2014年11月20日

水の泡になって消えたっていい

先日、友人たちとアナと雪の女王の話になり、私も友人たちの勧めで前に観たので、雪だるまが最高に可愛かったと感想を言った。

友人たちはやはり曲が好きらしく、るんるん歌っていたのですが、私はあんまりぐっとはきていなくて、ディズニーの曲だとアンダーザシーがやっぱり一番好きなのです。
曲は最高にごきげんだし、歌詞は楽しいのに切ない気持ちになるし。


なので、歌詞を載せます。

一回日本語訳が改訂されたらしく、新バージョンと旧バージョンの映像があるらしいのですが、私は旧バージョンのビデオを持っていて馴染みがあるし、新バージョンを聞いたらやっぱり旧バージョンの方が歌詞が好きだったので、旧を載せます。
じぶんのブログなのでたまにはこういうわがまま?ぜいたく?なことしよう。うん。



アンダー・ザ・シー - 1989 ,UNDER THE SEA JAPANESE 1989

http://youtu.be/EGArJLKPq9Y


アリエル よく聞いてくれ
人間の世界は最低だよ
海の底の世界こそ
どこよりも楽しいんだから


嵐でも 海草の
林は 安心
どこへも 行かないで
海底に いよう

海のれんちゅうは 
いつでも 陽気
見てごらん まわりを 
みんな集まった

すばらしい
すばらしい
海底で のんきにしていよう
陸じゃ 立ってるだけで 
くたびれるけれど
海じゃ うきうき 
自由なのさ!
すばらしい

海に住んでハッピー
水は ひろびろ
陸に住んで 気の毒
魚だって 水槽
それだって まだラッキー
運が悪けりゃ
突然 空の上
料理されちまう
オー ノー! 

海底は
すばらしい
水の泡になって
消えたっていい

波の下の青い
世界で 暮らそう
すてきな暮らしだ
海の底

すばらしい
すばらしい
海の底

生きてるだけだって
いいじゃないか
いいじゃないか

遊ぶチョウザメ
おどるエイ きいてきいて
海の底の音楽 
アンダー・ザ・シー

ウミトカゲ フルート 
スズキはハープ
ヒラメはベース最高
ブラスなりひびき カレイのソール
タラもマスもイワシも総出で
リズムに乗って 音楽だ
フグが ふくらんで ふきまくる

アンダー・ザ・シー
アンダー・ザ・シー
イワシ 並んで ぎっちり ビギン
甲羅と鋏 音たて 
おれたちゃ海のバンド
貝殻たちも鳴れ 
アンダー・ザ・シー
海牛ひらひらジルバ 
アンダー・ザ・シー
海底ほど いいところは ほかにない
すばらしい
たのしく すごすのさ
アンダー・ザ・シー

viva115 at 07:45|PermalinkComments(0)

2014年11月04日

最近のぼくら

短い期間でいろいろ観たり聞いたりした。

11/1(土) 石橋英子ともう死んだ人たち car and freezer festival'14@六本木スーパーデラックス 
11/2(日) 4限で待ち合わせ(岡村靖幸/清竜人25)@早稲田大学
11/3(月・祝日) キャラクラッシュ展@カオスラウンジ
11/3(月・祝日) DOMMUNE大学@3331千代田アーツ

濃かったし、なにより car and freezer FESでの、石橋英子ともう死んだ人たちが
かなり、私の心に余韻を残している。

あの、真夏に真っ青な空を見上げたときに目の端に見える、
つるりとした光の輪みたいなジムオルークのギターの音。


あの、静かに生きる奇人ばかりの音楽家たちの美しい演奏。 


美しい音の景色を描くことが、彼らの仕事であり、人生で成すべきことであり、それしかできない、

それ以外はすべておまけで、

彼らの人生の求めることは、とにかくそれなのだと思った。


ほんとうに美しかった。







人生でじぶんが求めているものの断片が、そこにはあったと思う。

私は、私が思うよりずっと音楽が好きなのではないか、と思った。



彼らの演奏を聴くことによって、死ぬまで埋まるとは思っていなかった、

わたしの欠けた部分がカチリと埋まる音がした。


世界の隅で、そのとき、完全に満たされたと感じた。 




そうか、わたしの何かが円になるには、わたしの欠けたところは、なんの思想も、言葉も、埋められないんだ、

音なんだ、と思った。


それが分かって、嬉しいと同時に、少し悲しくなった。




たぶん、いつか死ぬ瞬間にこの景色を思い出すんだろうな、と思った。



viva115 at 22:59|PermalinkComments(0)

2014年10月12日

不安の末裔

先日あったこと。長いんですが、記しておきます。


先日、仕事が終わって銀座線に乗り、いつも通り渋谷駅で降り、井の頭線に乗り換えようとしたら、
何やら駅の改札付近が人でごったがえしていて、騒然としていた。
その時18時半ぐらいで、ある駅で少し前に人身事故が起き、全線運転を停止しているとのことだった。 
運転再開は19時20分です、とやたら詳しいアナウンスが流れた。
それを聞いて、そこにいた人が散り散りにどこかへ消えていった。

私は、ちょうど携帯電話の充電が切れていた。
ああ、運が悪い、と思った。


そしてなぜかその時、歩いて帰ろうと思った。

疲れてはいたけれど、どこも混んでいるだろうし、夜の騒がしい渋谷であてもなく時間をつぶすのは嫌だった。
私の住む駅は渋谷から歩いて1時間くらいで行ける。
運動目的で数日前に歩いて帰ったばかりだった。 

道に関してはほとんど線路に沿って行けば大丈夫なはずだった。
数日前は携帯電話のマップを使ったが、私は方向音痴ではないから、自信があった。
大きめのペットボトルの水を買って、私は歩きだした。


神泉までは、順調に行けた。
神泉駅から住宅地に入り線路が見えなくなるが、線路と平行に進んでいった。

しばらくすると、見たことのない道だと思った。
少し不安になり、とりあえず線路を見て安心してリセットしようと、
線路の方向へ進んでいった。
こんなとき、携帯が使えればどんなに安心しただろう。汗ばんだ手で、だめもとで電源のボタンを押してみた。
充電してください、というマークが、やけに白く光って、消えた。


線路がない。
おかしい。
どんどん、どんどん進んでいった。
自分の感覚としては、線路に対して垂直なぐらいまっすぐ線路に向かって進んでいたと思う。

そう、思う。

結局、線路はなかった。
人が増えてくると駅がそこにある。
数人の人が歩いていたのですがるようにして進んでいった。


私は大きな道路に出た。
目黒?
よく分からなくなって混乱した。くそ、地図を見れば一発で分かるのに。
こんなときはコンビニか交番だ、と思い、何食わぬ顔をして内心必死でその二つを探したが、
あんなにどの街にも馬鹿みたいに多いコンビニがその大きな道路には一つもない。
交番もない。


もう、渋谷に戻ろうと思った。
標識や、車の流れを見て、とにかく渋谷の方向を探りながら進んだ。
「渋谷○○不動産」という、遠くの高いビルの看板を頼りにして進んだりもした。

気がつけば、神泉の街の入り口にいた。
こんな方向から神泉に入ったことがない。でもとにかくここは神泉だった。
一回止まって水をぐびぐび飲んで、歩いた。
つい数十分前、序盤に歩いた繁華街に、気がつけば入っていた。
もう渋谷だった。疲れ果てていた。
どこかにある時計を見たら、もうすぐ電車が動くとアナウンスされていた19時20分だった。

あはは、長い散歩しちゃったよ、と自嘲するように思った。
ふらふらとマークシティの裏口から入り、マークシティ側の井の頭線の改札に行った。


その改札前には、扇状にたくさんの人が集まって、突っ立っていた。
すぐ状況を把握した。
まだ構内に入れないのだ。運転ももちろん再開していない。
なんのアナウンスもない。
恐らくあの19時20分再開のアナウンスを聞いていた人たちが、また集まってきて、
再開した一番の電車に乗ろうと目論んでいたのだった。

帰宅ラッシュの時間帯だったから、皆それぞれの約束があったのだろう。
皆無言で、とても空気がピリピリしていた。
一切情報が変わらずただぴかぴかと点滅するだけの電光掲示板をひたすら眺めている人や、
うつむいている人、いろんな人がいた。
たまに一番改札に近い学生がもう入れるかと定期をかざしたが、ピンポーン、ピンポーンと赤く点滅し拒否された。
情報がなかった。なんだか異様な光景だった。
まるで何かの災害が起きたようだ、と思った。



情報のなさに震えながらも、私も、その中に加わり、とにかく待とうと思った。


そして自分が暇をつぶせるものを何一つ持っていないことに気がついた。
まず何度も言うように、携帯が使えない。携帯を音楽プレーヤーとして使っているので、音楽も聴けない。
本も最近は持ち歩いていない。
手帳も、ノートも持っていない。
一応バックを探してみたが、何もなかった。
諦めてリップクリームを塗った。そういうものしかない。


周りの人を眺めるぐらいしかやることがなかった。
いろんな人がいた。
音楽を聞きながらどこかから来て、突っ立っている人の間をすり抜けて改札に定期をかざし、
ピンポーン、ピンポーンと何回も改札に拒否されてようやくイヤフォンを外して
電光掲示板を見て状況を把握する人。
券売機の駅員呼び出しボタンを押し、そのスピーカーに向かって
「いつ動くんですかぁ?」と怒りのこもった声で喋る女性。


そんな中、私は頭の中で、これから持ち歩くべきものリストを作っていた。
まず、携帯が切れない様にポータブルの充電器を持ち歩く。
電池式だから、2回充電できるくらいは電池を持ち歩こう。
そのためのケースを買わなくては。電池のケースってどんなだ?あとで調べよう。
あと、本一冊。何が良いかな。こんなとき読んで安心できるものがいい。
あとで本棚を見て決めよう。
そしてノートとペン。本を読むのに飽きたら、自分で何でもいいから絵なり文なりを書く。
また、非常時は何かに絶対に使えるはずだ。
あとは、渋谷駅から自宅までの地図。
今回、自分の能力を完全に過信していた。距離は数キロしかなくても、
私は地図がないとうちに帰れないということが分かった。
万が一電源が完全になくなってしまってもうちには辿りつけるように、
とにかくPCでプリントアウトしたものでもいいから、地図は持とう。
紙で。


どのくらいの時間が経ったのだろう。
突然、ピンポーン、と言って、改札の人を止めるストッパーが開いた。
誰かが入っていく。一応、定期をかざすが、何も反応しない。入ってもストッパーは開いたままで、何も鳴らない。
でも、とにかく開いて、入れるようだ。

なだれ込むようにして人が入っていった。
罪悪感からか、反応しないとは分かっていても、一応定期を押し付ける人が半分くらいいた。
私も一応押し付けたが、馬鹿みたいに見えた。


電車がちょうど来ていて、マイナーな改札の方から入ったからか、その付近は空いていて、座れた。
隣に座った中年の女が、発車の直前まで電話で誰かと話していた。耳に響いて痛かった。
大きい声で、ごめんねぇ〜、と親身な明るい声で言う。孫に買うプレゼントの話をしていた。
灰色がいいかしら、ねえ、またね、うん、じゃあね、またメールするね〜、ばいば〜い。
切ると、電車の中に静寂が訪れた。
女も、無表情で(顔は見えなかったが、笑顔の気配は消えた)携帯をいじりはじめた。
背景、と思った。
彼女の世界で私たちは背景。毎日どこかで見る光景で、当たり前のことなのだが、
この日は不安なことが立て続けに起きて私の精神に少しづつダメージを加えていって弱っていたからか、
その事実がボディブローのように効いた。

きっといつか起こる災害。
ここでそれを迎えてしまったら、どうなるんだろう。
不安の連鎖が人から人へ、人から自分へ行き、細胞を行き渡って行き止まりになっていた。

恐らくもうあの日の一連のことを、ひとつの「予定が狂った、うまくいかなかった日常の事象」として
印象に残らず忘れている人もかなりいると思う。
実際ただの人身事故で、電車が止まっただけなのだ。

でも、私は
あの日からずっと、喉につかえたように、不安の塊が残って、抜けない。




あの頭の中でつくったリストはやっておこう。

できることは、やっておこう、と、ただ、思った。



viva115 at 22:08|PermalinkComments(0)