晴れときどきローション。

AV監督 沢庵オフィシャル・ブログ

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先日、タイ古式マッサージを受けていたところ、店員のタイ人女性に、背後からマッサージされながら、カタコトで、
「お坊さんですか?」
と聞かれた。このただの坊主頭以外に、何がオレを僧侶に見立てたのだろうか?

最近つくづくオッサン化が始まってる気がしてならない。もはやアラフォー世代なもんで、そこはどうにも否定できないのだが、まだまだ若者でいたい。

いつだか撮影現場にて、バイブや電マなどに異様なこだわりを見せるオレを見て、ある助監督が言った。
「斉藤修(おさむ)みたいですね」

AV業界では、通称「舐めだるま」の名で通っているクンニで有名なベテランAV男優・斉藤修氏。坊主頭に、タンクトップ。裸の大将?ビジュアルは確実にオッサンである。オレも10年以上業界にいるが一度も会ったことはない。映像の中の人である。いや、想像上の人物かもしれない。なんでも女優さんに手造りのテディベアをプレゼントするという噂から、オレが思うに、きっと妖精に違いない。

なんでも彼は、ホームセンターに行くと、ワクワクするらしい。その理由は、店内にズラッと並べられた無数のアイテムを見て、何かアダルトグッズに活かせるものがあるんじゃないか?というもの。う〜ん分かる。オレも同じ気持ちだ。おそらく100円ショップでも同じように興奮するだろう。

ということは、すでにやはり36歳のオレも「斉藤修化現象」が始まっているのかもしれない。
もしオレを見かけても、「斉藤修さんですか?」と声をかけるのだけはやめていただきたい。

「ズクシ」は「急いで」という意味だってさ。

それにしてもK−POPの勢いが止まらない。さほど興味がなかったこのオレも、あのKARAの腰振りダンスに衝撃を受けて以来、さすがに無視せずにはいられなくなった。なんてキュートでキャッチーなんだろうと。そして今となっては少女時代の日本デビューアルバムを買ってしまうまでに発展。毎朝風呂でヘビロテしている。

かといって各グループのメンバーの名前まですべて把握しているのかと言えばそうでもない。自分の好みのコぐらいに留めている。ちなみに少女時代で言えば、スヨンが好きだが、最近はティファニーが急上昇。KARAで言えば、ニコルの笑顔が好きだが、やはりク・ハラが一番か。少女時代はメンバーが9人いて、皆スタイルいいのも人気の1つだが、ルックスで言うと微妙なのが何人か混じっている。Speedで言うところの仁絵ちゃん的ポジション。でもあそこは決して必要ないわけではない。例えばダンスがうまいとか、可愛さの比較対象になるとか。きっと彼女たちにもそういう役割はある。それよりも何よりもオレが評価したいのは、楽曲のクオリティの高さと完璧なダンステクニックだ。つまりプロジェクトそのもの、少女時代なら少女時代を作り出す裏方チームそのもののファンになりつつある。

彼女たちがなぜここまでブームになったのかを、自分なりに考察してみた。先にも述べたように、楽曲のクオリティの高さ、完璧なダンステクニック、一糸乱れぬフォーメーション、そういった要素は勿論あるだろう。ただ、ここまでK-POPシーン全体が日本列島でブームになったのは、もっと他の理由があったに違いない。それは、おそらく日本人の国民性に関連してるのではないかとオレは読んでいる。

日本人は欧米への憧れが半端なくある。にもかかわらず英語に弱い。いやその逆か。英語が話せないからこそ欧米に憧れる。英語で迫られると萎縮してしまいがちだが、その分通じたときの喜びは極端にテンションが上がる。つまり、言葉が通じないことへのジレンマは、通じたときその反動により、その喜びをより過大にしてしまうのではないだろうか。実際に聞いた話では、日本語ペラペラの外国人男性は、見ず知ずの日本人女性とコミュニケーションを取る際に、わざと日本語を話せないフリして英語メインで話をし、ときどき簡単な日本語のワードを盛り込むようにする。すると日本人女性たちはその日本語のワードに大喜びし、外国人男性は日本語ペラペラの状態よりもモテモテになるらしい。このことからも、不都合で困難な状況から得た情報の方が喜びは倍増するということが分かる。

昨今のK‐POPシーン人気もこのパターンが関連してるんではないかと思われる。まず、欧米アーティストよりもK-POPアーティストの方が日本人に受け入れられやすいのは、やはり人種が似ているからであろう。近年ではグローバル化により人種差別的視線は若い世代になればなるほど失われつつあるものの、我々の世代にくらいまではまだ欧米人に対する顔かたちの違いには違和感が残っている。年齢層が上がれば上がるほどその違和感は強くなるだろう。にもかかわらず、日本には、いまだに欧米人に対する憧れを抱いているのだ。それをもっと身近に感じられるパターンがK-POPシーンにあったのだ。顔は同じでも言葉が違う。実はこれこそが最大の魅力。このジレンマこそが、欧米に憧れる構造と同じであるが、顔が同じ分、親しみが沸くのである。以上がオレなりの考察。

けれども、そんな鉄壁のシステムに、1つの不安要素というか、弱点を発見した。それは彼女たちのダンスとフォーメーションにおいて。先日、NHKで少女時代の特番が組まれておりそれを視聴したところ、日本でのライブ映像が流れていた。もちろん会場で体感したわけではないから、オレが言うことが正しいわけではないが、抱いた印象がある。それは、彼女たちのパフォーマンスは、基本テレビサイズで作られているということだ。ライブに適用するために作られたものではないということ。超満員の大阪ドーム。広いステージなのに、その中央に9人がギュッとまとまったまま代表曲をダンスとともに披露している。それがテレビで観るのとまったくそのまま同じなのだ。9人もいるんだから、広い会場なんだし、もっと広がりなさいよと。なぜそんなにこじんまりしてるのかと。それは言わずもがな、あのダンスフォーメーションを維持するためだ。一曲の間で何度も何度も立ち位置が入れ替わる故に、テレビサイズよりも広い間合いを取っていたのでは、間に合わない。だからあんなにまとまった位置に全員がいるのだ。会場とのアンバランスさが不気味だった。

要は、観客たちはライブを観に来たわけであって、なるべく近くで彼女たちを観たいわけであって、テレビで観たものをそのまま再現してほしいとは思ってないはずだ。それなのに、同じことをしようとする。フォーメーションに支配されてしまっているから、それ以上のことは起きない。ライブではライブにしかできないパフォーマンスがあるはずだ。今後、一時のブームで終わらずにするには、テレビサイズからはみ出していくことが必要なのだ。カムサムニダ。


ちなみにAV業界のサイズ問題としては、近年テレビサイズの主流が4:3から16:9に変わっていったことで、撮る側にも人物配置のバランス変化が必要となった。例えば、男優があまりにも画面を支配していると、それはオナニーをする上で邪魔になってくるため、男優を画面内に必要以上に映さない傾向にあったこれまでの4:3に比べ、16:9はテレビ画面が横に広がった分、男優も必然的に映さざるえない状況になった。それは配置バランスから言っても、映した方が画としては見やすさがある。ただここで問題が発生してくる。

男優は、撮り手の位置を感覚で把握し、今自分が画面にどれくらい映っているかを認識している。これはベテラン男優になればなるほど正確なものになる。よって、コンドームを装着したり、ローションをつけたりなどの行為は、大抵の場合、このサイズ外で行われているのだ。まさにスーパーソニック&ハイパートニック。だがしかし、残念なことに、16:9サイズに適応できていないベテラン男優もいる。感覚が4:3のままなのだ。これまでの感覚では、横幅が増えた分だけ、ローションやコンドームを受け取っている裏での作業が丸映りなのだ。どうかそこに気づいてほしい。「ホラこっちを見て少し警戒セヨ」と言いたい。

映画『さや侍』レビュー

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本日、映画『さや侍』を鑑賞してきた。世間の評価が極端に二分される中、オレの結論からすると、これは傑作だと思う。今後、必ず名作と言われる作品になっていくのではないだろうか。

正直、前作『しんぼる』は期待はずれだった。オレは「松本人志フリーク」である故、その笑いに対する期待値も上がってしまっていたことは否めない。しかし、『ごっつええ感じ』『一人ごっつシリーズ』『ヴィジュアルバム』をモロ現役で体感してきた世代としては、二作目『しんぼる』は、「分かりやすい笑い」でしかなかった。特に海外を意識してか、面白みの構造を分かりやすく説明してしまっていたため、これまでの尖がった笑いが少なかった気がする。つまり、今まで散々松本のコントを見てきた目の肥えたファンにしてみたら、先が読めるオチが続いていた印象だ。そしてその結末も納得がいくものではなかった。カッコつけすぎというか。一方、一作目『大日本人』は、監督としての未知なる可能性からの期待や、「監督デビュー作にしては」というひいき目線があったにせよ、充分笑わせてもらったし、予想を大いに裏切られ、映画に革命を起こしたことは間違いない。

そこからのこの三作目。オレがフリークであるにせよ、一作目は評価しても二作目は「そうでもない」という結論。そういう意味では、期待値はプラマイゼロ。ネット上での評価も割れていたため、それほど期待せずに観ることができた。しかし結果は、大いに笑えて、大いに泣かされた。「笑い」と「感動」がこんなにも融合できるものだとは思わなかった。もちろん不満な点はいくつかあったが、総評で考えれば、些細なことにすぎない。映画にとって、結末の爽快感はやはり重要なのだ。

映画情報誌での松本人志インタビューを読んで、改めて実感したことだが、この『さや侍』は、「計算」され尽くした映画だった。結果として、奇跡的な笑いや感動はあるにしろ、作品テーマや人物関係、演出方法に至るまで、すべて計算されていることは間違いない。さらには、現代にはびこるただの商業映画とは一線を画す、新しいものを作り出そうとするその挑戦的な姿勢に脱帽させられる。これこそエンタテインメントと呼ぶにふさわしい作品だ。

今回の三作目によって、もはや松本人志のプロフェッショナル性は「笑い」においてだけでなく、「映画」という分野においても確立されたと思う。これは、オレがフリークであるが故に、そうでない人には伝わりづらくなってしまうのが残念でならない。だからこそ、そうでない人には、「松本人志」への偏見を一旦忘れた上で、ぜひ観てもらいたい。前半は「笑い」で済むが、中盤から徐々に「ほろっ」とさせられる要素が入ってきて、後半には「感動」というか…泣かされる。でもそこには決して「感動させてやろう」というあざとさは感じられない。話の持っていき方がカッコイイよなぁ。

ファンの方も、そうでない方も、バラエティ番組で観る「松本人志」像は一旦置いておいてもらって、ニュートラルな状態で観ることをオススメする。悪い人は誰一人登場しません。心温まる映画でした。

アイラブ「満島ひかり」。

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ご存じですか?「満島ひかり」を。「ミツシマヒカリ」と読みます。AV女優ではありません。AKB48でもございません。素晴らしいactless。女優さんです。オレは実は彼女のファンだ。井川遥も大好きだが、満島ひかりも大好きなのだ。今回は彼女の魅力をタラタラ述べるのみ。興味ない方はスルーされたし。

さて、オレが彼女を知ったのは遅い。去年、映画『悪人』に出演していたのだが、そこで初めて知った。初めはどうせまたその辺の新人女優でしょ?とシャクレ気分で何の期待もしていなかった。しかし、実際に映画の中での彼女の芝居を見て、すごく魅力を感じてしまった。映画そのものも素晴らしかったが、彼女の演じている人物がとても難しいキャラだったはずなのに、とてもリアルな存在に感じられたのだ。「あ、このコすごいかも」。そのときからオレの期待値は上がっていったのだろう。

二度目の衝撃は、今年購入したDVD『モテキ』での彼女の芝居だった。ちなみに『モテキ』とは、テレビ東京系列で深夜に放送されていたドラマ。原作はマンガ。ドラマしか観ていないが、最高に面白い。まだの方は是非チェックされてはどうだろう。このドラマで彼女が演じていたのは、マンガオタクの女性だったが、色気を隠した上での「色気」というか、「女の油断」を醸し出すのが上手だなと感じた。

そこから彼女の情報を調べたらさ、現在25歳だそうで、なんかもう結婚してるしぃ。自身が主演した映画の監督とぉ。そんでもっとも驚いたのが、かつていたアイドル「Folder5」のメンバーだったってことね。Youtubeで過去動画観たけど、全然気づかないや。地道に活動してきて、アイドル路線いったりしつつ、女優として開花して、今世間の注目を浴びているってすごいね。7月からフジテレビのドラマにも出演するらしい。

そんな彼女の素はどんなかというと、ここがもっとも魅力的に感じている。まず笑顔。あと、気さくで飾らない性格。シャレが通じる女。ここが重要だね。きっと器が大きいんだと思う。昔のグラビア映像もチェックしたが、体もいいよなぁ。エロい。いや、きっとエロい。芝居のときだって、それを表現する能力がある。AV女優でもそうだけど、自分に正直なコって、表現が上手だよね。飾らずに自然体に作品に染まれるというか。満島ひかりは、そんな希有な存在の女優さんだと思う。

明日、テレフォンショッキングに登場しますんで、おのれ自身で刮目せよ!

最後に、彼女の出演するCMを2つ紹介します。


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プロフィール

沢庵

沢庵
今年で監督になって11年。
オナニー独身貴族。
何がエロいか分かります。
Twitterも始めました。
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