ドラマ『秘密の森』の二次創作です。
「『秘密の森』のふたり」の(48)~(246), (292)~(297)「전화위복 轉禍爲福(1)~(6)」, (298)「2021年のクリスマスイブ」(299)「移住」(300)「新聞記事」の続きです。
(247)~(291)とは、別の話です。
しかし、(247)~(291)が、(51)と(52)の間に入っている、と考えても、いいです。
(247)~(291)は、2017年夏にファンシモクとハンヨジンとが結婚して最初の2週間、ふたりとも休暇を取って、慶尚南道で過ごす話です。
(48)~(246)は、ファンシモクとハンヨジンとが2017年夏に結婚し、2018年春にハンファンスジョンが生まれ、2020年後半にキジョンを養子にし、2021年の後半に至ります。
ファンシモクの影
韓国のウィボク財団の会長ソンギュテが、ウィボク産業の日本支部、および、日本で創設したウィボク教団の本部、そして、教団の経営するホテルを、どこに置いたのか。オムアヒョン記者の記事には、書いていなかった。東京でも大阪でも京都でも奈良でも神戸でも福岡でも名古屋でもなく、新潟でも出雲でも下関でもない。北海道でもない。
1980年代、日本では、農村の「嫁不足」が問題となっていた。農家の跡取りとなる「長男」の「嫁」不足が、農業の専門雑誌にも、新聞にも、取り上げられていた。
農村で、男性に比べて女性の人数が少なすぎる、という問題ではない。そもそも、若い人が農村を出て都市で就職したり結婚したりすることが多く、都市の過密と農村の過疎とが、全国的な問題となっていた。
それなら、農家の跡取りとなる「長女」の「婿」不足も問題となりそうなものだが、事実、問題となっていたのだが、そちらは、雑誌にも新聞にも、目立った記事はなかった。
「嫁不足」が全国紙の大きなニュースになったのは、いくつかの自治体が、フィリピンの女性を農家の「嫁」に迎える、という事業をおこなったからだった。
もし、同じように、フィリピンの男性を農家の「婿」に迎えていたら、やはり、いや、もっと、大きなニュースになったかもしれないが、そういう事業をする自治体は、なかった。
国枝満の故郷は、昔、陣屋があった町で、その陣屋の跡に町役場が建っていた。この町も、周辺の農村も、若い人々の流出が、悩ましい問題となっていた。
国枝満は、ウィボク産業日本支部の社長とともに、故郷の役場を訪ね、首長や職員と話し、議員とも話した。周辺の農村にも行き、首長や議員と話した。
そして、工場と、ホテルが、町に建設された。
御蔭で、陣屋があった町でも、周辺の農村でも、若い人々が留まるようになった。若い人々は、工場に通勤し、跡取りの「嫁」や「婿」になり、後継者不足が解消された。
ホテルの料理には、地元の農産物や畜産物が使われた。ホテルの土産物屋では、地元の農産物の加工食品や、畜産物や、林産物の工芸品が売られた。
ホテルで働くのは、他の地方からやってきた、ウィボク教団の信者たちだった。敷地は広く、美しい庭と、従業員の宿舎があった。宿舎には、集会室と図書室とがあった。
ホテルの客の目的は、観光と保養が半々だった。ホテルの部屋は、カンセリングルームにもなった。疲労を癒したい客のために、従業員にしてウィボク教団の信者達が、カウンセリングをした。観光目的の客は、サイクリングやハイキングをした。陣屋があった町でも、周辺の農村でも、サイクリングロードや登山道を整備した。四阿も作った。
国枝満は、故郷の人々には、「전화위복 轉禍爲福」の教えを広めなかった。ウィボク産業も、工場で働く地元の人々からは、寄付を募らなかった。その一方で、工場で作る、クッションや枕などを、格安で売った。格安というのは、韓国内の価格と同じということであった。日本の他の地方の店舗や訪問販売では、韓国内の2倍の価格にしていた。
ホテルでは、毎年、鳳仙花会が御見合いパーティーを開いたが、地元からは誰も参加しなかった。御見合いパーティーに参加するのは、鳳仙花会が募った、他の地方の人々と、ウィボク教団の信者だけだった。
1990年、ウィボク産業の本社が、陣屋があった町に移転した。ホテルと同じように、広い敷地に、美しい庭があり、3階建の事務所と、2階建の宿舎があった。宿舎の1階は集会室と図書室である。
ホテルで御見合いパーティーがあるときや、ウィボク教団の行事があるときには、ホテルと本社と両方の宿舎に、よその地方から集まった信者が泊まった。
「ジンヤアト町」と、オムアヒョン記者は、その町の名を、ハンヨジンに教えた。
オムアヒョン「昔は、違う地名だったんですが、陣屋が取り壊されてから、ジンヤアト町と呼ばれるようになったそうです」
ハンヨジン「マルチ商法の会社が、過疎になりかけた地域を、よみがえらせたんですね」
オムアヒョン「ウィボク産業の日本支部長は、マルチ商法であることを隠そうとしません。宗教団体としての正当な布教活動だと言っています。教祖はソンギュテ会長です。国枝満さんは教団の役員です。ソンギュテ会長は『師父様』、国枝満さんは『師母様』と呼ばれていますが、この場合の『師母』は、『師父』の妻という意味ではありません」
ハンヨジン「ソンギュテ会長が教祖といっても、儒教の学者でもなし、それより、カウンセリングの天性の才能があるのは、国枝満さんの方でしょう」
オムアヒョン「そうなんですが、教義を作ったのはソンギュテ会長で、実践するのは、国枝満さん、ということだそうです」
ハンヨジン「ソンギュテ会長は、もう、70歳でしょう」
オムアヒョン「国枝満さんも、もう、60歳です」
ハンヨジン「ソンギュテ会長は、そろそろ、隠退してもいいんじゃないかしら」
オムアヒョン「そうですね。それで、マルチ商法をやめられるといいんですが。韓国では、まともな商売で、利益を上げているんですから。国枝満さんは、ウィボク産業では、一従業員です。たとえば、工場やホテルの認可の書類に、国枝満さんの署名はありません。署名しているのは、日本支部の社長です」
ハンヨジン「それでも、国枝満さんは、ジンヤアト町では、過疎化を食い止めた、功労者なんですね。そこでは、マルチ商法もせず、布教もせず」
オムアヒョン「寄付も集めさせず」
パンデミック対策の規制が緩和されてから、鳳仙花会は御見合いパーティーを再開することとし、参加者を募っていた。ところが、それもまた、延期されてしまった。講演に招かれた文化人が、オムアヒョン記者の記事の日本語訳をオンラインで読んで、キャンセルしたためだった。
2月の第4週に、ロシア軍がウクライナに侵攻し、大きく報道された。
3月の第1週の、ある平日の昼間、仁川市にある東方正教会に、両開きの扉を開けて、ウィボク財団の会長ソンギュテが入って行った。誰もいない。奥の小聖堂に進んだ。燈明がイコンを照らしている。他に人の影も音もない。一方の窓から外の光が入って来るが、窓際だけである。窓際を残して、絨毯が敷いてあり、それには光が届かない。
薄暗い部屋の中央に、パイプ椅子が二脚、横に並べて置いてあった。
ソンギュテは、椅子のあるところまで、ゆっくりと歩いた。立ち止まり、振り返った。自分も含めて、足音も聞こえず、影さえ見えない。
椅子の一つに腰掛けた。うつむいて、両手を組み合わせて膝の上に置いた。革の手袋の表面を見つめた。
まもなく、別の男が聖堂に入って来た。両手をコートのポケットに突っ込んでいる。ソンギュテの隣に腰掛けた。一方の手をポケットから出して、膝の上でライターを点けた。
ソンギュテは、ライターの明かりで、まばたき、顔を横向けて、隣の男を見た。間近で話したことは無いが、知っている顔だ。テレビやネットを通して。「検事さん、でしょうか。ファンシモクさん」
一瞬、隣の男の瞳が、青く光ったように見えた。ソンギュテは、まばたいた。ライターが消えた。
「呼び出しに応じていただいて、感謝しています」と、隣の男は、ソンギュテを見ずに、答えた。
ソンギュテは、隣の男から顔をそむけて、膝に置いた手を見た。「御用件を」
「ここの聖堂は、ロシアでは『サハリン上空ボーイング747墜落事件』、韓国では『大韓航空007便撃墜事件』と呼ばれている、ソヴィエト連邦の戦闘機が韓国の旅客機を撃墜した事件が起こった、その年の同じ月に、建てられました。正確に言うと、最初にできたのは、今は司祭館になっている、隣の建物でした。
銃砲銃弾製造販売会社チャヤンファ産業もまた、その年の同じ月に、創立されました。
偶然とはいえ、因縁を感じたあなたは、撃墜事件の被害者の遺族のために、寄付を集めました。大韓航空007便は、ニューヨークからアンカレッジを経て、金浦空港に着く予定でした。寄付金は、スウェーデン・イギリス・イラン・インド・タイ・マレーシア・オーストラリア・フィリピン・ベトナム・当時、イギリス領だった香港・中華民国すなわち台湾・大韓民国・日本・カナダ・アメリカ合衆国・ドミニカ共和国の遺族に届けられました。
このうち、日本・カナダ・USA・ドミニカ共和国を除いた国に、チャヤンファ産業は、銃器を輸出し、銃砲店を開きました」
ソンギュテ「いや、チャヤンファ産業は、ヨーロッパやイランやインドにまで、輸出していません」
「チャヤンファ産業は、ヨーロッパやイランやインドに、輸出していません。"Hydrangea Industria"が、ヨーロッパ・イラン・インドに輸出しています」
ソンギュテ「たまたま、同じ意味のラテン語の社名だからといって、」
「チャヤンファ産業は、大韓航空機撃墜事件の被害者の遺族に、2003年まで、毎年、寄付金を届けました。当時、こどもだった人が、成人年齢に達するまで。オムアヒョン記者が、その人たちを訪ねてまわって、インタビューをしました。何箇国もインタビューを繰り返したのちに、気がついた。チャヤンファ産業が、社名をラテン語に変えて、大韓民国で登記せず、数箇国に輸出し、税金を免れている」
ソンギュテ「チャヤンファ産業で製造した銃が、輸出先でない国の店で売られていたという動画がアップロードされていましたが、それこそ、密輸業者が転売したんでしょう」
「オムアヒョン記者が訴えられています。地検では、逮捕状を裁判所に請求しようとしています」
ソンギュテ「ウィボク財団関係者への脅迫と、金銭の誘惑によって、虚偽の証言をさせ、誹謗中傷を記事にして、損害を与えました。ひとりの社員が、隠れて録音録画して、証拠を残していました」
「オムアヒョン記者の脅迫の証拠とされた録音録画は、フェイクです」
ソンギュテ「証明できないでしょう。少なくとも、裁判でフェイクだと確定するまで、オムアヒョンを拘留していただかなければ。でないと、あの、ゆすり、たかり、えせ人権派、ジャーナリスト気取りの、ごきぶりが、ますます、」
「チャヤンファ産業の監査請求とウィボク財団の捜索令状を取り下げましょう」
ソンギュテ「あなたにそんなことができるんですか」
「部長検事の権限で」
ソンギュテ「あなたにそんなことができるんですか」
「オムアヒョン記者は、中学校の同窓生です」
ソンギュテ「確証がほしいですね」
隣の男は、さっきと違う方の手をポケットから出した。ライターを、ソンギュテの方に差し出した。「これは、さっきのライターとは違います。録音装置です。メモリを取り出してパソコンに接続してください」
ソンギュテは、ライターを受け取った。
隣の男は、立ち上がった。「先に行きます」
両手をコートのポケットに突っ込んだ男が、出口に向かうのを、ソンギュテは、椅子にすわったまま、振り返って見送った。小聖堂を出ると、足音が聞えた。暗くて、その先は見通せない。姿も見えなくなった。両開きの扉を開ける音がした。閉じる音がした。
オムアヒョン記者への告訴が取り下げられた翌日、チャヤンファ産業に監査が入り、ウィボク財団事務所が、ソウル特別警察庁に捜索された。
捜索の指揮を執るハンヨジン警部が、会長の執務室に入った。ソンギュテが、広い机の向こう側で、椅子の背に凭れて、両手を組み合わせていた。ハンヨジンが近づくと、机の上の小さなプラスチックのケースを指差した。半透明のケースの中にライターが入っている。「録音装置です。中からメモリを取り出して、パソコンに接続してください」
ソウル特別警察庁の取調室に、ソンギュテ会長が、弁護士と並んですわっていると、ハンヨジン警部が入ってきた。
ソンギュテ「録音を聞きましたか」
ハンヨジン「フェイクだと証明されました」
ソンギュテ「ライターにファンシモク検事の指紋が付いています」
ハンヨジン「どこかで、わざと検事に拾わせるなり、触らせるなりしたんでしょう」
ソンギュテ「わたしも録音していました。そっちをマスコミに公開しましょう」
ハンヨジン「どうぞ。当日の、その時間、ファンシモク検事は、検察庁で勤務中でした。他の職員も同席していましたし、監視カメラに録画も残っています」
ソンギュテ「それこそ、フェイクです」
ハンヨジン「いっそのこと、ファンシモク検事のコピーに会ったと言った方が、ましですね。以前、ファンシモクそっくりの悪魔を見た、と言った人がいました。影がないので、悪魔だとわかったと。あなたも、影がないファンシモクを見ましたか?」
*参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%AD%A3%E6%95%99%E4%BC%9A
韓国正教会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
仁川聖パウロ聖堂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
일상의 위안 이 되는 곳, 인천 성 바울로 성당
2017.11.26. 9:00
東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏
Ⅳ 正教会の「かたち」と文化 ― 3.祈りの中の伝統
2017-02-15
大韓航空機撃墜事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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