今晩(2015年10月30日)配信した「メルマガ金原No.2259」を転載します。

「避難の権利」を求める全国避難者の会が設立されました

 昨日(10月29日)、参議院議員会館において、「『避難の権利』を求める全国避難者の会」の設立集会が開かれました。
 東京新聞の事前報道と毎日新聞の事後報道をご紹介しておきます。
 
東京新聞 2015年10月25日 朝刊
原発避難の権利確立を 全国組織、29日に設立集会

(抜粋引用開始)
(略)
 「さまざまな避難者に呼び掛けが伝わる工夫を」「住宅支援問題の取り組みは外せない」
 七日夜、札幌市のアパートで福島市から妻子と自主避難した介護サービス業中手聖一さん(54)が、
インターネット電話「スカイプ」で設立準備会の会議に臨んでいた。
 準備会メンバーは、福島県やその近隣から避難し、十都道府県で暮らす約十五人で、今夏ごろから話し
合いを重ねてきた。この夜も活動方針や入会方法など、会議は三時間を超えた。
 同会が求める避難の権利を、中手さんは「避難する人もとどまる人も、自分の意思で選択できるよう等
しく支援を受けられること」と説明する。
 政府は住民が帰還できる環境が整ったとして、これまでに福島県楢葉町などの避難指示を解除。放射線量が高い帰還困難区域以外の他の地域も二〇一七年三月までに解除する方針だ。福島県も自主避難者に対
する住宅無償提供を同じ時期に打ち切ることを決めている。
 こうした状況に中手さんらは「避難の権利が切り捨てられようとしている」と危機感を抱き、政府と交
渉できる全国組織が必要と考えたという。
 会では、避難の支援や健康診断の充実を政府に求めていくとともに、避難者の実態把握などにも取り組む方針だ。強制避難、自主避難にかかわらず入会でき、被災当時、どこにいたかも問わない。経済的な理
由などで帰還した人も参加可能だ。
 避難者が抱える課題は一人一人異なり、行政からの支援にも格差がある。避難指示の解除により、自主避難の立場に変わる人が増える可能性もある。福島市から京都府木津川市に家族で避難し、中手さんと共に共同代表に就任予定の宇野朗子(さえこ)さん(44)は「お互いに理解して支え合い、分断を乗り越
えたい」と話している。
(略)
(引用終わり)

毎日新聞 2015年10月29日 23時13分
福島原発事故:住宅や健康・医療保障要求へ 避難者の会

(抜粋引用開始) 
 東京電力福島第1原発事故の避難者らでつくる「『避難の権利』を求める全国避難者の会」が29日、参院議員会館で設立集会を開いた。避難者同士が団結し、避難生活を支える住宅や健康・医療の保障など
を国や自治体に求めることを決めた。
 集会には約130人が参加した。政府と福島県は2017年3月までに「帰還困難区域」を除いて避難指示を解除し、自主避難者へのみなし仮設住宅の提供を打ち切る方針を示しており、「原発避難者が消さ
れようとしている」との危機感を訴える声が相次いだ。
 福島県いわき市から埼玉県内に2人の子どもと自主避難する河井加緒理さん(34)は「子どもたちか
ら『いつここを出ていかないといけないの』と聞かれてつらい」と訴えた。
 避難指示区域内からの強制避難者、区域外からの自主避難者のほか、やむを得ず帰還した人も入会でき
る。問い合わせは
hinannokenri@gmail.com12月12日に京都市で第2回集会を開く予定。【日野行介
(引用終わり)

 10月17日付で公表された同会の設立趣意書を全文ご紹介します。

「避難の権利」を求める全国避難者の会 設立趣意書
(引用開始)
 本会の設立にあたり、原発事故により自らの生活の場が長期にわたる放射能汚染を被った私たちには「避難の権利」があることを、改めてここに表明します。そして、避難の権利を求めるあらゆる当事者がつながりあい、その権利保障を求めて活動していくために、この会を設立します。

 東京電力福島原発事故が起こってからの4 年7か月、この国の政府は避難を福島だけの問題にし、復興の問題にすり替えて、避難者の権利をないがしろにしてきたといわざるを得ません。そして「原発事故子ども・被災者支援法」をいよいよ骨抜きにして、避難指示解除・賠償打ち切り・帰還政策を進め、“避難者ゼロ”へ向け猛進しています。いま避難者は、その存在を無き者にしようとする力に抗って、つながり合い、力づけ合って避難の権利を求めていくべき時が来ています。

 汚染地に居住する者は、避難するかまたは留まるかの自己決定を保障されるべきで あり、それは決して被曝か貧困かの選択を強いるものであってはなりません。「被曝なき居住」「貧困なき避難」は、私たちの生きる権利であり基本的な人権です。これから私たちは、自らの権利として実質的な保障の獲得を目指していきます。そのため にはまず、避難当事者による運動が不可欠であると自覚して、私たちはこの会の活動 をスタートします。また、二度と私たちのような被害者を生まないために、すべての原発の廃止を求める立場を明らかにして活動していきたいと思います。

1.[活動の重点課題]
 全国の避難者、帰還者および避難の権利を求める在住者のネットワーキング、避難の権利確立に必要な
施策や賠償・立法等の取り組みを活動の両輪とし、当面の重点課題を次の5つとする。
① 移住・保養
② 住宅保障
③ 健康・医療
④ 避難者の実態把握
⑤ 全国的なつながり作り

2.[構成メンバー]
 政府指示の有無にかかわらず、原発事故避難者、帰還者の個人の会員により構成する。

2015 年10月17日 「避難の権利」を求める全国避難者の会準備会
(引用終わり)

 昨日開催された設立集会において、予定通り、中手聖一さんと宇野朗子(うのさえこ)さんが共同代表に選ばれました。
 そして、多くの避難者の皆さんが自らの思いを語られたのですが、いくつかアップされている動画の中から、三輪祐児さんが撮影されたものをご紹介します。

20151029 UPLAN「避難の権利」を求める全国避難者の会設立記念集会(2時間08分)


 リレートークの中から、郡山市から大阪市に母子避難されている森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)のスピーチを文字起こししました(55分~1時間06分)。聞き間違っていたらご免なさい。
 森松さんだけではなく、全ての避難者の皆さんの声に耳を傾けられますように。

「皆さん、こんにちは。森松明希子と申します。私は、福島県の郡山市から大阪市に避難をしています。子どもは2人いまして、母子避難をしています。夫は、今も福島県郡山市で同じ仕事をずっと続けています。0歳で大阪に連れてきた私の娘は、先週、5歳になりました。0歳の時から父親と一緒に暮らすという生活を知りません。3歳(の時)に連れてきた上の子は、福島県民でありながら、大阪の小学校に昨年入学して、今小学校2年生をやっております。震災の日は、東北弁を覚え始めた、ずーずー弁を話し始め
た可愛い盛りでしたが、今はばりばりの関西弁をしゃべります。(笑)
 避難を続けて4年半以上が経ちましたが、あの時と状況は何も変わっていないと私は感じます。今日は「「避難の権利」を求める全国避難者の会」の設立記念集会で発言の場を与えてくださいまして本当にあ
りがとうございます。
 皆さん、会場の斜め後ろを振り返って、ちょっとあの白板をご覧いただけますでしょうか。関西から持ってきました。チラシにもお配りしていますように、東日本大震災避難者の会 Thanks & Dreamが、関西に
避難をした人たちの声を一生懸命この1年をかけて集めました。例えば、川柳「避難者あるある575」を集めました。こんな川柳があります。「安全論 健康被害を 無きことに」(ペンネーム:空さん)。「母子避難 私が倒れたら どうなるの・・・」(「けっこう切実です」さん)。「避難して 底を尽きてく 我が貯金」(ペンネーム:「どなたか庭の除染土お引き取りいただけますか?」さん)。「子の不調 その都度ひばくに 思いはせ」(ペンネーム:症状ありさん)。こんな形で、声を集めれば、こうしてスピーチをしに大阪から、関西から駆けつけれないけども、多くの思いを持った避難者の方たちが、この日本の国には、北海道から南は沖縄まで、全国ばらばらに散らばって、今なお避難生活を続けています

 今日は、全国各地で「避難の権利」の確立を求め、日々ご尽力くださっている多くの方々がこの会場でも集まっておられるわけで、私は今日何を話そうか考えました。私の考える「避難の権利」とは「生きる
権利」ということの意味をお伝えしたいと思います。
 「避難の権利」とは、人が命の危険に直面した時に、自分の身を守るために、そこから待避することは
当然の権利であり、憲法で保障されている基本的人権です。なぜ「避難の権利」が大切なのか。人の命や生命に直接関わる権利だからです。多くの人たちが、身の危険に直面したら逃げるのが当然で、逃げることは簡単にできると思い込んでいます。でも、今回3.11後の東京電力福島第一原発事故を経験して、そんなあたりまえのことができない社会的状況があることを、私たちは身をもって知ったと思いますし、今5人の方たちが登壇されて仰ってたことのように、私も含めてですが、現在も避難した人たちは、苦境に立たされています。それは、避難した人たちだけでなく、避難していない人もです。あまりにも当たり前過ぎて、憲法の人権カタログに記載する必要もないと思われていたことも、現実に原子力災害という人災を通じて、そしてその経済的利害関係がからむ社会構造の中で、あまりに当たり前の権利が踏みにじられていることに気づいた訳なんです。気づいた人は、それにきちんと社会に、具体的に、分かりやすく、理解が得られるように、訴えなければならないと私は思います。自分の選択の正当性だけを主張していたのでは、いろんな立場の人が、立場を超えて繋がることはできません。その時に、憲法にはこういう条文もあります。憲法13条、「個人の尊厳」というものです。この「個人の尊厳」に基づいた基本的人権の尊重というところで、それを道しるべにして進んで行くべきだと私は思います。それが、1人1人が大切にされ、生活の置かれた状況の、それぞれの違いを乗り越えて、互いに尊重しながら真の復興に向かえる
唯一の方法であると私は考えます。
 そして、何度も繰り返しますが、人の命や健康よりも大切にされなければならないものはないのです。経済活動を支えるのも人です。復興に携わるのも人です。原子力の事故の収束にあたるのも人です。それらの人は、生きてこそ、健康であってこそ、そして命を繋いでこそ、そういうことに携われるのです。この
最も大切で、そして普遍的で世界共通のこと、命を守る行為が原則であるということに一致点を私は求め
るべきだと思うのです。
CIMG4626 「避難の権利」は、何度も申し上げますが、避難をした人たちだけの正当性を求める権利ではありません。ひとたび、原子力災害を経験した私たちは、何が最も大切にされなければならないか、それを考えて行動に移し、アクションを起こし、具体的に進んで行くのが、次の世代にバトンを渡す大人の責任だと私は思います。この会場は、国会の参議院議員会館で、国会議員の先生方も今日はたくさんお見えになっています。私は、関西で今地方裁判所に「避難の権利」を求めて、近畿地方では、大阪地方裁判所、京都地方裁判所、神戸地方裁判所に、それぞれ100人以上の避難者たちが集団で提訴をしています。損害賠償という形をとっていますが、日本の国は民事訴訟か刑事訴訟しか出来なくて、憲法訴訟は出来ないからやっているんです。多くの全国で起こっている1万人を超える原告になった人たちは、みんな口を揃えて言います。「この裁判は、人権救済裁判なんだ」と。子ども被災者支援法という法律が出来ても、中身がなく、骨抜きにされ、店ざらしの状態では、具体的に人は救えません。もう頼るところは、司法裁判所しか
なくなったから、裁判所にお願いをしている訳です。
 普通の暮らしをしていた、皆さん(と)同じように普通に暮らしていた普通の人たちが、裁判を起こしてまで「避難の権利」を訴えなければばらないんですか。危険を感じたら逃げるのが当たり前だと私は思うのです。どうして、命を守るという原則的な行為が、裁判所にまで訴えて、確立をしなければならないのか、というところに私はとても今の現状のおかしさを感じます。そのことを、今日はこんなに大勢の心
ある皆さんと共有できて、本当に私は嬉しく思います。
 私は、大阪の方に避難をしていますから、大阪や兵庫や京都、滋賀、奈良、和歌山、そこに散らばる人たちと声を合わせて、顔は出せない、先ほども言われていました。私たちの間では関西ではその人たちのことを「隠れ避難民」と呼んでいます。なぜ隠れなければならないのか。「隠れキリシタン」ならぬ「隠れ避難民」だと。最初にご登壇の宍戸さんも仰っていました。数さえ分からない。こんな現状で、本当に世界に対して恥ずかしくないんでしょうか。そういう風に私は思います。人類史上、チェルノブイリの事故も
経験しています。避難しているお母さんたちが一番切実にその教訓として声を聞き取って参考にしているのが、チェルノブイリのお母さんたちの証言です。そして今福島のお母さんだけでなく、福島の被害に遭った人、先ほども堂々と「私たちは被害者です」と仰っていた登壇者の方もおられました。声を合わせて、私は命を守る行為が原則であるということを社会に伝え続けていきたいと思います。でも、1人で声を上げることは、反発も大変あります。それは、山本議員が一番よくご存知だと思いますけれども、テレビの向こう側で本当に励まされていました。1人1人が勇気ある行動と、バッシングにも耐えながら、原
則的な行為は、そして普遍的なことは何なのか、命を守る行為が原則だとお思いであるならば、「避難の権利」の確立を求めて一緒に歩んでください。長い時間、ありがとうございました。(拍手)」
 
※写真は、去る2015年10月15日(木)、原発賠償関西訴訟の第6回口頭弁論が大阪地裁で開かれる日の正午過ぎ、淀屋橋で道行く人に「ふつうの暮らし 避難の権利」への理解を訴える森松明希子さんら、原告団と弁護団のメンバー(撮影:金原)。

(参考サイト)

(忘れないために)
 「自由と平和のための京大有志の会」による「あしたのための声明書」(2015年9月19日)を、「忘れないために」しばらくメルマガ(ブログ)の末尾に掲載することにしました。

(引用開始)
  あしたのための声明書

わたしたちは、忘れない。
人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔を。
戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と罵った議員の無恥を。
強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った官房長官の傲慢を。

わたしたちは、忘れない。
マスコミを懲らしめる、と恫喝した議員の思い上がりを。
権力に媚び、おもねるだけの報道人と言論人の醜さを。
居眠りに耽る議員たちの弛緩を。

わたしたちは、忘れない。
声を上げた若者たちの美しさを。
街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。
内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。

わたしたちは、忘れない。
戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。
路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。
聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。

きょうは、はじまりの日。
憲法を貶めた法律を葬り去る作業のはじまり。
賛成票を投じたツケを議員たちが苦々しく噛みしめる日々のはじまり。
人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。
自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。

わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。

     
自由と平和のための京大有志の会
(引用終わり)
 

(付録)
『世界』 作詞・作曲:ヒポポ田 演奏:ヒポポフォークゲリラ