今晩(2016年5月1日)配信した「メルマガ金原No.2443」を転載します。

日弁連シンポ「大規模災害と法制度~災害関連法規の課題、憲法の緊急事態条項~」(4/30)を視聴し官房長官(4/15)と櫻井よし子氏(4/26)の発言を思い出す

 昨日(4月30日)午後、東京都千代田区霞が関の弁護士会館2階講堂クレオAにおいて、日本弁護士連合会主催によるシンポジウム「大規模災害と法制度~災害関連法規の課題、憲法の緊急事態条項~」が
開かれました(※チラシ)。
 日弁連ホームページから開催趣旨を引用します。

(引用開始)
東日本大震災から6年目、阪神・淡路大震災から21年目を迎えた今、被災者支援のためにはどのような法制度が実効的か、被災自治体のアンケートやヒアリングを踏まえ、1.国と被災自治体の役割分担、2.災害法規の課題と問題点、3.国に強大な権力を集中し、強度の人権制限を行う制度(緊急事態条項)
が必要か等を検討します。
(引用終わり)

 上の説明のうち、「被災自治体のアンケート」の結果について報じた毎日新聞の記事を引用しておきま
す。
 
毎日新聞2016年4月30日21時51分(最終更新 5月1日07時46分)
緊急事態条項 自治体は懐疑的 日弁連アンケート

(抜粋引用開始)
 憲法改正の主要テーマとされる「緊急事態条項」に絡み、日本弁護士連合会が東日本大震災で被災した
自治体にアンケートしたところ、災害対応は「地方が主導すべきだ」との意見が大半を占めた。緊急時に
政府の権限を強める同条項の必要性に、自治体が懐疑的である状況が浮かんだ。
 30日に東京都内であったシンポジウム「大規模災害と法制度」で公表された。
 アンケートは昨年9月、岩手、宮城、福島3県の太平洋沿岸37自治体に実施し、24自治体から回答を得た。災害対応での国と地方の役割分担について聞いたところ、約8割の19自治体が「市町村主導」
を望んだ。災害対応で「憲法が障害になったか」の質問には1自治体のみが「障害になった」と答えた。
 緊急事態条項に関する直接的な設問はなかったが、結果を分析した永井幸寿弁護士は「災害対策におい
て同条項の必要性はない」との見解を示した。
(略)
 毎日新聞の緊急事態条項に関する被災自治体調査では、対象42市町村中37市町村が回答し緊急事態
条項が必要と答えたのは1町のみ。自由意見で「地方に権限を」との声が目立った。【川崎桂吾】
(引用終わり)
 
 上の記事で、「毎日新聞の緊急事態条項に関する被災自治体調査」というのも行われたことが分かりましたので、その記事も探してみました。
 
毎日新聞2016年4月30日02時30分(最終更新 4月30日10時55分)
緊急事態条項 被災3県で「必要」1町

(抜粋引用開始)
岩手、宮城、福島 初動「現行法で可能」大半
 憲法改正の主要テーマである「緊急事態条項」を巡り、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県
の42自治体に初動対応について聞いたところ、回答した37自治体のうち「条項が必要だと感じた」という回答は1自治体にとどまった。震災を契機に条項新設を求める声が政府内外で高まっていたが、被災
自治体の多くは現行の法律や制度で対応できると考えている。
 憲法改正の是非が夏の参院選の争点に浮上し、緊急事態条項は安倍晋三首相が改憲のテーマと考えているとされる。5月3日の憲法記念日を前に毎日新聞は今月、岩手12市町村、宮城15市町、福島15市
町村の担当部署にアンケートを送付。37自治体が回答した。
 初動対応で「もっと適切に対処できたと感じる場面があったか」と聞いたところ、30自治体が「あった」と回答。この30自治体に対処が不十分だった原因を選択肢(複数回答可)で聞くと、(1)「震災
の規模が事前の想定を超えていた」が26自治体と最も多く、(2)「法律制度に不備があった」が5自治体、(3)「憲法で保障された個人の権利(移動や経済活動の自由、財産権など)が障害になった」は2自治体、(4)「その他」は3自治体だった。
 大半は(1)を選び、初動対応が不十分だった理由として「災害業務を把握していない職員が多く、指揮命令系統も不明確で、円滑な業務遂行に支障をきたした」(福島県いわき市危機管理課)など事前の準
備や制度運用の課題を挙げた。
 一方、緊急事態条項にかかわる(3)を選んだのは、宮城県女川町と岩手県岩泉町だった。東北電力の原発を抱える女川町は唯一、同条項を「必要だと感じた」と回答。「財産権が発災初動期・復旧復興期に大きなハードルとなっている」(企画課)とした。岩泉町は初動対応ではなく復興過程で財産権に絡む問
題があったとしたが、「特例法で対応できた」(総務課)と同条項の必要性は否定した。
 (2)は原発事故で避難を強いられた福島県の浪江町や双葉町などが選び、役場機能の喪失や長期避難にかかわる支援の必要性を訴えた。(4)は岩手県大船渡市などで、被害想定などにかかわる理由を挙げ
た。
 緊急事態条項を巡っては2013年5月の衆院憲法審査会で、自民党の中谷元(げん)議員(現防衛相)が「車とか家屋などが散乱していても所有者を確認しないと勝手に動かせないので、人の命を救うのに時間的なロスがある」と、震災に絡めて必要性を説いた。これに対し、災害に詳しい弁護士らは「災害対策基本法や災害救助法は緊急時の首長らの権限強化を定め、個人の権利は障害にならないはずだ」と反論
している。【川崎桂吾、関谷俊介】
(引用終わり)

 日弁連がこの種の大がかりなシンポジウムを開催する際に、準備期間が2週間や3週間などということはあり得ず、相当前から準備を重ねているのが普通です。被災自治体に対するアンケート調査というのも
その一環でしょう。
 ということからお分かりのように、4月14日以降に発生した熊本地震を受けて開催されることになっ
たのではありません。
 シンポの内容及び登壇者の顔ぶれなどから、日弁連の災害復興支援委員会と憲法問題対策本部の2つの
組織が所管していると推測されます。
 まずは、シンポジウムの内容を収録した動画の1つ(UPLAN)をご紹介します。
 
20160430 UPLAN【シンポジウム】大規模災害と法制度 災害関連法規の課題、憲法の緊急事態条項 (2時間47分)

9分~ 基調講演1 馬場 有 氏(福島県浪江町長)
40分~ 基調講演2 石川 健治 氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
1時間12分~ パネルディスカッション
パネリスト
馬場 有 氏
石川 健治 氏
矢野 奨 氏(河北新報社報道部副部長)
永井 幸寿 氏(日弁連災害復興支援委員会緊急時法制PT座長)
コーディネーター
杉岡 麻子 氏(日弁連災害復興支援委員会副委員長)
堀井 準 氏(日弁連憲法問題対策本部事務局員)
~国と被災自治体の役割分担~
1時間14分~ 馬場 有 氏
1時間19分~ 矢野 奨 氏
1時間24分~ 永井 幸寿 氏 ※被災自治体アンケート結果の報告など
1時間33分~ 石川 健治 氏
~災害法規の課題と問題点~
1時間36分~ 馬場 有 氏 
1時間42分~ 矢野 奨 氏
1時間48分~ 永井 幸寿 氏
1時間52分~ 石川 健治 氏
~災害と緊急事態条項~
1時間55分~ 石川 健治 氏 ※諸外国の憲法における緊急事態条項など
2時間07分~ 永井 幸寿 氏 
2時間17分~ 馬場 有 氏
2時間22分~ 矢野 奨 氏
2時間27分~ 会場発言
~まとめ~
2時間31分~ 馬場 有 氏
2時間32分~ 矢野 奨 氏
2時間35分~ 永井 幸寿 氏
2時間38分~ 石川 健治 氏
2時間42分~ 閉会挨拶(日弁連災害復興支援委員会委員長)

 そもそも、大規模災害のために憲法に緊急事態条項を設けるべきとする「立法事実」など存在しないということが、このシンポのテーマであり、かつ結論であると思いますが、これとは真逆の主張をする人々
がいることも無視できません。
 引用するのも腹立たしいのですが、動画を2つ紹介しておきます。
 
2016年4月15日(午後) 菅義偉内閣官房長官記者会見
9分~ ニコニコ記者の質問に答えて
「まずあの、よく申し上げておりますけど、憲法改正については、国民の理解と議論が深まることが極め
て重要であるという風に思っております。そういう中で、今回のような大規模災害が発生したような緊急時においてですね、国民の安全を守るために、国家、そして国民自らがどのような役割を果たすべきかを憲法にどのように位置付けていくかということについては、極めて重く大切な課題であるという風に思ってます」
※映像を見れば分かりますが、菅官房長官は原稿に目を落としながら発言しており、ニコニコの記者がこの質問をすることは打ち合わせ済みだったということでしょう。

2016年4月26日 記者会見

42秒~ 櫻井よしこ氏
「熊本県はおそらく、私は熊本に実際に行っていませんけども、複数の人々に取材した結果ですね、最初
の揺れの段階だったら、あれは県で何とか対応できると思ったと思うんです。ところがその、本当の本震が来た時に、やはりすさまじい破壊が起きてしまって、これはとても出来ないということで、そこから家屋の倒壊も増えたし、避難する方も桁違いに増えた訳ですね。この時もしですね、緊急事態条項があったと仮定するならば、最初っから国が前面に出て、必要な自衛隊、警察、消防隊も含めてですね、事態に対
処することは出来たであろうと思われます。」
※「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などが5月3日に開催する公開憲法フォーラム「すみやかな憲法改正発議の実現を!-各党に緊急事態に対応する憲法論議を提唱する-」のための記者会見での発言で
す。
 以下、まだ「緊急事態条項があれば・・・」という話が続きますが、あまりのばかばかしさに文字起こ
しする意欲がなくなりました。
 詳しく知りたい人は、J-CASTニュース
「櫻井よしこ氏、憲法改正して「緊急事態条項」を 「熊本地震」に触れつつ「国がパッと対処できる」」をお読みください。
 なお、3分08秒~で百地章日本大学教授が大規模災害と緊急事態条項についての説明をしており、その内容自体には賛成できませんが、さすがに同教授も、熊本地震は法律の範囲内の問題であって、緊急事態条項は関係ないと言わざるを得ませんでした。いくら何でも櫻井氏のばかげた発言に同調する気になれなかったのでしょう。

 大規模災害と憲法上の緊急事態条項については、石川健治教授による以下の発言を文字起こしするだけ
で十分だと思います(シンポ動画の1時間55分~)。

「『海外では(憲法に緊急事態条項があるのが)普通である』ということですが、確かに、緊急事態条項を持っている国は多いということがあります。何故そうなのかというと、その国は『戦争する』からなんですね。簡単にいえば、戦争をする準備である。我々は少なくとも『戦争を絶対しない』という憲法を持
っているということですから、結局、根本問題はどこかということです。逆にいえば、根本問題を先送りして、緊急事態条項だけを作るということには意味がないということです」(音声レベルの都合で聴き取りづらく、想像で補った部分があることをお断りします)

 日弁連のシンポを視聴する「ついで」に、
官房長官や櫻井よしこ氏の発言まで参照することになってしまいましたが、それにしても「災害発生を利用して何ということを言うのか」とあらためて怒りがわいてくるとともに、特に櫻井よし子氏については、「ここまでひどかったのか。百地章氏にまで見放されるほどに」ということに愕然としました。
 さて、何と言ったら良いやら。

(付録)
『自分の感受性くらい』 原詩:茨木のり子 作曲・演奏:中川五郎
 

日弁連「災害シンポ」チラシ