売買報告

昨日と今日の寄りつきで

5202日本板硝子
5981東京製綱
9009京成電鉄
5020JXホールディングス

それぞれ500万円ずつ買い。トータルで倍になるまで10年ホールド。

売買報告

本業の方で集中力の要求される仕事が入ってきて、ブログを書いてる時間的余裕、精神的余裕がまったくなくなってます。すみません。

日経平均1万5千円突破しましたね。売買報告のみ。昨年10月に買ったソニーと新日鉄、本日まとめて全部売りました。1千万円が2千万円に。まあ、ザラ場に張り付いてバタバタ銘柄を動かしている人はもっと稼いでいるんでしょうけど、半年ほったらかしで資金が倍になったとことには満足してます。

★☆★☆★ 目次 ★☆★☆★

My Trading Life 第1部(1)   My Trading Life 第1部(2)
My Trading Life 第2部(1)   My Trading Life 第2部(2)   My Trading Life 第2部(3)
My Trading Life 第2部(4)   My Trading Life 第2部(5)   My Trading Life 第2部(6)
My Trading Life 第2部(7)   My Trading Life 第2部(8)   My Trading Life 第2部(9)


短観

2月12日は日経平均は215.96円の上昇。上がった銘柄が175、下がった銘柄が44。
ところが東証全体では上がった銘柄が840、下がった銘柄が732であまり差はない。
おそらく日経平均の上昇ほどは、持ち株が上がっていない投資家の方が多いだろう。

節分天井、彼岸底。そんな言葉もありますね。まだ現役トレーダーだったら、昨日今日あたりは、ぱらぱらっと空売りを、幅広い銘柄に薄〜く入れたんじゃないかと思う。

しばらくは今の水準でぐだぐだするのだろうな。とりあえず幕間にどのような銘柄が動くのかを睨みつつ、再び上を向かい始めたらどどっと買いに出るというスタンスで良いのではないのでしょうか。動く銘柄が激変する可能性ありです。基本、「日本買い」の相場だと思いますので、国際優良株、内需優良株などをゆったりとしたスタンスで買っていくべきだと思います。怪しい株はいじらない方がいいと思うよ。一時的に儲かっても、結局は相場観が狂って大損することになると思う。

My Trading Life (34) 第3部(2)

相変わらず相場は強いね。前回の記事で、10月5日にソニーと新日鉄を買ったことを「買うタイミングは絶妙、選んだ銘柄は微妙」と書いたが、その後どちらも急騰。もしかしたら銘柄選びも悪くなかったのかもしれないぞ。まあ、ともあれ、この相場、10%20%の利益を求めて小賢しく立ち回ろうとするのではなく、2年後3年後に5倍10倍になっても不思議ではない銘柄を狙って、どっしり構えた方がいいと思う。月足や週足の長期チャートを見て、その銘柄の居心地の良さそうな株価水準を確認してから買うべきだと思う。

罫線屋や講釈師の出番はないね。日足のヒゲが上向いてるとか下向いてるとか、一目均衡表の遅行スパンがどうなったとか、ボリンジャーバンドとかMACDとか、そんなの関係ないだろうね。外国人投資家が「日本買い」を行っているのである。動きは一方的になるだろう。押し目は待っても来ないだろうし、押し目に見えるものが来たら、それは実は地獄の入口である。

7261マツダのチャートを見てごらん。こういうチャートの銘柄を、ひたすら買い増し、買い増しを続けるのが一番確実だと思う。一気にどかんと買っちゃいけないよ。売る時もまとめて売るのではなく、10日移動平均線、25日移動平均線との乖離を探りつつ、乖離が異常に大きくなったときにポジションの半分、あるいは3分の1を手放す。株価が再度上昇を始めたら、また買い増し、買い増しに戻る。トレンドが崩れたら一気に手放す。この「手放す」勇気というか、クールな決断力が持てるかどうかで、資産を確実に自分のものにできるかどうかが分かれると思う。

(今、2月7日の午前11時過ぎ。今日のマツダって株価どれくらいだろと、久しぶりに楽天証券のマーケットスピードを開いたら、目の前でマツダの株価が310円台から330円台まで、するするっと20円ほど急騰していった。ちょっと驚いたけど、不思議に気持ちは高揚することはなく、妙に醒めた気分のまま、めまぐるしく点滅する株価の動きを追っていた。完全に憑きものが落ちたな。そう自分でも実感した。今後、株式市場がどのような展開をしようとも、二度と株式トレードのめり込むことはないだろう。)

さて、週刊ダイヤモンドと週刊エコノミストの先週号に、2005年8月5日の小泉政権の郵政解散後と、今回の衆議院解散後の日経平均の動きを比較した同じようなグラフが紹介されていた。

この2ヶ月間の日経平均の株価の動きは、郵政解散の時とほぼ完全に重なっている。改革期待の中で円安が進行し、外国人投資家が積極的に日本株を買い進めるという背景も同じで、今後もしばらくはやはり同じような展開になる可能性が高いと思う。

2005年の時は解散後4ヶ月くらいでいったんもたつき、その後また上昇していったわけだが、ゴールデンウィークを挟んで調整することが多い日本株のアノマリーも考慮に入れるならば、「4月あたりまではこのまま株価は上昇を続ける。ゴールデンウィークを挟んで、あるいはゴールデンウィーク前に、ちょっと大きめな調整があるが、日本企業の業績回復を示す数字がぽつぽつと出はじめるにつれて、相場は徐々に持ち直す。参議院選挙の自民党圧勝を挟んで株価は大きく上昇し、8月半ばあたりに最初のピークを迎える」という流れをとりあえず予想しておく。

あくまで「とりあえずの予想」ですよ。
近未来の株式市場の経済的環境について、大体こんな展開になるのかなと予想し、その予想に従って投資スタンスを決め、予想通りの動きならば計画通りポジションを積んでいけばいいし、おかしいなと思えば計画を変えていく。まあ、僕はそんなふうにこれまでトレードをやってきた。

大切なのは予想通りの展開になったとき、自分のスキルを過信して、冷静さを欠いたリスキーなトレードに向かわないこと。そして、予想を裏切る展開になったとき、すばやく自分のポートフォリオを修正すること。この2点である。「とりあえずの予想」があたるかどうかは、あまり重要なことではない。

その後の予想は難しい。アベノミクスへの熱狂と期待がおさまった後で生じる事態に、安倍晋三が冷静に、そして賢明に対処できるかどうかはまったく未知数だ。

数日前の日経新聞では、安倍政権の今年度予算を「脱デフレ優先、改革の遅れ」という見出しで批判していた。相変わらずハイパーインフレの危険を煽るメディアも多い。しかし、おそらくそのどちらも杞憂に過ぎないだろう。危機はまったく別のところから来ると思う。

円安株高で企業業績が数字上は急回復するのは間違いないだろうが、円安ウォン高で「日本企業の復活=韓国企業の総崩れ」となったとき、報道テロリストは祖国の窮状を座視できないだろう。さまざまな方法で安倍政権に揺さぶりをかけてくるはずだし、その時期に「顔に絆創膏を貼っている理由をうまく説明できない大臣」なんてのが出てこようものなら、例によってボッコボコにぶったたくだろう。

アベノミックスが「賃上げや雇用回復なき物価上昇」に繋がるようだと要注意である。そしてこの可能性はかなり高い。報道テロリストの格好のバッシングの材料にされてしまうだろうし、実際、株価の上昇の恩恵を直接被ることのない「下流」の皆さんは生活に困り、不平や不満は高まるだろう。だから、アベノミックスを成功させるためには「賃金が上がること」と「雇用が増えること」が絶対条件なのであり、マスメディアは企業に対して、その2つを実現するための努力をするよう積極的に訴えかけるべきなのだが、もちろん報道テロリストはそうする気はない。むしろ、「物価は上がるが賃金は上がらない。日本国民は生活に困窮し自殺者が増え、怨嗟の声が溢れる中で安倍政権がぶっ倒れる」という事態を、テロリストは待ち望んでいるわけだ。

そしてなによりも「国債の暴落」が始まってしまうと大惨事だと思う。出口なしである。中国や韓国の経済も、今や完全に行き詰まっているわけで、そうなったら3国で戦争でもはじめて無理にでも実需を動かさない限り、苦境を脱出する方法はないもしれない。

*********************************

My Trading Lifeの続きを書きたいとはずっと思っていた。中断してから5年も経ったというのに、未だにコメント欄で続きを読みたいというご意見をいただいていたし、何より、ほとんど休止状態のこのブログに、それでも毎日、数百人のユニークアクセスがあるのは、やはり続きを期待されているのかなと、ずっと気になっていた。多いときは千人を超える人がいまだにいらっしゃってるからね〜。

僕自身も、寝ても覚めても株式トレードのことばかり考えていた今となっては夢のようなあの数年間の日々、そしてそのとき考えたこと感じたことは、きちんと言葉にまとめておきたいとはずっと思っていた。

続きが書けなかった理由はいくつかある。

まずブログを書く時間的な余裕がなかったこと。
本業の方で大きな執筆プロジェクトのメンバーになり、原稿の締め切りと会議の日々が続いていた。株式トレードへの興味もだんだんに失せていたので、今さら「過ぎ去った日々」の夢のようなできごとのことを書くために、わざわざ時間を割くのも億劫になっていた。

本業のオフィシャルな執筆の仕事では、個性を殺したニュートラルな文体で文章を書くことが強いられた。ブログで使っていたようなレトリックや口語口調や、そして何よりもあの俺様キャラとはまったく異質の文体で、かなり神経をすり減らしながら文章を書き続けていくうちに、いつのまにかブログでの文体を忘れていったし、そうした文体で書こうという意欲もなくなっていった。文体というのは筋肉と同じで、使わないとどんどん衰えていくのである。

そして相場環境の変化である。
もはやあの頃の日本の株式市場ではなくなっているし、ああした昔話を書くことにはたして意味があるのかと思った。少なくともあの「ぽんぽこ」という俺様キャラは、株式市場の熱狂の躁状態の中でのキャラであり、夢から覚めた後で、あのキャラのまま続きを書くのは、実はかなり無理がある。

そして、もっと根本的な理由があった。
この数年間の間にトレードに対する考え方がかなり大きく変わってしまったのだ。
My Trading Lifeの最後の記事を書いたのは2006年だが、あの時点では、僕は自分がトレーディングの勝者であると確信していたし、勝者になれたのは「正しいトレード」をしていたからだと確信していた。どんな相場環境でも対応できるトレーディングスキルを獲得したと思っていたし、どんな相場環境でも勝てる自信はあった。

今、あの時と比べるとそうしたことに対してはかなり懐疑的である。もちろん運がよかったから勝ったとまでは思っていないが、少なくとも「正しいトレードを行えば、必ず相場で勝てる」というものではないと思っている。

大体、あの時点では、僕はまだ「勝者」ではなかったのだ。
小泉構造改革時の相場で、億単位の資産を稼ぎ出した個人投資家はネットにゴロゴロいた。
しかし、「彼ら」もまた、あの時点ではまだ勝者ではなかった。

僕が勝者になったのは、まずライブドアショックの直前の間一髪のタイミングで、資産のかなりの部分を現金化したこと、そしてリーマンショックによる暴落の直前にトレードから足を洗ったことにある。そして「彼ら」のほとんどはそれができなくて、株式市場に自分の資産を沈みこませ、トレンドに抗いながらの戦いの中で、自分の資産をすり減らし、そして溶かしていった。

「損切りは難しい」「損切りがすべて」と、以前アクティブにブログを書いていたときに、何度も書いた。確かに損切りは難しい。損切りとは「自尊心から来るためらい」や「不安から来る衝動」にクールに対応し、いわば自分で自分の生爪をはぐような自己処罰を科すことである。

まだ可能性が残っている状態で、生爪をはぐかのように自己処罰することは、ポートフォリオが大きな赤字になり、つまり手足に壊疽が始まった段階で手足を切断することより、メンタル的には辛い。

実際、損切りは必ずしも報われるわけではない。大きなジャンプをする前に少しかがむような、急騰の直前の緩んだ所での損切りは、トレーダーの自尊心を傷つける。

確かに損切りは難しい。しかし、損切りよりはるかに難しいのは「勝ち逃げ」である。
今の相場が一年も続くならば、株で億単位の資産を稼ぎだす人が続々出てくるだろうが、そうした人たちが、その資産をすり減らすことなく、株式市場からきれいに足を洗うことができる可能性は限りなく低い。ほとんどの人は億単位の資金を確保し、そしてその資金をそのまま失っておしまいということになる。

一千万、二千万という資金を株式市場に投入する。あるいは百万、二百万でもいい。初めはどんな投資家も慎重に資金を動かす。幸いにして株式市場がブームであり、たまたま相場の動きがその投資家の目論見通りであるならば、資産はどんどん増えていくことになる。信用取引を行い、ある程度リスクを引き受けるならば、1千万が2千万、4千万、8千万と驚くほどの早さで資産が増えていくこともあるだろう。

そしてそして、資産の増加のスピードを遙かに上回る速度で、投資家のトレーディングスキルへの過信や目標金額は膨れあがっていく。仮に1千万円が7千万円まで増えたとして、1億円という目標金額が見え始めたとき、もう頭の中ではその金額が実現したときの妄想がはじまってしまう。実際よりもはるかに速く、妄想は1億円に到達してしまう。そして1億円への到達を可能にした自分のトレーディングスキルに絶対の自信を持つ。

大相場のトレンドが崩れ、株価がふらふらと上下しながら次第に上値を切り下げていき、資産が7千万から6千万と、もと来た道をたどりながら溶けていくとき、それを敗北として受け入れることはなかなかできない。現実には株価は下がっている。しかし、それが一時的な調整でしかないと思い込ませるためのさまざまな指標やニュースを、トレーダーは探し始める。そしてまず間違いなく、自分のポジションを正当化する指標やニュースを彼は見つけることはできるだろう。自分は卓越したトレーダーだと思い込んでしまったとき、「大きな調整でポジションを手放してしまい、その後の上昇相場を指をくわえてみていた」という屈辱的な選択をしたくないという気持ちが、冷静な判断を上回ってしまう。

あるいは崩壊はもっと急速に来るのかもしれない。最初は慎重にリスクを計算しながらおっかなびっくり信用取引を行っていた個人投資家も、連戦連勝が続くうちにリスク管理は甘くなり、どんどん危険なトレードに挑むようになる。そんなリスキーなトレードでも、上昇トレンドの場合は報われる可能性が高いのだ。そして、最終局面、株価は頂点に達し、大きな暴落の前兆となる株価のもたつきの中で、彼は「株価はもっと上がるべきだ」と考え、妄想の1億円をかなえるためにノーガードで全資金を株式市場にゆだねる。信用枠一杯に株式を抱え込んだトレーダーは暴落の最初の段階で、すべての資産を投げることになる。

実際、ライブドアショックで日経平均が2日で千円近く下がったとき、その日の夜の2ちゃんねるやyahooの株式関係の掲示板を見たら、「樹海行き」だの「追証」といったタイトルのスレッドでいっぱいだった。あれは驚いたね。それまで思いっきり強きのコメントばかりだったはずなのに、一夜にして世界が変わったのだ。

相場の頂点、誰もが強気のとき、多くのトレーダーは、リスク管理できずに腹一杯ポジションを抱え込んでいる。そして高空を飛んでいる飛行機がエアポケットに填まってかくんと下落するかのような調整が来ると、彼らは悲鳴をあげ狼狽する。底が抜けるかもしれないという身体で感じる恐怖心を彼らはその時覚える。そうした恐怖心が、彼らをさらに破滅的なトレードへと導いていき、そしてあっという間に彼らの資金は溶けてしまう。



さて、2001年の夏に話を戻そう。しかし、その前にもう少し語りたいことがある。
My Trading Lifeでこれまで何度も語ってきた「マーケットの奇術師さん」を僕は今どう評価しているかである。
そしてそれから再びあの夏のことから話を続けたいと思う。

My Trading Life (33) 第3部(1)

今、また新しい相場が始まろうとしている。この相場がこれまで何度もあったように「始まり」だけで終わってしまうのか、それとも歴史に記憶されるような大きな相場へと成長していくのかは、現時点ではまったくわからない。

投資とは自分の資金を自分が予想する未来へと文字通り「賭ける」ことである。賭ける勇気と、そして読みが外れたときに潔くポジションを引きあげる冷静な判断力を持つものだけが、株式市場で勝利者になることができる。怯えて立ちすくむもの、現実におきていることに目を背けて儚い希望にすがり続けるものは勝利者になることはできない。そして、今始まりつつある相場は、少なくとも「賭ける」だけの価値のある相場だと思う。

とはいうものの、僕はすでに引退した個人投資家であり、この相場に参加する気はない。今のポジションは以前このブログで書いたとおり。去年の10月初めに1千万円ほど、5401新日鉄住金と6758ソニーに入れたままである。今、ポジションを立てた日付と内容を確認した。10月5日に新日鉄を157円で35,000株、ソニーを919円で6,000株、買っている。その後の3ヶ月ほどの相場の動きを見れば、「買うタイミングは絶妙、選んだ銘柄は微妙」ということになるだろうか。

この間、株価が2倍3倍になった銘柄はごろごろしているのだから、トータルで500万円弱、40%ほどの含み益というのは、あまり誇れるような数字ではない。しかし、少なくとも、株式トレードでは何よりもタイミングが大切であり、相場の大局的な流れに沿ったポジションが作れれば利益がでるものだということを示している。

銘柄選びは二の次でよい。買うべきタイミングで買い、売るべきタイミングで売ること。

12月の総理就任以来のこの1ヶ月間、安倍晋三は非常に慎重かつ堅実に布石を打っていると僕には思える。前回の総理の時は「理念はともあれ政治的手法があまりに稚拙」という印象を受けた安倍晋三が、この5年間の間に政治家としてこんなにも成熟しているとは思ってもいなかった。

2007年9月、参議院選挙敗北の後、いったん続投を宣言しておきながら、その数日後にいきなり政権を投げ出した上、辞任を決めた健康上の理由を辞任会見できちんと説明しないという、考えられる限り最悪のやめ方をした安倍晋三が、再び総理の座を射止めるとは、あの段階ではおそらく本人を含めてほとんど誰も想像していなかっただろう。だが、今回の総理就任後の安倍のスピーディーかつに繰り出される施策の数々を見る限り、もう一度総理になったら何をするかということを安倍は何度もシミュレーションしていたのだと思う。想定外に総理になってしまった村山富市や野田佳彦とはまったく違う。不本意な形で政権を投げ出してしまったという断腸の思いの中で、もう一度、総理になれたら、いやそんなことはあるはずもないと逡巡する心の中で、眠れない夜、悶々としながらも、繰り返し自分のビジョンを実現していく方法を考えていたのだろう。

満を持してとはこういうことを言うのだろう。最初の布石は順調である。だが、これから中盤戦に入り、石と石がぶつかりあい、せめぎ合う戦いが始まる。中国や韓国との外交上の駆け引き、日米関係の修復、デフレとの戦い、金利上昇やインフレに対する配慮。そして何よりも強敵なのは、安倍晋三を親の敵のように憎悪し、「安倍政権を倒すのが社是」であると公言し、さまざまな手段で足を引っ張ろうとする報道テロリストたちだ。一手の遅れや判断の誤りが、致命的な敗北に繋がりかねない難しい局面にこれからさしかかっていくことになるだろう。

先週号のNewsweekでピーター・タスカが「世界に愛されるアベノミクス」というタイトルの記事で安倍の経済政策を絶賛していた。


「高い期待を反映して、衆議院選挙の実施が決まって以降、急激に円安が進み、日経平均は20%近く上昇した。安倍は文字どおり、指一本動かすことなく時価総額でおよそ50兆円の富を生み出したわけだ」

「公共事業の縮小路線にも終止符を打つべきだ。日本は防災対策を強化し、主要機能を地方に分散し、東京オリンピック前に建設されたインフラを補強する必要がある。国債の格付けが下がることを恐れて公共事業を控え、トンネルが崩落したり、耐震基準が十分でない建物を放置するなんてばかげている」

「日本ではあまりにも長い間、新しい試みに対してネガティブな批判をするのが『冷静』な態度と見られてきた」



ピーター・タスカ。
懐かしい名前である。
書庫を探ったら『日本の時代は終わったか』というタイトルの埃まみれの本が出てきた。本のタイトルはともかく、帯の文面はほとんどそのまま記憶している。衝撃的だったのだ。


資産デフレの時代
歴史上前例のない
デフレスパイラルが
始まった。
株・地価の大調整は
今世紀いっぱい
続き、かつて経験した
ことのない
混乱と低成長の
時代が来る。



奥付を見ると発行は1992年6月12日。バブルの風船に最初の風穴が空いてから1年半。とはいうものの、ジュリアナ東京は連日満員で、バブルが終わったと言うよりも、バブルの時代がもっとも腐臭を放っていた頃だ。今となっては信じられない話だが、日銀総裁の三重野康を「バブル退治の平成の鬼平」とマスコミが賛美していた時代である。日経平均が大きく下落した日、記者会見の場で「セントラルバンカーは株価を語らない」と三重野が大見得切ったのを、「潔いですね」とワイドショーのコメンテーターが褒めていたのを覚えている。そんな時代である。

つくづく思うのだが、大東亜戦争にせよ、80年代のバブルにせよ、調子に乗ったときの日本人というのは実に見苦しいが、敗北後の処理はそれ以上に目も当てられないほど拙い。

バブルの時代というのが異常な時代であり、こんなことがいつまでも続くわけはなく、そのうち破局が来るかもしれないと漠然とにせよ多くの人が予感していたはずだ。

そして、実際、バブルが弾け、株価や地価が急落していったとき、多くの日本人はこれを道徳的敗北として受け取った。あんなに浮かれまくったんだから罰があたったんだと。思い起こすと確かにあの時代は異常だったねと。大東亜戦争の敗北を受けとめたときと同じように。

戦後45年。戦争を経験した人たちはまだまだ現役で活躍していたし、戦争の記憶はさまざまな形で語り継がれていた。

大東亜戦争はあまりに愚かな戦争であり、負けるべくして負けたのだが、しかし決して「正義である連合軍が、悪の日本軍を打倒した聖戦」というわけではない。「バブルの形成とその破裂」はなによりも日本銀行をはじめとする政府や官僚の失策であり、道徳的に裁かれるべき日本と日本人が裁かれたというわけではない。

話は少しそれるが、1993年、江(沢民)の傭兵こと河野洋平による、例の河野談話が同時代的にはそれほど大きな批判を浴びることがなかったのは、実はそうした時代の雰囲気によるものが大きい。自虐史観などという言葉はその時代にはなかったが、「日本の道徳的な不正を認めることが誠実さの表れである」と当時の日本人はわりと本気で信じていたような気がする。

大東亜戦争での敗北を「敗北を抱きしめて」甘んじて受け入れ、自分たちの非を全面的に認めた上で、新たな経済的成長の道へと突き進んでいったように、バブルの破裂も、罰が当たったのであり、敗北を抱きしめようとほとんどの日本人は思っていたのである。そうした時代の空気の中では、河野談話ってそれほど違和感のある発言でもなかったんだよね、実は。

閑話休題。ピーター・タスカのその本で、僕ははじめて「資産デフレ」という言葉を知り、バブルよりもデフレの方が恐ろしいという考え方を知った。ただ、その時点ではそのことは十分には実感できていなくて、妙な本を読んだという印象しか残っていない。デフレが恒常化した世の中というものが一体どういうものか、まったく想像もできなかったのだ。

「株価と地価の大調整が今世紀いっぱい続く」という指摘は、ほとんどの日本人の経済評論家や識者が、「株価が反騰するのはいつか」などとのんきに語っていた時代に、あまりも突出した異質な意見で、容易に信じることはできなかった。が、結果を見るならば本当に予言的な書物だったと思う。

ぺらぺらとページをめくって、こんな一節にサイドラインが引っ張ってあることに気がついた。サイドラインを引いたのは間違いなく僕だが、まったく記憶にはない。

「低成長時代はさまざまなデメリットがある。とくに、保護主義がますます強まり、そのためいろいろな国で政治的緊張が高まるようになるかもしれない。つまり、あたかも絵に描いたように金融システムが壊れて恐慌がくるのではなく、内側からじわじわと資産デフレの影響が経済面や政治面に出てくるだろう。」

ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンやジョゼフ・スティグリッツも、大胆な金融政策や財政出動を柱とするアベノミクスには好意的である。ポール・クルーグマンが近著「さっさと不況を終わらせろ」で述べているアメリカ政府の政策に対する批判はそのまま日本政府が過去10年間行ってきた政策に対する批判に他ならず、クルーグマンがやるべきこととして述べている政策こそ、今、安倍晋三が行っていることに他ならない。

「みんなまちがった比喩を使って考えているのだ。アメリカが、苦境に陥った家族であるかのように考え、所得に比べて負債が多すぎるのだと考える。だからこの状況の改善への処方箋は、美徳と倹約だ。ベルトを引き締め、支出を減らし、借金を返済し、費用をカットしなければいけません、というわけだ。」

だいたい「日銀の独立性」を神聖視してデフレを放置し、毎年何万人もの自殺者が出ることに対して何の手も打ってこなかったことが異常すぎる。本末転倒でしょ。

とはいうものの、すべてのメディアがアベノミクスに好意的というわけではない。報道テロリストは虎視眈々と安倍晋三を引きずり下ろすための機会をうかがっている。

朝日新聞を読むという習慣はとうの昔になくしていて、たまにネットで記事をのぞくだけなのだが、先日、仕事でホテルに宿泊することがあって、部屋に届けられた朝日新聞を読んで、げんなりしたね。朝日新聞って連日こんな感じなのか、それとも僕が読んだ日がたまたま異常だったのか、ちょっと分からないが、ともあれ酷い。いくつか引用してみようか。1月19日の朝刊です。

まず、11面の見出し。

止まらぬ円安90円台
2年7ヶ月ぶり 海外で批判強まる


いや、円高を是正してデフレから脱却しようとしているのだから、円安が進むのはむしろ好ましいことで「止まらぬ円安」って見出しはおかしいでしょ。「海外で批判強まる」って、また、外国では日本が悪いって言ってます大変だ大変だ、ですか。

7面も凄かった。

富裕層増税に抜け道
子や孫への贈与優遇
企業減税 目白押し


という見出しだけ見ると、例によって朝日新聞の庶民ぶりっ子、「政府=企業や大金持ちの味方」「朝日新聞=庶民の味方」という図式の気持ち悪い猫なで声が聞こえてきそうだが、記事そのものはまず「大きなテーマはお金持ちへの増税だ」で始まっている。そりゃあまあ抜け道もあるだろうが、税制改正案の基本的な柱は富裕層への増税であるということがきちんと指摘されている。まあ、バランスの取れた記事だと思った。

要するに、記事を書いている記者と、見出しをつける「えらい人」との間でまったく意思の疎通ができていないんだね。ていうか、「えらい人」が勝手に見出しをつけるんだろうね。結果として、寝ぼけまなこでぼーっと朝の食卓で見出しをながめるだけの大多数の読者と、記事をじっくり読む読者とでは、同じ記事を目にしてもまったく別の印象を受けることになる。

そして、その記事の下には、今度は

「賃上げ減税」経済界に不評

とある。上の記事で「企業減税 目白押し」と書きながら、その下で賃上げ減税そのものは経済界から不評だというのならば、企業減税って必ずしも企業にとって望ましいものばかりではないということになる。矛盾してませんか。いや、朝日新聞の立場としては矛盾していないのだろう。どちらも安倍批判という点では一貫しているのだから。

「経済同友会の長谷川閑史代表幹事は16日の会見で、「賃金はいったん上げると簡単には下げられない一方で減税は一時的なもの」と述べ、「それで賃上げが進むとは思わない」と語った。」

な〜んて記事では書いてありますが、日本国民の雇用を増やし、賃金を上げるための努力しない経済界に対しては、社説できっちり説教したらどうなのかね。妙なところで企業の肩を持つのはやめて欲しい。

そして投稿欄は例のごとし。あまりにキチガイじみていて自分たちの記事としては書くことができない内容を、「庶民の意見」という旗の下に掲載するのだ。投稿マニアたちは、朝日新聞に自分の投稿が掲載されることが生きがいになっているのだろうから、当然のごとく朝日の主張に媚びるような内容のものを書いてくる。12面の71歳の滋賀県の主婦の投稿の一節は以下の通り。

「新聞を読んで、ため息が出た。消費の増加につなげるのが狙いというが、一体どこの家のお話なんだろうというのが実感である」

いやいや、消費の増加につなげるのが狙いなのであって、あんたの家の話じゃないんだって。富裕層の老人から、若い層へとお金が回っていくようにという工夫であって、あんたが不幸にも富裕層ではないというのならば、あんたはあんたのやり方で、孫にお小遣いを上げたり、ランドセル買ってあげたり、昔話をしたりして、せいぜい幸せになりゃいいじゃないですか。極私的なひがみを国家規模の大きな経済政策に対してぶつけるのは間違っているし、大体ひがみっぽい年寄りって孫にも嫌われるぞ。新聞読んでため息ついてないで、もっと笑って楽しく過ごせよ。

と、まあ、こんな感じで、現時点では、そろそろと探りを入れているといった段階で、安倍晋三にむかって牙をむくというところまではいっていないが、ステルスマーケットは進行中。記事のあちこちから法衣の下の鎧が見える。そのうち安倍晋三や閣僚に何か失言でも飛びだそうものなら、普通の市民の些細な失策に飛びついて全財産をむしり取るあの角田美代子のようなやり口で、内閣崩壊に陥るまでぼっこぼこに叩きのめすはずだ。



おいおい、今日はイントロダクションのつもりだったのだが、長くなってしまったじゃないか。まあ、ブログの文体をすっかり忘れてしまっていて、どんな風に書いたらいいのか完全にわかんなくなってるからね〜。今日は肩を温める意味で、軽くキャッチボールということにしておきましょう。おしまい。

傍目八目

すでに引退した個人投資家なので、この相場に参加する気はないのだが、でも、これ意外に大きな相場になるかもしれないよ。株で一財産作りたい人には久しぶりのチャンス到来ではないだろうか。

基本、外国人投資家ががんがん買っているわけで、相場に参加する気ならば、上昇している銘柄にどんどん乗っていった方がいいと思う。2000年のITバブルとか、2005-2006年の小泉改革の時と同じだよ。

「押し目を待つ」というのは愚かな投資法である可能性が高い。押し目は待っても来ませんし、個人投資家が押し目買いだと思うような緩みは地獄の入口だと思った方がいい。

上がったら買う。下がったら売る。
銘柄に惚れない。夢は一切見ない。

ノーガードでディフェンスなしでがんがん打ちまくった方が儲かるのだが、そうした投資家は、下落の局面で全財産失うことになるだろう。2006年の相場で資産を何倍、何十倍にした個人投資家は多かったと思うが、2007年以降の下落で財産を失わなかった投資家はほとんどいない。きっちり逃げきったのは僕が知る限り、僕だけである。

政治憎悪

曇り、夕方から雨。駅前での政治家たちの「最後のお願い」とやらを見に行く。自民、民主、維新、共産。4党の候補がそれぞれ旗を立て、動員された支持者たちはお揃いのはっぴを着て、頭を下げチラシを通行人たちに配ろうとしていたが、通行人たちはほんとうに誰一人としてそれを受け取ろうとしない。はっきりと拒絶の姿勢で候補たちの前を通り過ぎていく。

僕は候補者たちの目の前1メートルほどの所を、わざとゆっくりと歩いたのだが、4候補とも握手の手を差し出してくることさえしなかった。この2週間の間、何度も手をさしのべ、そしてほとんどの場合、拒絶されてきたのだろう。奴らにとってはまったく手応えのないヌエに手を突っ込んだような選挙戦だったのだと思う。政治不信というよりも政治に対する拒絶と憎悪の刺すような視線を浴び続けてきたのだろうね。顔には疲労と、そして恐怖に怯えた表情が浮かんでいた。

そもそも「小選挙区制度による2大政党制」などというのがありえない妄想の世界だったのだ。2大政党制というのはアングロサクソンの覇権国家にのみ許される特権である。2大政党であるためには、外交上の選択を自由に行える覇権国家でなければならない。仮に日本が「親米」と「親中」の2大政党になって、選挙のたびに政権が交代していたら、日本外交はボロボロになってしまうだろう。というか事実そうなってしまったわけだが。地政学的な制約の中でフリーハンドの外交的選択権など持てるはずがないのだから、結果的にはどの政党も似通った政策にならざるを得ない。TPPには前のめりにもなれないし拒絶することもできない。日米関係、日中関係ともにもはや日本側に主導権はない。自民党の失政による「失われた20年」と、その後の民主政権による「地獄の3年」で、日本はボロボロにされてしまった。

選挙は自民党が勝つことになりそうだが、選挙後の一瞬の政治空白におそらく中国が何らかのアクションを仕掛けてくるだろう。16日の日本の総選挙、19日の韓国の大統領選挙の前に、軍事的緊張を高めるような行動に出た場合、日韓の反中勢力を助けることになってしまうだろうという計算から、それまではおとなしくしているだろうが、19日の韓国の大統領選挙後、日韓の新政権の力を試してくるような軍事的アクションを起こしてくることはほぼ間違いないだろう。日本は平和な正月を迎えられるのだろうか。来年の正月、果たして尖閣列島が日本領であるかどうかさえ危うい気がする。

先週の買い

5301新日鉄住金
6758ソニー

500万ずつ。とりあえず、日本の未来に賭ける。10年ホールド。

ポジション閉じる

7月半ばに建てたポジションは、今週に入ってから一昨日と昨日とで精算しました。
確定益は50万ほど。5727東邦チタニウムと6301コマツのみ赤字で、それ以外の銘柄はほんの少しずつですが利益が出ました。5713住友鉱山でしっかり利益を確保しましたね。
6301コマツはドテンで空売り。9501東京電力は相変わらず売りっぱなし。
記事検索
  • ライブドアブログ