2005年01月17日

1・17に想う

私は神戸に生まれ神戸に育った24歳なので、当然のことながら震災は経験しています。高校時代からボランティア三昧の日々で、今でもまちづくり活動に首を突っ込む私を見て「ああ、震災がきっかけでボランティアをはじめたんだな」と思う人が多いでしょうが、私は当時何もしなかった人間のうちの一人です。家が倒壊することも無く(ひび割れ、微々たる傾き程度)、電気・水道・ガスもその日のうちに全部復旧しました。中学校は休みになり、何をしたかというと家でゴロゴロ。一度だけ親にくっついて長田まで出て、凄惨な状況を目の当たりにしたときの息詰まる気持ちは今でも持っていますが、それも所詮他人事という距離感でしかありません。

そんな私はこの日を迎えると自分の不甲斐なさと非力さを感じてしまいます。あの時自分が行っても何も出来なかったでしょうし、行くと言っても邪魔になるからやめとけと親に言われたことでしょう。しかし、行けなかったのではなく行かなかった自分。なぜあの時自分は行かなかったのだろう。今も抱える大きな後悔の一つです。これが今の自分の行動力を作っているのかもしれない。やらないことで後悔したくない。

そして考えれば考えるほど感じます。自分は被災者ではないんだと。

そんな私を今育ててくれているのは震災を乗り越えた方々です。震災を経験してようやく人々が気づいたこと、いつもお世話になっている かいちょー? さんはこう記しておられます。地元ニュータウンでの生活だけではきっと気づくことが出来ませんでした。いつの間にか自分の中に刷り込まれている"人と人とを結ぶ"意識。たくさんの人と繋がることができる喜び。震災に対する距離感は違えど、人との繋がりを大事にする気持ちは共有できるようになってきたと思います。

震災を間近にしながら経験しなかった人間が震災を経験した人に教えてもらったこと。次世代にしっかりと伝えておきたいこと。もちろん防災教育だって大事です。でもそれはひとまず教育現場にお任せ。私はいろんな人と知り合うことができる楽しさを子どもたちに知ってもらうために、全力を以て子どもたちが地域の人々とふれあう機会を作っていきたいと思うのです。

wacken at 23:32│Comments(2)TrackBack(2)この記事をクリップ!想う 

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1. あれから10年  [ 今年もかいちょー? ]   2005年01月18日 02:58
 わたしはあの日、東京で仕事をしていました。はっきりとは覚えていませんが「大阪で
2. 人と人とのつながり  [ 摩耶学童指導員のつぶやき ]   2005年01月18日 12:14
私自身の震災とのつながり、震災への想いはこちらのブログで綴っています。 そちらでも書いたのですが、 ...

この記事へのコメント

1. Posted by かいちょー   2005年01月18日 02:57
 あーもう、無茶苦茶エエことゆうなあ。
 あの日のことなんて忘れたってエエんです。知らなくっていい。wackさんのような人が現れたことで、神戸は、灘は、あの日の前よりも確実に良い町になっています。仲間がたくさんいる、この喜びは、必ずみんなに広がっていく。そう信じております。
2. Posted by WACK!   2005年01月18日 13:42
書き込みありがとうございます。< 掲示板の方も☆

なだを見ていると、活動の発端が震災ではない活動がどんどん増えていますよね。繋がりの普遍化が進んできたように感じます。この輪がなだ、神戸を越えてどこまで広がるか。広がりきれば日本は変わりますね。

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