戦後の高度経済成長期に,地方から東京圏に人口流入し,急速に人口が増加した. その人口増加の受け皿として,郊外に大規模な団地がつぎつぎに造成され,大量の住宅が供給されていった. 1955年(昭和30年)-1973年(昭和48年)までの18年間を,高度経済成長期という.
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その高度経済成長期に造成された団地の再生が,今大きな課題となっている. すでに,40年ほどが経過し,建物や設備の老朽化が進んでいるのに加え,住民の高齢化にともない,エレベータすらない団地が使いにくくなってきているのだ.
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高度経済成長期初期の東京圏は,住宅不足が深刻な問題となっていた. その解消に,1955年(昭和30年)にUR都市機構(当時は,日本住宅公団)が設立され,大量の住宅が供給され始めた.
▼造成直後の高根台団地.
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船橋市の高根台団地(たかねだいだんち)は,同じ船橋市の前原団地(まえばらだんち),松戸市の常盤平団地(ときわだいらだんち)につぐ,新京成沿線の大規模団地(マンモス団地)として1961年(昭和36年)から入居が始まった. 高根台団地は,総面積が 49万m2,住居棟数が300棟弱,賃貸が 4608戸,分譲も 220戸もある.
高根台団地内に新しく建設される,千葉徳州会病院.
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高根台団地は,すでに築40年以上が過ぎ,老朽化陳腐化から空室も目だってきていた. 船橋市でも,3本の指に入るほどの高齢化地域(高齢化率 29.25%)となってしまった. 高齢化少子化が進む中,団地の活気も失いつつあった.
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そのような中,高根台団地も,建て替えによる大規模な団地再生計画を2000年から進めている. 容積率をフルに活用して床面積と入居戸数を増やし,新たな入居者から資金調達するといった手法をとる.
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また,余剰となった土地を条件付きで民間などに譲渡をして,再生のための資金を得る. 20年を超える長期計画で進めている.
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高根台団地内の,有料老人ホーム高根台つどいの家(合計32室)も,584戸の第1期建て替え工事で生じた遊休地に建設されたものだ. 2009年6月1日にオープンした.
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同じように,高根台団地の遊休地に,千葉徳州会病院が新築移転する. 現病院では,高度化する医療に合わせた最新の大型機器の導入もできないのと,建物などの施設の老朽化のためだ. 2010年3月に 5450坪土地を取得し,2011年度内に着工,2013年度末までにはオープンする予定になっている.
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