July 2006

July 30, 2006

「三宅」の打法について

 和太鼓”楽”のみんなへ

 岩良の皮が破れたこともあり、最近全体三宅について考えることが多くこのメールにて、伝えさせてもらいたいと思います。

 僕は、三宅のストレッチにおいて、「腰を落とそう!腰を落とそう!」ってよく言っていると思います。

 みんな、僕がどういう気持ちで、「腰を落とそう」って言っているかわかりますか?「三宅の形がそうだから?」「そのほうが格好がいいから?」

 答えはどちらでもありません。答えは、腰を落として、打ち込むことにより、太鼓も打ち手も活きるからです。

 三宅は、木遣で歌われているとおり、「ぼちぼちうちこ〜みま〜す」なのです。スナップを使って打ち込むのです。スナップを使って打ち込めておれば、太鼓がまるで、生きているように、手を跳ね返してくれます。(これ、ホント!)

 それは、「太鼓を打つのではなく」、「太鼓と打つということ」なのです。ひらたくいえば、「太鼓」を自分と切り離して、他として接するのではなく、「太鼓」とともにひとつの空間を創るように接するということです。
 
 具体的にのべれば、三宅を打つとき、僕は太鼓と同じ目線にまで、腰を落とします。それは、太鼓の面に対して、垂直にスナップを効かせて打ち込むためです。打つ皮までではなく、反対側の皮までではなく、遠く、はるか遠い神様が住んでいるであろう世界にまで、到達するように打ち込みます。
 
 「太鼓とともに打つことで、遠いところにおられる神様にまで、想いを届ける」
先人たちはそういう気持ちで叩いてきたのだと思います。

 僕は全体三宅において、みんなの打ち方をみていると「太鼓」とともに打っているか、いないかがすぐにわかります。何も遠慮して、打ち込んで欲しいわけではありません。
 
 演目にあわせた理にかなった打ちをして欲しいのです。「理」とは「真理」だと思います。演目に隠された背景を理解する、それが、演目の真理を捉える道であり、打ち方にも現れてくるのだと思います。

 太鼓は生き物です。決して力で征しようとしてはいけません。全て、自分に跳ね返ってくるからです。 そういう意味で、「太鼓」は「打ち手自信」なのだと思います。
 

 P.S. たまには、真面目なこと書かないとね。いい夏休みを☆
                                       崇

wadaikoraku at 16:44コメント(1) 
みんなへ 

July 29, 2006

書き忘れた、、、

一つ前のコメントにも書いたけど、
「太鼓のたたき方」すなわちスナップの利かせ方というのは、
『長胴だけにいえることではなく、
締太鼓も大太鼓ももちろん同じだ』
と響屋さんはおしゃっていました。
書き忘れたので、ここに書きました。

初心に戻らなければ、、、岩良の皮をまた同じことにしてしまいそうな気がします。。。
長胴を叩くときだけでなく、どの太鼓を叩くときも
みんなで意識し直して、がんばって上手くなりましょう!!\(●´∀`●)/



p.s.英語に出来なくてごめんなさい。
直接、ゆき、ふみか、こおりに聞いてください。
がんばって説明しますヾ(‘-‘*)ノ゜~ ゜ ~
I’m sorry. I couldn’t explain in English to international students. Please ask us, Yuki, Fumika and Koori, we try to translate last message to you.


友紀

wadaikoraku at 02:45コメント(0) 
みんなへ 

July 27, 2006

太鼓の叩き方について。

今日、池邊文華、郡山歩美、中谷友紀の3人で、
響屋さんに岩良の皮の張り替えをお願いに行きました。
その際に、響屋さんはわたしたち和太鼓“楽”に対して、
プチ講義をしてくださいした。
内容はもちろん、太鼓の叩き方について。

まず、岩良の状態です。
岩良の片面だけでなく、
両面に穴があいてしまっていたのはみんな知ってると思います。
ですが、よく観察した人はおわかりだと思いますが、
穴の空き方がそれぞれ異なっていました。



ひとつは十円玉ほどの丸い穴。
岩良の皮3

岩良の皮4













もうひとつは縦長の線のような穴。


岩良の皮2

岩良の皮













両面ともまだまだ叩けるはずの丈夫な皮だったにも関わらず、
穴があいてしまったのは、たたき方が悪いから。
基礎練習の時からたたき方、
手首のスナップで打つことをもっと意識しなさい、と強く指摘されました。

しかし、なぜこのような穴のあき方に違いがでたのでしょうか?

響屋さんは、次のように例えを挙げて説明してくださいました。
太鼓というのは、一打したら、反対の面にも同じように響き、銅にも響く。
これが、太鼓の音のなる原理。
そのとき、洗面器いっぱいの水の水面に
水を一滴だけ落とした時をイメージするといい。
水輪(水面にできる円形状の波紋のことね)ができるのを想像してほしい、と。
その水輪のように、音は響くのだ、と。
「しかし、楽公演のビデオを拝見させてもらったが、
和太鼓”楽”さんは打ち込んでいるが、
スナップで打てていない。」
と言われてしまいました。
和太鼓”楽”は打ち込んでいるのではなく、
打ちつけているのだとおっしゃっていました。
太鼓というのは、何度も言うように、
水面の水輪のように、一点で打ち、
面がバチで打つことによりはねかえり、音が反対の面や胴に響く。
一打すると、その面が一瞬へこみ、はねかえる。
しかし、スナップを利かせていないと、
線のように面にあたるような打ち方になってしまったり、
うちつける(押さえつける)といった打ち方になってしまうのだ、と。
つまり、線のような穴が出来てしまったのは、
線のように長い間バチが面をふれているということになる。
丸い穴があいてしまったのは、バチでおさえつけているからということになる。

また、太鼓の真ん中を打つことだけが正しいと思わないほうがいい。
太鼓の真ん中の音、
右端の音、
左端の音、
右斜め上の音、
右斜め下あたりの音、
すべて違う音色なのだから、
演目によって、使い分けて考えて打ちなさい、と。
こんな風にもおっしゃっていました。


あと、なぜ、例に、水の話をしたかというと、
岩良のように皮の張った太鼓は水をイメージし、
岩悪のような皮のゆるんだ太鼓は、
油のようなどろっとした液体で同じように水輪をイメージして
太鼓を叩き、音が響くのを想像しなさい。
とおっしゃっていました。

最後に、
「理にかなったうち方をすれば、どんな薄い皮でも破れることはない」
「すべては打ち方だ」
と。

みんな、これを胸に刻み、練習に励んでいきましょう。
文章ではやや限界があるので、
わからない。よく理解できない。
そんな方は、こおり、ふみか、ゆきの3人に聞きに来てください。

長くなりましたが、読んでくれてありがとうございます。


岩良は、お盆前くらいに、APUにまた帰ってきてくれます\(●´∀`●)/
帰ってきたら、笑顔で「おかえり」と言ってむかえてやり、
大切に大切に叩いていきましょう


wadaikoraku at 23:44コメント(4) 
みんなへ 

July 24, 2006

助成金について。

ミーティングで大ちゃんがちらっと助成金の話をしたのを覚えていますか??

たまたま鼓童に触発されて太鼓屋さんをウロウロしてたら助成金の話が載っているサイトを発見。

詳しくは下のURLをチェック

http://www.tecno-taiko.com/kuji.html

見れない方は「手久野太鼓」という太鼓屋さんのホームページを見てください。

でわでわ。

勇次

wadaikoraku at 19:37コメント(1) 

July 21, 2006

和太鼓購入の件について


初めに、勝手な行動によってみなさんに迷惑をかけてしまったことを心から謝ります。ごめんなさい。

では、ここからなぜ和太鼓購入にいたったのかを説明していきたいと思います。

まず、購入先はヤフーオークションでした。一時間くらいヤフーで太鼓を見ててあーだこーだっていうのを二人(勇次、宏美)で話してて結果的に購入することにしました。

もちろん、その段階から自分たちだけの太鼓にするっていう気は全くなく、少しでも楽の練習に役立てられたら本望だなと思って購入しました。そのため、楽から心が離れていたわけじゃないし、楽メンのことをすっかり忘れていたなんてことはありません。

そして、なぜ購入する前にみんなに一言伝えなかったのかという問題です。

購入するまでに頭によぎったことが2つありました。1つ目は新進公演で太鼓が足りていないこと、2つ目は神先生太鼓をはじめ、今楽で使わせていただいている太鼓のこと。

1つ目についてですが、新進公演間近、鬼の演目の太鼓が1つ足りていなかったという点についてです。「神先生太鼓をお借りできる」という気持ちで望んでいたことから起こったことです。神先生太鼓は、神先生の学校で最近編成された太鼓チームで使用するということで本来ならば本番もおかりすることはできませんでした。ですが、神先生のご好意でお借りすることが出来ました。神先生太鼓は前日、楽に届けていただくことになりました。ですが、前日に太鼓がきて本番に望むことがどれだけ困難なことかを楽公演で経験した人も何人かいると思います。なんとか前日よりももっと早く太鼓が用意できないかと考えました。その結果、楽が今まで大事にしてきた「話す」ということをスキップしてしまいました。

2つ目についてですが、私(宏美)は神先生との連絡役をしている関係から、神先生と接する機会も多く、神先生、そして神先生太鼓に対しての思いが本当にあります。いつしか神先生太鼓が私たち楽にとってかけがえのない存在になっていたことは間違いありません。ですが、神先生太鼓があることを当たり前だという意識ではないにせよ、それを感じさせるようなことが、神先生太鼓についている叩き方が悪いだけではすまない傷が物語っていると感じています。毎回神太鼓を返却するときは傷跡やあざなどに対して申し訳なさがこみあげてきていました。神先生太鼓を受け取るとき、お返しする時も数を重ねるごとに私1人になったり、無理にお願いした2,3人だったりとだんだん変わってきました。4月から新入生が楽に入ったことによって最近このことに関しては何も感じなくなりましたが、相変わらず消えない傷については本当に心が痛みます。これはたまたま私が神先生との連絡係りをしていたことから感じたことですが、市役所太鼓に関しても同じだと思っています。このことから、次第に太鼓を購入することがどういうことなのかと考えるようになりました。この問題については、相談せずに購入したことについて直接関係はありません。ですが太鼓の必要性を強く感じさせられる要因の一つでした。

太鼓を購入しようというきっかけは様々なことがありますが、大きくはこの2つです。

では様々だといった要因については楽費に関わってくる話になります。楽費で購入しないということがどういうことなのかということを考えました。

現在の楽費の状況を考えたときに、楽費から和太鼓を購入するよりも先に返さないといけないお金があるという現状。楽費を使用することによって賛否両論がでるということ。これらのことを考えた時に、楽費で購入するより何人かで購入したほうが楽に対する負担というものが無くてすむのではないかと考えました。楽費の現状を把握してないのにもかかわらず勝手な行動にでてしまったことは本当に申し訳ないと思っています。このことに関しては、結果的にやはり楽メンみんなに迷惑をかけてしまい本当にすみませんでした。

そして、最終的に、数人のメンバーで購入したことに関してですが、どのような集まりだったかというと、最初は3回生で購入しようかという話が、一部の2,4回生にもたまたま話したことによって集まったものでした。集まったメンバーに意味などはほとんどありません。

最後に、神先生の話に戻りたいと思います。新進公演後、神先生太鼓をお返ししに行った時色々な話をしたので、みんなにもぜひ知っていてもらいたくここに書きます。

先日鶴見養護学校にふれあい音楽祭で訪れた時のこと。この時、普段運転しなれていない2tトラックが別府発達医療センターの施設の一部をこわしてしまいました。この時の請求金額は14万円だったそうです。レンタカーの保険がきいたことからお金は発生することなく解決されたのですが、解決されるまでの経緯には、神先生の楽に対する思いがありました。請求金額がわかってから、鶴見養護学校の中でこのお金は誰が支払うのかということが話されたそうです。もちろん私たちとしては保険がきかないとなれば自分たちで支払うつもりでした。ですが、神先生は請求金額がわかったその日に14万円を用意してくれたのです。俺が払うつもりだったと断言してくださっていました。最終的には保険がおりたことにより、誰も支払うことなくこの問題は終えることができたのですが、解決されるまでの経緯にはこのようなことがありました。さらに、支払わずにすんだ14万円の行き場がない、10万円程度の太鼓ならば楽に寄付しようかという話までしてくださいました。もちろん現時点では丁重にお断りしましたが、あと3年で退職する、その退職記念にぜひそうしたいという風に話してくださいました。

新入生に知ってもらいたいことの1つに、神先生の太鼓は1度神先生がお金を出し、皮の張替えをしてくださっているということがあります。

また、この神先生太鼓は、神先生のお父さんから受け継がれているもので、こればかりは楽にも寄付したいのはやまやまだが、やはりあげることはできない大事な大事なものだというお話がありました。寄付することはできない、しかし「この太鼓は楽が使う運命なんだと思って喜んでお貸しします。ぜひ使って下さい。」とおっしゃってくださいました。こんなふうに言って下さる神先生の太鼓だからこそ、やっぱりあの傷が心から離れません。

今回みんなに相談することなく太鼓を購入したこと、本当にごめんなさい。ですが楽から心は1mmたりとも離れていません。今後、あの太鼓が楽にとってどのようなものになるかはわかりません。ですが、買った後にはなりますが、みんなで話せる時間がもてたらなと思っています。今回は本当にすみませんでした。




wadaikoraku at 01:43コメント(1) 

July 18, 2006

新進公演!!終了〜!!!!

と、いうわけで、長くて短かった新進公演が
本日、ついに終わりました!!
初書き込みゲット〜!イエーィ☆


3、4センチの隙間から必死になって覗きみた「三宅」。
始まる前には、自分のことじゃないのに思いっきり緊張して、
胃が痛くて、手汗かいて、心の底から祈ってました。
「とにかく頑張れ!!絶対できる、絶対成功する、絶対……」

本番前、一将の背中を叩いた。ぽんぽんって。
前から意識してたわけじゃなかったけど、本番前になって、
不意に「これだけはしておかないと」と思った。

去年の新進公演。
同じく「三宅」頭をやった由紀は、
同じように本番直前、公然さんに背中を叩いてもらった。
そのとき感じた、先輩の手の大きさ、たくましさ、熱さ。
そのときの感謝を、感動を、言葉では表せない感情を、
どうしても今回の頭にも伝えたかった。

「今までよく頑張ってきたな、
絶対成功するから思いっきり打ち込んでこいよ」

今の由紀があのときの公然さんと同じくらい、
たくさんのものを一将に伝えられたかどうかはわからないけど、
初めて”楽”法被を背負って、
初めて”楽”の家紋を背負って、
初めての公演で「頭」という責任を背負って、
これから舞台に臨もうとしてる背中を叩いたとき、
初めてあの時の自分と公然さんの気持ちが少しだけわかった気がした。

「お前らはすげーよ」


と、いうわけで、みなさん本当にお疲れ様です!!
反省はまた後日するとして、みんな、
今日はこの高揚感を抱いて眠りにつこうや〜
明日からまた頑張っていこう!
「新進」、より一層の新たなる進化を目指してね!!


最後に。
鬼メンへ。

「やっぱ、お前ら好きだぁーーーっっっ!!!」

(また反省会&打ち上げしようね)



由紀

wadaikoraku at 23:35コメント(2) 

July 17, 2006

和太鼓“楽”を好きな5つの理由

『基礎練習で叩くリズムはゆっくりではなく速く。ゆっくり叩くのは一人でもできる。一人ではできない練習をみんなでする。速く叩けない人は必死でついてく。それが無理な人は次の練習までに絶対にできるようにしてくる。』

僕ら4回生が1回生だった頃、僕の記憶ではそんなことを教えられ、それが当たり前のことだと認識されてた気します。




『練習休むとか、遅刻するならこなくていいよ。』

僕ら4回生が1回生だった頃、練習に時間通り来るのは当たり前でした。
最近ではみんな色々な事情があっての遅刻だからという考えが浸透して、あまり遅刻に対して厳しくとがめられることはなくなりました。確かに遅刻をすることは誰でもあります。僕も遅刻をします。でも、遅刻したからには遅刻したなりの態度で練習に加わってほしい。急いで輪に入るとか、すぐに着替えるとか。そういった態度をとることさえなくなってしまったら一つのサークルとして成り立っていかなくなると思います。



色んな所で初代が持っていた『少人数制のストイックさ』が薄れてきているように思います。





僕が和太鼓“楽”を好きな理由を考える機会がありました。
その時間の中で5つの大きな理由が見つかりました。

1.真剣
2.必死
3.一体感
4.理想が高い
5.一人一人のモチベーションが高い

とことんこだわりを見つけることや思いを大切にすること、とことん話すことなんかもありますが、大まかに言うとこれが大きな理由だと思います。


今の楽にこの5つがいつまでもあってほしいなぁと思います。





真剣に必死に高い理想を追いかけるモチベーションの高い人間が笑われたり馬鹿にされたりすることは絶対におこらないでほしいと思います。

互いにぶつかり合いながらも一体感を持っている人間たちが集まっている場所であってほしいと思います。

今の楽をあの頃の楽と同じものにしようとは思ってないけど、何か大事な部分が消えていってしまっている様な気がして寂しいです。



こうねん







wadaikoraku at 15:49コメント(4)トラックバック(0) 

和太鼓“楽” 4



かなり洋風な音源ですが、想像力を掻き立てられるもの発見。

http://www.youtube.com/watch?v=bAKLfYkfe7g

和太鼓“楽”は撥をこんな風に扱ってはだめですよ!!!!!

wadaikoraku at 14:06コメント(0)トラックバック(2) 
みんなへ | みんなへ

July 16, 2006

たんこぶ組のみなさん。

おつかれさま。

かっこよかったよ。

力強さが伝わってきました。

このメンバーでたたくことはもうないかもしれない。

でも、ずーっとこれからもこのメンバーは繋がっていくんだろなって思います。

俺からみて、たんこぶ組は憧れの存在だし近い存在。

みんなの前だったら馬鹿笑いもできるし、大泣きもできる。

それくらい大事な存在です。

ありがとう。

楽サイコーやね。

wadaikoraku at 23:37コメント(1)トラックバック(1) 

July 03, 2006

追悼2006

7月5日 追悼公演について。

話しあいの結果、今年は追悼公演をやらないことになりました。
つまり、宇都野さんへの感謝の意(追悼の意)、れいなさん太鼓への感謝を太鼓では示さないということです。

しかし、私たちがれいなさん太鼓を使っていたという事実と、れいなさん太鼓を使わせてくださった宇都野政治さんという人がいたということ、楽がいろんな人に支えられているということを“楽”が忘れないために、このことは毎年この時期になったら語り継いでいけたらなと思います。

今年は、感謝と追悼の意を込めて、7月5日に黙祷をします。
強制参加にはしません。任意です。

晴れたら、十文字原のテッペンまで行こうか。。。風が気持ちよさそう*



毎年受け継がれてきたと言ってもいい追悼公演を、やらないと決めるのは本当に胸が痛かった。。私もれいなさん太鼓を打ってきた人だから。。。それに何か楽の伝統を壊してしまいそうで、責任という意味でも悩みました。。。
でも、去年の追悼三宅を思い返してもそうだけど、やっぱり本当の気持ちがないとダメだと思いました。特に追悼というのは、そうだと思いました。

今、楽の中心にいる2,3回生が、本当の意味での感謝と追悼の意を込めて7月5日に太鼓を打つ、というところまで気持ちを持っていけなかった。これが正直なところです。
楽の先輩方、本当にごめんなさい。
今年はこれでいきます。

感謝の気持ちは忘れません。これからも。

7/5追悼三宅はやりませんが、他の舞台でみせます。
感謝の意も込めて、太鼓でみせます。これからも。

wadaikoraku at 03:08コメント(0)トラックバック(0) 
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