2014年08月23日

ポップなミュージックが教えてくれたこと

「誰でもロンリー」というYUKIの新曲が発売された。

YUKIのシングルはオリジナルとは別に、いつも旬な人のリミックスが付く。
今回はSeihoとやけのはらだった。

Seihoはマルチネの東京で初めて生で観たのだが、才能しか感じない。シュガーズキャンペーンというめちゃくちゃ良いバンドも組んでいる。
やけさんは旅人繋がりで知り、いいラッパーでもありいいトラックメイカーでもありいいDJでもある。
文章もクレバーで、やけさんがやろうとしていること、つくる音が私はとても好きだ。
どっちも私が注目して追いかけてる人々のひとりだ。

今年、藤井隆とTofubeatsがコラボレーションしてシングルを出したときも思ったし、
今回のYUKIのリミックスをSeihoややけのはらがやったのを知った時も思ったのだけど、
田舎にいるときからずっと好きだった人々が、東京に来て知った今好きな人々と作品をつくっていると、
夢みたいで、生きてみるもんだなと思う。


今日は土曜日で、下北沢のイタトマでアイスコーヒーLサイズを飲みながら、
店長(私が前にバイトしていた古本屋で店長をしていて今は自分のお店を開いている)が勧めてくれて買った、
ミュージシャンで本屋もやっていた早川義夫の「たましいの場所」というエッセイを読んでいた。

通勤電車の中でちょっとづつ読み進めていたのだけど、
ほんとうに文章がいいので、何度もじんとして泣いてしまった。

休日なので、心行くまでテラス席で読んだ。

彼の文章は、自分の言葉で書かれている。
いろいろ読んだけど、こんなにいいエッセイを読んだのは初めてだった。

わたしも自分の言葉で話したいし、書きたい、と思った。
自分ではない何者かになろうとしていたから、格好つけようとしていたから、
何も語れなかったし書けなかったのではないかと自分を省みた。


日も暮れてきたので、中断して家まで歩いて帰った。
空気が青みがかっていて、もう夏が終わりそうな気配だった。

数十分の短いあいだ、
すでにヘビロテしているおとといダウンロードしたばかりの「誰でもロンリー」を聴きながら帰った。
Seihoリミックス。これ、ほんとうにいいリミックスなのだ。


そうしてふと思ったのが、YUKIの昔のシングル、「JOY」のことだった。

私にはまちがいなく、「JOY」によって生かされていた時期があるのを思い出したのだ。


言葉には力がある。
その歌詞は、彼女の世界に対する宣誓だった。

私には当時、そういうふうに聴こえた。今も、そういう風に聴こえている。

なぜ「JOY」のことを思い出したかと言うと、歌詞の構造というか、何かが似ていたからだ。
それで、彼女がずっと表していることを再確認したのだ。

暗さと明るさが共存していて、何かを良いとも悪いとも言わない。

彼女は現実をしっかり見据えているし、恐らくとても暗い人なのだが、
暗いままでも、私は現実すべてを楽しんで生きるぞ、ということだった。
彼女は、暗さに甘んじない。明るいのだ。それが彼女の戦い方なのだ。
楽しむという姿勢で、生きてるだけで普通の人なら死にたくなる世界と戦っているのだ。


私は彼女の宣誓を聴いて、励まされ、どん底を生き延びた時期があった。
ぐちゃぐちゃの現実でも楽しむという戦い方を彼女が教えてくれたのだ。

馬鹿にするならすればいい。
これは事実なのだから、しょうがない。

(私の中で)星野源氏もそうだけど、
現実を見据えた暗い人間がつくる最高にポップなミュージックは最高のパターンが多い。



泥をはいずりまわって、ボロボロになりながら、これからも笑顔で踊り続ける。
それは最高に格好いいと私は思うのだ。 続きを読む

viva115 at 20:22|PermalinkComments(0)

2014年08月10日

今を生きるとかもうダサいでしょ

台風が近づいてますね。
昨日髪の毛を染めてうきうきですが、明日会社で怒られないか心配です。
中高生かよ。

突然ですが、今をときめく大森靖子さんの「あまい」という曲が良いんですよ。
 

「君が買ってきた魔法のダウニー
ふわふわのタオルにふたりくるまって
今を生きるとかもう古いでしょ
なるべくずっとこうしていようよ」

「うち汚いけどベッドの上だけ
綺麗にかたして幸せのステージ
今を生きるとかもうダサいでしょ
なるべくずっと一緒にいようよ」

曲調もドラマティックですばらしいんですが、
歌詞が本当に素晴らしいですね。
もうめちゃめちゃな恋愛の歌詞なんですけど、
不思議と感動があるんですよ。

「今を生きるとかもうダサいでしょ
なるべくずっとこうしていようよ」

が本当に衝撃で。
この人は完全に今を生きてる系の人なんですが、
この曲は素の家でだらだらしている自分を描いたみたいなことを言ってたんですが、

「今を生きる」と言って頑張ることなんてどうでもよくなるほど
この時間が永久に続けばいいのにみたいな感情が、新鮮なままパックされてるんですね。

椎名林檎のギブス、もしくは依存症という大名曲がありますけれども、
2人の世界だけ、それだけしかない、
この世から他のものまったくなくならせるレベルの、
この曲の中にギューっとした超強力な怨念レベルの磁場が発生してるんです。 


私今恋愛とかしてもいないし自分と重ね合わせてどうこうっていうことが1ミリもないんですが、
不思議と感動してしまったのです。

こういうのって、色恋沙汰に限らないと思うんです。


「誰にもわかってほしくないから 日記に書かない幸せ」


誰にもわかってほくないし、
正気なんていらないし、
こうしてるだけで幸せじゃん、
ってことが必要だと思うんです。


というのは、私が最近考えていることに繋がっていて

こんなの1兆回言われてることだと思うんですが、
人は居場所が必要だと思うのです。

きちんというと、
本当に人は我を忘れることが出来る場所が必要なのだと思うのです。

それが趣味だったり面白いイベントや祭りに参加することであったり
アイドルが好きなみんなとアイドルを観ることであったり
大好きなバンドやミュージシャンのやDJのライブに行って踊ったりすることだと思うのです。

皆さんの正気を忘れさすことが出来る磁場のある場所を
創造することができる人々は素晴らしいと思うのです。

もはやこの世の正気とかどうでもいいんですよ。
私は正気でやってる音楽もかなり好きなのですが、

今は正気を忘れさせてくれる磁場をつくる人を観たい。

だって否が応でも起きてるうちのほとんどの時間は正気で生きていかなきゃいけないんですから。


そう思いませんかみなさん。

私はそう思います。

 

viva115 at 14:19|PermalinkComments(0)

2014年05月07日

東京

2014.5.6


東京に憧れていた。
静かな地方都市で、借りた音楽雑誌を読み、イヤホンで耳をふさぎ、
遠くの東京に思いを馳せていた。


わたしに衝撃をくれた音楽は、いつも東京で鳴っていた。



実際はそれらの音楽は地方発信で、東京に集まってきているだけだったりもしたのだけど、
彼らが集まる街、興味と興奮と混沌の渦巻く世界に早く行きたかった。


逃げるように東京の大学に入学し、上京した。


バンドサークルに入り、4年間は夢中だった。
そこにいた先輩たちは、たくさんのいい音楽を知っていた。
いい音楽を鳴らすこともできた。
楽器を弾き、音楽を鳴らす人たちが近くにいるのは、最高に刺激的だった。
東京で活動するバンドの現実も目の当たりにした。

わたしの眼は開かれ、海綿のようになにもかもを吸収した。

サークルでは、それぞれがいいと思うものをコピーし、共有して、自然にたくさんの音楽を知ることができた。




結局わたしは卒業するまで楽器が弾けないまま、歌もそこそこに、
リスナーのままで卒業した。

聴くのが好きで好きで仕方なかったし、それで満足だったんだ。





東京。

卒業しても友人と、その時々で「これはやばい」と思うものを教え合った。
偏りはかなりあるが、
自分が興奮できる方向へ、少しづつ興味を広げていった。

興奮できる幅が広がっていくのが楽しい。
ありとあらゆる良さを分かるようになることはあまりにも楽しい。



一方で、



もう二十代も後半だと言うのに、
いつでも、頭を石で殴られるような衝撃を探している。




もっと、もっと、音楽で刺激をくれ。
笑っちゃうくらいに、刺激的なものを、踊れるものをくれ。
 



昨日、マルチネレコード主催の「東京」というイベントに行った。

最高だった。



なんていうか、「なめられている」という感じが1mmもしなかった。


完全なる主観なのだが、バンドだと、ちょっとそういうところが出てしまいがちだ。
この曲やっときゃ喜ぶだろ、というか、
すりよられている、というか、自分はお金出して観ている客なんだ、
と我に返ってしまう感じ。



昨日は、全然そんな感じじゃなかった。

今出せる彼らが思う最先端、最高をぶつけられた感じだった。



私の中で東京は、一番刺激的でいて欲しい街。

その定義でいくと、
2014年、これが今の「東京」のど真ん中だな、と思った。






私は知ってそんなに期間は経っていないので、まったく語れはしないのだけど、
そんなことを思ったんだ。




viva115 at 00:04|PermalinkComments(0)