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12:30
勝利よりも「高み」を愛す!

29日、NHKBSプレミアムで放送された「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」という番組を見ました。あの日、あの時、という歴史の一点を採り上げ、そこで起きたドラマをさまざまな視点から再構成する番組であると言います。この回のテーマは羽生結弦氏の平昌五輪金メダル獲得の瞬間。その瞬間を羽生氏本人ではなく、周囲から注がれる視点で再構成していくというものでした。



羽生氏以前に五輪連覇を成し遂げた名選手にして、辛口で知られる評論家ディック・バトン氏。羽生氏の憧れの存在であり自身も五輪の王者であるエフゲニー・プルシェンコ氏。そして、あの日、あの時、あの場に居合わせた盟友ハビエル・フェルナンデス。三者三様に視点は異なるものの、そこにはひとつ通底する価値観がありました。そして、その価値観があるゆえに、自然と羽生氏に惹きつけられ、寄り添うようになったのだと改めて感じ入るような気持ちになりました。

その価値観とは、勝利よりもその先にある「高み」を追い求め、愛する心。

羽生氏にはそれがあり、三者にもそれがあり、ゆえに通じ合ったのだと。

まずディック・バトン氏はスケートの演技においてもっとも大切なことは「独創的でお客を呼べる劇場になっているかどうか」だと語ります。そこで重視されるのは何よりも「観衆を魅了すること」です。たとえばジャネット・リンのような切れ目なく音楽と調和する演技、あるいは伊藤みどりさんのような誰にもマネのできないジャンプ、浅田真央さんのような名女優そのもののゴージャスな演技に惹かれるのである、と。

そうした過去の名選手と比しても羽生氏を「別格」だと評するバトン氏は、独自の表現で観衆を魅了し、点数を超越した感動を与える羽生氏を、本物のスケーターであると言い切ります。平昌五輪の演技を振り返りながら生まれる賛辞の数々は、まさしくそれこそが「劇場」であるのだと熱弁するかのよう。熱狂する観衆そのものの姿です。

「ジャンプの入りから出のスピードが変わらない」
「切れ目なくシンプルに演技をつづけている」
「跳びましたよなんて終わった感が出ない」
「よくこらえたね。一回くらい尻もちついても勝てただろうが、彼はお客を魅了しつづける価値を知っている」
「この大舞台で見せうる最高の劇場を見せてくれた」
「金を超えた、ダイヤモンド級の演技だね」

自身もまた「点数を超越した感動」を求めてフライングキャメルスピンの開発など勝敗には直結せずとも独創的な挑戦をつづけ、たとえ金メダルをとっても失敗演技であれば悔い入る気持ちがあるバトン氏だからこそ、同じような心持ちを羽生氏のなかに見出し、惹かれているようでした。金だから素晴らしいのではなく、素晴らしい劇場であることに価値があるのであると。

↓ちなみに、バトン氏は「これは劇場じゃないなー」と自分が思ったらめっちゃ毒づくタイプです!
●プルシェンコ氏について
・技術はスゴイけど、私の批判にもっと早く耳を傾けるべきだった
・彼のスピンは無駄に回り過ぎ、突き出た頭がいつか大砲の球みたいに氷の上に転がってきそう

●イリヤ・クーリック氏について
・衣装が最悪だ、黄色に黒の斑点ってキリンかね



●4回転ジャンプを過剰に求める風潮について

・4回転が何だってんだ、どいつもこいつも点数目当てに雑巾絞るみたいなジャンプばかりして

●現在の採点方式について

・今の採点は転んでも点が出る。フィギュアスケートは死んだと思ったね

日本で言ったらノムさんみたいなことですかね!

名選手であり、哲学を持つがゆえに、超厳しい!

キリン以外賛同はしかねますが、これはこれでアリだと思います!



つづいて登場したプルシェンコ氏は、愛息へ厳格な指導を施しながら、現在の自身の目標を「打倒・羽生結弦」であると宣言します。そして、自身に憧れていた少年が羽生結弦という強敵として自身の前に現れたときのことを、「登ってきたなと思った」「腕がなったね」「倒しがいがある」と嬉しそうに振り返りました。「打倒・プルシェンコ」を歓迎し、「打倒・羽生結弦」を誓う、そうした関係性を楽しむように。

現役当時、戦う相手がおらず、ライバルがどんどんいなくなることが寂しかったと語るプルシェンコ氏は、現れた新たな強敵・羽生結弦をどう叩きのめすか考え、取り組んだ日々をにこやかに語ります。それは競技者としての喜びでもあり、フィギュアスケートという競技そのものにとっての慶事であった、そんな語り口でした。

高みを目指す者ならではの感じ方だな、そう思います。

「フィギュアスケートの世界にオリンピックチャンピオン以上の喜びはない」と断じるプルシェンコ氏は、自身がその戦いの場に留まりつづけたことも、「羽生結弦」の登場も、そして羽生氏が連覇を目指したことを喜ぶ気持ちも、すべてひとつの軸「オリンピックという最高の戦いのレベルを保つ」ことにつなげて考えていました。

試合でしか最高の演技はできない。最高の演技をできる場のレベルが落ちれば、それはすなわち選手たちの演技のレベルも落ちてしまう。そういった意識が、強いライバルの登場を警戒するのではなく、むしろ歓迎させたのです。誰よりも高みを目指し、採点方式の変更にも逆らって高難度の技に挑みつづけたプルシェンコ氏らしいとらえ方です。自身の敗北を危ぶむのではなく、自分が高みを目指せる環境が失われることこそを恐れたのですから。

↓プルシェンコ氏は育成環境を作り、次なる強敵を送り出すための活動に取り組んでいます!


勝つことだけが目的なら、自分以外誰もいないのが一番幸せ!

でもそれではつまらないだろう、そんな心!




最後に登場したのは盟友ハビエル・フェルナンデス。ハビは「最高の勝負をして3位になるほうが、お互いにミスをしてたまたま1位になるよりいい」という言葉で、自身もまた満足の勝負であったと平昌五輪を振り返ります。背中を見せ合い、互いを意識して、高め合うライバルであったふたり。試合で幾度も競い合い、ときに勝利し、ときに破れ、メダルと記録を争ってきました。

しかし、それは決して相手に勝つことのみがゴールであったわけではありません。ハビのようなジャンプを求めて同じクラブへの加入を希望した羽生氏と、強い選手が同じクラブにくることを歓迎したハビ。出逢いの瞬間から、「相手に勝つ」ことではなく「高め合う」という関係性は始まり、そしてともに五輪の表彰台に乗るという未来に至りました。もしも互いのゴールが「勝利」のみであったなら、この出会いはそもそもなく、最後の抱擁も決してなかったでしょう。



だからこそ、ハビはライバルが苦しむ状況に対しても誠実でした。怪我の状況を探るでもなく、自身を高めて五輪の舞台で待つために「背中を見せつづけ」、怪我の状況について飛び交う嘘や中傷については「正面から取材をすべきだ」と憤りました。勝利という損得だけを考えれば、ライバルが苦しみ、悩まされることは「得」であったかもしれないのに。

この番組に出演したこと自体も、そうした関係性を示す何よりの証左でしょう。自分が五輪で負けた試合を、負けた相手のことを語るために振り返るというのは、もしもそこに満足がなければ、耐え難い苦しみであるはずなのです。それに耐えられるということは、とりもなおさずハビエル・フェルナンデスもまた、勝利よりも「高み」を目指す人であったということ。強いライバルがいて自分も強くなった、素晴らしい演技があってその雰囲気のなかでチカラを出せた、そういうとらえ方だからこそあの試合も振り返ることができる。

抱擁のなかでハビは自身の引退を告げ、この平昌五輪がふたりにとって最後の勝負となることを明かしたそうです。「You are so bad!」と泣きぬれて応じた羽生氏と、それをにこやかに見守るハビの笑顔。最高の戦いを、最高の場所で、ともにできた。だからこそ、「今が物語の節目だ」と素直に思えたのでしょう。そこに満足があればこそ。

三者三様の言葉で語られた羽生結弦氏は、ひとつの価値観を別々の角度から切り取って、勝利よりも高みにある世界へとつながっていきます。「劇場」であることを求めるバトン氏。最高の自分を発揮する「舞台」を守ろうとするプルシェンコ氏。そして、ライバルとの「競演」を笑顔で振り返るハビエル・フェルナンデス。素晴らしい試合であれ、彼らの願いは同じです。こうした価値観を持つ人に愛され、支えられているのが羽生結弦というスケーターである。何となくそう思っていたことが、改めて三者の言葉によって強度を高められた、そんな気がします。勝ったから好きなのではなく、高みを目指す生きざまに「魅了」されるからこそ、素晴らしい試合とその結果に心震わせるのだ、ということを。

↓そして三者はこれからの羽生結弦に期待することを、こう語った!
●プルシェンコ氏
日本のスケート界が彼をオリンピックに集中させてあげられれば、少なくともオリンピック4連覇までは可能。5連覇だって無理じゃないね。

●バトン氏
もう彼は「別格」なのだから好きなようにやらせてあげなさい!

●ハビエル・フェルナンデス
まずは今の怪我をしっかり治してほしい。怪我さえ治れば、あとは好きなだけ前へ、前へと目指していけばいい。もし引退するときがきたら、そのとき初めて後ろを振り返ってほしい。君がのぼってきたのは、今後永遠に語り継がれる道のりだ。その道のりの途中に、僕の名前があるのもお忘れなくね。

「思うがままに」ということですな!

逆に言えば「まわりが余計なことをするな」という戒めでもある!




今もまた羽生氏は怪我に苦しみながら、3月の世界選手権を目指しています。嘘や中傷、さまざまな憶測が流れています。そうした状況は世の常でありますので、なくなることはないでしょう。ただ、世の中すべてがそうではありません。勝利のみを追い求めるなら、「他人が全員コケる」ことが最高なわけですが、それで何が面白いものか。全員がチカラを発揮し、全員が最高の自分を出した結果にこそ価値があり、その結果の先にこそ「高み」という永遠のゴールはあるのです。

だから、それを知る人、それを愛する人は、静かにその時を待っています。そして、より強いライバルの登場を歓迎しています。3月の世界選手権は羽生氏の怪我が治り、ライバルたちが今まさに国内外で見せている演技を超える演技を披露し、高め合うような戦いになるでしょう。なってほしいと思います。五輪に次ぐ舞台、そこでしか到達できない「高み」が世界選手権にはあります。「高み」こそを愛する者のひとりとして、静かにその時を待とう、改めて強く思いました!


BSでの再放送は2月4日午後11時45分より!見るといいと思います!(※地上波と書いたのは間違いでした)