昨日スピリチュアルボイストレーニングで、お客様が友達のお父さんが急死した話をされた。笑顔が似合う彼女が悲しんでいるのが辛い、何かしてあげたいと。

父のとき。義父のとき。
義父は病院で点滴の管と心拍数を測る機械につながれていた。
点滴の輸液がどんどん体に入っていって、でも体はもう吸収できなくて、手もパンパンにむくみ、背中がブヨブヨになっていった。
本人は何も言えないし、私たち家族は少しでも長く生きていてほしくて、何も言えないまま、そのまま義父は亡くなってしまった。点滴も機械も義父の望みではなく、私たちのエゴではないかと悶々とした。
父は太ももに入れる点滴で何度か熱を出し、腕の細い点滴の輸液をしたまま亡くなった。いつもこれでいいのか?自問自答の日々だった。

亡くなってから、amebloで後閑愛実さんの「看取り看護師めぐ〜死ぬとは最期まで生きること 」を読み始め、人は点滴の管を外してもしばらくは生きられることを医師が語っているのを知り、死を身近なものとして経験することの大切さを教えられている。

http://ameblo.jp/theadventangel/entry-12449147559.html?frm_src=favoritemail


IMG_8698