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元気と勇気と闘志をもらいました!

熱く激しく、そして少し切ないフィギュアスケート世界選手権男子シングルの戦いが終わりました。そこで見ることになったのは、いくつか想定していた結果のなかにはなかったパターンの幕切れでした。優勝、フリーで猛追のネイサン・チェン。2位、魔物や重圧を寄せ付けず「えっぐい」滑りで飛躍した鍵山優真さん。そして3位、どこか普段とは違う様子の一日となった羽生結弦氏。

ネイサン・チェンと鍵山さんは自分のなかのベストパフォーマンスに近い演技であった一方で、羽生氏は加点がついたものも含めてジャンプが自分比でことごとく乱れ、こらえる場面がつづきました。何とかこの演技を形にしたい、せめて最後まで滑り切ってこれを届けたい、そんな姿にも見えました。この滑りではもはや金はないと察しただろうなかでも、勝ち負けだけではない何かを成し遂げるために「こらえつづけた」とでもいうような。




異例で特別な大会、それが後年この大会を物語るときの切り口となるでしょう。コロナ禍によって世界中の営みが止まっているなかで行なわれた今大会は、単にひとつの競技として勝ち負けを競うためだけのものではありませんでした。参加する選手たちそれぞれの国、開催するスウェーデン、この大会を見守る世界の人たちが、この大会を通じて前に踏み出していけるような、心に何かが灯るような、そんな大会にしたい。それは誰しもの想いだったはずです。それはスポーツの素晴らしさを知る人たち全員が信じ、願うことだったはずです、

選手たちは見事に応えてくれました。女子シングルでは強豪ひしめくロシアから、5本の4回転によって驚異的な追い上げを見せたトゥルソワ、苦しい時期を乗り越えて再び世界の舞台で輝いたトゥクタミシェワ、そうしたライバルたちの輝きをさらに上回って圧倒的な完成度を示したシェルバコワが表彰台に立ちました。ベストではなかったかもしれませんが、よくここまで来てくれた、よくここまでたどり着いたと胸が熱くなりました。日本勢は苦しい部分もありましたが、しっかりと北京五輪の出場枠「3」を確定させ、平昌五輪での「2」からの前進を示しました。世界がこれだけ進化するなかで、日本も負けずに前進していたこと、コロナ禍でもその前進が揺るがなかったことは、誇っていい成果だと思います。

↓いつも笑顔のリーザが静かに泣いた…!よかった、この大会をやって、よかった…!


そして、日本勢という意味ではアイスダンスの小松原組が、リズムダンスでの自己ベスト演技などで五輪枠を確保しました。さらにペアでは三浦・木原組が総合10位として自分たちの枠だけでなく、もうひと枠挑戦するチャンスを持ち帰りました。木原さんは「シンプルに結果を出す選手が出てくることが日本のペア競技を盛り上げる」と語りましたが、まさにそういうことを自分たちでやってのけたと思います。北京では「日本のペア競技ここにあり」をぜひ見せてもらいたい、期待が高まります。



そして、もっとも注目を集めたであろう男子シングル。素晴らしい空気のなかで行なわれる大会は、最後まで熱かった。身体の熱が高くなってはいけないぶんまで、心の熱が上がるような大会でした。4回転を組み込んで「コロナ禍であっても」自分をさらに高めようと取り組んだジェイソン・ブラウンの演技や、たったひとりで枠取りに臨む伝統国カナダのエース、キーガン・メッシングの素晴らしい演技が、まだ全員滑り終わらないうちに「この大会をやってよかった」と思わせてくれます。

日本の宇野昌磨さんも、そんな演技を残してくれたひとり。序盤は「q」マークがつくような際どい回転のジャンプ、ステップアウトもあるあやうい立ち上がり。そんなあやうさを抱えたまま、後半の3ジャンプ全部をコンボにしないといけないという緊迫感ある状況ですが、宇野さんは尻上がりに落ち着きを見せ「あやうさ」をねじ伏せていきます。全日本のあと「うまくなりたい」と語った宇野さんですが、むしろ「強くなった」と感じさせる演技。コロナ禍では推奨されないことかもしれませんが、演技後にランビエールコーチと「男の抱擁」を見せたとき、野太い心の声を僕もあげていました。「おおおおし!」と。さすが平昌五輪銀メダリスト・宇野昌磨でした!



そして、ネイサン・チェン。ショートでは転倒もありましたが、5本の4回転を含むフリープログラムの構成であれば十分に追い上げは可能です。次々とジャンプを決めていくネイサン・チェンと、無観客のはずなのに関係者のあげる声だけでそこに「大観衆」がいるかのようになっているアリーナ。「コロナですよ!」などという注意喚起すら上回っていくような興奮の演技は、222.03点という高得点。さすがネイサン・チェン、お見事でした!お見事でしたが……ただ、この日が誰の日であったかと言えば、次の演技者・鍵山優真さんの日だったでしょう。前門のネイサン・チェン、後門の羽生結弦氏。ふたりの強者に挟まれて世界選手権初出場の鍵山さんが「さぁどうぞ」と押し出される。普通なら震え上がって、足がすくむようなシチュエーションです。

しかし、鍵山さんはこんなシチュエーションを平昌五輪の金と銀に挟まれた全日本で経験済み。そして試合後には「優真のよさは負けん気の強さや勢いだから」「何かあったら俺が守るから」という金言ももらいました。遠慮するのではなく、挑みかかっていけ、と。計算上すべてをベストでやっても届かないだろうことはわかっていても、それでも向かっていく、そんな頼もしい滑りで「アバター」を演じていきます。

序盤の4回転は見事な出来栄え。TESカウンターもまさにアバターのような美しい緑色のサインを並べていきます。後半のジャンプにはやや乱れもありますが、スピードは最後まで落ちず、世界を戦うための気力・体力も十分に備わっていることを示します。これでまだ17歳。同じ年頃の羽生氏は「伝説のニース」を歴史に残したわけですが、あのときの羽生氏は最後はチカラを振り絞るような演技でした。滑り終えても元気っぱいの鍵山優真さん、何と末恐ろしい17歳か。

そんな演技を見たあとだけに、演技後のキス&クライにはホッとするところもありました。ニコニコの笑顔で手を組み、祈り、高得点が出て自身のメダルが確実となったあとは飛び上がって喜ぶ姿は、17歳らしい無邪気さのある微笑ましいものでした。小さくマイクが拾った「やったー」の声が、かしこまったインタビューとは違う「本当の感想」のようで、その言葉が聞けたことが嬉しくなりました。天真爛漫、このまま大きくなって欲しいなと思いました!

↓お父さんを世界の表彰台に連れていった!親子二代での悲願、成る!


「今日はきっと素晴らしい日になる」と思って迎えた最終演技者・羽生氏の演技。トップとの差は213.90点。公式の記録としては自己ベスト以上のスコアとなりますが、新フリープログラム「天と地と」が全日本で叩き出したスコアはその差よりも上の215.83点です。国内大会特有の爆盛り採点などない全日本で、まだ初演のプログラムが出したスコアが上限であるはずがありません。このプログラムにはもっと上がある。ならば、何の問題もありません。自分の演技をすればいい。

しかし、振り返ってみればこの日の羽生氏は不自然でした。まず会場入りした時点で衣装を着ているという異例の登場に始まり、本来ならもっと身体を動かしているであろうアップの時間にも目を閉じて壁に寄り掛かっていました。瞑想のようでもありましたが、疲労困憊のときの仕草のようでもあります。異例の大会ゆえのものか、移動時のトラブルなどからくる蓄積か、どことなく元気がありません。

滑り出した羽生氏、最初のジャンプで不自然さはハッキリと不安へと変わります。冒頭の4回転ループでは着氷時に足を滑らすような動きとなり、前のめりに手をつきます。つづく4回転サルコウでも着氷自体はできているのに、足元からグラッと崩れてこらえる格好に。ついには世界一のトリプルアクセルも大きく態勢を崩すジャンプとなり、コンビネーションにすることができません。ヒザにチカラでも入らないのかと思うような動きです。よくない。これでは優勝はない。まさかこんな展開になろうとは。

ただ、それでも最終演技者として、五輪二連覇の王者として、最後までこの大会に尽力するように羽生氏は滑りつづけます。演技後半は4回転のコンボを美しく決め、何とか立て直していきますが、ジャンプとしては最後となったトリプルアクセルは再び乱れて、リカバリーのコンボはつきませんでした。本来であればどこかにあったはずの2回転トゥループと、それがつけば生じなかった繰り返し減点のぶんを計算すると惜しまれる部分もありますが、この日は羽生氏の日ではなかったのでしょう。

演技を終えて、少し顔を歪めた羽生氏。心を整えて笑顔を見せますが、足取りは重たく疲労感が滲みます。キス&クライで得点に首を振り、ボトルを持つ手にチカラを込めた姿を見て、きっとこのあとのインタビューでは「早く練習したいです。練習したいです。練習します。練習」の早口反省会が始まるだろうと思ったものですが、どうもそうすることもできないくらいの状態である模様。リモートインタビューやプレスカンファレンスでも、物静かな語り口のままです。

何があったのかは語られませんでしたが、何を語ったとしても、こちらから言うことは同じです。来てくれて、ありがとう。演じてくれて、ありがとう。まずはゆっくり休んでください。すべての選手にそう思うなかで、一層の強さでそう思うだけです。お疲れ様でした、と…!

↓「天と地と」の完成形はまだお預け…!この先の未来を楽しみにします!


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とまぁ、「推し」観点からは少し切ない結果でしたが、今大会はそもそもが結果がすべての大会ではありません。こうした苦境のなかでもこの大会をやることで、世界にいい影響がきっとある、そういうチカラを信じて、そういうチカラを発揮することに意義がある大会です。「最高の羽生結弦」は出せなかったかもしれませんが、素晴らしい演技がたくさん生まれ、そこに羽生氏も居並んだことで、この大会は甲斐あるものとなりました。フィギュア界がひとつとなって、前向きな気持ちを世界に届ける、その営みが成し遂げられました。

僕も数秒呆然としていましたが、逆に燃え上がるような気持ち、前向きな闘志がわいてきて、むしろ大会前よりも元気になりました。そして改めて思いました。この気持ちが好きなのだと。羽生氏は五輪二連覇の強者ではあるけれど、「勝者」というイメージではくくれない存在です。いつも苦境に立たされ、どれだけ勝ちを重ねても、さらに上にある「理想」に跳ね返されてきました。言うなれば、負け続けてきた。勝ち誇る時間はとても短く、表彰台を降りればすぐに苦闘が始まっていた。

だからこそ、この炎は長く燃えるのだと思います。

今26歳、北京五輪では27歳。この競技においてはベテランの域に入っていますが、いまだ羽生氏は挑戦をつづけています。4回転アクセルという未踏の偉業も成し遂げたいですし、それを含んだ「天と地と」の完成形も実演として歴史に遺したい。時間は多くないかもしれませんが、あと1年後にはすべてを捧げて挑めるような舞台もあります。そこに向かって、この燃えるような気持ちを抱えていられるのは嬉しい限りです。羽生結弦が飽くなき挑戦者でなかったら、今頃はもう勝ちも負けもなく平穏で、ただし燃えるような闘志も必要としない静かな時間だったことでしょう。

悔しかったり、

苦しかったり、

切なかったりする、

その心の動きすべてがありがたい。

ドーンと喜ぶのは未来の楽しみにとっておきます。

その頃には遠慮なくパレードとかできる世界になっているといいですね!



「天と地と」の完成形が披露できたら、その日は「羽生結弦の日」になります!