父との初デート

 9月の終わり、幸子さんは父と初めて釣りに行った。父は渓流釣りが趣味。5月に定年を迎え、家にいるようになった。ぎくしゃくした関係を終えた証しに、何か一緒にしたいと考えていた矢先だった。


 「釣りに行くか」

 「うん」

 幸子さんは二つ返事で答えた。


 長良川水系の上流部に、イワナ・アマゴを狙うことに。父は仕掛けや餌、竿や魚籠(びく)まで用意し、運転も引き受ける。渓の下り方や竿の振り方まで、手取り足取り教えてくれる。納竿後はランチのお店まで予約してくれていた。まるで1日がデートのよう。帰りの車中、幸子さんはぐっすり眠った。


 「これが私の欲しかったものだと実感できました。甘えたいことを素直に表現できて、不思議と安心している自分がいた。不安や寂しさは、自分からつくっていたんだと思いました」


 家にいる居心地のよさを初めて知った。両親とハグをすることも。父は最初「いいよ、いいよ」と逃げ回っていたが、「やっぱりうれしそう」と幸子さん。


 母に対しては、外出する際「今日、夕ご飯は」と毎度尋ねられ、うるさく感じていたが、「私の伝え方が悪いから、何度も聞いてたんだ」と気付いた。今は「○○に行くからご飯はいいよ」というふうにコミュニケーションを欠かさない。


 「人の話を聞けるようになったと思う。今までは母が感情的に物を言うと、いちいち腹を立て、嫌な気分になっていました。分かってもらおうと思わなかったんです」


 今は母が何を言おうとしているのか理解に努め、「こういう思いだったの」と聞ける。そうして「でも、私はこう思うよ」と伝えるよう心掛けている。