2006年11月29日

ピーターの小道 ドイツ国境ライン川あたり(4)

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この何年か途切れ途切れにオランダを縦断するピーターの小道を歩く楽しみは、一泊なり二泊するときの宿の食事とか途中に休憩する村のカフェーで飲み食いすることにもある。

森や畑、なにもない田舎道をあるくのだから、そのような道中にあるところでは特別なものは期待しないが、それでもその土地の普通の食べ物であったり、そのカフェーで地元の人たちに混じってとる普通のレストランやカフェーの様子が興味深いのだ。ごく普通の素朴なものでも味わい深いものがある。 地元の人が昼に食べるものはどこかでひきつけるものがないと寄り付かないのだろうから、ときには質で寄り付けられないなら量で逃さない、という微笑ましいものまである。 農夫しか来ることのないような辺鄙なカフェーで注文したときには我々がその量に驚いている様子をまわりの客が笑いながらながめている、という場面も何年か前にはあった。

今回は一泊二日で初日の昼食は途中に通過したライン川沿いの町のホテルのレストランだったのだが、この町に着いたときには初めに目に付いたカフェーのオカミサンが表を掃除していてそこはその日は休業していたのでどこか近くの食事のできるところをと紹介してもらって入ったのが出張旅行や地元の人達も集う中年以上の人々が集まりそうなホテル・レストランだった。 

メニューは1時をもう廻っていたのでランチメニューだけだったし、とりたて他とはかわったものもなく、それこそスナックだけだったのでこちらとしてもこれからまだ歩く身、満腹にアルコールは禁物であるからオランダの冬の常套、青豆のスープにオムレツを注文した。 家人は同じスープを注文しただけだった。 スープといえどもスープを飲むとは言わず、食べると表現するとおりずっしりと重い。 大抵スーパーマーケットでも近所の肉屋でも様々な青豆のスープは売られているので多くは大工場で大量生産で造られた缶詰や冷凍食品を解凍したり暖めたりしたものに違いない。

良心的なところは自家製で冷凍しておいてそれを一日の予定数だけあらかじめ暖めておくということだ。 大抵そこには2,3切れの大麦から作られたパンともいえない軽い発酵酸臭に甘みのある煉瓦ほど重いブロック状の「黒パン」を薄切りにしたものに豚の脂肪分の多いよく燻製されたベーコンのスライスを載せたものを添えるのが定番だ。今の時期からはどこの食堂、カフェーでもこの青豆のスープは求められる。

この日はもう1時をかなり廻っていたので空腹だった事は確かだがはっきりこれが最近ここで時間をかけて作られたとわかるほどしっかりしていてスープの緑色のどろどろの中のさまざまな野菜がはっきりそれぞれ味覚に反応した。 かりっと焼いた細かいベーコンと細かく刻まれた葱の白と緑のトッピングがベーコンの上に塗られたフランスマスタードと合って、それこそ、そのへんの街にあるカフェーのマスターがいやいや缶を開けてチーンしただけのうんざりするようなものと同じような600円程度だったのだから雲泥の差である。

遅いランチを取るものは私たちだけでしかなく、多分、夫婦でホテルを始めてもう少しで40に手が届きそうなシェフの旦那がキッチンから私たちに持ってきてくれたものは普通だがきっちり行き届いた、近年にないまともな食事だった。 それに普通の百姓のオムレツと呼ばれる野菜が沢山入った卵料理の卵の具合が誠に適切で、そこを出るときには小雨が降っていたのだがそれでも幸せな気分だった。 

そこからライン川を歩きながらこの町にもし来るようなことがあって、あの夫婦がまだ宿のオーナーなら一泊して夕食を食べたいと二人で話したのだが、このときはこの晩の宿舎のホテルのディナーの凡庸さにうんざりして幾つも食べ残すことになるとは想像もしていなかった。

この徒歩旅行から帰ってきた晩のテレビのニュースでミシュランガイドの新しい版がこの日に出て、今まではベネルクス三国のガイドブックだったものがオランダだけで一冊になったと言っていた。 そしてオランダでは最高級の二つか三つの三ツ星レストランのうち老舗のロッテルダムのレストランが3つ星から1つ星に格下げされたものの、一つ星のレストランが各地に出来たこともオランダだけで一冊になり、しかも以前の三国分よりも厚くなっているということだから楽しみだ。 ひょっとしてこの日の昼食をとったレストランや以前、ホールンの町の港の入り口にある塔の中にある魚専門のレストランも入っているのかもしれないと、そのうち本屋で立ち読みをしてみようようと興味が湧いた。

vogelpoepjp at 07:45│Comments(0)TrackBack(0)喰う | 喰う

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