今晩(2015年4月22日)配信した「メルマガ金原No.2068」を転載します。

仁坂吉伸和歌山県知事の福井地裁判決(大飯)及び決定(高浜)への批判に対し県内団体が抗議を申し入れました

 一昨日、昨日とほぼ出張のために県外に出ており、しかも、今どきスマホもタブレットも持っていないので、20日(月)の定例会見において、仁坂吉伸(にさかよしのぶ)和歌山県知事が、私たちから見れば「とんでもない」、別の立場の人々からは大いに賞賛される(であろう)発言をしていたことを、昨晩遅く帰宅して初めて知りました。
 いくつかの新聞は、和歌山ローカルではなく、全国ニュースの扱いで報じたようです。
 
朝日新聞デジタル 2015年4月21日03時00分
和歌山)再稼働差し止め仮処分「判断おかしい」 知事

(抜粋引用開始)
 仁坂知事は、高浜原発についての仮処分決定はあまり読む時間がなかったとした上で、昨年5月、樋口裁判長が大飯原発の運転差し止めを命じた判決に触れ、「リスクをゼロにしろという考え方ならば、自動車の使用差し止め請求ができてしまう」と持論を展開。「文明は、メリットとデメリットを考えて、社会のシステムの中に巻き込んでいる。なぜ原子力発電だけ、絶対の神様みたい(な判断)になるのか」「あの人が裁判長のときに、ちょっと誰か自動車の差し止め請求をしたら、本当にされちゃうんじゃないです
かね」などと述べた。
(引用終わり)
 
産経WEST 2015.4.20 12:17
和歌山知事、高浜仮処分を痛烈批判「裁判長、技術知るはずない」

(抜粋引用開始)
 仁坂氏は、今回の決定を出した樋口英明裁判長が昨年5月、大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働を認めないとの判決を出した際の根拠が生存権だったと指摘した上で「リスクのあるものは全部止めなければならないという考え方。それならば自動車(利用)の差し止め請求もできるのではないか」と述べた。
さらに「なんで原発だけ絶対の神様みたいな話になるのか」と主張した。
 仁坂氏は樋口裁判長について「(原発の)技術について、そんなに知っているはずがない。裁判長はあ
る意味で謙虚でなければならない」とも強調した。
(引用終わり)
 
毎日新聞 2015年04月20日 23時12分(最終更新 04月21日 07時23分)
和歌山県知事:高浜原発の福井地裁決定「判断がおかしい」

(抜粋引用開始)
 仁坂知事は「生存権のリスクをゼロにしろと言うのなら(より死亡事故の確率が高い)自動車の差し止め請求ができてしまう。なぜ原発だけ絶対になるのか」と話し「原発のリスクをあんなに極大化するなら
、別のリスクはもっとある。電気代がかさんで企業が倒れたら誰が責任をとってくれるのか」と述べた。
(引用終わり)

 何とも言いようがありませんが、とにかく、あれこれ考えるのは、実際の発言がどうであったかを確認してからでしょう。
 ということで、和歌山県ホームページ「ようこそ知事室へ」の中にある「知事記者会見」を閲覧してみましたが、まだ4月20日の発言詳録(テキスト版)は掲載されていませんでした。
 そこで、「知事記者会見(動画)」をのぞいてみたところ、4月20日の会見動画がアップされていました。

知事記者会見(動画) 4月20日 (再生時間:33分)

和歌山県観光振興実施行動計画=観光振興アクションプログラム2015=
平成27年度和歌山県緑化功労賞の顕彰及び「わかやま森林と樹木の日」記念行事について
第3期「わかやま塾」塾生募集!
和歌山県公共事業における低入札価格調査の強化について
「紀州うめどり」が地鶏・銘柄鶏食味コンテストグランドチャンピオン大会で準優勝!
わかやまビジネスサポートセンター入居者募集の案内 販路は東京にあり!!

 右側の「700 kbps」というところをクリックすれば、ウインドウズ・メディア・プレーヤーが立ち上がって会見動画が再生されます。
 原発再稼働問題については、上記事前発表項目の中に書かれていなかったことからも分かるとおり、質疑応答の中での発言でした。
 確認したところ、この問題に関連する仁坂知事の発言は、2つあった質問の1つ目、22分から29分までの部分であり、時事通信の女性記者からの質問に答える形で発言しています。
 まず皆さんには、出来るだけ先入観抜きで、この7分間の動画をしっかりと視聴していただきたいと思います。
 その上で、発言内容を把握する助けになればと思い、以下に文字起こししておきましたので、そちらにも目を通していただければと思います。
 
(2015年4月20日・仁坂知事記者会見の22分~29分の部分を文字起こし)
時事通信記者
 時事通信の〇〇です。発表項目と違うんですけども、高浜原発の件なんですが、先日、福井地裁で再稼働差止の仮処分が出まして、これで、11月から予定されていた再稼働が難しくなって、電気料金の値上げが長期化する可能性があるんですけども、これについての補足をお願いします。

仁坂吉伸和歌山県知事
 司法の判断なんでね、法律的には有効ですよね。ですから、もちろん控訴なんかできるんですけども、それによって、しばらくの間はその法的効果が少なくともあるということになるんですね。従って、我々は、法治国家に住んでるから、それは尊重しなければいけない。こういうことにな
るんです。
 だけど、その中身について、やっぱり我々民主国家だから、いろんなことを、司法といえども、「批判
は許さず」という必要はないんで、まあ、言いたいことはみんな言ったらいいと思います。
 私は、今回の件については、あんまり判決を読む時間もなかったんですけど、前回の大飯の差止請求の判決の一番の眼目は、生存権っていうことでしたね。ね。そうすると、我々はみんな生存権というのを持ってると。だけど、生存権があるからリスクのあるものについては、全部止めないといけない、リスクをゼロにしろと、こういう考え方、ちょっと誇張してるかもしれませんが、それに近いと思うんですね。私は、それならば、自動車の使用差止請求ができたらなあと思うんですね。リスクからいえば、人間の生命に対するリスクからいえば、そっちの方がはるかに大きい。文明っていうのはみんなそういうリスクを持ちながらですね、メリットとデメリットを考えて、それで社会のシステムの中へ巻き込んでると思うんで
すね。だからそういう意味では、何で原子力発電だけ、そういう風に絶対の神様みたいなやつになるんだ?という風にですね、思いますね。
 あの人が裁判長の時に、ちょっと誰か、自動車の差止請求したら、本当にされちゃうんじゃないですかね。という風に思います。
 もう1つはですね、やっぱり私もそうですけども、司法の関係者の人も、特に裁判長とか、あるいは私は行政のトップでしょう?行政のトップとか、司法のその限りにおいてのトップとか、その地裁におけるトップというんか、裁判官というのは、案件についてのトップですよね。そういう方は、やっぱりある意味では謙虚でなきゃいかんと僕は思うんですよね。それで、「技術についてあなたはどれだけ知ってるんですか」ということについていうと、そんなに知ってるはずがないですよね。田中委員長が怒られるのもごもっともと思うんですが、やっぱり専門家がいろんなことを言ったことについて、敬意をもっていろい
ろ見なきゃいかんのじゃないかなあという風に思いますね。これが2番目。
 3番目はですね、同じく先ほどの生存権的な話に戻るんですけども、もし原発のリスクというのをあんなに極大化して見ようとするならば、もっと他にも我々日本人、あるいは、例えば和歌山の県民、これが生きていくために、もっとリスクが他にもあるんですね。さっきの自動車のケースとおんなじような技術的なリスクがあるんですけど、例えば、電気代がかさんで、ぎりぎりで頑張ってた企業がパッタリ倒れると。で、借金もあるから、一家が路頭に迷う。で、その結果、大変な悲劇も起こりかねない。そういうことについて、誰が責任とってくれるんですかね。だから、いろんなところで「あっち立てればこっち立たず」ちゅうのはこの世の中じゃないかと思うんだけど。それについて、あまりにも1つのところだけ、神様のような絶対の判断をしてる、ということは、私はおかしいと思いますね。

司会者
 よろしいでしょうか?

時事通信記者
 高浜原発の判断についても、おかしい?

仁坂知事
 高浜原発の判断がおかしい。その前もおかしい。

時事通信記者
 大飯も高浜も?

仁坂知事
 そうです。

時事通信
 はい、ありがとうございました。 

司会者
 はい、他にございますか?

毎日新聞記者
 毎日の〇〇です。

仁坂知事(毎日新聞記者の質問をさえぎって) 
結構、根拠をちゃんと言うたんですけど。結論だけ「おかしい」と言って暴れてるように書かないでね。フフフ。

毎日新聞記者
 今の知事の意見だと、司法が原発を裁くことはできないということになりますけど。

仁坂知事
 全くそんなことはありませんね。そんなことはありません。

毎日新聞記者
 2番目の論点で言うと、司法が・・・

仁坂知事(毎日記者の質問を途中でさえぎり)
 そんなことは全くありませんね。それはまたあなたが今神様のようになっていますね。それで、例えば技術的な問題について、謙虚でなければいけないと言った瞬間に、技術的な問題は一切さわるなということになりますね。だけど、明らかにいろんな人が、専門家だって、技術的な知見があるはずの人だって、間違うことがありますよね。それで、いろいろこう議論していると、こういう観点からいうと、それはおかしいじゃないかというようなことをですね、言うことは、それは我々普通の国民でも可能だし、司法の対象には十分なりますね。だから、かつて原発の訴訟ってのは、原告不適格で、門前払いをしていたケースが多かったんです。今はそういうことじゃなくて、中身についていろいろ議論するようになりましたね。まあ、それはいいと思います。まだ被害者じゃないのにね、お前の言うことまかりならんというのが昔の司法の判断だったんだけれど、今は中に入っていろんな議論をしている。だけど、その議論をしている結果、自分はそう思うということを、あなたはどれだけそんなこと正しいの、ということについて少し謙虚であってもいいんじゃないかという風に言ったと、そのぐらいですね。

司会者
 はい、他にございますか?

仁坂知事
 
右行っても神様ではいけないし、左行っても神様ではいけない。
(文字起こし終わり)

 仁坂知事の発言のポイントは、知事自身が整理していましたが、以下の3点にまとめられると思います。

① 生存権があるから、リスクのあるものは全部止めないといけないということなら、自動車の使用差止請求ができることになってしまう。文明は、リスクを持ちながらも、メリットとデメリットを考えて社会のシステムの中に組み込んでおり、なぜ原子力発電だけ「絶対の神様」になるのか理解できない。
② 技術について素人の司法や行政の責任ある立場の者は、専門家の意見は敬意をもって聞くだけの謙虚さを持たねばならない。
③ (原発の運転を差し止めることによって)電気代がかさみ、企業が倒産して一家が路頭に迷ったら誰が責任をとるのか。「あちら立てればことら立たず」が世の習いであって、裁判官があまりにも1つのところだけ神様のような絶対の判断をするのはおかしい。

 仁坂知事の発言によれば、知事は、今月14日の高浜原発3号機、4号機の運転差止を命じた仮処分「決定」は読んでいないが、昨年5月21日、同じく福井地裁の樋口英明裁判長らが大飯原発3号機、4号機の運転差止を命じた「判決」は、一応読んでいるということなのでしょうね。
 もっとも、一番重要なキーワードである「人格権」を「生存権」と言い間違えるくらいなので(この2つは相当に違います、というか全然別の概念です)、本当に読んだのか?疑問なしとしません。
 私が、「本当に読んだのか?」などと、私の中学・高校の4年先輩にあたる知事に向かって、ある意味失礼な疑問を呈するのは、知事が批判された点については、既に昨年5月21日の「判決」中において、非常に説得力豊に(と私は思います)裁判所としての見解が明らかにされているからです。
 従って、私が一々仁坂知事の見解に反論するまでもなく、昨年5月21日の福井地裁判決の該当部分を引用する方が、よほど適切であろうと思います。
 やや長い引用となりますが、仁坂知事の批判と対比してお読みください。

福井地方裁判所 平成24年(ワ)第394号 大飯原発3、4号機運転差止請求事件
平成26年5月21日 判決 

(抜粋引用開始)
原子力発電所に求められるべき安全性(39頁)
 1,2に摘示したところによれば,原子力発電所に求められるべき安全性,信頼性は極めて高度なもの
でなければならず,万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければな
らない。
 人格権に基づく差止請求訴訟としては名誉やプライバシーを保持するための出版の差止請求を挙げることができる。これらの訴訟は名誉権ないしプライバシー権と表現の自由という憲法上の地位において相拮抗する権利関係の調整という解決に困難を伴うものであるところ,これらと本件は大きく異なっている。すなわち,名誉やプライバシーを保持するという利益も生命と生活が維持されていることが前提となっているから,その意味では生命を守り生活を維持する利益は人格権の中でも根幹部分をなす根源的な権利ということができる。本件ではこの根源的な権利と原子力発電所の運転の利益の調整が問題となっている。原子力発電所は,電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが,原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条),原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって,憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ,大きな自然災害や戦争以外で,この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は,その存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても,少なくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば,その差止めが認められるのは当然である。このことは,土地所有権に基づく妨害排除請求権や妨害予防請求権においてすら,侵害の事実や侵害の具体的危険性が認められれば,侵害者の過失の有無や請求が認容されることによって受ける侵害者の不利益の大きさという侵害者側の事情を問うことなく請求が認められていることと対比しても明らかであ
る。
 新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから,新しい技術の有する危険性の性質やもたらす被害の大きさが明確でない場合には,その技術の実施の差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。しかし,技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には,技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから,この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり,危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは,福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては,本件原発において,かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり,福島原発事故の後において,この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責
務を放棄するに等しいものと考えられる。

原子力発電所の特性(43頁)
 原子力発電技術は次のような特性を持つ。すなわち,原子力発電においてはそこで発出されるエネルギ
ーは極めて膨大であるため,運転停止後においても電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならず,その間に何時間か電源が失われるだけで事故につながり,いったん発生した事故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持つ。このことは,他の技術の多くが運転の停止という単純な操作によって,その被害の拡大の要因の多くが除去されるのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である。

被告のその余の主張について(66頁)
 他方,被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性,コストの低減につながると主張するが(第3の5),当裁判所は,極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり,その議論の当否を判断すること自体,法的には許されないことであると考えている。我が国における原子力発電への依存率等に照らすと,本件原発の稼動停止によって電力供給が停止し,これに伴なって人の生命,身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない
状況であるといえる。
 被告の主張においても,本件原発の稼動停止による不都合は電力供給の安定性,コストの問題にとどまっている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが,たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても,これを国富の流出や喪失というべきではなく,豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり,これを取り戻すことができなくなることが国富の
喪失であると当裁判所は考えている。
 また,被告は,原子力発電所の稼動がCO2(二酸化炭素)排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが(第3の6),原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって,福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害,環境汚染であることに照らすと,環境問
題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。
(引用終わり)

 ところで、20日の記者会見の模様を文字起こししながら私が疑問に思ったのは、なぜ仁坂知事がわざわざこういう発言を定例会見で行ったのかがよく分からないという点です。
 そもそも、知事定例会見における記者からの質問事項について、事実上「事前通告」されているのかどうか私は知りませんが、原発再稼働問題ともう1つは大阪都構想についての住民投票問題について、その質疑の様子を視聴し、前者を文字起こししてみた上での私の感想は、少なくとも知事は質問内容を予期していたのは間違いないだろうというものです。そうでもなければ、福井地裁判決・決定に対する批判のポイントを3つにまとめるなどということが、とっさにできるとは思いにくいですし。
 それに、時事通信の女性記者に対する知事の対応ぶりと、関連質問として(予告外でしょう)知事の意に反する質問をした毎日新聞の男性記者に対する対応のあまりの違いに驚かれた方も多いでしょう。正直、私も驚きました。
 それとこの記者会見を見ていてもう1つ思い出したことがあります。仁坂知事の批判のポイントその3、すなわち、原発が運転できず、電気代がかさんで企業が倒産し、一家が路頭に迷ったら誰が責任をとるのか、というたとえ話をする仁坂知事の様子を見ながら、私は、「同じような記者会見を去年も見た」という思いにとらわれていました。
 それは、昨年5月15日と7月1日の2回にわたり、首相官邸で行われた安倍晋三内閣総理大臣による集団的自衛権行使容認に関わる記者会見であり、幼い子どもを抱えた母親が米艦で避難している途中に攻撃を受けた場合、自衛隊が守らなくても良いのか?という、集団的自衛権とは何の関係もない、情緒的かつ脅迫じみたボードの絵を示しながら、とくとくと集団的自衛権行使の必要性を説く安倍首相の姿です。
 なぜ、私が安倍首相の記者会見を思い出したかはご想像にまかせたいと思いますが、1つだけ述べておくなら、毎日新聞記者の質問をさえぎり、自分の言いたいことをまくしたてるあの光景も、安倍首相の国会答弁などで私たちにお馴染みのものだという既視感がぬぐえませんでした。

 最後にご紹介するのは、本日、和歌山県内の2つの団体、「脱原発わかやま」と「子どもたちの未来と被ばくを考える会」が、仁坂知事に対する抗議の申し入れを行ったということです。
 今日の午前11時から、「脱原発わかやま」副代表の松浦雅代さん、「子どもたちの未来と被ばくを考える会」事務局長の松浦攸吉さんら3名が和歌山県庁を訪れて秘書課長と面談し、抗議文を手渡すとともに、この件で知事と直接話し合いたいとの申し入れを行いました。
 その申し入れの模様及びその後、県政記者室で行われた囲み取材の模様が和歌山放送ニュースに掲載されています。

 それでは、以下に両団体の申入書(の本文)を全文引用します。
 
脱原発わかやま
「再稼動差し止め仮処分決定に関する知事発言への抗議」

(引用開始)
 4月20日の定例会見で、知事は4月15日の福井地裁の仮処分について、批判をされたと報じられています
。それは、報道によれば概ね次の通りです。
① リスクのあるものは止めなければいけないのであれば、自動車の使用差し止め請求も可能ではないか。
人間の生命に対するリスクから言えば、こちらの方がはるかに大きい。
② 文明はリスクを持ちながら、メリットとデメリットを考えて社会のシステムの中に巻き込んでいる。な
ぜ原発だけ、神様みたいになるのか
③ 電気代がかさんで、ぎりぎりで頑張っていた企業が倒れる。一家が路頭に迷い、大変な悲劇が起これば
、誰がその責任を取るのか。
④ 裁判所や行政などのトップはある意味では謙虚でなければならない。(専門的知識を)それほど知って
いるはずはない。専門家の意見を敬意を持って聞かなければいけない。
 知事は福島原発事故から、一体何を学んだのでしょうか。この未曾有の事故の最大の教訓は「二度とこのような事故を起こさない」ことではないでしょうか。もしそうだとするならば、原発事故を自動車事故と比較することなどできようはずがありません。あるいは、②や③も同様に県の行政のトップとしては考
えられない発言です。
 会見で知事は、一般に生ずる事故のリスクのうち「人間の生命」だけを取り上げて、原発と自動車事故とを比較しています。しかし、原発のリスクはそれだけにとどまらないことは言うまでもありません。植物も動物も、生きとし生きるもの全てが被害を被ります。大地も空気も海も川も、全て汚染されます。つまり生活環境の全てが破壊されてしまいます。さらに何万年もわたり消え去らない放射能汚染がありますし、いまだに未解決な放射性廃棄物処分の問題もあります。これらは、負の遺産として子々孫々に災禍を
もたらします。 
 また、被害の広域性もあります。福島事故において近藤俊介原子力委員長が菅首相に示した最悪のシナリオによれば、避難の対象となったのは東京を含む半径250キロ圏内の住民にまで及びました。事故の進展次第では、首都圏と東北の広範囲が破滅的状況に陥っていたのです。このように生存環境が、広域的に、根源的に、時代を超えて脅かされる可能性のある原発と自動車事故とを、比較して論ずること自体、論外
と言わざるを得ません。
 ④についても、謙虚になるべきは仁坂知事、ご本人ではないかと思わざるを得ません。なぜならば、わが国における3権分立のもとでは、行政を含む諸行為が適法か違法かを判断するのが司法の役割ですから、
行政府の長たる知事こそ、司法の判断に謙虚であるべきでありましょう。
 福島事故の原因さえ未解明で、収束のめども立たず、何万人もの住民がいまだに避難生活を余儀なくされているなかで、このような発言は許されません。福島県に出かけ仮設住宅の住民の方々の前で、到底語
れないであろうこのような無責任な発言に対して抗議を致します。
(引用終わり) 
 
子どもたちの未来と被ばくを考える会 「抗議文」
(引用開始)
 関西電力高浜原発3、4号機の再稼働をめぐり、4月14日の運転を禁じた福井地裁の仮処分決定について、仁坂知事は20日の知事の定例会見で、「判断がおかしい」と批判した、と21日の新聞で知りま
した。
 報道によると、仁坂知事は、「なぜ原発だけが絶対の神様みたいになるのか。生存権のために『リスクをゼロにしろ』と言っているのに近い。それなら自動車の使用差し止め請求もできるのでは」と発言され
たとのことです。
 しかし、原発は、ひとたび事故を起こすと,その被害は図りしれないものです。実際、福島県の原発事故により4年経った現在も避難している人は12万人にものぼります。福島県で当時18歳未満の人で甲状腺がん及び疑いが117人になったと報告されています。原発の事故原因もはっきりしていません。今なお収束の見通し全く立っておらず、汚染水はたれ流されています。収束するまでに莫大なお金と長い年月がかかります。その間、高線量の被曝労働が続けられます。そして、環境中に放出されたセシウム13
7の半減期30年は特に子どもたちへの影響は測り知れません。
 地殻変動の激しい日本では原発事故の危険性は免れません。福井県の高浜原発が万一事故を起こせば関西一円、和歌山も被害を受けます。またたとえ事故が起こらなくても、運転に伴い発生する使用済み核燃
料の安全な処理はなく、すべて無責任な先送り状態です。
 福島の事故を経験した私たちにとって、今回の知事の発言は、原子力災害によるリスクについて,被害の実態を無視したものと言わざるを得ません。県民の健康や安全を守るべき行政の責任者として、放射能
の被害について,認識を新たにしていただく必要があります。
 私たちは、安心して子供を生み、育てる環境を未来の子どもたちに引き継がなければなりません。仁坂
知事にもその責任があります。
(引用終わり)