2015年08月08日

ありあまる富

久しぶりにブログ、というか文章を書きます。







この前の日曜日につらいことを人に言われて、とても落ち込んでいたのですが、

ふと、

その数日後の会社帰り、

高校生ぐらいから今までの、人にやさしくされたことを思い出していました。


近所のスーパーで買い物をしていたのですが、

気が付けば豆腐とかを手に取りながらボロボロ泣いていました。



やさしさ。




記憶の話なんですが、

わたしはどうやら記憶において、だれがいつどんなことを言った、

ということはすぐ忘れてしまい、

そのときの風景だけ残るという形式なのだと気づきました。



例えば人にやさしくされた記憶なども、

私が悲しくて泣いているところに、その人がそばにいてくれた、

顔をあげたらその人がいた、

というような瞬間の景色、

その時いてくれた人の姿や、やさしさの気配のみが残っています。


間違いなくその時何か言葉をかけてくれたはずなのに、


記憶の中の彼ら、彼女らは何も語らず、

ただ、同じ空間にいて、泣いている私を見つめています。



限りなくやさしい気配で。



言葉は忘れてしまう。



人生のいろんな場面で、

つらいとき、そこにいてくれたひとたちの姿を、

いつまでも覚えていられたらいいなと思います。




あたたかく日々変化していく身体と心をただよわせて、


これからもきっといろんな人々と出会い、傷つき、救われていくのだと思いますが、



いろんな人とその場その場で支えあいながら生き抜きたいなあと思います。



(久しぶりに書いたら、なんかすごい文章かたいな…もどかしいな!もどかしいなおい!)

viva115 at 15:57|PermalinkComments(0)

2015年05月24日

おいしいのとうつくしいのはおなじ

このまえ七尾旅人のライブを観たとき思ったこと。


人の想像力こそが宝であり、
それを目撃したりみたりきいたり体験したりできるから、私は生きている。
感動する。
現実だけじゃとっくに死んでいる。




砂の王国を、一緒に一生見ていたい。
その場にいる誰かと。


じぶんの頭の中にある世界、それを信じ、それを表現し、結果的に自分と他人を癒す人々を、わたしは尊敬する。







それが音楽や文章や絵などだけじゃなく

ごはんをつくることも同じだって知ってる?





わたしはそれを知ってる

viva115 at 18:44|PermalinkComments(0)

2015年02月22日

説明ぬきで

なめらかに音楽にのって

音楽を演奏してもしくはボタン一つで鳴らして

からだをゆらして


笑う


説明ぬきで




あなたの声は極上

意味なんて考える前に最高とわかる




だからもっと歌ってくださいな

それ以外の理由なんていらないから



もっと鳴らしてくださいな

もっと書いてくださいな

もっと話してくださいな




もう余計なことは言わないから








運命にまかれて


日常に消える



もっとなにも考えないことが必要



わたしも君も
 

viva115 at 14:24|PermalinkComments(0)