顔と、悔しさとは裏腹に大迫さんをリズミカルに褒めちぎる内容のギャップだったように思います。「大迫半端ないって!」「後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん」「そんなんできひんやん普通」「またまたまたまた2ゴールやし」「1ゴールにしとけばよかった」「大迫うまいなぁー」という賛辞の嵐。最終的にその怒涛の賛辞に監督が「あれは絶対全日本なるな」「あれはすごかった」「俺、握手してもらったぞ」「鹿児島城西を応援しよう」とオチをつけたことで、半端ないショートコントは完成しました。ゲラゲラ笑いました。このブログでも一本書くぐらいゲラゲラ笑いました。

決してバカにするということではなく、さわやかに面白かった。名門・滝川第二の主将という時点で、中西さんも日本トップクラスのサッカーエリートです。プロに入ったわけではないそうですが、年代別の選抜メンバーに選ばれるクラスのトップ選手が、なお褒めちぎらずにはいられなくなるという、不思議なおかしみがありました。最終的には笑顔でピースサインをしながら中継局のカメラに応えるという、負けてなお清々しい滝川第二の雰囲気が、あれをゲラゲラ笑うことを僕らにも許してくれたように思うのです。

あれから9年。「大迫半端ないって」は大迫さんのキャッチフレーズでありつづけました。鹿島アントラーズで活躍しても、日本代表としてワールドカップに出場しても、ドイツ・ブンデスリーガに移籍しても、ケルンで飛躍のシーズンを過ごしても、常に「大迫半端ないって」はそこにありつづけた。大迫さん活躍の報が届けば、「半端ないのぉ」とあのフレーズで讃えることは、もはや日常風景でした。コロンビア戦で注目を浴びたゲートフラッグも、急に始まったものではなく、試合のたびに掲げられてきた、見慣れたものです。

ただ、大迫さん自身は決して順風満帆に半端なかったわけではありません。2012年、2013年のシーズンは鹿島アントラーズで公式戦のゴール数を20前後に伸ばしますが、得点王となったわけでもありません。チームは多くのタイトルを獲得しますが、大迫さん自身はベストイレブン1回の「普通の日本代表クラス」の成績だった。

ドイツに移籍してからはリーグ戦での通算ゴールが5シーズンで21点と、突出して多いわけでもありません。ヨーロッパリーグでの出場・得点というのも、過去の数多の日本代表と比して「半端ない」とまでは言えないものです。日本代表でのゴールも親善試合がほとんどで、本当に国を救うような一撃というのは今回のコロンビア戦が初めてだったように思います。大迫さんが素晴らしいプレイヤーであることは誰しもが認めるところですが、その歩みは「半端ない」とまでは言えないものだったと思うのです。

それでもあの言葉は、そこにありつづけた。

決して「半端ない」実績ではなくとも、そこにありつづけた。

不思議だな。確かにずっと自分でも使っているけど、不思議だな。何故、上書きされることもなく、置き換えられることもなく、あの言葉がずっとそこにあったのだろうかと、奇妙な気持ちになりました。やがて、何度も繰り返してあの言葉、あの映像を反芻するなかで、僕はあの言葉がはらむ未来への希望を自覚するようになりました。

あの言葉は、2009年に発したものではあるけれど、2009年の大迫勇也を評したものではなかったのだと。大迫勇也という未完の大器が登場したワクワクする気持ち、たくさんの往時のファンが抱いていた未来への希望を、誰よりも強く、的確に表現したのがあの言葉だったのだと。言葉はすでにあの日から飛び出して2018年、そしてもっと先へと飛んでいたのだと。

「大迫半端ない」と「大迫半端ないって」の違い。

中西さんが無意識に発したであろう、未確定の「って」。そこにこそ、どんな現状にあろうとも、あのときのワクワクした気持ちをすり減らさない堅固さが宿っていたように僕は思います。「半端ない、かな?」と問われたら「普通くらいですね…」としか答えられないようなシーズンを過ごしたときも、「って」はあの日のワクワクをすり減らすことはなかった。

「って」は主張であり、「って」は信頼であり、「って」は願望であり、「って」は予感であった。今この瞬間は違うかもしれないけれど、大迫は半端ないんだ「って言いたい」、きっとそうなるんだ「って感じる」、絶対そうなるんだ「って思う」という、今より遠くを常に指す意志となった。だから、すり減ることなくずっとそこにあった。愛されつづける言葉は、どんな苦境でも大迫勇也の未来を指し示す予言でありつづけたのです。言霊のように。

そして、今もなお「って」はさらなる未来を指しつづけています。「半端ない」という具体的な基準がまったくない、どこどこまでも拡大解釈できる言葉を「って」は引きつづき後押ししています。コロンビア戦のゴールが頂点などではない、無限の「半端ない」未来へと。どこまで飛躍していったとしても、あの言葉は置き去りにされず、少し先の未来へと希望を拡大させていきます。ワールドカップに優勝しようとも、バロンドールを獲得しようとも。まだ先はある「って期待してる」、何かはわからないけれど半端ないことが起きる「って信じてる」、と。

9年経って、改めていい言葉だなと思います。

この先の10年も使えるいい言葉だなと思います。

流行語と言うにはあまりに時間が経ちすぎているけれど、今なお、その言葉が発せられたときと同じ新鮮さを失わない、未来を向いた言葉だなと。大迫勇也の実力を育んだのは間違いなく本人の努力ですが、大迫勇也のスター性、いつの日かそこに現れる日本のエースストライカーとしての物語を決定づけたのは、あの日の滝川第二・中西さんだったように思います。

半端ない大迫がコロンビアを下すゴールを挙げたとき、それを「さも当然」のことのように受け入れられたこと。偶然でも幸運でもなく、そうなるべくしてなったように誇れたこと。いつの日か現れる予言のなかの人のように感じたこと。それは、9年間すり減らずに未来を示してくれた、あの言葉のおかげだったような気がするのです。

だから、何度も言いたい。

何度言ってもすり減ることのない、無敵の言葉「大迫半端ないって」を。

今度はセネガル戦でやってくれる、って思いながら。





そろそろ中西さんにみんなでちょっとずつお金払ってもいいと思います!