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人生には「延期」なんてないのにね!

大きなうねりの前では無力だなとうなだれる日々です。世界を席巻する新型コロナウイルスの猛威。いよいよ東京五輪・パラリンピックにも決断の時が迫ってきたようです。23日、IOCバッハ会長の軟化に歩調を合わせるように「延期」への動きを見せ始めた国・開催都市・組織委員会の代表者たち。ギリギリまで尽力をつづけつつも、その先のことも考えねばならんのだなと思います。

今日も1000万人が暮らすこの東京でできないはずがない、今もそう思います。いやこれが仕事も含めてあらゆる行動が禁じられているロックダウンなどであれば、無理だろうかとも思いますが、この街は今日も動いているのです。僕は今日も新宿に行きます。会社に行きます。仕事をします。自分は仕事をするけれど、誰かの仕事は禁止するなんてのは身勝手です。自分の仕事はするけれど、他人の仕事は「自分の安全のために」不要不急と断じる厚かましさに身震いします。椎名林檎だって、宝塚だって、K-1だって、オリンピックだって、「仕事」です。不要不急のものなんてない。

だから僕はいつもどおりの目的を果たしながらこの騒動を生き抜いてきました。電車にも乗るし、遊びにも行くし、外食もする。もちろんすべてが同じわけではありません。ウイルスの性質や感染の特徴についての厚労省等の発表をよく見聞きし、自分が感染する可能性と、他人に感染させる可能性を低減する…要するに他人と接触しないように動いてきました。作り置きで陳列されているものは食べないとか、小さな工夫を積み重ねてきました。「気をつけながら、行動する」を実践してきました。それが抵抗であり、打開策だと思って実践してきました。我慢が足りないなんて罵倒を浴びることもありますが、「我慢」ではこの戦いは勝ち抜けないでしょうから。

ハッキリ言って、このウイルスとの戦いは長くつづくものです。中国という世界全体に人と物資を送る地で生まれたウイルスは、当然世界全体へと拡散済です。「風邪」と同じ性質を持つ、広まりやすく、駆逐しにくい病気が世界全体に広まった今、「共存」しか道はないのです。たとえ自分の街からは一旦駆逐しても、世界のどこかからまた持ち込まれるのです。繰り返し、繰り返し、何度もウイルスの形を変えながら。風邪のように、インフルエンザのように共存していかないといけない。「安心」に全振りした「我慢」の生活は早晩破綻します。

すでにイベント業などは破綻の危機です。順番に死んでいく産業を「我が身ではないから」と放置するのは、順番に死んでいく病人を我が身ではないからと放置するようなもの。新型の病気に特効薬もワクチンもありません。開発には年単位での時間がかかるでしょう。気をつけながらも社会を回していかないと、厳しいところから順番に死んでいきます。それは「高齢者や基礎疾患のある人を見捨てる」のと等しい行為です。「我慢」でリスクをゼロにする行動変容ではなく、「気をつける」でリスクを低減するような行動変容が必要です。気をつけながらライブにも行く、気をつけながら野球にも行く、気をつけながら旅行にも行く。そうできるようにならないと。

「どう気をつけるのか」の見本となり、世界に知見を発信する…東京五輪・パラリンピックこそがその舞台となると信じて、東京だけがそれをできる舞台だと信じて、自分自身も学びながら行動を変え、あえて外にも出てきましたし、「できるぞ」と行動で示す覚悟でしたが、大きなうねりの前には無力だなとまた思います。まぁ、ボチボチやります。ブームのように今だけ手洗いを一生懸命やり、宴会を控えている人が「我慢」を忘れたあとも、地道に、細々と。


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さて、東京五輪・パラリンピックは「中止」なのか「延期」なのか。多数決でも採れば、どちらかになるのでしょう。もしかしたら世界の声は「永遠に中止」だったりするのかもしれませんが、今投票をすれば「延期」が選ばれる雰囲気です。たくさんの国がコロっているから。練習も、移動も、代表選考もできないから。命が危険にさらされているから。たくさんの声が「やりたいが、今ではない」と支持するのでしょう。たくさんの声が集まれば強いチカラを生み出します。それは「正義」の声となるのでしょう。

一方で、思います。夢の大会を前に負傷や病気で、夢を諦めなければならなかった幾多の選手を。ひとりの病人、ひとりの怪我人は黙殺されるなかで、多くの人がそうなると急に約束された仕組みごと変わってしまう。少数の事情は常に軽視され、多数の事情に合わせるのが社会です。「私のときには『延期』なんてものはなかったな…」とか思うのかななんて考えます。「逆に私は今絶好調なのに」とか思うのかななんて考えます。そうですね、あなたひとりの人生でたくさんの人の人生は動かせません。怪我をしたあなたが、病気になったあなたが、悪い。それが「正義」の声です。

練習ができない、移動ができない、そんな苦悶の声。それは「もともとあったものがなくなった」という辛さです。ただ、国内情勢や治安、あるいは差別や貧困で「もともと持っていない」という辛さを抱えた人は、持たざることが前提条件とみなされ、「辛さ」だとは認めてもらえません。「ようやく環境の差がなくなって、己ひとりのチカラ勝負になったぞ」と持たざる者が勝機をとらえても、その声に耳を傾けられることはありません。「今やろう」「今が俺のチャンスだ」と叫ぼうとも、「今は無理」「何をバカなことを言っているんだ」と正義の鉄槌を下されるでしょう。自己中心的な愚か者だと。

意見も事情も千差万別のはずです。

「正義」は全員の賛同を得るものとは限りません。

ただ、声の大きな人の意見が「正義」です。

そして、それは今「延期」に傾いています。

どこかにいるかもしれない「100日後に死ぬアスリート」の希望に添うことはできないようです。

100日後に死ぬあなたの夢のために、100人を殺すわけにはいかないから…。


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フェアにやるのなら、「予定通りの日に東京で」が答えだと僕は今でも思っています。それ以外に全員に公平な答えはありません。怪我や病気や国情が考慮されないように、自分の国で感染症が蔓延していることや、練習・移動ができないことも考慮されないのが公平だろうと思います。過去にはもっとくだらない事情で夢を折られた選手もいましたが、それは考慮されなかったのですから。冷酷な物言いですが「できる人だけで集まってやる」というのが唯一の公平さです。たとえば、各国からクルーズ船で移動し、14日間以上港で隔離され、全員が検疫を通過した国だけが東京入りする。観衆は一切入れない。そういう設定なら大会は開催できるでしょう。それでもやりたいという選手もゼロではないでしょう。この日、この時、この瞬間に合わせるための努力と犠牲を思えば、「予定通りの日に東京で」やらせてやりたい。

しかし、一方でこの五輪・パラリンピックというムーブメントは、より多くの人の賛同を集めなければならないという想いもあります。今の選手だけでなく、将来の選手にこのムーブメントを遺し、愛されるものとして伝えなければならないと。それを商業主義などと揶揄する人もいるのでしょうが、このムーブメントがたくさんのお金を集め分配してきたことで、たくさんのアスリートが救われてきました。「中止」「延期」で若干のワリを食う選手も含めて、より多くの人の賛同を集めることが最終的な「アスリートの利益」となります。そうした利益のもとにすべての参加アスリートが立っています。その意味では、観客もスポンサーもテレビもすべてが十分に揃ったなかでの開催をしなければいけないと思います。このムーブメントは長くつづき、遺るものであると信じればこそ、「正義」の声に逆らうことの不利益のほうが大きいだろうと思います。明日をも知れぬK-1が「何もしなければ今死んでしまう」と大会を開催したのとは別種の「苦渋の決断」をすべきだろうと。

その「完全な形」を模索するとき、今の案ははたして十分なのかなと率直に疑問に思います。

「予定通りの日に東京で」を捨てるのは、新型コロナウイルスの問題があるからでしょう。秋にずらせば解決するのですか?1年後なら解決するのですか?2年後なら解決するのですか?しているかもしれないし、していないかもしれない。逆に言えば「予定通りの日」に解決しているかもしれないし、していないかもしれない。絶対に解決しているだろうと言える「特効薬もしくはワクチンが開発されて、この病気が怖くなくなった」は1年先でも2年先でも厳しいのです。たとえ開発が間に合っても、増産して世界全体に行き渡らせるのは厳しいのです。その意味では「1年延期」「2年延期」案はとりあえず先送りしておけば今よりはマシだろうという程度の判断でしかありません。

しかも、1年先、2年先には「別の地域で感染が拡大している」はずです。中国から日本、欧州、北米と順番に「バズ」が拡大していった先、この病気は南米やアフリカへと順番に拡大していくのです。そしてまた周回して戻ってくるのです。そのときに「私らの国では治りましたんで、さぁやりましょう」と言えるのかと。「ウチはワクチン打ってるんで、平気ですわ」と言えるのかと。あるいは「あのときはパニくってましたが慣れたんでもう大丈夫です」と言えるのかと。まぁ欧州の政治家なら平気でそれを言うのでしょうが、まっこと人でなしの意見だなと思います。自分都合だなと。「予定通りの日」に都合が悪かった人の問題が解決し、今度は「予定通りの日」に大丈夫だった人に問題が起きているけれど、「私が解決したんで大丈夫です」と言うとなれば。

秋に延期案。秋にできるくらいなら夏にできるでしょう。ここにズラしても無駄な仕事が増えるだけで、事態は変わりません。むしろ、より悪化している可能性さえあります。会場や人員手配の困難さを鑑みても、このチョイズレに「決め直す」のはもっとも不毛な道です。

1年先に延期案。世界陸上や世界水泳との被りや、会場や人員の手配などは解決できるかもしれません。たくさんの人に協力してもらえば。しかし、今「延期」を決める理由である新型コロナウイルス感染拡大についてはまったく解決していないでしょう。2009年の新型インフルエンザの際にWHOがパンデミック(フェーズ6)を宣言したのが2009年6月11日で、終息宣言が翌年の8月11日です。移動や練習や予選会ができないという状況は解決しないまま時間が過ぎ、特効薬やワクチンの開発は終わらず、終息宣言はおそらく出ない。ここにズラすのは見通しのない先送りでしかありません。苦しんでいる人が入れ替わる、というだけで。

2年先に延期案。このあたりであれば感染は一周し、特効薬やワクチンができていなくても、もしかしたら世界が「慣れて」いるかもしれません。ただ、ここまでズラせば出場選手は決め直しになります。実力や状態にも変化があるでしょうし、「決め直せ、私のほうが強い」という声がアスリート側からも上がるでしょう。観衆やテレビは別に何年であろうが待つだけですが、誰よりも人生を捧げ、2020の切符をつかんだアスリートが一番ワリを食うことになります。そして東京五輪・パラリンピックを目指すすべてのアスリートが、2020、2022、2024と3回も人生のピークを作る日程になります。予選のことも考えれば2021と2023も勝負の年になります。「運営」には現実的な日程かもしれませんが、「演者」には一番キツイ日程です。言うほどの話ではないかもしれませんが、せっかくここで勝っても、すぐにまた金メダリストは決め直しとなり「2024に勝った人が真の王者」感が出てくるのも辛かろうなと思います。

そもそも論、もう一回別の感染症が発生したらどうするのでしょうか。その心構えや体制がないままに、「2年あればコロナは大丈夫だろう」と進んで、もう一回同じことが起きたら。今やこの事態は「予測可能」なものとなったのですから、そこまで考えを巡らせてこそ意味のある「延期」になるのではないかと思います。大津波がきたあとに、「さすがに2回は来ないだろう」と思って暮らすはずがないでしょう。「今度同じことが起きたらこうするのだ」を考えるでしょう。

フェアネスと現実のバランスを取り、「予定通りの日」を超える「完全な形」を模索するなら、僕は「4年延期」案だろうと思います。

2024を東京で、2028をパリで、2032をロスで。

そこまでに新型コロナウイルスの問題はもちろん解決し、そして新たな感染症が起きたときにどうするのかという体制を作る。大衆の公衆衛生意識を高め、感染症に対する知識を啓蒙し、感染症発生時の対応を定める。思えばリオでジカ熱の恐れがあったときに、「感染症が起きたら?」を考えるチャンスはありました。ありましたが、東京では大丈夫だろうと思っていました。よしんば何か起きても「Bプラン」としてロンドンかリオで代替都市開催ができるだろうと高をくくっていました。「感染症が一気に世界各地に広まる」という予測が浅かった。

もともと五輪憲章には、五輪は4年ごとのオリンピアードの最初の年にやると記されています。「延期」という想定はありません。その「延期」を超法規的に決められるくらいなら、2024と2028の開催都市契約を玉突きでズラすことだって決められるでしょう。パリの準備ができるのかどうかという点も、まさにフランスが不透明な状況の真っただ中にあるわけで。パリはできますと言っても、根拠はないわけで。それは東京と同じなわけで。

多数には選ばれないと知りつつも、2020が選択肢から外されるのであれば、僕は2024を推します。

2020を外すのなら、その日、その時、その瞬間に懸けてきた人生のいくつかが霧散する犠牲を強いても決め直すのなら、2024だろうと。

僕は「また来年頑張ろうね!」なんて軽い気持ちでは言えないのです。

来年がない人がひとりでも存在する限り。

これがあなたの無念を無駄にしない「完全な形」だと胸を張って言えない限り。

「今」が人生最高の人にも耐えてもらい、「予定通りの」2020を外すのなら、それぐらいの重さで捉えないといけないと思うのです。



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「俺は今なんだよ!」と言えないアスリートの無念の隣に僕は立ちます!