08:00
「責任」なんて取れないし、ない!

僕は今の状況を「魔女狩り」だと思っています。新型コロナウイルスに感染した人、感染させたかもしれない人、そして感染を拡大させる要因を作ったかもしれない人は「魔女」として糾弾し、責め立て、非難していいのだという気配を感じます。それは恐怖から生まれるものです。魔女がいるかもしれない、怖い、安心したい、アヤしいヤツがいる、魔女かもしれない、安心したい、捕まえろ、白状しろ、しないならこうしてやる…という。

自分は絶対に「魔女」ではないという自信がある人はいいです。家に引きこもっていられる人。ごく少ない人間にしか会わずに生きられる人。マスクや消毒液を十分に備えて安心している人。そういう人にしてみれば、愚かにも出歩く人や集会をする人というのは「悪」そのものでしょう。捕まえて、糾弾したくなる気持ちはわかります。僕も6億円くらい抱えていたら、必要なものは全部通販にして、宅配の兄さんとのやり取りも完全防護服という鉄壁の防御のなかで「魔女」が絶滅するのを待ちたい。シェルター暮らしがしたい。

ただ、それは無理なのです。

この問題の最初から思っていることは「金=命」であるということ。健康を損なって死ぬパターンと同じく、金がなくなって死ぬパターンもあるのです。そして今、感染症によって両方のパターンが同時に起きているのです。金と余裕がある人はとにかく「健康を損なって死ぬパターン」を徹底的に排除したいと考えます。金で死ぬパターンはそもそも考えていません。極端な話、全員の外出が禁じられ、外に出たら完全防護服の自衛隊によって拘束される世界のほうがスッキリする、くらいに思っていそうです。

一方で「金がなくなって死ぬパターン」の人は「健康を損なって死ぬパターン」も同時に背負ったまま、完全に放置されているのです。旅行産業や外食産業などはすでに大きな打撃を受けています。そして、それ以上の致命的打撃を受けているのがイベント業です。「人が集まる」ことそのものを悪とされることで、イベントは「業」の根幹を失いました。一部の体力のある運営元は中止・休止・延期などで耐えています。放映権料や配信収入、グッズ販売で何とか生き延びているというところもあるでしょう。

しかし、そうではない運営元もたくさんいるわけです。そうした運営元は「業」の根幹を失い、「金がなくなって死ぬパターン」に陥っています。イベントを「ヒマつぶし」として楽しんでいるぶんには「なきゃなくてもいい無駄な遊び」なわけですが、それを業として行なっている人にとっては死活問題です。「我慢」の問題ではなく「生き死に」の問題になっています。自分にとって無用なものが、他人にとっても無用なわけではないのです。それができなければ死ぬ人が、いる。

22日、K-1の大会がさいたまスーパーアリーナで行なわれました。かつての華やかなりしものとは違い、「知らない選手が知らない選手と戦っている」ような大会です。武尊がわずかに知られているかどうか、という程度の。どれだけ運営元に余裕があるかはわかりません。わかりませんが、この大会はK-1としても年間最大の大興行です。スーパーアリーナのアリーナモードで興行を打てば、前日設営・当日撤去でも1000万円以上の会場使用料がかかります。選手への報酬、関係者の手当て、機材・制作費その他を考えれば数千万円から億単位での出費となる「社運を賭けた」ものでしょう。

その興行を自粛せよというのは「その数千万円から億単位の金を捨てて、死ね」と言っているのと同じだと僕は思います。捨てられるくらいの余裕があれば捨てもするでしょう。多くの運営元がそうしていることに心から敬意を表します。でも、それで「金がなくなって死ぬパターン」に陥るのなら勝負にも出るでしょう。「今死ぬか、あとで死ぬか」なら、「今死ぬ」のはとりあえずイヤですもの。

↓K-1側では万全の対策を施して開催などと意味不明なことを供述しており…!
【K-1側がかんがえたさいきょうの対策】

●会場入口にてマスクを配布(1名につき1枚)させていただきます。枚数に限りがありますので、マスクをお持ちの方はマスク着用でのご来場をお願いします。

●スタッフ、競技役員、警備員がマスクを着用させていただきます。

●こまめな手洗い、うがいを励行いただきますようお願いいたします。

●会場内数カ所に消毒液を設置しておりますので、ご利用をお願いいたします。

●会場入口にてミネラルウォーターを無料配布させていただきます。定期的に水を飲むことが感染予防の対策となりますので、ご利用をお願いいたします。

●会場入り口にてサーモグラフィーを設置し、入場時にみなさまの体温を確認させていただきます。発熱があると判断した場合、入場をお断りする場合がございますので、ご了承ください。

●会場内では常時換気を実施し、通常よりも多く外気取込を行います。これに伴い、場内が寒くなる場合がございますので、ご了承ください。

●会場内では加湿器と次亜塩素酸水を使った空間除菌を実施いたします。

●会場内の飲食ブースでの飲食販売は行いません。会場内での飲み物の販売は自動販売機のみとなりますので、ご了承ください。なお「ビン・缶」を除く飲食物の持込は可能です。

●今大会では撮影会、サイン会、握手会、休憩中のサインボール投げなどのイベントは行いません。

●今大会では会場内での密集を避けるため、一部物販ブースを会場外に設置させていただきます。会場からの入退場にはチケットの半券が必要となります。必ず半券をお持ちください。

●発熱や咳など症状がある方、少しでも体調にご不安のある方、身近に新型コロナウイルス感染症の感染者もしくは感染の可能性のある方がいらっしゃる方は入場禁止とさせていただきます。

●咳エチケットをお守りいただきますよう、お願いいたします。

●大会から帰宅後も、すぐに手洗い・うがいなどを行いますようお願いいたします。

●咳やくしゃみなどの症状がひどく、他のお客様のご迷惑になると判断した場合、入場禁止事項にあたると判断した場合、ご入場をお断り、またはご退場いただく場合もございますので予めご了承ください。


「次亜塩素酸水による空間除菌」は微妙かもしれないけど、家電メーカーもそれで「ウイルス対策」って謳ってるし!

「ダメ元」「ワンチャン」「ないよりマシ」でやってるんでしょ!

マスクもどこかから集めてきて、頑張って考えたんでしょ!



国や地方自治体は「自粛」という形での要請しかできないわけですが、それは要するに「その数千万円から億単位の金を捨てろ、それで死ぬんなら勝手に死ね」という意味なのです。自粛要請ではなく「自腹要請」なのです。受けられる人は受けていますし、それはみんなにとってありがたいことですが、全員が受けられるわけがありません。それでもなお封じるとすれば、強権を発動するしかないわけで、その責任を取るのは「政治」の仕事でしょう。自腹要請に応じなかった側に「責任」を負わせるのはアンフェアです。

逆に「健康を損なって死ぬパターン」に対して同じスタンスでの要請を投げかけたら、これはもう承服しかねる人でなしだと理解できるはず。「家でひとりで頑張れ、自力で助からなかったら、死ね」ということですよ。感染拡大の恐れがあるからそうならないように自助努力で何とかしろ、というのは。元気な人のお出掛けより、感染している人・その兆候を感じる人のお出掛けのほうが、よほど危険ですからね。病院への移動、診断、全部が感染拡大につながります。だから、僕もK-1にそんなに思い入れがあるわけではないので「なきゃなくても構わない」とは思いつつも、「勝手に死ね」とは言えないのです。誰に対してであっても「死ね」とは言えないのです。

↓「埼玉県から東京都への流入が感染拡大の要因となっているので埼玉県からの越境を自粛要請…」と言われたら、お断りなのでは?

「また、千葉県からの越境も自粛を…」
「あと、神奈川県からの越境も自粛を…」
「なお、山梨県からの越境は許す…」

「死ね」と言うなら相応の政治決断を!

「強権発動で自由を制限した」という業を背負う覚悟とともに!


そして恐ろしいのが「今死ぬか、あとで死ぬか」の問いは、「今死ぬ」を逃れても結局「あとで死ぬ」が待っていることです。開催を推し進めたK-1には非難が殺到し、まさに「魔女狩り」の様相です。「明日から通勤する人もいるのだからさいたま新都心を消毒しろ」とか「ひとりでも感染者が出たら責任を取れ」とか「自衛隊を投入して最終手段を」などの非難の業火。「今死ぬ」を逃れても、ここから炎上…まさしく「火あぶり」が始まるのです。

あれだけ人々に愛された100日後に死ぬワニですら、一瞬で火あぶりになる世の中です。知らない選手が戦うK-1など枯れ木のようなもの。ボーボーとよく燃えています。この際、国が強権を発動するなら、まずテレビととインターネットを遮断するほうが効果的なんじゃないかと思うほど(※結果的に一番対策が上手くいってるのは中国とロシアと北朝鮮説)、大衆心理を拡大増幅するメディアの効果は恐ろしいものです。それだけの火力があるなら、いっそクラウドファウンディングでも始めて「目標金額1億円、目標金額に到達したらイベントを中止します」とかやったら、案外丸くおさまったりするのかもしれませんが。

↓そんな非難のなか、あえて「K-1最高!」ではなく「格闘技最高!」と叫んで締めた武尊!


天心戦でドーンと盛り上げたいわな!

この元気のない界隈全体をドーンと!



これは誰にとっても他人事ではありません。

次はK-1ではない誰かの番です。

「目立った者」が順番に火あぶりにされていきます。

非常に怖い。ウイルスよりもそっちが怖い。

自分だって仕事に出掛けています。多くの人もそうです。東京には、埼玉・千葉・神奈川・群馬・茨城あたりからガンガン人が来ているでしょう。電車などを使って。仕事だから、学校だから、と。僕にとっていらない会社、たくさんありますよ。楽天とか(アマゾンでいい)。ソフトバンクとか(ドコモでいい)。オリックスとか(何も借りない)。日本ハムとか(伊藤ハムでいい)。「自分にとっていらない」を全部リスクだと認定するなら、どこもかしこも感染拡大に寄与する悪の集団です。

正直、スーパーアリーナってそこまで悪くない環境なのです。空間としても広く、換気設備もあります。数万人が集っても臭いがこもっていたりしないでしょう。それは興行場法によって換気設備を設ける規定があるからです。1ドリンク制のライブハウスなどは、この興行場法の規定を満たすのが大変なので、「飲食のついでに音楽を楽しんでいる」という体裁にしているのです。あくまであそこは飲食店であり、興行場ではないのです(※だから必ず1ドリンク取る)。ライブハウスとスーパーアリーナ、同じ密度で人が集ってもクラスターとなる可能性はだいぶ違うはずです。ゼロではないにせよ、だいぶ低くなっているはずです。

ゼロリスク信仰には、僕は反対です。

リスクはゼロにならないからです。

ゼロじゃないリスクのなかでどう生きるのか。感染症の専門家は、そりゃ感染症の専門家として「少しでもリスクを抑える方法」を言うでしょう。ただ、感染症の専門家は感染症のことしか知らないわけで、「その結果生まれるほかの不都合」のことは念頭にないはずです。それは当然ですし、それでいいのですが、それによって加速するゼロリスク信仰にはもっと注意を払うべきだと僕は思います。ゼロリスク信仰を加速させることは害悪だとさえ思います。ゼロリスク信仰の究極の到達点は「感染症が発生した地域に初動でミサイルをぶち込み何もかも燃やし尽くす」なのですから。

参加側は、少しでも異変があるなら自宅に留まる。

運営側は、検温などで異変の有無をチェックする。

参加側は、マスクや咳エチケット、大声で飛沫が飛ばないようにする。

運営側は、マスクの配布や咳エチケットの徹底を呼び掛け、大声をあげないように注意喚起する。

参加側は、手洗いを励行し自分の手指から接触感染しないよう努める。

運営側は、消毒液の積極的な設置や、手洗いのための時間などを設けて促す。

参加側は、飲食物への飛沫の付着を避けるべく、換気のよい(できれば屋外で他人から離れた)場所で食事を済ませる(できれば何も食べない)。

運営側は、最大限換気に努めるとともに、食事の時間を十二分に設け、再入場も含めた柔軟な対応をとる。

……これぐらいじゃないんでしょうか。求めるのは。

誰かにだけゼロリスクを強いるのではなく、みんなで少しずつ分担するのが社会でしょう。K-1だって、何も考えてないときよりはリスクを下げたわけですから、多少なりとも平時よりは貢献したでしょう。「いつもより上がってるぞオイ」は止めますが、いつもより下がってるならどこかで折り合っていかないと。ウイルスで死ぬのは天災ですが、ゼロリスク信仰に殺されるのは人災です。天災と人災のダブルパンチは、避けないといけないだろうと僕は思います。



ゼロリスク実践なら自宅待機のはずで、逆に感染拡大しようが平気では?