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2017年10月16日

傷の痛みは違わない

スポーツの試合中に、A君がぶつかってしまったことにより、B君が骨折してしまったとします。

A君は、B君を骨折させようと意図して、わざとぶつかったわけではありません。

A君に全く悪気の無いこの場合でも、B君の骨折の痛みは、誰かに故意に骨折させられた場合と変わりありません。(心の痛みなどは考慮せず、単純に傷の痛みのことを言っています。)

骨折してしまったB君が、傷を痛がったら、
「わざとやったんじゃないのに、なんで痛がるんだよ。A君が悪者みたいでかわいそうだろう?」
と、B君が傷を痛がることを責めますか?

過失による傷でも故意の傷でも、痛み自体は変わらないし、完治までの時間も、完治までの生活の不自由さも変わりません。

原因に関わりなく、傷を受けたら痛いものは痛いんです。
治るまでの治療法も治療期間も同じです。
通常完治までに1ヶ月かかる傷が、原因がわざとじゃない場合は30分で治る、などということはありません。



Qさんがわざと傷つくことをしたり言ったりしているわけでなくても、傷つけられた方は、やっぱり痛かったり、悲しかったりします。

傷ついたり悲しんでいる人たちを、
「わざとじゃないのになんで痛がるんだ。なんで悲しむんだ。」
と、責めますか?

Qさんを責めてはいけないことはみんな知っているのに、ただ、
「痛いんです。悲しいんです。」
と痛みや悲しみを訴えているだけの、Qさんに傷つけられた人たちを責めるのはなぜでしょう?
「痛い。悲しい。」と、事実を言っているだけなのに。


A君とB君は、骨折の後でもとっても仲良しの友達です。
お互いに責め合ったりしていません。
それでも、B君はやっぱり骨折箇所が痛みます。
B君が、
「いたたたた!」
と痛がったら、A君は、
「痛いよな?大丈夫か?」
とB君をいたわります。

A君が痛がるな!と言ってB君を責めないのは、おかしいと思いますか?

おかしいと思わないなら、傷つけた方を責めるのではなく、傷つけられた人たちに、
「痛いよね。悲しいよね。」
と、言ってあげてください。

傷ついた人たちに共感することが、傷つけた側を非難することにはならないと、お分かりいただけると良いな、と思います。





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2017年10月09日

記憶の保持について〜『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 』を読んで −その2

『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 』を読んで −その1 では、子育てのことを書きましたが、今回は少しQさんのことをからめて書いてみます。

以前の記事(『アスペルガーのタイプ』)で、”Qさんタイプ”というものを提示したのですが、その原因というか、どうしてそういう状態らなってしまうのかの勝手な考察です。

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 [ 栗原 類 ]』では、類さんが色々なことを覚えていられないことが書かれています。

皆さん共通の悩みともいえるワーキングメモリー・短期記憶の話題はご存知かもしれませんが、長期記憶の方はどうでしょう?

類さんは、ご自身で体験された(旅行など)ことも記憶していないことがあるようです。

(体験したことをすべて覚えている人は稀であることは重々承知ですが、例によって定型発達者と非定型発達者との『度合い』の問題とお考え下さい。普段は忘れていたとしても「十年前にヨーロッパに行ったよね。」と言われたら『行ったことを思い出す』のか、言われても『自分が行ったことを思い出せない』のか、という意味での『度合い』です。)

この部分を読んで、Qさんの『生き死にに関わる重要な事であっても、何もかもみんな忘れてしまう』という特性が理解できた気がします。

少なくとも、Qさん以外にも『何もかも忘れてしまう人が存在する』ということがわかって、ホッとしました。

子どもの療育の場面では、言葉で教えるよりも『体験』をさせて理解を定着させる方法が良くとられます。
自分で体験したことは、言葉でのインプット指導や指示よりも自然にインプットされ、しかも忘れにくいと考えられているからだと思います。

しかし、Qさんのように自分が体験したこと、自分が話したこと、自分がメモしたこと(メモした内容だけでなく、メモを取ったという行動自体)をきれいさっぱり忘れてしまう人も確かに存在するのです。




Qさんは『何もかも忘れてしまう』と書きましたが、正確に言うと『何もかも』ではありません。
すごく良く記憶していることもたくさんあります。
(好きな俳優さん・芸人さん・アーティストなどの作品の発表順や内容など。どこのレーベルからの出版かとか、奥さんは誰か、共演者は誰かなどのプロフィールの細かい情報などはよく覚えています。)

ただ、それは優先順位の高低や重要度とは一切関係ありません。

自分の命にかかわる療養の注意事項や薬の飲み方などの説明でさえ、忘れてしまいます。

まあ、これに関しては、多分インプット方法がQさんに合っていない事によると思うので、『忘れる』というよりは最初から『入って』いないという可能性の方が高いのですが…
自分自身で、あるいは他の人からの『インプット』ができなければ、当然『記憶』はされません。
自分の脳の中にないものを保持することはできないから、当然です。


しかし、自分で痛い思いや入院などを実際に経験・体験しても、そのことを『忘れて』しまうので、また同じことを繰り返す、ということは、やはり『記憶』の問題かとも思います。
体験や経験はすでに自分自身に起こっていることなので、あらためて外部からインプットするような事柄とは違うと思うのです。

それでも、類さんの本を読んで、Qさん以外の人でも『体験したことでも忘れてしまう』ことがあるんだと知ることが出来ました。
(もちろん、全ての体験を覚えている人など稀です。ここで私が言っているのは重要度が高い事・インパクトの強い事・優先度が高い事などだとお考え下さい。また、キーワードを与えられても記憶が想起されないことも含みます。)


Qさんのなかで記憶に残る・残らない、あるいは記憶しておこうと努力して残す・残さないの基準がわかりません。
多分、本人もわからないと思います。


ワーキングメモリーや短期記憶の問題だけでなく、長期記憶の問題もいろいろと深そうです。
記憶が積みあがっていかないと、さまざまなスキルも当然積み上げることができませんから。

前提となるスキルを忘れてしまっては、次の段階のスキルに進めないし、進んでも定着はしません。

インプットの問題をクリアしなければ何も進まないと思うのですが、『体験・経験が記憶に残らない』とすると療育の大きな柱の『体験して定着する(支援者側からいうと『体験させて定着させる)』という方法が使えません。

一緒に話し合いをし、一緒にフローチャートを作り、一緒に検討し、一緒に結論を出し、一緒に文章にして保管する。
そういうまどろっこしい作業をしてやっとの思いで合意・同意に至った決定事項だけでなく、話し合い〜文章化するという一連の作業をしたこと自体も忘れてしまう。

いったいどこから取り組んだらよいのか?
闇は深まるばかりです。










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2017年10月01日

『返事をもらう』難しさ

【〇月〇日〇〇時から子どものピアノの発表会なんだけど、あなたは子どもの発表会に行けますか?】
と配偶者からメールが来たら、あなたならどう答えますか?
(そもそも、こういう内容のやりとりを、口頭ではなくメールでしなければならないケースは、ご家族に発達障がいの特性を持つ方がいないとご理解いただけないでしょうが、そこはスルーしてください。)

私なら、答えは二者択一で
『行けます。』
もしくは
『行けません。』
だと思うのです。

しかし、Qさんの返事は、
『わかりました。』
『承知しました。』
です。

『行けます。』あるいは『行きます。』の意味だとは思いますが、返事としては適切とは言えないと思います。

この場合は、こちらが『行きます』の意味なんだなと察すればよいだけなので、現在の我が家では返事の不適切性は問わず、ここでやりとりは完了です。


【家族のお祝いの食事会の日程なんだけど、あなたは〇月〇日と△月△日のどちらが都合が良いですか?】
とのメールへの返信はどうでしょう?

この場合は『〇月〇日』あるいは『△月△日』(あるいは『どちらでも』『両方ダメ』)と返事をもらわなければ聞いた方は困りますが、それでもQさんの返事は
『わかりました。』
『承知しました。』
です。

〇月〇日なのか、△月△日なのか、どっちやねん!?

という類のことで困っている、という相談を専門機関の臨床心理士さんにしました。

『どうやったらちゃんとした(こちらの必要とする)返事をもらえるか?』の相談です。



で、Qさんのように『インプットに問題がある』人は、そもそも質問の内容を理解する以前に『インプット』が難しいので、適切な返事をもらう以前にいくつもの問題をクリアしていかなければならないから難しい、というようなお話でした。

Qさんは頭が良いので、内容を理解さえできれば素晴らしい答えが返ってきます。
しかし、返事をもらうまでには、
・(質問に至る、あるいは質問者まわりの)状況の理解
・質問の内容の理解
・質問の内容に対する答えの検討
・質問の内容に対する答えの選択
などなど、クリアしなければならないステップが存在します。

Qさんは答えの検討や選択は大得意ですが、そこに至るまでの状況理解や内容の理解が苦手。

さらにそれ以前に、『質問されている』ということ自体の把握が困難。

つまり、質問内容のインプット以前に、質問されている・答えを求められているという一番最初の段階のインプットが難しいから、質問側としては答えをもらうまでのハードルが非常に高い、ということです。

具体的な図や解説の載った手順書があるもの(皿洗いの仕方でも、折り紙の鶴の折り方でも、本棚の組み立て方でも、機械の不具合解除のための原点復帰操作方法でもなんでも)の手順を教える(インプットする)ことでさえ難しいのに、『出欠』のように抽象的なものの返事を求めるのは、教える方も答える方もハードルが高いということです。


で、結論として、解決法はいまだ見つかっていません。


「発達障がいの特性の理解が足りない頃は、『いいからやれ』とか『やるな』とか、頭ごなしにQさんに『命令』してました。その頃の方が上手くいってた気がします…」
と私がポツリと言ったら、
「『命令』はわかりやすいですからね。Qさんみたいな方は丁寧に説明されるより『命令』に従う方が、むしろ楽なのかもしれません。」
とのことでした。


【〇月〇日〇〇時から、家族のお祝いの食事会をやるから家に居ろ】
がわかりやすく、
【〇月〇日〇〇時から、家族のお祝いの食事会をやるから家に居てもらえますか?】
だとわかんなくなっちゃう。
(【家に居て】だと「なんで?」と返事が来る。そこから、居て欲しい理由の説明を延々とする羽目になる…)

『鬼嫁』は怖くて嫌だけど、『鬼嫁』の命令の方が安心して従える。
『鬼嫁』はひどいと思うけど、パートナーとして相談されも困る。
というところでしょうか…

ほんと、難儀な人です、Qさんは…


アウトプットしてもらうには、インプットの方法を探すところから始めなければなりません。
しかし、10年近く相談を継続していて、Qさんに合ったインプットの方法が見つからないので、Qさんから『イエス』『ノー』の二択の返事をもらう方法でさえ見つけられない私たち。

上手く手立てを見つけることが出来て、相談機関から巣立っていくご家族もある中、うちの場合は道半ばどころか未だスタートラインという感じです。





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2017年09月26日

成人発達障がい者と依存症・生活習慣病の問題

以前、『常同行動?』という記事を書きました。

この件だけで専門家に相談したことは無いのですが、どうやらQさんの『同じものを続けて買ってくる』という行動は『依存症』というキーワードで読み解けるようです。

−−−−−

記事の更新がなされていないことでお察しいただけているかもしれませんが、相変わらず様々なトラブルに見舞われているわがままひめです。

というか、トラブルが勝手に舞い込んできているわけではなく、Qさんと娘がそれぞれトラブルを起こしてきて、その対処に追われて出張っていかざるを得ない(「ご家族の方をお呼びしてください。」と言われて呼び出される)、というのが実際のところなんですが…

とにかく、あるトラブルの解決のために、発達障がい専門の臨床心理士さんではなく、別の分野がご専門の臨床心理士さんに数ヶ月ご相談する機会がありました。
その中で、どうもQさんは『依存体質』ではないかという指摘がありました。

菓子パン攻撃』も、私は『何を買ってくるか』に注目していたのですが、『毎日買い物をする』ということが課題だったようです。

すなわち、『買い物依存症』。

で、『買うもの』ではなく『買うこと』がメインテーマなので、毎日何を買ってよいかわからなくて、とりあえず値引きシールがついている菓子パンを買ってきていた。

物に対する依存というよりは、行動に対する依存というのでしょうか?

その根っこにあるものは、やはり障がい特性なのですが、あらわれる症状(?)としては依存症であるのではないか、という捉え方ができるのではないかということです。

最近では、サプリメントや炭酸飲料もラインナップに加わりました。
頭痛薬や胃薬も定番です。

『買い物』という行動の他に、今年も高温注意報が出ている真夏の午後にジョギングをする、という熱中症一直線の行動にも困りました。

でも、深刻に困るのが『飲酒』という行動。
それから『病気(特に生活習慣病)』。

Qさんの『買い物』は、家族が目をつぶれば問題の無い範囲です。
不適切な時期や時間帯のジョギングも、救急車のお世話にならなければ周囲の迷惑にはなりません。

しかし、不適切な薬やサプリメントの摂取。
これは、健康に直接かかわるので問題が大きいです。
そして、『飲酒』の問題は、本人や家庭だけでなく仕事にも影響しますので。

買い物やジョギングと同じく飲酒行動もルーチン化してしまっているので、放置すればゴールは確実にアルコール依存症です。

最近、成人(特に中高年)の発達障がい者の問題として、
・『アルコールや薬物やギャンブルなどの依存症』になりやすい
・『生活習慣病』になりやすく、健康管理が苦手なので重症化しやすい
という課題が浮上してきたそうです。

生活習慣病に関しては、薬や血圧や血糖値や塩分などの諸々の健康管理が出来ずに病気が悪化しやすいとのこと。

医学界全体のコンセンサスが取れたものではありませんが、アメリカの疫学調査で、定型発達者に比べて発達障がい者の平均寿命が短いという結果が出た、という話も聞きました。
『依存症や生活習慣病へのなりやすさ』と『健康管理の苦手』さが平均寿命に影響しているのではないかとの分析だそうです。(※発達障がい関係の講演会で講師の医師が発言していたものです。調査の出典はわかりません。)

まさに、我が家(というか、私に!)に新たに降りかかってきた問題ですので、しばらく、この『成人発達障がい者と依存症・生活習慣病の問題』というテーマで記事を書きたいと思っています。

思っていますが、時間と気力があるかどうか…


なにしろ、ひとつの問題が解決しないうちに次の問題が発生してくるので、相談機関も関連機関もどんどん増える一方で、出向く範囲も、物理的にも分野的にも広がっています。
もちろん、取られる時間もその分増えていきます。

私はと言えば、更年期障害もきついし、加齢で頭の回転もフットワークも鈍くなっているし、この問題に取り組む気力も湧かないし…
逃げたいんですけど、「ご家族の方…」と呼ばれちゃうので…ね。


生活習慣病の患者さんは大人なんだし、配偶者や高齢の親御さんや自身のお子さんなど、家族の言うことなんか素直に聞きませんよね?
なのに、生活習慣病などでは、ご本人がお酒飲んだり甘いもの食べたり塩分を取りすぎたり勝手に薬を飲まなかったりしているのに、家族の方が『管理不足』みたいに言われちゃうのって不思議ですよね?

そこに、発達の問題が絡んできますから、ややこしいのなんのって…


『学校の周辺』だけで済んでいた子どもの発達障がいの問題が、むしろ懐かしいくらいの今日この頃です。(まだ娘の『学校の周辺』の問題も顕在ですが…)





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2017年05月10日

アスペルガーのタイプ

アスペルガー症候群には様々なタイプがあります。

 少し前は『積極奇異型』『受動型』『孤立型』と3タイプに分けての説明がよくありました。
 今は“スペクトラム”という考え方が一般的ですから、あまりタイプ別に分けるようなことはしないようです。

 それでも、“スペクトラム”の中の『濃さ』は同じ感じでも、明らかにタイプが違うなぁ〜という場合もあります。


 キッチリと決まった行動をしたいタイプの方には、特性の『こだわり』を活かして、上手くはまればグッと本人も周りも楽になれる支援ができる場合があります。

 視覚支援でその人に会った手順書を作り、何回か手順通りに作業をしていき、行動を定着させるということで上手くいく、という場合などです。


 ところが、Qさんの場合はこれができません。

 ケースワーカーさん曰く
「たまにいらっしゃるんですよ…。Qさんのように、どうやっても入らないというか、積みあがっていかない方が…」



 例えば、くだらない例ですが『皿洗い』

繰り返し実演して見せても、手順を書いても、一緒に並んで同じことをしてもらっても、どうしてもお皿を“きれいに”洗えないんです。

 何回やっても、何十回やっても、表面をスポンジでサッとなで、水流にサッとくぐらせただけで水切りカゴへ入れてしまう。
油は落ちていないし、洗剤の泡もついたまま、洗いあがったことにしてしまう。

明らかに水切りカゴに入れたお皿が汚れているのが目に見えているのに…

 「視力が悪くて目で見てわからないんだったら、最後に触ってみて。ベトベトしてたり、チーズとかご飯粒とかがこびりついているから、触ればわかるよ。」
と触ってもらってもダメ。

そこで、
『なぜお皿を洗うのか?』
とか、
『洗いあがったお皿はどう使われるのか』
みたいに理屈でせめていったりもしたのですが、ダメ。

 そして、どんなに汚れていても、鍋のふたとお皿の裏側は洗わなくてよいと思いんでいるらしく、絶対に洗わない…


 結婚して20年以上経つのに、アスペルガー症候群といわれてからも10年近く経つのに、どんなに工夫しても私は皿洗いの仕方ひとつQさんに教えることができませんでした。

 『出来ませんでした』と、過去形で書いたのは、もう諦めちゃったからです。
今は、Qさんがお皿を洗ってくれた時は、Qさんがいなくなってから全部洗いなおしています…

 「じゃ、洗いものなんかさせなければいいじゃん」
と思われる方もいらっしゃると思いますが、そこは、ほら……Qさんです。

 「洗わないで」と頼んでも、(多分親切心から)、すきを見ては洗ってしまうのです。

 ここのところしばらくは、
「洗わなくて大丈夫だから。私が洗うから洗わないで。」
と言い続けたので大丈夫だったのですが、また、始まりました。


 ちなみに、『なくなりました』と書いた『菓子パン攻撃』も復活しています(涙)


 やめてもらいたいことをしばらくやめてくれることはあるのですが、たいていはまた突然思い出したように復活してしまいます。

入らない。積みあがらない。
そして、やめられない。
こういうタイプを、私は『Qさんタイプ』と、ひそかによんでいます。



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ようこそ
プロフィール
わがままひめ
子供が産まれてから専業主婦になり、子育てに追われるうちに、不眠と軽い「うつ病」に…。
子育てって大変!と思っていたら、アラアラ、原因はつれあいのアスペルガー症候群だったのです。
離婚寸前まで行ったコミュニケーションをとりにくい夫婦の、関係修復をめざしてがんばっている過程をつづってみたいと思います。

《登場人物》
 私 「わがままひめ」
 夫 「Qさん」
息子「未解決!ノロリ」(1996生)
娘 「チビひめ」 (2001生)

◆おことわり◆
このブログでは、おおむね過去から現在に遡って話を進めていくつもりなので、最初は全くASを知らなかったときの私が、夫に「ものすごくひどい仕打ち」をしている話がつづくと思います。
AS当事者の方たちには、私たちも悪気があってひどいことをしているんではない、無知ゆえの罪なのだ、ということをご理解いただきたいと思います。
共に一人でも多くの人が「無知の状態から脱する」ように働きかけていけたらと思います。
「現在」の話に辿り着くまで、ご不快を感じる方があるかもしれませんが、私のたどった道を、正直に書きたいと思っています。失礼の段はどうぞお許しください。

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