わかばのひろば(携帯版)

書くのが好きで、オリジナル小説をのせています。よければちょっと立ち寄ってみてください。

無邪気なユリは天使か疫病神か(4)

 青々とした輝きを放つ木々に囲まれた公園は、強い光をやわらげ木陰を作る。
 あれからここまでやってくると、僕は人前では決して力を使うなと彼女に言った。世間を知らないかのこちゃんでは、無闇に力をふるえばかえって人に迷惑をかけると諭したのだ。
 先ほどの騒動のおかげで、彼女はなんとなく僕の言いたいことを理解してくれたようだった。ただ気がかりは、かのこちゃんがすっかり気を落としてしまったことだ。
「お待たせ。よかった、ちゃんとおとなしくしてくれてたみたいだね。」
 缶ジュースを手にして戻ってくると、かのこちゃんは赤ちゃんを連れた女性と楽しそうに話していた。ベンチに座るその若いお母さんは、赤ちゃんのほっぺにやさしくキスをして、きゃっきゃと声を上げる小さな命に嬉しそうに微笑んでいる。
「えっと、じゃあ行こうか」
 女性を気にした僕は、ぺこりとお辞儀してかのこちゃんを促した。人がいたらゆっくり話もできないし。彼女は頷くと、親子に挨拶を返して僕の背を追ってきた。
 だれもいない場所までくると空いたベンチに腰かける。自力で座れないかのこちゃんをだき上げて休ませてやると、プルトップを開けた缶を差し出した。
「多分これなら大丈夫だと思うんだけど。試しに飲んでみなよ。きっと美味しいから」
 かのこちゃんはくんと鼻をひくつかせる。ほんのり甘い香りを感じたのか、興味をひかれるまま口をつけた。小さくこくりとのどが鳴る。そして彼女の顔が驚きでいっぱいになった。
「おいしい。俊、これとてもおいしいですの! かのこ気に入りましたわ」
 頬を上気させて夢中になるかのこちゃんに、僕はよかったと目を細める。彼女に渡したのは桃水だ。あっさりとした甘みのあるものを選んだのだが、正解だったようだ。
 思わず口元をほころばせながら、僕はそっと彼女の様子を見守った。先ほどと違い、だいぶ元気を取り戻していることにほっと安心する。
「ねえかのこちゃん。失敗はだれだってするんだよ。僕だって昨日、取り返しのつかないことをしたばっかりだし」
 ポケットから携帯を取り出し、僕は表情を曇らせる。出かける前にもう一度電話してみたけど、相変わらずほたるちゃんは出てくれなかった。
 何度も後悔した。あのとき勇気を出していればと。だが起きてしまったことはもう、なかったことにはできない。
 だったら失敗で得た教訓や経験を次に生かすほうが建設的だ。人はだれしもそうやって、少しずつ大人になっていくんだから。
「だからね、かのこちゃんもこれからはもっとよく考えて行動しよう。大事なことを見落としてしまわないようにさ」
 それまでじっと聞き入っていた彼女は、僕の目を見つめたままにこりと笑った。まるで天使のように愛らしい表情だ。
「ねえ俊、これが幸せって気持ちかもしれませんわね」
 えっと僕が首をかしげていると、かのこちゃんから鈴の音が響いてきた。まさかと身構えると、光が視界を覆った。辺りが静まると隣りに十五、六歳のきれいな少女が座っている。僕は突然のことに目を見開いた。
「かっ、かのこちゃん、だよね? どっ、どうしたんだよ急に。こんなところで力を使ったらだめだって」
 さっきも言っただろう? と最後まで言い終えることはできなかった。気がつくと、左頬にやわらかなものが押し当てられる。
「ななな、なに?」
 あまりの想定外な出来事に、僕はパニック状態になる。全身がかっと熱を持って顔はすっかりゆでタコ状態だ。これって、これってもしかしてあれだろうか。キ……ああ、もうだめだ。支離滅裂でぐっちゃんぐっちゃんでなに考えてるんだか自分でもわからない。
 でもやわらかくて、なんだかいい香りが……って本当に僕おかしいよ絶対!
 かのこちゃんは紅い唇を離すと、無邪気に「幸せになった?」と訊ねてきた。
 冷静になれ、舞い上がるな。所詮この子は三歳児のお子様だぞ。でも見た目は僕と同じくらいなんだよな。って考えてるそばからすでに自我が崩壊しているし…………。
 深呼吸をくり返してどうにか気持ちを落ち着ける。隣を見ると、黙って成り行きを見守っていたかのこちゃんは、いつの間にか元の姿に戻っていた。
「ほっぺにきすすると、幸せになれるのでしょう?」
「どっからそんなこと覚えてきたんだよ」
 脱力感を覚えたあと、僕ははっと思い至った。そういえばさっき、子連れの親子をじっと見ていたっけ。あれが原因か。
 ちくしょう、お子様になに教えてるんだ、奥さん! 教育方針間違ってますよ。もしかのこちゃんが節操なしになったら、どうしてくれるんだ。責任とってくれ。
「大体、わざわざ大きくなることないだろうに」
「だってこの姿だと届きませんもの」
「そりゃごもっともですね」
 なんだかふり回されっぱなしだな。でも正直言えば、かのこちゃんのその気持ちは嬉しかった。まいったな、彼女を元気づけようとしていたのは僕なのに、いつの間にか立場が反対になっている。僕は目を細めた。
 幸せって、案外身近にあって小さなことの積み重ねなのかもしれない。
 宝くじが当たったとか憧れのスポーツ選手に会えたとか、そういうちょっと特別なことだけじゃなくて。
 おいしいご飯が食べられること、なんの苦労もなく学校に通えること。両親が健在で、悪ふざけができる友だちがいること。そして、こころから大切な人がいること。
 退屈で変わり映えのしない毎日だけど、本当はそれがなによりも幸せなことなんだ。僕たちは、そんな大切な積み重ねにちっとも気づくことなく、ただなんとなく生きている。それはとても損なことだ。
 かのこちゃんに会わなければ、僕もそのひとりだったな。感謝しないと。
「ねえ、かのこちゃん。幸せって、わからないだけでいつもそばにあるんじゃないかな」
「どういうことですの?」
「うーん、上手く説明できないけど。そうだな、目の前にいる人が嬉しそうに笑ってくれたらどんな気持ちになる?」
 彼女は小首をちょっとかしげたあと、ぱっとお日さまのように笑った。
「とってもあったかい気持ちになりますの」
「うん、そうだね。それが幸せの基本じゃないかな」
「そうなんですの? なるほどですわ」
「でもそれを意識してなければ、知らずに通り過ぎちゃうんだよ」
「やっぱり幸せって難しいんですのね」
 眉を寄せて困ったようにかのこちゃんは言った。僕もこころからそう思う。幸せってすごく単純で、それでいてとても奥が深い。
 無性にほたるちゃんに会いたくなった。もう一度電話してみよう。それでもだめなら、家を訪ねてみるのもいい。そしてちゃんと僕の悩みを打ち明けよう。
 恥ずかしいし、あきれられるかもしれないけど、前に進めるならそのほうがずっといい。
「もっと色々と教えてくださいな。よろしくです、俊」
 ぺこりと頭を下げる彼女を眺めながら、僕はしぶしぶながら覚悟を決めて頷いた。しょうがない。こうなったらもう最後まで面倒見て、さっさと親元へ送り返すしかないだろう。お人よしな性格がつくづく悲しいよ。
 いつもより重く感じる体を引きずり、かのこちゃんを伴って僕は家路についた。そしてしばらくしてから重大なことに気づく。
「かのこちゃんのこと、どうしよう」
 親に会わせるわけにはいかない。こんな常識外れた少女を目の当たりにしたら、きっと両親は卒倒してしまう。そうかといって隠れて居候させた場合、もし見つかったらそのときはえらい騒ぎになるだろう。
 『幼女拉致監禁 容疑者は失恋した男子高校生!』そんなワイドショー番組のテロップが、ぱっと浮かんだ。
 画面にはマスコミや野次馬が詰めかけた自宅が映るだろう。そして同級生たちが、モザイクをかけた向こうでこう語るんだ。
「普段はやさしい普通の子でした」
 単なる空想とはいえ恐怖に背筋がぞっとする。あと一日猶予があることがせめてもの救いだ。それまでになんとしてでも彼女を帰さないと。僕は改めて気合を入れた。
 自宅の鍵を開けると、どういうわけかカチャリという抵抗がなかった。おかしいな、ちゃんと戸締りしたはずだけど。
 首をかしげてノブを引くと、あるはずのない両親の靴が僕の目に飛びこんできた。ぎょっとして固まっていると、
「お帰り俊介。台風がくるっていうものだから、慌てて一日早く切り上げてきたわ」
 そう言いながら母さんがこっちにやってくる。
 うそだろ? こんないきなり帰ってくるなんて! 
 僕はどうしようどうしようとあわてつつ、足元に立つ彼女に視線をやってこう思った。
 やっぱり疫病神決定だ!

《おわり》

無邪気なユリは天使か疫病神か(3)

「今日もいいお天気ですの」
 台風が近づいているとは思えない青空の下、かのこちゃんは上機嫌にそう言った。
 突き刺すような日光をものともしないところは、さすがユリの精。光合成とか、やっぱりするのかな? 
 彼女のスキップを踏むような足取りに、出かける前にどこからともなく取り出した朱色の下駄が、カランカランと独特の音を響かせる。そして飾り紐にくくりつけられている白い花模様の鈴も、一緒になって歌っていた。帯の色と同化して、僕は今までちっとも気づかなかった。
 かのこちゃんは夜店の景品として手に入れた鈴に憑いていたという。思い返してみれば確かに、店のおじさんはこんな物あったっけ? という顔をしていた。
 彼女の話によれば、人が多く集まる祭りの中に紛れて人のよさそうな人間を選ぶといいと、父親に教わったそうだ。まったくなんてはた迷惑な親だ。そしてつくづく自分の性格が恨めしい。
 でも、鈴がほたるちゃんの手に渡ったままでなくてよかった。ただでさえ傷ついているのに、その上常識を逸脱した珍妙な少女を彼女が世話するなんて、考えただけで残酷だ。
 あれからしばらく考えてみたけど、一向にかのこちゃんを帰す良策が思いつかず、気分転換にと彼女と連れ立って本屋へ行くことにした。それに涼しいところでなら、少しはましな考えも浮かぶかもしれない。
 三十分かけてようやくたどり着いた店内に逃げこむと、心地よい涼風がさっと全身をやさしくつつみこむ。生き返った気分でほっと息をついていると、足元に立っていたかのこちゃんがきゃっと小さく声を上げた。
「ん、どうしたの? かのこちゃん」
「急に寒くなりましたの。なんだか変ですわ」
「ああ、これは冷房がきいてるからだよ」
「れいぼう?」
「冷たい風を作って涼しくするんだよ」
 かのこちゃんはふうんと頷くと、なんだか夏らしくありませんわと困惑した。僕は苦笑をもらし彼女を促して奥へ向かう。
 あまり客がこない専門書コーナーで立ち止まると、適当な一冊を引き抜いて広げる。そして読むふりをしながら、どうしたものかとあれこれ思案を巡らせた。
 そもそも幸せといってもその定義は曖昧だ。なにをもって幸せと呼ぶかは、人それぞれ違うのだから。お金という人間もいれば愛情と答える人だっている。中にはその日一日をつつましく暮らせるだけで幸せだと思う、無欲な人もいるだろう。
 こうやって改めて考えてみると、普段はなにが幸せかなんて全然意識してないな。
 そういえば、終戦記念日が近づくとよく組まれる特番を以前見たことがある。あれだけ辛い経験をしていた時代と比べると、今はなんて平和だろう。たった六十年前のできごとだなんて信じられないよ。不景気だなんだと言ってるけど、この時代に生まれてよかった。本当は、些細なことにいちいち不幸を感じてちゃいけないんだろうな。
 しばらく悶々と思考の海に沈んでいたが、段々気が滅入ってしまったので、僕は仕方なく水面に顔を出した。するととんでもないことに気づく。彼女の姿が見当たらないのだ。
「かのこちゃん? どこ行ったんだ。おーい! 戻っておいで」
 慌てて本を戻すと、足早にその場を後にした。一つ一つコーナーをのぞいて彼女の姿を探す。やっとのことで目立つその着物姿を見つけた僕は、ぎょっと目を剥いた。
「これがほしいんですの。譲ってくださいませんこと?」
 なんとかのこちゃんはレジの前に立っていたのだ。その手には絵本がかかえられている。顔馴染みの五十代の店長は、困った顔でお嬢ちゃんお母さんは? と尋ねていた。
「なにやってるんだよ、かのこちゃん」
「かのこ、これがほしいんですの。ですから今このかたに頼んでおりましたのよ」
「おや、この子きみの妹さんかい? だめだよ保護者ならきちんと見ておかなくちゃ」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「まあいいがね。お会計は二千円だよ」
「えっ!」
 僕は予想外な価格に驚いた。祭りで散財したおかげで千五百円しか持ってないよ。
「かのこちゃん、あきらめて。お金が足りないよ」
「お金ってなんですの?」
 きょとんと首をかしげる彼女に、僕はしゃがんで千円札を取り出すと、これだよと指し示した。
「それがあればこのご本と取り替えてくださいますの?」
「うん。大抵のものはお金があれば買えるよ」
 するとかのこちゃんは、わかりましたのと意気揚々頷き、ふっと瞳を閉じた。
 僕がリンと響く鈴の音に気づいた時にはもう手遅れだった。ぱっと光が散ったかと思うと、次の瞬間、頭上から千円札が何十枚も降ってきたのだ!
「かっ、かのこちゃん!」
 慌てて彼女をだき上げると、その手から無理矢理本を引き剥がしてレジカウンターに置く。店長は眼球が転がり落ちるのではないかと思うほど、目をまんまるに見開いて呆然と突っ立っている。事態に気づいた客達が、我先にとお金を拾おうと殺到しはじめた。
 僕は人波に飲まれそうになりながら、必死の思いで店を飛び出した。ぜーぜーと肩で息をつきながら、かのこちゃんにつめ寄る。
「今すぐあれを消すんだ!」
「どうしてですの? お金があればご本をいただけるのでしょう? せっかく出しましたのに、あなたが邪魔なさるから交換していただけませんでしたわ」
 かのこちゃんは、リスのようにぷうと頬を膨らませた。僕はああもうと苛立ちながら、早口で彼女にもわかるように説明する。
「お金は勝手に作っちゃいけないんだよ! 犯罪だよ、悪いことなの。わかる?」
 すると彼女の表情がみるみるくもっていく。
「かのこ悪いことしましたの? みんなを不幸にしてしまいましたの?」
 あっという間に目じりに涙の玉が生まれた。人を幸せにすることをなによりも重んじる彼女にとって、これはかなりこたえただろう。
「大丈夫、まだ間に合うから。さあ、早くあれを消して、滅茶苦茶になったお店も元に戻すんだ。できるよね?」
 唇をすぼめて頷くかのこちゃんを地面に下ろし、周囲にだれもいないことを確認すると、僕はじっと成り行きを見守った。袖で涙を拭いた彼女は、大きく息を吸って力を解放した。
 すべてが終わってそっと自動ドア越しに店内をのぞき見ると、我に返った人達が狐につままれたような顔でぼーっとしていた。店内に荒れたところは一つもなく、お札の姿も消えている。どうやら無事元に戻ったようだ。
 はーっと肺の底から息を吐き出し、僕は壁に背をつけてそのままずるずると座りこんだ。あとはこの場にいた人達が、これを悪い夢と解釈してくれればいいんだけど。
 当分この店には入れないなと僕はがっくりとうなだれた。次に近い書店までは、バスで二十分もかかるのに。かのこちゃんを横目で見ながら、彼女は厄病神の娘なのかもしれないと僕は思った。

《つづく》

無邪気なユリは天使か疫病神か(2)

 彼女を怖いとは思わなかった。もちろん見た目の問題もあるけど、それだけじゃない。おそらく邪気や禍々しさといったものから縁遠い雰囲気が、畏怖をさっぱりと流してしまうのだろう。
 あれからすっかりあきらめて、この不測の事態をどうにか受け入れる努力をした僕は、遅めの朝食をとっていた。
「俊はよっぽどお魚が好きなんですのね」
 なんで残り物のさばの煮つけを食べただけで、魚好きと呼ばれるんだろう? すると僕の疑問を見透かしたかのように彼女は言った。
「だって夕べ寝言で、こいとかきすとか言ってましたもの」
 ちょうどトマトを口に放りこんだところだった僕は、危うくのどをつまらせそうになった。ゲホゴホと咳きこみ、慌てて胸を叩く。
「まあ、お行儀悪いですわよ」
 眉をひそめて着物の袖で口元を隠す彼女。
「ま、まあ魚は好きだよ。カルシウムは体にいいからね」
 都合よく勘違いしてくれたことに感謝しつつ、適当に相槌を打つ。しかしそんなくそ恥ずかしい寝言を口にしていたのかと思うと、情けない気持ちがますます膨らんだ。なに口走ってるんだ僕……。欲求不満なんだろうか。
 かのこちゃんはミネラルウォーターをこくこくと飲んでいる。食事を勧めたけれど、ユリの精は水だけでこと足りるらしい。もちろん水道水は薬臭くて美味しくないと、グルメな一面も披露してくれたが。
 食事を終えると流しを片づけ、僕は身支度を整えた。
 その間かのこちゃんは、暑いからとスイッチを入れておいた扇風機に興味を示した。高速回転する羽に向かって「あー」とやっている。 首ふり設定にしていたせいで、扇風機が角度をずらす。かのこちゃんはちょこまかとそれを追ってしきりに「あー」と遊んでいた。
 なにがそんなに楽しいんだろうとあきれたが、その無邪気な姿についうっかり僕の口元はゆるんでしまった。そうしていると、どこにでもいる普通の女の子に見える。だが彼女は、見た目はどうあれやはり人ではないのだ。
 とにかく、一刻も早く彼女の言う『幸せ』とやらを教えないことにはこのままずるずると居座られてしまう。なんとしてでも追い出す、じゃなかった、父親の元へ帰してあげないと。
 正直な気持ち、今は自分のことで精一杯で他人を思いやる余裕なんかこれっぽっちも持ち合わせていないんだ。
 第一、不幸のどん底にいる僕にそんなこと聞かないでほしい…………。

《つづく》
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