On the sunny side of the street  (lyric; Dorothy Fields/ music; Jimmy McHugh)

 

Grab your coat and get your hat,

Leave your worry on the doorstep,

Just direct your feet

To the sunny side of the street.

 

Can't you hear a pitterpat?

And that happy tune is your step,

Life can be so sweet

On the sunny side of the street.

 

I used to walk in the shade

With those blues on parade,

But I'm not afraid,

This rover crossed over.

 

If I never have a cent

I'll be rich as Rockefeller,

Gold dust at my feet,

On the sunny side of the street.

 

 さあコートをつかんで帽子をかぶって

 この際悩み事は玄関の脇に置いといて

 陽の当たる通りに出てみよう

 

 足元からピタッパって

 ハッピーな歌が流れてきたよ

 そうさ 人生は素晴らしいものなんだ

 陽の当たる通りに出ればなおのこと

 

 思えばずっと日陰の道を歩いてきた

 あんなこんな憂鬱とともにね

 でも、もう恐れはしない

 だって、通りの向うへ渡ったんだから

 

 たとえお金がなくったって

 心はロックフェラーのようにリッチさ

 陽の当たる通りに出てみれば

 足元から金色に輝く埃が舞い上がるはずさ

 

 

 1930年に発表されて以来、たくさんのアーティスト、ミュージシャンにカヴァーされてきているジャズ・スタンダード。このシンプルで爽やかなメロディー、一度はどこかで耳にしたことがあるかもしれない。

 自分で訳したので、英文法的には合ってないところもあるが、歌い手のニュアンスとしてはこんな感じで良しとして欲しい。

 一見、明るさに満ち溢れているように感じるが、この歌は途中のフレーズにあるように、長い憂鬱から脱け出した歓び、あるいは脱け出そうという強い意志が垣間見える。

 この曲は、20年代に起きたアメリカの金融恐慌後の重苦しい空気を反映していたとされているが、今なお歌い継がれているということは、この楽曲の持つ核心部分がいつの時代にも人の琴線に触れるからにほかならない。そしてオレもそのうちのひとりである。

 

 オレの長い憂鬱は、病気によって酒を断つこととともにようやく去った。去ってみて、初めてこの歌のイメージするところがはっきりと理解できた。

 エラ・フィッツジェラルドの圧倒的な歌いっぷりで、この曲へ憧れを抱いたのはずいぶん前だ。

 いつか歌ってみたいと思ってはいたが、なかなかその機会は訪れなかった。そりゃあそうだ。人生の転機になろうかという曲がそう簡単に歌えるはずがない。かつて柳ジョージが、サム・クックの「A change is gonna come」が人生の転機になった1曲だったと自著の「敗者復活戦」で語っていたが、そういうものは「求めない心境」になったときに初めて訪れるのではないかと思う。歌の方から歩み寄ってくるとでも云えば好いだろうか。歌が人を択ぶ。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、そういうことは実際あり得るのだ。

 

 2004年に再起してから今に至るまで、KOTEZ&YANCYには色んなことでサポートしてもらっているが、彼等もまたこの曲を演っている。ライヴでスローにアレンジされた「On the sunny side~」を初めて聴いたときもまた、何とも云えない戦慄が走ったのを覚えている。

 ライヴCDのオレのヴァージョンは、彼等へのリスペクトとしてKOTEZ&YANCYのエンディング・フレーズを使わせてもらっている。ちなみに最後に聴こえる歌声は、ちょっと酔っ払ってゴキゲンのCHADのマスター・本田さん。本田さんはかつてラテンバンドのヴォーカルを務めていたこともある。オレとしてはお気に入りのテイクでもある。

 

 今後も、いやたぶん音楽を続けていく限り、オレはこの曲をずっと歌っていくつもりだ。


sunnyside 

 


















<On the sunny side of the street/ Ella & Basie   1963>