2014年10月12日

不安の末裔

先日あったこと。長いんですが、記しておきます。


先日、仕事が終わって銀座線に乗り、いつも通り渋谷駅で降り、井の頭線に乗り換えようとしたら、
何やら駅の改札付近が人でごったがえしていて、騒然としていた。
その時18時半ぐらいで、ある駅で少し前に人身事故が起き、全線運転を停止しているとのことだった。 
運転再開は19時20分です、とやたら詳しいアナウンスが流れた。
それを聞いて、そこにいた人が散り散りにどこかへ消えていった。

私は、ちょうど携帯電話の充電が切れていた。
ああ、運が悪い、と思った。


そしてなぜかその時、歩いて帰ろうと思った。

疲れてはいたけれど、どこも混んでいるだろうし、夜の騒がしい渋谷であてもなく時間をつぶすのは嫌だった。
私の住む駅は渋谷から歩いて1時間くらいで行ける。
運動目的で数日前に歩いて帰ったばかりだった。 

道に関してはほとんど線路に沿って行けば大丈夫なはずだった。
数日前は携帯電話のマップを使ったが、私は方向音痴ではないから、自信があった。
大きめのペットボトルの水を買って、私は歩きだした。


神泉までは、順調に行けた。
神泉駅から住宅地に入り線路が見えなくなるが、線路と平行に進んでいった。

しばらくすると、見たことのない道だと思った。
少し不安になり、とりあえず線路を見て安心してリセットしようと、
線路の方向へ進んでいった。
こんなとき、携帯が使えればどんなに安心しただろう。汗ばんだ手で、だめもとで電源のボタンを押してみた。
充電してください、というマークが、やけに白く光って、消えた。


線路がない。
おかしい。
どんどん、どんどん進んでいった。
自分の感覚としては、線路に対して垂直なぐらいまっすぐ線路に向かって進んでいたと思う。

そう、思う。

結局、線路はなかった。
人が増えてくると駅がそこにある。
数人の人が歩いていたのですがるようにして進んでいった。


私は大きな道路に出た。
目黒?
よく分からなくなって混乱した。くそ、地図を見れば一発で分かるのに。
こんなときはコンビニか交番だ、と思い、何食わぬ顔をして内心必死でその二つを探したが、
あんなにどの街にも馬鹿みたいに多いコンビニがその大きな道路には一つもない。
交番もない。


もう、渋谷に戻ろうと思った。
標識や、車の流れを見て、とにかく渋谷の方向を探りながら進んだ。
「渋谷○○不動産」という、遠くの高いビルの看板を頼りにして進んだりもした。

気がつけば、神泉の街の入り口にいた。
こんな方向から神泉に入ったことがない。でもとにかくここは神泉だった。
一回止まって水をぐびぐび飲んで、歩いた。
つい数十分前、序盤に歩いた繁華街に、気がつけば入っていた。
もう渋谷だった。疲れ果てていた。
どこかにある時計を見たら、もうすぐ電車が動くとアナウンスされていた19時20分だった。

あはは、長い散歩しちゃったよ、と自嘲するように思った。
ふらふらとマークシティの裏口から入り、マークシティ側の井の頭線の改札に行った。


その改札前には、扇状にたくさんの人が集まって、突っ立っていた。
すぐ状況を把握した。
まだ構内に入れないのだ。運転ももちろん再開していない。
なんのアナウンスもない。
恐らくあの19時20分再開のアナウンスを聞いていた人たちが、また集まってきて、
再開した一番の電車に乗ろうと目論んでいたのだった。

帰宅ラッシュの時間帯だったから、皆それぞれの約束があったのだろう。
皆無言で、とても空気がピリピリしていた。
一切情報が変わらずただぴかぴかと点滅するだけの電光掲示板をひたすら眺めている人や、
うつむいている人、いろんな人がいた。
たまに一番改札に近い学生がもう入れるかと定期をかざしたが、ピンポーン、ピンポーンと赤く点滅し拒否された。
情報がなかった。なんだか異様な光景だった。
まるで何かの災害が起きたようだ、と思った。



情報のなさに震えながらも、私も、その中に加わり、とにかく待とうと思った。


そして自分が暇をつぶせるものを何一つ持っていないことに気がついた。
まず何度も言うように、携帯が使えない。携帯を音楽プレーヤーとして使っているので、音楽も聴けない。
本も最近は持ち歩いていない。
手帳も、ノートも持っていない。
一応バックを探してみたが、何もなかった。
諦めてリップクリームを塗った。そういうものしかない。


周りの人を眺めるぐらいしかやることがなかった。
いろんな人がいた。
音楽を聞きながらどこかから来て、突っ立っている人の間をすり抜けて改札に定期をかざし、
ピンポーン、ピンポーンと何回も改札に拒否されてようやくイヤフォンを外して
電光掲示板を見て状況を把握する人。
券売機の駅員呼び出しボタンを押し、そのスピーカーに向かって
「いつ動くんですかぁ?」と怒りのこもった声で喋る女性。


そんな中、私は頭の中で、これから持ち歩くべきものリストを作っていた。
まず、携帯が切れない様にポータブルの充電器を持ち歩く。
電池式だから、2回充電できるくらいは電池を持ち歩こう。
そのためのケースを買わなくては。電池のケースってどんなだ?あとで調べよう。
あと、本一冊。何が良いかな。こんなとき読んで安心できるものがいい。
あとで本棚を見て決めよう。
そしてノートとペン。本を読むのに飽きたら、自分で何でもいいから絵なり文なりを書く。
また、非常時は何かに絶対に使えるはずだ。
あとは、渋谷駅から自宅までの地図。
今回、自分の能力を完全に過信していた。距離は数キロしかなくても、
私は地図がないとうちに帰れないということが分かった。
万が一電源が完全になくなってしまってもうちには辿りつけるように、
とにかくPCでプリントアウトしたものでもいいから、地図は持とう。
紙で。


どのくらいの時間が経ったのだろう。
突然、ピンポーン、と言って、改札の人を止めるストッパーが開いた。
誰かが入っていく。一応、定期をかざすが、何も反応しない。入ってもストッパーは開いたままで、何も鳴らない。
でも、とにかく開いて、入れるようだ。

なだれ込むようにして人が入っていった。
罪悪感からか、反応しないとは分かっていても、一応定期を押し付ける人が半分くらいいた。
私も一応押し付けたが、馬鹿みたいに見えた。


電車がちょうど来ていて、マイナーな改札の方から入ったからか、その付近は空いていて、座れた。
隣に座った中年の女が、発車の直前まで電話で誰かと話していた。耳に響いて痛かった。
大きい声で、ごめんねぇ〜、と親身な明るい声で言う。孫に買うプレゼントの話をしていた。
灰色がいいかしら、ねえ、またね、うん、じゃあね、またメールするね〜、ばいば〜い。
切ると、電車の中に静寂が訪れた。
女も、無表情で(顔は見えなかったが、笑顔の気配は消えた)携帯をいじりはじめた。
背景、と思った。
彼女の世界で私たちは背景。毎日どこかで見る光景で、当たり前のことなのだが、
この日は不安なことが立て続けに起きて私の精神に少しづつダメージを加えていって弱っていたからか、
その事実がボディブローのように効いた。

きっといつか起こる災害。
ここでそれを迎えてしまったら、どうなるんだろう。
不安の連鎖が人から人へ、人から自分へ行き、細胞を行き渡って行き止まりになっていた。

恐らくもうあの日の一連のことを、ひとつの「予定が狂った、うまくいかなかった日常の事象」として
印象に残らず忘れている人もかなりいると思う。
実際ただの人身事故で、電車が止まっただけなのだ。

でも、私は
あの日からずっと、喉につかえたように、不安の塊が残って、抜けない。




あの頭の中でつくったリストはやっておこう。

できることは、やっておこう、と、ただ、思った。



viva115 at 22:08|PermalinkComments(0)

2014年08月23日

ポップなミュージックが教えてくれたこと

「誰でもロンリー」というYUKIの新曲が発売された。

YUKIのシングルはオリジナルとは別に、いつも旬な人のリミックスが付く。
今回はSeihoとやけのはらだった。

Seihoはマルチネの東京で初めて生で観たのだが、才能しか感じない。シュガーズキャンペーンというめちゃくちゃ良いバンドも組んでいる。
やけさんは旅人繋がりで知り、いいラッパーでもありいいトラックメイカーでもありいいDJでもある。
文章もクレバーで、やけさんがやろうとしていること、つくる音が私はとても好きだ。
どっちも私が注目して追いかけてる人々のひとりだ。

今年、藤井隆とTofubeatsがコラボレーションしてシングルを出したときも思ったし、
今回のYUKIのリミックスをSeihoややけのはらがやったのを知った時も思ったのだけど、
田舎にいるときからずっと好きだった人々が、東京に来て知った今好きな人々と作品をつくっていると、
夢みたいで、生きてみるもんだなと思う。


今日は土曜日で、下北沢のイタトマでアイスコーヒーLサイズを飲みながら、
店長(私が前にバイトしていた古本屋で店長をしていて今は自分のお店を開いている)が勧めてくれて買った、
ミュージシャンで本屋もやっていた早川義夫の「たましいの場所」というエッセイを読んでいた。

通勤電車の中でちょっとづつ読み進めていたのだけど、
ほんとうに文章がいいので、何度もじんとして泣いてしまった。

休日なので、心行くまでテラス席で読んだ。

彼の文章は、自分の言葉で書かれている。
いろいろ読んだけど、こんなにいいエッセイを読んだのは初めてだった。

わたしも自分の言葉で話したいし、書きたい、と思った。
自分ではない何者かになろうとしていたから、格好つけようとしていたから、
何も語れなかったし書けなかったのではないかと自分を省みた。


日も暮れてきたので、中断して家まで歩いて帰った。
空気が青みがかっていて、もう夏が終わりそうな気配だった。

数十分の短いあいだ、
すでにヘビロテしているおとといダウンロードしたばかりの「誰でもロンリー」を聴きながら帰った。
Seihoリミックス。これ、ほんとうにいいリミックスなのだ。


そうしてふと思ったのが、YUKIの昔のシングル、「JOY」のことだった。

私にはまちがいなく、「JOY」によって生かされていた時期があるのを思い出したのだ。


言葉には力がある。
その歌詞は、彼女の世界に対する宣誓だった。

私には当時、そういうふうに聴こえた。今も、そういう風に聴こえている。

なぜ「JOY」のことを思い出したかと言うと、歌詞の構造というか、何かが似ていたからだ。
それで、彼女がずっと表していることを再確認したのだ。

暗さと明るさが共存していて、何かを良いとも悪いとも言わない。

彼女は現実をしっかり見据えているし、恐らくとても暗い人なのだが、
暗いままでも、私は現実すべてを楽しんで生きるぞ、ということだった。
彼女は、暗さに甘んじない。明るいのだ。それが彼女の戦い方なのだ。
楽しむという姿勢で、生きてるだけで普通の人なら死にたくなる世界と戦っているのだ。


私は彼女の宣誓を聴いて、励まされ、どん底を生き延びた時期があった。
ぐちゃぐちゃの現実でも楽しむという戦い方を彼女が教えてくれたのだ。

馬鹿にするならすればいい。
これは事実なのだから、しょうがない。

(私の中で)星野源氏もそうだけど、
現実を見据えた暗い人間がつくる最高にポップなミュージックは最高のパターンが多い。



泥をはいずりまわって、ボロボロになりながら、これからも笑顔で踊り続ける。
それは最高に格好いいと私は思うのだ。 続きを読む

viva115 at 20:22|PermalinkComments(0)

2014年08月10日

今を生きるとかもうダサいでしょ

台風が近づいてますね。
昨日髪の毛を染めてうきうきですが、明日会社で怒られないか心配です。
中高生かよ。

突然ですが、今をときめく大森靖子さんの「あまい」という曲が良いんですよ。
 

「君が買ってきた魔法のダウニー
ふわふわのタオルにふたりくるまって
今を生きるとかもう古いでしょ
なるべくずっとこうしていようよ」

「うち汚いけどベッドの上だけ
綺麗にかたして幸せのステージ
今を生きるとかもうダサいでしょ
なるべくずっと一緒にいようよ」

曲調もドラマティックですばらしいんですが、
歌詞が本当に素晴らしいですね。
もうめちゃめちゃな恋愛の歌詞なんですけど、
不思議と感動があるんですよ。

「今を生きるとかもうダサいでしょ
なるべくずっとこうしていようよ」

が本当に衝撃で。
この人は完全に今を生きてる系の人なんですが、
この曲は素の家でだらだらしている自分を描いたみたいなことを言ってたんですが、

「今を生きる」と言って頑張ることなんてどうでもよくなるほど
この時間が永久に続けばいいのにみたいな感情が、新鮮なままパックされてるんですね。

椎名林檎のギブス、もしくは依存症という大名曲がありますけれども、
2人の世界だけ、それだけしかない、
この世から他のものまったくなくならせるレベルの、
この曲の中にギューっとした超強力な怨念レベルの磁場が発生してるんです。 


私今恋愛とかしてもいないし自分と重ね合わせてどうこうっていうことが1ミリもないんですが、
不思議と感動してしまったのです。

こういうのって、色恋沙汰に限らないと思うんです。


「誰にもわかってほしくないから 日記に書かない幸せ」


誰にもわかってほくないし、
正気なんていらないし、
こうしてるだけで幸せじゃん、
ってことが必要だと思うんです。


というのは、私が最近考えていることに繋がっていて

こんなの1兆回言われてることだと思うんですが、
人は居場所が必要だと思うのです。

きちんというと、
本当に人は我を忘れることが出来る場所が必要なのだと思うのです。

それが趣味だったり面白いイベントや祭りに参加することであったり
アイドルが好きなみんなとアイドルを観ることであったり
大好きなバンドやミュージシャンのやDJのライブに行って踊ったりすることだと思うのです。

皆さんの正気を忘れさすことが出来る磁場のある場所を
創造することができる人々は素晴らしいと思うのです。

もはやこの世の正気とかどうでもいいんですよ。
私は正気でやってる音楽もかなり好きなのですが、

今は正気を忘れさせてくれる磁場をつくる人を観たい。

だって否が応でも起きてるうちのほとんどの時間は正気で生きていかなきゃいけないんですから。


そう思いませんかみなさん。

私はそう思います。

 

viva115 at 14:19|PermalinkComments(0)