■リリース
1998.04.01  『エレファントカシマシ コンサート1998 日本武道館「風に吹かれて」』
1998.04.01  ビデオクリップ集『クリップス』
1998.05.13  17th SINGLE『はじまりは今』(cw/涙の数だけ)
1998.09.18  18th SINGLE『夢のかけら』(cw/ココロのままに)
1998.11.18  19th SINGLE『ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ』(cw/おまえとふたりきり)
1998.12.09  10th ALBUM『愛と夢』
good-bye-mama/愛の夢をくれ/君がここにいる/夢のかけら/ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ/真夏の星空は少しブルー/寝るだけさ/ココロのままに/Tonight/はじまりは今/おまえとふたりきり

■MV
はじまりは今


夢のかけら


愛の夢をくれ


ビデオクリップ集"クリップス 2" に収録

■ライブ
01月03日(日)、4日(土) 日本武道館 (コンサート1998 日本武道館"風に吹かれて")など

■ライブ映像
エレファントカシマシ コンサート1998 日本武道館「風に吹かれて」(1998.01.03、04)

昔の侍(1998年日本武道館1998.1月  「All Time Best Album THE FIGHTING MAN」【初回限定盤】映像特典)

■ライブ音源
完全限定生産 6枚組ライブブートレグBOX[the fighting men’s chronicle] ~ THE ELEPHANT KASHIMASHI official live bootleg box
【Disc 5】 be there ~ 武道館&新春ライブセレクション
奴隷天国/四月の風/孤独な旅人/かけだす男(1998.01.03 日本武道館)

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◆久しぶりの武道館
1991年以来、久しぶりに武道館公演が開催されました。しかも2days。
私はたしか2日目に行ったのかな?
満員のお客さんで、装飾のないシンプルなステージながら、「今宵の月のように」で星がまたたく演出があったり、「昔の侍」でストリングスが入ったりと、とても華やいだコンサートでした。

◆打ち込みに目覚める
「good morning」のインタビュー時に、「機械ってすばらしい!」と渋谷陽一氏にのたまったほど、ある時期打ち込みにどっぷりはまった宮本さんですが、打ち込みをやり始めたのは「愛と夢」の頃からだそうで。
ROCKIN' ON JAPAN 1998年10月号のインタビューは、打ち込みをなぜ始めたのか、その心情にも少し触れた内容でした。
アルバム「明日に向かって走れ-月夜の歌-」で、バンドのエネルギーがちょっと足踏みしているんじゃないかと危惧した宮本氏、富士山あたりで合宿を実施します。朝から晩までバンドで練習をしたのですが、かえって息苦しさを感じてしまい……

宮本「僕はわざとリハーサルをしないで--実はバンドのメンバーはリハーサルしてたんですけど、僕はリハーサルに行かないで中国に行っちゃったりとかして(笑)。で、思うままに1週間ぐらいで20何曲バーッと作っちゃったんですね、僕は」
ROCKIN' ON JAPAN 1998年10月号

合宿後は、バンドから離れるように中国に行ったり、デモテープ作りに没頭する宮本氏。
バンドの疲れと、たぶん、当時の多忙な生活の疲れもあったと思いますけど、一人でやるということに創作の喜びを見出したのでしょうか。
ミヤジ先生、このインタビューでは「奔放にやるのがいい」と繰り返し言っています。 ロックミュージックという商業音楽を稼業として背負い、「表現」と「ビジネス」の両サイドでもがきながらも、 少なくとも音楽に対してだけは、自由でありたかった…ということだったのか
偶然なのか必然なのか、この頃手に入れた「打ち込み」という手法も、音楽家としての魂を大いに刺激したのかもしれません。

◆宮本浩次、中国へ
急須好きが高じてこの年の夏、レコーディングの前にお休みをもらった宮本さんは、中国は上海、宜興(ギコウ)という陶芸の街へ旅行へ行ったそうです。
1998年8月号のROCKIN' ON JAPANにその旅行の写真(同行した岡田貴之氏によるもの)と、モノローグ形式のインタビュー記事が掲載されました。
私はこの記事がすごく好きで……
写真もいいし、インタビューがとても良い。その内容は音楽以外のことなんですけど……ほとんど旅行、急須の話で(笑)
習っていた中国語を使いたくてたまらないとか。食堂の店員とのやりとりとか。宮本さんの人間味全開のいい記事でいまだに忘れがたい。ロッキング・オン社のエレカシ本の続編にはぜひノーカットで載せてほしいです。




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ROCKIN' ON JAPAN 1998年10月号の、エレカシ記事のタイトルは

宮本浩次の真実
「こういうのは、最後にして下さい」と言って、宮本は胸の真ん中の煮える想いを、血の出るような肉声で語った

この号の記事は、たしかにタイトル通り……波乱含みの内容でした。
山崎さんの、「ポップな曲を連発して手ぬるくやってるんでは?」という内容の軽いジャブに、つとめて冷静に考えを述べる宮本さん、そのうち話す内容が核心に触れてきて、次第に逆上してしまう。
山崎さんの問いかけが、古い友人であるだけに、ストレートなんです。あらーそこ突っ込んじゃう?みたいな。
宮本さん、かなり図星な部分があるのか、ものすごく多弁に反論するんですね。

ファンになってから2年くらい経ってますけど、当時、私も「ちょっとぬるいなあ」と実際思ってました。正直言うと。 「愛と夢」の頃は、私は少し冷めています。
「明日に向かって走れ-月夜の歌-」まではすごく盛り上がってたんですけど、アルバムとして「愛と夢」はラブソングが増えて、私にはちょっと甘すぎるな~と物足りなく……1周して、今はまた違った感じで好きなのですが(「夢のかけら」や「はじまりは今」は当時から大好きだったし)。

打ち込みでやっていたというのも、当時はそんなに気に留めていませんでした。
インタビュー読んでもさらっとしか読んでなかったんだと思います。中国の記事はすごく覚えてるんですけど(笑)

この時期はヒット作を出した直後で、もっと売らなければ、という発言も多かったような気がします。

宮本「非常に苦しかったのを覚えています。つまり、それをどこまで維持できるんだろうっていう。 だから武道館に関しても、非常に勢いでそうやって持っていけてた部分もあるんですが、同時にすごい怖かったですね」
宮本浩次「東京の空」P.189

武道館2daysをやった頃を振り返って、宮本さんはこんなことを言っていました。
売れたという喜びがある一方で、維持し続けられるのかという恐怖にさいなまれる中、 打ち込みという手法(武器)を手に入れ、試行錯誤を繰り返していた1998年。
売れた後の停滞感、新しい表現の可能性……混沌とした内なるエネルギーが蓄積されていった時期。
マグマがふつふつ、ふつふつと地下深くでたぎっていたのでしょうか。
翌年にはいよいよ「ガストロンジャー」が世に放たれることになります。



大岡山のこじんまりしたレコード屋さんで買った『エレファントカシマシ コンサート1998 日本武道館「風に吹かれて」』。
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この厚み…! VHSでございます。

ベスト盤「All Time Best Album THE FIGHTING MAN(初回限定盤)」の映像特典でストリングスの「昔の侍」が見られますね。
宮本さんのギターの弦がびょんびょんしている頃。