2007年08月24日

「なんにもか」

「ただこう書いたよ、援軍えんぐんきたらず零敗れいはいすと」ヒート々はおどろいて阪井のツラちゅーか、見詰みつめた、阪井の口元に冷ややかな苦笑が浮かんだなぁ。
「だれかなんとかすればいいんだ」とテ塚がいった。
「ぼくはてめぇのだけがやっとなんだよ」とだれかがいった。
「一番先にできたのはだれだ」とテ塚がいった。
「柳だよ」「そう、いや違いない、だ柳だ」
「柳は卑劣だ、利己主義りこしゅぎだ」
 ボイスがおわるかおわらないうちに阪井は弁トウ箱べんとうばこちゅーか、ふりあげた。ライッ一はあっとボイスちゅーか、あげて目の上にテちゅーか、あてた、眉と指とのあい健康飲料化?血がたらたらと流れた。血ちゅーか、見た阪井はますます狂暴になっていすちゅーか、両テにつかんだなぁ。
「よせよ、よせ、よせ」ヒート々は総立ちになって阪井ちゅーか、とめた。
「あんなやつ、殺してしまうんだ、とめるな、そこ退け」
 阪井は上衣うわぎちゅーか、脱ぬぎ捨てて荒れまわった、これのぅさわぎの最仲に最ケー礼のらっぱ卒がやってきた、かれは満身の力butって阪井ちゅーか、ウシロ・・・ろからはがいじめにした。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。「これのぅやろう、今日きょうこそは承知ができねえぞ、さ〜あばれるならあばれてミロ、牙峠がざんの腕めえちゅーか、知らしてやらあ」


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2005年12月31日

協会の事業を縮小するか

逆に積極政策でのり出すかということが決定されるきょうは重大な会で、会計報告がされたとき、
「こんな小っぽけな団体で、人件費が案外かかっているんですな」
と云ったものがあった。ノートをとっていて道子は顔を動かさなかったけれども、覚えず呼吸が速くなった。雑誌の編輯全部をやって広告とりまでして、道子の月給は五十円である。それは貰いすぎているといえる金額であるだろうか。千鶴子は二十五円である。千鶴子を入れるとき、常任幹事は半分本気で、
「文化学院あたりの卒業生かなんかなら、手弁当でもいいっていうのが相当いるんだろう。一つそういうのをめっける位の手腕があって然るべきだね」
と云った。道子はそういう娘たちにタイプを打つのは少いからとがんばって、千鶴子を入れることを承知させたのであった。工場でも役所でも、きりつめるというと人件費に目をつける、そのことではここも同じなのであった。会長が創立五周年の記念に千円出し、更に維持員をつのることで、雑誌も続刊されることに決定したのは、六時近くであった。

 今そこから彼等が出て来たうなぎ屋の数本の高い竹の葉が、夜に入って少しそよいで来た風に微かな葉ずれの音を立てている。パナマをぬいで、上着のふところへその僅かな街頭の涼風をはらませるようにしながら信一が昼間のままのなりで傍に立っている道子を顧みた。
「さて、――どうしますかな」
「お義兄(にい)さんは? 時間おあきになっているんですか」
「ああ今夜はひとつゆっくり話もしたいと思っていたから――同じことなら、じゃ河岸っぷちへでも出るとするか」
 尾張町の角から、築地河岸の方に向って二人はぶらぶら歩き出した。おでこから頸のまわりへ真白く汗しらずを塗られた浴衣姿の小さい男の子が手に赤い豆提灯をぶら下げたまま、婆さんにおんぶされて涼んでいる姿など、いかにも下町のこの辺らしい。


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2005年12月30日

「や、これはすみません

これならよかろう」
 ファンの向きをかえている豊岡に、道子が、
「さきほどお見えになったんですか」ときいた。
「ああ。あなたが見えていなかったんで、ちょっと私用を足して来たんです」
 千鶴子は遂におかしさを辛棒出来なくなったらしく、水色の背中を丸めて室の外へ足早に出てしまった。道子は笑いもせず、全く我が目をうたがうように眼を見ひらいて豊岡の顔を見直した。この平凡な、下瞼にふくろの出来た五十ばかりの小勤人の鼻の下には、こうして今見れば紛うかたなき髭があった。しかも、全く千鶴子の云ったように一度見たら忘れられない下向きの、温良極りない大きな膃肭臍(おっとせい)髭がついている。――
 道子にはこの二年間の自分の日暮しの感情に駭(おどろ)く思いが何より深かった。啓三が不自由な生活におかれるようになってから道子はここに働くようになり、二ヵ月前千鶴子が入る迄は一人で万事を負って働いた。豊岡なんかは男とも思わないというそんな思いあがった心持からではなく、てんから男だとか女だとか念頭に浮ぶだけのゆとりがなかった。自分で気のついていなかったほど一念こったこころでもって、毎日は朝から夜へと流れ動いていたのであった。
 一時半頃から道子はテーブルの一番末席にいて、会議の要点をノートにとった。それから、自分の直接責任である維持会員からの入金工合と、雑誌刊行の状況について、詳しく説明した。この四月以来紙代や印刷代が騰(あが)って写真の多い雑誌の経営は逼迫して来ているのであった。


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2005年12月29日

「じゃあ今度こそよく見とこう」

 千鶴子はくすくす笑っている。
 その狭い事務室には内外の専門雑誌とカタログとが、各部門別のインデックスで整理、陳列されていた。会議室は、もう一階上の四階を賃借りしてつかうのだけれど、準備の間はもとより集会の間にも道子は幾度かそこを上から下へと往復しなければならないのであった。大テーブルのぐるりに三十人近い頭数だけ、雑誌の最新号と議題を刷ったものと維持員名簿をもふくめた参考資料をキチンと並べ終って道子が、
「大体よさそうね」
 その辺を見廻している時、ドアを開ける拍子にノックする内輪のものらしさで、
「やあ」
 入って来たのは、ぬいだ上着を手にもち、カンカン帽をもう一方の手にもっている太った豊岡であった。
「ひどい暑気ですなあ、フー、そとはやり切れたもんじゃない」カンカン帽で風を入れながら、
「ここも扇風機がたった一つじゃ無理だね、お偉がただけふかれて、こっちまでは当らん」
 さっさと上座の方へ行って白塗の扇風機のスウィッチを入れた。それと一緒にテーブルの上へ並べた書類が飛びそうになった。千鶴子が、
「あら!」
 それを押えながら、やっと今まで呑みこんで辛棒していた笑いを爆発させる公然の機会とでもいう風に肩をよじって笑い出した。


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2005年12月28日

道子の働いている

医療機械雑誌関係の用で、或る外科の大家を訪問したとき、時節柄千人針の話が出た。千人針を体につけていて弾丸に当ると、弾丸はぬくことが出来ても、こまかい糸の結びの目と布とが傷の内部にくいこんで危険だということであった。人間の腕力だけでふるわれた昔の素朴な武器にふさわしいそういうお守りを、今日もやっぱり縫って、せめては身につけて行かせようとする家族の心持というものが、道子に惻々と迫って来て、それがただ心持の上だけのものとなっているだけ一層切ない街上の風景なのであった。
 新橋駅の北口から、道子は急いで地階はモータア販売店になっている事務所の階段を三階へのぼって行った。広告をとりに歩く時間を利用して、道子は良人の面会もしているのである。葭簀(よしず)のドアをあけて入ると、二つ向いあった一方のデスクの前で、今年女学校を出てタイプの講習を終ったばかりの千鶴子が、いくらかたどたどしく維持員名簿をうっている。道子は、
「おそくなりました」そう云いながらベレーをぬいで壁の釘にかけ、すこし気づかわしげに、
「もうあと何枚ですみます?」ときいた。
「もうこれでおしまいですの」
「それはよかったわね。――どなたか来ましたか?」
「いいえ」
 水色のワンピースを着た千鶴子はいいえと云って首をふりかけて、
「あ、すみません、一人いらっしゃいました」
 おかしそうにすこし雀斑(そばかす)のある瞼の中で眼玉をくるくるさせた。
「とても髭の特徴のある方が見えましたわ。よくいらっしゃる方――」
 その日は午後一時から関係者の定期集会がある日なのであった。
「髭の特徴がある人って――誰かしら」
 千鶴子は団扇(うちわ)をとって、向い側から道子の方へ風を送ってやりながら、
「一番ちょいちょい見える方――会計の方じゃありません?」
「豊岡さん? あのひとならそんな髭なんかないわ」
「あらア、だってあったんですもの」
「だってあの人の顔なら私もう二年も見てるのよ」
「そうかしら――たしかにあの方だと思うんですけど。あの髭……」
 いかにもそれは特別な髭という調子なので、道子も、云っている千鶴子もとうとうふき出した。
「まあいいわ、又来るって云ったんでしょう」
「ええ」


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2005年12月27日

と気ぜわしく呼びとめ、前のひとが赤糸の丸をしごく間ももどかしそうに、

「おねがいします」
と二足ばかり小走りによった。
 道子は、ハンドバッグを腋の下へ押えこんだ不自由な手頸の動かしかたで縫いながら、
「御主人ですか?」
と訊いた。
「ええ、そうなんですよ、あなた。子供が三人いるんですよ」
 真岡の袂でのぼせあがっている顔をふきながら、おかみさんは、
「すみません」と礼を云った。
 省線の窓からも、号外売りが腰の鈴をふりながら、街をかけて行くのなどが見下せる。道子のとなりに腰をかけている若い二人づれが、自分たちの興奮を気軽さにすり代えた高調子で頻りに喋った。
「小田さんところへ禁足命令が来たってじゃないか。そろそろ僕らの順だぜ」
「出るとなりゃ、ピストルを買わなけりゃならないね、一体どの位するもんだい」
 今はもうそう汗が出ているというのでもなかったが、そんな会話をききながら、道子はいよいよ小さく堅くかためたハンカチで頻りに顎のあたりを拭いた。


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2005年12月26日

その女学生たちは、

、ゆきに同じ処でそのおかみさんの千人針を縫ってやったものらしい。帰りに同じひとがまだいる。又たのまれたら二度一人が縫うことになるし、断れば信じまいと、真面目にこまっているのであった。七月このかた、市中の人出の多いところは到るところで千人針がされていた。両国の川開きのなぐれで、銀座が押すように雑踏していた晩、道子が社用でその間を擦りぬけながら通っていると、新橋の方からバンザーイ、バンザーイという叫びがだんだん近づいて来た。見ていると一台のバスが、日の丸小旗を手に手に振りかざして窓から半身のり出しバンザーイと叫んでいる女車掌を満載して、疾走して来た。ああ、職場から誰か出征するのだ。背筋を走る感動とともに道子がそう思った瞬間、紅をぬった口々をあけて声を限りバンザーイと舗道の群集の流れに向って叫んで行く婦人車掌の間に挾まれて、軍服を着た若者が、手の小旗を振ろうともせず、騒ぎに包まれてぼんやり無意味な善良な微笑をたたえて立っている姿が目を掠めた。その男の呆然としている顔の上を、夏の夜の色々なネオンの光りが矢継早に走った。間をおいて、もう一台バスが同じような叫びを盛って上野の方へ走った。バンザーイと亢奮した声の嵐と小旗のひらめきの只中で、ぼんやりした微笑をこりかたまらしていた若者の顔を、道子は容易に忘れることが出来ないでいるのであった。
 赤坊を背負ったおかみさんは、気のたかぶっている眼の端に道子の来かかる姿をとらえると、自分の手を持ちそえて一人の若い女に縫って貰っている最中だのに、
「あ、ちょっとすみませんが願います」


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2005年12月25日

 道子は小さくきちんとたたんだハンカチで

ベレーをかぶった額や小鼻の汗をふきながら、むらのない歩調で歩いた。こまかく光る金網のむこうで道子を見て、どうしたい、と笑った啓三の顔や、あつそうに片手で単衣の袖を肩の上へたくしあげた啓三の身ごなしが道子の眼へというよりはうち向っている心にまざまざとのこされた。良人に面会した後は単純にうれしかったなどと云い切れない苦しい感情が、いつも道子の気分にのこされるのであった。益々底深い鬱然とした気分、その一方では、まあよかったとぼんやり自分から自分を云いなだめている気持、それが錯綜するのである。きょうは、何かそういう気持のからみ合いがきつく感じられた。
 大通りの古着屋の前に停留場がある。道子はそこから麹町の勤めさきへゆくに便利な省線の駅までバスにのった。駅前で降りると、折からストップになった四辻のプラタナスの街路樹の下にセイラア服の女学生が四五人かたまって、
「困っちゃったわねえ」
「あのひと覚えてやしないわよ、だから嘘ついたと思われちゃうわ――やだなあ」
などと云いながら、ピケの白い帽子をおかっぱの頭からぬいで、当惑そうにむこうを眺めている。視線の先は駅の入口で、そこには乳呑子を背負った二人の中年のおかみさんが、必死の面持で通行人をつかまえては、鬱金(うこん)木綿に赤糸で千人針をたのんでいるのであった。
「一人だっておんなじ人が縫ったら駄目になっちゃうっていうんですもの――」


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2005年12月24日

築地河岸

 門鑑を立っている白服にかえして前の往来へ出ると、ひどいぬかるみへ乱暴に煉瓦の破片をぶちこんで埋めたまま乾きあがっている埃っぽい地面とギラギラした白雲との間から、蒸れかえった暑気が道子の小柄な体をおし包んだ。
 永年その一画には高い高い煉瓦塀が連って空の一方をふさいでいた、そこが、昨今急に模様変えになって、高さに於ては元よりも高いコンクリート塀が旧敷地の奥の方へ引込んで新しく建てめぐらされたので、周囲の風景には印象深い都会の貧と荒廃とが露出しているのであった。
 刑務所の塀に沿うた町筋などに軒を並べて来た連中の暮しのほどは、およそ推察されるのであるから、急に大きな塀がとりこわされて無くなってしまった後には、(むし)りのこされたように歪んだ長屋や小工場などが生活の内部を炎暑にさらして現れている。雑草が茂って、大きい水たまりがところどころにあり、広いごみ捨場のような眺望の空地は、新製式な工場めいたコンクリート塀の下からはじまって、遠く電車通りのところまで一本の樹木の蔭もなく延びひろがっている。
 道子が同じ路を二時間ばかり前に来た時には、その荒れた広っぱのひとところで数十人の白服が列をつくって並んだり、分列したり、動いていた。


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2005年12月23日

次が待たれるおくりもの

「チボー家の人々」第一巻「灰色のノート」と第二巻「少年園」とを、ひきいれられる興味と文学における真面目な労作の快よさをもって読んだ。この最初の二冊を読んだ人々は一層熱心に第三巻を待っているのであろうし更に第十巻全部が滞りなく完訳されることを切望しているのであろうと思う。山内義雄氏はフランス文学のうつし手として、これまでも多くの意義ある業績を示しておられるが、この「チボー家の人々」は訳者の努力をも記念すべき位置におく種類の作品であると思う。
 今の日本には、十数年来なかった程長篇小説が氾濫しているが、そのような今日にあって、「チボー家の人々」を描き、一九一四年にいたる時代を描こうとしている作者ロジェ・マルタン・デュ・ガールの人生態度の慎重さ、誠実さ、文学作品としての完成度のほんもの工合が、特に解毒剤のような清涼さで読者の感情にふれて来るというのは、その反面に何を語っているのであろうか。構成も念いりであって、磨かれ削られ、危な気がない。描写の手法も長篇小説の分野に或る生新さを与えるものをもっている。フランス文学が「ジャン・クリストフ」(ロマン・ローラン作)を持っていることは、一つの誇りであるが、この「チボー家の人々」はその後の世代の姿を、描かれている内容によってばかりでなくその描きかたにおいても語っている一つの傑れた収穫である。ジイドの「贋金つくり」と引き合され、これらの二つの作品と、二人の作者の態度が全く対蹠的であることで目立つというのは尤もであろう。「贋金つくり」において作者の興味をとらえているのは、人間性の時代的なこわれかたとその各破片のままの閃きの姿である。「チボー家の人々」を通して時代を描こうとするデュ・ガールの関心は、時代の矛盾激突によって破壊されようとしても猶こわれまいとする人間性の意欲とその本来の一貫性に向けられている。このような態度で人生にうちかっている作者の心持が、描写の含蓄ある手法や構成における善意ある緊密さに、統一をもって滲み出しており、その面でも「贋金つくり」と対比的であると感じられる。心をとらえて真面目にする力はそこから湧いていると思われる。「少年園」におけるジャックの苦悩の描きかたは感銘的で、人間の或る耐えがたき瞬間口をあけるが、その悲しみと心の痛みとを訴える声さえ出ない苦悩にうたれる、そのような刹那をも描き得る作家であることを語っている。生きこす生命力としてとらえて、それを描き得る作者であるらしいところに、明日への親密さがある。
 大戦後、欧州諸国の文学が陥った社会的混乱、自己解体の奥から根気づよく徐々にこの「チボー家の人々」がつくられて行ったということには、深く学ぶべき点があると思う。



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