voicevoice2のブログ

声についてボイスセラピーで気づいたこと、ちょっとしたアドバイス、絵本や詩についてのカウンセリングについて、スピリチュアルなメッセージを書いていきます。ボイスセラピーの情報もお知らせします。

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グスコーブドリの伝記

ブドリはいつも与えられた場所で、熱心に働き、勉強を重ねていくところが、わたしはとてもいいと思った。
飢饉が続けて起きて、お父さんもお母さんも、文句を言いながら幼い子どもたちを置いて、森へ入っていっていなくなったのが、なかなか理解できなかったけれど、口減しのためだったのかなと思った。
その後てぐす工場(養蚕)や沼ばたけでの農業、そして最後にイーハトーブ火山局で、たくさん研究して農業を守る仕事を行う。
そして最後には…まるで当たり前に明日へ向かうように、大きな決心をする。

先日stand.fmのさぼてんさんのトラベラーズノートの話に刺激されて、今まで雑多に集めていた思い出のノートを開いたら、この鮮やかな映画のパンフレットが出てきてびっくりした。
映画を見たことは覚えていたけれどあらすじもすっかり忘れていたので、もう一度読み直した。
パンフレットの中身も、端から端まで読んだ。
ちょうど副鼻腔炎になり、動けなかったので時間が持てた。

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」も、この紫色の猫ちゃんのアニメで観て、忘れられず、その後何度も本を読んだり朗読を聞いたりした。
宮沢賢治をこよなく愛するstand.fmのコッチーさんの話を聞くと、その世界の深さに感動を覚える。
ますむらひろしさんの絵はとても美しい。
その頃小栗旬(ブドリの声)が好きだったので、多分それも目当てで観に行ったようだった。

2012年は、今のわたしとは違い、結構1人で行動していた。
大神神社をぐるぐる回ったのもこの頃。
パンフレットが出てくると、その頃生きていた世界に入り込み、もう一度味わうことができる。
その頃とは違う味わい方で。
人生も旅だから。
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「星は風にそよぐ」恵良五月作

ほぼ毎日、起きた時か眠る前に、1日分ずつ読んだ。
1日分というのは、この本がセシルという若い女性が、ロータスの森で精霊術を学んだステファニー先生を思って書いた日記形式になっているから。
読むと、いつも静かで満たされた気持ちになった。
そして昔、本を読んで最後の方になると「あぁ終わらないで!」といつも思った、あの感覚を今回久しぶりに感じた。

仮想空間に生き、食物の代わりに錠剤を飲んで暮らすイシアスの世界から、昔ながらの生活を大切にするベリーヒルズへ来たセシル。
彼女が勤めることになった小学校は、こんな学校があればいいなと思えるところだった。
シュタイナー学校みたいなところなのだろうかと思ったら、本の参考文献に出ていた。
かなりの昔に調べた時、その頃は北海道にシュタイナー学校があり、移住が難しかったので諦めた。
今は愛知県にもある。
子どもたちの感性と自主性を大切に育む学校の様子が描かれていた。
自分が勤めたことのあるM学園もそうだったような気がした。

その人の運命が書いてあるレディ。
怖いような見てみたいような本。
ただ、短命で死ぬことがわかっているクレアという小学生の言葉は涙なしでは読めなかった。

他にも感動したことはたくさんあるけれど、この中に出てくる
季節の食材を使った豊富なお料理は、食べるということがどんなにうれしく感謝に満ちたものか?ということを知らされた。
これらは、実際自分でも作らないと書けないと思う。
知らない料理もあってGoogleで調べたものも。

セシルがイシアスに戻る前、森の精霊たちを元気にするために開かれたコンサート。
その中で歌われた「彼方の光」は、なんと今年のアイリッシュハープの発表会の、私の演目になった。
あ、また間違えてしまった!とガッカリしながら、練習している。
そばにセシルがいてくれるような気がして、この本と一緒に生きているのだなと感じた。

『星は風にそよぐ』恵良五月作

https://amzn.to/3CRMwTw
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「アルケミスト」

stand fmという声の配信の中、もにさんという、たくさんの気づきを癒しの声で配信していらっしゃる方から、この本を教えていただいた。
ポルトガル語からの翻訳は、『前世療法』を訳された山川さんご夫妻。
羊飼いのサンチャゴが、夢のお告げから、宝物を見つけるためにピラミッドまで旅をしていく。
その中でさまざまな人の口を借りて、神の導きが語られる。
スピリチュアルな教えが満載の本。

「お前が何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ」
「宝物を見つけるためには、前兆に従っていかなくてはならない。…神様がおまえのために残してくれた前兆を読んでゆくだけでいいのだ」
「人は、自分の1番大切な夢を追求するのがこわいのです。自分はそれに値しないと感じているか、自分はそれを達成できないと感じているからです…こうしたことが本当に起こると、非常に傷つくからです」(←これはサンチャゴの言葉)
「夢を追求している時は、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ」

そして「ある人が、運命にそっているか、それとも遠く離れているのか、感知すること」が、私の仕事だと思った。

自分の中に止まない声があり、それに向き合うと、その人の真実の道が開かれていく。
怖いから迷いはあるけれど、その道に足を踏み入れると、今まで感じたことのない喜びを見出す。

先日も、50代の教育関係のお仕事の方がいらした。
このままいけば出世コースに乗れるし、安泰。でも、
「私は子どもの心にもっともっと向き合いたいんです!」と叫ぶように言われた。
すでに心理学を学び始めていらした。
今まで、たくさんのこの魂からの声を聞いてきた。
人ってすごいなと思う瞬間。

2014年に創刊された時は、ほとんど売れなかったという。
「アルケミスト」とは錬金術師のこと。この意味も本の後半で語られる。
いつものように付箋がいっぱいになってしまったけれど、この本を読んで本当によかった。
ご興味のある方はぜひ手に取っていただきたいです。

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宮沢賢治の童話

日曜日、自分か空っぽになった感じがした。自分には何にもないと。
その日はイースターと教えてくれる人がいた。再生、だから何もなくでいいのだと思った。
何もないと思う時は、外から入れる時。
いつもきらめく言葉を探してしまう。そうして行き着いたのは、やはり宮沢賢治の童話と詩。
一番好きなのは『銀河鉄道の夜』そしてこの『十力の金剛石』(じゅうりきのこんごうせきーダイアモンドのこと)

宝石でできた花たちが咲き乱れる光の丘。
オパールのうめばちそうが叫ぶ

きらめきのゆきき
ひかりのめぐり
にじはゆらぎ
陽(ひ)は織れど
かなし

琥珀やアラゴナイトでできた野薔薇は水晶の雫をポタポタこぼしながらしずかに歌う

にじはなみだち
きらめきは織る
ひかりのおかの
このさびしさ

そして宝石でできた草花はいっせいに叫んだ

十力の金剛石はきょうも来ず
めぐみの宝石(いし)はきょうも降らず
十力の宝石(いし)の落ちざれば
ひかりのおかも まっくろのよる

最後に十力の金剛石は降り、花たちは宝石ではなく、かんばしくしなやかな本当の姿になって輝きはじめる。

十力の金剛石とは何?物語の中では、露だったり、青い空だったり、風だったりする。
本当の幸せとは何?それぞれが本来の姿になること。
ただ、胸に残ったのは、光の丘の花たちの受け身の叫び。他力本願の姿だった。
きっと何かに気づいた時、十力の金剛石は降るのかもしれない。
でもそのためには、どんな形でもいい、自分から働きかけることが必要だと思った。

ツァランツァリルリン、ぷりりぷりり、サァン、ツァン…宝石の花たちがふるえる姿がこんなキラキラした音で表わされている。

声に出すと、もっと美しさが映える。
胸の空洞に、響いた。そのためのように。

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スピリチュアル漫画家登場!

Voice Therapyのお客様のスピリチュアルな漫画です。
ぜひお読みください。
素敵な若い女性漫画家の新境地!
絵にもストーリーにも心魅かれます。

http://xoy.webtoons.com/ja/fantasy/awano-kotodama/list…


あわのことだま主人公



生は繊細で美しい

今日は午前中、桜の木がぐるりと植えられている公園に行ったけれど、まだ3分咲きくらいだった。
昨日一昨日と寒かったせいかもしれない。
散歩してから、その近くの「たと珈琲」へ行ってモーニングをいただいた。
ここのコーヒーはポットに入っていてたっぷり2杯分はある。
マイルドでとても美味しい。

春が動き始めた日曜日。
静かで満たされたひとときだった。
喜びはきっと一瞬なのだと思う。
いつも自分が納得していいと思う時間や状況にいようと最近は思うようになった。
変に自分に言い聞かせて2番目を選ばないように。
少しでも生きているっていいなと思えるように。

…ときには疲れ果てて、思慮分別を失うことがあっても、生を愛し、それを生きるための勇気をもつことです。人にとって最大の死刑執行人はその人自身であることを、けっして忘れてはいけません。あなた自身ほど深くあなたを傷つけられる人はいません。生は美しく、繊細です。大切にしてください。
(『生きている ただそれだけで 美しい』アウグスト・クリ)

アドラーの言葉

「医療のせかいでは、すべての器官がある特定の目標に向かって発達すると考える。…器官に何らかの欠陥がある場合は、その欠陥を補うような働きが自然に備わったり、または他の器官が欠陥のある器官の代わりを果たそうとしたりする。
命はつねに継続を目指す。そして生命の力は、外側の力に何も抵抗せずに屈することは絶対にない。」
『生きるために大切なこと』アルフレッド・アドラー

「命はつねに継続を目指す」
この言葉が強く心に残った。
最近お客様の半分は、身体の不調を訴えて来られる。
原因はインナーチャイルドだったり、自分が長年溜め込んでしまった感情だったりする。
そして残り半分の原因は、何と他の人の念によるサイキックアタックだ。最も弱い部分を突いてくる。

けれどもどんな状況でも、どのような病気でも、西洋医学はもちろんのこと、東洋医学、自然療法、そしてスピリチュアル及びメンタルなカウンセリングからの解放と、オールラウンドの治療により、状況を改善していく。
その時の人の強さには頭が下がるばかり。
命はつねに継続を目指す。

いつもそのお手伝いをしたいと願う。
そして自分もちょっとした身体の変化や症状に対して、真実が判明するまで追及していく。

ドラマ「嫌われる勇気」を観て、アドラー心理学に興味を持った。
たくさんある著書の中で、やはり、本人が書いた本を選んだ。
最近は本を読みたくてしかたがない。少し前はほとんど読めなかったのに。
春がこれから深まっていくからかもしれない。
人の心は季節の流れに、常に影響を受けて生きていると思っている。

今日は6年前に東日本大震災が起きた日。 
継続できなかったたくさんの大切な命。 
心よりご冥福をお祈りいたします。


生きている ただそれだけで美しい

感情の世界のキーワードは"訓練"と"教育"です。
幸福になるためには、感情を訓練する必要があります。
敗北と失敗をのりこえるためには、感情を教育する必要があります。
そうしなければ、感情はけっして安定することなく、きまりきった日々の暮らしのなにげない出来事のなかにある美しいものに気づくこともできないでしょう。
あなたには美しいものが見えますか?
アウグスト・クリ『生きている ただそれだけで美しい』より

今から10年ほど前、生きることが苦しくて、この本を貪るように読んだ。
たくさんの付箋。今もう一度読み返すと、違う箇所に付箋を貼りたくなる。
苦しさの原因は「感情」だった。
自分を乗りこなすために、多くの時間を費やした。

先週。
何度自分に問いかけても、コントロールしにくい感情があった。
夜、金山駅で来月の帰省のための切符を買ったら、窓口の駅員の男性がとても柔らかい声で明るく接してくれた。
その声に、ふっと心が柔らかくなった。
帰りの電車の中、ブログのホームページを見たら、お読みくださっている方たちのことがわかり、急に元気が出て「書こう!」と思えた。
内容に出てくる方の許可を得るためにメールのやり取りをしたら、それがとても楽しかった。
その時、1日はプラスマイナスゼロなのだなと思った。

「きまりきった日々の暮らしのなにげない出来事のなかにある美しいもの」は本当にすぐそばにある。
そしてそれは、やはり人によってもたらされるものだと感じた。


いま、ここに生きること

(ある僧侶が腹を空かしたクマから逃げて)崖まで走って来て、そこから飛び降りるか、それとも、食べられてしまうか二つに一つの状況です。
落ちる時、崖の壁面から出ている小さな木立をつかみます。
下を見ると、飢えたトラが、彼の落ちるのを待ちかまえているのに気づきます。
その時、崖の横側から、おなかをすかした二匹のヘビがやってきて、彼がぶらさがっている木立に、今にもかじりつこうとします。
さてさて、上には空腹なクマ、下には飢えたトラ、横にはヘビ…ヘビの向こうを見ると…大きく熟したみずみずしいイチゴが、目の前で食べるばかりになっている…。(レオ・バスカーリア『もっと素直にすてきな愛を』)

この本を読んでいたのは、数年前の病院の中待合室の椅子の上でした。
乳がんの定期検診を受けて、ひっかかりがあって、再検査した結果待ちのとき。
「どうしよう…。検査の結果が悪かったらどうなるの?!」とクヨクヨ考えていました。
絶体絶命の僧侶と同じです。

彼はそれをむしり取ると、口に入れ、食べます。
そして、「何ておいしいのだろう」と叫ぶのです。愛は現在を喜び、その喜びの中で育つものです。
(レオ・バスカーリア つづき)      そう!
その時晴れ晴れとした気持ちになりました。
まだわからない結果を恐れているなんて変!
いまここにいる自分は、この本を存分に楽しんで読んでいるのです。
待っている間、本のことだけを考えてどんどん読み進めました。
そしてよばれて、診察室に入ったら、結果は「陰性」

私たちは、いかにまだわからないものの恐怖のために、「いま」を無駄に生きてしまうことか…。
そのために、せっかく観ている映画が目の前から消えてしまったり、やっと会えたひとの言葉が聞こえなくなったり…。
いつも「いま、ここに」生きていきたい!と強く願った瞬間でした。
写真: (ある僧侶が腹を空かしたクマから逃げて)崖まで走って来て、そこから飛び降りるか、それとも、食べられてしまうか二つに一つの状況です。
落ちる時、崖の壁面から出ている小さな木立をつかみます。
下を見ると、飢えたトラが、彼の落ちるのを待ちかまえているのに気づきます。
その時、崖の横側から、おなかをすかした二匹のヘビがやってきて、彼がぶらさがっている木立に、今にもかじりつこうとします。
さてさて、上には空腹なクマ、下には飢えたトラ、横にはヘビ…ヘビの向こうを見ると…大きく熟したみずみずしいイチゴが、目の前で食べるばかりになっている…。(レオ・バスカーリア『もっと素直にすてきな愛を』)

この本を読んでいたのは、数年前の病院の中待合室の椅子の上でした。
乳がんの定期検診を受けて、ひっかかりがあって、再検査した結果待ちのとき。
「どうしよう…。検査の結果が悪かったらどうなるの?!」とクヨクヨ考えていました。
絶体絶命の僧侶と同じです。

彼はそれをむしり取ると、口に入れ、食べます。
そして、「何ておいしいのだろう」と叫ぶのです。愛は現在を喜び、その喜びの中で育つものです。
(レオ・バスカーリア つづき)      そう!
その時晴れ晴れとした気持ちになりました。
まだわからない結果を恐れているなんて変!
いまここにいる自分は、この本を存分に楽しんで読んでいるのです。
待っている間、本のことだけを考えてどんどん読み進めました。
そしてよばれて、診察室に入ったら、結果は「陰性」

私たちは、いかにまだわからないものの恐怖のために、「いま」を無駄に生きてしまうことか…。
そのために、せっかく観ている映画が目の前から消えてしまったり、やっと会えたひとの言葉が聞こえなくなったり…。
いつも「いま、ここに」生きていきたい!と強く願った瞬間でした。

エリザベス・キユーブラロス『人生は廻る輪のように』

2014-05-07-07-39-10
三つ子の一人として生まれ、医師として女性としていつも一生懸命愛を体現して生きた自伝。「死の5段階説」を唱えた頃から霊的な道に入っていく。
最後はエイズの子供たちのための施設を作ったことから地元住民の反感を買い、家を焼失させられる。
けれどもいつも自分を立て直し、前向きに使命を果たし、家族の危機には精一杯の愛を注ぐ彼女の生き方には何度も励まされ、「人としての真の生き方」を教えられた。
その中の一節
いちばんすぐれた医学はもっとも単純な医学である。
「みんなで自分を愛すること、自分をゆるすこと、いつくしむこと、理解することを身につけましょう。
そうすれば、その贈り物をほかの人たちにあたえることができるようになります。
人を癒すことによって、母なる大地を癒すこともできるのです」
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