2018年10月8日配信(予定)のメルマガ金原No.3294を転載します。
 
ファクトチェック:芦部信喜教授は東京大学で「立憲主義」を教えなかったのか?~  『国家と法Ⅰ 憲法』(放送大学印刷教材)から検証する
 
 「ファクトチェック (fact checking)」という言葉がいつ頃から一般的に使われるようになったのか、詳しくは承知していませんが、候補者に対する悪質なデマが飛び交った先の沖縄県知事選挙に際し、地元紙・琉球新報が選挙期間中に行ったファクトチェック報道は非常に関心を呼びました。
 
琉球新報 2018年10月4日 10:28
沖縄県知事選ファクトチェック 有権者へ正しい情報を 困難伴うネットデマ検証
(抜粋引用開始)
 9月30日に投開票された沖縄県知事選の選挙報道の中で琉球新報は、それまで実施していなかった、デマやうそ、フェイク(偽)情報を検証する「ファクトチェック―フェイク(偽)監視」の記事を随時掲載した。スマートフォンの普及に伴いネット上の情報に頼る人が増える中、有権者に正しい情報を発信したいとの取材班の思いから本企画は始まった。企画はネット上でも反響があり、毎日新聞が同企画を取り上げるなど複数の新聞社も関心を寄せている。今後も選挙報道で活用されるべき手法と考えるが、事実かどうかの検証の困難さなど課題にも直面した。ファクトチェック企画を振り返る。(滝本匠知事選取材班キャップ)
(引用終わり)
 
 以上の琉球新報の姿勢には及びもつきませんが、私も、まことにささやかながら、インターネットを利用した情報発信をしようとする以上、「ファクトチェック」を心掛ける重要性は常に意識しなければと思っています。
 
 というような前置きの後で書くにしては、今回の「芦部信喜(あしべ・のぶよし)教授は東京大学で立憲主義を教えなかったのか?」というテーマは、いささか旧聞過ぎますし、個人的な関心に偏り過ぎてはいるのですが、思いついた時に書いておかないと時期を逸しますので、お付き合いいただければ幸いです。
 
 そもそも、なぜ「芦部信喜教授は東京大学で立憲主義を教えなかったのか?」というようなことがファクトチェックの対象になるのかと言えば、まず、2012年4月27日に公表された自民党「日本国憲法改正草案」を想起しなければなりません。
 
 
 そして、自民党憲法改正推進本部の中に設置された起草委員会の事務局長であった礒崎陽輔(いそざき・ようすけ)参議院議員が、同年5月27日夜から翌28日早朝にかけて、以下のようなtweet を発信して物議をかもしたのです。
 
(引用開始)
時々、憲法改正草案に対して、「立憲主義」を理解していないという意味不明の批判を頂きます。この言葉は、Wikipediaにも載っていますが、学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか。
確かに、「憲法は、国家権力の抑制を定め、国民の人権を守るものだ。」とよく言われます。立憲主義とは、このことでしょうか。それは否定しませんが、それは憲法の重要な側面を規定した言い方であり、憲法を問われれば、「国家の基本法」というのが正解でしょう。
「立憲主義」、Wickpediaでは、樋口陽一先生の著書が引用されています。私は、芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉は聞いたことがありません。いつからの学説でしょうか?
我々が憲法の教科書に使ったのは、有斐閣の法律学全集で、清宮四郎先生と宮澤俊義先生のもの。ありませんね。佐藤功先生の「日本国憲法概説」を見ていますが、「立憲主義」は、ないようです。法制局に聞くと、京都大学の佐藤幸治先生が広めたのではないかと。それならば、80年代後半以降でしょう。
(引用終わり)
 
 6年前、この東京大学法学部出身の元自治官僚によるtwitter発言を読んだ私は、頭にきて、「立憲主義」を聴いたことがないという参議院憲法審査会委員」という文章を書き、当時まだブログはやっていなかったので、200人くらいの知人に送っていた「メルマガ金原No.961」として発信しました(本ブログ末尾に再掲します)。
 その記事を書く際にも、一応の「裏取り」はしましたし、「(「立憲主義」という言葉を聴いたことがなかったのか否かについて)知らなかったとすれば度し難い「無知」ですし、一応字面(じづら)だけは知っていたが、自民党案を批判する者を揶揄したつもりであったとすれば、「厚顔無恥」の極みです。」という結論については変更の必要を認めません。
 
 ただ、「私は、芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉は聞いたことがありません。」については、裏付けをもって、これが「フェイク」「でまかせ」だと指摘することができませんでした。
 
 礒崎陽輔議員は、昭和57年(1982年)東大法学部卒業であり、芦部信喜(あしべのぶよし)教授は、その2年後の昭和59年(1984年)に東大を定年退官されていますので、たしかに、芦部教授の憲法の講義を受講していても不思議はありません。
 従って、ことの真偽は、礒崎議員と同時期に東大法学部に在籍し、芦部教授の講義を受講した人に証言してもらうのが一番なのですが、何を言うにも30数年も前のことですしね。
 
 私の6歳年下の友人の弁護士(昭和54年東大入学だったと思う)は、芦部教授の退官前に講義を聴けたはずですが(受講したかどうかは未確認)、礒崎議員の発言を知って呆れていました。
 とはいえ、これだけではファクトチェックとしては弱いので、芦部教授自身が書かれた文章によって、礒崎議員による「私は、芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉は聞いたことがありません。」に反駁を加えることができないかと考えていました。
 ところが、残念なことに、芦部教授は、東大を退官されるまで、憲法の教科書(概説書)を書かれず、わずかに、講義録(学生によって筆記されたものがまとめられたものでしょうか)のプリントが東京大学出版会から販売されているだけだったらしいのです(先日の立憲デモクラシー講座第Ⅲ期第8回で、石川健治教授がそのように話されていました)。
 そして、初めて芦部教授名義の憲法の教科書が世に出たのは、芦部先生が東大を定年退官された翌年(1985年)4月、学生を受け入れ、放送授業を開始した放送大学の客員教授として、「国家と法Ⅰ 憲法」を担当されることになり、その印刷教材(テキスト)が出版された時(同年3月)でした。
 
放送大学教材『国家と法Ⅰ 憲法』 著者:芦部信喜
昭和60年3月20日第一刷 発行
発行所 財団法人放送大学教育振興会
市販用発売所 日本放送出版協会
 
 しかし、芦部教授自身が一から印刷教材を書いているような時間がなかったため、弟子の力を借りることになりました。その間の経緯は、同印刷教材の「まえがき」で、以下のように説明されています。
 
(引用開始)
 本書の執筆に当たって筑波大学助教授(注:現早稲田大学教授)の戸波江二君に手伝って頂いた。戸波君が私の大学における講義録を基にして書いた原稿を自由に補正して使うことを承認して下さったおかげで、不完全ながら初期の方針通りにまとめることができた。構成や内容についての全責任が私にあることは言うまでもない。戸波君の協力に感謝の意を表したい。
(引用終わり)
 
 この『国家と法Ⅰ 憲法』が、さらに、後に岩波書店から刊行された概説書『憲法』のベースとなったことはよく知られていることと思います。
 
 以上のような経緯で刊行された『国家と法Ⅰ 憲法』は、東大での講義録が手に入らない間は、最も東大における芦部教授の憲法講義の内容を伝えてくれる資料と言って差し支えないのではと思います。
 
 そこで、同書で「立憲主義」がどのように取り扱われているかというと、まず「まえがき」でその重要性が力説されています。
 
(引用開始)
それに、憲法は国家権力を制限する法、制限することによって人権を保障する法、であるところに本質があるので、憲法を勉強する場合、そういう観点から憲法の意味とその現代における問題状況を検討したり、あるいは、国家権力の濫用から憲法を擁護していくための制度的装置やその理論構成のあり方を探求したりすることに、重点を置く必要があると私は考えるが、それは、中学・高校で社会科や政治経済によく親しんだ者にとっても、かなり取りつきにくさを感ずる分野である。それらの点に関する本書の解説の不十分ないし不完全な箇所は、できるかぎり講義で補充していくよう心掛けるが、それにも限度があるので、巻末に掲げた参考文献を参考として、各自最も適当だと考える方法により、足らざるところを補うようにして頂きたいと思う。
(引用終わり)
 
 放送大学の放送授業が45分講義全15回で構成されていることに対応し、本書は全15章構成となっていますが、その第1章(放送授業で言えば第1回)は、そのタイトルからして「憲法と立憲主義」とうたわれています。
 
(目次から引用開始)
1 憲法と立憲主義
 1 国家と法
 2 憲法の意味
 3 憲法の分類
 4 憲法規範の特質
 5 立憲主義と現代国家-法の支配
2 日本憲法史
3 国民主権の原理
4 平和主義の原理
5 基本的人権の原理
6 基本的人権の限界
7 包括的基本権と法の下の平等
8 自由権(1)-内心の自由
9 自由権(2)-表現の自由
10 自由権(3)-経済的自由・人身の自由
11 参政権と社会権
12 統治の機構(1)-国会
13 統治の機構(2)-内閣
14 統治の機構(3)-裁判所
15 憲法の保障
 1 憲法保障の諸類型
 2 違憲審査制
 3 憲法改正の手続と限界
(引用終わり)
 
 以上の「1-2 憲法の意味」から、一部引用しておきます。これは、本書本文の2頁~3頁の部分です。
 
(引用開始)
形式的意味の憲法と実質的意味の憲法
 「憲法」の概念は多義的であるが、重要なものとして三つをあげることができる。
 第一は、憲法という名前で呼ばれる成文の法典(憲法典)を意味する場合である。これは形式的意味の憲法と呼ばれる。たとえば、現代日本においては「日本国憲法」がそれにあたる。この意味の憲法は、その内容がどのようなものであるかには関わらない。
 第二は、ある特定の内容をもった法を憲法と呼ぶ場合である。成文であると不文であるとを問わない。これは実質的意味の憲法と呼ばれる。この実質的意味の憲法には二つのものがある。一つは、国家の統治の基本を定めた法としての憲法であり、それは通常「固有の意味の憲法」と呼ばれる。国家は、いかなる社会・経済構造をとる場合でも、必ず政治権力とそれを行使する機関が存在しなければならないが、この機関、権力の組織と作用および相互の関係を規律する規範が、固有の意味の憲法である。この意味の憲法はいかなる時代のいかなる国家にも存在する。
立憲的意味の憲法
 実質的意味の憲法の第二は、自由主義に基づいて定められた国家の基礎法である。これは、一般に「立憲的意味の憲法」あるいは「近代的意味の憲法」と言われる。18世紀末の近代市民革命期に主張された。専断的な権力を制限して広く国民の権利を保障するという立憲主義の思想に基づく憲法である。その趣旨は、「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていない社会は、すべて憲法をもつものではない」と規定する有名な1789年フランス人権宣言16条に示されている。この意味の憲法は、固有の意味の憲法とは異なり、歴史的な観念であり、その最も重要なねらいは、政治権力の組織化というよりも人権保障にある。
 以上三つの憲法の観念のうち、憲法の最もすぐれた特徴は、その立憲的意味にあると考えるべきである。したがって、憲法学の対象とする憲法とは、近代にいたって一定の政治的理念に基づいて制定された憲法であり、国家権力を制限して国民の自由を守ることを目的とする憲法である。そのような立憲的意味の憲法の特色を次に要説する。
(引用終わり)
 
 引用はもうこれくらいにしておきますが、「まえがき」から「1-2 憲法の意味」の一部まで、中表紙や目次部分を含めても、全195頁の本の11頁までしか要していません。
 冒頭の重要な部分において、これだけ「立憲主義」の重要性を強調されている芦部教授が、東大の講義で「立憲主義」に触れないなどということはあり得ないでしょう。 
 おそらく、礒崎陽輔氏は、芦部教授の「憲法」の講義の最も重要な部分をさぼったか、仮に聴講したとしてもずっと寝ていたのでしょう。おまけに、講義録も入手しなかったか、入手しても読んでいなかったか、といったころだろうと思います。
 立憲主義を身に付けていなくても、国家公務員試験に合格する妨げとはならなかったようですが、そういえば、和歌山1区選出の岸本周平衆議院議員(国民民主党)は、礒崎議員より1歳年上で、東大法学部から大蔵省入りした元官僚ですが、「立憲主義くらいは大学で学んだ」と言っておられたと記憶します(それはそうだ)。
 
 以上が、6年前の礒崎陽輔参議院議員による「私は、芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉(注:「立憲主義」)は聞いたことがありません。」というtwitterによる発言についての私なりのファクトチェックです。
 あとは、芦部先生の東大での講義録そのものを入手し、実際に東大で芦部先生の講義を受講された方の証言などを集めれば完璧ですが、まあ、そこまでやる必要もないでしょう。
 
 正直、ここまでのファクトチェックを一々やっているだけの時間も労力もありませんが、ネットで情報発信する以上、一応の「裏取り」は必須であることは肝に銘じていきたいと思います。
 
 余談ですが、以上のような興味につられて、放送大学がスタートした当初の印刷教材(テキスト)の1つである『国家と法Ⅰ 憲法』を入手(もちろん古本です)して通読する機会を得、非常に充実した内容で感銘を受けました。実は、平成30年度第2学期で、私の放送大学学生としての在籍期限が切れることになっており、最後に残してあった必修単位を取得して卒業するつもりなのですが、再入学、どうしようかな?
 

2012年5月30日に発信した「メルマガ金原No.961」(その後、2013年2月16日に「弁護士・金原徹雄のブログ」に転載)を再配信します。
 
「立憲主義」を聴いたことがないという参議院憲法審査会委員
 
 今日の昼休みに事務所でコーヒーを飲みながらパソコンを立ち上げたところ、Afternoon Cafe というブログに、「警報:ガチで『立憲主義って、聞いたこと無い』という自民党国会議員が憲法審査会委員をつとめている!!」という扇情的なタイトルの記事が掲載されているのに目がとまりました。
 
 このブログでやり玉に挙げられている自民党国会議員というのは、礒崎陽輔‏(いそざきようすけ)参議院議員であり、その問題発言(tweet)は以下のとおりです。
(引用開始)
時々、憲法改正草案に対して、「立憲主義」を理解していないという意味不明の批判を頂きます。この言葉は、Wikipediaにも載っていますが、学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか。
(引用終わり)
 
 Afternoon Cafe の管理人は、以下のように憤っているのですが・・・。
(抜粋引用開始)
思わず、4月1日じゃないよね!?ってカレンダー見てしまった。
立憲主義って昔からある学説ですかって、あーた、学説とかいうレベルの話じゃないでしょ。
それ、国民主権ってなに?とか
法の支配、法治国家ってなに?とか
民主主義ってなに?とかいうレベルの話ですよ!
こんなひとが憲法審査会委員って信じられません。
どうりで立憲主義を完全にぶち壊した文言のめちゃめちゃな改正案になってるわけです。
以前からずっと、自民党の憲法改正案は立憲主義を理解していないと書いては来ましたが、まさか、まさか、本当に知らなかったとは・・・世も末です。
いやいやいやいや、そんなはずはない知らないはずはない、たちの悪い冗談ですよね、礒崎さん?
と思い直して続きのツイート読んでみたら・・・本当に知らなかったみたい・・・orz
学生時代の憲法講義では聴いたことないってマジあり得ません。
学生時代に英文学部に所属してたけど、シェイクスピアなんて聞いたことがない、といってるに等しいですよ、これ。
(引用終わり)
 
 さて、これだけご紹介しただけでは、やはり十分な情報提供とは言えないでしょう。
 ということで、少し裏を取ってみることにしました。
 
裏付1:礒崎陽輔‏参議院議の経歴調査
 全部コピーして貼り付ける必要もないでしょうが、注目すべき箇所のみ抜粋します。
   経歴
   昭和32年10月 大分市上野に生まれる
      51年 3月 大分県立大分舞鶴高等学校卒業(23回生)
      57年 3月 東京大学法学部卒業
      57年 4月 旧自治省に入省
              以下略
      62年 4月 和歌山市企画部次長、財政部長
              以下略
   平成18年 7月 総務省大臣官房参事官を最後に退職
      19年 7月 第21回参議院議員通常選挙・大分選挙区で当選
   現職
    参議院
     予算委員会理事
     総務委員会委員
     憲法審査会委員
    自由民主党
     憲法改正推進本部事務局次長・起草委員会事務局長
     他の党務は略
 
(抜粋引用開始)
立憲主義(Constitutionalism)は、多義的な概念であるが、国家の統治を、憲法に基づき行う原理、ないし、憲法によって権力の行使を拘束・制限し、統治機構の構成と権限を定めて、権利・自由の保障を図る原理をいう。
古典的立憲主義
 省略
近代的立憲主義
(前略)
近代的立憲主義は、このような絶対君主の有する主権を制限し、個人の権利・自由を保護しようとする動きの中で生まれたのである。そこでは、憲法は、権力を制限し、国民の権利・自由を擁護することを目的とするものとされ、このような内容を持つ憲法を、特に立憲的意味の憲法(近代的意味の憲法)という。フランス人権宣言16条には「権利の保障が確保されることなく、権力分立が定められていないすべての社会は、憲法をもつものではない」とあるが、ここにいう「憲法」や、19世紀に各国で定められた自由主義的憲法こそ、立憲的意味の憲法である。個人の人権の保障と権力分立は、その重要な要素であ
る。
(後略)
外見的立憲主義
 省略
近代的立憲主義の現代的変容
 省略
(引用終わり)
 
裏付3:Afternoon Cafe の該当記事へのコメントの参照
 様々なコメントの書き込みがあってこれも参考になります。
 特に、慶応義塾大学の小林節(こばやしせつ)教授が「マガジン9条」のインタビューに答えた記事は是非一読したいですね(かなり前のものですが)。
  その1   
  その2
 
裏付4:礒崎陽輔‏議員の tweet の続きを検証する
 字数制限のあるtwitterでは、1つのテーマを論じる場合には、いくつかのtweetが連なることが多いので、Afternoon Cafe が引用するtweetの続きがあるのではないかと思い、ご本人のtwitterに当たってみようと思ったのですが、既に同じことを考えてまとめてくれていた人がいたので引用します(やや手抜きですが)。
(引用開始)
時々、憲法改正草案に対して、「立憲主義」を理解していないという意味不明の批判を頂きます。この言葉は、Wikipediaにも載っていますが、学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか。
確かに、「憲法は、国家権力の抑制を定め、国民の人権を守るものだ。」とよく言われます。立憲主義とは、このことでしょうか。それは否定しませんが、それは憲法の重要な側面を規定した言い方であり、憲法を問われれば、「国家の基本法」というのが正解でしょう。
「立憲主義」、Wickpediaでは、樋口陽一先生の著書が引用されています。私は、芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉は聞いたことがありません。いつからの学説でしょうか?
我々が憲法の教科書に使ったのは、有斐閣の法律学全集で、清宮四郎先生と宮澤俊義先生のもの。ありませんね。佐藤功先生の「日本国憲法概説」を見ていますが、「立憲主義」は、ないようです。法制局に聞くと、京都大学の佐藤幸治先生が広めたのではないかと。それならば、80年代後半以降でしょう。
(引用終わり)
 
 とりあえず裏を取る作業はこんなところでいいでしょう。
 そこで、私の意見ですが、基本的にこの元自治官僚は人格に問題があると思います。
 こういう元学生に「芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉は聞いたことがありません」と言われては、芦部信喜(あしべのぶよし)先生も浮かばれないでしょう。
 もっとも、案外、東大法学部から官僚を目指すような学生にロクな者はいないと達観しておられたかもしれませんが。
 1999年に逝去された芦部先生は、2005年「自民党・新憲法草案」や2012年「自民党・日本国憲法改正草案」を目にされることはなかった訳ですが、もしも先生が長命を保たれていれば、必ずや自民党案の「非」を指摘されていたことでしょう。
 私自身は、東京で司法試験の受験勉強をしていた当時、中央大学真法会主催の講演会で一度芦部先生の講演を伺ったことがあるだけなのですが、たんたんとした語り口の中にも、深い学識がにじみ出ており、深い感銘を受けたものでした。
※後注 「中央大学」ではなく、「中央大学真法会」主催の講演会だったと思いますので訂正します。
 
 さて、礒崎陽輔議員が本当に「立憲主義」という言葉を聴いたことがなかったのか否か?ということですが、ここまで調べてくると、「どっちでも同じだ」というのが私の結論です。
 知らなかったとすれば度し難い「無知」ですし、一応字面(じづら)だけは知っていたが、自民党案を批判する者を揶揄したつもりであったとすれば、「厚顔無恥」の極みです。
 状況証拠から見れば、どちらかと言えば後者の可能性の方が高いでしょうが。
 
 5月3日の憲法記念日に、メルマガNo.929で「憲法記念日に考える(立憲主義ということ)」という文章を書いた私としては、なおざりに出来ない話題であったため、つい力が入ってしまいました。
 
 以前にも書きましたが、「原発の危機」「放射能の危機」と「憲法の危機」は通底しているということをあらためて実感しています。

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