弁護士・金原徹雄のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します。

沖縄・辺野古共同声明2018「辺野古の海への土砂投入計画並びに新基地建設計画を白紙撤回せよ!」(普天間・辺野古問題を考える会)への賛同のお願い

 2018年9月18日配信(予定)のメルマガ金原No.3274を転載します。
 
沖縄・辺野古共同声明2018「辺野古の海への土砂投入計画並びに新基地建設計画を白紙撤回せよ!」(普天間・辺野古問題を考える会)への賛同のお願い
 
 沖縄県名護市辺野古沖の公有水面埋立工事と新基地建設に反対する署名活動は、かねてから何種類も行われてきたと思いますが、8月8日の翁長雄志知事の急逝をうけ、沖縄県知事選挙が前倒しで実施されるという状況の中、改めて賛同者を求め、政府に工事の中止を申し入れる活動が行われています。
 
 その1つが、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会が中心になって呼びかけた「「私たちも辺野古新基地建設に反対します」―沖縄県知事選を迎えるにあたっての共同アピール」です。
 2018年9月14日の第2次締切時点での賛同人名簿が公開されており、私の名前も載っていますが、それほど広く賛同を呼びかけたということでもなかったようで、賛同者の中に大学教員や弁護士が目立つのはそのためでしょう。私の場合も、某法曹団体のMLで、賛同の意思をFAXで送信するための用紙付きで呼びかけがなされていたために賛同したので、そういう機会がなければ、こういうアピールの存在自体、気がついていなかったでしょう。
 
 今日ご紹介する沖縄・辺野古共同声明2018「辺野古の海への土砂投入計画並びに新基地建設計画の白紙撤回を求める」(普天間・辺野古問題を考える会)は、上記の共同アピールと呼びかけ人が一部だぶっていますが、一応別のものであり、しかも現在、インターネットで賛同署名を募集中です。
 実は、私がこの共同声明に気がついて署名したのは、ようやく今日(9月18日)のことだったのですが(西谷修さんのFacebookへの投稿で気がつきました)、同サイトによれば、「※9月26日を第一次締め切りとし、署名を内閣府に提出します」とありますので、まことに遅ればせながらではありますが、締め切りまでに1人でも多くの方に賛同署名をお願いできればと考え、ブログでご紹介することとしたものです。
 以下に、共同声明全文を転載します。賛同署名のフォームが、声明文の下にスクロールすれば出てきますので、是非よろしくお願いします。
 
沖縄・辺野古共同声明2018
辺野古の海への土砂投入計画並びに新基地建設計画の白紙撤回を求める
普天間・辺野古問題を考える会
(引用開始)
 
                                  〈共同声明〉
     辺野古の海への土砂投入計画並びに新基地建設計画を白紙撤回せよ!
 
 私たちは、沖縄の辺野古米軍基地建設をめぐる問題に重大な関心を寄せ、一昨年(2016年)9月9日付けで「沖縄の人権・自治・環境・平和を侵害する不法な強権発動を直ちに中止せよ!」を公表し、内閣府に直接提出した。以来、2年が経過しているが、その後も安倍政権は、私たちの要請を完全に無視したまま、辺野古新基地建設に向け強権的な対応をとり、辺野古の海への土砂投入を強行しようとしている。本年8月31日、沖縄県の謝花副知事は故翁長知事の遺志を継ぎ辺野古新基地建設に必要な埋立承認を撤回した。工事は現在停止されているものの、安倍政権は建設強行のため「法的措置を取る」と明言している。私たちは、安倍政権のこれらの暴挙に改めて強く抗議し、土砂投入を許さず、さらに辺野古新基地建設そのものの断念を強く求める。
 
1.沖縄県の埋立承認撤回を支持する
 国は、辺野古新基地建設を急ぐあまり、埋立承認の「留意事項」に違反して、埋立工事全体の実施設計についての沖縄県との事前協議を無視して工事を続行してきた。そして、公有水面埋立法4条1項の定める「国土の適正・合理的な利用、災害防止と環境保全に対する十分な配慮」という要件に違反して工事を続けてきた。それは、国が、本来、埋立承認にかかる設計の概要の変更許可を受けなければならない事態が頻発しているにもかかわらず(法13条の2)、「辺野古に基地はつくらせない」という故翁長知事の強い意志を前にして、その要件の遵守をないがしろにしてきたことに起因する。沖縄県が示した承認撤回の理由は、これらの問題を的確に指摘しており、沖縄県と沖縄県民の人権・自治・環境・平和を守ろうとするものであり、私たちは、このような沖縄県の埋立承認の撤回を断固支持する。
 
2.土砂投入は許されない
 ジュゴンをはじめ貴重なサンゴ・海草が生息する辺野古・大浦湾は、国(沖縄防衛局)が行った環境影響調査でも生物多様性のホットスポットであることが明らかであり、やんばるの森とともに世界自然遺産登録に値する貴重な自然である。人間居住の適地を基地に占拠され、やむなく為された埋め立てによってほとんどの自然海岸を失った沖縄にとって、辺野古・大浦湾の海は今や数少ない手つかずの自然であり、後世に残すべき沖縄の宝である。その辺野古の海への土砂の投入は、取り返しのつかない貴重な自然の破壊であると同時に、沖縄の声の無視であり、到底容認できるものではない。
 もし政府にとって日米安保条約に基づき新基地の建設が必要であるのなら、本土各県も基地負担を等しく受け入れるべきであって、国土面積の0.6%を占めるに過ぎない沖縄に米軍専用施設の70%を押し付けるのは「構造的沖縄差別」に他ならない。このことは、今や多くの沖縄県民の共通認識であり、もはや沖縄に新たな負担を強いるのは許されない。
 自他共に軍事の専門家と認めている森本敏元防衛大臣は、普天間代替基地は軍事的に言えば、日本の西半分のどこかであればよく、沖縄でなくてもよいが、政治的にはそうならないと述べた。まさに「構造的沖縄差別」である。埋立を律する法律である公有水面埋立法は、その第4条第1項で知事が埋立事業を免許・承認する際の条件を定めているが、その第1号はその埋め立て事業が「国土利用上適正かつ合理的なること」としている。軍事の専門家の上記の発言は、辺野古の埋立事業がこの条件を満たさないことを端的に物語っている。この一点のみをもってしても、辺野古埋立承認は違法というべきである。
 
3.8.11県民大会の決議を支持する
 辺野古の海への土砂投入が目前に迫った8月11日(土)、降りしきる雨のなか、7万人の沖縄県民が「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める8.11県民大会」に参加し、土砂投入計画と新基地建設計画の白紙撤回を求める決議を採択した。私たちは、この決議を全面的に支持する。
 そもそも沖縄の人々は、各種の世論調査を通じて、また辺野古新基地建設の是非が争点となった各種の選挙において、辺野古新基地建設反対の圧倒的な民意を繰り返し示してきた。翁長知事は、そのような民意を背景に2014年11月の知事選において現職の仲井眞前知事を10万票近くの大差で破って選ばれ、4年足らずの任期中、民意の実現に向け全身全霊を捧げてきた。8月17日にも土砂投入を行おうとした国(沖縄防衛局)の通告に対し、知事権限である埋め立て承認の「撤回」の意向を7月27日に示した矢先に急逝された。そして、その遺志を継ぐことを誓う場となった県民大会に7万余の県民が集い、その背後にはさらに多くの県民が控えている。政府は、いまこそ、この県民の声に耳を傾けるべきである。
 ところが、安倍政権は、一貫して沖縄の声に耳を傾けないできた。翁長氏が知事に就任後、ただちに県民の願いを政府に伝えようとしたとき、安倍政権はそれを拒否し、安倍首相に面会することができたのは4ヵ月以上たってからのことであった。憲法第8章の地方自治の章で謳われているとおり、国と地方は対等であり、地方には自らのことを自ら決めていく自治権がある。このような地方自治の否定は日本の将来を著しく脅かすものであり、断じて許されない。
 
4.東アジアの平和構築に向けて
 普天間基地の辺野古への移設は、今から22年も前の1996年のSACO合意に基づくものであり、東アジアの情勢はその時とは大きく変化した。本年6月23日に開催された沖縄全戦没者追悼式において、翁長知事は、朝鮮半島の緊張緩和に向けた動きが進んでいるなかで、政府が進める米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設は「アジアの緊張緩和の流れに逆行している」と批判した。私たちは、故翁長知事のこの認識を共有する。
 朝鮮戦争の当事者である米朝間の交渉には、紆余曲折があるであろうが、東アジアの平和の実現に向けた歴史の流れを止めてはならない。朝鮮半島に歴史的責任を有する日本政府には、責任の自覚に基づく平和創造への積極的関与が求められる。
 朝鮮戦争が終戦となれば、在韓米軍、在沖米軍の位置づけが変わってくる。在韓米軍の縮小は、在沖米軍の重要度をむしろ高めるという議論もあるが、これを機に在沖米軍の縮小・撤廃に向かい、沖縄をアジアの平和交流の拠点に変えていくことが求められる。現在、南西諸島では辺野古・高江での米軍基地建設に加え、自衛隊配備により全域での軍事要塞化が進められているが、これは安全保障のジレンマにより周辺国との軍事エスカレートの罠に陥る公算が強く、時代の趨勢に逆行するものである。
 私たちは、東アジアの平和構築に寄与する意味においても、辺野古新基地建設の白紙撤回を強く求める。
 
2018年9月7日
 
呼びかけ人
赤川次郎(作家)
阿部 治(立教大学教授・環境教育)
淡路剛久(立教大学名誉教授・民法・環境法)
池内 了(名古屋大学名誉教授・宇宙物理学)
池澤夏樹(作家)
礒野弥生(東京経済大学名誉教授・環境法)
逸見泰久(熊本大学教授・海洋生態学)
井上博夫(岩手大学名誉教授・財政学)
上田恵介(立教大学名誉教授・鳥類生態学)
上野千鶴子(東京大学名誉教授・社会学)
内田 樹(神戸女学院大学名誉教授・京都精華大学客員教授)
内橋克人(経済評論家)
海老坂武(元関西学院大学教授・フランス文学)
大石芳野(写真家)
岡田知弘(京都大学教授・地域経済学)
大久保奈弥(東京経済大学准教授・海洋生物学)
大島堅一(龍谷大学教授・環境エネルギー政策)
落合恵子(作家)
勝俣 誠(明治学院大学名誉教授・開発経済学)
加藤 真(京都大学教授・生態学)
鹿野政直(早稲田大学名誉教授・歴史学)
鎌田 慧(ルポライター)
紙野健二(名古屋大学名誉教授・行政法)
川崎 哲(ピースボート共同代表)
香山リカ(立教大学教授・精神科医)
川瀬光義(京都府立大学教授・財政学)
北原みのり(作家)
鬼頭秀一(星槎大学教授・東京大学名誉教授・環境倫理学)
金 石範(作家)
幸島司郎(京都大学教授・生態学)
古賀庸憲(和歌山大学教授・動物生態学)
古関彰一(独協大学名誉教授・憲法史)
小林聡史(釧路公立大学教授・自然保護学・環境地理学)
小森陽一(東京大学教授・日本文学)
酒泉 満(新潟大学教授・動物学)
*桜井国俊(沖縄大学名誉教授・国際環境計画)
澤地久枝(作家)
塩崎賢明(神戸大学名誉教授・住宅政策)
白藤博行(専修大学教授・行政法)
瀬戸内寂聴(作家)
徐京植(東京経済大学教授・作家)
高橋哲哉(東京大学教授・哲学)
田中  克(京都大学名誉教授・森里海連環学)
千葉 眞(国際基督教大学特任教授・政治学)
*寺西俊一[事務局](帝京大学教授・一橋大学名誉教授・環境経済学)
中田兼介(京都女子大学教授・動物行動学)
中野晃一(上智大学教授・比較政治学)
*西川 潤(早稲田大学名誉教授・国際経済学)
*西谷 修(立教大学教授・フランス哲学)
長谷川公一(東北大学教授・環境社会学)
早川光俊(弁護士・CASA専務理事)
林 公則(明治学院大学准教授・環境経済学)
人見 剛(早稲田大学教授・行政法)
平山琢二(石川県立大学教授・動物管理学)
藤井絢子(菜の花プロジェクトネットワーク代表)
星元紀(東京工業大学名誉教授・生物学)
星川 淳(アクト・ビヨンド・トラスト代表理事、作家・翻訳家)
保母武彦(島根大学名誉教授・地方財政論)
馬渕一誠(東京大学名誉教授・生物学)
間宮陽介(京都大学名誉教授・経済学)
三島憲一(大阪大学名誉教授・哲学、社会思想)
宮入興一(長崎大学名誉教授・愛知大学名誉教授・財政学)
宮内勝典(作家)
*宮本憲一[代表](大阪市立大学名誉教授・滋賀大学名誉教授・経済学)
向井 宏(北海道大学名誉教授・海洋生態学)
村松昭夫(弁護士・日本環境会議副理事長)
安渓遊地(山口県立大学名誉教授・人類学)
山口二郎(法政大学教授・政治学)
山崎圭一(横浜国立大学教授・開発経済学)
除本理史(大阪市立大学教授・環境政策論)
吉田邦彦(北海道大学教授・民法)
吉村良一(立命館大学特任教授・環境法)
和田春樹(東京大学名誉教授・歴史学)
(2018年9月7日現在、73名 *印は世話人)
(引用終わり)
 
 なお、9月7日に衆議院第2議員会館で行われた「普天間・辺野古基地問題を考える会」による記者会見の動画(7分余に編集されたもの)が見られます。
 
辺野古への土砂投入と新基地建設の白紙撤回を求める共同声明 2018.9.7(7分37秒)

MBSドキュメンタリ―映像「薬草のタイムカプセル~奈良・森野旧薬園の四季(仮)」(2018年9月30日)と谷崎潤一郎『吉野葛』

 2018年9月17日配信(予定)のメルマガ金原No.3273を転載します。
 
MBSドキュメンタリ―映像「薬草のタイムカプセル~奈良・森野旧薬園の四季(仮)」(2018年9月30日)と谷崎潤一郎『吉野葛』
 
 毎月1回、最終日曜日(おそらく)の深夜から放送されている毎日放送のMBSドキュメンタリ―映像は、関西ローカルという制約にもかかわらず、非常に質の高い番組を次々と送り出していることで知られています。
 もっとも、私がドキュメンタリ―映像を初めて意識したのは、2011年の福島第一原発事故の直後でしたから、まだわずか7年余り前のことです。フクイチの過酷事故の進展に固唾をのんで注目した人は(私もその1人でした)、その何十年も前から、原発の危険性を訴え続けてきた科学者グループが京大原子炉実験所におり、「熊取6人組(その後1人逝去されて5人組)」と称されているということを知りました。そして、この熊取5人組をフューチャーした勇気ある番組が2008年に放送されたこと、その直後、関西電力が放送局に強硬に抗議を申し入れたらしいことなどが、ネット情報として流され、多くの人の知るところとなりました。
 関西電力から広告を引き上げると脅された放送局が大阪に本社を置く毎日放送であり、その番組というのが、ドキュメンタリ―映像’08「なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所・"異端"の研究者たち」でした。
 3.11からしばらくの間は、どこからともなく出回った画質の良くない録画をネットで視聴するしかありませんでしたが、それを見かねたのか(?)、2012年の元旦に高画質版をYouTubeにアップしてくれた人があり、どこからも著作権侵害通告がなされないからだと思いますが、いまだに視聴できます。もっとも、累計視聴回数がようやく4万5000弱というのは少な過ぎないか?と思いますけどね。
 
 これまでも、私のブログで再々、興味深い番組を事前告知させてもらってきました。
 今日も、今月30日(日)深夜に放送予定の番組をお知らせします。
 
毎日放送 2018年9月31日(月)午前0時50分~1時50分
MBSドキュメンタリ―映像’18
薬草のタイムカプセル~奈良・森野旧薬園の四季(仮)
(番組紹介から引用開始)
奈良・大宇陀のかくれ里に、誰にも教えたくない場所がある。それが、日本最古の市立薬草園である「森野旧薬園」だ。カタクリ、シャクヤク、トウキ、ボウフウなど、日本の漢方薬の材料として使われてきた数々の薬草が、四季折々に花や実をつけ、来園者の目を楽しませてくれる。「吉野葛」製造を本業とする森野家は、江戸時代に当時の当主が幕府から貰い受けた種苗を自宅裏山に植え付けて以来、およそ300年にわたって、この薬草園を守り続けてきた。現在、園内の薬草から実際に薬を作ってはいないが、ここにしか生息しない貴重な品種もあり、大手製薬会社からの見学者も多い。まさに「薬草のタイムカプセル」のような場所だ。
番組では、森野旧薬園でおよそ一年に及ぶロケを敢行。美しい映像で、その魅力をたっぷりと伝える。
(引用終わり)
 
 原発問題とも平和問題とも関係のない「美しい映像」に興味をひかれたことはもちろんですが、私がこの番組をブログで取り上げようと思ったもう1つのきっかけは、「森野旧薬園」を運営する森野家(というよりは株式会社森野吉野葛本舗でしょうが)が「吉野葛」製造を本業とする、というところに目をひかれたことにあります。
 「吉野葛」一般についての説明は、株式会社森野吉野葛本舗ホームページの中の「吉野葛について」などをご参照いただければと思います。
 
 それはそれとして、私が「吉野葛」という言葉に反応したのは、私の最も好きな谷崎潤一郎作品の表題だったからです。1931年(昭和6年)の「中央公論」に2回分載された中編小説『吉野葛』は、エッセイかと見紛うようなスタイルで書かれ、しかも作品の前半と後半で主題が入れ替わるような赴きもあり、評価が別れる作品らしいのですが、私は岩波文庫で初めてこの作品を読んだ時から、強く惹き付けられるものがありました。
 ストーリーとしては、語り手(一高からおそらく東京帝大に進み、今は作家らしい)が、後南朝の史実に材を採った歴史小説の取材のため、吉野に親戚がいるという一高時代の友人・津村に案内してもらい、吉野を訪れるまでが前半。そして、語り手に同行した津村の、吉野に住む親戚の女性を嫁に迎えることを決意するまでのいきさつが後半に語られるのですが、特に後半に顕著になる「母性思慕」は、谷崎潤一郎の生涯を貫くモチーフであり、それが衒いなく素直に表出されているところに惹かれたのかと思います。
 幸い、というか、1965年(昭和40年)に亡くなった谷崎の作品は既にパブリックドメインとなっており、『吉野葛』も青空文庫で読めます。
 ここで「幸い」と書いたのは、今年、TPP11の関連法が成立し、著作権保護期間の50年から70年への延長が現実のものとなってきたことをさしています。
 私は、このブログを事務所のパソコンで書いていたため、『吉野葛』を収録した本が手許になく、今日、青空文庫で再読したのですが、やはりいいですね。皆さんも是非読んでみてください。
 
 
 ちなみに、谷崎の『吉野葛』という表題は、津村の母の生家が吉野の国栖(くず)にあるという設定から付けられたとおぼしく、食べ物の「吉野葛」は全く登場しません。
 
(参考サイト)

新宮市名誉市民記念・企画展「大石誠之助とはどんな人?」(2018年10月2日~2019年2月24日@佐藤春夫記念館)のご案内

 2018年9月16日配信(予定)のメルマガ金原No.3272を転載します。
 
新宮市名誉市民記念・企画展「大石誠之助とはどんな人?」(2018年10月2日~2019年2月24日@佐藤春夫記念館)のご案内
 
 昨日の「大石誠之助を名誉市民に推挙するか否かを議論した新宮市議会の会議録(2017年12月21日)を読む」に引き続き、今日も「新宮市と大石誠之助」に関わる話題をお届けします。
 今日ご紹介するのは、来る10月2日から来年(平成31年)2月24日まで、新宮市の佐藤春夫記念館で開催される企画展「大石誠之助とはどんな人?」(新宮市名誉市民記念)です。
 実は、先日、「新宮市立 佐藤春夫記念館だより 第23号(2018.9.1)」(※PDFファイルをお送りいただいた、その封筒の中に上記企画展のチラシが同封されており、すぐにご紹介しようかと思ったのですが、その前に、大石誠之助を名誉市民に推挙した新宮市議会の議論状況を会議録で確認するのが先決だろうと思い、昨日のブログをまとめたという次第です。
 
 私自身、このチラシに書かれていること以上の情報の持ち合わせはありませんので、まず、チラシの内容を以下に転記します。
 
チラシから引用開始)
新宮市名誉市民記念
企画展 大石誠之助とはどんな人?
 
辻原登著『許されざる者』にみる“大石像”など
 
期間 平成30年10月2日~31年2月24日
佐藤春夫記念館
 〒647-0003 和歌山県新宮市新宮1番地(熊野速玉大社境内)
 TEL/FAX 0735-21-1755 
   
開館時間:午前9時~午後5時(入館は4時半まで)
休館日:月曜、祝日の翌日、年末年始(12月28日~1月3日)
入館料:一般310円、小中学生150円
 
平成30年11月10日(土)ギャラリートーク開催
今回の展示の見所を館長が解説します
1日2回開催
①10:30~ ②14:30~
各回定員15名程度・約1時間
事前にお電話等でお申込みください
 
大石は開業医としても活躍。貧しい人からはお金を取らず親しまれていました。
平成30年1月24日、大石誠之助の新宮市名誉市民授与式が行われました。
 
主催:公益財団法人佐藤春夫記念会、新宮市教育委員会
協力:新宮高等学校同窓会、「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会
(引用終わり)
 
 なお、チラシには、「佐藤春夫の母校・和歌山県立新宮高等学校の文化祭「彩雲祭」にて、図書館内で同窓会企画のパネル展が先行開催されます。」と案内されていましたが、既に9月7日・8日に「彩雲祭」は開催済みとなっていますので、引用はしませんでした
 
佐藤春夫記念館にて ところで、「昭和2年(1927年)東京都文京区関口町に建てられ、昭和39年(1964年)春夫が72歳で亡くなるまでを過ごした家」を新宮市の熊野速玉大社境内に移築した佐藤春夫記念館を、私は一度だけ訪れたことがあります。
 それは、昨年(2017年)の6月11日、くまの平和ネットワーク主催(「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会後援)による共謀罪に関する講演会の講師としてお招きいただいたのを機に、講演会が始まるまでの時間を利用して、佐藤春夫記念館見学という宿願をようやく果たすことができたのでした(講演会・「共謀罪」って何?こんなにある問題点!(6/11くまの平和ネットワーク)レジュメ紹介/2017年6月11日)。
 その際は、短い滞在時間しかとれませんでしたが、館長の辻本雄一先生から直々に館内をご案内いただくことができ、とても有意義な時間を過ごすことができました。
 佐藤春夫記念館の正面玄関に立つ私の写真を掲げておきます(辻本館長にシャッターを押していただきました)。
 
 私が、館長の辻本先生に直々ご案内いただくことができたのは、2014年5月31日、和歌山市勤労者総合センターに辻本先生をお招きし、「熊野・新宮の「大逆事件」」と題した講演会をお願いした実行委員会の、私が呼びかけ人の末席を汚していたからなのですが、そもそも、辻本先生においでいただくことになったのは、その年の2月、辻本先生が、かねて様々な機会に発表された論考をまとめられた『熊野・新宮の「大逆事件」前後―大石誠之助の言論とその周辺』(論創社)を刊行されたこともきっかけの一つでした。
 
 ところで、私が企画展「大石誠之助とはどんな人?」を見て、直ちにブログで取り上げようと決意したのは、昨年、佐藤春夫記念館を訪問して大変お世話になったということや、大石誠之助を新宮市名誉市民とした同市の決断に敬意を抱いていたからということはもちろんなのですが、それ以外にも理由があります。
 それは、チラシを見た瞬間に、私より9歳年上の、昭和20年に和歌山県で生まれた3人の皆さんのお顔とお名前が脳裏に浮かんだからという理由です。
 
 そのお1人が、昭和20年、新宮市のご出身、母校の県立新宮高校で長年国語科教師として教鞭をとられ、県立みくまの養護学校(現「みくまの支援学校」)校長を最後に定年退職された後、佐藤春夫記念館館長に就任された辻本雄一先生です。
 
 もうお1人が、企画展チラシに「辻原登著『許されざる者』に見る“大石像”など」とある著名な作家・辻原登さんです。辻原さんは、昭和20年、和歌山県印南町のご出身ですが、中学校は、和歌山市にある和歌山大学教育学部附属中学校に進まれたため、私の中学校の9年先輩ということになります。
 
 最後のお1人が、和歌山県立桐蔭高校校長、和歌山市教育長などを歴任された大江嘉之先生で、大江先生も昭和20年生まれです(ご出身は岩出町(当時))。大江先生が、和歌山大学教育学部を卒業後、最初に赴任されたのが同学部附属中学校で、2年生の社会(歴史)を担当されましたので、当時、同校の2年生であった私は、大江先生の最初の教え子の1人ということになります。
 
 それで、大江先生と大石誠之助にどんな関係があるのかというと・・・。私が一度だけ辻原登さんにお目にかかったことがあるというのは、大江先生を囲む教え子の勉強会(だったかな?)のゲストとして辻原登さんが招かれた席にたまたま私も出席し、1990年に芥川賞を受賞された『村の名前』の文庫版(文春文庫)にサインしていただいた本が今でも自宅にありますので、多分、辻原さんが会社を辞めて作家専業になってそれほど間のないころのことだったでしょうか。
 これでもまだ大石誠之助とは結びつかない?実は、2009年に毎日新聞社から刊行された辻原登さんの『許されざる者』上・下を読むようにと強く薦めてくださったのが大江先生で、たまたま大江先生がまとめ買いしていた著者サイン入りの本を頒けていただいたのが、今も私の書庫に収まっています(決して押し売りされた訳ではありません)。
 
 『許されざる者』の主人公・槇隆光が大石誠之助を下敷きにして造形されていることは間違いありませんが、同作はいわゆるモデル小説とかノンフィクション・ノベルなどというものではありません。


 ここは、作品論を語る場でもなければ、私にその資質もないので、是非作品そのものをお読みくださいと言うにとどめますが、それよりも重要なことは、私が、実在の大石誠之助の存在を知るに至ったのは、この『許されざる者』という小説を入手したことがきっかけだったということです。そこからさらに、「大逆事件」そのものに遡って調べるようになったのですから、「おくて」もよいところで、まことに恥ずかしい話ですが、事実だから仕方がありません。
 辻本雄一先生を招いた講演会を企画するきっかけになった映画『100年の谺 大逆事件は生きている』上映会のための実行委員会に参加することにしたのも、思えば『許されざる者』のおかげということになるので(大逆事件と和歌山(予告12/8映画『100年の谺 大逆事件は生きている』上映)/2013年10月16日)、ここでようやく、大江嘉之、辻原登、辻本雄一という、昭和20年に和歌山県に生をうけた3人の先達に導かれ、私が大石誠之助にたどり着いたという物語の、これがようやくオープニングです。その後の物語は、もちろん今も続いており、昨日と今日のブログも、その物語の一部を構成する挿話です。
 
 なお、この企画展「大石誠之助とはどんな人?」の会場となるのが佐藤春夫記念館なのですから、佐藤春夫と大石誠之助とのつながりについて一言すべきなのでしょうが、11月10日(土)のギャラリートークに申し込み、辻本雄一館長から直接解説を伺うのが一番でしょう。
 あと、2016年に刊行された山中千春著『佐藤春夫と大逆事件』(論創社)という本があることをご紹介しておきます(私は未入手ですが)。
佐藤春夫と大逆事件
山中 千春
論創社
2016-06

 
  最後に、佐藤春夫が大石誠之助刑死の衝撃から作った『愚者の死』という詩(「スバル」1911年3月1日発行所載)をご紹介しておきます。
 
(引用開始)
愚者の死
          佐藤春夫
 
千九百十一年一月二十三日
大石誠之助は殺されたり。
 
げに嚴肅なる多數者の規約を
裏切る者は殺さるべきかな。
 
死を賭して遊戯を思ひ、
民俗の歷史を知らず、
 
日本人ならざる者
愚なる者は殺されたり。
 
「僞より出でし眞實なり」と
絞首臺上の一語その愚を極む。
 
われの鄕里は紀州新宮。
渠の鄕里もわれの町。
 
聞く、渠の鄕里にして、わが鄕里なる
紀州新宮の町は恐懼せりと。
うべさかしかる商人(あきうど)の町は歎かん、
——町民は愼めよ。
教師らは國の歴史を更にまた説けよ。
(引用終わり)
 
※金原注 大石誠之助、幸徳秋水ら11人の死刑が執行されたのは1911年(明治44年)1月24日でした(管野スガのみ翌25日執行)。
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/大逆事件関連)
2018年9月15日

大石誠之助を名誉市民に推挙するか否かを議論した新宮市議会の会議録(2017年12月21日)を読む

 2018年9月15日配信(予定)のメルマガ金原No.3270を転載します。
 
大石誠之助を名誉市民に推挙するか否かを議論した新宮市議会の会議録(2017年12月21日)を読む
 
 今年(2018年)の1月19日、和歌山県新宮市が、大逆事件の犠牲者である大石誠之助を名誉市民としたことは、私のブログでもかなり詳しくご紹介しました。
 
2018年1月22日
 
 もともと、2017年12月21日に開かれた新宮市議会12月定例会(最終日)において、大石誠之助を名誉市民とするよう市長に推挙する件が審議され、11対4の賛成多数で可決され、市長の判断に委ねられていたのでした。
 ブログを書いた時点では、まだ会議録が公表されていなかったため、比較的詳細に賛否の議論状況を伝えてくれていた地元紙・紀南新聞ONLINEの記事「大石誠之助を名誉市民に 改正条例に基づき推挙 市議会」にリンクした上で、私は、ブログの末尾にこういう所感を書きました。
 
(引用開始)
 いかがでしょうか。皆さんも、「是非正式な会議録を読みたい」と思われたのではないでしょうか。
 賛成するにせよ、反対するにせよ、「新宮市民の矜恃」をかけて、自らの信じるところを論じ合っている様子が、発言を要約した新聞報道を読むだけでも伝わってきます。私は、なまじ大した議論もないまま「全会一致」で大石を名誉市民に推挙する議案が議決されるよりは、このような討論を経て11対4の賛成多数で議決されて本当に良かったと思います。
 私は、地元の人間ではありませんから、普段の新宮市議会の様子には全く疎く、何とも評しようがありませんが、上に引用した紀南新聞の記事を読んで、つくづく自分の住む和歌山市の議会状況と比較しない訳にはいきませんでした。
 12月21日の議会には、「大逆事件の犠牲者を顕彰する会」の皆さんも傍聴に駆け付けたようですが、私たち市民1人1人が、議会における議論の状況に常に関心を注ぎ続けなければならないということだと思います。
 いずれにせよ、大石誠之助を名誉市民とした新宮市に深甚なる敬意を表します。
(引用終わり)
 
 さて、今日は、まことに遅ればせながらではありますが、その「正式な会議録」をじっくりと、全て読んでみようと思い立ちました。
 以下に該当部分を全文引用しましたが、全部読むには相当の時間がかかります。けれども、それだけの値打ちは絶対にあります。
 
 賛成討論をした議員が3人(提案理由を説明した上田勝之議員を含めれば4人)、反対討論をした議員が4人(この4人以外の議員11人の賛成多数で可決)でした。それぞれ、議員として、市民としての「矜恃」をかけて(実際にこの言葉を使った議員もおられます)自らの所信を議場で訴えるという(もちろん、会派の縛りなどなく)、当たり前といえば当たり前の光景なのですが、日本の国会審議を見慣れた者にとっては、まことに新鮮です。
 反対した4人の意見についても、得心や同意はできぬまでも、そういう立場もあり得るだろうと理解はできます。もっとも、最後に「絶対反対の立場から討論」された福田讓議員が述べる「日本は法治国家であり、たとえ明治憲法下の裁判による有罪判決であっても、現在の憲法下において再審を請求してもなおかつ有罪判決が覆ることができないならば、裁判の決定を遵守することが当然であります。すなわち大石誠之助先生を名誉市民に推挙する議案には、市議会議員としての矜持に基づき、断じて賛成することはできません。」は、さすがにどうかと思いますけどね。
 第一、刑事訴訟法上、「有罪の言渡を受けた者が死亡し、又は心神喪失の状態に在る場合には、その配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹」でなければ再審を請求できない上に(刑事訴訟法431条1項4号)、「開かずの扉」と言われる日本の刑事再審裁判の実態を踏まえれば、大逆事件の判決に義理立てすることに「市議会議員としての矜恃」をかけるのは筋が違うと思います。
 
 それでは、大石誠之助を名誉市民にするよう市長に推挙する議案について議論が闘わされた新宮市議会の会議録をお読みください。
 
平成29年12月新宮市議会定例会会議録 第6日(12月21日)
日程24.議員発案第2号 新宮市名誉市民の候補者の推挙について
(引用開始)
再開 午後1時00分
○議長(屋敷満雄君) 
 休憩前に引き続き会議を開きます。

△日程24 議員発案第2号 新宮市名誉市民の候補者の推挙について

○議長(屋敷満雄君) 
 日程24、議員発案第2号、新宮市名誉市民の候補者の推挙についてを議題といたします。
 提出者の説明を求めます。
 12番、上田議員。
 
◆12番(上田勝之君) (登壇)
 ただいま上程をいただきました議員発案第2号、新宮市名誉市民の候補者の推挙について。次の者を新宮市名誉市民の候補者として市長に推挙したいので、新宮市名誉市民条例第3条第2項の規定により議会の同意を求めるものであります。
 候補者の氏名は、大石誠之助(故人)であります。
 それでは、以下、提案理由を申し述べます。
 去る12月5日開会の平成29年12月定例会において、新宮市名誉市民条例の一部を改正する条例が松畑玄議員を提出者、前田賢一議員外5名の議員の皆さんの賛成者をもって提案され、賛成多数をもって可決されました。本改正条例は、議会からも2名以上の賛成議員が名誉市民に推挙する提案が可能となり、議会の同意を得て市長が決定するというものに改められました。思い起こせば平成21年12月議会で、前田賢一議員が一般質問で、大石誠之助を名誉市民にと取り上げて以来、平成22年12月議会で、私が新宮市名誉市民条例の一部を改正する条例を提案するも、賛成少数で否決。同じ12月議会で、大西強議員が一般質問で、大石誠之助を名誉市民にと訴えられています。さらに同年の12月議会、大石誠之助を名誉市民に推挙する請願が付議され、翌平成23年1月には、さきの請願に反対意見の請願が提出され、当時の市議会総務委員会でかんかんがくがく議論が交わされたことをついきのうのことのように思い出しつつも、今、本議案の提案、7年ほど前のことですが、まさに隔世の感がありますし、御審議いただける議員各位に感謝を申し上げます。
 さて、大石誠之助の功績は、皆さん方もよく御承知のこととは存じますが、いま一度ここで述べさせていただきます。
 まず、医師の倫理として人間としてのヒューマニズムを優先させ、医療費の無請求主義や、現在にも相通ずるような医療制度批判として無効の投薬を拒否することなど枚挙にいとまがありません。玉置真吉氏が熊野誌6号に、禄亭さんの回顧として、無請求主義は貧しい人々、特に被差別部落の人々には薬代すら取らず、他方、富裕層の人々には往診代は1回1円、薬代は倍額。抗議されれば、貧しい人たちに社会奉仕と思って私の請求どおりお払いなさいと納得させていたと記述されています。「現時の売薬なるものは、人の病を治することを目的とせず、専ら自己の利益のために営む商法と言うべし」と売薬官営論として誠之助自身が論じています。誠之助は、「貧者や青年を愛することが使命であり、その心を酌み取ることに努めている。この汚れたる社会の中にはまり込んだればこそ、貴族と富豪に憎まれ、平民を友とする身になったのだ。型にはまらず自由に考える人間となったのだ。僕は、ただこれを誇りとする」と牟婁新報に寄稿し、貧者と若者に背かないとする、終生その姿勢は変わらなかったのであります。
 また、情歌、都々逸や狂歌、狂句に通じ、特に情歌は、禄亭永升として宗匠となり、また家庭雑誌にも投稿、西洋風合理的な生活を説き、衣食住についても発言し、熊野実業新聞に寄稿した医師訪問録に、「人間は元来平等なもので、現在、仮に貧富、貴賤などという階級に分かれていても、それは今日の悪制度がもたらした一時の現象にとまるので、決して永遠のものじゃない。否、本来はやっぱり平等なのだから、人の上に人なし、人の下に人なしという考え方が各自の頭の底にしみ込んでいるので、今日は主として貧困の原因をなくさんがためにさらに力を尽くしているのだ」と述べています。
 このような誠之助の論は、今でいう民主主義や人道主義、人権意識に通じ、既に新宮市の名誉市民である佐藤春夫や西村伊作を初め、後世の新宮人に多大な思想的な影響や共感を与えました。
 私は、大石誠之助を名誉市民に推挙する意味を次のように考えます。そもそも名誉市民と大逆事件とは全く別のことであります。しかし今日、私たちは、大逆事件を抜きにして誠之助を語ることはできません。明治の末、日露戦争後、戦争の傷跡で国民の生活格差が拡大、戦争反対や平等を求める運動が高まりを見せる世相の中、国家によりフレームアップされ、多くの人々、多くの地域を巻き込んでいった国家犯罪が大逆事件であり、その中で全く実態のなかった紀州グループとして、郷土の誇るべき先覚者である大石誠之助をいり殺したのです。国家権力の悪行は恨んでも恨み切れるものではありません。ただ大逆事件で犠牲になられた方々とその家族たちに対し、私たちの父祖初め当時の新宮の住民は、石持って追うような仕打ちをしてしまいました。当時、まちの人々は、3人もの大悪人を出し、天子様に申しわけない。おわびしようと速玉大社の境内で集会を図ったりしています。また、役場では、我がまちの一大不面目であると議員や区長が集まり、新玉座において町民大会を開き、謹慎の誠意を示し、中学の教師には、国体や歴史について講演するよう手はずをとったりしています。
 時代が時代であったにせよ、このようなまちの空気の中、遺族の方たちは、どれほどつらい悲しみの日々を過ごしたのでしょうか。誠之助の妻と2人の子供さんは、沖野岩三郎の計らいで新宮を脱出し、東京のキリスト教施設に身を隠したそうです。高木顕明の妻と娘さんは追われるように新宮を出ます。徒歩でとぼとぼと名古屋までたどり着き、その後、娘さんは芸妓の置屋に入ったと言われています。峯尾節堂の妻、ノブさんは、結婚2カ月で離縁です。その年、若干15歳でした。ノブさんの身内は、彼女の行く末を案じ、人目を避け、身元を隠し、ふるさとの村から送り出したようです。これらの方々は何か罪を犯したでしょうか。もちろん大逆罪などとは何のかかわりもないのです。最もふるさとの温かさが人の情けが必要としたとき、人々は石を投げ、新宮のまちから追いやってしまったのです。失意の中、生まれ育ったふるさとを後にしなければならなかった奥さんや子供さんたちの心情を察するとき、私は万感胸に迫り、目頭が熱くなるのをこらえ切れません。
 NHKのラジオ放送、ふるさとの心では、誠之助だけにスポットが当てられていますが、ふるさとの心は、遺族の方にこそではないでしょうか。誠之助の兄、玉置酉久の子孫は以前、「私のところは玉置姓だったからこのまちで生きてこられた。大石姓であったならこのまちを出なくてはならなかった」とそのように言われていたそうです。私たちは石を持って追いやった側の末裔として幾ばくかの重荷を背負っているのです。
 作家の辻原登氏は、ある雑談の席上、「新宮市民が100年の桎梏から解き放たれるには、誠之助を新宮の顔にするほかあるまい」と述べています。ちなみに桎梏とは、手かせ足かせのことですが、けだし名言だと思います。誠之助に名誉市民の称号を贈ることは、ある意味、国家の非をただすことにほかなりません。中央より遠く離れた人口3万人足らずの小さなまちが新宮です。巨大な国家権力を前に国家の非をただす、これこそ新宮の矜持というものではないでしょうか。国家に対し物を申すということは少し勇気が要ります。でもその少しばかりの勇気こそふるさとの心であり、人の情けであるのであります。
 そして、新宮市が今、最も大切にしなければならないもの、それは何か。私は人権を守ることだと考えます。日本国憲法第10章最高法規の第97条、日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は過去幾多の試練にたえ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものであると規定し、人間が生まれながらにして持つ権利、天賦人権として明確化されています。さらに第3章国民の権利及び義務、第11条に、国民は全ての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として現在及び将来の国民に与えられる。第12条に、国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない。また、国民はこれを乱用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。第13条に、全て国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とするとし、人権保障の基本原則を定めています。新宮市においても平成27年に新宮市部落差別をはじめあらゆる差別の撤廃に関する条例を制定し、人権と自由を尊重することを定めています。
 昨今、世上の空気は、この最も大切にするべき守らなければならないことが軽んじられているのではないか。私たちは、コンピューターやスマートフォンを通じてインターネットのあふれる情報に接し、さまざまな技術革新がもたらす劇的な社会の変化の中で、知らず知らずのうちにこの世上の空気に流されてしまっているのではないか。今こそ誠之助が主唱した自由と平等、人権と博愛、非戦と平和の大切さを紡いでいかなくてはなりません。その象徴として、民主主義や人道主義、人権意識を論じ、実践した先達である誠之助を今この時代に名誉市民に推挙する意味があります。
 私たちは、この議場において佐藤春夫作詞の新宮市歌を歌います。「山紫に水明く、人朗らかに情あり」です。来年3月議会の冒頭には、「情あり」を心を込めて歌いたいものです。人道主義者であった誠之助の目指した社会は、この「情あり」の社会であったと私は確信しております。議員各位皆様方の賛同をいただけますようお願いを申し上げ、私の提案説明とさせていただきます。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 本案について質疑に入ります。
 8番、辻本議員。
 
◆8番(辻本宏君) 
 今回も新宮市の名誉市民、大石誠之助氏の御推挙なんですけれども、大石誠之助さんというのは、もちろん子孫がいらっしゃいます。その子孫の方々のお気持ちというのはどうあるのか。名誉市民を条例では記念品、表彰状を贈呈するというふうになっていますので、その点はいかがなんでしょうかね。この大石誠之助さんには、もちろん子供さんやお孫さんがいらっしゃる。今、一通り説明いただいたんですけれども、そこにはちょっと触れていなかったように思うんですけれども、これ現実論の話として私、申し上げているんですけれども、どうですか、上田議員。
 
◆12番(上田勝之君) 
 大石誠之助氏の係累の方たち、あるいはお孫さんやひ孫さんの方たちに対するコンタクトというものは、現在この議案が同意をいただけるのであれば、コンタクトをとって御説明をさせていただきたいというふうには考えております。ただ、記念品を受け取る、あるいはその称号をお受け取りになる、それは私は墓前に報告であってもよいんではないかと。もちろんそういった御遺族の方々のお気持ちも当然の勘案されるところではありますが、新宮市としてこの考え方を持った大石誠之助氏を名誉市民にするということに尽きると思います。
 
◆8番(辻本宏君) 
 これまで名誉市民の方、10人いらっしゃいます。これまでのあり方ですけれども、いろいろなパターンはあるでしょうけれども、子々孫々、子供さん、お孫さんがいらっしゃる。その方のどなたかがそういうふうな形で受けていっていると思うんですよ。だから非常にこれ大事なことだと思いますので、ただそこが私とちょっと意見の違うところだと思うんですけれども、先にその記念品、表彰状を受け取る、まず第一に大事に考えないといけないのは子供さんとかお孫さん、そこを整えてからこの議案とすべきではないかなというふうに思います。その点いかがですか。
 
◆12番(上田勝之君) 
 確かにその辻本議員のおっしゃられる考え方も確かにあるとは思います。そういった中で遺族の方々、特に直系の遺族の方々を追い求めていく、そこで新宮市として、じゃ、どうしていくかというあたりをしっかりと考えた上で、私が考えますには、まずこの議会で同意をいただいた上で、その直系の方々やあるいは係累の方々にコンタクトを、議長やあるいは最終決定権者である市長等々が相談をされる中でしっかりとコンタクトをとっていく、そういったことも一つの手法ではないかと。そこは辻本議員言われるように、卵が先か鶏が先かのところに論じられるかもしれませんが、現在ではそのように考えております。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 4番、大石議員。
 
◆4番(大石元則君) 
 先ほどの提案理由を伺っていて、本当に感銘いたしました。ただ思いますのは、その当時であれば同じ姓を受けた大石として、誠之助さんのことがあった当時は石を持って追われた立場の自分ではありますが、今、上田議員のおかげで、同じ大石として、私流でございますが、名誉市民に推挙されているような気分にもなっておりますので、お礼申し上げたいと思います。かれこれこれまでに上田議員は何年、大石誠之助さんのことで御研究をされてきたんでしょうか。
 
◆12番(上田勝之君) 
 門前の小僧ですので10年余りでございます。それほど研究というほどではございませんが、詳しい方々のお話を伺ったり墓参をさせていただいたりということを行動させていただいています。
 
◆4番(大石元則君) 
 残念ながら、私は同じ大石なんですけれども、誠之助さんに関しては、ごくごく最近研究を始めたばっかりでございますので、ぜひこの機会に上田議員に教えを請いたいと思いますので、たくさんある中で3点ほどお伺いしたいと思います。
 大石誠之助氏の人柄といいますか考えましたときに、私のように見かけは大きいんですけれども、きめ細かく感情豊かな持ち主であったのか、はたまたお見受けいたしますに上田議員のように大志を抱き、なおかつ日々研さんを積まれた方だったんでしょうか。その点についてお伺いいたします。
 
◆12番(上田勝之君) 
 何と言いますか、私自身はそんな大層なあれではないんですけれども、その大石議員が御質問された大石誠之助像というのは、両方実はあるんではないかと。おっちょこちょいな側面もあったり、いろいろとお騒がせをしたりしたこともあるようですけれども、そのこと、医療の道でありますとかそれは、あるいは貧者や青年やそういった方々に対する熱い思いといいますか、そういった信念というものは非常に貫かれておったし、そのために研さんを積まれたものだと、両面あったのではないかと私は考えています、感じています。
 
◆4番(大石元則君) 
 今回のことでちょっと気がつきましたんですけれども、私たちは議員であります。議会の立場で二元代表制、常々考えた上で行動してしかるべきなんですけれども、今回、名誉市民を選定するに当たり、まず推挙する方法に関して今回、議員提案でもって自分たちも推挙できるようになりました。その条件として12分の1の議案提出の基本を踏まえた上でなされているんですけれども、なおかつこの後、議論の後、採決に入ったときに過半数で決められます。果たして名誉市民を選定するときに、この条件で果たしてふさわしいのだろうか、その点についてちょっとお伺いしたいと思います。
 
◆12番(上田勝之君) 
 これまでも以前の平成22年当時もその御意見を賜りました。市民全体あるいは市議会が満場一致で名誉市民とする、そのことは本当に望ましいことではあります。ただ、ある面、この大石誠之助は、100年前の人物でもございます。そういった中でこの名誉市民という称号を贈ることに皆さん方の間でも、あるいは市民の皆さん方の間でもいろいろと意見が分かれることは、これはやむを得ないのではないかと。ただ、誠之助が唱えた、先ほど私が申しました人権意識や自由と平等、あるいは人権と博愛といったような主義主張は、特に現在でこそ光るものがあるのではないかと、その点をしっかりその考え方を受け継ぐことを名誉市民にしていくことが大事なのではないかと、そういったことが皆様方いろいろ議論が分かれて議論が行われることは、私は実は望ましいことだと思っております。一色に染まることばかりが満場一致になることばかりがいいことではないと思います。ただ、名誉市民の場合は、大石議員おっしゃられるように、満場一致が望ましいのかもしれません。ただ、相当先人でもありますので、そのことについて名誉市民の是非論というのは多分、意見も分かれるところではないかと私は思っております。
 
◆4番(大石元則君) 
 激論あってしかるべきだと思いますので、そのように対処したいと思うんですけれども、あと1点、幸いにも辻原登先生のお話をじかにお伺いすることができました。その中で吉田松陰の名前が挙がっておりました。ある意味、大石誠之助さんもそのような歴史の中で貢献されたのではないかという話だったように思います。果たして吉田松陰さんは、地元の皆さんから名誉市民的なことで認定されているのでしょうか。市民がそういうふうに名誉市民として推挙されているのでしょうか、実際。
 
◆12番(上田勝之君) 
 申しわけありません。萩市で吉田松陰が名誉市民に推挙されているかどうかは、名誉市民という称号を贈られているかどうかについては、私、存じません。ただ、辻原登さんが吉田松陰と対比して大石誠之助を語っていただいたこと、それは当時の志を抱く青年たちに多大な影響を与えたという点が一致しているというふうに私は受け取りました。
 
◆4番(大石元則君) 
 そういった面で名誉市民に推挙する段階においていろいろ考察していく中で、私的には名誉市民という私自身のイメージとしては、皆さんから尊敬され愛される人物像を描いているんですけれども、上田議員はどういうふうな。
 
◆12番(上田勝之君) 
 大石議員がおっしゃられるとおりでありまして、皆さんから愛され、また市民の皆さんから尊敬を集める、それに大石誠之助は十分値する人物だと私は考えております。
 
◆4番(大石元則君) 
 どうもありがとうございました。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 1番、北村議員。
 
◆1番(北村奈七海君) 
 1点だけ、質問させていただきます。
 大石誠之助さんを名誉回復し、名誉市民にという動きの背景には、高知県の旧中村市、現四万十市の幸徳秋水を顕彰する会の動き、流れの影響があったのかなというふうに大石誠之助を研究していく中で思いました。同じ大逆事件の犠牲者というくくりにはならないとは思っているんですけれども、四万十市の方にお聞きした中で、幸徳秋水は名誉回復の決議は、旧中村市議会のときにされたそうです。そして、名誉回復も行ったので、幸徳秋水の刑死100周年の記念事業として平成23年には、四万十市内で関係団体、住民団体が集まって事業も行ったそうです。それは決議が出されたのは平成12年ですので、10年近くたってからのことにはなるんですけれども、私が一番お聞きしたいのは、四万十市議会の決議は確かに出されて、新宮市議会も名誉回復の決議は出されている、そこまでは同じです。ただ、四万十市のほうは、幸徳秋水を名誉市民にしましょうという動きがあったんですかという問い合わせに対しては、そういった動きはこれまでになく、そしてそういった話も市の中でも議会の中でも特にはなかったというふうに聞いています。同じような流れ、同じような運動といったものを経ながら、新宮市ではどうしても名誉市民にしないといけない、そこの点に関して、四万十市とはどの部分が一番違うと思われますか。
 
◆12番(上田勝之君) 
 ほとんどが違うと思いますが、四万十市への幸徳秋水を顕彰された皆さん、あるいはこの地で紀州グループと言われた6名を顕彰する皆さん、あるいは岡山県の井原市で森近運平さんを顕彰されている方々、あるいはこれは熊本やそのほかにも各地にそういった団体があります。それはおのおの刺激はし合うかもしれませんし、切磋琢磨という言い方はおかしいですね。刺激をし合ってどういう運動を進めていくかというのは、その土地その土地、あるいはその人物に対する思い入れ、そういったものが全て同じかといえば、そういう同一歩調をとるものではないと私は考えます。そういった中で幸徳秋水は、もっと思想家ですよね。大石誠之助は、この地で自由と平等と人権意識を説いた先覚者です。その考えを後世に伝えるために名誉市民という称号を贈り、広く後世に伝えていく、この考え方を伝えていくことこそが私たち新宮市議会、そして新宮市の使命ではないかと私は考えています。だから四万十市と同様の動きである必然性は何もないと思います。
 
◆1番(北村奈七海君) 
 わかりました。
 以上です。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 11番、濱田議員。
 
◆11番(濱田雅美君) 
 提案者に一つお伺いします。大石誠之助氏に関しましては、市民の皆様がいまだ理解を得ていない、または大石氏自体を知らないという方もいらっしゃると思います。その点で大石誠之助氏の顕彰を今後どのようにお考えでしょうか。
 
◆12番(上田勝之君) 
 たしか平成22年当時も市民の皆さんの御意見というのは、名誉市民にすべき、あるいはそうでない、それはちょっと違うんじゃないの、あるいは全くわからないと、知らないという方もたくさんいらっしゃいました。それは当時の状況と比べて、じゃ、今その理解が進んだのかといえば、確かに濱田議員の御指摘のように、まだまだ知られていない方もいらっしゃいます。
 そういった中では、これは先ほどの辻本議員の御遺族の方の質問のときにも使わせていただいた比喩ですけれども、卵が先か鶏が先かではないですけれども、市議会や市当局がしっかりと今後この名誉市民という称号を贈った後、広く市民の皆様、あるいはこれを全国発信していく、そういったような特にこの誠之助の考え方を市民の皆さんに御理解をいただけるよう啓発、啓蒙に努めていく、そういったことをするために、この名誉市民が皆さんの同意をいただけて名誉市民になれば、一層取り組んでいくということが必要だと私も考えております。
 
◆11番(濱田雅美君) 
 この議案がもし可決され、そして名誉市民として推挙した場合には、議会に本当に重大というか大きな責務が生じると考えております。その際、その重大さを本当に重く捉えて、私たちこの新宮の歴史の一つとして大石誠之助の研究を重ね、また市民にしっかりと顕彰していく必要が本当にあると考えておりますので、この場をかりて再度重ねてお願いしておきたいと思います。
 
◆12番(上田勝之君) 
 ありがとうございます。しっかりとこの議会で本議案が同意をいただけて名誉市民にという称号が贈られることになれば、これは私ども市議会、今、濱田議員もおっしゃっていただいたように、市議会としても推挙したという大きな責務を負います。また、新宮市としても名誉市民として、そのことをしっかりと広く市民の皆さん、あるいは次世代の皆さんにしっかりと紡いでいく、そういった努力を傾注してまいりたいと考えています。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 質疑。
     (「なし」と呼ぶ者あり)
 
○議長(屋敷満雄君) 
 質疑を終わります。
 お諮りいたします。
 議員発案第2号は委員会付託を省略することに御異議ありませんか。
     (「異議なし」と呼ぶ者あり)
 
○議長(屋敷満雄君) 
 御異議なしと認め、よって議員発案第2号は委員会付託を省略することに決定いたしました。
 本案について討論ありませんか。
 反対は。
 8番、辻本議員。
 
◆8番(辻本宏君) 
 思い起こせば今から16年前、平成13年に当時の佐藤市長からの提案で、この市議会において大逆事件に連座したとされる地域の6名の人たちの名誉回復宣言を全会一致で行っています。これは当局の皆さんも御存じかと思うんですけれども、このとき私も賛成討論をいたしました。今回、名誉市民候補として推挙している大石誠之助氏の人柄から、歴史的に残してきた行いは大きなものがあります。冤罪事件と言われる大逆事件を顧みれば、この地域で大石誠之助氏1人だけではなく、ほかにも社会に貢献していた人やこれからの活躍を期待されていた人が処刑され獄死、獄中で亡くなった人がいます。今回2度目の議会からの発案でありますが、以前このことに詳しい人に意見を伺いました。100年以上も経過した今、この6人の人たちの功績を考えると、大石誠之助氏だけを名誉市民とするよりは、今のままで歴史的、社会的な史実として人として崇高な精神哲学を後世に学んでもらうために、故人の功績や善行をたたえ、これからも続けて世間一般に広く知らせていくのが賢明であると思います。
 我々第三者の人たちだけで名誉市民に推挙したとしても、これ先ほども申し上げましたけれども、遺族、親族の方々は、これまでの時代の積み重ねの中で名誉市民となると複雑、割り切れない思いがあるのではないかと感じます。遺族、親族を尊重して、まず気持ちを伺ってから推挙すべきだと思います。名誉市民としての記念品を贈呈、表彰する相手先が定まってから議案として提出するのが道理にかなったやり方ではないでしょうか。また、これまでの名誉市民になられた方は、日本の文化に多く貢献して功績のある方々や、郷土の政治・経済・教育で活躍され大きな実績を残された方々で、時の市長から推挙され、議会も議員全員が同意して名誉をたたえ、その功績を表彰しているものであります。よって、市民、議会で賛成、反対の入り混じった中、市民の誰もが自然と納得されてこそ名誉市民ではないでしょうか。
 また、最後になりますが、市民全般に及ぶ政策については、議会の二元代表制による提案が望ましいと思われますが、名誉市民など人物を推挙することは、やはり市長の権限、選任の担当事務であり、市長が推挙し、議会が同意するのが本来の姿であると考えますので、この議案に対して反対します。
 以上です。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 賛成討論はありませんか。
 5番、松畑議員。
 
◆5番(松畑玄君) 
 大石誠之助を名誉市民に推挙することに賛成の立場で討論させていただきます。
 大石誠之助の妻が昭和27年に亡くなりますが、亡くなるその1年前にお世話になった牧師に次のような手紙を書いております。「あれは秋水を首謀者に祭り上げ、時の軍閥という悪魔が後ろで画策していたものにほかならない。これは知る人ぞ知ることでありましたが、知らない人たちが薄気味悪がって私どもを見ておったのであります。それは何とか汚名をそそいでほしい。一生のお祈りですが、こちら側から騒ぎ出すことはないと思います、自然に世の人が真実を知ることになっているでしょうから。今ごろになって騒々しく人の話に乗せられることを好みません。政府のまいた種は政府みずからが刈り取らなければなるまい。既に軍閥は滅び、敗戦国になった哀れな日本ですけれども、これからよく立ち上がってまいりますから、もう少し世の中の成り行きを見てみたいと思います」。時の政府の捏造した事件により、大石を失った熊野の損害は大きい。西村伊作、佐藤春夫、中上健次に大きな影響を与え、ほかの名誉市民の何人かは大石の影響を受けております。まさにその時代の熊野を代表する人物の一人であることに違いなく、現代社会では当たり前ですが、自由、博愛、平等、非戦、福祉などの問題を明治時代に訴えた先覚者であります。不安定な国際情勢、世界全体がいつか来た道に戻っているのではないか、日本も例外ではないのではないか。今回、大石誠之助を名誉市民に推挙することは、ゆがみつつある日本に一石を投じ、警鐘を鳴らし、大石の唱えた自由、博愛、平等、非戦を再確認し、熊野新宮から発信する絶好の機会であります。
 最後に、数年前、新宮市市政功労者で新宮市にも貢献されました林雅彦明治大学名誉教授の御講演でおっしゃった言葉が頭から離れません。「時代の転換期には、いつも熊野が登場する。神武の統制、源平の合戦等、歴史が動くとき熊野であります。日本が変わるとき熊野が変わる、熊野が変わるとき日本が変わる」、この言葉を御紹介させていただきまして、私の賛成討論とさせていただきます。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 反対討論はありませんか。
 1番、北村議員。
 
◆1番(北村奈七海君) 
 反対の立場で討論を行います。
 まず、しかし前提として大石誠之助に関しましては、できる限り私も資料を読み込みました。同僚の議員にお借りした書籍、そして新宮市立図書館に行きまして本をこちら読ませていただきました。そして、新宮市立図書館には2階に地域資料を保管してある部署がありますが、そちらにも行って、新宮市で市民団体の方がどのような活動をされてきたか、また名誉回復の決議をされた経緯なども新聞のスクラップとしてとってありますので、そちらも目を通せる限りは通してまいりました。ですので大石誠之助の行ったとされる功績につきましては、議案の提案があったとおり一定の理解をしているつもりです。
 しかし、私が今回反対の立場をとるには、もちろん理由があります。それは私自身の周囲には、大石誠之助を名誉市民とするのはもう少しゆっくりと時間をかけて市民の方に彼の功績を浸透させてからでも遅くはないのではないかという意見が多く聞かれるからです。これはもちろん先ほど提案者の上田議員が言われたとおり、鶏が先か卵が先かという話になるのかもしれません。その意味で言えば、私と提案者、そして賛同議員の皆さんとは立場を異にするのかもしれません。
 議員には二つの役割があると考えます。一つは、自分自身の主義主張を行って市民の方の共感を得て市政に参加すること、もう一つは、市民の方の代弁者であるということです。今回の件についてもちろん満場一致で賛成となれば、それが一番望ましいです。しかし、市民の方の代弁者ということを考えましたら、私がお話を聞いた市民の方、なかなか反映されにくい声かもしれませんが、その方の声を反映して今はまだ時期尚早ではないかと考えておられる方もいるということを示すことも私の役割かと考えます。もちろん私が調べて読んだ書籍、そしてほかの自治体への問い合わせなどを含めて、大石誠之助について議会内でもより深く議論をしていけたら、そちらのほうがより望ましいと私は考えます。もう少し時間をかけて議論すべきではないか、そして議会の中で共通見解をつくりながら、市民の方へも大石誠之助の功績を浸透させていく、そういった蓄積がさらに必要だと考えています。
 これまでずっと活動されてきた方からすれば、どれだけ時間をかければいいのかという考えもあるかもしれません。しかし、先ほど同僚議員の方からも質疑があったとおり、まだ大石誠之助のことを御存じない方もおられます。功績のことを正しく御理解、浸透し切れていない部分もあるかと思います。ですので、以上の考えからもう少し時間をかけていきたい、議会としてはそのようにすべきであるという理由から反対させていただきます。
 以上です。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 賛成討論。
 3番、杉原議員。
 
◆3番(杉原弘規君) 
 まず最初に、名前の敬称を省略させていただきます。
 私は、この11月6日に議会内での勉強会、このことをきっかけに私なりに大石誠之助の功績について勉強をし始めました、させてもらいました。まだまだ勉強不足ですが、その功績が少し見えてくるようになりました。これまでは大石誠之助の名誉市民のことに対し、貧しい人たちからはお金をもらわなかったというそういう一面からの狭い視野でしか捉えていなかったのであります。大石誠之助の功績、例えば新宮鉄道の継承、川下げ税反対、いかだ師がいかだで流してきた材木に税金をかけるという動きに対して、大石誠之助は反対の立場で頑張ったと言われています。私立総合病院の設立の提唱、これは現在の新宮病院だそうであります。特に女性の人権侵害から人権を守るために公娼制度、昔、子供のころ遊郭と言ったのを覚えています。この制度を廃止させる問題など、この明治憲法下のもと、治安警察法によって社会主義運動を初め労働組合、農民運動、婦人運動などが極端な制約を受けていた時代に地元新宮のことを批評しつつ、社会全体のことを革新的立場に立って大石誠之助は論じてきたことを知ることができました。
 新宮町時代の当時、熊野新報改革派と言われたそうであります。熊野実業新聞実業派によって新宮での政争が二大地方紙の中で論じられ、大石誠之助は改革派の側から論陣が張られたようであります。町長や県会議員をめぐる問題、中学校や高等女学校の教育や制度に関する問題などなど、当時、大石誠之助の行ってきた論陣は、現在の憲法、国民主権、平等、平和主義、人権尊重、議会制民主主義の基本原則から見ても相通ずるものがあると思います。私は、特にここ5年の間に日本の政治は2013年の特定秘密保護法、2015年の安保法制、戦争法、2016年の盗聴法、通信傍受法などで国民の言論を封殺し、2017年、ことしの戦争する国づくりの集大成としての共謀罪など、安倍政権の暴走を見ると、大石誠之助が冤罪で処刑されるまでに追い込められた時代、この時代とかなりの共通点があると思わざるを得ません。その立場に立ってみれば、大石誠之助を名誉市民に推挙し、大石誠之助の功績をもっと市民に広げることは、日本を戦争する国にさせない上においても意義あるものと考え、大石誠之助を名誉市民に推挙する議案に賛成をします。
 最後に、名誉市民という課題は全会一致が望ましいところであることを申し述べて賛成討論といたします。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 反対討論はありませんか。
 4番、大石議員。
 
◆4番(大石元則君) 
 同案に対し、反対討論を行います。
 私は、大石誠之助氏の業績を否定するものではありません。彼が彼の人生を全うすることができていれば、既に新宮市の名誉市民になっている西村伊作氏や佐藤春夫氏以上の功績を上げたものと思います。しかし、残念なことに大逆事件の首謀者の一人にされてしまい、道半ばで処刑されております。確かに大石誠之助氏を名誉市民に推挙することは大切なことであると思います。しかし、もっと大切なことは、ドクトル大石の本当にやろうとしたことを今残された自分たちが継承し、今の新宮市をもっと潤いのあるまちにするために汗をかくことだと考えます。さらにこの5日の12月議会の開会において、名誉市民の選定方法の改正を行いました。間を置かず今、議会の閉会に当たり、大石誠之助氏を名誉市民に推挙する議案が提出されております。この間、17日間、大石誠之助の実情にどれだけ迫られたか、私自身、疑問であります。大石誠之助が名誉市民を本当に望んでいるのか、これを知るためにもう少し時間が必要であります。よって不徳のいたすところですが、推挙するのを見送らざるを得ないと考えます。私は同案に反対いたします。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 賛成討論はありませんか。
 17番、大西議員。
 
◆17番(大西強君) 
 本案に賛成の立場で討論を行います。
 まずもって僭越ではありますが、レジェンドとして大石誠之助先生の敬称は省略させていただきます。
 さて、大石誠之助の辞世の句と言われる中に、「我がむくろ、煙となりて果てしなき、かの大空に通いゆくかも」という短歌が残されております。私はこれに近年、秋川雅史という歌手が歌って大ヒットした歌謡曲、千の風になってという歌があるのですが、その歌詞の中に、「私のお墓の前で泣かないでください、そこに私はいません、死んでなんかいません、千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています、千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています」と歌っているのですが、この歌を聞くたびにこの大石誠之助の「我がむくろ、煙となりて果てしなき、かの大空に通いゆくかも」の辞世が「我がむくろ、煙となりて果てしなき、あの大空を吹きわたっています」と重なってしまうのであります。大石誠之助は、修めた医術をもって、ふるさとの人々に貴賤を問わず仁術を施し、青年に新しい文化、思想を啓蒙し、人権擁護、非戦を説いて市民生活の向上に尽力していたものを何らのとがもなく国家権力によって理不尽な弾圧を受け、犯罪者として処刑された。その無念と悲惨な最期を思うとき痛恨の極みでありますが、この歌の歌詞のとおり、大石誠之助が「私の墓の前で泣く必要はない、私はそこにはいない、死んでなんかいない、あの果てしない大きな空を吹きわたっているのだ」と言っているように感じるし、そう思うことで少しは気持ちが安らぐのであります。
 そして今、100年たった後も我々郷里の後輩がこうして大石誠之助の冤罪を恨み、その遺徳をしのんで名誉を回復した上、名誉市民として顕彰しようと活動していることこそ、大石誠之助がよみがえり、生きているあかしであると思えるのであります。
 私は、1944年、昭和19年1月25日、太平洋戦争の真っ最中に生まれたわけでありますが、その翌年の8月15日に終戦となり、1947年5月3日に平和憲法、民主憲法と言われる現日本国憲法が施行されたのであります。大石誠之助が犠牲になった旧大日本帝国憲法のもとで生まれた私ですが、敗戦の結果において制定された新憲法であるこの日本国憲法に守られ、以後70年余りにわたって平和で自由で人権を保障された幸福な生活を享受してきたのであります。しかし、この平和、民主憲法は、さきの太平洋戦争で350万人とも言われる国民の犠牲のもとに我々国民が勝ち得たものであります。さきの原子力発電所までも破壊された東日本の大震災による犠牲者や被害と太平洋戦争のそれを比較するだけでも人が起こした戦争の犠牲、損害ははかり知れないものではありませんか。ちなみに東日本大震災の死者、行方不明合わせて約2万4,000人と言われています。これを太平洋戦争の350万人と言われる犠牲者と単純に比較して、その恐ろしさを実感していただきたいのであります。
 果たしてこの太平洋戦争は、非戦平和、市民生活の向上を唱えていた大石誠之助が処刑された1911年からわずか30年後の1941年に勃発しているのであります。結局敗戦し、膨大な人的被害、産業、経済、国土の荒廃を招いたのであります。しかし、その後に新しく制定された日本国憲法のもとで我々国民が歩んできたこの70年余りの日本の政治、経済、教育、文化の発展の歴史をよくかみしめてみるべきではありませんか。
 翻って70年余りにわたってこの日本国憲法のために何らかの不利益、犠牲をこうむった国民が一人でもいるのでしょうか。私は、この70年余りの人生を振り返り、また自分の性格などを反省するたびに、いつも大石誠之助の時代に生まれていたとしたら到底人生を全うすることはできなかったであろうと背筋が凍りつくような思いにかられるのであります。それと同時に、現在の平和で民主主義の時代に生まれたことをつくづく感謝しながら人生を送ってきたのであります。
 しかしながら、現在、憲法の改正が政治問題となっておりますが、改正の賛否についてアンケート調査をすると、19歳から30歳までの年齢層の賛成割合が最も多く、我々70歳代以上になるほど反対意見が多くなっているのが実情であります。なぜそのような結果になるのかについては明らかではありませんか。我々70歳を超える人々は、戦争の悲惨さを直接体験しているか肉親を戦争でなくしたり戦後の貧しい生活を経験しているなど、戦争の恐ろしさ、愚かさを知っているからであります。しかし、若い世代はその経験がないのであるから、今の平和で自由、平等、人権が保障された社会が当たり前になっているからではありませんか。しかし、そのこと自体、今の日本国憲法の恩恵ではありませんか。憲法第97条に、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は過去幾多の試練に耐え、現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と規定しているのであります。まさに大石誠之助先生方先覚者の自由獲得の努力と犠牲のおかげで現代の我々が享受しているのであります。ゆえにその遺徳に報い、これを後世に伝えていくことが我々世代の使命であると決心しているところであります。
 ところで大石誠之助の名誉市民推挙について、社会主義者であったと思想的な違和感を持って反対意見を主張する人がいます。このことについてですが、私は子供のころ、父親がこの大石誠之助の名誉回復の先覚者と言われる元新宮市立図書館長の濱畑栄造先生が経営していた会社の従業員であった関係で、中学生のころから濱畑先生の漢文塾に通っていましたので、そのころから大石誠之助の話を聞かされていたのであります。と同時に漢文の授業で孔子、孟子などの思想を習っていたのであります。そういうわけで私は、四十数年前に昭和50年、市議会議員に立候補したとき、政治理念を孟子の説く、仁義をバックボーンにしたのであります。孟子は、政治の根本は仁義、すなわち博愛と正義である。真の国家発展の道は仁義によるべきであると、武力による政治を排撃し、戦争をいさめ、民のごときはすなわち恒産なくんばよりて恒心なしと庶民生活の安定と人権尊重を政治の基本とし、また惻隠、羞悪、辞譲、是非すなわち仁義礼智の四端を広め、充実させることこそが国を豊かにし、平和に治めることができると説いているのであります。このことからも、社会主義者であると一口に言いますが、人それぞれ概念が違うのであります。孟子は、恒産なくんばよりて恒心なし、すなわち貧困にあえいでいる庶民に道徳心を守れと言っても無理である。正しい心をなくした庶民が悪事を働くようになるのは当然である。悪事を働いたからといって捕らえる前に貧困をなくすことが政治を行う者の責任であると、国を治めるには、まず庶民生活の安定が大切であると説いているのであります。
 実に大石誠之助の生き方、活動は、この孟子の教えを体現、実践していたのであって、言うところの君子、すなわちすぐれた教養と高い徳を備えた立派な人物であったと思うわけであります。この大石誠之助を名誉市民に推挙することは、国民、市民が日本の近代史、熊野地方の近代史に関心を持ち、研究が活発になり、専制政治、軍国主義の怖さ、比較して現代の平和、自由、平等、人権尊重社会の価値などについて再確認し、感謝するとともに、決して過去の不幸な時代に逆戻りさせない覚悟を醸成するための契機となり、教育、文化の振興についてもはかり知れない意義があると考えるのであります。また、人権擁護都市を宣言している私たち新宮市は、名実ともに人権を最もたっとぶまちであり、市民であることの誇りを内外に発信できると信じるところであります。本案が満場一致で採択されることを切に祈念し、賛成意見といたします。
 以上。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 反対討論はありませんか。
 7番、福田議員。
 
◆7番(福田讓君) 
 私は、本議案に対して絶対反対の立場から討論を行います。
 我が国の地方自治体は、市民から選挙によって選良される市長と市議会議員が間接民主主義の最重要性を認識し、その信念のもとに市の発展と市民の福祉向上に努めることが責務であります。それゆえに二元代表制と称されるところであります。市長は、治世者として市政を担当する責務を負い、市議会は、市長の政治を監視し、市長に対して提言と提案を行い、予算等を議決する議決権を持っております。さらに地方自治法第112条に基づき、議員の議案提出権があります。
 今般の議会初日に議員が6名の賛同議員を得て、新宮市名誉市民条例の一部を改正する条例案を発案し、討論の結果、賛成12名、反対3名で可決されました。内容は、名誉市民条例第3条第1項にある、市長が名誉市民を推挙し、議会の同意を得て決定することができる現行条例に、第2項として名誉市民の決定に関し、議会の議員は2人以上の賛成議員があるときは、あらかじめ議会の同意を得て市長に名誉市民の候補者を推挙できるものであります。すなわち議会の決定は全会一致か多数決原理に基づく民主主義決定の合議体であります。今般の議案提出は、名誉市民条例の一部改正の可決に伴う議員からの大石誠之助先生を名誉市民に推挙するものであります。
 7年前にも大逆事件の犠牲者を顕彰する会の方々から、大石誠之助先生を名誉市民に推挙していただきたいとの請願書が提出され、当時の議会において僅差で否決されました。さらに2人以上の賛成議員が名誉市民を議会に推挙し、議会の同意を得て市長が決定するという条例改正案も僅差で否決されました。
 本定例会で議会制民主主義、多数決に基づいて可決された名誉市民条例の一部改正の第3条第3項では、市長は、議会において推挙された者が名誉市民として適当と認めたときは、第1項の規定にかかわらず決定することができるというものであり、名誉市民の最終決定権限は市長に委ねるものであります。
 本議案の趣旨は、大石誠之助先生を名誉市民に推挙するものでありますが、果たして大石誠之助先生の生い立ちから亡くなられるまでの経歴をどれだけの市民が熟知されているでしょうか。私が推察するところ、さらに市民の方々に大石誠之助先生の人物像をお尋ねしても、ほとんどの方々は認識されていないのが現状であります。名誉市民の原点とは、その人物が広く市民に知れ渡り、市民の誰もが納得し、市政の発展と社会福祉の向上、産業の発展・振興、学術・文化・スポーツの興隆に貢献され、さらに市民が郷土の誇りとかつ尊敬に値すると認められる人物でなければならないと考えております。
 大石誠之助先生は、新宮市でも特に裕福な家庭で育ち、学問にも優秀で、明治17年に大阪の小野医師の書生として住み込み、その後、同志社英学校、東京の神田共立学校で英語を学び、明治23年、アメリカ合衆国に渡り、オレゴン州立医学部へ入学され、明治26年にオレゴン州ポートランドで医院を開業いたしました。その後、カナダのモントリオール大学で外科を修得され、コロンビア州スティーブストンに移り、開業いたしましたが、家庭の都合で明治28年、新宮市に帰郷されました。明治29年、仲之町でドクトルおおいしという看板を掲げ開業をいたしました。アメリカ帰りの新しい医術が光っている上に、患者にはいたって物優しく、貧しい人々に対しても極めて気安く診察され、さらには診察料も薬代も積極的には請求しないというので庶民の間ではたちまち有名となり、一種の信仰的存在となりました。明治32年、シンガポールに渡り、植民地病院にてマラリア病を研究し、さらに伝染病学研究のためにインドのボンベイ大学に留学をされました。このインドで見聞したカースト制度が大石誠之助先生に差別について深く考えさせるきっかけとなり、社会主義へ近づかせることとなりました。翌年、病気のために新宮市に帰郷し、船町で再び病院を開業されました。このころより地方新聞に文芸作品及び社会主義的評論を投稿するようになりました。
 その後、明治37年、平民新聞のシンパとなり投稿を始め、反戦論を主張するようになりました。さらには非戦論を牟婁新報などに寄稿するとともに、社会主義を標榜する堺利彦、幸徳秋水らと交流し、資金援助をするに至っております。明治43年、大逆事件が発覚。共同謀議の罪で大石誠之助先生も起訴され、明治44年に処刑されました。若干43歳でこの世を去りました。大石誠之助先生を語るとき、時は幕末の時代から明治の社会へと変革する文明開化の波とヨーロッパ列強国と戦うために富国強兵、尊王攘夷の向かっていた時代であります。幾多の国難を乗り越えるとき、吉田松陰、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋などを生み、その結果、明治天皇を頂点とする当時の近代国家が誕生いたしました。おくれてからの近代化のため、強引な政治を進めたことに反発する社会主義運動や反戦運動が活発化し、その渦中にあった社会主義思想を標榜する幸徳秋水らが企てたとする明治天皇暗殺未遂事件が俗に言う大逆事件であります。
 大石誠之助先生は、大逆事件の首謀者とされる幸徳秋水とは、たとえ主義思想が同じであったとしても、また資金を援助していたとしても、天皇暗殺という画策、すなわち時の政府が社会主義者や博愛・反戦論者を弾圧するための政策であったとも考えられております。まして医者であり人命を守っていくことが責務である人物がそのような考えを持つすべもなく、捏造されたことも現代においては報告をされております。
 私は、先生は謀議に加担するようなはずがないと思っております。しかしながら、時の時代の運命とはいえ、当時の検察によって起訴され、わずか1カ月の裁判によって有罪判決が確定し、処刑されました。現在の憲法下では、地裁、高裁、最高裁の三審制度のもとでの裁判によって時間をかけ、慎重に審理されますが、明治憲法下での判決は、大石誠之助先生が歩んできた医者としての博愛精神を打ち消されるむごいものであり、まことに残念至極であり無念であったと思われます。大石誠之助先生が生誕されてから100年の年月が流れました。昭和34年に再審請求を行いましたが、却下されました。たとえ明治時代の旧憲法とはいえ、当時の刑法で起訴され、有罪判決が下されたことも現行憲法においても判決は覆っていないことも認識しなければなりません。
 大石誠之助先生が博愛主義の信念のもと、医者として貧しい人には診察代や薬代も請求せず、文学者としても優秀であり、持って生まれた反骨精神は、新宮人としての誇りであると思っております。しかし、戦後多くの研究者によって大逆事件の解明が進む中において、大石誠之助先生らは、冤罪事件の犠牲者になったことが明らかになりつつあります。
 しかしながら、国家による名誉回復はできておりません。すなわち有罪判決のままで現在に至っております。このような現況の中で何ゆえ名誉市民に推挙されようとするのか、私には理解に苦しむところであります。大石誠之助先生を名誉市民に推挙して新宮市民が郷土の誇りと尊敬に値すると認めていただけるでしょうか。大石誠之助先生を真に名誉市民として推挙するためには、日本を震撼させた大逆事件が時の明治政府が社会主義者や反戦論者たちを弾圧するための冤罪とするならば、無実を勝ち取るために国家の誤った認識をただす以外に道はないと思います。大石誠之助先生を名誉市民に推挙して、この問題の決着を図ろうとするのは、余りにも安易な手法ではないのでしょうか。
 私は新宮人であるとともに市民に選ばれた議員であります。新宮市の名誉と市民の名誉を守る義務があります。日本は法治国家であり、たとえ明治憲法下の裁判による有罪判決であっても、現在の憲法下において再審を請求してもなおかつ有罪判決が覆ることができないならば、裁判の決定を遵守することが当然であります。すなわち大石誠之助先生を名誉市民に推挙する議案には、市議会議員としての矜持に基づき、断じて賛成することはできません。
 以上で反対討論を終わります。
 
○議長(屋敷満雄君) 
 討論を終わります。
 これより、本案について起立により採決いたします。
 念のため、申し上げます。
 採決に際し、着席された議員は本案に反対とみなします。
 本案に賛成の方の起立を求めます。
     (賛成者起立)
 
○議長(屋敷満雄君) 
 起立多数であります。
 よって、議員発案第2号は、これを同意することに決定いたしました。
 
※付記
 上記審議において発言した議員の所属政党・会派を参考までに付記しておきます。
上田勝之議員(提案者) 無所属/浜木綿クラブ
辻本宏議員(反対) 無所属
松畑玄議員(賛成) 無所属/浜木綿クラブ
北村奈七海議員(反対) 無所属
杉原弘規議員(賛成) 日本共産党
大石元則議員(反対) 無所属/政友クラブ
大西強議員(賛成) 無所属/きょうけん会
福田讓議員(反対) 無所属/政友クラブ
(引用終わり)
 
(参考条文)
新宮市名誉市民条例(平成17年10月1日条例第4号)
改正 平成29年12月7日条例第22号
 (目的)
第1条 この条例は、新宮市における市政の振興、社会福祉の向上、産業の振興、学術・文化又はスポーツの興隆に貢献してその事績が卓絶し、功労が特に顕著な者に対しその栄誉をたたえ、功績を表彰することを目的とする。
 (称号)
第2条 市民又は市と特別に縁故の深い者で、前条に掲げる事項に該当し、市民が郷土の誇りとし、かつ、尊敬に値すると認めるものには、新宮市名誉市民(以下「名誉市民」という。)の称号を贈る。
2 前項の名誉市民の称号は、故人に対しても追贈することができる。
 (名誉市民の決定等)
第3条 名誉市民は、市長が議会の同意を得て決定し、その事績を公表し、表彰状及び記念品を贈呈して表彰する。
2 名誉市民の決定に関し、議会の議員は2人以上の賛成議員があるときは、あらかじめ議会の同意を得て、市長に名誉市民の候補者を推挙することができるものとする。
3 前項の場合において、市長は当該推挙された者が名誉市民として適当と認めたときは、第1項の規定にかかわらず、これを決定することができる。
(第4条~第6条及び附則は省略)
※第3条2項及び3項は、議員発案第1号として、2017年12月定例会(12月5日)で改正(追加)されたものであり、この新規定に基づいて、大石誠之助を名誉市民に推挙する件(議員発案第2号)が可決されるに至ったのでした。 
 
(参考サイト)
【おおいし せいのすけ】(1867~1911) 慶応3年、新宮市に生まれる。渡米して医療を学び、新宮市に医院を開業。人権思想や平和思想の基礎を築き、甥の西村伊作等に対して大きな影響を与えた。
平等に医療を。「ドクトルさん」
 渡米して医療を学び、新宮市に医院を開業した大石誠之助は、熊野地方に多い伝染病や脚気などをインドに渡って研究したほか、貧しい人からは診察料を取らず、「ドクトルさん」と称えられ感謝されました。「太平洋食堂」や「中央堂」といったレストランを開業し、西洋料理の普及や調理法の発案を行うなど、西洋的で合理的生活などの普及にも尽力しました。「情歌(都都逸)」の世界においても、禄亭永升として宗匠の地位まで上り詰め、その普及にも活躍したほか、中央や地方の新聞、雑誌に当時の社会問題などに関するエッセイを投稿し、現在にも通じる先駆けの作品として評価されています。さらに、「新聞雑誌縦覧所」を設け、青年たちに弁論と思想の交流の場を提供しました。中央の文化人を招へいし、講演会などを開き、市民の啓蒙に努めました。 
 戦後の研究では、明らかに冤罪事件とされる所謂「大逆事件」に連座され、四十三歳の若さで非業の死を遂げたが、平和・博愛・自由・人権を訴えた大石誠之助の思想啓蒙活動は、現在にも通じる先覚的な取り組みであり、明治期に、熊野地方において人権思想や平和思想の基礎を築いたといえます。
 その思想と行動は、名誉市民として名を連ねる甥の西村伊作のほか、佐藤春夫や中上健次などに対しても大きな影響を与え、新宮市における質の高い文化土壌の創生に貢献しました。
 
和歌山県教育委員会 ふるさと教育副読本「わかやま発見」 
第2編 わかやまの歴史
第4章 近代和歌山の発展 
『牟婁新報』と大逆事件
(引用開始)
大逆事件と大石誠之助らの悲劇
 社会主義思想が田辺で最も盛んであったのが,荒畑寒村(あらはたかんそん)らが活躍した1905~06年で,新宮で最も盛んになったのは1908年のことです。幸徳秋水がこの年の夏,新宮に大石をたずねています。大石は困っている人からは治療費をもらわないなど,「ドクトル(毒取る)さん」と親しまれていました。若者にも共感をよせていた大石の人柄をしたって,社会主義に関心をもつ青年たちが,大石のまわりに集まり,さかんに論議しあいました。
 1910年,長野県で弾を持っている者が見つかり,天皇の暗殺を企てたとして,全国で社会主義者の逮捕がつづきました。その中心者は,幸徳秋水ということにされました。世に大逆事件とよばれた事件ですが,このとき,大石を中心とする「紀州グループ」の人々6名も次々にとらえられていきました。そして,大石と成石平四郎(なるいしへいしろう)の2人が死刑,成石勘三郎(なるいしかんざぶろう)・高木顕明(たかぎけんみょう)らが無期懲役に処せられました。高木顕明は,新宮の浄泉寺(じょうせんじ)の住職で,貧困などで苦しんでいる人々の相談相手としてやさしく手をさしのべていました。そうしたことから,たくさんの人々からしたわれていました。また,成石勘三郎と平四郎の兄弟は請川(うけがわ)(田辺市)で将来を期待されていた青年たちでした。
 この事件をきっかけに,日本では,特に社会主義者のとりしまりがたいへん厳しくなりました。第二次世界大戦後,大逆事件にかかわる資料が次々と発見されてこの事件の真相が明らかにされ,大石らは,全くの無実であったことがわかりました。
(引用終わり)
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/大逆事件関連)

映画『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』和歌山上映会(2018年10月6日@和歌山市あいあいセンター)のお知らせ

 2018年9月14日配信(予定)のメルマガ金原No.3270を転載します。
 
映画『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』和歌山上映会(2018年10月6日@和歌山市あいあいセンター)のお知らせ
 
 和歌山県平和委員会の里﨑正さんから、ドキュメンタリー映画『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』(2017年©TBSテレビ)上映会のご案内をいただきましたのでお知らせします。
 2018年10月6日(土)午前10時00分からと、午後1時30分からの2回上映、会場は、この種の上映会によく利用される男女共生推進センター6Fみらいホール(あいあいセンター内、和歌山市小人町29番地)です。
 どんな映画なんだ?と思われる方のために、とりあえず、チラシ記載データから、主な内容を引用します。
 
(引用開始)
米軍(アメリカ)が最も恐れた男 
その名は、カメジロー
 
占領下の沖縄で米軍の圧政と闘った男の生き様を、
貴重な映像で描くドキュメンタリー映画
 
一握りの砂も、一坪の土地も アメリカのものではない

※2月21日に急逝された大杉漣さんがナレーターを務めています。氏を偲んでいただければ幸いです。
 
2018年10月6日(土)
上映時間►①10:00/②13:30【2回上映】 ※107分
 
男女共生推進センター6Fみらいホール(あいあいセンター内)
 和歌山市小人町29番地 TEL:073-432-4704
 
上映協力券►1000円(当日1200円) 高校生・障害者500円
 
お問い合わせ
TEL:073-488-3095(和歌山県平和委員会) TEL:090-1142-7774(里﨑)
 
●主催●「映画カメジロー」上映わかやま実行委員会
 
アメリカ占領下の沖縄で米軍に挑んだ男 瀬長亀次郎のドキュメンタリー映画
なぜ沖縄の人々は声を上げ続けるのか、その原点はカメジローにあった―
 第2次大戦後、米軍統治下の沖縄で唯一人“弾圧”を恐れず米軍にNOと叫んだ日本人がいた。「不屈」の精神で立ち向かった沖縄のヒーロー瀬長亀次郎。民衆の前に立ち、演説会を開けば毎回何万人も集め、人々を熱狂させた。彼を恐れた米軍は、様々な策略を巡らすが、民衆に支えられて那覇市長、国会議員と立場を変えながら闘い続けた政治家、亀次郎。その知られざる実像と、信念を貫いた抵抗の人生を、稲嶺元沖縄県知事や亀次郎の次女など関係者の証言を通して浮き彫りにしていくドキュメンタリー。
 
JNNだけが持つ、当時の貴重な資料映像の数々をふんだんに盛り込みました。
 沖縄戦を起点に、今につながる基地問題。27年間にわたったアメリカの軍事占領を経て、日本復帰後45年が経ってもなお基地が集中するなか、沖縄の人々が声を上げ続ける、その原点…。それはまさに戦後の沖縄で米軍支配と闘った瀬長亀次郎の生き様にあった。
(上映時間/1時間47分)
 
監督:佐古忠彦 撮影:福田安美 音声:町田英史 編集:後藤亮太
エグゼクティブプロデューサー:藤井和史 プロデューサー:大友淳、秋山浩之
語り:山根基世、大杉漣 テーマ音楽:「Sacco」作曲・演奏 坂本龍一
2017年/日本/日本語/カラー(一部モノクロ)/ビスタ/ステレオ/107分
配給:彩プロ  ©TBSテレビ
(引用終わり)
 
 以上でおおよそのイメージは掴めたかとは思いますが、なぜ制作がTBSテレビなのか?ということについて、この作品の成り立ちを、映画の公式サイトは、「2016年TBSテレビで放送されたドキュメンタリー番組が、第54回ギャラクシー賞月間賞を受賞するなど高い評価を得ており、映画化を熱望する声を受けて、追加取材、再編集を行って映画化。・・・JNNだからこそ保存されていた貴重な未公開映像やインタビュー、そしてアメリカ取材を交えて描き切る。」と説明しています。
 
 それでは、予告編をご覧ください。

 
 最後に、映画公式サイトから、瀬長亀次郎氏の「PROFILE」と「略歴」をご紹介しておきます。
 是非多くの人に観て欲しい(私も観たい)映画ですね。この上映会開催情報の「拡散」にご協力ください。
 
(引用開始)
瀬長亀次郎 PROFILE
 
1907年6月10日、沖縄県島尻郡豊見城村(現、豊見城市)我那覇に生まれ。沖縄県立二中(現、沖縄県立那覇高等学校)、東京・順天中学(現、順天中学校・高等学校)を経て旧制第七高等学校(現、鹿児島大学)に進んだが、社会主義運動に加わったことを理由に放校処分となる。
 
1932年に丹那トンネル労働争議を指導して治安維持法違反で検挙され、懲役3年の刑を受ける。
 
1936年に沖縄朝日新聞記者になり、1938年7月に兵役召集され「中支」へ。1940年に復員し、毎日新聞那覇支局記者として活動。戦後は田井等市助役として避難民の救援にあたる。1946年にうるま新報(現、琉球新報)社長に就任。翌1947年、沖縄人民党結成に参加。1950年に沖縄群島知事選挙に出馬するが、落選。しかし、1952年の第1回立法院議員選挙では最高得票数で当選を果たす。この選挙後に開催された琉球政府創立式典で宣誓拒否したことで占領軍から睨まれることとなる。
 
1954年10月 沖縄から退去命令を受けた人民党員をかくまった容疑で逮捕される。弁護人なしの裁判で、懲役2年の判決を受け投獄された(沖縄人民党事件)。
 
1956年4月に出獄後、同年12月に行われた那覇市長選に出馬する。米軍から妨害を受けるものの、当選を果たす。その後、占領軍出資の銀行による那覇市への補助金や融資、預金の凍結の措置に遭うが、多くの市民が米軍の弾圧から瀬長を助けようと、自主的な納税に訪れ、納税率は97%にもなったといわれる。これにより自主財源による公共工事再開など、市政運営の危機を脱する。一方、占領軍の意向も働き、反瀬長派は7度にわたる不信任決議を提出するが、いずれも不発に終わる。しびれを切らした占領軍は1957年、高等弁務官ジェームス・E・ムーア陸軍中将が布令を改定(米民政府高等弁務官布令143号、通称「瀬長布令」)、瀬長は追放され、投獄の過去を理由に被選挙権も剥奪された。市長在任期間は一年足らずであったが、那覇市政をめぐる米軍との攻防は、瀬長に対する沖縄の住民の絶大な支持を呼んだ。
 
1966年12月に被選挙権剥奪規定廃止で被選挙権を回復。翌年、拒否されつづけたパスポート取得が17回目の申請で許可され、11年ぶりの上京。1968年 立法院議員選挙に最高得票で当選する。1970年、戦後初の国政参加選挙で衆議院議員に当選、以降7期連続当選を果たした。1990年に衆院議員勇退。2001年10月5日死去。享年94。
 
<略歴>
1907年 沖縄県島尻郡豊見城村(現、豊見城市)我那覇に誕生
1932年 治安維持法違反で検挙され、懲役3年の刑で投獄
1936年 沖縄朝日新聞記者になる
1938年 兵役召集され「中支」へ
1940年 復員し、毎日新聞那覇支局記者になる
1946年 うるま新報(現、琉球新報)社長に就任
1952年 第1回立法院議員選挙で最高得票数でトップ当選
1954年 沖縄から退去命令を受けた人民党員をかくまった容疑で逮捕
1956年 那覇市長選に出馬し、当選
1957年 市長の座から追放 *瀬長布令
1966年 瀬長布令の廃止により、被選挙権を回復。
1968年 立法院議員選挙で当選
1970年 戦後沖縄初の衆議院議員に当選 *以後7期連続当選
1990年 衆院議員勇退
2001年 死去 *享年94歳
(引用終わり)

カメジロー上映会OL

風力発電の被害を考える会・わかやま 第6回総会へのご参加を!(2018年9月15日)

 2018年9月13日配信(予定)のメルマガ金原No.3269を転載します。
 
風力発電の被害を考える会・わかやま 第6回総会へのご参加を!(2018年9月15日)
 
 現在、和歌山県の海南市、紀の川市、紀美野町、有田川町の山間部に、国内最大規模の風力発電所の設置が計画されていることは、これまでも本ブログでご紹介したことがありました。
 
2017年11月9日
 
 本計画についての環境影響評価法及び和歌山県環境影響評価条例に基づく環境影響評価については、配慮書手続きを終え、その次の方法書手続き中なのですが、既に、「(仮称)海南・紀美野風力発電事業」(4,500kw×15基/海南市・紀美野町・有田川町)及び「(仮称)紀の川風力発電事業」(4,500kw×28基/紀の川市・紀美野町)のいずれについても、
  平成30年7月11日 審査会意見
  平成30年7月17日 知事意見
  平成30年8月10日 経済産業大臣勧告
が既に出されているという段階です。
 これらの詳細は、和歌山県ホームページの中の「和歌山県の環境影響評価(環境アセスメント)について」というコーナーで確認できます。
  
 さて、このような状況の中、昨日(9月12日)、「風力発電の被害を考える会・わかやま」代表世話人の松浦攸吉(まつうら・ゆうきち)さんからお電話があり、「15日(土)午後、フォルテワジマ6Fのボランティア・サロンで開かれる第6回総会において、県下で計画されている大規模風力発電施設による被害を食い止めようと頑張っている各地からの報告をしていただけることになっているので、会員以外の方にも是非足を運び、この問題についての認識を深めていただきたいと考えている」とのことでしたので、私から「チラシがあれば広報しますよ」とお伝えしたところ、「チラシはないので総会の案内文書を送りますからよろしく」ということで、送っていただいた文書を基に、ご紹介することにしたのが以下の開催案内です。
 間際のお知らせとなってまことに恐縮ですが(私も知ったのは昨日のこと)、会員でなくてもどなたでも自由に参加できますので、よろしくお願いします。
 
 ところで、紀美野町から報告してくださる「きみの雑技団」の舟山れいらさん(染色家)は、先日(9月9日付)の朝日新聞和歌山版で大きく取り上げられていましたね。記事の一部を抜粋してご紹介しておきます。
 
朝日新聞 和歌山版 2018年9月9日(日)
風力発電諸計画に反対する染色家 舟山れいらさん 羽根と同じ65㍍の布染め展示 
(抜粋引用開始)
 紀美野町の野山で育った草木を使い、自然をテーマにした染色作品を制作している。埼玉県生まれで、40歳の時に町に移住。かつては東京などで頻繁に個展を開いたが、最近は活動の中心を地元に移し、「ようやく腰を落ち着けて仕事ができる」と感じていた。そんな生活を大きく変えたのが、昨年秋に持ち上がった風力発電所の建設計画だ。
 ススキの名所として知られる生石高原周辺の2市2町に、高さ約150㍍、ローターの直系約130㍍の風力発電機を、最大で43基程度設置するという。国内でまだ実用化されていない巨大な風車が完成すれば、創作の原点である紀美野町の自然は大きな影響を受ける。
 「このまま黙って見過ごすわけにはいかない」。昨年9月、同じ紀美野町に住む仲間たちと、建設計画を検証するグループを立ち上げた。年齢も職業も、特技もバラバラ。だから「きみの雑技団」と名付けた。
 講師を呼んで町民向けの勉強会を開き、定期的にビラを配布するなど活発に動いている。町民に風車の大きさを実感してもらおうと、羽根1枚(約65㍍)と同じ長さの布を染めて展示したこともある。
(略)
(引用終わり)
 
 それから、有田川町から報告される「ぐりとりば(green & river)」の上前みのりさんって、私が音楽ユニット「素和歌(そわか)」の実理さんとして存じ上げている方に間違いないですよね。
 その裏付として(?)、「素和歌」の上前喜彦さんのFacebookにリンクしておきますね。
 ちなみに、上前家の停電は、昨日(9月12日)めでたく復旧したとのことです。
 
(総会案内文書から引用)
風力発電の被害を考える会・わかやま 第6回総会 のご案内
 
総会の案内が、諸般の状況により、多忙を極めたため大変遅くなり、申し訳ありません。ご多忙の折ですが、是非ともご都合をつけられてご参加下さるようお願い致します。
和歌山県では生石高原に巨大風力発電建設計画が出されて、当該市・町の住民が風力発電建設による影響についての勉強会を進めています。
皆さんに、地元の方々の声を直接聞いていただきたいと思います。
今回の総会には会員以外の方もご参加いただき、実状を理解していただきたいと思っています。  
どなたでも、自由に参加してください。
 
1 日時:2018年9月15日(土)13:30~16:30
2 場所:フォルテ・ワジマ(旧:丸正百貨店)6階 ボランティアサロン C会議室
3 議題
(1)会務関係:配布資料(活動報告・会計報告・規約)約50分
 ① 代表世話人挨拶 
  ② 活動報告
  ③ 会計報告 
  ④ 役員一部変更について 
  ⑤ 質疑
(2)新たな報告事項(各地域の状況報告)
 ◎エネファ-ムによる被害の報告  今崎廣美・光夫さん
 ◎エコキュートによる被害の報告  村山洋治さん
 ◎海南・紀の川風力発電について各地域からの報告
  ① 紀美野町 きみの雑技団  舟山れいらさん
  ② 紀の川市 風力発電を考える会きのかわ  上林貴美子さん
  ③ 有田川町 ぐりとりば(green & river)  上前みのりさん
  ④ 海南市 大窪風力発電委員  宮本芳比古さん
(引用終わり)

シンポジウム「福島原発事故被害の賠償と回復~その現状と課題~」(2017年12月2日/日本弁護士連合会、日本環境会議)-報告書-のご紹介

 2018年9月12日配信(予定)のメルマガ金原No.3268を転載します。
 
シンポジウム「福島原発事故被害の賠償と回復~その現状と課題~」(2017年12月2日/日本弁護士連合会、日本環境会議)-報告書-のご紹介
 
 昨年(2017年)12月2日(土)午後1時~5時、東京都千代田区の明治大学駿河台キャンパス・リバティタワー1021教室において、シンポジウム「福島原発事故被害の賠償と回復~その現状と課題~」(主催:日本弁護士連合会、共催:日本環境会議)が開かれました(※チラシ)。 
 そのシンポジウムの報告書(発言文字起こし)が日弁連のホームページにアップされましたので、ご紹介します。
 
 
 どのような方が、どのような報告・発言をされたか、その概略を知っていただくため、報告書の目次を引用します。
 
(引用開始)
シンポジウム 福島原発事故被害の賠償と回復~その現状と課題~
<プログラム>
Ⅰ 開会挨拶
  日本弁護士連合会副会長 小野寺 友宏
Ⅱ 第1部(総論)
 報告1「訴訟の状況,判決の評価と課題」
  吉村 良一 氏(立命館大学大学院法務研究科教授)
 報告2「福島原発事故の被害の特性~『ふるさとの喪失』被害・再論~」
  除本 理史 氏(大阪市立大学大学院経営学研究科教授)
 報告3「ADRと訴訟における原発事故被災者損害論の現状と課題」
  二宮 淳悟 氏(弁護士・日弁連東日本大震災・原子力発電所事故等対策本部委員)
 特別報告「原賠審指針の意義と限界」
  大谷 禎男 氏(弁護士,元裁判官,元原子力損害賠償紛争解決センター総括委員長,   元原子力損害賠償紛争審査会委員)
Ⅲ 第2部(各論)
 報告1「損害論の課題」
  潮見 佳男 氏(京都大学大学院法学研究科教授)
 報告2「慰謝料について」
  若林 三奈 氏(龍谷大学法学部法律学科教授)
 報告3「国の責任について」
  下山 憲治 氏(名古屋大学大学院法学研究科教授)
Ⅳ 閉会挨拶
 淡路 剛久 氏(日本環境会議名誉理事長,立教大学名誉教授)
(引用終わり)
 
 各報告者の発言の最も勘どころと思われる部分を引用しようかとも思ったのですが、それよりは、時間をかけてでも全部読んでいただくに如くはないと思い返し、引用は致しません。
 ただ、淡路剛久さんによる閉会挨拶のみ、このシンポジウムの成果を踏まえた今後への展望も語られていますので、引用したいと思います。
 私も、まだこの「報告書」を読み始めたばかりですが、是非しっかりと学びたいと思います。皆さまにもご一読をお勧めします。
 
(引用開始)
Ⅳ 閉会挨拶 淡路 剛久 氏(日本環境会議名誉理事長,立教大学名誉教授)
 御紹介いただきました淡路でございます。開会の挨拶は,日弁連からしていただきましたので,閉会の挨拶として,環境会議から御挨拶を申し上げたいと思います。
 今日は,私が想像していた以上にこれだけたくさんの方にお集まりいただいて,大変,驚いております。しかも,この議論の最後までここを立ち去らないで,議論に加わり,質
問していただき,また意見を述べていただいている姿を見て,時が経つにつれて,この福島原発の事故の問題は危機感が強まっているのだなと思った次第でございます。
 日弁連と日本環境会議は,共催のシンポジウムを何回か開きました。最初は,多分,2013年6月のシンポジウムで,これは日弁連の人権擁護大会のプレシンポだったと思いますが,中川弁護士から批判がありましたけれども,日弁連も日本環境会議も人権と社会正義の実現を目指して何とか頑張ってきているのだろうと。
 法律家として,この時期にやらなければいけないテーマは,常に突き付けられてきたと思いますが,今日いろいろと議論いただきましたこの三つの判決を前にして,われわれが,
今まで主張してきた法律論や現場の実態,被害の実態を見てもらいたいと述べてきた,いろいろ実証してきた,証明をしてきた,そのことが裁判所にどのように伝わっているのか
と。裁判所に伝わっていても,裁判所としては,法律家として,やはり中間指針があり,従来の法律論があると,何らかでそこを飛び越えることが難しい,そのようなことがやはりあるのだろうなとつくづく思っているわけでございます。
 次第に明らかになりつつあることは,今日も御報告がありました中間指針,これは別にルールではない規範的な性質は無いのだと言いながら,実態的にはどうも規範化しているという御指摘が潮見先生からもありました。そのような壁がありますし,あと,御指摘いただいたような20mSvというような壁も徐々に行き渡ってきているようなところがあります。
 ただ,希望が無くはないわけで,どのような厚い壁であっても,どのような高い壁であっても,一挙にそれを壊すことができないかもしれませんが,少しずつ穴を開けていくことや,どこかの狭く低い所から乗り越えることもあるでしょう。
 そのためには,やはり大きくて戦略的な法律論の枠組みも必要ですし,個々のケースで,この点は勝ち取ったということを実践として得ていって,それを共有していくことも必要
ではないかと。
 これから来年の3月に,今日も御報告がありました判決が三つあって,その後も審理が進み,結審,判決と行く裁判がいろいろ出て来るかと思いますけれども,この三つの判決が出て,われわれ研究者や実務家も,今までの法律論について,本当に裁判所に通用するためにどのようなことを更にしていかなければならないかという,一つずつ姿が見えてきているところもあるわけです。
 そのような意味では,このシンポジウムあるいは日弁連の検討,日本環境会議での現場意見の検討は,一つのやはり新たな段階に入ったという認識をもって,これからも頑張っていきたいと,今日は拝聴して感じた次第であります。
 今日,御報告いただいたリポーターやスピーカーの皆さんには心よりお礼を申し上げます。被害者,被災者の皆さんには,たくさん御参加され,最後まで残っていただいたこと
に感謝を申し上げたいと思います。
 今日のシンポジウムは,日弁連の担当課で設営などをしていただいたのだろうと思いますが,お礼を申し上げたいと思います。
 また,会場を貸していただいた明治大学にもお礼を申し上げたいと思います。
 まとめはしないで,最後に閉会の挨拶とさせていただきます。今日は,どうもありがとうございました。
(引用終わり) 
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「いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を!」アピールへのネット賛同署名募集中!

 2018年9月11日配信(予定)のメルマガ金原No.3267を転載します。
 
「いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を!」アピールへのネット賛同署名募集中!
 
 私は、ブログ毎日配信などをやっていながら、いわゆる「ネット署名」にはあまり関わってきませんでした。自分自身でネット署名を利用したことがないばかりか、一賛同者としてネット署名することにも、そう積極的という訳ではありません。
 何年か前に、一度ネット署名をしたところ、管理会社(?)から、読みたくもないメールが頻繁に届いてうんざりしたというようなことがあったのも影響したかもしれません。
 
 けれども、全くネット署名を拒否するという訳ではなく、内容によっては賛同署名をすることもあります。
 今日ご紹介しようというのもその一つです。
 Facebookに流れてきた中野晃一さん(上智大学教授)の投稿で気がついたのですが、その呼びかけ人の皆さんの顔ぶれを見ただけでも「見過ごす訳にはいかない」と思いましたし、アピール本文を熟読したら、「賛同署名したい」と思わずにはいられませんでした。
 ということで、多分、私は1,300人目前後の賛同者であったと思います。
 
 そのアピールは、「いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を!」というものですが、まずは、その本文を読んでください。
 
1 公文書は私たち国民が共有する知的資源
 私たち国民が政府の諸活動などを十分かつ正確に知ることは、この国の主権者として様々な物事を決めたり判断するために必要不可欠なことであり、国民主権や民主主義を成り立たせるための最低限のルールです。
 そのため、日本国憲法は国民の「知る権利」を保障し、公文書管理法は公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけ、その適正な管理等を通じて国等の「諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにする」としています。また、情報公開法も、国民主権の理念に則って「政府の有する諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」としています。
 
2 公文書の隠蔽・改竄、廃棄・捏造は国民主権・民主主義を破壊する
 しかし、安倍政権のもとで、公文書・公的情報の隠蔽・改竄、廃棄・捏造が横行し、権力のウソやごまかしによって国民主権や民主主義を支える土台が破壊されようとしています。
 森友学園へ約8億円もの値引きをした上で国有地が払い下げられた件で、安倍首相は「私や妻が関係していれば、首相も国会議員もやめる」と答弁しましたが、その後、財務省によって、安倍昭恵氏の名前などが記載された決裁文書が廃棄や改竄されていたことが明らかとなりました。
 加計学園に半世紀ぶりの獣医学部設置を認可した件でも、安倍首相は「私がもし働きかけて決めているのであれば、責任を取る」と答弁しましたが、その後、内閣府が「総理のご意向」「官邸の最高レベルがいっている」と述べたとする文科省文書や、2015年2月に安倍首相が加計孝太郎氏と面会し新しい獣医学部を「いいね」と述べたとする愛媛県文書などが相次いで発覚しました。
 南スーダンの首都ジュバで発生した武力紛争を「戦闘」と記録した南スーダンPKO派遣自衛隊日報が廃棄、隠蔽されていた問題に続き、稲田朋美防衛相(当時)が「ない」と答弁していたイラク派遣自衛隊日報も、実は存在し、そのことが1年以上も隠蔽されていたことも明らかになりました。働く人の健康と命にかかわる「働き方改革」の件でも、「裁量労働制で働く方の労働時間は平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」という安倍首相の答弁は、根拠とされた厚労省「平成25年度労働時間等総合実態調査」のデータを政府に都合のいいように加工し捏造したものであることが発覚しました。
 
3 「大本営発表」の歴史を繰り返すことを拒否する
 権力者が自らに都合の悪い情報を隠したり、虚偽の情報を流したりすれば、国民は本当のことを知らないまま、権力の意図する方向に流され、いつの間にか取り返しのつかない事態に陥ってしまう。これが歴史の教訓です。日本でも、戦果を捏造した「大本営発表」が国民を総動員する手段として利用され、悲惨な戦争へと突き進み、あの破局と悲劇をもたらしました。それだけに権力のウソやごまかしは絶対に許されることではありません。
 しかも、この間の公文書や公的情報の隠蔽や改竄、廃棄や捏造などの一連の出来事の背景には、安倍首相をはじめとする安倍政権の中枢を担う政治家や官僚が、公権力を私物化し、国民の血税で自らの利益を実現しようとしている構図が透けて見えます。
 この問題の本質は、権力の私物化と国民の「知る権利」の侵害、そして国民主権や民主主義の破壊であり、主権者である国民に対する重大な背信行為にほかなりません。
 日本国憲法は前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言」していますが、権力のウソやごまかしによって国民主権や民主主義が失われるとき、戦前のような社会が再び到来することにもなりかねません。
 
4 ウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を
 安倍首相は「膿を出し切る」といったことを述べるだけで、これまで明らかにされてきた事実に真摯に向き合うことをせず、疑惑解明のための具体的な行動もなにひとつ取ろうとしません。さらには、自身の都合が悪くなると、前記の森友学園に関する答弁について「贈収賄は全くない、という文脈で一切関わっていないと申し上げた」と言を左右し、加計学園に関する首相発言を記録した愛媛県文書についても「伝聞の伝聞」としてごまかすなど、自身の発言に責任を持つという政治家としての最低限の責務すら放棄しています。これらは、真相の徹底解明をのぞむ多くの国民の声を無視し、まるで、時が経てば国民は忘れる、とでも考えているかのような態度といわざるをえません。
 私たちは、国民主権や民主主義といった私たちの社会の土台が蝕まれ、破壊されようとしている危機を黙って見過ごすわけにはいきません。
 この時代を生きる私たちは、主権者として民主主義を求める声をひろく集め、真実を明らかにし、ウソとごまかしの「安倍政治」に今こそ終止符を、と訴えます。
 
<呼びかけ人>
・青井未帆(学習院大学法科大学院教授)
・浅倉むつ子(早稲田大学大学院法務研究科教授)
・池田香代子(ドイツ文学者・翻訳家)
・右崎正博(獨協大学名誉教授)
・上西充子(法政大学教授)
・上脇博之(神戸学院大学大学院実務法学研究科教授)
・阪口徳雄(弁護士)
・澤藤統一郎(弁護士)
・寺脇研(京都造形芸術大学教授 元文部官僚)
・中野晃一(上智大学教授)
・濱田邦夫(元最高裁判事 弁護士)
・浜田桂子(絵本作家、画家)
・前川喜平(前文部科学省事務次官)
・堀尾輝久(東京大学名誉教授)
・山口二郎(法政大学教授)
・横湯園子(元中央大学教授)
(引用終わり)
 
 「安倍政治」に終止符を!と求める理由がいくらでもあることは、今年の7月20日、立憲民主党の枝野幸男代表が、2時間43分に及ぶ安倍内閣不信任決議案の趣旨説明で詳細に論じたとおりですが、このアピールは、その根拠の中心に「公文書の隠蔽・改竄、廃棄・捏造」による「国民主権や民主主義の破壊」を据えた点に特徴があります。
 この論理的に構成されたアピールの文章を、「起承転結」に従って解説した文章が、本アピールの呼びかけ人の1人であり、昨日(9月10日)、衆議院第1議員会館・地下1階第6会議室で開かれた記者会見で司会を務められた澤藤統一郎弁護士のブログ「憲法日記」で読むことができます。
 本文を熟読していただければその趣旨は過たずに伝わるとは思いますが、澤藤先生の「自作解説」を読めば、さらに理解が深まるものと思いますので、その該当箇所を引用させていただきます。
 
澤藤統一郎の憲法日記 2018年9月10日
いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を! 賛同署名のお願い
(抜粋引用開始)
 アピールの全文は、起・承・転・結の4節からなっています。
 第1節では、民主義国家における主権の行使には、正確な情報が不可欠であることを説き起こしています。官僚から国民への正確な情報提供には適切な公文書の管理が必要であり、国民が正確な公文書の管理を求めることは、憲法上の知る権利にもとづき公文書管理法に定められたところです。
 にもかかわらず、安倍政権のもとでは公文書・公的情報の隠蔽・改竄、廃棄・捏造が横行し、権力のウソやごまかしによって国民主権や民主主義を支える土台が破壊されようとしています。その指摘が第2節。具体的問題として取りあげたものは、森友・加計の各学園問題、南スーダンPKO日報問題、そして裁量労働制データ問題。
 第3節では、このまま反省のない「安倍政治」を続けさせたのでは、「大本営発表」時代の歴史を繰り返すことになりかねず、議会制民主主義の危機をさえ危惧せざるを得ない事態であることを指摘し、結論としての第4節では、私たちは、この時代を生きる主権者として、民主主義を求める声をひろく集め、真実を明らかにし、ウソとごまかしの「安倍政治」に今こそ終止符を、と訴えるものです。
(引用終わり)
 
 司会の澤藤先生以外で、昨日の記者会見に出席された呼びかけ人は、池田香代子さん(ドイツ文学者・翻訳家)、上西充子さん(法政大学教授)、中野晃一さん(上智大学教授)、濱田邦夫さん(元最高裁判事 弁護士)、浜田桂子さん(絵本作家、画家)、堀尾輝久さん(東京大学名誉教授)の皆さんでした。
 この記者会見の動画はないか?と思って探しているのですが、今のところ見つけられていません。見つけ次第、ブログで追加紹介しようと思います。
 
 賛同署名するかどうかはさておくとして、皆さんも是非このアピールを熟読していただければと思います。

開催予告・木村草太氏(首都大学東京教授)講演会「憲法9条をめぐる議論を理解するために」(和歌山弁護士会@2018年11月6日)

 2018年9月10日配信(予定)のメルマガ金原No.3266を転載します。
 
開催予告・木村草太氏(首都大学東京教授)講演会「憲法9条をめぐる議論を理解するために」(和歌山弁護士会@2018年11月6日)
 
 以下にご紹介するチラシのとおり、来る11月6日(火)午後6時から、和歌山県民文化会館小ホールにおいて、木村草太氏(首都大学東京教授・憲法学)による講演が行われます。主催は和歌山弁護士会、日本弁護士連合会と近畿弁護士会連合会が共催となります。
 ちなみに、チラシに「憲法改正問題に取り組む全国アクションプログラム」という角書がありますが、これは、日弁連(憲法問題対策本部)が全国の弁護士会に参加を呼びかけているプログラムの一環としての開催という意味だと思います(多分)。
 「憲法改正問題に取り組む全国アクションプログラム」でGoogle検索をかけてみると、たちどころに以下のような企画がヒットします。
 
平成30年6月23日(土) 福岡県弁護士会
今!改憲のゆくえは!~ジャーナリストが語る改憲の舞台裏~
講師:宮澤薫氏(時事通信社政治部)、宮崎昌治氏(西日本新聞者社会部部長)
 
平成30年6月30日(土) 鹿児島県弁護士会
憲法を考える市民の集い~9条改正問題を考える~
講師:井上正信氏(広島県弁護士会)
 
平成30年7月12日(木) 神奈川県弁護士会
自衛隊を憲法に明記!?国や社会はどう変わるのか
講師:青井未帆氏(学習院大学教授)、望月衣塑子氏(東京新聞社会部記者)
 
平成30年9月9日(土) 鳥取県弁護士会
憲法改正の要否と手続上の問題点
講師:木村草太氏(首都大学東京教授)
 
平成30年9月29日(土) 秋田弁護士会
憲法を考える市民集会
講師:青井未帆氏(学習院大学大学院法務研究科教授)
 
平成30年10月27日(土) 茨城県弁護士会
検証・9条改正~憲法と平和を考える。
講師:伊藤真氏(東京弁護士会)
 
 まだまだありますが、きりがないのでこの辺にしておきます。
 
 私は、和歌山弁護士会憲法委員会の委員長を1年だけやって(2014年度、伊藤真弁護士をお招きして集団的自衛権を考える市民集会を開催した)、とても任に耐えないと自覚して委員会そのものから身を退きましたので、その後の弁護士会の取組には、一会員として協力、参加するだけであり、内情はよく分かりませんが、上記の内、福岡県弁護士会のホームページの記載によると、このアクションプログラムの正式名称(?)は、「憲法改正問題に取り組む全国アクションプログラム~憲法の意義と歴史を踏まえて,憲法改正問題に全国的な取り組みを!~」というものらしいのです。
 日弁連としても、「憲法改正問題」にどのようなスタンスをとるべきかについては、かなり微妙なニュアンスがあることは想像に難くありませんが、かといって、何もやらないで済む話ではありませんから、そこで「憲法の意義と歴史を踏まえて」ということになったのでしょうね。
 
 ところで、和歌山弁護士会がお招きする木村草太首都大学東京教授(再来年には旧名の「東京都立大学」に戻るらしいですが)が和歌山市で講演されるのは、多分、今回が3回目ではないかと思います。
 最初の、2016年10月29日、和歌山県勤労福祉会館プラザホープでの講演会(主催:和歌山県保険医協会)には、目が回るようなスケジュールの中、私も参加し、「10月29日の冒険~『法華経』、『標的の村』、木村草太氏講演会」というブログをその日のうちにアップしました。
   ブログにも書きましたが、2年前の講演会において、木村教授は、2015年9月16日に締結された、安保法制をめぐる、いわゆる「5党合意」の重要性を指摘されました。憲法学者でこの「5党合意」に言及する方がめったにいない中、私は大いに我が意を得たりと思いました。その理由については、最近書いた私のブログ「再掲:「5党合意」「附帯決議」「閣議決定」をどう読むか~安保法制の「しばり」とするために」(2018年8月25日)をご参照ください。
 
 それでは、和歌山弁護士会が主催する木村草太氏講演会の概要を、チラシから転記してご紹介します。 
 
チラシ記載情報から引用開始)
憲法改正問題に取り組む全国アクションプログラム
憲法9条をめぐる議論を理解するために

入場無料 予約不要
 
主権者である私たちが、憲法を変えるかどうかを決める時がいつかきます。憲法とは何か、憲法を変えようとするのはなぜか、憲法はどのように変えると政治や私たちの生活はどう変わるのかなどについて第一線の憲法学者をお招きして学びます。
 
講師 木村 草太 首都大学東京教授
1980年生まれ。
東京大学法学部卒。同助手、首都大学東京准教授を経て、現在、首都大学東京教授。テレビ朝日系列『報道ステーション』のコメンテータなど、メディア出演も多数。
法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)のほか
『憲法の創造力』(NHK出版新書)
『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)
『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)
『憲法という希望』(講談社現代新書)
『憲法の新手』(沖縄タイムス出版) など著書多数。
 
日時 2018年11月6日(火)
         午後5時半開場 午後6時開演
場所 和歌山県民文化会館小ホール
 
主催 和歌山弁護士会
共催 日本弁護士連合会、近畿弁護士会連合会
 
お問い合わせ 和歌山弁護士会
  〒640-8144 和歌山市四番丁5番地 
  TEL 073-422-4580 FAX 073-436-5322
(引用終わり)
 
(参考動画)
 木村教授は、「特別な事情」がない限り、ご自身の講演を収録した動画の公開に許可を与えない方針のようですが(立憲デモクラシー講座の中でも、唯一木村教授の回のみ動画が見られません)、以下に、「特別な事情」によって公開されている貴重な動画2編をご紹介します。
 木村教授は、沖縄タイムスに「憲法の新手(しんて)」という連載を続けておられるのですが、そのご縁から、毎年春に沖縄タイムス社主催の講演会に登壇されています。
 以下に、その中から、2017年3月30日に行われた講演会「憲法施行70年 沖縄で憲法を考える」と、2018年3月27日に開催された講演会「沖縄で考える憲法の未来」の2編をご紹介します。いずれも、沖縄タイムス公式動画チャンネルにアップされたものです。
 この2つの講演会の間に、木村草太氏がヘアスタイルを変えたことが一目瞭然で分かるのも一興かと思います。
 
木村草太氏講演会「沖縄で憲法を考える」(1時間58分)

 
木村草太氏講演会「沖縄で考える憲法の未来」(2時間01分)
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/木村草太氏関連)
2014年7月22日
「閣議決定」についての木村草太氏の見解に耳を傾ける(ビデオニュース・ドットコム)
2014年10月28日
7月1日閣議決定についての木村草太氏の解釈には無理がある
2015年4月1日
木村草太氏の那覇市での講演動画の視聴をお勧めします(3/31)
2015年5月25日
「哲学と憲法学で読み解く民主主義と立憲主義」(國分功一郎氏&木村草太氏)を読む
2015年6月13日
あらためて「存立危機事態」の解釈を問う~木村草太説と公明党(北側一雄氏)の認識

2016年3月31日
開催予告5/14「憲法という希望~対談:木村草太×国谷裕子」(大阪弁護士会) 
2016年9月1日
7.1閣議決定についての木村草太説を振り返り 10.29木村草太氏講演会(和歌山県保険医協会)に期待す
2016年10月29日
10月29日の冒険~『法華経』、『標的の村』、木村草太氏講演会

2016年11月21日

1年前(2017年)の9月9日、中野晃一さん(上智大学教授)が語ったこと~商社九条の会・東京の講演録(文字起こし)で読む

 2018年9月9日配信(予定)のメルマガ金原No.3265を転載します。
 
1年前(2017年)の9月9日、中野晃一さん(上智大学教授)が語ったこと~商社九条の会・東京の講演録(文字起こし)で読む
 
 ちょうど1年前の2017年9月9日がどんな時期であったか、皆さんは覚えていらっしゃいますか?
 幸い、私は2013年1月24日以来、「ブログ毎日更新」を続けていますので(そのベースとなっている「メルマガ金原」は2011年3月28日以来)、すぐにその日の記事を探し出すことができます。
 
2017年9月9日
 
 実は、3日前の9月6日にも、「「キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会」を視聴する~さあ、これからだ」という記事を書くに際し、上の記事も参照したものでした。
 そう、2017年5月3日、唐突に発信された「安倍改憲メッセージ」に対抗するため、総がかり行動実行委員会や九条の会が連携し、「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」(3000万人署名)を本格的にスタートさせたのが、まさに1年前の今頃だったのです。
 
 その頃の主要な政治的関心事は、10月22日に予定されていた衆議院の愛媛3区、青森4区、新潟5区の3つの補欠選挙の帰趨でした。
 ところが、その年の6月22日に野党から憲法53条に基づく臨時国会召集要求がなされていながら、3か月間店ざらしにしていた安倍内閣が、9月28日に臨時会を召集することを決定し(同月22日の閣議で)、その冒頭で解散に踏み切ったことは記憶に新しいことと思います。
 
 この間、野党第一党の民進党では、蓮舫代表の辞任に伴い、前原誠司氏と枝野幸男氏との間で代表選が戦われ、9月1日の投開票の結果、前原氏が勝利して代表に就任したのも束の間、衆議院解散当日、希望の党(小池百合子代表)との合流を決定。その後、小池代表の「排除」発言などもあり、民進党系候補者は、立憲民主党、希望の党、無所属に3分裂する事態となったこともまた、ご説明するまでもないでしょう。
 
 さて、今日ご紹介しようとするのは、ちょうど今から1年前の2017年9月9日、明治大学リバティタワー1012教室において行われた「商社九条の会・東京」第41回企画「講演と朗読のつどい」の完全文字起こしです。
 第1部「朗読」は、女優の前田真里衣さん(劇団民芸)による「ひめゆりの少女」(吉原公一郎原作「野火燃ゆる」より)、第2部「講演」は、中野晃一さん(上智大学教授)による「安倍改憲を阻止するために~私たちは何をなすべきか~」です。
 
 私が、冒頭、1年前の政治状況を振り返ったりしたのは、中野先生の講演日が、昨年の9月9日という、まことに微妙な時期であったことに注意を喚起したいと思ったからに他なりません。
 実際、昨年の講演で、中野先生は、以下のように述べておられます(PDF8頁~)。
 
(引用開始)
 最初に申し上げているので、私の講演を前にどこかで聞いてくださった方は又かと思いになるかもしれませんが、すみません、お手元に一応レジュメがあるんですが、と言ってご覧いただいてもしようがないんであれなんですが、レジュメに沿って話しません。ですので、気休めであるというふうに思っていただいて、もしご覧になっていて気になる言葉があるとか、これなんなんだというものがあったら、質疑応答で聞いていただいたらお答えするようにします。何分、そもそも同じ話をあちこちで繰り返すということができないという性分だということもあるんですが、皆さんもご承知のとおり、この間状況が次々と目まぐるしく変わってきてですね、レジュメを用意しても追いつかないと言いますか、それこそ朝あるいは移動中に、とんでもないことが起きて、又そのことも踏まえて考えてお話をしないと、どうにもならないということが度々あるので、申し訳ありませんが、そんな具合で、即興と言ったらあれですが、今考えながらお話しをさせていただくということ
になるかと思います。
(引用終わり)
 
 私ごとで恐縮ですが、私自身、来月10月21日(日)、かつらぎ体育センター(和歌山県伊都郡かつらぎ町丁の町2530-140)で開催される「伊都・橋本 第10回 9条まつり」で、50分ほど、「これからの9条改憲阻止の闘い」というようなテーマで話をして欲しいというご依頼をいただいているのですが(イベント自体は11時からですが、私の話は12時50分頃からと聞いているので、伊都・橋本地方の皆さん、良かったら聴きにきてください)、10月21日といえば、既に臨時国会が召集されてある程度の期間が経過している頃であり、事態ははなはだ流動的と言わざるを得ませんので、レジュメは間際にならないと送れない、ということを「憲法9条を守る伊都・橋本連絡会」の事務局にお伝えしているところです。
 
 それにもかかわらず、1年前の商社九条の会・東京の企画(文字起こし)をご紹介しようとするのには、いくつかの理由があります。
 それは、前田真里衣さんの「ひめゆりの少女」が、朗読シーンが目に浮かぶようで感動的であるということがまず1つです。
 そして、中野晃一さんの講演録も、間もなく衆議院が解散されるというような事態は想定していなかった時期の講演とはいえ、今でもじっくりと読み返す価値があると思いました。1つには、安保法制(戦争法)反対に立ちあがったSealdsの若者たちの実像がかなり詳しく語られていること、もう1つは、前原誠司氏による「白色クーデター」直前までの民進党(民主党)の歩みが総括されている部分が参考になるということです(この辺は中野先生の政治学者としての本領の部分だから当たり前ですが)。
 
 以下に、商社九条の会・東京ホームページに掲載された文字起こし(PDFファイル)にリンクし、主催者の方で付けた見出し・小見出しを引用しておきます。講演録には、講師自身が目を通して加筆・訂正しているそうなので、見出し部分も中野先生ご自身の了解が得られたものと考えて良いでしょう。
 
前田真里衣さん朗読「ひめゆりの少女」
中野晃一さん講演「安倍改憲を阻止するために~私たちは何をなすべきか~」
(中野晃一氏講演部分についての見出し・小見出し)
  目   次
第二部 中野晃一教授講演「安倍改憲を阻止するために 私たちは何をなすべきか」
はじめに
今の運動の出発点
声を上げにくい中から、新しい市民運動が
中高年を元気にしたシールズのこと
 予想もできなかった出現
 シールズは若者の中ではマイノリティーなのに
 行為の感動的な凄さ
 勇気があったからこそ
 彼らに触発されて盛り上がった運動
バランスを欠き壊れた政党政治が市民に声をあげさせた
くるくる変わる自民党の政策に対応せざるをえなかった民進党
民進党が揺れているのは
自民の暴走を助けているもの
野党だけに任せていたら共闘ができないわけ
 共闘のきっかけを作った市民運動
 民進党の中の共闘を望まない議員の存在
それでも野党共闘を進めるしか道はない
質疑応答
 昨年の東京10区の選挙について
 安倍改憲阻止へ野党共闘をどうすすめるか
 民進党について
 北朝鮮問題について
 
 さて、1年前は1年前として、昨年10月の衆議院議員総選挙、今年に入ってからの公文書改ざん問題の発覚や朝鮮半島情勢の緊迫、そこから一転して米朝首脳会談が行われる等の国際情勢の変転などを踏まえた中野先生の見解を知りたいという方も当然おられるでしょう。
 そこで、今年に入ってからの中野先生の講演動画を2本ご紹介しておきます。
 1本目は、2月3日にマスコミ9条の会と日本ジャーナリスト会議の共催で行われた講演会(東京新聞の望月衣塑子記者とのダブル講演)でのお話。
 もう1本は、9月6日にこのブログでもご紹介した、「キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会」での講演です(6日とは別の動画をご紹介します)。
 
2018年2月3日「安倍政権、憲法改悪を国会に発議のかまえ」(2時間15分)

※中野晃一さんの講演は4分~1時間03分です。
 
2018/9/5「キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会」(1時間58分)

※中野晃一さんの講演は9分~55分です。

白浜町の井澗(いたに)誠町長が使用済み核燃料中間貯蔵施設を受け入れる意思のないことを議会で表明(2018年9月6日)

 2018年9月8日配信(予定)のメルマガ金原No.3264を転載します。
 
白浜町の井澗(いたに)誠町長が使用済み核燃料中間貯蔵施設を受け入れる意思のないことを議会で表明(2018年9月6日)
 
 「パンダと温泉の町」和歌山県西牟婁郡白浜町に、ふってわいたような(事情を知る住民の間では、ずっと前から予想・懸念されていたことですが)関西電力による使用済み核燃料の中間貯蔵施設建設計画(関電は公式には何も発表していません)については、私のブログでも、今年の1月以来、折に触れて取り上げてきたところです。
 中でも、注目されてきたのが、白浜町の井澗誠(いたに・まこと)町長の態度でした。
 
 長らく井澗町長は、「まだ中間貯蔵施設が白浜町にどうのこうのという話は全くありませんし、今現在もございません。ですから、それについては、今後、そういった国や県から、あるいは事業者さんから話し合いの申し出があれば、当然、それは話をするのが、私は町としての立場だというふうに思っております。」(2017年12月14日・白浜町議会で丸本安高議員の質問に答えて)という見解を繰り返すのみでしたが、その町長の姿勢に変化が生じたのでは?と思われたのが、今年の6月定例会での以下のような答弁でした(紀伊民報の記事から引用します)。
 
紀伊民放 2018年6月14日
使用済み核燃施設受け入れない 白浜町長が表明
(抜粋引用開始)
 和歌山県白浜町の井澗誠町長は14日の町議会で、原子力発電所から出る使用済み核燃料の中間貯蔵施設について「受け入れることは考えていない」と述べた。これまでの発言から踏み込み、初めて否定的な姿勢を示した。
 溝口耕太郎議員(無)が一般質問でこの話題を取り上げた。「昨年から『白浜に中間貯蔵施設ができるかもしれない』と集会を開いたり、チラシを作ったりして活動している方々がいる」として、井澗町長の考えを聞いた。
 井澗町長は「町民の中には不安を感じている方もいると思う。国や事業者(電力会社)からコンタクトや申し入れがない中で、施設を受け入れることは考えていない」と答えた。「電力会社や国からは非公式にも打診や申し入れはない」「施設の確保は国や事業者が責任をもって進めていくべきだ」とも述べた。
(引用終わり)
 
 この町長の答弁で、安心した方もおられたかもしれませんが、会議録の公開までに時間がかかったことや、発言自体に曖昧さが拭えないこともあり、注意深く見守る必要があるという状況でした。
 
 そのような中、4日に開会した白浜町議会9月定例会の実質的な審議初日の9月6日、井澗誠町長が、6月議会よりもずっと踏み込んで、「将来的に(電力)事業者などから申し入れがあったとしても協議をする考えはない」と述べたと報じられました。
 私もまだ地元紙・紀伊民報の記事をインターネットで読んだだけですが、町議会のホームページで会議録や録画がアップされるまでにはまだ相当の日数を要しそうなので、とりあえず速報として、紀伊民報が伝えたところをお知らせしようと思います。
 
紀伊民報 2018年9月6日
核燃施設「協議する考えない」 白浜町長が表明
(抜粋引用開始)
 和歌山県白浜町の井澗誠町長は6日、原発から出る使用済み核燃料の中間貯蔵施設の受け入れについて「将来的に(電力)事業者などから申し入れがあったとしても協議をする考えはない」と述べた。これまでの議会で「申し入れがない中で受け入れは考えていない」などと述べていたが、拒否する姿勢を明確にした。
 施設を巡っては、県外を含む複数の住民団体から「受け入れないことの表明」を求める要望書が町に出ていた。
 井澗町長は、町議会9月定例会で、提出した案件を説明する前に「これまでも受け入れる考えはないと申し上げてきたが、不安を感じている方もいらっしゃると聞く。この際、真意を伝えるのが責務と考え、改めて私の考えを申し上げる」と切り出した。
 井澗町長は「白浜町は観光産業を中心に発展してきた。町の将来は観光産業の進展にかかっている」とした上で「町が目指すのは私のスローガンでもある『世界に誇れる観光リゾート白浜』の実現であり、豊かな自然環境や資源を後世に引き継ぐ責務が私にはある」と話した。
(略)
(引用終わり)
 
 これまでは、議会での議員からの質問に答えてということであったのに対し(6月定例会では、質問者との事前打合せがあったかもしれませんが)、今回は、町執行部からの「提案理由の説明」(※平成30年第3回定例会日程)を行うに先立ち、町長自ら進んで見解を述べたということですから、それなりの決意をもって表明したものと想像できます。
 
 地元白浜町や近隣の住民はもとより、県内外の多くの団体・市民から寄せられた「白浜町を核のゴミの捨て場にしないよう」という要望が、町長の態度を受け入れ拒否に導いたという評価が可能かと思います。
 
 もっとも、関西電力やその関連会社が、白浜町日置地区に広大な土地を所有していることに変わりはない訳で、これからも気を緩めることなく注視を続けなければならないことはもちろんでしょう。
 
 なお、上記9月6日の井澗誠町長による表明が、会議録や動画でアップされましたら、あらためてブログでご紹介しようと思いますので、いましばらくお待ちください。
 
 以下には、今回の井澗町長による受入拒否声明の前触れとなった、6月14日、6月定例会(平成30年第2回定例会)での溝口耕太郎議員からの質問とそれに対する井澗町長による答弁を、同会議録から引用しておきます。
 
平成30年白浜町議会第2回定例会 会議録(第2号)
1.開会 平成30年6月14日 白浜町議会第2回定例会を白浜町役場議場において 9時30分開会した。
(引用開始)
○議長
 日程第1 一般質問を行います。
 通告順に従い、順次、質問を許可します。
 13番溝口君の一般質問を許可します。溝口君の一般質問は一問一答形式です。まず、1点目の中間貯蔵施設についての質問を許可します。
 13番 溝口君(登壇)
○13番(溝口耕太郎)
 13番溝口であります。通告に従いまして、6月議会の一般質問をしてまいりたいと思います。
 本日は、3点の一般質問を予定しております。それでは、早速でございますが、質問に入りたいと思います。
 第1点目といたしましては中間貯蔵施設についてでございます。この中間貯蔵施設につきましては、昨年から政党の関係者の方であるとか、それとまた市民団体の方々がこの中間貯蔵施設の計画が白浜町で進んでいるのではないかと、そういった危惧等から集会等や、またチラシなどの啓蒙活動をしているというような状況であるかと思います。
 そういった中で、私も先の3月の議会議員選挙活動の際に、数名の町民の方、2名か3名だったと思いますが、そういった方から中間貯蔵施設がこの白浜町にできるのかとか、そんな計画があって進んでいるのかと、そういった質問を二、三の方から聞きました。私はそのときには、その町民の方々に、そんな計画を私自身も聞いたこともありませんし、そういったことを把握もしていませんよと。しかし、現状から考えてそれを簡単につくるどうこうというのは、そういうふうな形で簡単には進まないのではないですかと、そういったような答弁をした記憶がございます。先の白浜町議会でも一般質問にも取り上げられました。しかし、このことについては、電力会社とかまた国が公式的に、中間貯蔵施設の建設についての申し入れとか、それは今現在そういったことはないと、そのように私も承知をしております。しかし、余りにも降って沸いたようなという言い方は表現が合っているのかどうかわかりませんが、そういった話を聞きますので、ひょっとしたら非公式にでも打診があったのかどうかを聞いてみたいと思います。
 先の議会の一般質問の答弁でも、町長が、電力会社や国からもこの中間貯蔵施設に関する申し入れ等であるとかそんなのは一切ありませんと、そういった答弁であったと思いますが、再度町長の答弁を求めたいと思います。よろしくお願いします。
○議長
 溝口君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 番外 町長 井澗君(登壇)
○番外(井澗誠町長)
 ただいま議員より、使用済核燃料の中間貯蔵施設についてご質問いただきました。
 中間貯蔵施設につきましては、先の議会におきましてもご質問をいただき、答弁したところでございますが、ご質問にありました中間貯蔵施設の建設につきましては、電力会社や国から公式及び非公式におきましても打診や申し入れはございません。
○議長
 13番 溝口君(登壇)
○13番
 そういたしましたら、この中間貯蔵施設については、今の日本の現状から私が判断しまして、どこかに中間貯蔵施設の建設をしなければならないことであると、そういうふうに私は把握をしておるんですけれども、しかしこのことについては、やはり電力会社や国が責任を持って進めていくべきものであると、そういうふうに私としては把握をしております。しかし、白浜町としては、中間貯蔵施設については、今町長から答弁がありましたけども、公式な申し入れ、そしてまた非公式な申し入れも一切ありませんが、それだったら一体白浜町としてどういうふうに考えておられるのかと、そうした基本的な考え方について聞いてみたいと思います。それでは、町長の答弁を求めます。
○議長
 番外 町長 井澗君
○番外(町長)
 これまでも中間貯蔵施設に関する質問を何度かいただいておりますが、改めて私の考えを正確にお伝えしたく思います。
 以前から申し上げていますように、この件に関しましては国や事業者から施設に関する申し入れなどは一切ございません。中間貯蔵施設の確保につきましては、議員がおっしゃったように、国や事業者が責任を持って進めていくべきものだと考えております。これまで国や事業者から中間貯蔵施設に関する申し出等は一切なく、何ら具体的な話がない中で、中間貯蔵施設を受け入れることは考えておりません。
 古き時代から先人が築き上げていきた白浜町は観光産業が中心となって発展してまいりました。町の将来は観光産業の進展にかかっていると考えています。それは議員各位も同じだと思います。白浜町の目指すところは、私の公約、スローガンでございます、世界に誇れる観光リゾートの実現であります。これまでもご質問をいただきまして、私の考えを説明してまいりましたが、町民の中には不安を感じておられる方もいらっしゃるかと思います。不安の声も聞いております。国や事業者から何のコンタクトも申し入れがない中で、繰り返しの答弁となりますが、中間貯蔵施設につきましては受け入れることは考えておりません。
○議長
 13番 溝口君(登壇)
○13番
 ただいま町長のほうから明確な答弁というか話がございましたけれども、私は今回の一般質問に際して、本来でありましたらこういった仮定の話での一般質問というのは控えるべきではないかと、そのように判断をしていたわけでありますけども、降って湧いたようにといいましょうか、ここのところ昨年ぐらいから、この中間貯蔵施設について、ある町民の方から聞いたときには、さも計画の話が非公式に進んでいて、あとここ1年もたてば表舞台に上がってきて、こういった話で町内でわいわいなるのかなと、そういった危惧をした話を何回も聞きましたので、ここはやはり仮定の話ではありますけども、基本的な考え方について、白浜町として、いま一度町長のほうから聞いて、発言、発信をしていただいたほうが、少しでも町民の方が安心するのではないのかなと、そのような思いで今回一般質問をしました。
 本来でありましたら、このような仮定の話を一般質問の場で取り上げて、聞かれる町当局の方も大変だと思うわけであります。これは白浜町だけが進めていくとか反対であるとかそういうわけではありません。先ほども言いましたように、こういった大変重要で、そしてまたシビアな案件でありますので、本来なら先ほども言いましたように、こういった案件につきましては、電力会社や国が一歩一歩進めていくのであるならば、進めていくべきであって、そこの地元の市町村がまず先もってどうこう言うべきものではありません。また、答弁もなかなかしづらいものであろうと思うわけですけども、先ほど町長のほうから基本的な考えについて発信がございました。
 この問題については、私は、政争の具にしようという形で動いている方もいるよう把握をするわけでありますけども、そんなことはすべきではないという思いで、今回あくまで、私ははっきり申し上げますが、あくまで仮定の話です。仮定の話を一般質問で取り上げるというのはいかがなものかと思いましたけど、そういった思いで一般質問をいたしました。
 それでは、議長、1点目の質問については終わりたいと思います。
(引用終わり)
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/白浜町・中間貯蔵施設関連)
2018年1月8日
2018年2月3日
2018年2月4日
2018年2月25日
2018年2月26日
2018年4月17日
2018年7月31日

あれから3年、「安保法制」廃止と「安倍改憲」NO!を訴える9・19和歌山集会&デモに結集を!

 2018年9月7日配信(予定)のメルマガ金原No.3263を転載します。
 
あれから3年、「安保法制」廃止と「安倍改憲」NO!を訴える9・19和歌山集会&デモに結集を!
 
 昨日は、「キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会」の模様をご紹介しましたが、今日は、「あれから3年」という話題です。
 再来週の水曜日、9月19日は、あの安保法制(戦争法)が「成立」してからちょうど3年目の節目の日となります。
 これを記念して、というのは変ですから、「この日を期して」と言うべきでしょうが、全国各地で様々な企画が予定されているようです。
 中でも規模の大きなものとしては、総がかり行動実行委員会が中心となり、東京の日比谷野外音楽堂で開かれる以下の集会(その後デモ)でしょうか。
 
[開催概要]
戦争法からまる3年、安倍9条改憲NO!沖縄・辺野古新基地建設阻止!9・19日比谷野音集会
2018年9月19日(水)18:30~ 日比谷野外音楽堂にて
18:20からプレコンサート 集会後、銀座デモ
(デモが目を引くように、LEDライト等の光り物を、お持ちの方は、ご持参下さい!)
共催:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会、基地の県内移設に反対する県民会議、「止めよう!辺野古埋め立て」国会包囲実行委員会
<プログラム>
・プレコンサート(なりぞうさん)
・主催者挨拶
・国会各野党代表挨拶(党首クラスの参加を要請中)
・連帯挨拶:
 安保法制に反対する学者の会(上野千鶴子さん)
 「止めよう!辺野古埋め立て」国会包囲実行委員会(発言者未定)
 九条の会(渡辺治さん)
 沖縄から(山城博治さん)
(開催概要 以上)
 
 9月19日が、同月13日告示、30日投開票の沖縄県知事選挙のまっただ中ということになったのは、ひょっとしたら偶然かもしれませんが(翁長知事急逝の前にこの集会の枠組みが決まっていたのかもしれません)、「沖縄・辺野古新基地建設阻止!」は、まさに時宜を得た集会テーマであると思います。
 
 以下にご紹介する9・19和歌山集会&デモの企画に少し関わった私から見ると、日比谷野音集会の「国会各野党代表挨拶(党首クラスの参加を要請中)」というのが「さすがは東京」「枝野さんや玉木さんを含めて党首が揃い踏みしたら凄いな」と思いつつ、「地方にはそれぞれ異なった事情があるから一律にはいかないし」と自らに言い聞かせざるを得ませんでした。
 
 それはさておき、以下に、9・19和歌山集会&デモ(正式には、「安保法制」廃止と「安倍改憲」NO!を訴える9・19和歌山集会&デモ)について、その開催概要をお伝えします。
 ただし、集会の式次第については、現在「調整中」なので、大枠のご説明にとどまります。
 
 以下には、本日、私のところに届いたチラシと集会&デモの要項(案)、さらに、8月中に作成した「呼びかけ文」(私が草稿を起案)などをとりまぜたハイブリッド版(今の時点で確定と思われる内容)の開催概要を記載します。
 
[9・19和歌山集会&デモ 開催概要] 
「安保法制」廃止と「安倍改憲」NO!を訴える9・19和歌山集会&デモ
 
 存立危機事態における集団的自衛権の行使容認、後方支援という名の米軍等との一体化など、数々の憲法違反の内容を含む安保法制が成立してから、今年の9月19日でちょうど3年目を迎えます。
 この間、安保法制成立阻止のために力を合わせて闘った団体の多くは、その廃止に向けた活動に継続して取り組んできました。
 他方、昨年5月3日のいわゆる「安倍改憲メッセージ」に端を発して、自民党が憲法への自衛隊明記など改憲4項目を取りまとめるという動きに対し、全国の「九条の会」をはじめとする広汎な諸団体や個人が、「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」(3000万人署名)に取り組んできました。
 「安倍改憲」の本質は、憲法違反の「安保法制」を国民投票によって事後的に追認し、違憲でないことにしようとするところにこそあります。
 今こそ、3年前に安保法制を阻止するために立ち上がった全ての市民・団体が再結集するとともに、新たな力も迎え入れ、「安保法制」の廃止と「安倍改憲」NO!を訴える運動を力強く進めていく必要があります。
 時あたかも、9月20日には自民党総裁選挙で安倍晋三総裁の三選が決まるのでは?との観測が有力であり、他方、9月30日には、「安倍改憲」を阻止するための3000万人署名の第4次集約日を迎えます。
 以上の状況を踏まえ、私たちは、下記の通り「安保法制」廃止と「安倍改憲」NO!を訴える9・19和歌山集会とデモを行うことを企画しました。平日の夕方ではありますが、1人でも多くの方にご参加いただきたく呼びかけます。
 
 〈呼びかけ団体(順不同)〉
  9条ネットわかやま
  憲法9条を守る和歌山弁護士の会
  戦争をさせない和歌山委員会
  和歌山県平和フォーラム
  和歌山県地方労働組合評議会
  憲法九条を守るわかやま県民の会
  市民連合わかやま
  安保関連法に反対するママの会@わかやま
  安全保障関連法制の廃止を求める和歌山大学有志の会
 
日時 2018年9月19日(水)18:00開会
場所 和歌山城 西の丸広場
内容 
18:00~ 集会
 共同呼びかけ団体からのスピーチなど
 詳細は調整中
18:30~ デモ行進(JR和歌山駅前まで)
☆夜のデモになります。光り物を身に付けて、楽しく元気に訴えましょう!みなさんの力作をお待ちしています。 
    
問い合わせ先
 和歌山県平和フォーラム(TEL:073-425-4180)
 和歌山県地評(TEL:073-436-3520)
 金原徹雄法律事務所(TEL:073-427-0852)
(開催概要 以上)
 
 私が上記呼びかけ文を起案したのは、8月の盆休みに入ったばかりの頃で、当時まだ選挙日程は確定していなかったものの、翁長知事急逝の報には接していたのですから、沖縄への連帯の重要性、知事選が改憲動向に重大な影響を及ぼすことなどに言及すべきだったかと、今になっては思います。
 
 ところで、安保法制が「成立」した2015年9月19日以降、和歌山市で行われた比較的規模の大きな集会としては、以下の2回がありました。
 
2015年9月23日
安保法制(戦争法)廃止を求める9・23和歌山集会
 
2016年9月19日
強行採決から1年 違憲立法・安全保障法制(戦争法)ただちに廃止!和歌山アピール行動
 
 昨年の9月19日(火)はどうだったか?少なくとも私の訟廷日誌には何も書かれていません(前日の9月18日(敬老の日)には、第1回「政治をなおそうデモ」に参加していましたが)。
 
 呼びかけ文やチラシにもあるとおり、「平日の夕方」(から夜にかけて)という、なかなか参加しにくい日程かもしれませんが、
  9月20日 自民党総裁選挙
  9月30日 沖縄県知事選挙
     同日 「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」第4次集約
    10月?   臨時国会召集
という切迫した情勢の中、「安保法制」廃止、「安倍改憲」NO!、そして「辺野古新基地建設」阻止!という市民の意思を大きな力としてアピールするため、是非結集しましょう!
9・19集会&デモ(チラシ)

「キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会」を視聴する~さあ、これからだ

 2018年9月6日配信(予定)のメルマガ金原No.3262を転載します。
 
「キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会」を視聴する~さあ、これからだ
 
 2017年5月3日の「安倍改憲メッセージ」に対抗するため、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション実行委員会」が結成され、「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」(3000万人署名)の取組がスタートしてから1年を迎えました。
 
 昨年(2017年)の9月8日、東京のなかのZERO大ホールで、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」9.8キック・オフ集会が開催され、キャパ1,300弱のホールに入りきれない人がロビーを埋め(1,500人の参加と発表)たことは、すぐに私のブログでも取り上げました(「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」9.8 キック・オフ集会大成功~3000万人署名活動スタート!/2017年9月9日)。
 
 それからほぼ1年、昨日(2018年9月5日)午後6時半から、会場キャパとしてはかなり規模縮小ではありますが、文京区民センター会議室において、安倍9条改憲NO!全国市民アクション実行委員会主催による「キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会」が開かれました(主催者発表の参加者は立ち見も含めて400人)。
 
日時 2018年9月5日(水)18:30~
場所 文京区民センター3A会議室
参加費無料
主催:安倍9条改憲NO!全国市民アクション実行委員会
連絡先:戦争をさせない1000人委員会、憲法9条を壊すな!実行委員会、戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター、九条の会
●講演「安倍9条改憲と臨時国会の課題」
  中野晃一さん(市民連合・上智大学教授)
●報告―各地でこんな取り組みが
 a 信州のあちこちで目標を超えても続く戸別訪問[長野県]
 b 大学の門前で学生によびかける[世田谷区]
 c 街宣隊が駅頭で躍動[東京都]
 d 手紙で広がる平和の思い[埼玉県]
 e 街なかで歌うシスターたち……SISTERsACT[東京都]
●まとめ「対話と工夫で広がる3000万人署名」
  小森陽一さん(九条の会・東京大学教授)
 
 以上が、事前告知(チラシ)に記載された集会の内容です。中野晃一先生による情勢分析を伺った後、各地での3000万人署名への取組事例を報告してもらい、これらを参考に、さらにもう一段、全国での取組を強化したいという主催者の意図がうかがわれると思いました。
 
 この集会の模様は、既にいくつかネット上にアップされていますが、ここでは、その中から「Makabe Takashi」さんによる動画をご紹介しておきます。
 3000万人署名を達成することによって何としても改憲発議を阻止しようと頑張っている各地の皆さんを、さらに勇気付ける集会になったことと思います。是非ご覧ください。
 
キックオフから1年 さようなら安倍政権 めざそう3000万人の署名 9・5集会 2018年9月5日(1時間58分)

冒頭~ 司会 菱山南帆子さん
1分~ 主催者挨拶 高田 健さん(全国市民アクション共同代表)
9分~ 講演「安倍9条改憲と臨時国会の課題」
     中野晃一さん(市民連合・上智大学教授)
57分~ 大村忠嗣さん「信州のあちこちで目標を超えても続く戸別訪問[長野県]」
1時間03分~  角倉よう子さん(世田谷デモスタ)「大学の門前で学生によびかける[世田谷区]」
1時間10分~  ふやふやさん「街宣隊が駅頭で躍動[東京都]」
1時間16分~  伊藤稔さん(さいたま・教職員9条の会)「手紙で広がる平和の思い[埼玉県]」
1時間22分~  大田伊杜子さん「街なかで歌うシスターたち……SISTERsACT[東京都]」
1時間31分~ まとめ「対話と工夫で広がる3000万人署名」
     小森陽一さん(九条の会・東京大学教授)
1時間51分~ 行動提起 小田川義和さん(全国市民アクション共同代表)

憲法尊重擁護義務を土足で踏みにじった安倍晋三内閣総理大臣の訓示(第52回自衛隊高級幹部会同にて)

 2018年9月5日配信(予定)のメルマガ金原No.3261を転載します。
 
憲法尊重擁護義務を土足で踏みにじった安倍晋三内閣総理大臣の訓示(第52回自衛隊高級幹部会同にて)
 
 昨日、西日本を襲った台風21号で被害に遭われた皆さまにお見舞い申し上げます。
 私の住む和歌山市でも、観測史上最も強い最大瞬間風速57.4m/秒を記録しました。私は、昨日は事務所を臨時休業とし(和歌山地裁も前日のうちに期日を変更)、自宅で台風に備えたのですが、秒速50mを超えたかどうかはともかく、建物自体が風でぐらぐら揺すぶられる感覚というのは、そうそう経験するものではありません。
 おかげで、屋根の一部とカーポートが破損し、ケーブルテレビ会社と契約しているインターネットが接続できないという不具合も生じていますが、幸い、私の住むところでは、停電も一瞬だけですぐに回復し、断水もしておらず、ガスはもともとプロパンなので、日常生活に不自由を来していないのが幸いです。
 FB友達の投稿などを見ると、和歌山市内では、今日になっても停電が続く世帯も少なくないようで、関西電力のホームページによると、5日の15時現在で、和歌山県下で未復旧(停電中)の家は、約6万3000軒(兵庫や京都より多いし奈良や滋賀とは1桁違う)とか。
 やはり、それだけ強風が吹き荒れたということなのでしょう。
 
 このような大きな災害に見舞われなければ、もう少しは注目を浴びたかもしれないニュースがあったのにお気づきの方はおられたでしょうか?
 
毎日新聞 2018年9月3日11時31分(最終更新9月3日15時10分)
安倍首相 自衛隊幹部を前に憲法改正に意欲
(抜粋引用開始)
 安倍晋三首相は3日、防衛省で開かれた自衛隊高級幹部会同で訓示し、「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整えるのは、今を生きる政治家の責任だ。私はその責任をしっかり果たしていく決意だ」と述べた。憲法に自衛隊の存在を明記する改正に取り組む考えを改めて示した形だ。
 会同は毎年行われており、今回は自衛隊幹部ら180人が出席した。首相は、自衛隊の西日本豪雨への対応などをたたえた上で「自衛隊員の歩みを振り返ると、心ない批判にさらされ、悔しい思いをしたこともあったかもしれない。自衛隊の最高指揮官、同じ時代を生きた政治家として、じくじたる思いだ」と述べた。具体的には言及しなかったが、憲法改正への意欲をにじませた。
(略)
(引用終わり)
 
産経ニュース 2018.9.3 21:36
【憲法改正】共産・小池晃書記局長、首相の自衛隊訓示を批判 「憲法尊重擁護義務を踏みにじる暴言」
(引用開始)
 共産党の小池晃書記局長は3日の記者会見で、安倍晋三首相が自衛隊高級幹部会同で「全ての自衛隊員が強い誇りをもって任務を全うできる環境を整える」と訓示したことに関し「憲法9条に自衛隊を明記する自らの主張を述べた。憲法尊重擁護義務を土足で踏みにじる暴言だ」と批判した。立憲民主党の枝野幸男代表は同日の会見で「自衛隊員が誇りを持てるように環境を整えるのは全く同感だ。ことさら憲法につなげる方が不自然だ」と語った。
(引用終わり)
 
 実際、「しんぶん赤旗」は別として、マスメディアで、3日の安倍首相「訓示」が、日本国憲法99条の憲法尊重擁護義務に違反すると指摘したところは(私が探したところでは)見当たらず、わずかに小池晃共産党書記局長の記者会見における発言を紹介したのは、産経と東京新聞共同通信の記事を配信した地方紙くらいでしたかね。
 
 なお、産経が紹介した枝野幸男立憲民主党代表のコメント(これも記者会見での発言)は、要約の仕方がまずいのか、ほぼ意味が通じないと思いますので、会見動画をご紹介しておきます。
 この7分55秒~が産経が紹介した部分ですが(質問はその前から)、結論として「お答えを差し控えるべきだと思います。」と言っていますね。
 
 それから、明確に安倍首相の憲法尊重擁護義務違反を批判した、9月3日の小池晃日本共産党書記局長の定例会見の動画もご紹介しておきます。記事で引用されているのは、冒頭から2分30秒ころまでの部分です。
 
大企業内部留保経済のゆがみ進行(18分)

 
 さて、数少ないながら、毎日や産経の記事を読み、小池書記局長や枝野代表の会見動画を確認したら、当然、安倍晋三首相による自衛隊高級幹部会同での「訓示」そのものを読んでみたくなりますよね。批判するにせよ、賞賛するにせよ(私が賞賛するはずがありませんが)、無視するにせよ、いずれにしても、報道が伝えるところを鵜呑みにせず、可能な限りの裏付けを取るべきは当然です。実際、枝野代表は、会見までの間に「訓示」を読んだ上で、「無視する」ことに決めた可能性があります。
 
 もっとも、その裏付けが困難を極めることもあるのですが、首相が公式の場で行った訓示ですから、首相官邸ホームページの「総理の演説・記者会見など」に掲載されているのではないか?というのが、まず真っ先に当たりをつけるべき先です。
 で、どうだったかと言うと、ありました。しかも、動画付きで。
 全文は引用先で読んでいただくとして、日本国憲法99条による公務員の憲法尊重擁護義務との関連で注目すべき部分のみ引用します。
 
平成30年9月3日
第52回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示
(抜粋引用開始)
 本日、我が国の防衛の中枢を担う幹部諸君と一堂に会するに当たり、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、一言申し上げたいと思います。
(略)
 つねに国民の心を自己の心とし、一身の利害を越えて公につくす。50年以上受け継がれる自衛官の心構えの精神を実践し、国民の負託に全力で応える諸君を、私は大変頼もしく誇りに思います。
 国民のために命をかける。これは全国25万人の自衛隊員一人一人が自分の家族に胸を張るべき気高き仕事であり、自分の子や孫たちにも誇るべき崇高な任務であります。
 幹部諸君。それにもかかわらず、長きにわたる諸君の自衛隊員としての歩みを振り返るとき、時には心無い批判にさらされたこともあったと思います。悔しい思いをしたこともあったかもしれない。自衛隊の最高指揮官、そして同じ時代を生きた政治家として、忸怩(じくじ)たる思いです。
 全ての自衛隊隊員が、強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは、今を生きる政治家の責任であります。私はその責任をしっかり果たしていく決意です。
(略)
 幹部諸君。国民の命と平和な暮らしを守るという重責をかみしめ、気骨を持ち、前例にとらわれることなく絶えず自らを変革し続けることで、この難局に立ち向かってください。私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、ますます精励されることを切に望み、私の訓示といたします。
                          平成30年9月3日
                          自衛隊最高指揮官
                     内閣総理大臣 安倍 晋三 
(引用終わり)
 
 さて、小池晃書記局長が「憲法尊重擁護義務を土足で踏みにじる暴言である」と批判したその前提をおさらいすると、以下のとおりかと思います。
 
前提1 9月3日の自衛隊高級幹部会同における安倍首相の訓示の内、上記引用部分において、「私はその責任をしっかり果たしていく決意です。」とあるのは、安倍首相自身による昨年5月3日のいわゆる「安倍改憲メッセージ」をきっかけとして、自民党憲法改正推進本部がとりまとめた改憲4項目のうちのいわゆる9条1項、2項を存置して自衛隊を明記するという「憲法改正を実現する決意です。」という意味であることは、訓示を聴いていた高級幹部自衛官はもとより、誰にでもそうだと分かるものである(そうとしか解釈のしようがない)。
 
前提2 日本国憲法99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」という規定は、内閣総理大臣が、その立場において(その職務を行うにあたって)、憲法を改正すべきという意見を述べることを禁止している。
 
 小池晃書記局長は、以上の2つの前提は優に満たされており、許しがたい発言であると批判したのであり、枝野幸男代表は、この首相発言にこだわって批判しても、得るものはないと見切ったということではないかと思います。
 
 それでは、私自身の考えはどうかといえば、もちろん、小池書記局長の意見に同意します。
 
 まず、前提1についてですが、ここで、昨年5月3日、「第19回公開憲法フォーラム」(主催:民間憲法臨調、美しい日本の憲法をつくる国民の会)に送った安倍晋三自民党総裁のビデオメッセージを振り返っておきましょう。
 
憲法9条に第三項を追加しては…?安倍晋三自民党総裁メッセージ(9分41秒)

3分12秒~「例えば、憲法9条です。今日、災害救助を含め、命懸けで、24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が、今なお存在しています。「自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任です。
 私は、少なくとも、私たちの世代の内に、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきである、と考えます。
 もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと、堅持していかなければなりません。そこで、「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは、国民的な議論に値するだろう、と思います。」
 
 これと、「訓示」を読み比べてみれば、これが「同一のことを言っている」という解釈のどこにも不自然、不合理な点はないと思いますけどね。
 
 あと、前提2について言えば、安倍内閣は、昨年の1月及び2月、民進党(当時)の逢坂誠二衆議院議員の質問主意書に対し、「政府としては、憲法第九十九条は、日本国憲法が最高法規であることに鑑み、国務大臣その他の公務員は、憲法の規定を遵守するとともに、その完全な実施に努力しなければならない趣旨を定めたものであって、憲法の定める改正手続による憲法改正について検討し、あるいは主張することを禁止する趣旨のものではないと考えている。」と明言していることは踏まえておくべきでしょう(安倍内閣は「憲法99条は内閣総理大臣が憲法改正を主張することを禁止する趣旨のものではない」と断定した/2017年2月18日)。
 
 しかし、今回の発言は自衛隊高級幹部会同での「訓示」ですからね。国会で改憲議論を促す、というシチュエーションとは相当に異なっています。
 第一、この「訓示」を聞かされた高級幹部自衛官は、みんなあの「服務の宣誓」を行って自衛隊員になったはずなのですから。安倍首相がそのことに思いを致していたとは到底思えませんけど。
 
 (一般の服務の宣誓)
第三十九条 隊員(自衛官候補生、学生、生徒、予備自衛官等及び非常勤の隊員(法第四十四条の五第一項に規定する短時間勤務の官職を占める隊員を除く。第四十六条において同じ。)を除く。以下この条において同じ。)となつた者は、次の宣誓文を記載した宣誓書に署名押印して服務の宣誓を行わなければならない。自衛官候補生、学生、生徒、予備自衛官等又は非常勤の隊員が隊員となつたとき(法第七十条第三項又は第七十五条の四第三項の規定により予備自衛官又は即応予備自衛官が自衛官になつたときを除く。)も同様とする。
    宣 誓
 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。
 
 以上、いずれの観点からしても、今回の安倍晋三首相による「訓示」は、憲法99条違反でしょう。
 もっとも、安倍首相やスピーチライターが、ついうっかりしていた、というはずはないでしょうから、これは確信犯と思わざるを得ません。
 憲法53条に基づく臨時会召集決定を請求されながら、任期中、2度にわたって無視し続けた内閣総理大臣ですから、99条など眼中にないのでしょう。枝野幸男立憲民主党代表が「お答えを差し控えるべきだと思います。」として、事実上スルーした気持ちも分からないではありません。
 けれども、私としては、この問題については、小池晃日本共産党書記局長の態度の方を支持すべきだと思います。
 「憲法を守る気のない者に憲法改正を語る資格はない」という当たり前のことは、たとえ相手が聞く耳を持たないとしても、言い続けるしかないでしょう。
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/自衛隊員の服務宣誓関連)
2013年8月29日
2014年7月3日
2015年5月31日
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/立憲主義と憲法尊重擁護義務)
2012年5月3日(2013年1月26日に再配信)
2012年5月3日(2013年1月26日に再配信)
2013年4月3日
2013年4月3日
2014年9月27日
2017年2月18日

アーサー・ビナードさん講演「知らなかった、ぼくらの沖縄」(2018年8月31日)を視聴する

 2018年9月4日配信(予定)のメルマガ金原No.3260を転載します。
 
アーサー・ビナードさん講演「知らなかった、ぼくらの沖縄」(2018年8月31日)を視聴する
 
 巻末のリンク一覧をお読みいただければ分かるとおり、過去数年、少なくとも年に1度は、アーサー・ビナードさんの講演動画をご紹介してきました。
 私が、直接ビナードさんのお話を伺ったのは、2011年7月9日、和歌山地域地場産業振興センター(当時)5階ホールで開催された核戦争防止和歌山県医師の会主催による講演会「夏の線引き─アメリカからピカドンを見つめて─」だけですが、新鮮な視点、深い含蓄、的確な言葉の選択に感銘を受け、年に一度はビナードさんの講演がどうしても聴きたくなってきて、ネット検索をするのが癖になってしまいました。
 
 今日ご紹介するのは、8月31日に、日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)池袋本部8階において開催されたビナードさんの講演「知らなかった、ぼくらの沖縄」の模様であり、UPLAN(三輪祐児さん)に動画がアップされていました。
 これは、一般社団法人日本社会連帯機構が主催する「第2回 ふくろう社会連帯カレッジ 地域の底から、社会をかえる」の第2回という位置付けです。
 ちなみに、第1回から第6回までの内容は以下のとおりです。
 
第1回 2018年7月25日
 「人口減少時代の社会デザイン」 平川克美さん
第2回 2018年8月31日
 「知らなかった、ぼくらの沖縄」 アーサー・ビナードさん
第3回 2018年9月25日
 「平成の終わりと《国体》の運命」 白井 聡さん
第4回 2018年10月24日
 「グローバルからローカルへ “幸せの経済”の時代が来た」 辻 信一さん
第5回 2018年11月28日
 「雇用なしで生きる-スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦」 工藤律子さん
第6回 2018年12月18日
 「「共に生きる」社会を-川崎ヘイトスピーチ根絶をともに」 崔江衣子さん  
 
 このような連続講座の企画が、1月前や2月前に決まるとは思えませんから、沖縄県をめぐる最近の情勢、翁長知事による辺野古沖埋立承認の撤回方針の発表、それから2週間足らずでの翁長知事の急逝、玉城デニー衆議院議員の立候補表明、副知事による埋立承認の撤回などのかなり前に、主催者からビナードさんに依頼がなされ、ビナードさんも講演の内容についての構成を考えてこられたことと思います。
 実際、講演の中では、来る9月30日に行われる沖縄県知事選挙についての直接の言及は(多分)なく、間接的に、本土では不可能になっている「争点の設定」がかろうじて沖縄の選挙では機能しているという文脈で語られただけです(動画の1時間16分~頃)。そして、その言及の中で、名護市長選挙における現職の敗北についての意見は、おそらく発言するビナードさんご自身も含め、心が痛む内容でした。
 
 それでは、是非じっくりとアーサー・ビナードさんの講演に耳を傾けてください。
 
20180831 UPLAN アーサー・ビナード「知らなかった、僕らの沖縄」(2時間00分)

 
(弁護士・金原徹雄のブログから/アーサー・ビナードさん関連)
2011年7月9日(2013年7月6日に再配信)
アーサー・ビナード氏講演会(in和歌山市)レポート/2011年7月9日
2013年7月7日
7/2アーサー・ビナード氏講演会「ヒロシマとフクシマとどっちが遠い?」(in岡山市)
2013年8月16日
スナメリチャンネルが伝えた8月の広島(アーサー・ビナードさん講演会&中国電力前アピール)
2013年9月5日
アーサー・ビナードさん 祝島への旅(スナメリチャンネル)
2014年9月5日
アーサー・ビナードさんの講演は面白くて為になる~9月2日・岡山から(付記・足立力也さんによる「消極的平和と積極的平和」)
2015年1月8日
殺すな!殺されるな!~福島菊次郎さんとアーサー・ビナードさんの対話(in多摩市)
2016年5月16日
早稲田の杜から「Democracy Strikes Back!! 民主主義の逆襲」(5/15)
※高畑勲さんとアーサー・ビナードさんの対談が聴けます。
2017年1月30日

ゆいま~る和歌山「ハイサイちゅらフェスタ」(2018年9月24日@和歌山ビッグ愛1F展示ホール)のご案内

 2018年9月3日配信(予定)のメルマガ金原No.3259を転載します。
 
ゆいま~る和歌山「ハイサイちゅらフェスタ」(2018年9月24日@和歌山ビッグ愛1F展示ホール)のご案内
 
 昨日(9月2日)、和歌山ビッグ愛1階展示ホールで開催された「こどもピースフェスタ2018」には、最初のうち50分ほどしかいられなかったのですが、とても素晴らしい内容に感激しましたので、次の用事に出かけるまでの短い時間を利用し、事務所で「速報」をFacebook(とそれを転載した第2ブログ)にアップしました。
 
DSCN3784 今日お届けするのは、その「こどもピースフェスタ2018」に出展していた「ゆいま~る和歌山」のブースに「9月24日(月・祝)沖縄まつり!!チラシもらってね⇒」という紙ボードの横に、チラシが積み上げられていましたので、貰ってきたものをご紹介しようとするものです。
 そういえば、Crowfield(クロウフィールド)の烏野政樹さんが、7月29日の「第二回 LOVE&PEACE LIVE 和歌山~平和を祈るコンサート」でこのフェスタのことを案内されていましたね。その名も「ハイサイちゅらフェスタ」、会場は「こどもピースフェスタ2018」と同じ和歌山ビッグ愛1階展示ホールです。
 
 「ゆいま~る和歌山」が主催するイベントをこのブログでご紹介するのは、たしかこれが2回目になると思います。
 前回は、昨年10月14日(土)に和歌山市中央コミセンで開かれた「沖縄とともに生きる やんばるの生命の話」(講師:宮城秋乃さん)をご紹介したのでした。
 
2017年9月22日
 
 前回の記事は、松永久視子さんからお知らせいただいてブログに取り上げたのですが、そこで、私は以下のように書いていました。
 
(引用開始)
 松永さんから、今回の講演会開催に至った経緯を説明するメールを送っていただいたのですが、最初の構想では、3月11日前後に開催している「フクシマを忘れない!原発ゼロへ 和歌山アクション」や5月3日開催の「HAPPY BIRTHDAY 憲法 in Wakayama」の「沖縄版」を企画できないか?というところから検討が始まったらしいのですが、さすがにいきなり大規模なフェスタは難しいということで、第1回企画は講演会ということになったようです。
 その第1回の講師として、チョウ類研究者の宮城秋乃さんを招き、さらに講演会の翌日には、海南市のわんぱく公園で「親子自然観察会」も開くというところに、松永さんをはじめとする企画運営委員(と言うのでしょうか?伝え聞くお名前は、以前からよく存じ上げており、とても信頼できる方々ばかりです)の皆さんの、かねてから沖縄の基地問題について関心が高い層の人たちだけではなく、自然が好き、生き物が好き、という多様な人に関心をもって参加してもらいたいという熱い思いが感じられます。 
(引用終わり)
 
 昨年の宮城秋乃さんによる講演会も充実した内容でしたが、いよいよ当初の目標であった、様々な人たちが沖縄への思いを持ち寄るフェスタ開催に至ったということのようです。
 以下に、チラシの記載情報を転記してご紹介します。
 
チラシから文字情報を引用開始)
沖縄に心を寄せて―ゆいま~る和歌山
 
とっぷり沖縄
イ ちゅら フェスタ
 
2018年24日(月・祝)午前11時~午後4時
県民交流プラザ 和歌山ビッグ愛 1階展示ホール
 
入場無料
 
記念講演(午後1時~2時)
映像とお話し 写真家が伝えたい沖縄
  講師 森住 卓 氏(もりずみ・たかし/写真家)
【プロフィール】
■フォトジャーナリスト ■1999年 週刊現代「ドキュメント写真大賞」 第5回平和協同ジャーナリスト基金奨励賞 ■2000年 日本ジャーナリスト会議特別賞受賞等を受賞 著書多数 ■米軍基地や環境問題をテーマに取材活動を行っている
 
ブース出店
沖縄の美味しい飲み物、食べもの 沖縄物産の販売
◎サーターアンダギー ◎ラフティー ◎アンダンスー ◎ちんすこう ◎シークァーサー ◎カステラかまぼこ ◎泡盛 他いろいろ
 
ステージ
沖縄エイサー  琉風会
唄三線  ぐりことゆうこ
琉球舞踊  和歌山かりゆし会
うたごえオールスターズ
森本商店
クロウフィールド
唄三線 沖縄民謡三線サークル
最後はカチャーシーで!!
 
主催/ゆいま~る和歌山
連絡先/和歌山市小松原通3-20 県教育会館内
電話/090-8481-0553(松永) メール/kokekumi86@yahoo.co.jp(松永)
(引用終わり)
 
 記念講演の講師である写真家の森住卓(もりずみ・たかし)さんは、写真家、というよりはフォトジャーナリストとお呼びすべきかもしれませんが、これまでも、イラク、チェルノブイリ、福島などを通して、核被害を訴える様々な著作を刊行されている一方、沖縄に取材した作品も多数刊行されています。
 
 その森住さんが、今年の7月15日に京都市で行われた講演の模様が、IWJで全編視聴できます。そういえば、ゆいま~る和歌山の花田惠子さんがこの講演を聴きに行かれたと、花田さんのFacebookで読んだような記憶が。
 
 
 是非、多くの方に参加していただきたいと思い、ご紹介しました。
 
 最後に、どうでもよいことですが、なぜ「ゆいまーる和歌山」ではなく「ゆいま~る和歌山」なのか?疑問に思いませんか?
 おそらく、和歌山市に「ゆいまーる」という沖縄料理店が既にある(ネット検索では和歌山市中島383-33とか)ので、遠慮した(?)ということではないかと思います(あてにはなりませんが)。 

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テレメンタリーとNNNドキュメントが9月に取り上げる西日本豪雨災害

 2018年9月2日配信(予定)のメルマガ金原No.3258を転載します。
 
テレメンタリーとNNNドキュメントが9月に取り上げる西日本豪雨災害
 
 各放送局のドキュメンタリー番組枠では、例年8月になると、「平和と戦争を考える」番組が増える傾向があります。
 実際、そのような番組を紹介しただけの私の以下のブログに結構なアクセスが集まったのも、一種「風物詩」的な習慣のなせるわざかもしれません。
 
2018年7月16日
2018年8月3日
 
 そして、酷暑の8月も終わり、昨日から9月に入りました。
 その昨日、9月1日が「防災の日」だからでしょうか、何だか「災害」関連の番組が増えてくるような気がするのは気のせいでしょうか?
 例えば、昨日放送された以下の番組などは、一連のシリーズの1本ではあるものの、明らかに「防災の日」に合わせての編成でしょう。
 
NHK総合TV 2018年9月1日(土)午後9時00分~9時49分 
NHKスペシャル「MEGAQUAKE  南海トラフ巨大地震  迫りくる“Xデー”に備えろ」
 
 ただ、今日ご紹介するテレメンタリー(テレビ朝日系列)2本とNNNドキュメント(日本テレビ系列)1本が、いずれも「西日本豪雨」(政府は「平成30年7月豪雨」と呼称することにしているようですが)を取り上げているのは、取材の成果を番組として作り上げるのに必要な時間をかけると、自然に9月になったということなのでしょう。
 以下に、その3本の番組案内をご紹介しますが、まことに申し訳なにのは、テレメンタリーの1本目「「検証・西日本豪雨[1] 道は濁流になった~カメラが捉えた広島豪雨災害~」が、テレビ朝日や朝日放送テレビ(大阪)などでは、今日の早朝に放送が終わってしまっているということです。実は、番組ホームページを閲覧して気がついたのが昨夜のことで、ブログのアップが間に合いませんでした(私自身は録画しましたけど)。
 ただ、テレメンタリーについては、系列局によって放送時間がばらばらで、まだこれから放送される局もあるようなので、あえてこのブログでもご紹介しました。
 いつ何時、我が身に降りかかるかもしれない豪雨災害について、真剣に考えるきっかけとしたいものです。
 
テレビ朝日 2018年9月2日(日)午前4時30分~5時00分
朝日放送テレビ 2018年9月2日(日)午前4時55分~5時25分
メ~テレ 2018年9月6日(木)午前4時29分~4時55分
テレメンタリー2018「「検証・西日本豪雨[1] 道は濁流になった~カメラが捉えた広島豪雨災害~」
(番組案内から引用開始)
7月、西日本を襲った豪雨災害。
広島県では死者が100人を超えている。
広島市・矢野地区にある防犯カメラはいつもの道が濁流に覆われ、車がなす術なく流れていく様子を捉え続けていた。
その上流で発生していた土石流。
どのように発生し、流れ出したのか。防ぐことはできなかったのか。
専門家のシミュレーションで当時何が起きていたかを検証する。
濁流に巻き込まれながら助かった運転手の証言やドライブレコーダーの映像も確認し、想定外の災害に私たちがどう向き合うべきかを考える。
ナレーター:風見しんご
制作:広島ホームテレビ
(引用終わり)
 
テレビ朝日 2018年9月9日(日)午前4時30分~5時00分
朝日放送テレビ 2018年9月9日(日)午前4時55分~5時25分
メ~テレ 2018年9月13日(木)午前4時29分~4時55分
テレメンタリー2018「検証・西日本豪雨[2] ダムに沈められた町」
(番組案内から引用開始)
死者5人を出した愛媛県西予市野村町。甚大な被害の理由は清流・肱川の氾濫だ。町の広範囲を津波のような水が襲った。
被災者の1人は「殺人だ!」と訴える。
氾濫は町の上流にある「野村ダム」の“緊急放流”直後に起きた。町が避難指示を出したわずか1時間後、ダムは避難の状況を確認せず緊急放流を始め、瞬く間に町の広範囲が水没した。
避けることが出来なかった被害なのか?それとも“人災”か?
水没した町で見えたもの…ダムによる治水の限界とは。
ナレーター:奥田民義
制作:愛媛朝日テレビ
(引用終わり)
 
日本テレビ系列 2018年9月10日(月)午前0時55分~1時25分(9日深夜)
NNNドキュメント’18「すべて土砂に埋まった...西日本豪雨 奪われた暮らし」
(番組案内から引用開始)
西日本豪雨から2カ月。広島県の被災地ではいまだ土砂、巨大な岩が目立つ。自宅裏の山が崩れ、自宅が全壊した老夫婦。自宅の片づけをしながら住み続けるかどうか悩む日が続く。1歳の娘を抱え避難所生活を送る夫婦。妻は妊娠9カ月。慣れない環境の中、育児、出産の準備にあたる。2次災害も懸念される中、元の場所に住み続けるのか。それとも新たな生活を始めるのか。被災者の苦悩に迫る。【制作:広島テレビ】
再放送 
9月16日(日)11:00~ BS日テレ
9月16日(日)5:00~/24:00~ CS「日テレNEWS24」

(引用終わり)

玉城デニー氏による沖縄県知事選挙への出馬表明(2018年8月29日)を視聴する(冒頭発言部分文字起こし)

 2018年9月1日配信(予定)のメルマガ金原No.3257を転載します。
 
玉城デニー氏による沖縄県知事選挙への出馬表明(2018年8月29日)を視聴する(冒頭発言部分文字起こし)
 
 8月8日に急逝された翁長雄志(おなが・たけし)知事の後任を選ぶ沖縄県知事選挙は、9月13日告示、同月30日投開票に向けて、自民党・公明党・日本維新の会が推薦する佐喜真淳(さきま・あつし)前宜野湾市長と、自由党幹事長の玉城デニー(たまき・でにー)衆議院議員による事実上の一騎打ちの構図となりました。
 
 今回の選挙は、多くの人がそのように感じていることでしょうが、単に沖縄だけにとどまらない、日本という国にとっての大きな分岐点となる選挙だと思います。
 間近くは、沖縄県知事選の10日前に行われる自民党総裁選挙の結果、下馬評通り安倍晋三氏の三選が決まれば、かねての公言に従い、秋の臨時国会における改憲発議に向けてアクセルが踏み込まれることでしょう。
 そして、自民・公明・日本維新の会という沖縄県知事選挙の共闘枠組によって佐喜真候補の当選という結果が生じれば、この3党共闘がそのまま臨時国会で改憲発議を目指す政治勢力の枠組として機能することが容易に想定されます。
 
 さらに、今度の選挙は、実際に立候補するのは玉城デニー氏と佐喜真淳氏ですが、実態としては、「翁長雄志知事」対「安倍晋三首相」の闘いではないのか、という気がしています。
 沖縄の自民党を代表する政治家であった翁長知事が、早過ぎる晩年に到達した政治家としての境地と、6年近くにわたって日本の中央政界に君臨する安倍首相という、共にある意味「希有」な二人の政治家の在り様が比較され、評価される選挙ではないかと思っているのです。
 もちろん、これは選挙権を持たない県外の人間だからこそ述べられる無責任な感慨でしょうが、ここ数年、「安倍晋三」的なるものに真に対峙し得た日本の政治家に誰がいたろうか?と振り返った時、私には、「志位和夫」でも「枝野幸男」でもなく、「翁長雄志」という名前が真っ先に浮かんでくるのです。
 その翁長知事が病に倒れたことは痛恨の極みですが、翁長知事の死が、沖縄の、そして日本の政治状況を大きくゆさぶる可能性はまだ残されていると思います。
 
 その翁長知事の事実上の後継指名を受けた玉城デニー氏は、去る8月29日、那覇市において沖縄県知事選挙への出馬を表明し、記者会見を行いました。
 その冒頭において、出馬に至った経緯や選挙戦に臨む基本方針について、かなり長い時間を費やしたスピーチを行いました。
 翁長知事の肉声による後継指名が伝えられてから、29日の出馬表明に至るまでの間に相当練り上げられており、翁長知事に対する深いリスペクトを基盤としつつ、自らのカラーも大仰にではなく盛り込んだ、素晴らしい出馬表明であったと思います。
 
 動画については、ネットでいくつか見つかりますが、お薦めはIWJです。幸い、全編無料で視聴できます。
 実は、画質・音質とも、最も優れていると思ったのは、EACI(東アジア共同体研究所/鳩山友紀夫理事長)琉球・沖縄センターによる動画なのですが、まことに残念ながら、これは(冒頭発言の部分も)編集短縮版なのですよね。質疑部分はともかく、せめて冒頭発言だけでも全編アップして欲しかった。
 
 ところで、この出馬表明(冒頭発言)については、IWJしんぶん赤旗に「全文」が掲載されていました。ただ、動画と照らし合わせてみると、いずれも「完全再現」とはなっていませんでしたので、相当に手間がかかりましたが、両者のハイブリッド版にさらに私が修正を加えましたので、ほぼ完全再現に近い文字起こしになったのではないかと思います(まだ自信のない箇所もあることはあるのですが)。

 なお、このスピーチについては、
著作権法40条1項「公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条第一項において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。」により、著作権フリーとして取り扱っています。
 
 それでは、玉城デニー氏の沖縄県知事選挙への出馬表明を、見て、聴いて、読んで、味わってください。
 
IWJ「翁長知事の意志を引き継ぎ、辺野古新基地建設阻止を貫徹する」!故翁長知事からの「後継者」指名を受け、玉城デニー氏が沖縄県知事選へ出馬正式表明! 2018.8.29
記事公開日:2018.8.29 取材地:沖縄県 テキスト動画
 
玉城デニー氏、沖縄県知事立候補表明記者会見(8分23秒)

 
[出馬表明の文字起こし/冒頭のウチナーグチによる挨拶は省略]
 本日ここに、沖縄県知事選挙出馬への決意を表明致します、玉城デニーです。
 期せずして沖縄県知事選が早まることとなり、今、私自身がここに自らの意思を示すことの意味を重く、深く、考えております。
 沖縄が歩んできた、歩まされてきた道は厳しく険しいものでした。この島に生まれた一人のウチナンチューとして、先人たちの血と汗が滲む、この島の太陽と風を体一杯に受けて育った者として、今、たじろがずに前を向いて踏み出す時が来たことを、私、玉城デニーはしっかりと受けとめています。(拍手)
 何より、この決意が県民と共にあるものと確信しています。(拍手)
 ウチナンチューが心を一つにして闘う時には、想像するよりも遥かに大きな力になる。今月11日に奥武山陸上競技場で開かれた県民大会で、翁長雄治(おなが・たけはる)さんは、自らの父である翁長雄志(おなが・たけし)県知事が繰り返し語った言葉を紹介してくれました。
 県民が心を一つにすることを深く望み、県民が持つ力を誰よりも信じ、揺らぐことのない自らの決意がいつも県民と共にあることを、最後の瞬間まで命がけで、私たちに発し続けた知事の強さ、その思いは県民の胸の奥に確かに静かに刻まれています。その知事の強さ、優しさ、沖縄への愛情は、ここにいる私の背中を押し、決意と覚悟をもたらしてくれている、そう感じています。
 しかし一方で、知事が誰よりも望んでいた、心を一つにすることへの心ない攻撃があることを強く指摘しなければなりません。それは、民意を、地方自治を踏みにじる形で、辺野古新基地建設を強行する、この国の姿です。
 県の再三の指導にも従わず、既成事実を積み上げることで県民の諦めを狙い、一方では基地と沖縄振興を敢えて絡ませて揺さぶり、県民の中に対立と分断を持ち込もうとします。
 法令解釈を都合良く変えて、手続きを踏み倒すことに腐心する国のやり方は、法治国家といえるのでしょうか。故郷の海を守ろうと声を上げる人々を実力で排除するやり方は、はたして民主主義の姿なのでしょうか。
 しかし、これら政府が作り出す印象操作に私たちウチナンチューはひるむことなく団結し、一つ一つ乗り越えてきました。最新の世論調査において、辺野古建設を不支持とする人が全国で44%にのぼり、支持を上回りました。
 保守政治家であった翁長知事が、自ら先頭に立って、沖縄の過重な基地負担の在り様を国民に問い、全国知事会で日米地位協定の不平等を知らせ、「この先、何十年もこれで良いのか」と、「主権国家としてこれで良いのか」と、「この国はこれで良いのか」と発信し続けてきたことで、やっと浸透し始めてきたのではないかと思います。
 政権の冷ややかな仕打ちに直面しようともたじろがず、ウチナンチューの誇りをもって臨んだ知事の勇気と行動が、少しずつ、少しずつ国民の関心を呼び覚ましているのです。
 数の力を頼みにした、そんな政権の手法が次第に綻びつつあることを、国民、有権者は気づき始めています。今回の世論調査に、その意識の現われを共感として私たちも感じ取ることが出来ます。その中において知事の最たる意志であり、手続きの中にある埋立承認の撤回を、私、玉城デニーは全面的に支持して参ります。(拍手)
 行政判断を待つ中ではありますが、来る県政において私は、しっかりと翁長知事の遺志を引き継ぎ、辺野古新基地建設阻止を貫徹する立場であることをここに表明いたします。(拍手)
 あわせて、やりたい放題に飛ぶヘリの下で、子どもたちは怯えながら授業をし、校庭に作ったシェルターに避難させられている。そんな日常の風景を放置することはもはや許されません。
 「いい正月を迎えられる」と言って埋立承認をした仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)元知事に、政府が約束した普天間基地の運用停止は来年2月で5年の期限を迎えます。これまで、何らの実効性ある取り組みを示さず、挙句、返還が進まない責任を翁長知事になすりつける。世界一危険と認めながら、その危険を放置し続けているのは、一体誰なのでしょう。こんな政治の堕落を認めていいはずがありません。一日でも一秒でも速やかに普天間飛行場を閉鎖し、返還をなすよう国に強く要求します。(拍手)
 さて、次の知事は、その任期中に復帰50年を迎えることになります。新しい沖縄の姿をどうやって県知事選挙で県民の皆さんにしっかり示していけるのか。従来の、東京とのパイプを強調した時代から、沖縄の存在感と可能性は今や格段に上がっています。アジアをはじめ世界に開かれた沖縄へと力強く羽ばたいています。
 翁長知事は、「21世紀ビジョン」、「アジア経済戦略構想」を強力に推進しました。遠い目標と思われた観光客数はもう一千万人を目の前にしています。国税への沖縄の貢献は、3000億円を超えています。
 また、子供の貧困対策は翁長県政が柱として肝いりで進めた政策でした。全国初の実態調査を実施し、子どもたちを取り巻く困難さを具体的に把握できたことで、官民あげての取り組みが格段に拡がりました。
 「県民の生活が第一」、この言葉は、私の政治活動における最も大事な理念であり、「イデオロギーよりアイデンティティ」の言葉は、翁長知事から受け継いだ大切な理念です。私は、子どもや女性、若い人たちにうんと力を注いでいきたいと思います。人材育成にも力を入れたい。沖縄で育まれた文化を、芸能を、世界へ向けてもっともっと発信したい。地元の企業を大切にし、働く皆さんの笑顔を増やし、ユイマール(相互扶助)のチムグクル(精神)で自立と共生の沖縄を目指してまいります。(拍手)
 翁長カラーにデニーカラーをプラスしていきながら、全ての県民が自分の夢を持てるよう、その方向性を支えていけるよう、皆さんと協力して政策を練り上げて参ります。今、翁長知事の政策を点検している段階です。私の思いと県民が求めている政治への思いを、そこへ結んで、皆さんと共に歩いていければと思っています。
 このかけがえのない島の未来を、誰でもなく自分たちの手で作り出していく。生まれてくる子どもたち、明日を担う若者たちに平和で真に豊かな沖縄、誇りある沖縄、新時代沖縄を託せるよう、私、玉城デニーは全力疾走で頑張ります。ありがとうございました。(大きな拍手)
 
(付記1 8月31日 沖縄県が辺野古埋め立て承認を撤回)
(引用開始)
記者会見 副知事読み上げ
(埋立承認取消し(撤回)について)
 普天間飛行場代替施設建設事業に係る公有水面埋立承認について、本日、当該埋立承認を取り消しました。
 県は、これまで、承認後に生じた事由として、埋立承認に附した留意事項や環境保全措置に関する問題点等について、法的な観点から慎重に検討を行ってきたところですが、こうした問題点等は、取消処分の原因となる事実に該当すると判断し、本年8月9日に、沖縄防衛局に対し、聴聞を実施したところです。
 聴聞手続きにおいて、沖縄防衛局は、意見書と証拠書類を提出し、行政庁に対して質問を行った上で、意見書に沿って意見を陳述したところです。
 聴聞の結果については、8月20日に主宰者から、聴聞に係る調書と報告書が提出されましたので、調書の内容と報告書に記載された主宰者の意見について十分に参酌し、予定される取消処分について検討したところです。
 その結果、本件埋立承認については、留意事項に基づく事前協議を行わずに工事を開始したという違反行為があり行政指導を重ねても是正しないこと、軟弱地盤、活断層、高さ制限及び返還条件などの問題が承認後に判明したこと、承認後に策定したサンゴやジュゴ
ンなどの環境保全対策に問題があり環境保全上の支障が生じることは明らかと認められたことなどから、
・公有水面埋立法4条1項1号で規定する「国土利用上適正且つ合理的なること」の承認要件を充足しないことが明らかになったこと
・留意事項1に違反していること
・公有水面埋立法4条1項2号で規定する「環境保全及び災害防止に付き十分配慮せられたるものなること」の承認要件を充足しないことが明らかになったこと
が認められ、県としては、違法な状態を放置できないという法律による行政の原理の観点から、承認取消しが相当であると判断し、本日付けで、沖縄防衛局に対し、公有水面埋立承認取消通知書を発出したところです。
 8月8日に逝去された翁長知事は、平成26年12月の就任から、辺野古新基地建設阻止を県政運営の柱とし、県民のために自らを投げ打ち、まさに命を削り、その実現に向け取り組んできました。
 今回の承認取消しは、辺野古に新基地は造らせないという翁長知事の強く、熱い思いをしっかりと受け止めた上で、埋立承認の取消処分の権限を有する者として、公有水面埋立法に基づき適正に判断したものであります。
 辺野古新基地建設阻止の実現に向け、今後とも全力で対応していく考えでありますので、県民の皆様のご理解とご協力をよろしくお願い致します。
                   平成30年8月31日
                     沖縄県副知事 謝花 喜一郎
(引用終わり)
〇琉球新報動画「沖縄県が埋め立て承認を撤回」(29分)
 
(付記2 8月31日 玉城デニー予定候補者 事務所開き)

(弁護士・金原徹雄のブログから/最近の沖縄関連記事)
2018年7月27日
2018年8月9日
2018年8月16日

締切(9月7日)迫る!日弁連「憲法を詩おう♪コンテスト~あなたの思いをメロディに乗せて」

 2018年8月31日配信(予定)のメルマガ金原No.3256を転載します。
 
締切(9月7日)迫る!日弁連「憲法を詩おう♪コンテスト~あなたの思いをメロディに乗せて」
 
 昨日に続き、2日連続で「憲法とアート」のお話です。
 6月のブログでご紹介したのをご記憶の方もおられるかもしれませんが、日本弁護士連合会が、日本国憲法企画として、「憲法を詩おう♪コンテスト~あなたの思いをメロディに乗せて」として、憲法詩(ポエム)を募集していたのですが、その締切が来週末(9月7日)に迫ってきました。
 
2018年6月11日
 
 企画の詳細は私の上記ブログをご参照いただきたいと思いますし、募集要項については、末尾に再掲しておきますが、簡単に言えば、湯川れい子さん、谷川賢作さん、アーサー・ビナードさん、青井未帆さんら7人の選者が、小学生以下の部、中学生・高校生の部、大学生・社会人の部のそれぞれで金賞、銀賞、銅賞各1名、入選5名をまず選び、その3部門の金賞からさらに大賞1作品が選ばれ、谷川賢作さんによって作曲されるという企画です。
 
 ところが、この【憲法詩(ポエム)募集】について、特に「小学生以下の部」と「中学生・高校生の部」の応募が伸び悩んでいるとの連絡が、日弁連の本企画(所管:憲法問題対策本部)の担当副会長(主任)である阪本康文弁護士(和歌山弁護士会所属)からありました。
 ということで、今日は、和歌山弁護士会事務局から会員宛連絡用メールで「会員の先生方で小中高校生にご案内いただける方がいらっしゃいましたら,是非とも添付ファイルをご活用いただきご案内いただきますようお願い申し上げます。もちろん,応募は小中高校生に限らず,大歓迎とのことです。」という要請があった位です。
※添付ファイルというのは「チラシ兼応募票」のことです。
 
 残念ながら、私には子どもがおらず(もちろん孫もなく)、高校生以下の知り合いも(最近は)とんといないので、Facebookブログで告知・要請する位のことしかできません。
 是非、(ご自身も含めて)1人でも多くの方に応募いただきたく、最後の「拡散」にご協力をよろしくお願いします。
 
 なお、以下に、阪本康文副会長の同じ事務所の同僚である芝野友樹弁護士が、9条ネットわかやまMLに投稿した文章を転載させてもらいます。「憲法詩(ポエム)って、どんなものを書けばいいのか分からない」という人には、とても参考になると思いますので(転載の了解はとっていませんが、その趣旨から考えて、まあいいでしょう)。
 
(2018年8月30日/芝野友樹弁護士の9条ネットわかやまMLへの投稿から引用開始)
現在,日本弁護士連合会では,添付の憲法ポエムの募集をしています。
締切は9月7日です。
小学生以下の部と中・高生の部の応募数が伸び悩んでいるようです。
なお,日弁連副会長の阪本弁護士によれば,ポエムは難しく考える必要はなく,
たとえば,次の「ぞうさん」の歌も,憲法ポエムとして紹介されています。
直接的に憲法をうたう必要はないようです。
ただし,締め切りは厳守ですので,よろしくお願いします。
 
                     
実例
「ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね そうよ かあさんも ながいのよ」
作詞 まどみちお  作曲 團伊玖磨
 
まどみちおさん自身の解説
「ぞうの子は、鼻が長いねと悪口を言われた時に、しょげたり腹を立てたりする代わりに、
一番好きな母さんも長いのよと、誇りを持って答えた。それは、ぞうがぞうとして生かされていることが、すばらしいと思っているからです。」
 
差別に対して、敢然と、誇りを持って、個人(人ではないけど)の尊重を謳いあげる、と。
憲法14条と憲法13条として理解できませんか?
(引用終わり)
 
※金原注 まどみちおさんが「ぞうさん」について語ったという上記の言葉は、結構有名らしいのですが、出典は少し検索しただけでは分かりませんでした。もしかしたら、阪田寛夫さんが書かれた『まどさん』という本(1985年)あたりではないか?と推測したりもするのですが、未確認です。
まどさん (ちくま文庫)
阪田 寛夫
筑摩書房
1993-04

 また、ざっとネット検索していたら、最初にできあがった「ぞうさん」は團伊玖磨作曲ではなかったとか、まどさんの知らないうちに、先輩の童謡作家が作品をNHKに持ち込み、團伊玖磨さんが作曲したとか、その際、先輩が「おはなが ながいね」を勝手に「おはなが ながいのね」に改作したとかいうエピソードが紹介されているサイトがありました(近藤正高「まど・みちお——「ぞうさん」の噓と真実」)。
ただし、裏取りはしていません。
 
 それでは、以下に、【憲法詩(ポエム)募集】要項を再掲しておきます。
 
(引用開始)
「古希」を超え、なお平和と人々の自由、人権を支え続けている日本国憲法。
その理念・役割を評価し、大切さを謳う<憲法詩(ポエム)>を募集します。
大賞受賞作品には曲をつけて<憲法歌(ソング)>にします。広く末永く歌い継がれるものにしたいと思います。みなさんの「日本国憲法への思い・願い・望み」を詩(ポエム)に託して自由に創作してください。
たくさんの応募をお待ちしております!
 
■日本国憲法企画 憲法を詩おう♪コンテスト~あなたの思いをメロディに乗せて~ 募集要項
1 応募規定
テーマ 
「日本国憲法」
自由や人権、平和を支え続ける日本国憲法の理念や役割をテーマに、日本国憲法の大切さをうたう詩(ポエム)を創作してください。
応募資格
どなたでも応募できます
部門   
小学生以下の部、中学生・高校生の部、大学生・社会人の部の3部門
タイトル   
タイトルをつけてください。
文字数   
タイトルを除き300字以内。
作成方法・用紙   
手書き又はワープロ書き、用紙は自由
応募方法   
応募の際は、応募票に住所・電話番号・年齢・氏名・部門を明記し、原稿1枚目の裏面に糊でしっかりと張り付けてください。応募点数に制限はありません。
日本弁護士連合会又は最寄りの弁護士会に提出してください。
※お住まいの地域の弁護士会はこちらをご参照ください。
※応募票は添付をご使用ください。→チラシ兼応募票(PDFファイル;630KB)
募集期間   
2018年5月14日(月)~2018年9月7日(金)必着
応募上のご注意   
・作品は、自己の作品で未発表のものに限ります(他人の作品を一部利用するのも不可)。
・本名による応募としてください。
・応募にかかる費用は応募者の負担とし、応募作品は原則として返却しません。
・応募作品の著作権は日本弁護士連合会に帰属するものとし、本企画および派生企画での各種利用、弁護士会作成の冊子等への掲載、ホームページ・雑誌・広報誌への掲載、歌唱曲としてCD化、DVD化、その他インターネット等での配信など、日本弁護士連合会が利用させていただきます。
・応募作品に第三者の権利侵害が認められた場合、応募者本人がその責任を負うこととし、主催者側は対応しません。
・応募作品に作曲をする場合、作曲者および関係者による作品内容の編集・補正・変更を承諾いただきます。
・作品内容が公序良俗に反するなど主催者が不適切と判断した作品は、応募者に通知することなく審査対象から除外します。
 
2 入賞
入賞   
*部門毎に、金賞1名、銀賞1名、銅賞1名、入選5名(8名×3部門)
*入賞者には、図書カード(下記参照)と表彰状と副賞を贈呈します。
(1) 小学生以下の部 金賞:2万円、銀賞:1万円、銅賞:5千円、入選:3千円
(2) 中学生・高校生の部 金賞:5万円、銀賞:3万円、銅賞:1万円、入選:3千円
(3) 大学生・社会人の部 金賞:10万円、銀賞:5万円、銅賞:3万円、入選:3千円
(4) 大賞:作品を作曲して歌唱曲とする特典。
※上記3部門の金賞作品から大賞作品を選出し、谷川賢作氏が作曲をし、歌唱曲になります。
発表・表彰   
*憲法詩・入賞者の発表:2018年11月(予定)
*入賞者の表彰および大賞・歌唱曲の発表:2018年12月1日(予定)
*日本弁護士連合会のホームページ・出版物等関連媒体などでお知らせするほか、入賞者には直接ご連絡します(ホームページ・出版物等関連媒体などでは、都道府県、氏名、年齢のみ公表します。)。
*入賞作品は、表彰式の前後に、日本弁護士連合会(弁護士会館1階ホール)にて展示する予定です。
 
3 審査
審査員について   
7名の審査員によって審査します。
<審査員>
・湯川れい子さん(音楽評論家・作詞家)
・谷川賢作さん(作/編曲家 ピアニスト)
・覚 和歌子さん(作詞家、詩人、シンガーソングライター)
・アーサー・ビナードさん(詩人)
・青井未帆さん(憲法学者)
・日本弁護士連合会会長
・同憲法問題対策本部本部長代行
 
4 応募票
応募票   
添付の応募票に、必要事項を記入の上、切り取って作品裏面に糊でしっかり貼り付けてご提出ください。

5 お問い合わせ等
主催 
日本弁護士連合会
お問い合わせ先 
日本弁護士連合会 人権部人権第二課
(〒100-0013 東京都千代田区霞が関1-1-3)
TEL 03-3580-9507
 
いただいた個人情報は、この「憲法を詩おう♪コンテスト」に関連する企画のために用いるほかは使用しません。また、許可無く第三者に開示・提供しません。
ただし、入賞者の氏名、都道府県、年齢は、本企画および関連企画に際して、ホームページや作成物・各種媒体において公表します。
(引用終わり)
 
(付録)
ぞうさん まどみちお作詞・團伊玖磨作曲 Baby Elephant

所沢市民文化センター・ミューズキューブホール  2013年10月13日
椰子の実 美しい日本の歌コンサート ライブ録音
ソプラノ・間庭小枝 伴奏・琴田恵理

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憲法と「アート」が交わるところ~法学館憲法研究所「アートな憲法ルーム」に注目を!

 2018年8月30日配信(予定)のメルマガ金原No.3255を転載します。
 
憲法と「アート」が交わるところ~法学館憲法研究所「アートな憲法ルーム」に注目を!
 
 昨日、Facebookホームに流れる投稿を何気なく流し読みしていたところ、中川五郎さんの以下の投稿にふと気がつきました。
 
「今から13年前に頭脳警察のPANTAさんと一緒に作り、PANTAさんと制服向上委員会とぼくとでレコーディングした憲法9条に関する2曲、「理想と現実」と「西暦20XX年」を『アートな憲法ルーム』のページで聞くことができます。ぼくの短い文章も載っています。」
 
 以上の文章とともに、以下のページにリンクがはられていましたので、すぐに読んでみました。
 
法学館憲法研究所 アートな憲法ルーム 2018年8月27日
憲法9条「理想と現実」 中川五郎さん(フォーク・シンガー、翻訳家)
(抜粋引用開始)
 もう13年も前のこと、憲法9条についての歌を作ろうという話があり、ぼくが歌詞を書き、その歌詞に頭脳警察のPANTAさんが曲をつけて生まれたのが「理想と現実」という歌です。
 それまでも憲法9条についての歌が作られたり、憲法9条に曲をつけて歌う試みがいろいろとあったと思いますが、ぼくは日本の憲法の前文や9条で謳われている言葉を取り入れながら、そこに日本の憲法、とりわけ9条に対する自分の思いや考えを重ねて歌詞を作っていきました。そしてできあがったのが、以下のような歌詞です。
(略)
 憲法を、とりわけ9条を変えようと主張する人たちの多くは、憲法が現実にそぐわなくなっているから、そして憲法がアメリカに押しつけられたものだからと主張しています。しかしぼくは憲法がもしも現実と乖離しつつあるのだとしたら、憲法を現実に合わせるのではなく、現実を憲法に、憲法の理想に合わせるべきなのではないかと考えています。
 それに今の日本の憲法を作り上げる上でアメリカの力が大きく働いているとしても、それは押しつけなどでは決してなく、人類の理想のため、戦争のない世界のために、国家や民族を超えて共に手をつなぎ前に進もうという強い働きかけ、大きなメッセージだったとぼくは思っています。
 そんな全世界の、人類全体の大切な宝物と言える日本の憲法をぼくらは「守ろう」と叫ぶ以上に、もっともっと逞しく「育て」ていくべきだとぼくは考えています。
 しかも憲法とは権力や為政者が道を踏み外さないようにと、その国の民衆が作り上げているものです。もし憲法を変えなければならない状況になったとしても、その声は民衆の中から上がるべきで、今の日本のように政府や与党、権力を握っている党やそこの党首、その背後にある団体が率先して声を上げているのは、とんでもない本末転倒で、ぼくには滑稽に思えてなりません。
(略)
 その時1曲だけではシングルCDを作れないということで、カップリング曲として急遽生まれたのが「西暦20XX年」という曲です。「理想と現実」をスタジオでレコーディングしている時、ぼくがその場で歌詞を書き、PANTAさんがやはりその場で作曲して誕生した曲です。
(略)
 「理想と現実」と「西暦20XX年」の2曲を収めたPANTA & 中川五郎 with SKiのCDシングルは2005年の憲法記念日の直前にアイドル・ジャパン・レコードから発売されました。
 それから13年、この国で現実を理想に近づけようとする動きは遅々として進んでいないどころか、どこまでも理想を現実に引き下げようとする力ばかりが猛威をふるっていますし、いつまでもフィクションの世界であってほしいと強く願って作った「西暦20XX年」が、どんどん現実のものとなってきています。 
 いくら歌ったって理想は実現しないし、現実はますます恐ろしいものになっていくばかり。それでもぼくは「理想と現実」と「西暦20XX年」の2曲はしつこく繰り返し歌い続けて行きます。理想の力を信じながら。
(引用終わり)
 
 2005年に発表された『理想と現実』と『西暦20XX年』(いずれも作詞:中川五郎、作曲:PANTA)がカップリングされたCDシングルは、私の手許にもあります。発売当初に購入したのではなく、今から5年前の2013年1月、法学館憲法研究所に注文して入手したものです。
 なぜ、伊藤真弁護士が主宰する法学館憲法研究所がCDシングル販売(の斡旋)をしていたのか、詳しい事情はよく分かりませんが、制服向上委員会会長の橋本美香さんへのインタビューが、同研究所サイトの「今週の一言」コーナーに掲載された際(2013年1月21日)、その記事の末尾に<法学館憲法研究所事務局より>として、購入希望者は法学館憲法研究所まで申し込んで欲しいということでしたので、早速私も注文したのでした。
 ちなみに、届いたCDのライナーノートは、どう考えてもどこかの(法学館憲法研究所の?)コピー機でカラーコピーしたとしか思えないもので、2005年にプレスしたCDシングルは、とっくに在庫切れになっていたことが推測されました。もちろん、録音自体には何の問題もありませんでしたけど。
 
 さらに言うと、上記インタビュー記事を含め、橋本さんや制服向上委員会のことも紹介したくて書いたのが「橋本美香さん「原発、憲法…理想を現実に」」という文章で、これが「弁護士・金原徹雄のブログ」の記念すべき(?)最初の配信記事だったのです。
 
2013年1月24日
 
 そういう個人的な思い出はさておき、8月27日にアップされた中川五郎さんの「憲法9条「理想と現実」」という記事は、そのタイムリーな内容に感銘を受けるとともに、『理想と現実』と『西暦20XX年』の両曲とも、中川さんが書いた歌詞の全てが掲載され、その上、音源自体が全曲ヴァージョンで聴けるようになっており(もちろん、著作権者の了解の下)、素晴らしい試みだと思いました。
 
 そもそも、私は、法学館憲法研究所サイトに「アートな憲法ルーム」というコーナーが設けられていたことに全然気がついておらず、中川さんの「憲法9条「理想と現実」」を読んだ後、すぐにバックナンバーを調べてみました。
 その結果、このコーナーは、今年の7月2日からスタートしており、その後、1週も欠かさず毎週連載が続いており、中川さんの回が9回目であるということが分かりました、
 
 法学館憲法研究所サイトには、2011年1月から始まった「今週の一言」というコーナーがあり、私も2回登場させてもらっていますが(内1回はブログからの転載で、もう1回は新規原稿の執筆でした)、その経験からいうと、毎週穴を開けずに連載を続けるためには、相当前から執筆者を人選し、交渉し、記事をストックしておく必要があるはずです。
 それだけに、法学館憲法研究所のこの新コーナーにかける意気込みの大きさがしのばれます。
 以下に、中川五郎さんまでにアップされた8回分にリンクしておきます。
 
2018年7月2日

2018年7月9日

2018年7月16日
※音源付き(「見えない光の矢」「おなじみの短いメール」)

2018年7月23日
※音源付き(「愛がめざめる時」「風にゆられて」「この風を覚えているかい」) 

2018年7月30日
※音源付き(組曲「ヒロシマ」)

2018年8月6日
※演奏は公式サイトにリンクがはられています。

2018年8月13日
※音源付き(「ぴーひゃらどん」)

2018年8月20日
※音源付き(「歩く」)
 
 これまでに登場された9組(10人)の皆さんの、それぞれの憲法との関わりはまさに「十人十色」ですが、それをアートによって表現するというところに共通点を見出し、「アートな憲法ルーム」という連載を企画した法学館憲法研究所に敬意を表したいと思います。
 
 最初にご紹介した中川五郎さん作詞による『西暦20XX年』(2005年)は次のように歌われています。
 
(歌詞から抜粋引用開始)
西暦20XX年 憲法は変えられ 自衛隊は軍隊に
隣の国が攻めてくれば 銃を手に取り戦えるし
遠い異国の戦いにも 戦車で乗り込んで行けるようになった
(略)
国のために用意はいいか? 
国のために用意はいいか?
この国のため命を捧げられるか?
(引用終わり)
 
 それから13年、「用意はいいか?」と1人1人の若者に問いかけねばならない時代となってしまいました。
 本当に、彼らは用意ができているのでしょうか?
 
 そのような問いかけの手段として、「アート」という切り口が有効だ(有効であり得るかもしれない)というのが「アートな憲法ルーム」の企画の趣旨なのではないかと推測したりします。
 私にして(?)、昨日(8月29日)ようやくこの連載に気がつきました。
 是非多くの方に「アートな憲法ルーム」の存在を知っていただきたいと思い、ブログで取り上げることとしました。
 是非みんなで「拡散」しましょう。
 私は、とりあえず中川五郎さんの回をFacebookでシァアしました。皆さんも、ご自分が共感できる「アート」に出会ったら、是非周囲に広めてください。よろしくお願いします。
 
(付録)
 2014年10月24日に日比谷野外音楽堂で開催された「ANTI WAR LIVE in  HIBIYA~戦争をさせない1000人委員会プレゼンツ~」で演奏された『理想と現実』が、アイドルジャパンレコードの公式YouTubeチャンネルにアップされていましたので、ご紹介します。

 
(弁護士・金原徹雄のブログから/中川五郎さん関連)
2012年8月22日(2013年2月11日に再配信)
2012年9月25日(2013年2月3日に再配信)
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