今晩(2015年4月23日)配信した「メルマガ金原No.2069」を転載します。

続報・仁坂吉伸和歌山県知事の福井地裁判決(大飯)及び決定(高浜)への批判に対する抗議

 昨日お送りした「仁坂吉伸和歌山県知事の福井地裁判決(大飯)及び決定(高浜)への批判に対し県内団体が抗議を申し入れました」は、久々の“大作”となり、精根尽き果てた、というほどではありませんが、翌日に回す余力はあまり残っていません。
 ということで、県に抗議を申し入れた団体として、昨日は、「脱原発わかやま」「子どもたちの未来と被ばくを考える会」の抗議文をご紹介しましたが、昨日は、「憲法を生かす会・和歌山」も抗議文を提出していましたので、同会代表の西郷章さんにお願いして抗議文のデータを送ってもらいました。本日は、それをご紹介しようと思います。
 西郷さん自身による情報発信は、もっぱらFacebookによっていますので、経過を知るためには以下のリンク先をご覧ください。
 
※4月23日付の朝日新聞和歌山版に、前日(22日)、「脱原発わかやま」や「憲法を生かす会・和歌山」などが抗議文を提出したことが取り上げられたという紹介です。

 それでは、以下に「憲法を生かす会・和歌山」が昨日、和歌山県に提出した抗議文の本文を全文ご紹介します。
 
憲法を生かす会・和歌山 「知事発言に対する抗議文」
(引用開始)
 平素は県民の平和と幸せのために一心に行政に励んでおられますことに県民の一員としてお礼申し上げ
ます。
 さて4月21日の朝日新聞和歌山版の高浜原発運転差し止め仮処分決定に対する知事の批判を見て驚いてい
ます。
 知事職の立場での発言は県民に大きな影響をもたらすことは言うまでもありません。批判の対象人物の樋口裁判長は住民の訴えに対して人格権尊重の立場で判決を下したのであり、私たちは知事が言うように「専門家の言うことに敬意を払う」前に命を尊ぶことを第1義とした樋口裁判長の判決こそ敬意を払うべき
ではないかと思います。
 「なぜ原発だけが問題にされなければいけないのか?」について
 原発の再稼働は人体に悪影響を及ぼす放射能を少ないとはいえ24時間中放出します。住民にとっては目に見えないだけに不安が募ります。
 そこへ、仮に福島事故のような惨事が高浜原発で起きれば、何万人いや場合によれば何十万人、何百万
人の国民が放射能の危害にさらされます。そして、そうならない保証はだれもできません。
 日本は地質学的にも地震大国、火山大国、津波大国であり、原発稼働するには世界一危険な国です。ですから、規制委がいくら「世界一厳格な審査」と言おうが、政府が「世界一安全な原発」と言おうが、一旦巨大な地震など天災が起きれば炉心にひびが入ったり格納容器の多数の配管が破損することになります。又そうならなくても、たとえ一本の配管が破断、断裂しただけでも、致命傷となり、大惨事を引き起こします。しかし、そうならないという保証をだれがして、間違えば何十万人が危害を受ける惨事の責任を
だれが取るというのでしょうか?
 先の福島事故の放射能汚染は世界的規模に拡大されています。被害を受ける住民は「事故は絶対にない
」という保証がない限りは、原発再稼働はしてはいけないと思うのは当然ではないでしょうか。
 文明や利便性も大切かもしれませんが、その前提として知事は住民、県民の命と健康、安全ときれいな
環境を最も大切にしなければならないはずであり、その点から今回の発言は許されず、抗議いたします。
                                         以上
(引用終わり)

 なお、昨日の抗議行動を報じたメディアにリンクをはっておきます(和歌山放送ニュースは再掲です)。
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 最後に、和歌山県田辺市に本社を置く地方紙・紀伊民報の一面に掲載される「水鉄砲」というコラムがあるのですが、今日の「水鉄砲」が、仁坂知事の発言を取り上げていましたのでご紹介したいと思います。
 
紀伊民報 コラム「水鉄砲」 2015年4月23日更新
「原発再稼働と知事発言」

(引用開始)
 原発再稼働をめぐる仁坂吉伸知事の発言が波紋を呼んでいる。福井地裁が関西電力高浜原発3、4号機
の運転差し止めを認める仮処分決定をしたことに対する、記者会見での発言である。
▼知事は、関電大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた福井地裁の判決にも言及して「生存権があるから(原発の)リスクはゼロにというなら、自動車の使用差し止め請求もできる。人間の生命に対するリスクから言えば、こちらの方がはるかに大きい」と発言。「なぜ原発だけが絶対の神様みたいになるんだ
ろう」と述べた。
▼続けて「私もそうですけど、行政のトップや裁判長は謙虚でなければならない。専門家が言ったことに敬意を持つべきだと思いますね」と裁判長を批判している。会見のやりとりを記した県政担当記者のメモを読みながら、同じせりふを原発事故で故郷を追われた福島の人たちの前で言えるのかと、思わず心配に
なった。
▼専門家に知事が言うほどの見識があるのかという疑問も持った。大地震が来れば危ない、万全の対策を、と事故の前に警告していた専門家がどれほどいたのか。あの過酷な事故から、安全を専門家だけに委ね
ることの危険性を学んだのではなかったか。
▼原発事故から4年。現場は高濃度の放射線で汚染され、収束のめどさえつかない。持論を展開されるの
は自由だが、その前に事故の現実を直視されてはどうだろう。それを謙虚というのではないか。(石)
(引用終わり)