羽子とわこのアイカツ日誌(仮)

「それで、一体何がどうしてあなたは人の実家にまで押し掛けてきたのよ」


「や~別にそんな大した事情があった訳じゃないのだぜ?」


時刻は午後一時を少し過ぎた辺り。

あたしの隣には、白い息を吐きながらニシシと笑う天城すぴかの姿がある。

あたし達は今制服に身を包み、とある場所へと向かっていた。

まだ学園へ戻る訳ではない。

お母さんが腕に縒りを掛けて作ってくれたお雑煮や正月料理を堪能した後(すぴかはあたしの二倍以上の速度で箸を進めていた)、二人で初詣へ行ってはどうかと提案されたのだ。


『折角なんだから、すぴかちゃんと二人で行ってきたらどう?』


例年であれば家族三人水入らずで近所の神社へ参拝する訳なのだが、今年のお父さんはどうやら元旦から忙しいらしく、丁度あたしが玄関のインターホンを鳴らすのと入れ違いで仕事へ向かったのだそうだ。

気をつけなさいね、とにこやかな表情で手を振るお母さんに見送られ、小学生の頃に通学路としても使用していた見知った道をすぴか(かのじょ)と二人で歩いていく。


「実はサ! すぴか見てたんだよね~!」


「見てたって何を……?」


訝しみ、鸚鵡返しに問い質す。


「ほらほらアレだってば。スミレと二人でユニット組んでたやつ~!」


「ああ、日付的にはつい昨日のライブの事ね。あれ……あなたも出場していたの?」


思い返してみるも、会場でこの子の姿は見なかった筈だ。自信は無いけれど。


「あははは、わこってば早とちりしすぎ! 違う違うすぴかは昨日もオフだったんだけど自主練サボって寮の部屋でゴロゴロ──じゃなかった! え~っと、そうそう"じょーほーしゅーしゅー"の為にわこが出てたあの番組を見てたのでした、はい!」


……そう、成る程ね。それであたしとスミレのステージを見た事とあたしの家に来た事に何の関係があるっていうのよ」


少し辛辣に言い放つ。

この時のあたしの心情を一言で表わすならば、『御託はいいから早く結論を述べろ』だ。


「あぁもうゴメンってば~! 怒んないで怒んないで、あんましイライラしてると髪の毛抜けちゃうゾ?」


ぶちっ。

何処かの血管が、若しくは平常心を保つ為の最後の一線が切れた音を聞いたような気がした。


「一々突っ込むのも疲れるしとやかくは言わないけれど……だから結局何? あたしのステージが酷かった? ダメ出しでもするつもりで態々後を追ってきたっていう訳!?」


一瞬の静寂。

するとすぴかは意外にも、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後顔を真っ赤にし、声を荒げ異議を唱えたのだった。


「違うよっ! 逆だってば! スミレも凄かったけど、それいじょーにわこのパフォーマンスは全部凄かったの!!」


……っ!?」


え、何? あたし褒められてる?

混乱に次ぐ混乱、事態が良く飲み込めない。


「すぴかもう一目惚れで、おんなじスターライトのアイドルだけど、ファンになっちゃったんだよ! だから……だから早く直接お話しして仲良くなりたいなーって!!」


しーん、と。

あたし達同様に神社へ向かう老若男女が、思わず足を止め大声の出所を、その一点を見つめている。

つまりはあたしとすぴかの方を。


(ちょ、思い切り注目されているじゃないのよ!)


──周囲の視線から逃れるように。

──彼女の好意を誤魔化すように。

あたしは思わず走り出した。

けれどその手には、確かにもう一人の手が握られていて。

睦月の冷たい風を感じながら、あたしは彼女の手を引き、赤くなった顔を見られないようただただ無心で走り続けた。

もしかすると、あたしは夢でも見ているのだろうか?

そうでなければこの突拍子もない展開には説明がつかない。

取り敢えず名乗られたからにはこちらも一応名乗っておこう──と思う。


「はあ……どうも。宋木です」


「わこだよね~知ってる知ってる。"見てた"から! あ、でもでもこれこれはどうもご丁寧に。拙者天城すぴかと申します候。コンゴトモヨロシク」


ふざけているのかこの子なりに真面目な態度を演じているのかは定かではないが(否、絶対にふざけている)深々と頭を下げる天城すぴかさん。

いやいや……そんな社交辞令的な挨拶よりもいい加減この状況の説明を求めたい。

なにせこちらは明らかに初対面の相手に馴れ馴れしく名前を呼ばれ、困惑を通り越し不信に思っているのだから。

その時、お母さんがお雑煮の入った椀を抱えながら思わぬ助け舟を出してくれた。


「それにしても珍しいわね、わこがお友達を連れてくるなんて」


……へ?」


思わず、間抜けな声が漏れてしまった。

確かにあたしはスターライトへ入学してから両親に対して一度も友人を紹介した事はなかった。

それは正直なところただただがむしゃらに、ある意味孤独にアイカツに励んできた所為もあり、"友人"と呼べるべき存在が一人も居なかったからだ。

うん……自分で言ってて悲しくなってきた。

しかし目の前の少女とははっきりと断言するが、交友関係を築くに至る出来事(イベント)なんてものは一切なかった。

もし何処かで顔と名前を覚えられたのだとしても、突然何食わぬ顔で人の実家にまで押し掛けてくるような輩とは生憎と仲良くなりたいとは思わない。

けれどお母さんはどうやらこの天城すぴかという少女を、なんの冗談か本当に娘の友人だと信じ込んでいるらしい。

昔からどこか抜けている母親(ひと)ではあったけれど、普通は娘(あたし)に『お友達が遊びにきたわよ』と一言でも告げるべきではないだろうか。

どうして、さも当然のように家へ上げてしまったのだろう。


(考えても仕方がない……か)


きっとお母さんもなにかと心配だったのだろう。

──親元を離れての寮生活。

──アイドルとしての生活。

様々な面で娘の身を案じていた事は想像に難くない。

喩え茶番劇だったとしても、ここは一つ仲睦まじそうな演技で『あたしは大丈夫元気にやっているよ。ほら友達も出来たから』と、安心させてあげる事が親孝行ではないだろうか?

というか、そう言い聞かせでもしないとおかしくなりそうだ……


「えっと……うん、あのねお母さん。この子はさっきも言ってたけどすぴかっていって一応あたしの友達。二人とも三が日はオフだったから良ければウチに遊びに来ないかって誘ったの。急な事だし、先に連絡しなくてごめんなさい」


「あらあら、大丈夫よ。お父さんはお仕事だしお母さんも賑やかな方がいいもの」


心底嬉しそうに微笑むお母さん。

ううっ……良心が痛む。

別に友達でもなんでもないんだから、と真実を吐露してしまいたい。

すると突然、あたしの真横に近寄ったすぴかがそっと小声で耳打ちをする。


「ごめんネ、わこ。突然押し掛けちゃって……


どうやらこの子にも少しは真っ当な感性が残っていたようだ。


「別に。ただ後でちゃんと説明してもらうから」


これが、後に腐れ縁とも呼ぶべき存在となる彼女(すぴか)との馴れ初めだった。