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2017年05月10日

アスペルガーのタイプ

アスペルガー症候群には様々なタイプがあります。

 少し前は『積極奇異型』『受動型』『孤立型』と3タイプに分けての説明がよくありました。
 今は“スペクトラム”という考え方が一般的ですから、あまりタイプ別に分けるようなことはしないようです。

 それでも、“スペクトラム”の中の『濃さ』は同じ感じでも、明らかにタイプが違うなぁ〜という場合もあります。


 キッチリと決まった行動をしたいタイプの方には、特性の『こだわり』を活かして、上手くはまればグッと本人も周りも楽になれる支援ができる場合があります。

 視覚支援でその人に会った手順書を作り、何回か手順通りに作業をしていき、行動を定着させるということで上手くいく、という場合などです。


 ところが、Qさんの場合はこれができません。

 ケースワーカーさん曰く
「たまにいらっしゃるんですよ…。Qさんのように、どうやっても入らないというか、積みあがっていかない方が…」



 例えば、くだらない例ですが『皿洗い』

繰り返し実演して見せても、手順を書いても、一緒に並んで同じことをしてもらっても、どうしてもお皿を“きれいに”洗えないんです。

 何回やっても、何十回やっても、表面をスポンジでサッとなで、水流にサッとくぐらせただけで水切りカゴへ入れてしまう。
油は落ちていないし、洗剤の泡もついたまま、洗いあがったことにしてしまう。

明らかに水切りカゴに入れたお皿が汚れているのが目に見えているのに…

 「視力が悪くて目で見てわからないんだったら、最後に触ってみて。ベトベトしてたり、チーズとかご飯粒とかがこびりついているから、触ればわかるよ。」
と触ってもらってもダメ。

そこで、
『なぜお皿を洗うのか?』
とか、
『洗いあがったお皿はどう使われるのか』
みたいに理屈でせめていったりもしたのですが、ダメ。

 そして、どんなに汚れていても、鍋のふたとお皿の裏側は洗わなくてよいと思いんでいるらしく、絶対に洗わない…


 結婚して20年以上経つのに、アスペルガー症候群といわれてからも10年近く経つのに、どんなに工夫しても私は皿洗いの仕方ひとつQさんに教えることができませんでした。

 『出来ませんでした』と、過去形で書いたのは、もう諦めちゃったからです。
今は、Qさんがお皿を洗ってくれた時は、Qさんがいなくなってから全部洗いなおしています…

 「じゃ、洗いものなんかさせなければいいじゃん」
と思われる方もいらっしゃると思いますが、そこは、ほら……Qさんです。

 「洗わないで」と頼んでも、(多分親切心から)、すきを見ては洗ってしまうのです。

 ここのところしばらくは、
「洗わなくて大丈夫だから。私が洗うから洗わないで。」
と言い続けたので大丈夫だったのですが、また、始まりました。


 ちなみに、『なくなりました』と書いた『菓子パン攻撃』も復活しています(涙)


 やめてもらいたいことをしばらくやめてくれることはあるのですが、たいていはまた突然思い出したように復活してしまいます。

入らない。積みあがらない。
そして、やめられない。
こういうタイプを、私は『Qさんタイプ』と、ひそかによんでいます。



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2017年04月24日

『わかってもらえない』のがスタンダード

発達障がいを持つ子どもの支援を学校に求めた時、びっくりするほど『わかってもらえない』。

特に中学校の『わかってもらえない』度はすさまじい。

チビひめのように、抽象的なお願いをするのではなく、具体的な支援をお願いする事が多いケースでも、
何故その支援をするのか?
が全く理解されていないので、時々、というか、しばしばとんでもない事態が起こる。
(とんでもない事態だと思っているのは私たちだけで、学校はそう認識していないかもしれないけれど。)

ということで、
発達障がいを持つ子どものお母さんたちは、日常的に『わかってもらえない』場面にさらされ続けているので、
『わかってもらえない』ということが日常のスタンダード
になっている、と思う。

だから、『わかってもらえない』状態に対する耐性が高いのだと思う。

学校だけでなく、定型発達のお子さんを持つお母さんたちからの共感を得られることは少なく、非難される経験の方が多いかもしれない。

ここでも『わかってもらえない』経験を十分に積んでいる。


そのうえ、子どものために学校や行政に働きかけるのをやめてしまうと、学校からの支援を得られないので(黙っていても適切な支援を学校側からするということはないので)、粘り強くお願いを続ける努力を惜しまない。

『わかってもらえない』からとくじけてしまうことはない。
くじけたら、そこで子どものへの支援は滞ってしまうから。


だから、学校や行政に働きかけ、啓蒙活動を続けているお母さんたちは、カサンドラ状態に対する理解が薄くなるのかもしれない。

『わかってもらえない』は特別ではなく、スタンダードなのだから。




ちがうかなー…






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2017年04月18日

都会の山桜

yamazakura


染井吉野の桜並木のすぐ脇に
株立ちの山桜が咲いていました


奥山に咲いてこその山桜なのか?

どのような環境に咲いても山桜なのか?






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wagamama_hime at 01:12|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)その他 

2017年03月14日

おすすめ本『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 』 −その1 子育て

久方ぶりに本のご紹介です。

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 [ 栗原 類 ]』は、少し前に話題になった本です。

発達障がい障害を持つ子どもの親御さんにも、発達障がいを持つ方の配偶者の方にもお勧めしたいと思ったので遅ればせながら感想を記しておきます。


この本は、栗原類さんご本人・類さんのお母さん・主治医の先生のお話の3部構成+栗原類さんとピースの又吉直樹さんとの対談の形になっています。

まずは、発達障がいを持つお子さんを子育て中の方だったら、幼児から成人までのどの段階のお子さんをお持ちの方であっても、我が家のことのように感じられる『発達障がいあるある』のエピソード満載で、「うちだけじゃないんだな〜」と感じられます。

特に、ASD・ADHD・LDなどの違いを超えて、皆さん共通の悩みともいえるワーキングメモリー・短期記憶の話題は『あるある』と感じるとともに、周囲に子どもの特性の説明するときに、栗原類さんご本人のお話の短期記憶に関する部分は、わかりやすいエピソードとして使えるかも、と思いました。

また、お母さんの体験とお話は、(もしかしたら私とお母さんの考え方が似ているのかもしれませんが、)私は、「そう、そう、そうなのよ」と、共感と納得の嵐でした。

類さんのお母さんの子育ての方針は、とても参考になりますし、発達障がいを持つ子を育てるうえでの一つの指針になるのでは、とまで思いました。

著者がモデル・タレントさんということで、どの書店でも手に入りやすい話題の本だし、価格もお手頃。
久しぶりに、多くの方におすすめしたい本に出会えてうれしいです。
このブログを読んでくださっている方は、既に読了している可能性の方が高いとは思いますが、まだの方はぜひ、ご一読を。

*****

ただ、このところのリアルの活動でも私の周囲で問題点として上がっていることが、この本の読後にも感じられたので、「こんなことできるわけないじゃん」とか「私にはこんな子育ては無理」と思う方のために、2つ付け加えておきます。

ひとつめは、栗原類さんのように、ご本人の自己理解度が高く、周囲の支援や子育てが上手くいった場合の『成功例』の多くに(全てに、ではありません。念のため。)共通しているのは、『ひとりっこ』ということです。

特に、栗原類さんのご家庭は母と息子の二人家庭。
つまり、1対1の関係での子育てのお話です。
すなわち類さんのお母さんの行動は、自動的に『個別の支援』になっています。

専門家の方の指導も、基本的には1対1の想定での指導方法を伝授されます。
多くのお母さん達も、専門家の方に言われた支援方法を実践する力やスキルがあります。
専門家の先生も、一般的なお母さんができないような無理難題を強要したりはしません。
しかし、お母さんたちにしてみれば、
「療育現場などで1対1ならできるけど、実際の家庭生活の中で兄弟姉妹すべてを同時に見ている中で、それは無理でしょう!」
ということが多いのです。

私の周りには、男の子の一卵性双生児で、二人とも発達障がいというご家族が数組いらっしゃるのですが、数組それぞれ診断名が違うか、ふたりとも診断名は同じでもタイプは違っています。

家庭内でもめるとき・支援したいときはたいてい二人とも同時に爆発している時です。
一方のお子さんに向き合うと、他方のお子さんに待っていてもらうことになる。
ふたりにまとめてお話したいけど、それぞれタイプが全く違うので、入りやすい言葉も落ち着かせ方もそれぞれ違い、なお且つ、ひとりが収まりかけても、もうひとりがまた発火させてしまってエンドレス…など。

また、色々な体験をさせたいと言っても、それぞれ苦手な感覚が違っていたりして、どちらか一人が必ず我慢を強いられることになってしまう。
かといって、別々に行動するには、お母さんひとりでは人手が足りない。
双子でなくとも、二人きょうだい、三人きょうだいでも同じです。

これが、定型のお子さんなら、「あの時あなたは○○したけど…」と後からお話することも可能ですが、発達障がいを持つお子さんの場合は『その時、その場で』が鉄則です。
夕ご飯をつくりながら、子ども達それぞれに別々の方法で支援を実践するなんて、物理的に不可能です。

栗原類さんのお母さんは本当に素晴らしい子育てをなさっていますが、何人ものお子さんがいたら、あるいはお子さんの他に配偶者の方が発達障がいを持っていたら、このような子育てはできなくて当たり前なんです。
支援者目線の1対1の支援方法と、家庭生活の中で実際に支援しているお母さん達が本当に知りたい支援方法には、多少のズレがあります。

この本を読んで、
『類さんのお母さんはもともとご自身がすごい人だからいろいろできたんだ。でも、私には無理。』
とがっかりしないで欲しいな、と思います。
類さんのお母さんは、人数が多い家族の中で支援しているお母さんたちよりも、理想的な支援方法に近い形で子育てをすることができたかもしれないのです。
だから、類さんのお母さんが『実践されてきたこと』ではなく、類さんのお母さんの素晴らしい『子育てのスタンス』とか『心構え』とか『考え方』を参考にしていただきたいな、と思いました。


ふたつめは、定型発達の人は『繰り返しが苦手』ということ。

この本の中で、類さんのお母さんは『何万回も繰り返し繰り返し話して聞かせる』と言っています。
これが出来たのは、もしかしたら類さんのお母さん自身がADHDだからかもしれません。

定型発達の人は、『同じことを繰り返す』のが苦手です。
例えば、スポーツの素振りとかピアノの基礎練習とか…基本的にホモ・サピエンスの脳の働きの特性で、二時間以上同じ行動を繰り返すのは『リミッター』がかかるので、通常難しいのです。
天才と言われる人たちが、何時間もピアノを弾き続けられたりするのは、脳の特性の違いで『リミッター』が作動しないから。
発達障がいを持つ人たちに天才が多いというのは、こんな脳の特性の違いがあるからだという説があるそうです。
脳の働き方の違いで、発達障がいを持つ人たちができることが、定型の人たちにはできないのです。

私も、同じことを伝えるときに、言葉や言い回しを一回ずつ変えてしまいますし、一言一句違わないセリフをずっと言い続けるような支援はできません。

だから、『根気よく繰り返し教える』、ということが何年にもわたって何万回も続けられないとしても、自分が悪いんだと思わないでほしいです。

以上、余計な付け足しかとも思いますが、最近続けざまに『できない私』を責め続けてしまう子育て中のお母さんたちに出会ったので、せっかくの良い本を活かせないことがないように、感想を書いてみました。


類さんの主治医の先生もピースの又吉直樹さんもこの本の中で言ってらっしゃいますが、
『それぞれのご家庭で、それぞれに合ったやり方で』
を忘れずに、長い道のりをゆるゆる頑張って行きましょう。

栗原類さんのお母さんのように、支援の上手いお母さんからエッセンスをいただいて、わが子に合いそうなら具体的な方法も真似させていただき、医師や療育の専門家という第三者の視点と支援を受けつつも自分流の子育てをしていきましょう。
長期的な視点を持ち、なお且つ目の前の課題にも逃げずに向き合って。






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2017年02月14日

はじめてお読みになる方へ

はじめまして、 わがままひめ と申します。

2005年2月にブログを開設してから10年以上が経ちました。
小さかった子ども達も成長し、もう成人が目の前です。
私もそれなりに成長できていると良いのですが…

当初の予定とは違う形にはなっていますが、複数の発達障がい当事者がいる家庭の記録として、このブログが何らかの形でどなたかのお役に立てれば幸いです。

 《登場人物》
 私 「わがままひめ」
 夫 「Qさん」 (ASD)
息子「未解決!ノロリ」(1996生)
 娘 「チビひめ」 (2001生 LD)


◆ご注意ください◆
検索やリンクからお越しの方は、その記事が書かれた年月日をご確認ください。
お読みになっている記事は、10年前に書かれたものかもしれません。
発達障がい周辺の事情は日々刻々と変化しています。
記事の内容はあくまでも書かれた年月日当時のものであり、最新の情報ではない場合もあります。
このブログは、あくまでも1主婦の日記であることをご了承の上でお読みいただけますようお願いいたします。





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ようこそ
プロフィール
わがままひめ
子供が産まれてから専業主婦になり、子育てに追われるうちに、不眠と軽い「うつ病」に…。
子育てって大変!と思っていたら、アラアラ、原因はつれあいのアスペルガー症候群だったのです。
離婚寸前まで行ったコミュニケーションをとりにくい夫婦の、関係修復をめざしてがんばっている過程をつづってみたいと思います。

《登場人物》
 私 「わがままひめ」
 夫 「Qさん」
息子「未解決!ノロリ」(1996生)
娘 「チビひめ」 (2001生)

◆おことわり◆
このブログでは、おおむね過去から現在に遡って話を進めていくつもりなので、最初は全くASを知らなかったときの私が、夫に「ものすごくひどい仕打ち」をしている話がつづくと思います。
AS当事者の方たちには、私たちも悪気があってひどいことをしているんではない、無知ゆえの罪なのだ、ということをご理解いただきたいと思います。
共に一人でも多くの人が「無知の状態から脱する」ように働きかけていけたらと思います。
「現在」の話に辿り着くまで、ご不快を感じる方があるかもしれませんが、私のたどった道を、正直に書きたいと思っています。失礼の段はどうぞお許しください。

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