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ワンワールド。それは、1年間FIXの世界一周航空券である。一年で世界一周するのは時間的にかなり厳しい。しかし、その時間制限が有ってこそ光り輝く何かがある。いわば、ワンワールドで旅をするということは、ある一つの作品を作り上げるのと同じこと。みんなそれぞれの旅がある。これはそんなワンワールドを利用し、どこまでできるかチャレンジした365日間の記録である。
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著者プロフィール  2010年12月31日

こんにちは。WAiです。

だいたいの旅人は、自己紹介の時ファーストネームを名乗るのですが、自分が先に名字で名乗ると、なぜかみんな名字で自己紹介する法則に気づき、面白いから頑なに名字で自己紹介していたら、「ヤマダさん」と言いにくいということで、「ワイさん」と呼ばれるようになりました。
なのでこの日記は、「旅ネーム」のWAiでお送りします。

29才で5年務めた会社を辞め(サラリーマン)、世界一周の旅に出ました。

その前までの渡航歴は、

・北京(1週間・17才)修学旅行ツアー
・サンフランシスコ、ラスベガス(1週間・21才)フリーツアー
・パリ・ミラノ・フィレンツェ(2週間・23才)アルバイトツアー
・ソウル(3日間・24才)フリーツアー
・バンクーバー、バンフ(1週間・25才)スノボフリーツアー
・上海(5日間・28才)フリーツアー

以上。全部ツアーでした。

正直な話、バックパッカーというものは、名前は知っているが、どんなものかは大して興味もなく「貧乏旅行」というイメージは有れど、まず自分には縁の無いものだと思っていました。

しかしどういうわけか、海外留学を考えていたはずが世界一周の旅を思いつき、あれこれ調べているうちにバックパッカーというものにたどり着き、さらに調べているうちに、少しずつ興味を持つようになりました(というより、金銭的に考えて、世界一周するならバックパッカーになるしかない、との結論に達しました)。

とはいうものの、バックパッカーなどしたことがないし、それどころか航空券を買っての個人旅行すらしたことがない。
いったいどうやれば海外に行けるのか?
何もかもが未知でした。

英語といったら10年前の大学受験以来勉強した覚えもないし、他の言語など何語があるのかもよく分からない。
ビザってどんなん?
飛行機のチケットってどうやって買うの?
すごく危険な気がする…。
風邪ひきやすいし、トイレ近いし、毎日風呂入りたいし。
汚い宿とかトイレとかなんか嫌だ…

明らかに旅に向いていない。
こんな自分にはたしてバックパッカーなどできるのだろうか?

そんな不安を抱えながらも、さらにあれこれ調べていると、世界一周チケット、ワンワールドというものの存在を知りました。

5大陸、計20回飛行機に乗れて燃料サーチャージ込みで50万円(当時)。

あれ?安いんじゃない?

世界一周フェリーの旅(ピースボート)などのポスターを見て、短期間でもあれだけ高いのに、さらに長期だったらいったいいくらかかるんだ??

なんて思っていた矢先だったので、50万円で世界一周できると知った時は、かなりの衝撃を受けました。

そして浅はかにも、その世界一周チケットに飛びついたのでした。

正直今となっては、ワンワールドを使わないでも安く旅することができるような気もします。
ルールに縛られて思ったようなルートが組めない場合も多々ありました。

しかし、また今となっては、あの365日間のみ有効という限られた時間と、その面倒くさいルールのおかげで、必死に動き回るはめになり、超充実した1年間の旅ができたと思っています。

世界一周チケット、特にワンワールドを使っている旅人にたくさん逢いました。

みんなそれぞれのルートで、それぞれの旅哲学を持って、そしてそれぞれの旅がありました。

同じワンワールドなのにみんな全然違う旅をしていて、そんな旅人と話していると、共感することや、感嘆すること、驚くことなど多々あり、すぐに仲良くなりました。

年期の入った旅人さんで、「旅はこういうものだ!」とか「ワンワールドなど時間と金の無駄だ!」なんて公の場でスピーチしちゃう人もおりますが、僕は、そんなことは全然ないと言い切ります。

どんな旅でも旅は旅。

ゆっくりしてても、急いでいても、それぞれ得るものがあって、考えることが有ります。

要は、自分が何を感じ、何を得たかです。

そこには、他人が否定する余地など有りません。

行きたいところに行き、帰りたいときに帰ればいいのです。

僕は、途中でワンワールドの限界に挑戦しようと思い立ち、大幅にルートを変更しました。

通常、ワンワールド所持者は、大陸間は飛行機で移動するのですが、僕は思い切って、アフリカから東南アジアに飛ぶ便を削りました。

陸路で行くことに決めたのです。

アフリカ大陸の最西南端の喜望峰に立ち、ここから日本までの旅を考えた途端、突然世界が大きく感じました。

ルート変更を思案している時、このルートで1年間で日本にたどり着くのは無理だとたくさんの人に言われました。

自分でも無理かも…と思いつつも、それでもやってみなくちゃ分からない!

そう言って自分を奮い立たせ、思い切っての挑戦となりました。

バックパッカー初心者のくせに、よくやったもんです。

そこからは、先を急ぐ旅となりました。

急げば急ぐほど、旅の難易度は上がります。

危険な時に危険なところを無理やり歩かなければならなくなるし、体力も浪費するので、病気になる確率も上がります。
常ににルートと日程を計算し、修正しながら旅を続けなければなりません。

しかし、人間やればできるもので、おかげでトラブルだらけの旅になりましたが、それが逆に終わってみればたくさんの思い出となりました。

たくさんの人に助けられながら、日本に帰ってくることができました。

本当、すべての出会いや出来事に感謝しています。


この素晴らしいバックパッカーというものを、多くの人たちに伝えたい。

そう思い、このサイトを立ち上げることとなりました。

日記は、主に物語調で書いていますが、時々コラム風だったり、旅先で思ったことを徒然と書き綴ったりしています。

どこでどのくらいお金がかかった、とか、そういう記録的なところはほとんど省いていますので、一風変わったブログとなってしまいましたが、読み物としてご覧下さい。

これから旅立つ人たちを応援しております☆

2008年吉日



旅に出た理由







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