中学生が行く「セブ島英語短期留学」の舞台裏大学受験「第一志望」合否 勉強の「時間帯」に関係も?

2016年03月19日

一流エリートは「勉強至上主義」で子育てをしない

竹中平蔵教授が「『親の教科書』といえる稀有な良書」と評し、『「学力」の経済学』著者、中室牧子氏が「どうやって子どもをやる気にさせるのか、その明快な答えがここにある」と絶賛! 
“グローバルエリート”ムーギー・キム氏と、子育て連載でバズ記事連発のミセス・パンプキン氏が膨大な「家庭教育調査」から著した画期的な一冊『一流の育て方 ビジネスでも勉強でもズバ抜けて活躍できる子を育てる』から、子どもにとって「本当にためになる」育て方の秘密を公開する。


● 偏差値エリートなんて育てたくない!  「一流の育て方」は、二流の偏差値エリートを育てない

 私が東京にいるときの主な活動内容は、本屋さんで「『一流の育て方』はどこですか? 」と聞いて回ることである。しかし個人的に残念なのが、本書が、やれ「東大に我が子をいれる秘訣」「XX大学に子どもを3人入れた」系の場所に置かれがちなことだ。

 私はそのたびに本屋さんの中心で一人、大声で叫んでいる。「『一流の育て方』は、受験本や偏差値エリートを目指す本ではありません!  本書は、偏差値エリートなんて育てたくない人のための本です! 」と。

 全国2000万のお父さん、お母さんの皆さん。子どもを育てるとき、勉強至上主義で育ててしまっていませんか?  現在、発刊3週間で早くも8万部を突破した『一流の育て方』だが、そこで紹介する「一流の育てられ方」をした子どもたちは、東京大学など最高学府に通いながらも、「勉強ができたら偉い、と勘違いするような子どもに育てるな」と警鐘を鳴らす。

 いわゆるエリートを忌み嫌っている人々が、反エリートを唱えるケースはいくらでもある。しかし、大学の偏差値で学歴カーストを形成しがちな日本社会において、一番勉強ができる人たちが語る、「勉強で人を判断するな」という、反・学歴エリート主義はどういうことなのだろう。

 日本の学歴社会構造の頂点にたつとされる学生たちが語る、「勉強観」とその「育て方」の要諦について、『一流の育て方』からその一部を抜粋して紹介させていただきたい。


 (以下は、『一流の育て方』から抜粋)

【アンケート結果】

●勉強ができるくらいでは偉くない
 私の両親は勉強については一切口を出さず、人間性や教養の教育を重視していました。そのせいか、私は「勉強ができることは偉い」という感覚はあまりありません。実際、勉強をして得をするのは他ならぬ自分だし、勉強するだけでアウトプットがなければ、他人に何か大きく貢献しているわけではないと今でも考えています。
 私は、子どもに「勉強ができることは偉い」「素晴らしい」と言うのは不適切だと思います。子どもが、勉強ができる自分は偉いと勘違いしかねないからです。勉強して得た知識や立場を自分の欲望のために使うのは個人の自由であり責められることではありませんが、ほめられることでもありません。(東京大学大学院情報理工学系研究科Tさん)


●勉強は「しなければならないもの」ではなく「できたらいいもの」
 私は高校卒業まで両親から勉強に関し、干渉されたことがない。また、成績がよかったときはほめてくれたが、成績が悪くても特に怒られることはなかった。したがって勉強を両親のためにしているように思ったことはなく、すべて自分のためだと納得して取り組むことができた。そして、勉強は「しなければならないもの」ではなく「できたらいいもの」と教えてくれた両親に大変感謝している。(京都大学経済学部Fさん)


● ミセス・パンプキンの講評: 学力をほめすぎると勘違いした大人になる
 親の偏狭な発言は、それが家庭内の内輪の話としてなされたものでも、子どもはそのまま外でしゃべりますし、価値観にも影響を与えるものです。そしてこの影響は「子どもの勉強観」にもそのまま当てはまります。
 私が親しくさせていただいているある小学校の校長先生が、「子どもの道徳教育は、親と一緒にしないとどうにもならない」とよく仰っておられました。小学生の子を持つ親が偏差値で人を評価したり成績至上主義者だと、たいがい子どももそうだというのです。

 そういえば、私が4人の子どもを通わせた塾では、どの年も、成績がよいことで天下を取った気分でいるような親子が、必ず数組はいたものです。たかだか中学受験の成績で一生が保証されるわけでもないのに、人を見下げるような言動をし、しかも本人たちは気づきもしません。

 世の中には、学歴がなくても社会で役立つ働きをしている立派な人はいっぱいいますし、学歴が高くても社会に貢献らしい貢献をしていない方もたくさんいるものです。
 芸術やスポーツで社会に貢献している人たちなども含めれば、単純に塾や学校のテストの成績を人と比べて有頂天になること自体、恥ずかしくてできることではありません。

 もし親が良識と柔軟な価値観を持ち、謙虚な人であれば、その子どもが横柄な態度になるはずがないと思うのです。成績はよくても、表情が豊かでなく、社交性に欠け、挨拶もまともにできないお子さんがおられます。そのうち壁にぶつかって、ちょっと成績がいいくらいでは社会で通用しないことに気づけばいいのですが、悲しいことにいつまでも気づかない大人も大勢います。

 本当の意味で優秀な人は、人格自体が素晴らしいものです。なにげない立ち居振る舞いや言動に他者への思いやりがあふれ、謙虚さがにじみ出ています。
 これに対し、中途半端に優秀な人ほど、上から目線だったり威張る傾向があり、専門分野の知識は多くても、人間的には二流だったりするものです。
 一流の人は威張る必要がなく、謙虚なのにオーラがあり、周囲から尊敬を集める存在になっていきます。

 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」(優秀な人ほど謙虚になる)という言葉がありますが、そんな稲穂のような子どもを育てるには、親が持つ価値観や道徳観が大事です。
 
 テストの得点を上げることだけが至上命題のような育て方は、出身校の偏差値だけが自尊心の源という小さな人間を育てます。そしてテストや学校の偏差値でしか他人を判断できないという、視野の狭い、つまらない大人を生み出してしまうのです。

 (※以上は、『一流の育て方』からの抜粋です)

2016.3.19  ダイヤモンド・オンライン から転載


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