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12:00
選手、実演家、演出家、振付師、コーチ、監督、協会役員、その他いろいろ!

2018年は「引退」をよく見かける年だなと思います。野球選手の引退などはもとより、安室奈美恵さんの引退ライブであるとか、貴乃花親方の引退(※協会的には退職/書き直してくださいね)であるとか、功成し遂げた人物が表舞台から身を引いていく場面がことさらに印象に残ります。平成も終わるというこの年、さまざまなところに節目が訪れているのかもしれません。

そんななかまたひとり、フィギュアスケーター町田樹さんが実演家としてのプロスケーターを引退しました。6日に行なわれたジャパンオープン、カーニバル・オン・アイスの2公演で新作プログラムを発表した町田さんは、文字通り「風のように」舞台を去っていきました。2014年の全日本選手権で見せた「本日決断」の現役引退につづき、さわやかすぎる別れでした。未練や名残なく、後ろ髪を引かれない、町田さんらしい別れだなと思います。

↓最後のご挨拶を謝辞含めて3分半で切り上げるなど、町田的には超高速のお別れ!



フィギュアスケートをブームではなく文化に!

それが実演家としての最後の願いです!



町田さんの引退にあたって、その足跡を振り返ったとき、一番最初に思い浮かぶのは「新しさ」という特長です。町田さんの公演はいつも何かの驚きがあり、「そうきたか」という発想の飛越がありました。舞台外からの登場、衣装替えを含むひとり三幕構成、リンクを縦断する一息のアラベスク……引退公演のジャパンオープンではダブルビル形式で異なる曲調を異なる表現で一息に演じてみせ、またカーニバル・オン・アイスでは約10分の大演目「人間の条件」で究極の人間賛歌を表現した。ありそうでなかった新しさをいつも提供してくれました。

しかし同時に、町田さんのなかには過去への敬意や先人への感謝があり、その土台から外れることはありませんでした。現役当時には旧来の規定演技であるコンパルソリーを練習に取り入れていたというエピソードもありましたが、町田樹の新しさは奇手奇策によるものではなく、過去から現在を踏まえたからこそ積み上げることができるものだったように思うのです。フィギュアスケートをバレエやオペラのような総合芸術として成立させるための模索の日々。フィギュアスケートとしては斬新でありながら、むしろ古典に回帰するような演目の数々。それは山頂に石を積み上げるような前進であって、そこに至るまでに町田さんは先人が切り拓いた山道を感謝を抱いてのぼってきているのだろうと思うのです。

大きな山を意識しているからこそ、そこにまだ積み上げられていない石の存在を認識することができる。それはまさしくアカデミックなアプローチだったと思います。膨大な先行研究を学び、そこにまだ手をつけられていないテーマを見つけ、自分が一歩前進させていくように、フィギュアスケートの山を高くするために自分が積み上げられる石をひとつ、またひとつと積んでいった。そういう道のりだったのだろうと。

2014年の引退後は研究者を本分としつつ、研究活動の一環として「実演家」としてフィギュアスケートに携わってきた町田さん。身体表現であり、オリンピックでも実施される競技でもあるフィギュアスケートには、大前提として身体能力が求められます。高く跳ぶ、長く滑る、体力によって表現は制限され、限界が生まれます。空中で4回まわる表現をするためには、当然ですが空中で4回まわる身体能力が必要なのです。

研究者としての活動と、実演家として必要な身体能力の維持を並行するのは大変なことだったでしょう。練習一本、競技一本に絞ってようやくできるレベルのことを、研究者に軸足を置きながらやるのです。「それをやることで研究がおろそかになったら意味ないよ」という環境で、寸暇を惜しんで体力を鍛え、新作を練り上げてきたことには頭が下がります。

ただ、やはりと言うか、本人公式サイトにもあるように「『身体』と『時間』は有限」です。若さを失い、より肉体へのケアが必要になっていくなかで、すべてをこなすことが難しくなる時期はくるでしょう。公演数自体は厳選して絞り込んだとしても、その1回に要する準備は膨大です。少し休めば足は緩み、すぐさま表現は衰えます。1回滑るのも100回滑るのも、必要な準備は根本的に変わらないのです。むしろ、今までがよくやれていた、観衆にとっては望外の時間だったのでしょう。

しかし、そんな町田樹であればこそ、これで「終わり」ではないこともまた明白です。

自身を称した「実演家」という表現は、その隣に「演出家」などの他者の存在を同時に感じさせるものです。「現役選手」という属性を終わらせたあと、制約のなかで点数を競うことから解放された町田樹は、「実演家」となることでむしろ本領を発揮していました。彼の考えること、発想は、競技ルールから解き放たれたことでむしろ輝きました。

今回は「実演家」という属性を終わらせるわけですが、それは町田樹の肉体からの解放でもあります。これまでは実演家として自身の肉体の枠内に町田樹の表現は制限されていましたし、むしろそういうものを追求していたことでしょう。自分ができること、自分ひとりができること、自分が動ける間にしか追求できないこと。そういった表現が優先されてきたはずです。今しかできないことをまずはやってきた。

ただ、町田樹の肉体から解放されたあと、町田樹の表現には無限の可能性が広がります。「自分でやらなくてもいい」のですから、「よーし100分の大演目作るぞ」なんてことも考えるでしょうし、「もっと人数を増やそう」なんてことも考えられるでしょう。「バイオリン弾きながら滑れないかな?」とか「ここで7メートル跳んで」とか、できる・できない問題にとらわれない発想もできるでしょう。

「総合芸術としてのフィギュアスケート」は実演家のみで成るものではありません。所属チーム、コーチ、振付、トレーナー、用具、音楽、音楽編集、衣装、照明、放送、写真、実況・解説、批評、ショー運営、リンク運営、芸術監修、そしてファン・オーディエンス……これはすべて町田樹自身が実演家引退にあたって謝辞を述べた相手ですが、そのすべてがひとつとなってようやくひとつの総合芸術が仕上がる。そのなかの「実演家」属性を退いたに過ぎない、それが2018年の町田樹引退のお知らせです。

「現役選手」を退いたことでむしろ「実演家」として輝いたように、「実演家」を退いたことでむしろ輝く場面もあるでしょう。

役割はすでにたくさんあり、それを町田樹自身も認識しています。

あるいはそこに挙げられていない役割を見つけ、自分がそれを務めるという未来もあるかもしれません。先人たちの作った山に石を積むように、2018年のフィギュアスケートに足りない役割を自分が果たしていくような未来が。だって、フィギュアスケートを文化にしていかないといけないですから。実演家としての町田樹の最後の願いは、実演家を退いた町田樹の最初の野望だろうと思うのです。そのために何を考えてくるのか、何も考えていないわけがない。次の「発想」に胸躍る想いです。

そう思えば、誰かがどこかで引退した日に、終わりと思って泣く必要はないのでしょうね。

終わるのはほんの一部であって、逆に解き放たれる部分もあるのですから。

「お疲れさまでした、これからもよろしく」

それぐらいの軽やかさで見送り、また出迎えたいと思います。

お疲れ様まっちー、これからもよろしく。

実演家としてのまっちーは、最高に面白かったですよ!




たとえひとりの観衆に戻ったとしても役割はある、それが総合芸術!