2019年9月1日配信(予定)のメルマガ金原No.3427を転載します。

放送予告・ETV特集「昭和天皇は何を語ったのか~初公開“拝謁記”に迫る~」(89分拡大版/2019年9月7日)

 「今年の夏、NHKは頑張った」という話をよく聞きました。主に、テレビのドキュメンタリー制作部門についてのことですが。
 その中でも、最も注目を集めたのは(NHKも力を入れたのは)、8月17日(土)にNHKスペシャルで初回放送された「昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録「拝謁(はいえつ)記」~」でしょう。
 初代宮内庁長官であった田島道治(たじま・みちじ)氏が克明に書き残した1949(昭和24)年から4年10か月の記録は、いずれ出版されることは間違いないでしょうし、本格的な研究はこれからですから、あまり早まった評価はすべきではなく、とりあえず、その概略だけでも念頭にとどめておきたいと思います。

 とはいえ、NHKスペシャルでは再放送も終わってしまったし、録画し損なってしまったという方にとって、うってつけの情報がありましたので、久しぶりにブログで放送予告をすることにしました。
 それは、NHKスペシャルで59分枠で放送されたものが、EテレのETV特集で89分拡大版として放送されることになったというものです。
 以下に、番組案内を引用します。

NHK・Eテレ 
本放送 2019年9月7日(土)午後11時00分~午前0時30分
再放送 2019年9月12日(木)午前0時00分~午前1時30分(11日深夜)
ETV特集「昭和天皇は何を語ったのか~初公開“拝謁記”に迫る~」

「占領の時代、昭和天皇のそばにあった田島道治の新資料「拝謁記」が公開された。1949(昭和24)年から、昭和天皇の言葉が克明に記されていた。注目されるのが戦争責任と退位の可能性だ。敗戦の道義的責任を感じていた昭和天皇は、当初退位も考えていた。さらに1952年の独立記念式典の「おことば」で戦争への反省を述べようとする。しかし、最終的に戦争の経緯は削除された。なぜか―。天皇と長官の対話を忠実に再現する。
【出演】片岡孝太郎、橋爪功」


 この「拝謁記」にNHKが力を入れていることは、「NHK NEWS WEB」に、「昭和天皇「拝謁記」―戦争への悔恨―」という特設ページを設けていることからでも分かります。
 しかもその特設ページ自体、相当気合いを入れて作っていることが、その見出しを読むだけでも伝わってきます。いちいち各ページにリンクはしませんが、「目次」代わりに、見出しだけ紹介しておきます。

昭和天皇「拝謁記」―戦争への悔恨―
 記述内容
   戦争への悔恨 
     昭和天皇 語れなかった戦争の悔恨
     繰り返し語る後悔の言葉
     強くこだわった「反省」
     削除された戦争への悔恨
        専門家「戦後も戦前・戦中を生きていたのではないか」
   退位への言及
     東京裁判後も退位に言及
     「国民が退位を希望するなら少しも躊躇せぬ」
   象徴への模索
     「象徴」への模索も明らかに
     象徴への決意
     政治的発言も
   再軍備・改憲
     東西冷戦下 再軍備や改憲にも言及
     「軍備の点だけ公明正大に…」
     「旧軍閥の再抬頭は絶対にいや」
      専門家「新たな発見だが旧軍には批判的」
     人間 昭和天皇
       歴代総理大臣の人物評繰り返す
       近衛文麿と東條英機
       芦田均と吉田茂
       「独自視点から人々を判断」
 「拝謁記」とは
      「生々しい肉声 超一級の資料」
         18冊の手帳とノート
     専門家「生々しい肉声 超一級の資料」
     拝謁の記録は600回 300時間超
     9割は「昭和天皇実録」に記載なし
     「空白期」埋める貴重な資料
     9か月かけ10人超える専門家と分析
    初代宮内庁長官 田島道治氏
      戦後初めて民間から長官に
     「焼却される寸前だった」
   終戦から独立回復 昭和天皇を取り巻く状況
     「人間宣言」から「象徴」へ
     西側陣営で国際社会復帰へ
     平和条約発効記念式典とは
     平和条約発効式典おことば
   分析に当たった専門家の評価
     「生々しい昭和天皇の本音」(古川隆久日本大学教授)
     「天皇の考えの揺らぎ伝わる」(吉田裕一橋大学特任教授)
     「一言一句の記録 見たことない」(茶谷誠一志學館大学准教授)
     「生身の昭和天皇 衝撃的な資料」(冨永望京都大学大学文書館特定助教)
     「昭和天皇の本音がわかる貴重な資料」(瀬畑源成城大学非常勤講師)
 年表

 この「NHK NEWS WEB」特設ページから、特に興味を引かれた「拝謁記」の記載を2カ所引用します。

 1つは、番組告知でも強調されている、1952年(昭和27年)4月28日の「平和条約発効式典」での「おことば」に盛り込もうとして、吉田茂首相の反対によって削除されたという部分です(既に学界では知られたことであったようですが)。

(引用開始)
 吉田総理大臣が削除を求めた一節は、「国民の康福(こうふく)を増進し、国交の親善を図ることは、もと我が国の国是であり、又摂政以来終始変わらざる念願であったにも拘(かか)わらず、勢の赴くところ、兵を列国と交へて敗れ、人命を失ひ、国土を縮め、遂にかつて無き不安と困苦とを招くに至ったことは、遺憾の極みであり、国史の成跡(せいせき)に顧みて、悔恨悲痛、寝食(しんしょく)為(ため)に、安からぬものがあります」という部分です。このうち、「勢の赴くところ」以下は、昭和天皇が国民に伝えたいと強く望んだ戦争への深い悔恨を表した部分でした。
(引用終わり)

 もう1つは「退位(譲位)」についての発言のうち、「それはそうだろうなあ」と思わず同感してしまった部分です。

(引用開始)
 サンフランシスコ平和条約の調印が翌月に迫った昭和26年8月には、「責任を色々とりやうがあるが地位を去るといふ責任のとり方は私の場合むしろ好む生活のみがやれるといふ事で安易である」と、退位した方がむしろ楽だと語ったと記されています。
(引用終わり)

 それから、NHKの委嘱により、「拝謁記」の分析にあたった学者の1人である古川隆久日本大学教授が毎日新聞に寄稿した文章は、この種の資料にどう向き合うべきかを考える上で示唆的であり、是非お読みいただければと思います。

毎日新聞WEB版 2019年8月27日 14時26分
昭和天皇「拝謁記」報道を巡って 注意深い読み解きが必要=古川隆久・日本大教授

(抜粋引用開始)
 裏付けの例としては、52年5月のサンフランシスコ講和条約発効記念式典における「おことば」について、検討の開始時期や、案文の推移はこれまでの研究でわかっていたが、悔恨の意を盛り込むことへの昭和天皇の思いの強さ、途中での修正や吉田茂が削除を要請した具体的理由は、この「拝謁記」で初めてわかったことである。
 新事実としては、日中戦争中の南京事件に関する昭和天皇の認識や、この時期に昭和天皇が防衛軍的な意味での再軍備やそのための憲法改正を強く望んでいたことなどがある。
(略)
 新発見の史料の解釈や評価は、部分的であれその史料を初めて実際に読み解いた歴史研究者の評価が最初の有力な手掛かりとなる。歴史的な文書は、それが書かれた時代、あるいはその中で話題になっている時代の状況は時代背景を踏まえなければ、先入観による全く的外れな解釈や評価が下される危険性が生じるからである。
 比較的近い時代に書かれた「拝謁記」もその例外ではない。特にこの「拝謁記」は、現代日本と共通するような政治問題が話題になっている部分が多いだけに、余計に注意深い読み解きが求められる。当然、研究者の評価や解釈の報道に問題があれば、話の出発点から的外れということになってしまうのである。

(引用終わり)

 最後に、「拝謁記」は1949年2月から53年12月までの記録ですから(田島道治氏が宮内庁の前身・宮内府の長官に就任したのが1948年6月)、あの沖縄・天皇メッセージが発せられた1947年9月の記録は当然ながらありません。
 私としては、それがいささか残念ではあります。