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このNumberは永久保存版です!

情報と感情とが怒涛のように押し寄せ、心洗われるような時間でした。21日に発売された文芸春秋社のスポーツ・グラフィック誌『Number』。「銀盤の誓い。」と題した通算1019号は羽生結弦氏の大特集を含めたフィギュアスケート特集号。コンビニや書店でも初日から品切れとなる店舗が散見され、大きな注目を集めた号となっていました。

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羽生氏の特集は全日本選手権の振り返りに始まり、本田武史さんによる技術解説、ジェフリー・バトル/シェイ=リーン・ボーンさんによる振付師自身が紐解く「Let Me Entertain You」「天と地と」解説とつづき、巻頭特集の時点ですでに大特集という様相。しかも、それはまだプロローグに過ぎません。その後につづく、羽生氏と関わりの深い人たちによるインタビュー・寄稿、さらには各界のアーティストが羽生氏の演目をひとつ採り上げてその魅力を語るブックインブックと、特集は総計38ページにも及ぶものでした。

お茶でも飲みながら優雅なリラックス読書タイムを…と思っていたのん気な気持ちはすぐさま撤回させられます。濃い、濃厚だ。この誌面の情報をしっかりと受け止めるには、片手でティーカップを持っている余裕はありませんでした。パソコンとテレビを立ち上げ、過去のプログラム映像を紐解きながら、観て、止めて、読んで、観て、止めて、また読むという繰り返し。言葉の背景を理解するためにコチラもまた集中して臨まねばならないと思わされるものでした。

いくつか特筆するなら、まずは「SEIMEI」「天と地と」の楽曲の編集を手がけた音響デザイナー・矢野桂一さんのインタビュー。「天と地と」がいかにして生まれ、どのように調整され、何を足していったのかということを詳細に明かしてくれた2ページは、これだけでも雑誌の値段分以上の価値があるものでした。この解説を読みながら「天と地と」を再び見るのは、さらに演技の魅力を深め、解像度を上げてくれるような体験でした。必見です。

そして、「SEIMEI」の原典となる映画『陰陽師』の音楽を手掛けた梅林茂さんによる、プログラムというよりは表現者・羽生結弦に焦点を当てての「SEIMEI」論。必ずしもフィギュアスケートや羽生氏を愛でるファン目線ということではないのですが、むしろ少し遠くから俯瞰するような距離感で、作曲家・プロデューサーが演目・演者をフラットに見る視点というのは、新鮮であり貴重なものでした。楽曲自体の解説とあわせて必見です。

それからこれはもう今という時期だからこそ改めて刻みつけるべき話ですが、アイスリンク仙台の支配人である在家正樹さんへのインタビューは羽生氏への興味関心というものを飛び越えて、広く読まれるべき話だと思います。震災という危機、そして今再び襲うコロナ禍という危機。そのなかで日々をどう生き抜いていくのか。支えていくのか。悲痛な想像に傾きながら、希望に何とか心を寄せる日々というのを、改めて自分事としてとらえなければいけないなと感じさせられるお話でした。心して読むべき、必見の記事です。

↓「結局、全部必見では…?」という気がするお買い得の一冊でした!

読むときの手汗で紙がよれるので、2冊あったほうがよさそうです!

疲労困憊のNumberでした!



さて、内容は各自お読みいただくとして、この特集号を受けての気づきがありましたので、ここではそれを述べたいと思います。羽生氏が魅力的な人物であることはすでに周知の事実ですが、その要素はあまりに多岐に渡るため、「羽生氏のいいところ…たくさん!」というとりとめない表現にならざるを得ない部分がありました。そうした部分が今号の特集によって、またひとつ深い理解ができたように僕は感じています。

普段、羽生氏を論じ、語るものは「フィギュアスケーター」としての羽生氏を主としてとらえるものです。それは当然です。五輪を連覇した稀代のアスリートを論じ、語るのは当たり前のこと。そのテーマだけでも語り尽くせないほどの話があります。しかし、この号で登場した語り手というのは「フィギュアスケーター羽生結弦」を主としてとらえる人ばかりではありませんでした。むしろ、そうではない部分と向き合い、心惹かれてきた人が多かったように思います。

先に挙げたアイスリンク仙台さんの記事では、当然ですが「まだ何者でもなかった羽生少年」への思いが多分に含まれています。羽生氏の卒業論文の指導にあたった早大・西村昭治氏の寄稿では「学生・羽生結弦」との日々が綴られています。そして、各界のアーティストたちは羽生氏の表現を受け取ると同時に、羽生氏に自分の表現を与える側の立場でもあります。曲を使われ、歌でコラボするような関係のもとで羽生氏と関係を結ぶ人たちです。

そこに描き出されるのは出し手・演じ手としての羽生氏ではなく、「受け手」としての羽生氏の姿です。自分たちが提供する施設の利用者として、自分の教えを受ける学生として、自分の表現を受け取る聴き手として、何らかの価値を与える側・届ける側から見た羽生氏への賛辞というものが強く述べられていると感じるのです。

音響デザイナーの矢野氏は記事中で「彼は『SEIMEI』で、僕が理想としてきた『音楽も大事にして、ストーリーを作って、それを実現させる』という関係性を実現してくれた」と述べています。これは演者・羽生結弦への高い評価であるのはもちろんですが、それ以上に自分が追求してきた価値を理解し、賛同し、必要としてくれた「受け手」への惜しみない感謝でもあると思うのです。

アイスリンク仙台さんの記事では、リンクのために継続した多額の寄付を届けてくれる羽生氏のことが語られていますが、それは「それだけ大きな感謝」というものを羽生氏が抱けばこそであり、すなわちそのリンクの存在というものがどれほど自身にとって大きな価値があったかということを羽生氏が感じているということを巡り巡って示すものです。

バイオリニストの川井郁子さんは自身が編曲・演奏した「ホワイト・レジェンド」を用いたプログラムについて、「制作しているときから、これが一番スケートにぴったりだと感じたのが、『ホワイト・レジェンド』だった」「ここは必ず押さえて欲しいというポイントは押さえられていたので、編集されていてもあまり違和感がありませんでした」「音楽家と同じ景色を捉えている」と言います。

「天と地のレクイエム」を作曲した松尾泰伸さんは、本来の楽曲からプログラム用に編集されたバージョンについて「羽生選手はすべてのパートをいかしていた」「曲のことが、何を伝えるかがきちんとわかっている」と感嘆しつつ、震災後に何かに動かされるようにして書いたこの曲の「なまやさしいものじゃない」エネルギーを羽生氏もまた感じていることを知って「彼もこの曲に『選ばれた』人だった」と評しています。

「花になれ」を作ったシンガーソングライターの指田フミヤさんは、楽曲をプログラムに使いたいという話を受けての打ち合わせの際、リハーサルで滑る羽生氏が歌いながら練習しているのを見て「あ、歌詞を覚えているんだ、楽曲を理解して滑っているんだ」と嬉しくなり、一気に打ち解けたと振り返ります。

そこに共通するのは「冥利に尽きる」という感情です。俺の理想をよくぞわかってくれた、私の曲をよくぞ読み解いてくれた、自分たちが与えるものの価値をよくぞ理解してくれた、そんな「価値を与える者」としての喜びであり感動です。文豪は自分の作品を真に理解してくれる読者を「リズール(理解者)」と讃えたと言いますが、そういった感覚を羽生氏と交わった人はそれぞれに覚えてきたのではないかと思うのです。ひとつ、ふたつではなく、こうも口々にその感銘が言及されると。

リズム感がいい。耳がいい。よく聞き、よく学ぶ。そうした「受け手」「理解者」としての羽生氏のチカラは、深謀遠慮となってさまざまな場面で働くのでしょう。ひとつ大会に出るにあたっても、自分のことだけではなく、関わる人たち、自分の演技で元気が出る人たち、自分が活動することでリスクを与えてしまう人たち、さまざまな人の声・意見をよく聞き、理解すればこそ発言や行動も配慮と思いやりに満ちたものになるのです。

ファンを思い、大切にする姿勢は、その声援から大きなチカラを受け取ればこそ。故郷を思い、大切にするのは、自分を育んでくれた環境こそが自分のチカラの源であると理解が至ればこそ。自分が受け取ってきたものの価値を受け手としての羽生氏がよく理解するからこそ、出し手となった羽生氏もまた妥協ない演技を発揮するのでしょう。よき「受け手」であったからこそ、歴史を変えるほどの「出し手」にまで成長した……そんな順番が見えてくるのです。

土地や環境から受け取るものは、ときに無償の、もらって当然のもののように感じてしまうことがあります。日本に生まれたから平和に楽しく暮らせているけれど、そうではない場所に生まれていたらどうだったろうか。仙台でなければどうだっただろうか。なかなかそんなことは考えないものです。同じように、両親が与えてくれる愛情は無償で無限なように思ってしまうときもあるけれど、それがどれだけ大きな価値があるものなのか。「素晴らしいものをいただいた」とその価値に思いを馳せることができれば、必然として感謝と報恩の気持ちがわいてくる。受け取った価値が大きければそのぶん、大きなチカラとなって出し手としての自分を突き動かす…それが「感謝」が生み出す無限のチカラです。

今やアイスリンク仙台は金メダリストが育ったリンクとして苦境を乗り越えての存続を願われる場所となりましたが、まだ誰もいない、何もない場所にリンクを作った人がいなければ、そこに金メダリストは生まれなかったのです。禅問答のような言い方になりますが、金メダリストを育てたリンクは、金メダリストが生まれる前にそこになければ、金メダリストを育てたリンクにはなり得ない。生まれた場所、育った場所、そこに暮らす人々と文化がなければ「自分」というものはあり得ないのです。

リズール(理解者)、それが羽生結弦という人物の多様な魅力を結ぶ一本の糸なのではないか。

そういう人だからこそ、価値を持つ人たちが羽生氏の周りに集い、さらにまた高いところへと羽生氏を押し上げてくれるのかもしれません。もともとその道で名を知られたプロフェッショナルたちばかりですので、誰が相手でも全力を注ぐのでしょうが、よく理解され、もう一段の要望を出され、「あぁ、この人はわかってくれているな」という「冥利に尽きる」思いで与える価値は、きっと格別のものとなる。楽曲も、振り付けも、衣装も、それを記録する映像や写真も。

僕もまた、「こんなにもファンのことをわかってくれているのか!」とたびたび感銘を受けてきた者のひとりとして「冥利に尽きる」思いだったのだと改めて思います。そうした思いが、幸せな循環となって羽生氏のまわりを流れているのだなと思います。与えるものが理解され、さらに大きなお返しとなって戻ってくるからこそ、お互いを大事にする関係となるのだと。

今回の『Number』もそのひとつの事例として「冥利に尽きる」思いで作られたものでしょう。取材する深みがあり、掘り下げた苦労を読み手が認め、たくさんの反響がある。そういう循環のなかではタイトル詐欺とかフェイクニュースなんてものは必要とされないのです。タイトルしか読まない人ばかりだから、タイトルで詐欺をするようになるわけですからね。いい仕事は、いい受け手があればこそ。なるほど、「永久保存版」と言いたくなる内容にもなるわけですね!

↓「命懸けの曲」を託せたという作り手の想い、誌面から伝わってきました!



みんなが自分の仕事を持ち寄って支えてくれる、それもまた羽生氏の強さ!