202028日配信(予定)のメルマガ金原No.3442を転載します。

東京高等検察庁検事長定年延長問題について~法律の規定は読み間違えようがない

 去る1月31日、内閣は定例閣議において、2月8日に満63歳の検察官としての定年(検察庁法第22条)を迎える東京高等検察庁の黒川弘務検事長の勤務を半年間延長させることを、国家公務員法第81条の3第1項に基づいて決定したと報じられました(閣議の議事録はまだ公開されていません)。
 本稿は、上記閣議決定の「判断の適否」を論じようとするものではありません。純粋に、「法律上そんなことが可能なのか?」という素朴な疑問を自ら検証してみよう、というものに過ぎません。

 そして、その検証といっても、主として郷原信郎、渡辺輝人、海渡雄一各弁護士がいち早く公表された論考に導かれ、関連法条を読んでみたというのが実態であることを予めお断りしておきます。

郷原信郎「黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い」
渡辺輝人「安倍政権による東京高検検事長の定年延長は違法ではないか」
海渡雄一「検察官に国公法の定年は適用されない!」(Facebook)

 この問題を考えるための関連法条は以下のとおりです(条文は巻末にまとめて引用してあります)。

検察庁法第22条(検事正及びその他の検察官の定年)
検察庁法第32条の3(国家公務員法の特例)
国家公務員法第81条の2(定年による退職)
国家公務員法第81条の3(定年による退職の特例)
国家公務員法附則第13条(国家公務員法の特例)

 いやしくも法律家であるならば、上記関連法条を一読するだけで、自ずから導かれる解釈は1つしかないと、少なくとも私は思います。
 ただ、それだけでは、法律家ならざる人にはよく分からないかもしれませんので、少し言葉を補って説明します。

 検察官も国家公務員である以上、国家公務員法の適用がある。そして、必要な場合には定年を延長できるという規定が、検察庁法にはないものの、国家公務員法第81条の3にはある。そこで、黒川弘務東京高検検事長の定年(勤務)延長もできる、というのが1月31日の閣議決定の論理のようです。

 けれども、「本当にそうか?」と多くの法律家が疑問をいだき、声をあげたのは、以下のように関連法条を読み取ったからだと思います。

 今回の勤務延長の根拠となった国家公務員法第81条の3第1項は、「任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。」と定めています。
 ここで読み過ごしてはならない最重要部分は前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合においてです。
  前条(第81条の2)第1項は以下のような規定です。
「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年(注:同条第2項によって「年齢六十年」と定められています)に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。」
 つまり、国家公務員法第81条の3第1項によって勤務延長の決定が出来るのは、同法第81条の2第1項の規定により退職すべきこととなる場合に限定されているのであって、他の法令によって異なる定年が定められている公務員に適用はないと解釈するのがごく素直な文理解釈というものです。

 そして、検察庁法第22条は「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。」と特別の定めを置き、全ての検察官は、国家公務員法第81条の2第1項ではなく、検察庁法第22条の規定により退職しているのですから、国家公務員法第81条の3第1項による定年延長など出来るわけがありません。

 ただし、それにもかかわらず、内閣が黒川検事長の勤務延長に踏み切ったのはなぜか?ということが疑問になってきます。

 この点について、去る2月3日の衆議院予算委員会において、森雅子法相は、国民民主党の渡辺周氏の質問に答え、「検察庁法は国家公務員法の特別法。特別法に書いていないことは一般法の国家公務員法が適用される」と説明したそうです(中日新聞・共同)。
 まだこの日の会議録は公開されていませんので、衆議院インターネット審議中継を視聴してみました。
 全部で8時間28分もある中継動画の6時間45分経過頃から問題の森雅子法務大臣による答弁がありました。書き起こししてみます。

「委員もよくご存知だと思うんですけれど、検察庁法は、国家公務員法の特別法にあたります。そして、特別法に書いていないことは、一般法である国家公務員法の方で、そちらが適用されることになります。検察庁法の22条を今お示しになりましたが、そちらには定年の年齢は書いてございますけれども、勤務延長の規定について特別な規定は記載されておりません。そしてこの検察庁法と国家公務員法との関係が検察庁法32(条)の2に書いてございまして、そこには(検察庁法)22条が特別だと書いてございまして、そうしますと、勤務延長については、同法が適用されることになります。」

 おそらく、法務省の官僚が用意したと思われる答弁用原稿を読み終え、自席に戻る森法相の姿を映像で眺めながら、私の頭には「?」がいくつも浮かんでいました。
 根本的には、「特別法に書いていないことは、一般法である国家公務員法の方で、そちらが適用されることになります。」と言うけれど、検察庁法に(勤務延長のことが)「書いていない」と言えるのか?(勤務延長できないという趣旨も含んでいるのではないか)ということが最大の問題ですが、検察庁法第32条の2を持ち出したことも疑問です。同法第32条の2というのは、同法の最後の条文で、こういう内容です。
「この法律第十五条、第十八条乃至第二十条及び第二十二条乃至第二十五条の規定は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)附則第十三条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたものとする。」

 具体的に言うと、
第15条 検察官の任免
第18条 二級検察官の任命及び叙級
第19条  一級検察官の任命及び叙級
第20条 検察権に任命できない者の特例
第22条 検事総長及びその他の検察官の定年
第23条 検察官の免官
第24条 検察官に剰員が生じた場合の特例
第25条 検察官の身分保障
などの諸規定が、国家公務員法の「特例」であることを念のために明示した規定です。

 なお、その根拠となった国家公務員法附則第13条は、「一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律又は人事院規則(略)を以て、これを規定することができる。」という規定です。

 まあ、ここまで読めば、検察庁法第22条が国家公務員法第81条の2の「特例」を定めたものであることは、共通認識(!)であることが確認できたと思いますが、それではなぜ政府は、検察官に国家公務員法第81条の3を適用して勤務延長(定年延長)が出来ると解釈しているのでしょうか?
 正直、森法相の説明を聞いてもさっぱり分かりません。
 元検察官の郷原信郎弁護士も、以下のような論説を書いておられます。

郷原信郎「「検事長定年延長」森法相答弁は説明になっていない」

 森法相の答弁を聞いて私の頭に浮かんだ最初の「?」についても、郷原弁護士は明確に主張されています。

(引用開始)
 問題は、検察庁法22条の「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。」という規定が、「退官年齢」だけを規定したもので、「定年延長」については規定がないと言えるのかどうかである。検察庁法の性格と趣旨に照らせば、「退官年齢」と「定年延長は認めない」ことの両方を規定していると解するのが当然の解釈だろう。
(引用終わり)

 私の現時点での最後に残った疑問は、政府は、国家公務員法第81条の3第1項にいう「定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合においてという要件をどうクリアしようというのだろうか?ということです。
 もしかしたら、第81条の2第1項「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、(略)退職する。」とあるのだから、検察庁法第22条という「法律に別段の定めのある場合」であっても、第81条の2第1項により「退職すべきこととなる場合」に含まれるとでもいうのでしょうか?まさかとは思いますけどね。

 なお、渡辺暉人弁護士や海渡雄一弁護士が引用されている国家公務員法についてのコンメンタール「逐条 国家公務員法」(森園幸男・吉田耕三・尾西雅博編/学陽書房2015年3月刊/2万円+税)に以下のような記載があるそうです(第81条の2についての解説の一部)。


 
(引用開始)
「法律に別段の定めのある場合」には、本法の定年制度の対象とはならない。一般職の国家公務員については、原則的には本法に定める定年制度が適用されるが、従来から他の法律により定年制度が定められているものについては、その経緯等に鑑み、それぞれの法律による定年制度を適用しようとするものである。このようなものとしては、検察庁法第二二条による検事総長(六五歳)及び検察官(六三歳)の定年、教特法第三一条の規定に基づく文部科学省国立教育政策研究所の研究施設研究教育職員(六三歳)の定年がある。
(引用終わり)

 ここまで書いてきて、法律の解釈などには慣れていない一般の方にはさっぱり理解していただけなかったのでは、と思えてきました。
 私自身、国家公務員法第81条の3第1項の規定によって、東京高検検事長の勤務延長が出来るという解釈を編み出した官僚(いたはずです)の思考経路を跡づけようと試みたのですが、正直、途上で挫折した思いです。
 いやはや、とんでもない世の中になったものです。

(関連法令)
国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)
 (定年による退職)
第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
〇2 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。
一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢六十五年
二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢六十三年
三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢
○3 前二項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。

 (定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
○2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。

  附  則
第十三条 一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律又は人事院規則(人事院の所掌する事項以外の事項については、政令)を以て、これを規定することができる。但し、その特例は、この法律第一条の精神に反するものであつてはならない。

検察庁法(昭和二十二年法律第六十一号)
第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。

第三十二条の二 この法律第十五条、第十八条乃至第二十条及び第二十二条乃至第二十五条の規定は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)附則第十三条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたものとする。