2016年08月08日

真田のこねつき餅

信州・松代の真田こねつき餅

先週末、長野県・松代へ行き、そこで「こねつき餅」
というものを食べた。「こねつき餅」とは、米で作った
「おやき」だが、その語源を聞いて、感慨深いものを
感じた。

松代といえば、六文銭で知られる真田10万石の
城下町だったところ。小大名が戦国の世を生き残
るため、関ヶ原の戦い(1600年)の際、兄弟(兄
・信之、弟・幸村)で東西両陣営に分かれたことが
あまりに有名だ。

その後、豊臣最期の闘いと言われる「大阪夏の陣」
が始まる頃、徳川方に味方して戦に備える真田信之
公の元を密かに訪れた立派な
武将がいた。
その武将こそ、後の世にその名を残す真田幸村公で
ある。

 豊臣方についた幸村公が今生の別れを告げるため、
兄の元を訪れた事を知り、兄弟は静かに別れの盃を
交わす。
 兄、信之公は、深夜のこととて米を炊くわけにもゆか
ず、残っていた冷飯を丸めて味噌で味をつけた餅を土
産に持たせたと
いう。戦国の世に敵、味方に分かれた
兄が弟を想う精一杯のもてなしだったのだろう。

  真田こねつけ餅には、そんな兄弟のせつない物語
があったといわれている。

 私の名前も実は「信之」。とても美味しかったので、
真田こねつき餅をたくさん買い込み、おみやげとして
配ろうかと思ったら、その人とは今生の別れなるかも
と思い、全部、自分で食べることにした。また太るな。



wakuwakusumai at 10:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

忘れられない1枚の写真

ラオスという小さな国がある。今から20年ほど前、旅行好きの私は単身、この東南アジアの小国を訪ねて行ったことがある。タイ国境の町・ノンカイから小舟で
メコン川を渡って、まだ社会主義体制時代のラオスを見てみたかった。まだソ連崩壊以前の時代で、首都・ビエンチャン市内には旧ソ連の軍人などの姿も目立っていた。当然、ラオス語も分からず、車の運転手に行き先を告げたくても、会話にならず困っていると、その運転手は、村から「通訳」らしき人を連れて来て、何とかしようとしてくれた。ところが「英語」か隣国タイ語の分かる人かと思っていたところ、何と「フランス語」が口から出てきた。フランス語などちんぷんかんかんな自分としてはますます困ってしまったが、考えてみればラオスはフランスの旧植民地だったところ。それでも後は、手振り身振りで何とかビエンチャンの街を見ることができた。1日一緒に行動していると段々、そのラオス人2人の人柄も分かってきて、最後は自分の家に遊びに来てくれという話になった。まさか命を取られることもないだろうと、運転手の家に遊びに行くと、そこはアジアの大家族が待ち構えていて、家族だけでなく、親戚や近所の人まで30人ぐらいが遊びに来てくれる始末。言葉は通じなくても、なんとなく意思は通じるもので、何か日本の歌を歌ってくれと頼まれるなど楽しいひと時を過ごした。そのとき自分が持っていたカメラで撮影したのが、その運転手のご家族に写真だった。その後、タイ国内で仕事をこなした後、日本に帰国した。それから半年が経過し、ラオスのことを忘れかけた時、一枚の手紙が自宅に届いた。見慣れない文字で、どこの国の言葉か分からないので、国際交流協会の知人に見てもらったところ、どうもそれはラオス語で
書かれたもので、半年前に私が、ご家族の写真を撮影して、郵送する約束をしたはずだったが、まだ届かないので、どうしたかと催促するものだったという。
私はつい忘れてしまっていたようだ。早速当時のネガを探し、おわび状と併せて
その写真をラオスに送ることにした。きっとあの家族は1枚の写真をづっと心待ち
にしていたかと思うと、すまない気持ちで一杯になった、写真などあふれている時代になったが、外国の旅人が気まぐれで撮った1枚の写真がそんなにも大きな意味があるかと思うと、写真の存在感の大きさを改めて噛み締めた。続きを読む

wakuwakusumai at 10:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年01月14日

ヨイトマケの唄

謹賀新年。本年もよろしくお願いします。

おおみそかのNHK紅白歌合戦での「ヨイトマケの唄」(美輪明宏)が多くの感動を呼び、悪口で有名な「2ちゃんねる」でさえ、絶賛されている。自分もたまたまNHK紅白を見ていて、この歌を聴き、ついほろりと涙を流してしまった。改めてUチューブで聞き直してみたが、自然と目頭が熱くなる。時代背景も状況設定も
レトロだけど、変わらぬ人間の思いを感じた。非常にドライで合理的で自分勝手になったと言われる現代人も、「情感」は変わらぬものがある。何よりも「本物」に人は感銘し、正当は評価をしてくれる。昨年末の最後の最後に心残る
名曲を聞かせてもらった。今年の励みにしていきたい。

wakuwakusumai at 20:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年10月07日

映画「のぼうの城」公開を前にして

映画「のぼうの城」がまもなく公開される。戦国時代、豊臣秀吉の天下統一の最終局面(小田原・北条氏征伐)で起きた歴史秘話の映画化だ。忍城(埼玉県行田市)にわずかの兵力で籠城していた北条氏側の成田氏が、天下の大軍勢に立ち向かい、小田原本城が陥落した後も、最期まで落城しなかったという話で、成田氏側の甲斐姫という歴史に残る美女の奮闘記も映画の見どころになっている。この映画の主人公は、日頃から「のぼう」(でくのぼう)とまで領民に軽んじられていた大将で、いざというときは、天下の大軍勢を敵にまわしながらも、味方を鼓舞しながら堂々と立ち向かい、「将」として、人間としての器の大きさを示した。
現代人の多くは、損しないよう、失敗しないよう上手に世の中を泳ぐことが「利口な生き方」だと思っているようだ。本当にそれで幸福なのだろうか?人はいつ死ぬか分からないからこそ、後悔しないよう、思うように自分の信じる道を進み、、それが傍目から見て「でくのぼう」と思われようが、貫ける実力と人望をつけることが「人」の幸せだと思う。早く映画が見たいし、その舞台になった忍城も行っていたい。

wakuwakusumai at 01:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年09月24日

シャツをプレゼントしてくれたタクシー運転手

韓国・チェジュ島(済州島)に友人と行く機会がこの夏にあった。チェジュ島は風光明媚で、食べ物もおいしく、安いところなので、私も特に好きなところだ。
タクシーも比較的安く、一日中借り切っても6000円ぐらいで、半日だと3,000−4000円ぐらいで利用できる。この日も人の良さそうな韓国人の朴運転手に運転を依頼してチェジュ島を移動していた。昼食時になったので、タクシー(朴さん)を待たせて、韓国名物「ユッケジャンスープ」を食べた際、日頃からだらしない私は、赤いユッケジャンスープを自分のシャツにこぼしてしまい、急いで拭いたが、赤いしみはどうしても消えなかった。自分の服装にはこだわりがないため、「まあ少しぐらいならいいか」とあきらめながら、買い物や観光を続け、街の大きなスーパーマーケットに行って簡単な食材を買って、タクシーに戻ると、朴さんは、素敵な赤いシャツを手に持っている。そして私にそれをプレゼントだと私に渡そうとする。汚れたからこれを着てくれとのこと。待っている間にわざわざ買ってくれたらしい。思わずお金を渡そうとしたが、どうしても受け取ってくれない。
汚したのは自分自身だし、朴さんには何の責任もない。観光タクシーでありがちなお土産の「押し売り」もしないし、必要以上のことも言ってこない。ひたすら恐縮してしまった。竹島や尖閣列島などの領土問題で、隣国との軋轢が生じているときに、本当に隣国人の温かさを感じてしまった。こんなタクシー運転手もいるんだと、またチェジュ島へ行きたくなった。

wakuwakusumai at 02:53|PermalinkComments(1)TrackBack(0)